空に太陽があるかぎり   作:練り物

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 今回はちょっと難産だったからか、不幸にも1万字を超えてしまっています。
 更新する度に文字数が増えていく不思議。表現がくどくなっている証拠かもしれません。

 投稿しようか迷いましたが、例によって勢いで投稿します。

 では、今回もよろしくお願いします。



6話 ブレない芯

 昼下がりの喫茶店。午後三時頃に押し寄せてくるプチピーク前の時間帯。

 嵐の前の静けさ、とでも言うのか、客の出入りがほとんどないこの時間帯は従業員の休み時だ。

 昼のピークのために取り損ねた昼食を取ったり、束の間の一服を取ったり、午前中に遅れた分の仕事をしたりするのが日常的な光景である。

 

 当然、俺たちの店もそれは当てはまる。このスキマ時間をどう過ごすのかはその時によって違うのだが─────

 

 

「突然すまない、ひまり。つかぬことを聞きたいのだが、“えすえぬえすばえ”とは何だ?」

「えっ?」

 

 

 今日の俺は下校中にふらっと立ち寄ってきたひまりに教えを乞いていた。

 

 そんな突然の質問に対して、ひまりは懇切丁寧に教えてくれた。簡単に言えば、SNS上にて評価が得られそうな云々という意味らしい。

 ……途中から聞きなれない単語が出てきたせいか、俺が理解できたことはそれだけではあったが。

 

 

「なるほど、大体理解した。感謝する」

「いえいえ!でも、突然どうしたんですか?」

 

 

 ひまりが首を傾げてそう尋ねてきた。

 俺が投げかけた問いかけにひまりが戸惑うのも当然だ。何の脈絡もなく、このようなことを俺から問われるなんて思いもしなかっただろうに。

 とにかく、感謝の意も込めてひまりの質問に答えなければならない。

 

 

「何、ひまりのようにSNSを使えたら集客にも役立つのではないかと思ってな」

 

 

 ポケットから取り出したスマホを差し出した。

 SNS、と言うのは個人だけでなく企業も活用していると聞く。

 確かに、情報の発信、受信が手軽にできるツールとしては最適なのだろう。

 ………もっとも、その手の扱い方に俺が詳しいはずもない。

 

 

「続けて悪いが、できれば俺にやり方を教示してくれないだろうか。ひまりが頼りなんだ」

「わ、わ、わかりましたっ!私がカズさんをプロデュースしてみせます!」

 

 

 やる気の表れなのか、ひまりは勢い良く立ち上がった。まさか、こうしてひまりに教えてもらう日が来るとは思わなんだ。

 

 そして、ひまりの説明は実に丁寧だった。何せ、序の口の序の口、アプリのインストール方法まで教えてくれたのだから。

 ……口にはしなかったが、さすがにそれは俺でもわかる。さすがに俺も老人扱いされるのは文句を言いたくなる。

 

 ともかくアプリをインストールし、起動した。

 本番はここからだ。

 

 

「では、アカウント作成からですね!プロフィールは第一印象ですから、バシッと決めましょう!」

「なるほど、接客と同じだな」

 

 

 接客業において第一印象は重要なのは言うまでもないことだ。

 挨拶、話し方、表情、目線、どれもひとつひとつ気を遣わなければならないところが辛いところではあるが、客が気持ちよく店に来てもらうには欠かせない点だ。

 当然、俺は家族及びバイトの中でも最低レベルではあるが、それは今は置いておこう。

 

 

「では、写真を撮りましょう!まずはシンプルに自撮りから!」

「わかった」

 

 

 ひまりからの指示通り、スマホのカメラを自分に向けた。

 パシャリ、とシャッター音を確認し、再び画面に視線を戻す。

 

 

「ブレてるな」

「ブレてますね」

 

 

 画面に写った写真はもはや原型を留めていないほどに揺れていた。

 ………自分を写すというのも難しいものだな。

 

 

「あ、なら私が取りますよ。そっちの方が何か好きなポーズとか取りやすいでしょうし」

「助かる」

 

 

 気の利いた申し出に甘えることとした。

 ………しかし、ポーズが必要なのか。

 ひまりとしては普通の立ち姿だけでは不充分という意味なのだろう。

 

 とりあえず、清掃用の箒を持つ。

 足を肩幅まで開く。

 片手の掌で顔を半分隠す。

 指の隙間から射抜くような鋭い目つきを作る。

 

 

「な、なんですか?そのポーズ……」

「あこから教わった。曰く、ネットゲームで俺にそっくりなキャラクターの必殺技を出す前の構えらしい。一連の動作は真似できるが………必要か?」

「いえ全然」

 

 

 結果、このポーズは没となった。

 あことネットゲーム仲間が用意してくれた例の台詞も無駄になったが。これはこれで良かった。

 正直、アレをやるのは俺も恥ずかしい。

 

 

「もー!こうなったら私が指示します!」

「よろしく頼む」

 

 

 初めからこうしてればよかった、と思いながらも大人しくひまりに身を委ねることとした。

 

 

「カズさんのベストアングルは、ちょうど前髪の分け目から斜め35度下から見上げる視点が最高なんです!」

「む、ではカメラにこう見せるのか」

「あっ、さらにこの皿をいつもお客さんに出す感じで差し出してください!」

「つまり、こういうことか」

 

 

 そのような流れで、顎を引いたり、首を傾けたりと注文に答えていく。

 

 

「あーっ!いい!サイコーです!そのままシャッターを────はい、チーズ!」

 

 

 本日二度目のシャッター音が響く。

 ポーズというよりは、いつも俺が客に料理を出す際の姿勢と何ら変わりはないのだが……まあ、ひまりにとっては満足な仕上がりなのだろう。

 

 

「はあ…今日はいい夢見られそう……」

「俺の写真とお前の寝付きに何の因果関係があるのかは触れないでおくとして、とにかく助かった。では、さっそく………」

「あ、念のためもっと別のアングルで何枚か撮りましょう!念のためです!念のため!さあ!」

 

 

 断る暇もなく、撮影会が始まった。

 まだ営業時間内なのにこんなことをやっていていいのだろうか。

 椅子に座り、窓を見ながら物思いに耽るポーズをしながらもそう考えてしまう。

 

 

「余計かもしれんが、ひとつ忠告しておくぞ」

「えー?なんですかー?あっ、そこで左足を組んで、踵は少し前にしてくださーい!」

「ふむ、こうか……で、話の続きだが」

 

 

 一応、こちらに耳を傾ける余裕はあるようだ。

 正直、すっかり頬が緩みきった顔で、気合の入ったローアングルでスマホを構えるのは控えてほしい。あと、スマホがひまりのものにすり替わっているのは気のせいだろうか。

 何にせよ、最後まで付き合わなければならない。

 俺が言い出した以上、俺の都合は中断する理由としては些か弱い。

 

 

「お前の後ろに立っている者は、お前の知己ではないのか?」

「…………えっ?」

 

 

 ただ、待ち人がいるならば制止する声をかけなければなるまい。

 ひまりがぎこちなく俺の目線を辿ると、そこには、ピンク色のウェーブがかかった女の子が気まずそうに笑っていた。

 

 

「あ、あはははは………」

 

 

 年齢としてはひまりと同じくらいか。

 どこかで見たことのある容貌だが、あちら側は俺のことを見ていない点から察するに初対面であることは間違いなさそうだ。

 

 

「あ、彩先輩……?」

 

 

 ひまりの顔がみるみる赤────いや、青ざめて行く。

 どのような関係かは把握できないが、この場面において俺がわかることはひとつだけしかない。

 

 

「じゃあ、お構い無く〜」

「ま、待ってくださーーーーい!!お願いですから、話を聞いてくださーーーい!!!」

 

 

 ひまりが醜態を晒していたこと、それにつきる。

 彩先輩、と呼ばれた娘が店を出ていったのを必死に追いかけるひまり。

 扉のドアベルが激しく店内に響き渡る。

 

 

「今日もひまりは元気だな」

 

 

 ただ、扉は静かに閉めてほしいがな。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「なんというか、すごかったね、さっきのひまりちゃん」

「うぅ…見なかったことにしてください……」

 

 

 ひまりは耳を真っ赤に染めながらテーブルに突っ伏している。暴走していた己に自己嫌悪している真っ最中だろう。

 普段なら巴やつぐみが止めに入るが、今回ばかりは仕方ない。誰もストッパー役がいなかったのが運のつきであった。

 

 とりあえず元気を出してほしいので、あらかじめ用意していたクリームブリュレをテーブルの上に置くことにした。

 

 

「気分が乗ってくると、周りが見えなくなって形振り構わなくなるのはお前の悪癖だぞ。少しは振り回される側の気持ちを考えたらどうだ?」

「むぅ、周りを振り回しているのはカズさんも同じじゃないですか!」

 

 

 不服を訴えながらも、パクパクとブリュレを平らげようとするひまり。

 この立ち直りの早さは蘭も見習うべきだろう。

 

 で、俺が周りを振り回しているという点は…………反論できる余地がない。

 

 

「………それもそうか。つまり俺とお前は似たもの同士というわけか」

「似たもの同士…似た者同士…うーん。ちょっとポイント低いですね」

 

 

 む、どうやらひまり好みの回答ではなかったようだ。何か別の言い回しがあるのか、思考を巡らせる。

 

 

「では、お揃いだな」

「お揃い……えへへ…カズさんとお揃い……」

 

 

 適切な使い方ではないかもしれんが、ひまりにとっては“似た者同士”よりはこちらの方が好ましいそうだ。

 と、そんなやり取りを見ているだけしかできないピンク髪がいた。そう言えばまだ挨拶をしていなかったか。

 

 

「名乗るのが遅れたな。羽沢和那だ。よろしく頼む」

「ま、丸山彩です!ひまりちゃんとはバイト先で仲良くしてもらっています!こちらこそよろしくお願いします!」

 

 

 …………。

 

 

「………あっ、羽沢ってここの……」

「そうです!つぐのお兄ちゃんです!」

「従兄弟だ」

 

 

 ………………。

 

 

「ちょっとちょっと、カズさん!?なんでそれで終わりなんですか!?」

 

 

 この一連のやり取りにしびれを切らしたひまりが突っ込みが入った。

 

 

「これ以上何か言う必要があるのか?」

「あ、相変わらず自己紹介が下手ですね…いいですか?SNSでも相手に興味を持ってもらうためにはそういうスキルも重要なんですよ?」

「ほう」

 

 

 それは初耳だ。

 イメージとしては写真で魅せるものだと思っていたが、どうやら映像や文章も必要になるとは。SNSとは歴史は浅いが奥は深いようだ。

 

 

「彩先輩もアカウント作ってますよね?」

「うん、まあ半分お仕事用だけどね。はい、どうぞ」

 

 

 参考までに、彩から差し出されたスマホを覗き見させてもらった。………見てみたが、俺には何が起きているのか理解できない画面だった。

 だが、ひまりにはクリーンヒットしたらしく、一瞬だけ頭をぐらつかせた。

 

 

「うっ、さすが現役アイドル…いいねの数が桁違い……」

「………なるほど。この“いいね”が注目されている証なのか」

 

 

 ひまりの視線を辿ると、そこにはハートマークの数。これが俗に言う“ふぁぼ”と呼ばれるものなのだろう。

 

 

「彩先輩!ズバリ、何か秘訣とかあるんですか!?」

「えっ、と、特にそんなのないよ?」

「………ひとつ言っておきます。ここにいるカズさんは、この商店街でも“歩く嘘発見器”として名を馳せる御方です。だから変に見栄を張るのはやめておいた方がいいですよ?」

「み、見栄なんて張ってないよ!?」

 

 

 いつの間に俺は商店街でそんな風に呼ばれていたのだろうか。そして、なぜひまりがドヤ顔をしてこちらを見ているのだろうか。

 疑問は尽きないが、その一方で彩がこちらの出方を伺っていた。

 伝わってくるのは半信半疑の視線……これは『やれるものならやってみろ』と解釈して良いのだろうか。

 

 ならば遠慮なく俺はひまりからスマホを受け取り、画面をスクロールしていった。

 

 

「俺にはまだよくわからんが………………例えば、りぷらい?に対する返答の速さなぞ目を見張るものがあるぞ。番組の収録中などで時間が取れないときは代役を立てて返答しているのだろうが、現場にいない者にとっては文章こそが全てだ。さして問題あるまい。しかし、ところどころ文章に拙さが見受けられることから、可能な限り自分で返そうとしていることがわかる。ファンサービス精神旺盛だな。他にも、この写真は一見ただの自撮りに見えるが────」

「わ、わー!わーー!」

 

 

 取り上げようとしてきたが、その拍子に落としてしまったらいけないので、すかさず腕を上げる。

 彼女の身長では俺の腕まで届かないので、必死にぴょんぴょんと跳ねるアイドルの姿が出来上がる。

 

 

『こんにちはー☆まんまるお山に彩りを!Pastel*Palettesのゆるふわピンク担当の丸山彩です!今日はなんと────』

 

 

 む、間違えて動画を再生してしまったようだ。

 

 

「ほらカズさん。これが理想の自己紹介ですよ」

「なるほど。自分の名前を覚えてもらうために必死に考えたキャッチコピーなのだろう。名前の特徴と外見の特徴が濃縮されたこの短い一言に、一体どれだけの労力を費やしたのか計り知れないな」

「う、うううう!ごめんなさい、私嘘ついてましたー!だから返してくださいー!!」

 

 

 そう言われたならば返す他ない。

 大人しくスマホを手渡すと、彩はまるで、恐ろしいものを見たかのように涙目になる。

 

 

 しかし、これがアイドルのSNSか。

 

 

「ここまで顔の見えない相手に尽くすというのも、ある種の異様さを覚える。アイドルとは難しい存在なのだろう」

 

 

 その一言で、いきなり場が沈黙した。

 

 

「あ、彩先輩!今のは『その姿勢こそ俺が学ばないといけないな』って言葉が隠れているんで、むしろカズさんは褒めてるんですよ!だから気を落とさないでください!」

「えっ、そ、そんなわけ……」

「少しニュアンスが違うが……まあ、また一言抜けていたのは事実か。申し訳ない」

「あった!?」

 

 

 ………危ないな。

 ひまりがフォローを入れてくれたおかげで回避できたが、もうすぐで“カズって”しまいそうだった。まさかひまりに助けてもらう時がくるとは思わなかった。

 少し見ないうちに立派になったようだ。

 

 

「意外だな。ひまりも段々つぐみのようになってきているな」

「えへへー!私だって、いつまでも振り回されっぱなしじゃないんですよ?目指すはカズ語検定準1級ですっ!」

 

 

 ────と素直に感心したのも、つかの間だった。

 

 

「………待て、待ってくれ。なんだそれは?」

「あれ?モカが作った資格制度ですよ?つぐから聞いたことなかったですか?」

「初耳だ」

 

 

 先程の“歩く嘘発見器”といい、知らないところで俺の印象が明後日の方向に加速していく一方のようだ。俺のような一般的な成人男性に何を求めているのだろうか。

 一度、モカとはしっかりと向き合う必要があるか。

 

 

「とにかく!カズさんの前では下手に飾らず気取らずがベストですよ、彩先輩!」

「それ、アイドルって職業が不利すぎない?」

「俺が言うのも変だが、あまり心配しなくていい。ここでも楽しそうに働くアイドルがいるからな」

 

 

 敢えて誰とは言わない。

 この間、キッチンに現れた害虫を、俺がたまたま手に持っていた爪楊枝で貫いた瞬間を見た時は『カズナさんは……武士?……いえ、むしろニンジャ?……どちらなんでしょう?』と言っていた。本人が楽しそうだったためそっとしておくことにした。本人は楽しそうに仕事しているのは確かだろう。

 

 

 閑話休題。

 

 

「さて、このやり取りでわかったことがひとつある」

「え、何ですか?」

 

 

 再び、ひまりが首を傾げてこちらを見る。

 今までひまりたちに教示してもらっていたが、ここまで教わったことを頭の中で整理してみて思ったことだ。

 

 

「SNSをやろうとしているのは、あくまで店の集客が目的だ。ならば、わざわざ俺の写真を撮る必要性はどこにもないのではないか?」

 

「あっ」

 

 

 それもそうだ、と二人も頷く。

 

 

 つまり、俺たちはこの話の根本的な動機を忘れかけていたと言うことだ。

 

 

 こうして、アカウント名は普通に羽沢珈琲店、画像は店の外観にすることにした。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「不思議な人だね」

 

 

 彩から溢れた感想はまさにその一言に尽きた。

 

 

「カズさんですか?」

 

 

 目の前のテーブルを挟んで座るひまりがそう尋ねる。彩は当然とばかりに頷いて返す。

 

 

「怖そうな人だな、って思っていたら、無愛想なだけでそんなことはなくて。ボーッとしているように見えて、実は怖いくらい鋭いし。甘いものとか無縁そうなのに、得意な料理はお菓子とか。色々とギャップがすごくて何がなんだかわからなくなってきちゃったもん」

 

 

 彩自身、アイドルという職業柄か、個性的な人間とは縁がある。彼女の所属しているバンド自体、個性の塊たちがさらに塊を作っているようなものだ。

 だが、仕事がないオフの時に立ち寄った喫茶店で出会った男の人は、研究生時代から見ても出会ったことのないタイプの人間だった。

 

 彩なりの分析結果を口に出したところ、ひまりは曖昧な表情で苦笑いを浮かべる。概ね的中、といったところか。

 

 なお、件の彼は、話の途中で来店していた黒スーツに黒サングラスの風貌をした男性の接客をしていた。傍から見たら明らかに怪しいはずだが、彼は普通に接客していた。

 

 

「まあ、私はかれこれもう10年以上の仲ですし、むしろあれこそカズさん、って感じですから」

 

 

 すると、ひまりの口からつらつらと彼にまつわるエピソードが次々に出てきた。

やれ、商店街の夏祭りでは毎年別の屋台を出しているとか。やれ、以前風邪を引いたときはつきっきりで看病してくれたなど、そんな他愛のない話ばかり。

 

 

「この間なんて────な、なんですか、彩先輩?」

 

 

 そこで、自身の口元が自然と笑っていたことに気づく彩。しかし、隠そうとはせず、率直な感想を述べることとした。

 

 

「なんでもないよ。ひまりちゃん、あの人のこと話すときすごい楽しそうだなー、って思っただけ」

「も、もう彩先輩!そんなことないですってば!」

 

 

 火照る頬を手で押さえながらそう反論するひまりの言葉には説得力はない。そんなひまりと和那の関係に、彩の心境はさらに微笑ましいものになっていた。

 

 

「すごい勢いだったよ。それはもう、“何でも知ってます!”ってくらいの!」

 

 

 これも、率直な感想であった。途中、『食事のときは必ず味噌汁みたいな汁物から口にするんです!』と言っていたほどだ。

 そんな細かい仕草まで把握しているとなると、これは彼に対するひまりの心情について期待してしまうではないか。

 さあ、ここからは恋話(コイバナ)の時間だ。

 

 

 ────そう思った矢先だった。

 

 

「……………」

「あ、あれ?」

 

 

 見ると、ひまりの表情に陰りが出ていた。

 先程の照れ顔とはうってかわり、普段の彼女からは考えられないような、どこか物悲しそうな曖昧な顔。

 ともかく、彩が想定していた反応とは全く違っていた。

 

 

「カズさん、自分のこと話さない人ですから」

 

 

 ポロッ、とひまりからそんな言葉が溢れる。

 

 その真意について理解しかねていると、突然、テーブルのスマホが鳴り始めた。

 その音にひまりがハッ、とした後に、彩の様子に気づいたのか、申し訳なさそうな表情に変わる。

 

 

「す、すみません!なんか気分悪い感じにしちゃって!ちょっと失礼します!」

「う、うん……」

 

 

 そのようなやり取りの後。ひまりが席を外した。

 微妙な空気になってしまったが、今回はどうやら顔の知らない電話主によって助けられたようだ。

 

 ………しかし、先程のひまりの様子は何があったのだろうか。

 今の一連の会話の中に、触れてはいけないところに触れてしまったのか。

 

 

「待たせたな」

 

 

 堂々巡りな罪悪感に苛まれそうになる前、話題の中心人物がやって来た。

 コト、とテーブルに置かれる皿。その上には先程ひまりが食べていたクリームブリュレが乗っていた。

 

 

「あれ、私頼んでいないんですけど……」

「知っている。これは俺の勝手な都合だ」

 

 

 ………彩は首を傾げるしかなかった。

 相手からしたら、今の言葉だけで伝わると思ったようだが、まるで何がなんだかわからない。

 

 

「……む、つまりアレだ。日頃からひまりたちが世話になっている礼、というやつだ。押し付けがましいのは承知の上だが、食べてくれると助かる」

「あ、はい。ありがとうございます…」

 

 

 素直な厚意はありがたく頂戴することにした彩はスプーンを手にした。

 なら初めからそう言えばいいのに、とも思いながら口に入れると、そんな思考はブリュレの口当たりの良い甘さによって上書きされてしまった。

 

 

「ほわぁ……おいひい……」

「当然だ」

 

 

 このしつこ過ぎない甘さはまずい。いや、すごく美味しいのだが、いくらでも食べられてしまう甘さで、病みつきになってしまう、と言う意味でまずい。

 つい最近までライブ衣装のサイズ変更を頼んだ彩としては、この甘さはまさに毒そのもの────

 

 

「………ひまりが何か、俺のことを話したらしいな」

「えっ、いや、その……」

 

 

 慌てて顔をあげると、和那の顔が写る。相変わらずの無表情だが、身に纏う鋭い雰囲気が、ほんの少し弱くなったような感覚も覚えた。

 

 

「心なしか、気分が落ち込んでいるように見える。ああいう時は大抵過ちを自責しているときか、もしくは俺の身の上話が話題になった時だ」

 

 

 ひまりの異変は彼も察していた。

 おそらくは、長年の付き合いからわかるものなのだろう。

 だが、それはあくまで普通の人であればの話。

 初対面で色々と見抜かれ暴露された彩としては、どうにもそれだけには思えなかった。

 

 

 ………ひまり曰く、彼の前では大抵の嘘は看破される。きっと、ひまりから向けられるストレートな好意など、彼にとって察知するのは造作もないことだろう。

 しかし、それだけならば可愛いものだ。

 裏を返せば、知らない方がいい嘘すら、彼の意志に関係なく筒抜けになる、と言う意味にもなる。

 

 

 もし、芸能界にいる自分がそんな風になれば、人付き合いにおいて疲れて果ててしまうかもしれない。

 いや、芸能界に限った話ではない。

 普段の生活でさえ、腹の黒い人間と関わることは山ほどある。そんな中で、そこまで人の心がわかってしまうのは、実に不自由ではないだろうか。

 

 

「あの、話さないんですか?」

 

 

 では、なぜそんな風に育ってしまったのだろう。

 

 

「不要だ。つまらんからな」

 

 

 そんな興味本位の質問は、呆気なく切り捨てられた。

 

 

「俺自身、特別な出自ではない。変わっていると言えばそうかもしれんが、結果的にあいつを困らせるだけで終わるだけだ」

 

 

 変わっているが特別ではない。

 例によって、今の言葉に足りない部分があるのかもしれないが、確かに和那はそう言い切った。

 

 

「問題はそれをひまりは……いや、ひまりたち(・・)は“信頼されていない”などと解釈してしまっている点だろう。俺としてはそんなつもりは毛頭ないのだが、困ったものだ」

 

 

 僅かに和那は目を伏せる。

 表面上からは読み取りづらいが、言葉からして嘆息しているのだろうことは彩にもわかった。

 

 ……おかしな話だ。

 特別ではないなら、素直に打ち明ければいいだけの話だ。話しても困らせるだけ、と言っても、むしろ話さないことによって困っている人が近くにいるのは確かなのに。

 

 そう感じた彩だが、口にすることはできない。

 聞けば、彼と彼女たちの仲は十数年の積み重ねだ。

 それこそ、ひまりたちが小学生低学年より前から彼と一緒にいると言うことになる。その関係について、今日偶然会った人間が口を挟む権利など有りはしない。

 

 

「今日、初めて会った人にこんなこと言うのは変かもしれませんけど」

 

 

 だが、彩としては、これだけは言わなければならない気がした。

 

 

「いつか、話せるときが来たら自分から話してあげてくださいね?事情はどうあれ、ひまりちゃんがあなたの力になりたいって気持ちは、本当ですから」

 

 

 芸能界の世界は厳しいことは、アイドル研究生のときから痛感していた。

 今、こうしてアイドルを続けられているのは、彩自身のタフさも要因としてあるが、Pastel*Palettesの面々に支え合っているからこそでもある。

 もし、メンバーの中にそういった事情があるならば、力になりたいと思うことは、おかしなことではないはずなのだから。

 

 

「そうか…………そうだな」

 

 

 和那も思うところがあったのか、二度目の返事には納得したような声色が感じ取れた。

 顔を見ると、彼の口元がほんの少しだけつり上がっていた。

 

 

「ああ、話が変わって申し訳ないが、記念に写真を取ってもいいか?アイドルが来店した、と告知すれば集客に役立つかもしれん」

 

 

 彼の中では今の話は終わったようで、次はそんな頼みが飛んできた。

 ………どうやら、アイドルであることはわかっていたらしい。

 まだ変装をしなければならないほど有名でない彩としては、どこか嬉しい上に、さらに言えば安心してしまう事実であった。

 

 

「無論、肖像権?などの権利関係のやり取りが必要なら控えるが………」

「………………………多分、大丈夫です!おそらく!ええ!」

「事務所からの説明はよく聞いておけ。後々後悔する羽目になるかもしれんぞ」

「………うっ、はい」

 

 

 見事に理解していないことを見抜かれ、正論を突きつけられた。

 そのブレないスタンスには、ある種の尊敬すら抱きそうになる彩であった。

 

 

「ま、まあそれはさておき、写真撮りましょー☆」

「ありがた………待て、俺も写るのか?」

「まあまあ、記念に、っていうことで!あっ、身長差があるのでスマホ持ってもらっても良いですか?」

「俺のスマホだから当然か」

 

 

 どさくさに紛れて和那を巻き込んだ彩は、そのまま和那にシャッターを押させた。

撮れた写真を見れば、一緒に写っている和那が表情すらわからないほど酷い有様になっていた。

 

 

「ブレてるな」

「ブレてますね。こんなのダメです!撮り直しましょう!」

「………すまん。どうやら既に投稿してしまったようだ」

「ほぼノータイムで投稿ですか!?はやく削除してくださいってば!」

 

 

 このまま世の中に出すのは、アイドルとして────否、女子高生としての矜持が許さない。

 些か強引だが、スマホを取り上げようとした彩だが、先程のように彩が届かない高さに掲げられる始末。

 

 再び彩がぴょんぴょんと跳ねる構図になる一方、ふと和那の表情を見ると、どこか穏やかな表情をしていた。

 どうしたんですか、と跳ねるのを止めて聞こうとしたが、その前に和那の方からスマホの画面を見せに来た。

 

 

「気にかけてくれる人がいるというのも、存外嬉しいものだな」

 

 

 画面を除くと、その画面にはブレた写真に対するの四つの“いいね”があった。

 そのアカウント名を見て、こちらもつられて笑顔になってしまった。

 仕方あるまい。画面に映るのは、彼の幼馴染たち(Afterglowの面々)なのだから。

 

 

「………そうですね!」

 

 

 お互いがお互いを気にかける関係。

 その関係が揺るがないように、芯のような役割の存在がいる。

 

 その役割は、実は彼なのかもしれない。

 

 出来ることなら、自分たちもそんな関係でありたい。そんな風に、素直に憧れた彩であった。

 

 

 

 

「まあそれはそれとして、さあ撮り直しです!ここはアイドルとして、キッチリやらないと気が済みません!」

「お待たせしました〜……って、お二人とも何に盛り上がってるですか?」

「見てくれ、ひまり。俺の呟きにもいいねがついたぞ」

「えっ、嘘っ!あっ、カズさんの記念すべき初投稿の初いいねが蘭になってる!?普段見ないくせに!しかも、彩先輩とのツーショットじゃないですか!ずるいです!私も混ぜてくださいよ〜!」

「ふふっ!ほら、ひまりちゃんも混ざって混ざって!はいっ!」

 

 

 余談だが、彼らにとっても新発見があったようだ。

 

 

「ブレてるな」

「ブレてますね」

「カズさんだけですけどね」

 

 

 彼は、こと自撮りに関してはかなり手癖が悪いらしい。

 




・今日のカズ語

「ここまで顔の見えない相手に尽くすというのも、(俺には到底成し得ない偉業なのだろうが)ある種の異様さを覚える。アイドルとは(並大抵の努力では続けることができないような)難しい存在なのだろう」


 登場人物と地の文だけではフォロー出来ない分は、こうして後書きに書くことにします。

 さて、今回のゲスト(?)は丸山でした。
 これでパスパレとハロハピをひとりずつ出したので、次はどっちにしようか悩みどころですね。このGW中に書き上げることができれば良いんですが……。

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