空に太陽があるかぎり   作:練り物

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 前回の話の反響が想像を超えていた件について。
 皆さん蘭が好きなんですね。何を隠そう、私もです。

 ちょっとシリアスやったので、今回はギャグです。季節感ガバガバですが、どうぞよろしくお願いします。



8話 経験者は語る

「とうとうこの季節がやって来たのか」

 

 

 テレビの映像を観ていると、そんな言葉が溢れる。今日のスケジュールを調整し直す必要があると考えながら、テーブルに朝食を並べていく。

 

 

「おはよう〜………どうしたの、お兄ちゃん?そんな深刻な顔して……」

 

 

 まだ寝ぼけているのか、ゆっくりとした足取りで席につく。む、ネクタイが曲がっているな。後で注意しておこう。

 それに、俺がそんな顔になるのも無理もないだろう。これは今日一日の過ごし方に関わる重要な問題なのだから。

 

 

「つぐみ。今日、迎えは必要か?」

「えっ、急にどうしたの?」

 

 

 ゆっくりと箸を使ってスクランブルエッグを食べる姿には、この事態の深刻さを理解しているようには見えない。

 顔を向けることで、テレビのほうを見ろと催促する。

 

 画面にはニュースの天気予報。

 

 

『本日の天気は全国的に生憎の雨模様ですね。北からやってきた低気圧がさらに勢力を強くなっていて、ところによっては雷雨(・・)の可能性があるでしょう』

 

 

 ………無慈悲な予報に、つぐみは持っていた箸をテーブルに落としてしまう。

 これを見た上で、改めて聞こう。

 

 

「必要か?」

「─────────」

 

 

 すっかり目が醒めたようだが、まだ状況が飲み込めていない様子だ。

 予報士は続けて、俺達のいる地域の予報を始める。

 

 

『ここの地域は午前午後は曇りの予報で、夕方から夜にかけて激しい雷雨(・・)になりそうですね。折りたたみ傘では心許ないので、ちゃんと傘を持っていった方が無難でしょう』

 

「だっ、だだだだ大丈夫だよっ!?今日はせせ、生徒会もないし、授業終わったらすぐ帰ってくるから平気平気!」

「声が震えているぞ」

 

 

 朝からこんな調子で大丈夫かと心配になる。

 何を隠そう、つぐみは雷が大の苦手だ。

 小さい頃から雷の音には非常に敏感で、普段の姿からは考えられないほど身を縮こめてしまう。

 その姿はまるで小動物のようである。

 

 

「一応、いつでも出れるようにはしておく。何かあったら呼ぶといい」

「でも、お兄ちゃん店番あるのに悪いよ!」

「小学生のときからずっとやってきていることだ。今更そんな気持ちにはならないから安心しろ」

 

 

 雷に怯えるつぐみは、たとえ巴が隣に居ても亀のように動かなくなる。

 雨が落ち着くのを待つにしても、時間に限りはある。俺が側にいれば多少はマシになるようなので、そんな日には大抵俺が迎えに行くことにしている。

 

 

「ううん、やっぱりいい!」

 

 

 しかし、つぐみは奮起する。

 

 

「私だってもう高校生なんだから!もう雷で動けなくなるようなことなんてないよ!」

「しかし」

「大丈夫だから!お兄ちゃんはうちでどっしり構えていて!」

「言葉だけは頼もしいな。ネクタイが曲がっていなければなおのこと良かったのだが」

「も、もう!指摘するタイミングおかしいよ!」

 

 

 俺が何か意見をする暇もなく、つぐみはそう言い残して学校へと向かった。

 ………苦手を克服しようとする意志は見事なものだ。それに、本人がそう言うなら尊重するべきではある。

 

 だが。

 

 

「………巴。今日の天気予報を見てくれ」

 

 

 電話をしながら、窓越しから曇天を仰ぐ。

 つぐみには悪いが、その頑張り屋のところが裏目に出る可能性は捨てきれない。

 

 願わくば、この予想が外れてほしいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「予報は外れか」

 

 

 結論から言えば、朝の天気予報(・・)は外れた。

 空を見上げてみれば、そこには雲間から陽の光が──────

 

 

「車で来て正解だったな」

 

 

 差し込む隙間すらないほど、黒雲に覆われていた。

 それだけでなく、叔父から借りた車のボンネットを激しく叩きつけるような豪雨と、雷が地上に落ちるのを今か今かと待っているようにゴロゴロと音を立てている。

 

 俺の“天気予報よりもはやく雷雨が来る”という予想(・・)は当たってしまったわけだ。

 

 ふと、助手席に置いてあるスマホの通知が鳴る。画面を見ると、巴からの連絡が入っていた。

 内容としては、『ドアを開けてくれ』とのこと。

雨に濡れた窓からは、三人分の傘が見える。雨音にかき消されそうになりそうながらも、二人の声を聞き取ることはできた。

 

 

「つぐ!あと少しだ!頑張れ!」

「おーえす。おーえす。ツグれー」

 

 

 タイミングを見計らい、運転席側から手を伸ばして後部座席のドアを開ける。

 

 

「よし!カズ、ナイス!」

「ほんとに車だ〜。やった〜」

 

 

 バタン、とドアが閉まる。

 バックミラーを通じて、つぐみ、モカ、巴の順で、車に転がり込んできたのを確認し、エンジンをかけ直す。

 

 

「よくやった、二人とも。座席にタオルを置いてあるから使──────ぐふっ」

 

 

 サイドブレーキを外し、ウィンカーを出したところで、俺の言葉が遮られることになる。

 

 

「お兄ちゃあああああああん!!」

 

 

 従妹(いもうと)が、涙を流しながら物理的に襲い掛かってきたからだ。

 

 

「ちょ、つぐ!その体勢はまずいぞ!」

「おお、これは確実に獲りに来てますな」

 

 

 二人がそういうのも無理はない。

 つぐみは後ろから俺に抱き着こうとしている。

 しかし、車内なので当然、シートが間に挟まることになり、つぐみの腕は不幸にも首の高さに収まる。

 結果として、俺の首を絞める形になってしまう。

 

 ──────これを、スリーパーホールドと呼ばれるプロレス技と同じ形をしていたと知るのは、後になってのことだった。

 

 

「問題ない。慣れている」

 

 

 しかし、この程度では運転の邪魔にもならない。

 つぐみの非力な力では、俺の気道を遮ることはできるはずもない。

 

 と、車窓越しから見る空が光った。

 

 

「きゃあああああああああああああああ!!」

「─────────こふっ」

 

 

 遅れて雷鳴が轟く空と、つぐみの悲鳴と俺の断末魔が車内に響き渡る。

 

 正直に白状しよう。

 俺はつぐみを甘く見ていた。

 

 雷が鳴るたびにこうして抱き着かれていたが、あくまで小学生、中学生の話。

しかし、つぐみは既に高校生。こうして首に体重を乗せられると、さすがに俺も苦しいのは当然なのだ。現に、ほんの一瞬、意識が刈り取られそうになったのだから。

 

 

 だが、車は止まらない。止められない。

 俺は雨に濡れた車路を、水溜りに気をつけながら走り抜ける。

 

 

「おいカズ!一旦止まれ!このままじゃ……」

「……安心しろ、巴」

 

 

 巴が何やら心配しているようだが、その必要はない。バックミラーを通して巴たちに視線を向ける。

 

 

「先に家に着くか。その前に俺が息絶えるか。どちらが先かの話だ。仮に後者になったとしても、お前たちに最期を看取ってくれるなら本望だ。やはり、俺は度重なる幸運に恵まれている」

「か、カズ………お前ってやつは………!」

 

 

 巴が感極まっている間にも、羽沢珈琲店への距離は近づいていく。普段、つぐみが歩きで通っている以上、そこまで遠方にあるわけでもないので、後数分で着く。

 

 

「………でも〜、運転手のカズくんがダメになったら、ここにいる皆も道連れだよね〜」

「止まれ!マジで止まれ、カズ!アタシが全力でつぐを引っぺがすから、お願いだから止まってくれ!」

「それは次の信号までできそうにない相談だ。運が悪かったな」

 

 

 大袈裟なリアクションをする巴を無視しながら、アクセルを強く踏み込む。

 雷が鳴るたびに響くつぐみと巴の絶叫をBGMに、雨の降る街を駆け抜けていく。

 

 ………ひとつ経験者として語らせてもらうが、良いだろうか。

 悪いことは言わない。

 首元を圧迫させながら車の運転をするのは絶対にやめておいた方がいい。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 たとえ外が台風であっても、営業日である以上は店を営業しなければならない。自営業であれば尚更だ。

 

 今日は台風とまではいかないにしても、生憎の雷雨。そして、雷には滅法弱い従妹(いもうと)がひとり。

 

 

「──────で、こうなったわけだ」

「いや、何がどうしてそうなるんだよ」

 

 

 学園から戻ってきた俺達は普段通りの勝負服になる。

 普段と違うところを挙げるとするなら、それは俺の背中につぐみが抱き着いている点くらいだろう。

 

 

「これを“羽沢式二人羽織”と名付けよう〜」

「お前のセンスは相変わらずだな、モカ。その無駄に豊かなバリエーションは、一体どれほどの時間を棒に振れば身につくのか気になるものだな」

「ふっふっふ、もっと褒めるが良い〜」

「………褒めてるのか?」

「あ、あはは……一応、褒めてるよ」

 

 

 モカが言うのであれば仕方ない。

 これからは、この姿勢を“羽沢式二人羽織”と呼称することにしよう。

 

 

「うう、恥ずかしいよ……」

「そもそもこの形を提案したのはお前だろう、つぐみ。そのお前が恥ずかしがってどうする」

「だ、だってぇ……」

 

 

 こちらからはつぐみの顔を見ることはできない。

 察するに、つぐみも恥ずかしがっているようだ。

 それでいて腕の力は一切緩めることはない。未だ外で音を轟かせている雷に警戒している証拠だ。

 

 

「おい、そんなんで仕事できるのか?」

「やれる以上はやらなければならないのが仕事だ。幸い、両手は自由だ。調理に支障はない」

 

 

 両手を掲げて動かすことができる様子を表す。

 うちのキッチンもそこまで広い構造ではない。器具などはあらかじめ出しておけば、あとは手元だけで解決することが、手狭なキッチンいいところなのだ。

 この“羽沢式二人羽織”の欠点は充分に補うことはできる。

 

 強いて問題を挙げるとするなら──────

 

 

「お〜、まだ外は鳴ってるね〜」

「──────っ」

「支障は、ない」

 

 

 ギリギリ、と背後にいるつぐみの腕が強くなり、目の前にいる巴とモカの姿が見えなくなる。

 

 身長差によってつぐみの腕が、ちょうど俺の鳩尾にあたっている。

 こうして俺が側にいることで、つぐみは悲鳴をあげずに済んでいる。しかし、雷が鳴るたびに視界が点滅してしまう点──────これが、この従兄妹の共同作業における唯一の弱点であった。

 

 

「でも、それじゃあ皿とか運べないだろ。何なら手伝ってやろうか?」

「よーし、モカちゃんもやるよ〜」

 

 

 む。確かにこの状態ではキッチンを動くことはできなくなってしまう。巴や、珍しくモカも手伝おうとしてくれている。

 俺とつぐみは本当に友達想いの幼馴染に恵まれているようだ。

 

 

「申し出は助かる。だが、一応ヘルプに先約があってな。そのヘルプと一緒にやってもらうが、構わないか?」

「ヘルプ?」

 

 

 この事態を想定していたわけではないが、今日は以前からヘルプをやるという旨の連絡を受けていた。今日はこんな空模様だが、先ほど連絡した際には来ると返事があったので、そろそろ来ると思うのだが………。

 

 ちょうど、そんな話をしていた時であった。

 

 バタン、とドアが開けられると同時に、ドアベルが激しく揺れる。

 当然、一同の視線はそちらに集中する。

 

 

「ふっふっふ……」

 

 

 明らかに無理して低い声を作っているような笑い声とともに、その特徴的なツインテールのシルエットに、店内の照明の光が差し込んだ。

 

 

「ようやく相見えることができたな、赤き翼を背負いし漆黒の太陽(レッドウィング・シュバルツ)!悠久の時を超え、我らがしゅく……しゅく……」

「シュークリームならあるぞ」

「ほんとっ!?カズ(にい)さすがー!」

「その前に、そこに置いてあるタオルを使え。ここまで来るのも大変だっただろう。ホットミルクを飲むがいい」

 

 

 はーい、と元気な返事とともに、とてとてとこちらに近づいてくる。あらかじめ用意しておいたシュークリームをカウンターの上に置くと、目を輝かせながら食べ始めた。

 

 紫髪のツインテール。身に纏うのは、羽丘女子学園中等部の制服。

 その姿を見て、巴は予想通り戦慄した。

 

 

「おい、まさか……」

「ヘルプだ」

「あこがかよ!?」

 

 

 そう。ヘルプとは宇田川あこ。

 ──────他ならぬ宇田川巴の実の妹である。

 

 

「な、なんだってー」

 

 

 モカもわざとらしく驚く。

 それに合わせて、再び外で雷鳴が轟いた。

 

 

「──────っ!」

「おふっ」

 

 

 視界が再び点滅する。

 先程よりも強い力で締め付けられ、思わず変な声が出てしまった。

 

 

「……タイミングバッチリだったな」

「正直、モカちゃんも驚きを隠せないのであった」

 

 

 場の空気を読める空、というのもおかしな話だ。

 その能力を俺やひまりに分けてほしいものだ。

 

 今のやり取りが終わるのを待っていたのか、シュークリームをぺろりと平らげたあこが近くの巴に向き合う。

 

 

「おねーちゃんもカズ兄のヘルプに立候補したの?」

「まあ、やった方が良いのかって、ちょうど今カズに聞いているところだけど……」

「やったー!おねーちゃんと一緒だー!」

「ちょ、おい……」

 

 

 あこが心の底から嬉しそうに巴に抱きついた。巴も、少し困った顔をしながらも特に咎めることなく受け入れる。

 望んでいた形は違えど、憧れの姉と同じ場所に立つことができるのだ。あこがやる気を出す要素としては充分に成り立つだろう。

 

 

「姉妹仲が睦まじいですなー」

「そうだな」

「こ、こっちも負けてないからね!」

「ん〜、構図としては、仲睦まじい?」

「疑問形か」

 

 

 現在進行形で、俺の意識が無くなりかけている点を除けば仲睦まじい従兄妹同士だろう。

 つぐみがなぜか対抗意識を向けていたので、そういう事にしておく。

 

 閑話休題。

 

 

「さて、役割分担だが」

 

 

 当然、これから働くわけだ。

 宇田川姉妹、モカ、俺withつぐみの計五人(実質四人)の役割を決めなければならない。とりあえず立候補制にしてみたが、一番最初に手が上がったのは、意外にもモカであった。

 

 

「モカちゃん調理場ー」

「つまみ食いは厳禁だぞ」

「ちぇ〜」

 

 

 その魂胆は初めからわかっていたので釘を刺しておく。結局、モカは会計をすることになった。

 

 

「はい、あこも調理場行きたい!」

「待て!包丁は危ないぞ!?」

「トモちん大袈裟〜」

 

 

 大袈裟なものか、と言わんばかりの巴だが、その気持ちはよくわかる。

 俺とて、小学生だったつぐみが包丁を手に取ったときは、まるで自分の死を覚悟したような気持ちになってしまった経験があるからだ。

 ………あこはもう既に中学生だが、兄や姉としては、いつになっても心配になるものなのだ。

 

 

「安心しろ。包丁は俺が使う」

「あ、でも、おねーちゃんがフロア行くならフロアもやりたい!」

「ならば遊撃を頼む。状況に応じてどちらをやるか判断してくれ」

「はーい!」

 

 

 あこは自由にやってもらうこととした。

 手が足りなくなった方から声を掛ければいい話だ。

 

 

「なし崩しな形で悪いが……」

「わかった。アタシもフロア行くよ」

「助かる」

 

 

 巴にはフロアを担当してもらうことにした。

 よし、これで役割分担は完了だ。

 

 

「お、お兄ちゃん。私は」

「優しめで頼む」

「もう!そうじゃないよ!」

 

 

 そう言いながらも緩める気配どころか、さらに強くなるつぐみの腕。

 こうしている間にも、空の雷は鳴りを潜めることはない。俺の体力のカウントダウンも近づいてきている。

 

 ともかく、こうして仕事に取り掛かる一同。

 今日も落ち着いた午後を求めて大勢の客が来ると思いきや──────

 

 

「まあ、こんな雨の日に客なんて来ないよね〜」

「だよなー」

 

 

 モカの言うとおり、店の中は閑古鳥が鳴いている。来ているとしても、常連の黒サングラスの男のみだ。彼にはいつも通りブレンドを出している。

 

 ………まあ、そもそもこんな日は外出しないのが普通なのだ。この店に来るとしても、雨宿りのために寄ってくる人がいるかもしれないくらいか。

 

 

「あれ、あこは?」

「調理場かなー?」

 

 

 フロアにあこの姿が見えないようで、二人の視線がキッチンに向く。

 一方、俺達は何をしているかというと──────

 

 

「あこ、何してんだ?」

「味見!」

 

 

 カウンターを挟み、あこの口に試作のブラウニーを放り込んでいた。

 実のところ、あこはこれが目当てでヘルプを立候補したようだ。ひまりには及ばないが、あこも貴重なアドバイザーの一人だ。意見が擬音ばかりでわかりづらいのが難点だが、ちゃんとよく聞いてみると理にかなっているので、俺としても重宝している。

 

 ふと、視線を巴の隣に向ける。

 案の定、モカはおよよと目を伏せていた。

 

 

「カズくん、モカちゃんは悲しんでいます」

「食べるか?」

「食べる〜」

 

 

 この変わりようは蘭が見習うべきところだな。

 そんなことを考えながら、こちらにやってきたモカの口にもブラウニーを放り込む。

 

 

「お兄ちゃん!ここに味見役として適任の妹がいると思うんだけど!」

「そう思うなら離れてくれ。物理的に届かん」

「それは嫌!」

「………そうか」

 

 

 つぐみは相変わらず離れる気配はない。

 あれから雷は鳴っていないが、腕の力が段々と強まっている。雷への恐怖とあこへの対抗意識は別口で考えてほしいものだ。

 

 

「………なんだこれ」

 

 

 この状況を見て、巴から出た感想である。

 客は来ず、従妹(いもうと)従兄(あに)の腹を締め付け、ヘルプ二人はカウンターで雛鳥のように試作が来るのを待っている。

 少なくとも、第三者から見て働いているようにはみえないことは確かだ。

 

 ………頃合い、か。

 

 

「巴、見てほしいものがある」

「ん?なんだ?」

 

 

 巴を手招きすると、すぐこちらに来てくれた。

 俺は動けないので、指で指し示すことで巴の視線を誘導させる。

 

 

「ブレーカーだ」

「ブレーカーだな」

 

 

 まずは、部屋の隅に設置された電気ブレーカー。

 

 

「冷蔵庫だ」

「冷蔵庫だな」

 

 

 冷蔵庫の中身。

 ケーキや菓子類が作り置きされている。

 

 

「ここにコーヒーが入っている。紅茶はこのポットの中だ。メニューはこれを使ってくれ。もし何か言われても、このメニューに書かれているものしか出せないと言ってくれ」

「お、おう」

 

 

 キッチンの構造や今日限定のメニュー表について説明する。

 

 

「で、これが懐中電灯と、今日のバイト代だ。臨時だから多少色はつけてある。モカとあこのはこの袋二つだ。後でお前の方から渡してくれ」

「いや待て、アタシたち何もしてないぞ?さすがに受け取れないだろ」

「これからしてもらう予定だ。安心しろ」

 

 

 一通り言うべきことは言った。

 さすがに巴は全てを飲み込めていないようだが、これ以上説明する暇はない。

 

 

「時間がないから先に言っておく。あとは任せた」

「は?それってどういう──────」

 

 

 その瞬間、羽沢珈琲店の全ての光が奪われた。

 

 

「な、なんだ!?」

「わ〜、停電だ〜」

「お、おねーちゃん!」

「そこ動かないで待ってろ、あこ!今、ブレーカーを上げる!」

 

 

 巴は手に持っていた懐中電灯を頼りに、先程教えたブレーカーの下まで行く。

 ……瞼から光が差し込むのを感じる。特に滞りなく電灯の復旧はできたようだ。

 

 

「ふう……」

「と、トモち〜ん。はやく来て〜」

「ん?どうした、モカ」

 

 

 巴が一息ついたとき、モカが巴を呼ぶ。

 足音から、巴も駆けつけてくれたようだ。

 

 

「か、カズくんが……」

 

 

 モカはいち早く気づいたのだろう。

 皆の視線が俺に集中する。だが、それに俺は反応する術は無い。

 

 

 

「─────────」

 

 

 

 なぜなら、既に限界を迎えていたからだ。

 

 

 

「死んでる……」

「いや、生きてるだろ!?」

「お、お兄ちゃん!?もしかしてやりすぎちゃった!?しっかりして!」

 

 

 ようやく、つぐみの腕から開放される。

 楽になったが、別の意味で楽になりかけている以上、既に遅い。

 

 一応、生きている。意識も今は辛うじて残っている。

 何があったかと言うと、停電した際にとうとうつぐみの手加減なしの拳が、俺の鳩尾にクリーンヒットしただけだ。

 

 おかげで、今にも膝を折って倒れそうだ。

 だが、それはできない。従妹(いもうと)に“自分のせいで倒れた”なんて罪悪感を持たせるわけにはいかない。

 

 

 ──────ならば、立ち続けなければならない理由としては充分すぎる。

 

 

「カズ兄……立ったまま気絶って、カッコいい……」

 

 

 その一言を聞き取った後、俺は足を踏ん張ったまま意識を手放した。

 

 ………ひとつ経験者として語らせてもらうが、良いだろうか。

 悪いことは言わない。

 胴を圧迫させながらの仕事は、絶対にやめておいた方がいい。




※運転中の運転手にちょっかいを出すのは絶対に真似しないでください。もし事故が発生しても一切責任は取れませんので、間違っても後部座席から首を絞めないでくださいますようお願いします。


・今日のカズ語

「先に家に着くか。その前に俺が息絶えるか。どちらが先かの話だ。(家に着くまではさすがに大丈夫だろうが、もしこの後の店番で)仮に後者になったとしても、お前たちに最期を看取ってくれるなら本望だ。やはり、俺は度重なる幸運に恵まれている」


「お前のセンスは相変わらずだな、モカ。その必要以上に豊かなバリエーションは、一体どれほどの時間を棒に振れば身につくのか気になるものだな」
(それほど語彙力があれば、俺も言い間違いや言葉足らずなことがなくなるだろうに。参考までにどれほどの期間を練習に費やせば身に着くか教えてほしい、の意)


 GW明けの初日が雨ということだったので、季節を先取りしてこんな話を書きました。これからもこの投稿ペースを続けることはできそうにないので、さすがに次回の更新は一週間以上先になりそうです。


 お盆までの三ヶ月、頑張りましょ…
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