夕張の思いつきから、無線がどこかと繋がってしまいます。いつ繋がるか、いつ切れるか分からない無線を介して、夕張は相手と交流を深めていきます。近づいてくるのは・・・・・・。

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繋がりますか?

 鎮守府の上には、広い空がある。鎮守府自体も含めて、周辺に高い建物が通信塔くらいしかないからなのだが、最近もう一つ小さな通信塔が増えた。

「古くなった備品とか、がらくたを集めて組み立ててます。それでも何とかできない分は明石さんと夕張さんがお小遣いで部品を購入してます。二人の趣味みたいなものですが、通信技術の研究に資するという名目で、経費からも支出しています。でもほとんどアリバイ作り。取るに足りない金額ですよ」

 一息置いて、大淀は続けた。

「提督のお小遣いより、少ないと思います」

「経費の心配はないと安心すべきなのか、それしか出せないのかと悲しむべきなのか・・・・・・」

 何とも微妙な表情をして、提督は通信塔を見上げていた。

 

 

「夕張、こっちの配線終わったよ」

「明石さん、マイナスドライバどこ?あと電圧大丈夫かな」

「あんたさっき使ってたじゃない。電圧は計算上は規定値ぴったり。スイッチ入れてもいきなり吹っ飛ぶことはないと思うけど」

「今入れたらあたしが感電するわよ!あ、あった」

 手を伸ばしてドライバを拾い上げた夕張は、基板のネジをしっかりと締めた。真空管までついてるような旧式の基板である。

「さて、と」

 装置のごついふたも閉め直し、夕張は額の汗をぬぐった。

「いい?いくわよ?」

 明石の確認に親指を立てて、夕張は電源が入れられる様子を見守った。

 ばちん!、という身のすくむような音がして夕張と明石は顔を見合わせた。互いの視線は明瞭に「あんた何やったの!?」と語っていた。

 

 

 外では提督と大淀も顔を見合わせていた。手作りの通信塔を絡め取るように青白い稲光が走っている。一部はそのまま鬼火のように光をちらつかせている。

「・・・・・・最近の通信装置というのは、セント・エルモの火が出るようになっているのか?」

「ロマンチックですねえ」

 おおよその事態を察し、早々と現実逃避に走った大淀だった。

 

 

「さて、説明して貰いましょうか」

 かすかに焦げ臭い通信機の前。大淀がスチールデスクに肘をのせて、向いに座る明石と夕張に問いかけた。スパイを尋問する調査官のようだった。

「説明も何も、私たちだってわからないんです。こんな天気の良い日にセントエルモのような発光現象なんて起こりえません」

「そうです!」

 明石の主張に夕張が勢い込んでうなずく。

「そもそも配線に問題のありそうな箇所はありませんし、技術的にも冒険はしていません」

「そうです!部品だって古い物かもしれないけど、おかしなものは使ってない・・・・・・し・・・・・・」

歯切れの悪さに明石が夕張に向き直った。夕張は即座に目をそらす。

「夕張さん?」

 大淀の追求に、明石が追い打ちをかける。

「夕張、あんたそういえば見慣れた部品いじってたわよね」

「見慣れた部品、ですか?」

「艤装」

「いや、あれは!部品がなかったらっていうかちょうどいい大きさだったからとかそもそもあたしが中破したときに廃棄した部品がたまたま手元にあったからで現役の部品を抜いてきたわけじゃなくて!」

「ゆ・う・ば・り・さん?」

「はい、艤装を使いました。すいません」

 夕張は上目遣いになりながら後を続けた。

「普通の機械に組み込んだらどうなるんだろうって前々から気になってて、工廠の妖精さんに交渉して」

「工廠の妖精さんにも交渉して要請したんですか」

 ぷくく、としか言いようのない笑い声を漏らした後、大淀は真顔に戻ってため息をついた。

「オートメラーラの76ミリどころか、ブローニングM2にも及ばないような大きさで46cm砲名乗って恥じないような不思議兵器だらけなんですよ!何が起こるか分からないと思わなかったんですか!」

「何が起こるか分からないから面白そうだと、あ、使ったのはあたしの通信関連だけだから!砲煩兵器には手を付けてないから!」

 夕張は口を滑らせかけて、眼鏡の反射光で表情が読めなくなった大淀に気づき、あわてて弁解した。

「まったく・・・」

 右手で眼鏡を直しながら大淀がぼやく。レンズの向こうには、大淀のあきれたような表情が見えた。

「提督には『何かの手違い』で、廃棄されるはずだった艤装の一部が組み込まれたと報告します。そちらも辻褄を合わせてくださいね」

「はい、ごめんなさい」

 夕張は素直に頭を下げた。これから書かされる反省文の量とペナルティ-外出禁止か、間宮出入り禁止で済むだろうか-を想像して、下げた頭がさらに項垂れた。 

 

 

 大淀と別れ、夕張は明石と寮に戻っているところだった。少しためらってから明石に話しかける。

「ごめん、先に行ってて」

「工廠に戻るの?止めないけど、あれだけ釘さされた後だからね、変なことしないでよ」

「大丈夫よ、信用してよ」

 思い切り疑わしげな目を向けてから、もう一度念を押して明石は去って行った。

 工廠の隅にかんたんに仕切っただけの部屋がある。通信機を据え付けて、先ほどまで大淀に絞られていた部屋だ。裸電球一つを点灯させ明石は椅子を前後反転させ、背もたれに腕を乗せるようにして座った。

「・・・・・・何でダメだったのかなあ」

 夕張は、通信機に語りかけるように、独りごちた。動かないとかショートするとかならともかく、ここまで大失敗するとはまったく予想していなかった。艦娘の兵装から鎮守府の備品まで、ありとあらゆるものを手がけてきた。その方面では提督からも信を置かれている。半ば裏切られたような気持ちで夕張は通信機を見つめていた。かすかな異音に気がついたのは、暫くたってからだった。

「・・・・・・?」

 異音の正体についてはすぐ思い当たった。空電だ。そして目の前には通信機がある。

「電源、切ったよね」

 明石と大騒ぎをしてスイッチを切ったはずだ。電源のランプも消えている。いや、瞬いた。青白く光っている。躊躇いながらも電源のスイッチを押そうとして、夕張は空電の中になにか音が混じっていることに気がついた。スイッチに伸ばしていた手をボリュームの調整ダイヤルに向ける。

「・・・・・・聞こえるか。聞こえるか。こちら第四兵員室」

 ダイヤルを回すとともに雑音が大きくなり、その中に混じっていた人間の声も聞き取れるほどに大きくなった。どこにつながっているのか、夕張は好奇心を抑えることができなかった。

「もしもし、そちらはどなたですか」

「・・・・・・こちらは第四兵員室、貴様は誰だ。女学生が紛れ込んでいるのか」

 戸惑いが目に見えるようだった。こちらも負けず劣らず戸惑っているが。

「こちらは横須賀鎮守府、夕張。艦娘の夕張です。あなたは誰ですか」

「当方は軽巡洋艦夕張、第九分隊尾崎少尉だ。カンムスとは何だ?そもそも夕張は艦の名前だ、貴様自身の所属と姓名を名乗れ」

「私自身が夕張です、その、信じて貰えないと思うけど」

 すぐには返答は来なかった。怒声が返ってこないだけ、海軍士官としては穏やかな性格なのかもしれない。

「尾崎少尉、そちらは今何年何月ですか?」

「昭和18年3月19日だ。いったい何を・・・」

夕張は必死に記憶を掘り起こした。信頼して貰うにはこれしかない

「では夏にソロモンで戦って、12月に横須賀に帰港したばかりですね」

「そうだが、いったい何故知っているのだ」

「4月1日付で私は、夕張は四艦隊から外れます。代わりに編入されるのは十四戦隊。夕張は八艦隊(はっかんたい)・三水戦の所属となります」

「何を言っているのだ、貴様!一体何を言ってるのだ!」

 相手は状況を理解できず-あたりまえだ-、同じ言葉を繰り返し叫んでいた。

「聞いてください、私は-」

 私は、いったい何なのだろう。その想いが夕張の心によぎったとき、空電がひときわ大きくなり、収まったときには尾崎の声も聞こえなくなっていた。

 

 

 翌日も、その次の日も夕張は明石や大淀の目を盗んで自家製通信機に向かっていた。だが電源ランプが青白く光ることもなく、当然空電すら聞こえることはなかった。三日目、あきらめかけていた夕張の目に、電源ランプが青白く瞬くのが見えた。机上に放り出してあった通話用ヘッドホンを慌てて頭にかける。

「・・・・・・聞こえるか、夕張、聞こえるか。こちらは2分隊、尾崎少尉」

「尾崎少尉ですか!? わたしです!夕張です!」

「夕張か?やっぱり前の通信は夢じゃなかったんだな」

尾崎の声に、夕張は心が躍った。“私”に乗っていた人とまた話せる!夕張は勢い込んで喋りかけた。

「この間言ったこと、本当なんです!十四戦隊の那珂と五十鈴が・・・」

「ああ、本当だった。夕張は、本艦は八艦隊に編入された」

 えっ、と夕張は次に発する言葉を見失った。3日前に3月19日なら、今日は3月22日のはずだ。まだ発令すらされていない。事前に公表されていたのだろうか。

「夕張?」

「はい、聞こえてます。あの、そちらは今日何日なんですか」

よかった、また切れてしまったかと思ったと笑った後、尾崎は答えた。

「今日は4月15日だ。機会があればずっと無線電話の前にいたのだが、ようやく繋がった」

「こちらではまだ3日しか経っていません。そちらは1ヶ月近く経ってしまっているんですね」

 なんだそれは、と尾崎は笑った。まるで海野十三やウェルズの小説のようだ、と。

「最初は謀略か何かかと思ったが、理由がみつからなくてね。女性の声だったし、もう一度話してみたかったんだ」

 女スパイの話などいくらでもある。マタ・ハリや川島芳子などはこの時代には知られていないのかなと夕張は思ったが、話がややこしくなるので口には出さなかった。

「私は尾崎少尉よりずっと未来の人間、ええと人間、人間なのかな?そんなものです。軽巡洋艦夕張の魂を受け継いだ者です」

 夕張は必死に話した。再びこの世に生を受けたこと、深海棲艦という存在と戦っていること、長門や陸奥、江草隊に村田隊など、信頼できる仲間とともにまたいることを。

「大和や武蔵もいるのかな」

「あ、います。ご存じなんですね」

「一般には秘密だけど、まあ、海軍軍人の端くれだから」

 すこしずつ砕けた話し方になっていく尾崎も自分のことを話し始めた。慶應出身の短期現役士官であること、陸軍が嫌だったので海軍を選んだこと。艦内電話の修理をしていたところ、おかしなところに繋がってしまったこと。

「おかしなところですか?」

「怒らないでくれよ。微弱な電波によって電話線のいらない、つまり戦闘時でも断線する恐れのない艦内電話の実験をしていたんだ。そしたら夕張って名乗る女の子に繋がったのさ。もちろん船の中に女の子なんて乗ってないし、艦内神社の祭神には鹿屋野比賣(かやのひめ)という女神もいるらしいから、もしかしたらなんて思って」

 二人はいろいろな話をした。上司の話、仲間の話。間宮の話は盛り上がった。間宮入港の情報が入ると、とにかく新鮮な食料と甘味を確保するため艦の乗員が一体になるという。夕張(こちら)側の長門は間宮という単語を聞くだけで目が輝く。そして職務の話。無線電話の改修は黙認に近い形で独自に行っているのだそうだ。日課の合間にこなさなければいけないから、睡眠時間を削るしかないのだとも。

「体壊さないでくださいね」

「大丈夫だよ。大学時代から寝ないで絵を描き続けてたりしてたから」

「絵がお好きなんですか?」

「うん。本家の人間に美術学校出がいてね。よく画材を貰って描いてたりしたんだ。夕張は何が好きなの?」

「う~ん、私はやっぱり機械いじりかなあ。時間を忘れちゃう」

 あはは、女の子らしくない、という尾崎の声に空電が混じり始めた。

「夕張、実験は続けるから!また・・・」

「尾崎さん、毎日通信機確認するから・・・・!」

 二人の必死の呼びかけが終わりきらぬうちに、空電は途切れた。

 

 

 

 そのあと通信機はまた繋がらなくなった。三日経っても、電源ランプは光を放つことはなかった。

 大淀や明石からは解体の提案もあったが、原因がわからないと納得いかないという夕張の主張が通り、しばらくは置いておけることになった。分解してみようかとも思ったが、繋がらなくなってしまったときのことが怖くて、手が出せなかった。自室で行っていた簡単な装備の修理や新装備の勉強などは通信機の前で行うようになった。数日は空振りに終わったが、ある日電源ランプが瞬いた。

「来た!」

 夕張は即座にヘッドセットを付けた。

「もしもし、尾崎さん?」

「夕張?」

「よかった、繋がってくれた・・・・・・」

「今は何日?」

「7月2日だ」

 また時間が跳んでいる。期間もばらばらだ。だがそんなことより大事なことが夕張にはあった。

「尾崎さんは元気だった?」

「おかげさまで。夕張は?」

「うん、元気。・・・・・・ちょっと仲間に心配かけちゃったけど」

 何かあったのかと心配そうに問う尾崎に、夕張は答えた。

「通信機がね。もっと調子よくならないかなって調整してたの。こっちは数日おき、そっちは数ヶ月おきでしかつながらないでしょ?」

だから仕事の合間に睡眠時間を削って通信がつながるのを待っている、とは言えず、夕張は少し誤魔化した。

 「夕張は『かんむす』というもので、軍艦の夕張のことを知っていて、シンカイセイカンというのと戦っていて、機械いじりが好きなんだよね?」

 確認するように尾崎が訪ねてきた。

「職業婦人なの?帝大の研究室にいるとか」

 女性が前線に立つとは夢にも思わないらしい。

「ええとまあ、お給料はもらってるから仕事なのかな」

 信じて貰えないと思うけど、と改めて自分のことを説明しようとした夕張に、尾崎が笑って返した。今更何が起こっても不思議に思わないし、端から信じないなら、通信なんてしないよ。

 すこし顔の熱さを感じつつ、改めて夕張は自分の話をした。夕張の名を受けついだ人間であり(『夕張』そのものだとは流石に信じて貰えないだろう!)、深海棲艦という存在と戦っている。そして自分のいる時代は、尾崎のいる時間軸の先にいるということも。

「大和も武蔵も女の子なのか。船は女性とはいうけれど・・・」

「大和さんは本当に大和撫子という出で立ちよ。武蔵さんは、なんていうか、かっこいい?」

「モガとはちがうのかな」

「モガ?、ああモダンガールね」

 写真で見たことはあるが、武蔵に似合いそうは無い。似合うとしたら妙高四姉妹(さんとこ)だろうか。

「そうねえ、柔道着が似合いそうな女傑って言った方がいいのかしら」

「女三四郎か・・・」

 暫く考え込んだ後、尾崎は、そうだ、と声を上げた。いささかわざとらしく聞こえたから、最初から聞きたいことがあったのだな、と夕張は察した。

「夕張はどんな子なの?髪は長いの、短いの?」

「・・・・・・え?」

 まったく予想していなかった質問が来た。言葉に、というより息が詰まる。

「えっと、私は、前にも言ったけど艦娘というのをやってて-」

 つっかえつっかえ自分のことを喋りだした。あ、髪の長さ聞かれてたんだっけ、じゃあ髪型も言わないと。機械いじりが好きなのは前に言ったかな。尾崎の楽しそうな相づちに少しずつなめらかに喋れるようになっていく。何故自分が此処にいるかが分からないけれど、とても良い世界であること、この世界を守っていきたいこと。何しろ自分たちは-

「一度目は守れなかったから。今度は絶対守りきるの」

冗談めかしていった言葉に、会話が途切れた。夕張が自分が禁忌に触れたことに気づいた。夕張が口を開いて、声が出る前に尾崎の声がヘッドセットから聞こえてきた。

「なあ、夕張。今はあれだけもてはやされた機動部隊を全然見かけないんだ。赤城や加賀はどこにいるんだ。この戦争はどうなるんだろう」

 赤城も加賀もこの前年に沈んでいる。海軍に入ってまだ日が浅いであろう尾崎はまだ知らないのだ。

「尾崎さん、落ち着いて聞いてね。赤城さんも加賀さんも、もういないの。ミッドウェーで沈んじゃったわ。飛龍と蒼龍も一緒に」

暫く返答はなかった。雑音に紛れるようにして、かすかに深呼吸する音が聞こえた。

「そうか・・・」

 今なんと言えば良いか、夕張にはわからなかったし、おそらく尾崎もわからないだろう。沈黙を打ち切って、夕張はもう一つのことを告げた。

「尾崎さん、気をつけて。今は南洋にいるわよね?7月5日、ショートランド沖で左舷に被雷するわ」

「被雷!?」

尾崎の声が緊張感を増す。

「まさか、いや夕張の言うことだし、この間も・・・」

 信じられないというよりは信じたくないという思いが表に出たつぶやきだった。唐突に夕張は自分も沈むことを、そして尾崎はそれを知らないことにあらためて気づいた。

 

 

 艦娘の中でも、自身の最期について気軽に話せる者とそうでない者がいる。夕立や綾波は前者だし、坊の岬組やシブヤン海組も酒が入ると当時の話で盛り上がっていたりする。変わりどころでは、扶桑と山城などはスリガオ夜戦の話になると時雨の頭をやたらとなで始めので、迷惑がられている。逆に夕張は後者だった。右舷の見張員が不意に叫んだ。「右舷、雷跡-」後は爆発音に遮られ聞こえなかった。見張員もそれ以上は口にすることができなかったのかもしれない。魚雷は4本、いや5本が命中したのだったか。人間で言えば右の脇腹をダガーナイフでえぐられ、引きちぎられるような痛みが奔り、それで終わった。文字通りの爆沈で生存者はほとんどいなかっただろう。旗艦でありながら何もできなかったことも、魚雷が船体に突き刺さる感触、間を置いて爆発する衝撃も思い出したくない。

 思い出したくないが、伝えないといけない相手がいる、

「尾崎さん、あのね」

 突然雑音が大きくなった。今までにない唐突さで、通信は途切れた。

「尾崎さん!尾崎さん!」

 前にみたテレビドラマで、繋がってもいない電話に「もしもし!」と何度も呼びかけるシーンを見て、滑稽に感じたことがあった。あんなもの意味ないじゃないの、と。でも、繋がってて欲しいからわかってても呼びかけちゃうのね。夕張は雑音すら発しなくなった通信機から視線を落としてため息をついた。自分の躊躇いが決定的な結果を招いてしまったのではないかと思うと、足の震えが止まらなかった。

 

 

 夕張は開発や修理も含めてこの通信機の周りで過ごすことが多くなり、布団を持ち込んで食事も済ませるようになった。いつ通信が繋がるか分からないのだ。

大淀の「おむつは経費として認めませんからね」という、かなりキツいジョークは、彼女なりに心配してのことだとは、夕張にも痛いほど分かった。

「そこまでは女を捨てられないわよ。・・・・・・ごめんなさい」

 アルカイックスマイルでうなずいた大淀を見送って、夕張はおにぎりをほおばり始めた。

 通信機のランプを見つめる目も、霞んできているようだ、ランプが瞬いているように見える。ヘッドフォンから聞こえる雑音は空耳だろうか。

「!」

 慌てて夕張は通信機を調整しはじめた。疲労のあまり集中力が散漫になっていたらしい。

 周波数をいじったりしているうちに少しずつ、雑音以外の声が入り始める。

「夕張!夕張!」

「尾崎さん!」

 尾崎の声に負けじと声を張り上げた。

「夕張!元気か!?」

「元気よ!」

大声で叫び返した後、すこし沈黙があり、二人同時に笑い出した。

「ごめん、夕張。何か可笑しくなっちゃって」

「ううん、私も。繋がったと思ったら安心しちゃった」

「そうだ、夕張。君のお陰だ。魚雷は回避した」

「本当!?良かった・・・・・・」

 夕張の全身から力が抜けていった。

「バカ正直に説明しても無駄だから、さりげなく見張員に注意を促したりして、気を配らせたんだ。君は本当にこの艦の女神様だよ」

「女神なんかじゃないわよ。でも私は軽巡洋艦夕張そのものなんだから」

 尾崎に見えるわけでもないのに、夕張は胸をはって答えた。

 

 

「そうだ!尾崎さん、今は何日」

「7月26日だ」

 26日!また何日も過ぎてしまっている。時間の流れが不安定などころか、一定ですらないらしい。

「尾崎さん、本当なら私は明日沈むの!5本雷撃をうけてみんな死んじゃう!右舷から来るから・・・・・」

「右舷だな、分かった」

 尾崎は本職の士官のような凜とした声で返答した。

「必ず回避する。心配するな」

 更に詳細を聞く尾崎に、夕張はすべて答えた。10時、多分丁度に雷撃が来ること、命中する直前まで気付かなかったこと・・・・・・。

 息も継がぬような勢いで説明し終えた夕張に、尾崎は静かに尋ねた。

「ありがとう、夕張。俺が聞くべきことはこれで全部かな」

「ええ。話せることはすべて話したと思うわ」

「わかった。こちらの夕張については任せてくれ。それで、その、な、夕張」

 尾崎さん、少し声がうわずってる?夕張は首をかしげた。

「そちらの夕張についても、もっと教えて欲しい」

「そちらの夕張って、え?えええ!?」

 あっちとこっちに夕張は一人ずつしかいない。

「明日のことはこちらにまかせろあとは電波が繋がらなくなるまで君について知りたい」

 一息に尾崎は言った。夕張はふた呼吸ほど待って返答した。

「勿論良いわよ。でも条件付」

「じょうけん?」

「尾崎さんのことも教えて」

「・・・・・・ああ、勿論!」

 そのあと二人は話をし続けた。艦娘としての夕張のこと、深海棲艦のこと、大和に赤城、妙高、夕立等々、信頼出来る仲間達のこと。尾崎も自分のことを話し、仲間のことを話し、夕張のことを話した。明るい話題の影にも、戦争がつきまとった。「明日」のことを「過去」として知っている夕張にとっては避けられない話題だった。

「ねえ、尾崎さん。夕張から離れられないの?」

「そりゃあ無理だよ」

「でもでも、明日私沈む、かもしれないんだよ?急すぎて対応できなかったんだよ?」

「どうにかしてみせるよ。ずっと一緒に戦ってきた仲間なんだ。逃れられない。夕張だってそうだろう?」

 鹿島や五月雨が大破して、彼女達を置き去りにして逃げられるだろうか。

「そうね、無理」

「それに」

 尾崎は一息置いて続けた。

「夕張からは離れられないよ」

 自分のことだと理解して、夕張は一瞬で顔が火照った。

「尾崎さん、私もね」

 考える間より先に、口が言葉を紡いだ。しかしその先を遮るように、雑音が大きくなった。時間がないことを夕張は理解した。言いたいことよりも、言うべきことが口からこぼれる。

「尾崎さん、私は明日沈んでみんな死んじゃうの!右舷から来るから、お願い、避けて・・・・・・」

「夕張!安心しろ!おれは必ず君の記憶を裏切って-」

 叫び声よりも大きな雑音が夕張の耳を襲い、次の瞬間には、思わずもぎ取ったヘッドホンから空電だけが聞こえていた。

 夕張は机に突っ伏した。暫くそのままでいた。

 

 

 

 佐世保の東山、軍艦夕張の慰霊碑。入り口の地図で位置を確認して、中央の丘を昇る。正面にある金剛の慰霊碑には缶紅茶がやたらと並んでいた。

(門のところの自販機には紅茶なんてなかったけど。街から持ってきたのかしら)

 左に回りこむように入るとその隅に夕張の慰霊碑がある。夕張は一度も来たことがなかった。数日来落ち込んだままの夕張を見かねて、気分転換にでもと大淀が勧めたのだった。

 そこには先客がいた。車いすに乗った年配の女性と若い-といっても夕張よりはかなり年長に見える-女性の二人組だ。大きな平べったい風呂敷包みを脇に置いている。夕張に気づくと会釈し、夕張もそれに返礼した。

「あの、軍艦夕張のご遺族の方ですか」

 自分の遺族というのも妙なものだが、他に言葉が見つからなかった。年配の女性が微笑む。

「ええ。夫が乗艦していましたの。お嬢さんは?」

「そう、ですね、ええ、遺族というわけではないんですが、関係者というか」

 歯切れの悪い返答に、今度は若い女性が目を瞬かせた。

「もしかして夕張さん?艦娘の」

 艦娘という存在が深海棲艦という存在と戦っているということは常識である。アイドルではない-一部を除く-ので、顔まで知られている訳ではないが、何となく雰囲気で察したのだろう。

「あら、艦娘さんなんて初めてお会いしたわ。ずいぶん可愛いのねえ」

「失礼よ、お婆ちゃん」

「いえ。可愛いなんて、恐縮です」

「凄い偶然ねえ。こんなところでお会いできるなんて」 

 あ、ほらほら、と孫を促した。女性が頷いて傍らの風呂敷包みを手に取る。

「夫からずっと預かってきた物があるの」

「預かってきたもの、ですか?」

 初対面の人間に?と首をかしげる夕張に、ちょっと待っててね、と老女は微笑んだ。風呂敷を解くと中身は一枚の絵だった。絵の中では軍艦夕張の前に昔の映画俳優ばりの海軍士官と袴姿の美しい女性が並んで立っている。

「祖父と夕張さんの絵らしいのだけど、貴方のことじゃないわよね。お祖母様のことかしら」

 孫の方が苦笑しながら説明し、車いすの女性が苦笑も受け継ぎながら説明を引き継いだ。

「主人はこんなカッコイイ外見じゃなかったんだけど、この絵の中だけはとびきり格好良くいたいって言って・・・」

 絵の中の女性は、眼鏡をかけた矢矧というのが近いだろうか。怜悧な美貌に少し野暮ったいデザインの眼鏡が逆にチャームポイントになっている。

 夕張はおそるおそる尋ねた。

「もしかして、ご主人のお名前は尾崎さん・・・」

「あら、夫をご存じなのね。ええ、尾崎源蔵といいます」

「じゃあ尾崎さんはご無事だったんですね!」

「ええ、終戦は内地でを迎えたそうよ。私が出会ったのはその後だったのだけれど」

「祖父は軍の焼却命令を無視して資料をかき集めたんです。上官を殴ったりGHQから逃げ回ったりしたってよく自慢してました。祖母ともGHQから隠れていたときに出会ったそうです」

 女性は祖母に向かって微笑みかけ、祖母もそれに応えた。

「艦娘さんたちが活躍しはじめた頃、集めた資料がだいぶ役に立ったそうなの。佐世保の人たちが挨拶に来たことがあったわね」

 祖母は懐かしむように空を見上げた。真っ青な空よりも遠いところを見ているようだった。

「夫はこの慰霊碑を建てたあと、二十年前に心臓を悪くして亡くなったの。最後に変なことを言い残してね」

 夕張に視線を向けてほほ笑んだ。

「慰霊碑があれば、いつか夕張と名乗る女の子が絶対にここに来る。彼女と出会ったら、この絵を渡して伝えて欲しいって。助けてくれてありがとう。すこしだけ歴史を変えられたよって」

 歴史を変えた……!記憶は裏切られた。助言は役に立ったのだ。

「あの頃は艦娘なんてなかったから、なにを変なことを言うものだって思ったけど、もしかしたら知ってたのかしらねえ。集めた資料や研究が後々艦娘さんに役立ったって言うから」

 最後の約束が果たせたのかしら、ずっと来ていて良かったわ、と彼女は微笑んだ。

「こんな大切な物を、ありがとうございます」 

 夕張は喉に砲弾でも詰まったかのように声が出なくなった。

「尾崎さんは祖母の、大切な、大切な人だったそうです。素晴らしい絵をいただけて・・・・・・祖母も・・・・・・ほっとして・・・・・・」

 受けとった絵を胸におし抱いて深呼吸する。私こんな美人じゃないのに、と夕張は思った。でも、尾崎さんもハンサムになってるみたいだから、お互い様なのかな。

 あらあら、と尾崎夫人がハンカチをとりだして、夕張は自分が涙を流していることに気づいた。

「夕張さん、すこしこちらに屈んで貰えるかしら?」

 尾崎夫人に顔を近づけるようにして、涙を拭いてもらう。クリアになった視界に祖母の慈しむような笑顔がはっきりと写った。

「大切な人だなんて、ちょっと妬けるわねえ。話をしてみたかったわ」

 もしこう言ったらどんな顔するかな。実は尾崎さんとは会ったのは『祖母』ではなくて私自身で、しかも奥さんより前に出会ってて、夜通しおしゃべりして誰にも言えない秘密を共有してたんです、って・・・・・・

 また視界がぼやけてきた。今度は自分で涙を拭いて、夕張は困ったように微笑む孫娘に視線を移し、尾崎の面影を探した。

(了)

 

付記 

(7月27日)1001 「ソンソル」島南端の九五度三、五浬ニ於イテ夕張敵潜水艦ノ雷撃ヲ受ク(中略)六本迄回避セルモ最後ノ一本第一缶室右舷ニ命中主機械停止電源停止シ右ニ傾斜約七度前部沈下ス

1308 夕張(中略)疎水過多ノ為二○回転以上発揮不能

28日晴レ時々曇リ

0457 夕張前部ノ浸水漸増ノ傾向アリ

1010(五月雨宛信号)夕張沈没ニ瀕シタル時ハ「B」旗ヲ全揚スルニ付直チニ曳索ヲヤリ放テ

1015(五月雨宛信号)「B」

1015(GF他宛信号)一〇一五夕張沈没ス地点北緯五度三八分東経一三一度

 

被害

(一)夕張沈没

(二)人員(夕張ノミ)

戦死  准士官以上一(兵曹長一) 下士官兵一五

行方不明 准士官以上〇 下士官兵三

重傷  准士官以上〇 下士官兵三

軽傷  准士官以上〇 下士官兵九

(第三水雷戦隊戦闘詳報 第二十号より)




最後まで読んでいただきありがとうございます。
予想もしていなかった数の方に読んでいただいており、望外の喜びです。
少しずつですがまた作品を上げていきたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。

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