転スラ~最弱にして最凶の魔王~   作:霖霧露

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第十五話 ユメを見ろ

 人間が知り得ぬ常夜の国の奥深い場所、そこに建てられた城で『夜魔の女王(クイーン・オブ・ナイトメア)』ルミナス・バレンタインは紅茶を飲んで優雅な一時を過ごしていた。目の前に薄気味悪い笑みの男が現れるまでは。

 

「やぁ、ルミナス・バレンタイン。ティーカップで飲んでいるのはトマトジュースかな?」

 

「貴様に(わらわ)の名を呼ぶ栄誉を与えたつもりはないが」

 

「おっと辛らつだね?名前も呼んじゃいけないのかい?それなら僕はどうやって君と仲良く会話すれば良いんだ。友達と会話するのに名前も呼べないんじゃ……。そうか!あだ名、あだ名だね!?あだ名を付け合って呼び合えばそれはとってもすばr―――」

 

 ルミナスは聞くに堪えないカイの毒電波を、片手で発した魔素の刃によってその首を落とすことで止める。

 

「殺すなら吸血で殺してほしいんだけどなぁ。作品によっては吸血されるのって気持ち良かったりするだろう?」

 

 しかし、ルミナスが一つ瞬けば寸分違わぬ立ち位置で相も変らぬ不気味を放ち続けるカイが居る。消えぬと分かってなおも憂さ晴らしに(憂さの原因もカイだが)ルミナスは片手を振ろうとする。

 

「待って待って。僕だって何の手土産もなしに仲良くお話をしようなんて思ってないさ。僕たち魔王は一応互いを牽制するのも仕事だからね」

 

「手土産とな?」

 

 それを聞いてようやくルミナスはカイの方に顔を向ければ、カイは何やら大きな箱を背後に置いていた。それはとても大きな、まるで棺桶のような箱だ。

 

「君ってヴェルドラに一度国を襲われた経験がないかい?」

 

「……それが土産と何の関係があるのだ」

 

 話の繋がりが見えず、唐突に変わった話題にルミナスは怪しみ、答えを濁す。

 

「まぁまぁ、そう焦るなって。それで、ヴェルドラに襲われた時、少女に助けられたりしなかったかなぁ」

 

「何故、貴様がそれを」

 

 その出来事は確かに過去にあった話だが、カイの活動が確認された時より前。おそらく転移してきた異世界人であることを察せられるカイがこちらに転移してくる前の話である。カイに関わりがないだろうその話に、ルミナスはより一層の警戒で目を鋭くする。

 

「ああ、あったんだね。良かった良かった。僕の頑張りが無駄にならずに済んだよ」

 

 ルミナスの視線になんら怯えることもせず、ただ不気味に笑い続けるカイはその箱をルミナスの前へ倒す。

 

「なっ、これはっ!」

 

「ハッピーバースデー、ルミナス・バレンタイン!バースデープレゼントだよ、君の誕生日なんて知らないけどね!」

 

 倒された勢いで蓋が空いたその箱から覗くのは、水晶に閉じ込められて眠る少女。ルミナスが良く知る少女。

 

「君を救った『時の勇者』の封印水晶を、君にプレゼントだ!!」

 

 水晶の中で眠っているのは『時の勇者』とその名を轟かせる勇者であり、カイが語った通りルミナスを救った恩人だった。

 

「貴様っ、彼女に何をした!!」

 

 恩人に手をかけたカイへ、ルミナスはその激昂を魔素と共に放出し、カイを壁へと叩きつける。

 

「嫌だなぁ、君へのとっておきのプレゼントとして持って来てあげたんじゃないか」

 

 壁にめり込みながらも笑みを絶やさぬカイは激昂していたルミナスをも一瞬怯ませ、その頭を冷やさせた。

 

「如何に貴様が『最凶』と呼ばれようと、『最弱』であることは変わりない。その貴様が勇者を討ち取るのは不可能であろう。何をした」

 

「あれ?もう冷静になっちゃうのかい?君が苛烈に攻めてきたところで、高らかに笑って失せるつもりだったんだけど」

 

 頭が冷えたとはいえ怒りは冷めぬルミナスははぐらかそうとするカイの四肢を魔素の刃で切り落とす。

 

「おいおい。四肢を切り落とすくらいなら吸血して傀儡にでもした方が早いんじゃないかい?吸血鬼ならそういう能力あるだろう?」

 

「貴様の血など一滴も飲みとうない。疾く答えよ。徐々に切り落とすぞ」

 

「あっはっはっ!四肢を切っといてこれから削るのかい?痛みはほとんど変わらないだろう?脅し文句としては微妙なところだね。脅迫は苦手かな?」

 

「疾く答えぬか!!」

 

 ルミナスは怒りに任せてカイの腹を切り落とす。未だに痛みに苦しむことはなく、カイの表情は気味が悪い。

 

「方法なんてどうでも良いじゃないか。とりあえず僕から言えることは、その封印は僕でも君でも解けないってことだ。解ける奴が見つかるまで大事に守りなよ?ということで。じゃね、バイビ」

 

 言いたいことを全て言い切ったカイはその場から幻想のように消え、流れた血も壁のヒビも消えていた。ただそこにある水晶だけは現実だった。

 

「あのクソ野郎が!許さぬ、許さぬぞ!!見つけ出して蘇る度に引き裂いてやる!!」

 

 消えたカイに向かって叫ぶ絶叫は虚しく、死に至らしめる魔素となって一帯に被害を出すだけだった。

 

◇◆◆

 

 あれから幾年月が流れたろう。はっきり年数を言ってしまうと私の年齢が割り出されてしまうので伏せるけど、一人の少女が『爆炎の支配者』なんて大層な名前を頂くほど永い時間だ。

 

 『時の勇者』と呼ばれる女性と旅をした。一人で生きていけるよう生活の術を学び、自身の身を守れるよう護身の技を習った。

 

――腕が良いね。やっぱり、異世界人だから基礎のステータスが高いのかな

 

――ありがとうございます、勇者様。勇者様も異世界人なんですか?

 

――うん、そうだよ?ずいぶん遠くまで来ちゃったけどね

 

 勇者様は遥か遠くを寂しそうに見ていた。いったい何を思っているのかは分からなかったけど、その時の言葉が、私には異世界に来てしまった以上の意味を含んでいると感じられた。

 

――勇者様、ごめんなさい……。勇者様に怪我を負わせてしまうなんて……

 

――そんなに落ち込まないで?ちょっと火傷しただけだから。私も貴女がイフリートとの融合の経緯を失念してた。これは私のミスでもあるね

 

――勇者様……

 

 同化していたイフリートが暴走し、勇者様に火傷を負わせる失敗をしてしまったことがあった。あの時、勇者様は私を許し、イフリートの力を抑える仮面をくれた。私にとって、やはり炎は忌むべきものだった。カイさんと、レオンはイフリートで傷を治してくれたが、やはり私に炎は受け入れられない。

 

――あの、ここはいったい……?

 

――勇者様、この子はもしかして

 

――ええ、おそらく異世界人ね

 

 旅の途中、故も知らずこの世界に転移してしまった少年・神楽坂(かぐらざか)優樹(ゆうき)を保護した。優樹にはユニークスキルらしいスキルがなかった。身体能力こそ原住民より高いが、冒険者としてやっていくのは難しいと考えてイングラシア王国の王都に彼を置き、勇者様と共にしばらくの面倒を見た。

 

――先生、勇者様。僕はこの冒険者互助組合の改革と、それと異世界人を保護する施設の設計をしたいと思います

 

 優樹は良く頭が回った。勇者様と私の助力で当時の冒険者互助組合の役職を得て、次々と組織を改善・改革していった。優樹はその辣腕を振るい、組織を自由組合(ギルド)と改めて総帥(グランドマスター)にまでなり上がった。私ができないことを平然とやってのける優樹に今でも感心している。

 

――勇者様、大丈夫ですか……?

 

――大丈夫、大丈夫だから……。貴女も、まだ諦めちゃ、ダメ……

 

 異世界人の少女・坂口(さかぐち)日向(ひなた)を助けた辺りだったか。勇者様は日に日に弱っているように見えた。今まで手古摺らなかった相手にも手傷を負うようになり、時折強く自身を抱きしめて蹲っていた。その時の「貴女」が誰を指していたかは教えてもらえなかった。

 

 私は気付くべきだったのかもしれない。それが終わりの先触れであることに。

 

 永い時間だった。少女が英雄として召し上げられるほど永い時間だった。辛いこともあったけど、すぐ傍で誰かが見守ってくれる素晴らしい日々だった。でも、幸福がいつまでも続かない。そんな当たり前のことを、私はその日が来るまで忘れていたんだ。

 

◇◇◇

 

「勇者様!勇者様っ!」

 

 目の前に弱々しく横たわり、その姿を徐々に透かす時の勇者へ静江は叫んでいた。消えてほしくない大切な人の手を握り、涙を流し続けてなお静江は祈り続けていた。

 

「ごめんね……、シズ。お別れの時間みたい……」

 

 静江に微笑みかける時の勇者に覇気はなく、自らの終わりを悟り切っていた。日向を助けた日から時の勇者は弱り始めたのを自覚している。それがこの兆候だということを時の勇者は理解した。()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

「勇者様、お願いです、諦めないでください!私にはまだ、教えてほしいことがいっぱい……」

 

「ごめん、ごめんね……。貴女も、ごめんなさい……。あの人たちに、会わせてあげられなくて……」

 

 どうしようもない現状に静江は嗚咽し、時の勇者は静江と自身の中に居るもう一人にか細く謝る。悲しい静寂が訪れようとしていた。

 

「やぁ」

 

 そんな空気を読まず、笑顔を張り付けたカイが颯爽と現れる。

 

「カイ・ヤグラ……。最期に見るのが貴方なんてね……。残念だろうけど、私に貴方と戦う力は、もうないわ」

 

「嫌だなぁ人を戦闘狂みたいに。僕にはマイナス(弱者)を甚振る趣味はないんだ。欲しいのは勝利ではないしね」

 

 この場に急に現れたカイに時の勇者は自分の衰弱した姿を晒す。カイが過去に強者とやり合っていたことを思い出した時の勇者は、自身の最期に戦いに来たものと判断した。カイはそれをやれやれと訂正する。

 

「カイさん!助けてください、勇者様が!」

 

 カイの、自身を助けた姿と挑んできた者を返り討ちにしてきた姿しか知らない(時の勇者に嘗ての悪事を聞いても信じていない)静江はカイに縋る。自身を助けてくれたカイなら、時の勇者様を助けてくれるはずだと。

 

「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。僕の話を聞いてくれれば万事解決さ」

 

 カイは縋り泣く静江をなだめつつ、胡散臭く口の端を吊り上げる。

 

「時の勇者ちゃん、こんにちは!今日は雲一つない晴天だね。天国に旅立つには丁度良い日だ!」

 

「……」

 

 いったい何が言いたいか全くわからず、されど聞き入るしかない時の勇者はカイの言葉を静聴する。

 

「それで満足なのかよ」

 

 瞳の見えぬ細目と月を描く口が打って変わり、カイは悲しげな眼で時の勇者を見つめ、憐れむように口を開く。

 

「……どういう、意味ですか?」

 

「世のため人のために働いて自分の人生を生きる時間も惜しんで人を助けて私利私欲もなく公平に人に尽くして弱音も願いも吐かずに終わる。そんな英雄譚みたいな話があるか?そんなアブノーマル(強い人間)が居るか?」

 

 いつもの不気味な笑顔ではなく、そんな話を、そんな人間を、カイは本気でバカにする。

 

「いや、そんなものは英雄じゃない。人間ですらない。機械だ。人を救うように組まれたプログラムだ」

 

 カイは拳を強く握る。そんなものは人間の姿ではないと嫌悪する。

 

「欲を捨てられるほど人間は強くない。欲を抱かないほど人間は賢くない」

 

 強固な持論を語り終えたカイはそうして人を救うように組まれたプログラム(時の勇者)を見下ろす。時の勇者から見たカイの目は、同情や嫌悪を綯い交ぜにしたような目であり、人を弱らせる毒沼でもあるように感じた。

 

「私は……」

 

「強がらなくていいんだ。今ここに、君を強い人間と思う人はいない」

 

 時の勇者の自制心を、カイはマイナス()で溶かしていく。

 

「私は、レオンお兄ちゃんにもう一度会いたい!」

 

 勇者として抑えてきた欲を、強い願望を時の勇者は吐き出した。

 

「まぁ!強く宣言したからってオールイズファンタジー(全部無意味)なんだけどね!」

 

「なっ!くっ……」

 

 カイがいつものような気味の悪い笑みを浮かべた瞬間、時の勇者の周りが凍り出す。いや、それは氷結ではなく、時間の固定化だ。

 

「こ、これは!?」

 

「時の勇者ちゃんの力を暴走するよう現実を受け入れなかった(仕向けた)だけだよ。具体的に言えば、『絶対切断』で周りの時間と空間を切らせ、『時間』に関する力で丁度切った空間内の時間を停止させて、おまけに『無限牢獄』で封印。余程のことがない限り解けない封印の完成さ!」

 

 静江の困惑に、カイは悪事の成功を祝うかの如く笑い出す。

 

「カイさん!今すぐ止めてください!」

 

「無理だよ?さっきも言っただろう、「余程のことがない限り解けない」って。それに、僕が勇者の封印を解くなんてプラス(善行)、できるわけないだろう?」

 

「そんな……」

 

 無力に打ちひしがれて座り込む静江の横で、時の勇者は完全に封印され、水晶のようなそれの中で眠る。カイは満足げだった。

 

「それじゃあ、これは持ってくね?君が持っててもどうしようもないだろう?」

 

「ま、待って……」

 

「「答えは聞いてない!」なんてね」

 

 カイは静江の懇願を聞き届けることもせず、その場から時の勇者と共に消え去った。

 

「……」

 

 静江はただ、勇者が横たわっていた場所を見つめ続けた。時の勇者との記憶を幻想だと受け入れないように。





――やぁ。初めまして、坂口日向

――……私の存在がバレているのは予測できたが、よもや声まで届けるとはな

――そう不思議がることもないよ。現実か定かじゃない領域なんて、まさに僕の領分さ

――……何の用だ。貴様と長く話す気はない。時間もないからな。

――それはとっても都合が悪い(良い)。単刀直入に言うよ。今から『時の勇者』の主導権を君に渡すから、『時の勇者』を封印してくれないかな?

――魔王に手を貸す勇者が何処に居る

――どっかに居なかったっけ?なんか魔王を嫁に貰う勇者の話とかあった気がするけど。まぁいいや。手を貸すのは僕にじゃないよ。()()()にさ。

――封印が何故この子のためになる

――彼女を、大切な人に会わせたくないかい?今のままでは、何の望みも叶えられず消える。そんな可哀そうの少女を、仮にも『勇者の卵』だった君が見過ごすのかなぁ

――あの子はそれほど弱くはない。大切な人に会えなくとも、彼女は人との触れ合いに満足していた

――それは、彼女の本音を聞いても言えるのかな?

――!?

――聞いたよね!?聞いただろう!?「レオンお兄ちゃんにもう一度会いたい!」って!

――……分かった。彼女を、クロエを封印しよう

――はい、じゃあよろしくね!

――聞き届けろよ、彼女の願いを

――約束はしないよ。マイナス()がした約束は確実に守れないからね

――……そうか。頼んだぞ

 まぁ、全部無意味(オールイズファンタジー)な話さ……。



 ルミナスと時の勇者の話は時系列が前後しています。何故そうしたかは、そっちの方が終わり方が綺麗かなって。

 どうでも良い話ですが。カイくんはFateのエミヤ(デミヤ含む弓も殺も)とかジャンヌとかは割と嫌いな部類の人です。天草四郎は大好きです。

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