お題箱シリーズ第三弾です。
感想貰えればうれしいです。

pikuson様に素敵な挿絵を描いていただきました!!!
めちゃよきです。

今回のお題は、10歳以上離れた二人のお話
でした!

1 / 1
第1話

 

「こんばんはっ! おじさん、遅かったね」

 30歳。フリーター。

 その日暮らしの抜け殻のような毎日。

 死んでもいい人間ってのは、俺のためにあるような言葉だ。

「仕事が終わらなかったんだよ。あとおじさんはやめろ。まだ30だ」

人生に希望なんて残されてないし、金もなければ友達もいない。

 そんな俺にたった一つだけ。大切な宝物が出来た。

「30はギリギリだと思うけどなっ」

「気持ちの問題だ」

 笑顔で俺を出迎えてくれる少女は、上目遣いで笑顔を零す。

 俺の帰りを待ちわびていたかのように。まるで子犬のようだった。

「今日はお土産ありますか……?」

「スイーツは売り切れててさ。おでんで許してくれるか?」

「やったっ! 私はんぺん大好きなんだよね!」

「知ってるよ」

 この子は俺の妹ではない。友達でもなければ、娘でもない。

 当然彼女でもなく――先日夜道で拾った女の子だ。

 三月の肌寒い夜の街を、行く宛てもなくうろついていた彼女。

 月光に照れされたその姿は、美しくも儚げだった。

 あのまま俺が見捨てていたら、彼女はどうなっていたんだろう。

 どうにもなってないかもしれないし、犯罪に巻き込まれていたかもしれない。

 声を掛けたら懐かれて、家に呼んだら気に入られて。そんな具合だ。

「ん~っ! はんぺんうま~!」

「はんぺんってそんなに美味しいか?」

「美味しいよ! コンビニのはんぺんは人を幸せにするんだよ!?」

 はんぺんの魅力を力説する彼女を、虚ろな眼差しで眺めていた。

 こうやって皐月が笑っていてくれるなら、確かにはんぺんは人を幸せにするのかもしれない。

「ねえ、倖人(ゆきと)さん。今日は疲れてる……?」

「ああ、そこそこに」

「お仕事大変だったの……?」

「それなりにな」

 嘘だ。人生を侮辱しているとしか思えない。

 フリーターの俺が疲れているだなんて笑ってしまう。

 心配そうに見つめる皐月の瞳を直視することが出来なかった。

「……今日はやだ?」

 パジャマ姿でもじもじと顔を赤らめる少女。

 それがなにを意味するのかは、お互いに言わなくても理解していた。

『お前最低だな。10歳以上離れた女の子に手を出すなんて』

『どうかしてるぜ。せめて他人に迷惑は掛けるなよ』

 心の声を振り払い、両手で彼女を抱きかかえる。

「やじゃないよ。おいで」

「やったっ、電気消して……?」

 蛍光灯の電気を消すと、部屋は薄暗い闇に包まれた。

 次第に目が慣れ始め、窓から差し込む月明かりが丁度良く互いの輪郭を映している。

 俺は布団の上に皐月を寝かせて、その上に覆いかぶさった。

「倖人さん、好き……」

 こうやって交わるようになってから、彼女は俺に愛を語り始めた。

「俺も皐月のことが好きだよ」

 心の底から搾り出した言葉。

 嘘をついているつもりはないのに、胃酸で喉が焼けてしまいそうだ。

『お前は彼女のことを愛していない。優越感に浸っているだけだ』

『彼女もまた、都合の良い存在に逃避しているだけに過ぎない』

『これは愛でもなければ、恋でもないぞ』

「触るね……痛かったらちゃんと言ってね」

「うんっ……」

 白く透明な肌を指でなぞるたびに、彼女の身体は身悶えしていた。

 艶やかな声が六畳一間の部屋を包む。

 彼女の息を殺したような喘ぎ声は、俺を興奮させるには充分過ぎるほど妖艶だった。

 それなのに……。

 耳元に入るたびに自分が遠くなっていくような。

 身体の輪郭がぼやけて、溶けてしまいそうな感覚に陥る。

 今此処で皐月と繋がっているのは俺じゃない。

 深く、暗い闇へ。

 何処までも堕ちていく感覚に襲われた。

 ――――。

 ――。

「今日も元気ですね、倖人さんっ」

「うるさいな……」

「ふふっ、照れてるの可愛いっ」

 『そんなことをして本当に良いと思ってるのか?』

 『相手は高校生。誰も幸せにならないぞ』

 俺たちはいつの間にかこうなっていた。

 なにかきっかけがあったわけでもない。

 一緒に過ごすようになり、愛を囁き始め、身体を重ね始めた。

 皐月は俺のことを好きと言ってくれるが、単に同情されているだけなのかもしれない。

 俺もまた、そんな彼女に甘えるように皐月を求めていた。 

「おじさん、私まだ高校1年生だよ? もしバレたら犯罪だね」

「おじさんはやめろって。同意の上なら犯罪じゃないんだぞ」

「と、供述しております。ロリコンだ~」

 無邪気に笑う皐月の髪を撫でてやると、彼女は嬉しそうに俺に擦り寄ってきた。

「皐月ちゃんこそ、おじさん趣味でもあったりするのか?」

「なに言ってるの……? 私は倖人さんのことが好きだから一緒に居るんだよ」

「そう言ってくれるのはありがたいが……」

「ねえ、皐月ちゃん。聞き辛いこと聞いても良いかな?」

「うん、良いよ」

「皐月ちゃんは友達居るのか?」

「随分とストレートだね。いないよ」

「……それで良いの?」

「友達はいないけど、倖人さんがいるから平気だよっ」

 俺の右腕にか細い身体を擦り付けてくる皐月。

 柔らかい感触が直に伝わってくるのが分かる。

「それで本当に良いなら良いけど……。俺が高校生くらいの頃は、毎日友達と遊んでいたぞ」

 俺がかつて友達と呼べる存在がいた時期。

 今思い返せば、あの頃が一番楽しかった。

 将来のことなんてなにも考えずに、毎日のように友達と馬鹿みたいにはしゃいでいた。

「友達いらないし、学校だって楽しくないんだもん……」

 皐月は物悲しい目をしながらぼそりと呟く。

 ――彼女は今の俺と同じなんだ。

 何処にも居場所なんてなくて。人生に目標なんてないままで。

「じゃあ、もう一つだけ。どうして皐月ちゃんは家出したんだ……?」

「なんでそんなこと聞くの?」

「答えたくなかったら無理しなくていいよ。ただ、ずっと気になってたんだ」

 髪を染めて制服を着崩している女子高生なら分かるが、彼女は至って普通の身なりをしている。

 前々から感じていた疑問だった。

 ――気になることといえば一つだけ。

 それでも出来ることなら彼女の口から聞きたかった。

「どうしてって、家が嫌だったからだよ」

 さっきまでにこにこ微笑んでいた皐月から笑顔が消えていた。

 自嘲気味に顔を伏せ、俺から視線を逸らしている。

「その頬の痕も……?」

 彼女は反射的に頬を手で覆うが、今更だった。

「お母さんがね、おかしくなっちゃったの。昔はそんな人じゃなかったのにね……」

「お父さんはもういなくて。そんな……何処にでも転がってるような些細な理由」

「皐月ちゃん……」

「何処にでもある理由が耐えられなくて、倖人さんに甘えてるんだ」

 此処に遊びに来る皐月の頬は時々赤く腫れていた。

 俺は今まで敢えて触れてこなかった。

 頭を撫でて優しく抱くことで、気付かない振りをしてきたんだ。

「そっか……変なこと聞いてごめんな」

「別に良いよ。気にしてないから。その代わり……」

「その代わり……?」

「もう一回、して?」

「元気なのは皐月のほうじゃないのか?」

「ばかっ……!」

 『お前は最低だ』

 俺は最低だ。

 家出少女の弱みに付け込んで、毎晩毎晩体を重ねる日々。

 『こんな生活続けていたら、いつか皐月は壊れてしまうぞ』

 そうなのかもしれない。けど、だったら俺はどうすれば良いんだ。

 どうしたら皐月は……俺は……。

 …………。

 ……。

 

 

  

 

 

 朝起きると彼女の姿はなかった。

 代わりに、おにぎりとバナナがテーブルの上に置かれている。

 その横に添えられた手紙には、可愛い丸文字で

 『おねぼうさん。お母さんに会いに行ってきます。夕方には戻ります』

 『ロリコンはゆっくり寝ててくださいね』

 と書かれていた。誰がロリコンだ。

「身体が重い……」

 30歳を過ぎたあたりから運動が辛くなってきた。

 いくら布団の上とはいえ、体力を消耗することには変わりない。

 皐月に合わせるので精一杯だった。

「俺も眠気覚ましに散歩でも行くか……」

 まだ眠い目を擦りながら、出掛ける支度を済ませた。

 

 

 

 

 

 三月の空は何処までも青く澄み渡っていた。

 まだ少しだけ肌寒さが残る。

 コートはまだ手放せそうにないな。

「今日はやけに人通りが多いな」

 すすり泣きながら友達と歩く少女とすれ違う。

 ふと辺りを見渡せば、そんな高校生ばかりだった。

 どうやら今日は卒業式だったようだ。

「そういえば……皐月も高校生なんだよな……」

 皐月は俺に学校の話をしない。

 友達はいないといっていたため、彼女自身が楽しめていないのかもしれない。

 もしかして……クラスで虐められていないだろうか。

 心配事は山のようにあるが、どれも聞き出せないことばかりだった。

「そんな話……出来るわけねえよ……」

 俺は彼女の安息所に過ぎない。

 だから、野暮なことは聞いてはいけないんだ。

 黙って彼女を受け入れ、なにも言わずに毎日を過ごす。

 それが俺の役目だった。

「む……? あの姿は……」

 卒業生の行進の波に逆らうように、制服を着た女の子が一人で歩いている。

 ――見間違えるわけがない。皐月だ。

「これからお母さんに会いに行くとか言っていたよな」

「……ふむ」

 ――魔がさしただけ。

 気がつくと、俺は彼女のことを追いかけていた。

『止めておけよ』

『その先の光景を知ったって、お前は幸せにはなれないぞ』

 心を蝕む残響を振り払うように、俺は足を進めた。

 

 

 

 皐月は家の前で立ち止まって、誰かと話しているようだ。

 見つからないように、声が聞こえるギリギリの位置まで移動して息を潜める。

「お母さん、どうしたの?」

「皐月。もうやめて……。私が悪かったわ」

「なんのこと……? 分かんないよ」

 目の前に広がった光景。

 彼女の母親とおぼしき人物が、皐月に縋りついてすすり泣いている。

 どうやらただごとではないようだった。

「ママが悪かったから、もう何処にも行かないで!」

「これからはちゃんと真面目にお母さん頑張るから……! だから!」

 白昼に大の大人が声を荒げて泣いている姿は、さすがに圧倒される。

 しかし、母親としては当然の反応だった。

「今更なに言ってるの……? 遅いよ、お母さん」

「皐月……?」

「私。もう嫌だよ。生きてたって仕方ないもん」

「お母さんなんて……今更そんなこと言われたって!」

「ずるいよ……っ」

 口では強気な皐月も、涙を堪えきれずに流している。

 そのまま親子は、暫くの間身を寄せ合って涙を流していた。

「帰ろう……」

 ――最初から分かっていたじゃないか。

 皐月にとって、俺はただの『逃げる場所』でしかない。

 母親の暴力から匿っていたなんて理由をつけて。ちっぽけな優越感に浸っていて。

 そんな三流のヒーロー気分に酔っていただけだ。

 俺さえいなければ、彼女はもっと素晴らしい青春が待っているかもしれない。

 母親とより良い関係を築けるかもしれない。

 ――俺では彼女を救えない。

 

 

 

 

 

 

「ただいま、倖人さんっ」

「おかえりなさい」

「ご飯にする? 私にする?」

「……それとも、私にするっ?」

 冗談めかしく、ニヤリと妖艶な笑みを浮かべてみせる皐月。

 彼女の目は少しばかりか赤く腫れていた。

 先ほど見てしまった光景が脳裏をよぎる。

「なあ、皐月。お母さんの様子はどうだった?」

「どうだったって……いつも通りだよ。あの人は私に興味なんてないから」

 右上に視線を逸らし、深い溜息をつく皐月。

 そんな嘘をついてまで……。

 『今日こそ伝えるんじゃないのか?』

 ――分かってる。そのつもりだ。

 固まっていた気持ちが揺らぎそうになったが、それではだめなんだ。

 なんの取り得もない。なんの自慢にもならない俺の人生だけど。

 これ以上皐月だけは巻き込みたくないんだ。

「……皐月ちゃん。お母さん泣いてたぞ」

「皐月ちゃんは本当にそれで良いの? お母さんの傍にいるべきなんじゃないのか?」

「……盗み見するなんて良くないよ……ばか」

「ごめん。それは謝るよ。けどな、皐月ちゃん。もうこんなこと、終わりにしよう」

「どうして……?」

「皐月の家は此処じゃないんだ。初めから分かっていただろ?」

「倖人さんは私のことが好きじゃないの……?」

「好きだよ、大好きだ」

「倖人さんは私のことが好きで。私は倖人さんのことが好きで。それのなにがいけないの……?」

 彼女を今手放してしまえば、俺はもう二度と幸せにはなれない。

 けれど、ここで皐月を引き止めたって、それは幸せと呼べるのだろうか。

 増え続ける彼女の痣を、知らない振りをして抱くことしか出来ないのに。

「そもそも皐月ちゃんは高校生になったばかりの女の子。俺はなにも残っていない30歳」

「そんな関係。誰も許してくれないんだよ」

「例え世間が許したって、俺は皐月ちゃんを幸せには出来ない」

「そんなこと……ない……」

「皐月ちゃんはこれ以上俺に甘えちゃだめなんだ」

「俺も、皐月ちゃんにこれ以上寄り掛かっちゃだめなんだ」

「分かんない。分かんないよ……」

「倖人さんなんて、私がいないとなにも出来ないくせに!」

「その通りだよ」

 激昂する彼女の顔は、涙と怒りで歪んでいた。

 皐月の『恋』が『愛』なのか、若気の至りなのかは俺には分からない。

 それでも、ここまで怒ってくれるんだな……。

「これから誰が倖人さんの朝ごはんを作るの!?」

「朝ごはんくらい、食べなくたってなんとかなるよ」

「これからまた一人になっちゃうんだよ!? お仕事から帰ってきても、誰もいないんだよ!?」

「元々一人だったんだ。それでも良いよ」

「私は……良くないよ……っ!」

 大粒の涙を零す皐月をそっと抱き締める。

 今までずっと我慢していたのか、彼女はたがが外れたように咽び泣いていた。

 ちょっと力を入れたら壊れてしまいそうなほどか弱い身体。

 俺は今まで、こんな脆弱な存在に縋りついていたのか。

 つくづく自分が情けなかった。

「どうしても我慢出来なかったら……メールを送っても良いから」

「ただ一通。送ってくれればいい。それじゃダメか?」

「毎日送っちゃだめなの……?」

「お母さんはきっと俺のことを歓迎しないし、それじゃあ意味がない」

 それに……毎日メールなんて来たら。

 俺はきっと寂しさで壊れてしまうだろう。

 それでは互いのためにならないんだ。

「分かったよ。わがままばっかで倖人さんのこと困らせてごめんなさい」

「皐月ちゃんほど大人な女の子を、俺は知らないよ」

「……っ! ほんとに行っちゃうよ……?」

「ああ、今までありがとう」

「それは私の台詞だよ。拾ってくれてありがとね」

「さよなら、倖人さん」

 最後に見た皐月の表情は柔らかく、微かに微笑んでいた。

 扉が閉まる音が重く深く耳にのしかかる。

 これで良かったんだ……。

『なあ、お前はこの後どうするんだよ』

「知らん、俺が聞きたい」

 薄汚れた畳の上に寝転がる。

 皐月が居なくなった部屋は広々としていたが、

 どこか空虚で色褪せたように見える。

『一人で生きていくのか?』

「それしかないだろ……」

『遂に唯一の理解者もいなくなった。大丈夫なのか?』

「幻聴が俺の心配するなんて、滑稽だ」

「いつか皐月が俺に連絡を入れてくれるかもしれない」

「そう思いながら毎日を過ごせばさ、俺は明日も生きていけるんだ」

「これって幸せ者じゃないか?」

 六畳一間は静寂に包まれる。もう幻聴は聞こえなかった。

 …………。

 ……。

 

 

 

 

 あれから三年ほどの月日が経った。

 相変わらず俺はつまらない日々を過ごしている。

 その日暮らしの抜け殻のような毎日。

 自堕落な生活。床に散乱した缶ビールと無数のペットボトルが全てを物語っていた。

「そろそろ貯金も底を尽きるし、俺も終わりかな」

 毎年この時期になると必ず思い出す。

 かつて俺を「好き」と言ってくれた。人生で一つだけの宝物。

「どうしてるかな……」

 彼女は俺のことなんて忘れてしまっているだろうか。

 若い頃の酸っぱい思い出として、友達と笑いながら語り合っていてくれれば。

 ――そうであって欲しい。

 なにかを期待しているわけでもないが、あれから俺はアドレスも番号も変えていなかった。

 これは彼女との約束なんだ。

 彼女が忘れてしまっていようと、俺は憶えている。

 なにもない人生だが、せめてこれだけは守り通したかった。

 そんな感傷に浸っていると、普段は鳴らない携帯が軽快な電子音を響かせた。

 ――まさか。

 震える手で携帯を手に取り、メールを開く。

 三年前の記憶が一瞬で身体を巡り、全身の血液を沸騰させた。

「皐月……」

 画面に映し出されたのは、卒業証書を両手に抱えている少女。

 たくさんの友達に囲まれて満面の笑みを浮かべていた。

 これ以上は、画面が歪んでうまく見えなかった。

 …………。

 ……。

 

 

 

 



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。