赤線街路外伝〜昭和16年の初雪〜 作:Airman 1975418
友人に勧められたところ何故かハマってしまい、原作ではあまり明かされなかった主人公の両親と家族について私と友人の妄想を元に書いてみました。設定や文体が誤りがあるかもしれませんが見て頂けると幸いです。
「.....もういい。勝手にやってろ、クソ親父」
父親への失望を隠す事なく息子はそう言い切った。
当然だ。私の――私達親子が目指していた"家族"という希望を忘却しろと突然、一方的に言い放たれたのだ。
恐らく息子の内心は父親である私への苛立ちと怒り、なにより疑問で占められているだろう。
私があの子の立場であったら表現に違いはあれど同じことを思った筈だ。
そして私も行き場の無い喪失感に捕らわれたままである。
今も迷っている――真実を告げるべきか否か。
不器用な私はただ忘れろとしか言うことしかできなかった。
いくらでも欺むくことはできた。“事故に遭って亡くなった、遺体は残らなかった”とでも言えばいい。
恐らく絶望するだろう。希望の成就が消えたことに変わりはないのだから。
しかし真実に直面するよりはいいのかもしれない。
知ったらあの子はやり切れない思いを抱えたまま生きて行かなくてはならない。
だが私はそうは言えなかった。
例え親としての想いから成る嘘だとしても彼女を――あの子の母親が死んだとは。
部屋に居座ることに息苦しさを感じ、重い腰を持ち上げて住居と併設した工場から出ていく。
あの戦争に敗北してから13年。空襲で潰れたこの場所を一から立て直した。
だが誇る事はできない。後悔だけが内心を蝕む。
私達は大きすぎる犠牲の上に細い骨の透けて見える薄っぺらい片足で立っているのだ。
家から歩いて15分もかからない所に河原がある。
草が生い茂り障害物の無いこの場所は終戦直後、戦災孤児の拠点であった。
それもあってか今でもあまり人は寄り付かない。どこにでもある日常の風景の一つだ。
だが私達家族にとっては思い入れのある場所である。
緩い下りの上に腰を下ろす。
先日の雨で微妙に濡れた草々が何かを訴えかけているように見えた。
ふと空を見上げる。
今日からは晴れ間が続くと言うが晴天が顔を見せるには場違いな雲が空を覆う。
視界に広がる曇天が過去の記憶を流水に紛れさせ脳裏に落とす。
そういえば...彼女と初めて会ったのもこんな日だった
雪の降る日々が本格的に訪れてから数週間目。
今日も低い空は寒風をまき散らす。
新たな年が訪れて早や3日目。
通常ならば里帰りするか居残り勤務にいそしむ頃。
そんな日に私、如月義之は一人空を見ていた。
雲に覆われてはいれど既に雪が降る気配はなく、粉雪の一片も見られない。
おかしなことに、このような"晴天"にこそ勤務割当が恋しく思える。
だが遺憾なことに当直の宮城警護は雪の降り終わりとなった昨日までであった。
どのような状況であっても誠心誠意尽くす事は当然ではあるが、あれ程の寒波が丁度次の日には消えるとは、何とも言い難い感情を生み出す。
「如月、そろそろだ」
背後に設けられた喫煙室から声がかかる。
振り返ると視界に入るのは帯青茶褐色の制服を着た陸軍将校。
「準備はできたか?」
「はい、中隊長殿」
佐藤秀明大尉――私が所属する隊の中隊長だ。
隊の父親とも言うべき存在であり、今この時私がここにいる原因を作った人でもある。
「意外だな」
お座敷へと繋がる廊下を進む中、先導する大尉が振り返らずにそう呟いた。
「何がでしょうか?」
「緊張の色が見えない。最初に今回の事を伝えた時は普段無表情なお前の顔に歪みが見えた」
「...歪みですか」
緊張というよりは驚きの感情が占めていたと思ったが彼の目にはそう映ったらしい。
"自分は緊張すると顔が歪むのか"と無駄な考えが脳裏をよぎるが、角を曲がり目的の座敷の襖が目に入るとその取るに足らない雑念は消え去り、幾分の緊張を感じる。
だが不思議なことに未だ私は驚きの感情を持ち続けている。
近衛連隊に入隊した時や教導学校への入校が決まった時に感じたそれとも異なる驚きである。
襖の目の前へと二人並んで立つ。
屋根に残った積り雪が落ちる音がふと耳に入った。
"行くぞ"という大尉の目配せが自分を捉える。
私は彼に目線だけを移し、頷くことなく肯定を示す。
「佐藤です。失礼します」
声を掛けたことで目の前の襖が開かれた。
部屋に溜まった温かさが肌を刺激する中視界に入ったのは、旅館で見かけるような高級机や掛け軸。
自分のような人間には珍しい、否、合わない部屋だ。
ふと視線を左下に移すと正座をしながらお辞儀をする若い女性と会釈をする妙齢の女性が見える。
「お初にお目に掛かります」
深々と頭を垂れる女性の顔はここからでは伺い知れない。
分かるのは挨拶の声のみ。
「お忙しい中お時間を設けて頂きありがとうございます」
垂れた頭が段々と上がっていく。
高貴を感じさせる程ではないが単純にその仕草に美しさを感じた。
「真田董子と申します。本日はよろしくお願いします」
遂にその顔を垣間見ることとなった。
大和撫子を思わせる可愛らしい、だが安心感をもたらすような気品をも感じさせるどこか儚げな作り笑顔。
一気に緊張感が増したのかつい凝視してしまう。
どことなく恐怖をも感じさせる驚きが彼女の目に映り、失態を感じる。
このような不愛想な大男に深く見つめられてはこうなるのも当然だろう。
どうしたんだ...一目惚れでもしたか?
目の前の女子を凝視し続け進まない部下に佐藤が目線を送る。
無様な態度に自己嫌悪しながら息を小さく吸い込み、声を発する。
「大日本帝国陸軍伍長、如月義之です。よろしくお願いします」
彼女がそうしたように深々と頭を下げる。
示された礼儀に返すというよりは自身の醜態をうやむやにしたいとうのが正直なところである。
二人の目線が再び交差する。
昭和16年1月3日、全てはここから始まった。