幻想と科学が混ざった世界で   作:spare ribs

16 / 20
16話 君と共に見る夢

 

色鮮やかな魔力弾。視界を染める純白の嵐。

鳴り響く爆発音や衝撃がもはや当然かのように観客席まで届く中、この場の誰もが二人に対して目を離せないでいた。どのような事が起こるのか予想ができない白熱した展開。しかし、どんなものにも必ず終わりがあるように試合は終盤に突入していた。

 

数十メートルを越す三対の翼を創った悠月だったが、体力の限界を迎えているのか地面に降りる。自分の弾幕が襲いかかってくるという事態に陥ったフランも何とか凌いだ後、同じく膝をついて着地した。

目を合わせた状態で間が置かれる。合図はない。呼吸を整えたフランは立ち上がり、そのまま接近戦に持ち込んだ。身体的なスペックを持つ彼女の方が近距離戦は優位かと思われたが、悠月は向かってくる攻撃を完璧に対処してそのままカウンターを入れる。そしてフランを腕をねじることでうつ伏せに倒し、彼女の動きを封じた。

このまま抑え込まれた状態が続けば行動不能で勝負が決まる。抜け出すことができず、試合が終わってしまうのかと観客は思い始めていたが、そんな状況の中で見せた彼女の行動に驚愕することになる。

 

「おい嘘だろ!?」

 

「あれ腕が折れてるよね……?」

 

驚きと悲鳴の声が上がる。窮地を脱する方法として自らの腕を犠牲にするという暴挙に出たのだ。誰もが考えつかない、考えたとしても決してやろうとは思わない行動をとったからこそ、実行に移した彼女に並大抵ではない意地を感じられた。

その甲斐があってフランは拘束から抜け出し、悠月に抱きつく。一体何をするのかと疑問に思えばその直後、悠月の叫びがスタジアムに響いた。

ここまで余裕を残して試合に勝っていた彼の悲痛な声。それは相当に追い込まれているという証なのだろうか。激しい攻防を繰り返していた二人だが、密着した状態が暫く続く。そこから何分か経過した後、今までの戦闘音が嘘かのように音が止んだ。

 

「終わったのか……?」

 

「回夜のやつが負けちまったのか!?」

 

「でもどちらも動く様子はありませんわね」

 

「この試合、引き分けになっちゃうのかな……」

 

フランの拘束から抜け出そうともがいていたが、そのまま気を失ったかのように動かなくなった。ここで決着が着いたかと思われたが、悠月はともかくフランも動く様子はなかった。

観客席からは少し距離があるので意識あるかどうかの確認は難しい。A組の人間は同じクラスメイトというのもあり、その殆どが悠月に対して心配の声をあげるのだが、その中には全く別の感情を抱いている者もいた。

 

「ちっっきしょーー!!回夜のやつ!あんな美少女に抱きつかれやがって!!おいらだって……逆にむしゃぶりつきたいぞォォォォォォォ!!!」

 

「うぐ…くそ……俺だってああいうシチュエーションを想像したことあんのに。あのやろー……見せつけやがって」

 

そう、峰田と上鳴である。眼が充血していたり、割と本気の涙を流したりしている二人に女性陣は心底侮蔑の視線を向け、男性陣はなんとも言えない表情になる。吸血をしているその姿は遠目からだとただ男女が抱きついているようにしか見えない。果たして公共の場で映して良い絵面だろうか。

ここで避難していた主審のミッドナイトが状況の確認に向かう。ブツブツと何か呟きながら歩いているようだが、ここからでは聴き取れない。とにかく今は彼女の判断が勝敗をつけるだろう。

 

 

全員が固唾を飲んで見守る。その結果は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くー………スピー……zzz」

 

「疲れた。重い。だりぃ……」

 

フランは何とも幸せそうな表情で眠っていた。凄く良い夢を見てるんだなぁという風な寝顔だった。逆に行動可能であったのは悠月の方だった。ただその様子は疲労しており、息遣いが荒れていた。

 

「スカーレットさん行動不能!回夜くん、準決勝進出!!」

 

ミッドナイトの宣言によって会場がここ一番に盛り上がる。一年の試合の中で特に凄まじい激闘を繰り広げていた二人の結果は観客を大いに湧き立たせた。

 

「痛てぇ……こいつ、遠慮なしに噛みつきやがって」

 

試合には勝ったが、悠月の身体は見た目以上のダメージが蓄積していた。首元の歯形の傷もそうだが、頭がズキズキと痛む。何も考えずこのまま意識を飛ばしたい所だが、こんな周りの目がある中で無様なところは見せたくない。なけなしの感情が彼の意識を何とか繋ぎ止めていた。

 

「むー、お腹いっぱい……えへへー♪」

 

このやろー………

とりあえず自分の上を占拠しているフランを雑にどかす。へぶっ!という声が聞こえたが無視する。大体どのような夢を見ているのか想像出来るから余計に腹立たしい。そんなやつに慈悲などなかった。

 

(とは思ったものの、かなり危うい試合だったな)

 

あのまま吸血を続けられていたら先に意識を失ったのは悠月の方だった。ではどうしてフランが先に行動不能になったのか。ここで細かな容態を確認しようとミッドナイトが二人の元まで更に近寄ってくる。しかし何故か口と鼻を覆い、驚いたかのようにこちらに顔を向けた。

 

「貴方、これって……!?」

 

ミッドナイトはすぐ異常に気づけた。この強烈な眠気。自身が持つ個性と似たようなものであったからだ。

 

「ああ、悪いですねミッドナイト。まだ()()()()が残っているようです」

 

言葉とは裏腹に悪戯が成功したかのように悠月は笑う。

 

(前に試作品を作っといて正解だったな)

 

フランを引き剥がすのは不可能と判断した後、悠月はここで勝負を決めてしまおうと考えていた。しかし、抱きつかれて手足が使えない状況で形成逆転を狙える手は少なかった。まあ、無い訳ではなかったのだが………

結果的に言えば相手を傷つけずに無力化する手段、催眠ガスで眠らせる手が出てきた。悠月は前にサポート科に在籍しているとある生徒の作品“即効性催眠ガスボール”とやらを勝手ながら解析したことがあった。コンセプトは『ボールが破裂すると半径3メートルにガスが拡散!一定量嗅げばものの数秒で堕ちる強力なものです!一緒にガスマスクもどうぞ!!』らしい。

 

ともあれその発明品の効果を再現した“未元物質”製催眠ガスを発生させたのだ。誤算といえばフランに対する催眠ガスの効力と自滅の可能性である。予想以上にフランが耐えたのもあったが、自分には効かないように改良するのは流石に余裕がなかった。そのお陰で無呼吸を強いられたのだが………

危ういところはあったが、結果的には悠月の勝ちで終わった。身体を起こして辺りを見渡せばフィールドは崩壊し、試合前に整備された姿は見るも無残な光景になっていた。片付ける作業がすごく大変だろうが、そこはセメントスが頑張ってくれるだろう。

 

(あー、頭いてぇ。病室着いたら速攻で寝よう。つーか次の試合どうするか。くそだりぃ……)

 

ようやく救護ロボがやって来た。未だに呑気に寝ているフランが担架で運ばれていくのを確認して反対側の出口に足を向ける。

その後の展開を考えて悠月は憂鬱な気分になる。大歓声が頭に響いて頭痛が悪化している状態だ。決して悪い事ではないが今はボリュームを下げて欲しいと内心思う中、聞き覚えのある声が悠月の耳に届いた。

 

「回夜ーー!よく頑張ったーー!!」

「すごいカッコよかったぜー!!」

「回夜くん!おめでとー!!」

「後で噛まれた時の感想聞かせてくれー!!!」

 

それはA組の皆からの祝福だった。クラスでそんなに関わりを持ったつもりは無かったのだが、まさかこんなに祝われるとは思わなかった。

最後おかしいのあったが………あ、誰かが女子達にしばかれてる。見なかったことにしよう。

 

………まあ、悪い気はしねぇか。

 

こんな考えが出るってことはそれなりに学生生活を過ごしている証拠なのだろうか。元々ヒーローを目指すつもりはなかったのだが、今はこんな大舞台の元に立ち、真っ当な日々を送っている。果たして自分がこんな日常を過ごせて本当に良いのだろうか。

 

いつか俺も_________

 

 

 

そうして悠月はステージを後にした。

 

 

 

 

 

✳︎

 

 

 

 

「あ、デクくん!怪我大丈夫!?」

 

轟との対決で重症と言える怪我を負っていた緑谷。A組の指定席近くまで付き添ってくれたオールマイトと別れ、一人観客席に戻ってきた。今も包帯やらガーゼやらで痛々しい姿の彼に対して麗日だけでなく他のクラスメイトも心配そうに見つめる。

 

「うん、大丈夫。リカバリーガールにある程度治してもらったから。しばらくは安静にする必要はあるけど」

 

「そっかぁ。手術お疲れ様。試合は残念だったけど凄いガッツを感じたよ!」

 

「最後の方なんか衝撃で吹き飛ばされるかと思ったぜ!戦闘訓練の時も思ったが、お前の個性すげーな!!」

 

「犠牲を払いながらも自らの信念を貫く姿勢。相応の覚悟、見届けさせて貰ったぞ」

 

二人の会話に上鳴や蛙吹、常闇といったクラスメイトが加わってくる。先程の試合を見て皆が同じような気持ちを持っていたのだろう。緑谷に対して労いの言葉をかける。当の本人は照れるように顔が赤くなるが、その表情を誤魔化そうと話を変える。

 

「そ、そうだ。今試合ってどのくらい進んだの?」

 

「ついさっき回夜くんとフランドールさんの試合が終わったんだ。今はステージの修復作業が始まるところ」

 

「回夜くんの試合……そうか、手術している間に二つ試合を逃したのか」

 

緑谷は先程まで手術を受けるために出張保健所にいた。動けるようになるまでの間、時間は多少経過していたのだが、実際は二試合終わったところだと言う。

 

(これまでの試合ペースを考えたら三試合くらい過ぎていてもおかしくない。だったら回夜くんの試合が長引いていたのか?)

 

会場の中央に視線を向ける。そこには試合前の面影が無いほど変わってしまったステージがあった。亀裂が入っていない部分の方が少なく、ステージ外の競技トラックだった場所も爆撃を受けたような跡が見られる。会場内に入って最初見た時はひどく驚いたものだ。前の試合はこの惨状を作り出すほど激しい戦闘をしていたということなのだろう。

 

「回夜とフランちゃんの試合だけどよ、あれはマジでやばかったよな。観客席にいても圧倒させられる感じがあってよ……」

 

「ケロ。飛行の他にも個性の応用が利いてた。攻撃の多様性があってもそれを使いこなすのは難しいわ。回夜ちゃんのような判断力をもつ者だからこそ強さを発揮するのね」

 

「そうそう!最後の方なんか純白の翼が六枚出てきてさ!いつの間にか口が半開きになってたよ〜」

 

試合を見ていない緑谷はどんな内容だったのか話を聞いて理解するしか無かったが、その中で気になる言葉が出てきた。

 

「六枚の翼?……USJで見た時は回夜くんの背中の翼は四枚だった。あれでも相当な圧を感じたのに六枚ってことは回夜くんはまだ本気を出していなかったのか?塩崎さんとの試合でも多彩な技を繰り出していたからまだ奥の手を隠しているのかもしれない。VTRは残っているらしいけど、やっぱり生で見れなかったのは大きい。こういうのは直接目で見ないと分からない所は多いよな……」

 

「あ、またブツブツと言ってる」

 

独り言を呟きながら自分の世界に入り込んでいる緑谷にA組の生徒はああまたか……と視線を送る。普段の彼は地味めの常識人という印象を持たれているが、個性やヒーローの事になると周りを一切気にせず考察にのめり込む。傍から見ると一人呟きながらノートに何かを書き込んでいく様子は何処か狂気的だった。

 

「やっぱりデクくんは真面目だね。怪我をしていても個性について分析してるんだから」

 

「え?いや、これは僕の習慣みたいなものだから……そういえば回夜くんの試合ってどうなったの?」

 

「一応あいつが勝ったぞ。でもあんだけ動いてたらけっこー体力消耗してそうだよな。次の試合大丈夫なのか?」

 

「確かに。でも回夜くんって試合が終わった後は自力で歩いていたよね?」

 

「だが退場する際、足元がおぼついていないように見えた。いくら回夜とはいえ疲労が重なっているのは間違いない」

 

個性も身体機能の一つ。筋肉を酷使すれば筋繊維が切れ、走り続ければ息切れをおこす。人にはあまり見せていないだけで悠月も相応の負荷を受けているだろう。ここまでの会話を聞いて緑谷は少し考え込む。

 

「回夜くんって怪我とかしてた?」

 

「え?う、うん。腕に火傷を負ってて痛そうだったね」

 

「他にも怪我とかしてるだろうし、救護ロボが付き添いで動いていた。少なくともリカバリーガールの所に行ってると思う」

 

「僕が出張保健所にいた時は回夜くんは来ていなかった。だったら丁度今いる頃かな………僕ちょっと様子見に行ってみるよ」

 

「それって回夜くんのお見舞い?でもここに来るまで大変だったんじゃない?動いても大丈夫なの?」

 

「ステージの修繕作業は時間がかかるだろうし、回夜くんには色々お世話になってるんだ。このくらいなら問題ないよ」

 

USJでは悠月が前に出てヴィランに対峙した。あの時自分を庇って危険に晒してしまったあの出来事は緑谷にとって負い目を感じていた。

事件の後、緑谷は怪我をさせてしまったことに対して彼に謝ったのだが、気にしてないという風に流し、更には自分の個性が一時的に制御出来ていたことを褒めてくれた。普段は他人に関心がない風に振舞っているが、その裏ではヒーローとしての本質を持っていると緑谷は彼を尊敬していた。今回の見舞いも彼の為になにか出来ないかという気持ちの表れだった。

 

「でも回夜くんの事だから余計なお世話だって言われるかもしれないけどね……」

 

「別に良いんじゃね?緑谷が行くってんなら俺も行くぜ。どうせ回夜のことだからベッドで暇してるだろ」

 

「ケロ、私も行くわ」

 

「オイラも!」

 

「俺も行こう」

 

緑谷と上鳴に続いて麗日に蛙吹、峰田に常闇が一緒に行くことになる。上鳴は普段何かと悠月に絡んでおり、常闇も戦闘訓練を経て悠月とちょくちょく話すようになっている間柄だ。蛙吹と峰田はUSJで緑谷と一緒に水難ゾーンに飛ばされた組だ。彼らも一度悠月に助けられた事情がある故、彼のことを心配に思っているのだろうか。

 

「さっきの試合で噛まれた時の感想を聞いてないからな。一体どんな感覚だったのか教えてもらわねえと……」

 

「峰田ちゃん。キモイわ」

 

峰田に関しては眼がギラギラとイカれており、うへへ……と妙な笑い方をしていた。どうやら心配とは無縁の考えをもっているようで、いつもと変わらぬ無表情を貫いている蛙吹も言葉が辛辣だ。

 

「じゃあ行こうか。次の試合に間に合わせるようにしないと」

 

ステージの修復はまだ完了してないが、余裕をもって動いた方が良いだろう。五人は悠月の所に行くべく、席から離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……あれ……?」

 

時計の音だけが鳴る空間で一人の少女が目を覚ます。眠気が残る中で辺りを確認してみれば、白い天井とカーテンが特徴の見知らぬ部屋だ。

どうやら自分はベッドに寝ていたらしい。妙に疲れが残っている身体に疑問を持ちながら金髪の少女_____フランは軽く伸びをする。特有の薬品の匂いが感じられることから、ここは医務室だろうと予想する。では何故こんな所で寝ていたのか。フランはその理由を考える。

 

「………あ、そうか。試合があったんだっけ」

 

今まであった出来事を思い出す。体育祭最終種目まで勝ち進んだフランは二回戦目に悠月と対決した。それは凄まじい攻防を繰り返した熾烈な戦いだった。

終盤には自分の腕を犠牲にしながらマウントをとり、悠月の首元に噛み付いた。そのまま血を吸って気絶させようとして____

 

「あれ?よく考えたら私、皆が見ている中で……」

 

試合の流れを辿っていくにつれて身体がどんどん熱くなっていく。やってしまった。周りの目があるのに抱きついて吸血なんて。しかもカメラで中継もされてるから全国の人達の目に見られたことに……

 

「恥ずかしい………」

 

布団を顔まで被りベッドでモゾモゾと動き回る。年頃の女子にとってこれ以上にない恥辱だった。ああ、もう日の当たるところに出れない。いや、元々吸血鬼は太陽の光が苦手なわけだが………自分の顔を他の人に見られたくないという意味だ。

もう実家に帰って引き篭もる日々でも続けようかと本気で考えるが、あいつも体育祭を観戦しているだろう。何て言われるか想像ができる。

 

ベッドでモゾること数分程。恥ずかしさで真っ赤になっていたのが嘘かのように自己嫌悪で燃え尽きた状態になる。なんであんな行動をとったのだろうか。もうダメだ、おしまいだ。他の人がフランを見たら彼女の周りにはどんよりとしたオーラを纏っているように見えるだろう。

 

(あれ?そういえば試合ってどっちが勝ったの?)

 

本来なら一番に確認しなくてはならない内容に今更気づく。試合の最後の方で吸血をしてそのまま気絶させようとしたはず。あの時は本当に必死だったのでしっかりとは覚えていないが、何か暖かいものが頭に置かれたような気がした。

あの感触、とても安心できたものは………

 

「〜〜〜〜!!!」

 

うん、忘れよう。あくまで予想だし。予想予想。冷静になれ。

私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静私は冷静_____

 

 

……しかし、それ以降はいくら思い出そうとしても記憶がなかった。自分が先に倒れたのか、それとも気がつかなかっただけで悠月は気絶していたのか。どちらにしても試合に勝ったという喜びは出てこなかった。意識を失ったのは変わりないし、何故だか分からないが悠月ならあの状況でもどうにかしているような気がする。

そう考えるのは付き合いがあるからか、それともヤケになっているのか____

 

「あ〜もうやめやめ!!今日はもう疲れた!」

 

「そうだねえ。今日のところはもう休んでなさい」

 

「うひゃあ!?」

 

仕切りのカーテンが開かれた。突然の出来事だったため、フランは自分でもよく分からない声が出る。彼女の目の前に現れたのは白衣を着た人物、雄英高校の看護教諭であるリカバリーガールだった。

 

「ああ、ごめんねえ。声が聞こえたから起きたかと思って」

 

「い、いえ!ちょっと驚いたけど大丈夫です」

 

そうだ、ここは医務室だ。少し前に自分が何処にいるか予想していたのだと思い出す。だとすれば保健の先生がいるのは当然だろう。最初からここにいたのなら先程までの独り言を聞かれていたのだろうか。再び顔が赤くなり心臓がバクバク鳴っていたのだが、そんな彼女の心配を他所にリカバリーガールは話を進める。

 

「それにしてもあんたと隣の子の試合、凄かったねえ。揺れがここまで届いていたよ」

 

「隣の子……?」

 

フランは試合のことではなく違う“隣の子”という言葉に関心をもつ。

 

「あんたと戦っていた子だよ。そこのベッドで寝ているさ」

 

フランが寝ていたベッドは部屋の一番端にあり、カーテンがつけられていた。女子だからという理由で区切ってくれていたのだろう。ベッドから降りて恐る恐る横のカーテンに手をかける。

 

「あ…………」

 

そこには予想していた人物、規則正しい寝息をたてながら眠っている悠月がいた。

 

「個性の影響かね。どうやら疲労が重なってたみたいだ。今は深い眠りに入っているよ」

 

小さく聞こえる寝息と共に時折掛け布団が上下に動いてなければ、死んでるのではないかという程静かに眠っていた。そんな悠月の顔を見ながらフランはその理由に気づく。

 

「悠月は個性を使うと頭痛が酷くなるんです。多分その影響で眠ってるんだと思います」

 

「そうなのかい。私の個性は怪我をした人自身の体力を使うからねえ。右腕の火傷は治癒して他は消毒と包帯を巻いたくらいだ。あんたには片腕を固定した程度しか大きなことはやってないけど」

 

「あははは……でもベッドを貸してくれてるだけで充分有難いです」

 

フランは苦笑いで答える。“吸血鬼”の個性は自身の体力があれば怪我をしても大体は完治する。リカバリーガールの個性は対象者の体力を使って治癒するのでフランにとっては“治癒”を使わなくても自力でどうにか出来るのだ。

 

「そうかい。だけどこれだけは言っとくよ」

 

リカバリーガールは真剣な表情で釘をさすように話す。

 

「強力な個性をもっている程無茶ができる。そういう人に限って自らを滅ぼすラインを考えていないんだ。あんたもこの子も……もう少し自分を大切にしなさい」

 

「………はい」

 

これまで多くの患者を診てきたからこそ言える言葉なのだろう。先程の試合は限界以上の力を出そうとした。しかしそれはこの先の事なんて考えず、ただ全力を出したいからという理由で蔑ろにしていたのだ。

 

「それが分かっていれば問題ないね。とりあえず今は休んでおきなさい」

 

「はい、ありがとうございました」

 

フランの返事を聞いてリカバリーガールは満足そうに頷き、仕切りの外に出て行った。一人残されたフランは再び悠月の顔を覗く。自分はもう慣れてしまったが、普段感じる近寄りにくい雰囲気が無くなり、彼の整った顔が間近で観察できた。

 

「こうして見ると印象が違うな………」

 

いつもとは違う彼を見て何だか側にいてあげたいという感情が湧き起こる。寝ている時でしか味わえない彼を見てフランの顔は少し緩んだ。

 

『悠月寝てるよ?周りの目は遮られてるし、今なら悪戯しても問題ないんじゃない?』

 

そんな時、頭の中で呟かれる悪魔の声……いや、もう一人のフランドール・スカーレットが魅力的な提案をしてくる。

 

『えー?ちょっとそれは可哀想じゃない?止めときなよ』

 

『別にどっちでも良いと思うよ、私は』

 

何処から現れたのかもう二人ほどフランが介入してくる。フォーオブアカインドで出てくる分身の人数と同じだ。なんだなんだ?自分は幻聴を起こすほど疲れているのか?それとも今ここで彼女らの人格が形成されたとでも言うのだろうか。

 

『分かってないなー、これはチャンスなんだよ?』

 

『『チャンス?』』

 

オウム返しに否定派と中立派のフランが言う。

 

『そう、悠月って危機管理能力が高いから寝ている時に何かしようとしてもすぐに察するじゃん?』

 

『それは……うん、そうだね……』

 

『まあ、面倒くさい時は基本無視してるけど』

 

何だか雲行きが怪しくなってきた。否定派と中立派のフランが肯定派の言葉を聴いているのは兎も角、本体である自分もしっかりと聴き入ってしまっているのだ。

 

『でも今は完全に意識がない状態……つまりこの瞬間は多少無茶なことをしても大丈夫って訳』

 

『悪戯って言っても具体的には何をするの?』

 

『別に悪戯じゃなくても良いよ。例えば………()()()()()……ね?』

 

なん……だと………

肯定派から発せられた爆弾発言にフラン三人は驚愕する。普段実行に移せなかった事が今は出来る。それに気づいた彼女たちはこれから先の展開を予想する。

 

「…………添い寝か

 

『ふふん、本体も満更じゃないようだし?もっと上の要求をしようと思ったけど、これなら大丈夫でしょ?』

 

うぐ……と自分の言葉に自分が突き刺さるというよく分からない事態になっている。

フランのことだから添い寝なんて簡単に出来ると思うかもしれない。でも実際はそんな単純ではない。なんでもない風に見せていても彼女は恥ずかしいという気持ちを隠しながら実行しているのだ。

 

『確かに……今なら見られる心配なんて無い。私にとっても利点は大きい』

 

『よくよく考えれば別に拒む理由なんて無いよね〜』

 

おいどうした否定派と中立派の私。さっきまでの意見と変わっているように聞こえるのだが。甘い選択に流されてあっさりと丸め込まれてるのではないのか?

 

(うぅ……何かもう添い寝する雰囲気になってる。でもここは医務室だよ?学校だよ?本当にやっても良いの?)

 

多数決方式ならもうとっくに決まっている。かく言う自分も別にやっちゃっても良いのかなと考えてしまっているのだ。一体どうすればと悩んでいる中、肯定派のフランがまるで他人を陥れる悪魔のようにニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

『誰かに見られなければ無かったことにも出来る。大丈夫、()()()()()()()()()()()

 

 

頭の中で何かが切り変わった気がした。

 

 

「………ちょっとだけならいいよね?」

 

『建前だ』

 

『建前だね』

 

ええい、うるさい。こんな時に限って言葉を合わせるな。頭に響く声をシャットアウトして周りを確認する。一番手前のベッドと診察する境にもカーテンがあり、今は遮られている。つまりこの場の様子は誰にも見られる心配はない。

先程の羞恥はどこやら。フランは悠月の寝ているベッドに潜り込んだ。

 

(あ、暖かい……)

 

布団の中は彼の体温で熱がこもっており、気持ちの良い暖かさを保っていた。少しの間だけと思っていたがこれはヤバイ。試合の疲労がまだ残っているのか再び眠気が襲ってくる。

悠月の顔をすぐ側から見る。ここまで密着出来るのは彼の瞳が閉じられているからだろう。試合の時はあれだ、考えてる暇が無かったのだ。彼が寝ているのを良い事にここでじっくりと堪能するのだ。

自らのテンションに任せて更に近づく。そのついでに手を握るのだが、眠っている中でも彼は握り返してくれた気がした。

 

(少しだけこのままで………)

 

布団と人肌による心地よさに包まれながらフランはもう一度眠りについた。

 

 

 

 




15話を投稿してからお気に入りの数が急に増えた事に驚きを隠せない………
やっぱりタグをつけ加えたのが理由ですかね。意見をくれた方には本当に感謝です。

今回の話を書いて思い浮かんだ事とすれば人物描写をもう少し上手く表現していけたらという反省とリカバリーガールの口調がよう分からんってことでした。たまに独特な言い回しをしてるんで逆に困るんですよあの人。

あと少しで体育祭編は終わりです。最近、後書きが話の説明なのか作者がだべってるのか凄く適当になってますが、気にせず読んでもらえたらと思います。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。