慌ただしく昼食を取り……といっても、慌ただしかったのは信乃の方だ。
ハンナはかいつまんで今後の事を説明しながらも、信乃と同じくらいの量のパンとジャガイモと玉ねぎの炒め物とザワークラウトをいつの間にか食べきっていた。
戦場の食事は娯楽ではなく補給。ストライカーユニットが燃料を流し込まれるように、作戦行動にあたるウィッチ達も迅速にパンとジャガイモとキャベツの酢漬けとソーセージを胃に送り込まなくてはいけない。
食べることも作戦行動のうち。迅速な作戦遂行には迅速な食事も含まれる。
とはいえ、別段急いでいるようにも見えないでこれだけの量を食べきるとは、流石人類史上二番目の速さで200機のネウロイを撃墜したエースは格が違うということか。
単に早食いなだけのハンナを見て変な解釈を試みている信乃の内心など露知らず、ハンナは手短に今回の任務を伝える。
要は、ロンドンに向かうハンナの護衛。自分が選ばれた理由は手が空いていたのと腕が確かだから。
多分にリップサービスが含まれているようだが、カールスラントのエースに腕がいいと褒められて嬉しくない訳が無い。少し疲れているが、つい快諾してしまう。
周りを見ると他の隊員たちが珍しい組み合わせにちらちらとこちらを見ていたが、気にする余裕はない。信乃が食べ終わるのと同時に再びハンガーへと戻る。
整備兵によって既に用意されていたメッサーシャルフと零戦にそれぞれ足を通し、規定通りのチェックを行うとすぐさまハンナと信乃は空へと飛び立った。
「重くないですか?それ」
「そうですね。ネウロイにぶつければヒビくらいは入るかもしれませんね」
「疲れてませんか?」
「二日くらいまともに寝ていませんから」
「さっき言ってた事、本当ですか?」
「本当ですよ」
スーツケースを手に、背にMG42を背負いながらハンナが信乃の問いかけに答える。
もしネウロイと遭遇すれば信乃が護衛に付かなくてはいけないが、オラーシャの最前線ではあるまいし、先程落としたばかりで再びネウロイと遭遇するなど、余程運が悪くない限りはあり得ないはずだ。
隣に飛ぶ信乃は手に扶桑製の20mm機関銃を、背中に予備のMG42を背負っている。20mmは予備弾倉も少ないのでMG42だけでも良かったのだが、基地に置いておくと間違いなく上官に持っていかれるのでわざわざ持ってきた。
「もうすぐディジョン上空ですね」
ふらふらと飛びながら、ハンナが呟く。
「……どうしてロンドンまでいくんですか?」
「増援の第2中隊と一度打ち合わせをしなくてはいけませんから、ですかね?」
何故疑問形?さっきはロンドンにあるカールスラントの西方司令部との会議と言っていた気がするが。
「どうして、わざわざ整備中のユニットを使うんですか?」
「特に意味はありません。強いて言うならそういう気分だったからです」
「……確かそれ、昨日の午後に壊れたやつですよね」
ユーリが使っていて被弾した為、予備に回されたメッサーシャルフを見ながらハンナが頷く。
「そうですね。片方の燃料タンクに亀裂が入っているはずですから、そろそろ燃料が切れます」
ハンナが言うのと同時に、ぶすん、と音を立てて右足のプロペラが止まる。
がくん、と高度が下がるハンナに追随しながらも、信乃の言葉にはさほど焦りはない。むしろあるのはわずかな呆れだ。
「……大変ですよね?それ」
「そうね。このままじゃロンドンまで飛べないわ。萩谷准尉。近くに基地はあるかしら?」
ハンナにも焦った様子はない。器用に片肺のユニットで体勢を整えながら、信乃に聞き返す。
「……ディジョン基地がありますね」
さっきディジョン上空がどうのとか言っていた気がするが。
「こういう事態の場合には、緊急着陸が認められますよね」
「……認められますね」
白々しく呟くハンナに信乃がため息をつく。
「それじゃあ助けてもらわないとダメですね」
そう言いながらハンナが進路を北から西……ディジョン基地上空の方へと向けていく。
『……こちら506統合航空飛行隊ディジョン基地、未確認機に次ぐ、当飛行区域は我々ノーブルウィッチーズの防衛空域に当たる。速やかに離脱するか、国籍及び部隊名を告げよ。繰り返す……』
「お迎えが来ましたよ、司令代理」
魔導無線に響く声と信乃の言葉に、くすり、とハンナが笑みを浮かべる。
「じゃあ、緊急救難信号でも出しましょう」
「……驚かれますよ?」
信乃の言葉にハンナが意地悪く笑みを浮かべる。
「……驚かせるんですよ」
「滑走路を空けろ!!救護班はハンガーに待機!!消火班急げ!!」
「ジェニファー、
「いつでも行けます!!」
「マリアン、現状を伝えろ!!」
ディジョン基地は突然鳴り響いた緊急救難信号を知らせるサイレンにハチの巣をつついたような騒ぎになっていた。
ポーカーのカードを放り出したジェニファー・J・デ・ブランク大尉とカーラ・J・ルクシック中尉がストライカーユニットに飛び乗りスクランブルの用意を整え、受け入れ態勢を整えた滑走路に担架をかかえた衛生兵や消火班が待機している。
「ちぇ、私のカードフルハウスだったんだ。儲け損ねた」
「そうなんですか?残念です、私はストレートでしたから」
「うわ、危なっ!!」
ジェニファーとカーラが軽口を叩き合うが、その目には欧州での激戦で培われた鋭い闘気が漲っている。
『こちらマリアン、救難信号を発したウィッチを確認、近くにネウロイの敵影はない、接近する』
哨戒中のマリアンが緊張した声で状況を報告する。
「了解。マリアン、引き続き周囲の警戒は怠るな。負傷者がいる場合は速やかに報告するように」
無線の声にジーナ・プレディ中佐が答える。了解、という歯切れのいい返事に続き、ハンガーからの無線が響く。
「隊長、スクランブル、いつでも出れます!!」
「よし。ジェニファー、カーラ。滑走路に入れ」
「了解っ!!」
がこん、とユニットを固定していた安全装置が外れ、二人のウィッチが滑走路に入る、が。
『ん……?おいおい……待て待てっ、何だお前ら!?』
「……どうした、マリアン」
ジーナの言葉にしばらくして、マリアンが叫ぶ。
『~っ!!隊長!!スクランブル中止!!救難信号を止めてくれ!!』
「は?」
きょとんとするジーナだったが、滑走路に目を向け咄嗟に無線に叫ぶ。
「スクランブル中止!!ジェニファー、カーラ、止まれっ!!」
「え、そんな、急に言われても……きゃあっ!?」
「じぇ、ジェニファー、いきなり止まっ……!!ぶつか……ぁああっ!?」
ごろごろと滑走路を転がる二人のウィッチを見て、衛生兵が慌てて飛び出した。
『おい!?何だよ。ちょっとお前ら、ピンピンしてるじゃないか!!何で救難信号なんて出したんだよ!!』
無線の向うからマリアンの怒鳴り声が聞こえる。その向うで小さく聞こえる声が、全く悪びれない口調で言い放った。
『ちょっと、ユニットが壊れたので』