「……おい、そろそろ到着するぞ」
人はここまで不機嫌を体現することが出来るのか。
ある意味関心させれる程に無作法な言いぐさで吐き捨てるマリアンを見ながら、信乃は感嘆していた。
「丁寧なエスコート、感謝します、カール大尉」
そして、そんな態度などどこ吹く風と笑顔を浮かべるハンナにも。
「……すみません、ご迷惑をおかけしました」
「本当にな。ああ、本当に!!」
「ああ、すみませんすみません……」
ぎろり、と睨み付けられて信乃が体を小さくする。そりゃ怒る。自分だって逆の立場なら怒る。激おこだよ。
「……海兵隊怖っ……諄子さんが言ってたのは本当だったんだ……」
「……まったく、タケイといい扶桑のウィッチってのは変なのしかいないのか……ん?」
「……え?」
ぽつり、と呟いた声。マリアンと信乃が互いに聞き返そうと口を開く直前、視界にディジョン基地が飛び込んでくる。
思わず信乃はその規模に目を見張った。
「広い基地ですねぇ……」
きちんと滑走路とわかる、コンクリートで舗装された滑走路。
建物は質素だが、明らかに民家そのものであるリヨンに比べると軍用施設といった感じでしっかりしている。
そして何より、リヨンの納屋のようなハンガーとは違う、いくつも立ち並ぶ大きなハンガー。
「流石リベリオン。私達がいたころと大違いね」
ぽつり、と呟くハンナ。物資の豊富さで言えばリベリオンは他国を圧倒するだけの豊かさを持つ。
「……ふふ」
「あ、何か企んでますね」
黒い笑みを浮かべるハンナに信乃が突っ込む。
この臨時基地の司令代行殿は、思慮深いと言えば聞こえがいいが、結構腹黒い所が垣間見えるのだ。それが怖い。竹井大尉くらいには怖い。
「……おい、お前達。こんな事してただで済むと思うなよ」
「解ってます。きっと隊長直々に尋問されるのでしょうね。きっと私たちの事を根掘り葉掘り聞かれて、しかるべき所にきちんと報告が行くのでしょうね、ああ、困りました」
「……何で笑ってんだよ」
満面の笑みを浮かべるハンナに、リベリオンの海兵隊の服を着た少女……マリアン・E・カール大尉が逆に少し引いた様子を見せる。
マリアンに続きハンナと信乃が滑走路に降りたつ。ハンナのユニットは片肺の上、荷物を手にしている為、信乃が手を引いて着地をエスコートする。
「ありがとう、ハギさん」
地面に降りたったハンナがユニットを脱ぎながら信乃に笑顔を見せる。
「『元気』そうでなによりだよ」
呆れたようにマリアンがため息をつく。
「ええ、本当に。折角ロンドンで羽を伸ばすつもりだったのに」
「それは残念。ここの名物はコーラと口の悪い海兵隊員くらいだよ」
背後からの声がかかる。
「……後は、最近美しさに磨きがかかっていると評判の隊長も、ですよね」
ハンナが振り返って声の主に微笑みかける。
「君は、確か」
「お久しぶりです。ブリタニア以来ですね。ジーナ・プレディ少佐」
「中佐だ。まさか緊急救難信号を放ったのが君だったとはな。ハンナ・フィリーネ大尉……いや、もう少佐か?」
「大尉のままです。カールスラントでは昇進待ちのウィッチが山ほどいますから」
「隊長、知り合いなんですか?」
マリアンの問いかけにジーナが肩をすくめる。
「リヨン基地、JG54第一飛行隊の司令代理殿だ」
「うぇ!?」
ジーナの言葉にマリアンが変な声を上げる。まさかそんな重要人物がこんな事を仕出かすとは思ってもみなかったのだろう。
「おい、何で言わないんだよ、チビ!!」
マリアンの怒りの矛先が信乃に向く。
「何でって……あ、今あたしの事をチビって言いましたね!?失礼な!!扶桑では割と平均身長なのに!!正式な謝罪を要求します!!」
「五月蠅いチビ!!扶桑のウィッチは変な奴しかいないのか!?」
「あ、マリアン、帰って来たんですね」
「うぅ、ひどい目にあった……」
ハンガーからあちこち擦り傷だらけになったショートカットの海兵隊の服を着た少女……ジェニファー・J・デ・ブランク大尉と髪を二つに結わえた飛行服姿のカーラ・J・ルクシック中尉が姿を現す。
「どうしたんだお前達」
ボロボロになっている二人を見てマリアンが目を丸くする。
「どうしたもこうしたもないです……」
「いきなりジェニファーが急制動をかけるから」
「な。止まれっていう命令が聞こえなかったんですか!?」
「……ごめんなさい」
それもこれもあたし達が悪いんです。信乃が申し訳なさそうにぽつりとつぶやく。
「え?誰?」
「ひょっとして救難信号を出した方……ですか?」
「はい。突然ユニットが片方停止しまして。いえ、もう。本当にびっくりしてしまいまして、咄嗟に救難信号を発してしまいました。お手数をおかけして申し訳ありません」
「なんだよもー。心配したじゃん!!全く、しっかりしてくれよな!!」
カーラが人懐っこい笑みを浮かべてハンナの肩をバシバシ叩く。
「おい止めろ馬鹿!!」
相手の素性を知らないカーラにマリアンが真っ青になって怒鳴る。
「気にしなくてもいいですよ。相変らず無神経すぎるくらいに人懐っこいですね、
「いやぁ、よく言われるんだよ。ブリタニアのカールスラント部隊と一緒に居た時も……ありゃ?カールスラント?」
カーラがハンナの制服を見て、その後腕の『
「……お久しぶりですね、ルクシック中尉。お変わり無いようでなによりです」
カーラの顔から血の気が引く。
「は、ハンナ・フィリーネ……大尉!?何でこんなところにいるんだ!?」
慌ててカーラが後ずさる。
「だから言った通り、機材のトラブルです」
「嘘だ!!あ、解った、スパイだ!!隊長、こいつこんな顔してかなり腹黒……むぐっ!?」
「解ってる」
マリアンに口をふさがれむーむー唸るカーラを横目で見ながら、ジーナがハンナに向き直る。
「それで、フィリーネ大尉。『
「そうですね、特には、と言いたいところですが、偶然、本当にたまたまここに立ち寄ることになってしまったので、折角ですから少しお話でもさせていただければと思うのですが、どうでしょうか?」
じ、と。ジーナがハンナを見つめる。白々しすぎていっそ清々しい程だ。
先に折れたのはジーナ。肩をすくめ、脇に控えていた少女に口を開く。
「クハネック軍曹、フィリーネ大尉を私の部屋に案内してやってくれ。マリアン、後は任せた」
そういうとジーナはハンナに背を向ける。
「お心遣い、感謝します」
「えぇと……あたしは?」
零式から降りた信乃がクハネック軍曹に連れられて行くハンナの背を追いかけようとする。
「お前はこっちだ、チビ」
ぐい、と信乃の飛行服の襟をつかみ、マリアンが言い放つ。
「ぐぇ……あ、またチビって言いましたね?背が大きいからって何が偉いんですか?」
「黙れ!!
「ま、まあまあ、マリアン、そういう身体的な事は失礼ですよ……」
「そうだそうだ!!背が小さくて何が悪い!!」
「何でカーラはわざわざ小さくした火種をまた大きくするんですか!?」
「そうですよ!!小さい方が被弾面積が小さくて戦闘には有利なんです!!」
「あ、でも私はお前より大きいけどな」
「え!?どっちの味方!?」
二対一から三つ巴の戦いへと変わっていく目の前の状況を見て、はぁぁぁ、と、ジェニファーが大きくため息をついて頭を抱えた。
「……あ、ジェニファー。私より大きいって言っても世間的にはそんなに大きくないからな、お前」
「私の事はどうでもいいです!!」
飛び火してくる火の粉を振り払うようにジェニファーが怒鳴った。
「くそ、ハギのヤツ。予備の弾丸までもっていきやがった。一体だれの影響を受けたんだか……」
ハンガーから搭乗員室に大股で歩きながら、徹子がぶつぶつと文句を呟く。
慌ただしく飛び立っていったのを見送ってみたものの、しっかりと自分の20mmは確保していたみたいだ。
昔のようにうっかり置いて行ったという基本的なミスはしなくなったことは褒めるべきところだろうが、今ではその成長が恨めしい。
「……まあ、今日は定期便も来ないだろうしな……」
呟きながらふと、懐かしい単語が自らの口から漏れたことに徹子は一人苦笑を浮かべる。
激戦区に居た頃、疲れも見せず連日押し寄せるネウロイを扶桑のウィッチ達は『定期便』と呼んでいた。
御多分に漏れず、徹子もまた定期便の相手をすべく毎日のように空へと上がっていた。その後ろではまだひよっこのように頼りない信乃がわたわたと慌てふためいていた時期もあったが、今となっては過去の話だ。
「とはいえ……」
また。厄介な事に巻き込まれたものだ、と徹子は肩をすくめる。
人類の生存域が一進一退を繰り返す中でも、ネウロイの熱線が届かない場所にいる連中は、時に前線にいるウィッチ達の命をもチップにして政治という名のギャンブルにいそしんでいるのだ。
そして、今。
ハンナもまた、そんな大人たちの駆け引きから、己自身をチップにして仲間を守ろうとしている。
扶桑海事変や欧州での動乱を経て、『敵』はネウロイだけではないことは、長年ウィッチとして、遣欧艦隊のエースとして戦ってきた徹子もよく理解していた。
だが。
「……解ってるけど、解んねぇよな」
自分に何か出来るのか。その答えはおそらく、『否』だ。
徹子は敢えてその『敵』から背を向け、ネウロイとの戦いのみに専念してきた。
20mmがどうとか、三号がどうとか、そんな事よりも目の前の書類の束やウィッチに対して懐疑的なお偉方をどう懐柔するか。
今まさに故郷を蹂躙しようとしているネウロイにあえて背を向け、背中に同胞の鮮血を浴びながらも、飛ぶことも、振りかえって弾き金を引く事も許されないウィッチすらも中にはいるのだ。
そういった仲間たちのお蔭で今、自分は飛べている。
その事は解っている、感謝もしている。だが、自分には不得手である事もまた理解している。
自分が常に前線に置かれているという事は、執務室から出れずに書類と戦うものがいるという事と同じ事。
哀しいかな、自分が天から与えられた才能は書類や政治家を相手にすることではないし、誰も期待してはいないだろう。
戦いに身を置く事。
自分に期待されているのはそれだけだ。
倒せと言われれば空を覆いつくすネウロイを確実に、一機残らず叩き落とす。それを確実にやってのけることが徹子のするべき事で、そして、それだけは誰にも譲る気はない。
美緒や諄子、それに自分を育てた先生……北郷文香や多くのウィッチ達が出来て自分には出来ない事があったのと同じく、彼女たちが出来ない事を自分が今こなしている。
自分がこうして戦う事に専念出来ているのも、それを支える多くの者たちの手によるものである以上、その期待には応えなくてはいけない。
「全く、どっちが損なんだか得なんだか……今度会ったら教えてくれよ、先生……」
思わず口を出た弱気な言葉に頭を振る。
今すべきことは色々考える事ではない。尻の青いウィッチ達をまとめ、一機でも多くのネウロイを落とす事だ。
「話が分かるなハギ!!そうなんだよ。タケイは消極的なんだよ!!あの時も優位高度を取られた時もう少し押してこられたらヤバかったんだけどな!!」
「ですよね。いつも思うんですけど、慎重なのはわかるんですけどちょっとじれったいんですよね、諄子さ……竹井大尉の戦い方って」
一方、ディジョン基地。
談話室でソファに並び、まるで旧知の友人同士のように語り合っているのは先程までにらみ合っていたマリアンと信乃。
だが、話していくうちに互いの表情から険が取れ、笑みが浮かび、気が付けば肩を叩きながら談笑している。
「仲が良いな、あいつら」
テーブルを挟んで向かい合いながらソファに座ったカーラが呆れた様にコーラの瓶をぶらつかせる。
新しい玩具を取られた子供の様なカーラの言葉に、ジェニファーが苦笑を浮かべた。
「あはは、さっきまであんなに喧嘩してたのに……」
マリアンは口は悪いがそれ以外の性格が悪いわけではない。そう、口が悪いだけなのだ。致命的なまでに。
「そういえば、ハギの故郷ってどんなところだ?」
「田舎ですよ、神社と田んぼと海しかないような場所で、剣の練習か海で魚を取るか神社で鹿に餌をやるくらいしかやることがないような所です」
マリアンが呆れた様に口を開く。
「なんだそりゃ。まあ、私の実家も何もないくそったれな所で話す事も特にないんだが……そうそう、あそこにいる奴等はもっと面白い話があるぞ」
「そうなんですか?」
「べ、別に無いですよ。私の実家も田舎ですし……」
巻き込まないで、と目で訴えるが口の乗ったマリアンに通じるわけもなく。
「こう見えて、箱入りのお嬢様なんだぜ、ジェニファーは。この前も料理を教えて欲しいって言ってたから……」
「そ、その話はしないでマリアン!!」
「マリアーン!!ナマズの首が……」
「あーっ!!あぁーっ!!そ、そういえばカーラの故郷はハワイでしたよね!?」
マリアンの言葉を大声でかき消しながら、必死でジェニファーが話題を逸らす。
「ハワイって、あのハワイ?太平洋の?」
信乃が驚いたように目を丸くする。
南洋島の上の方にあるぽつんとしたリベリオン領の島々で、観光地としても、また、太平洋艦隊の軍事基地としても有名な島だ。
扶桑海軍の演習でも多くのウィッチ達が遠洋航海で訪れる場所だ。温暖で独特な文化、そして、美味しい料理。扶桑人の憧れの場所でもある。
「アローハー。そうそう。太平洋のど真ん中の島の生まれだよ」
ひらひらと奇妙な手つきの踊りを踊りながらカーラが答える。
「ああ。だからなんかそこはかとなく頭があったかそうなんですね」
「お、何だお前、面白い表現するな!!」
カーラが満面の笑みを浮かべる。口の悪い奴には慣れっこだが、一見澄ました優等生といった雰囲気の信乃から出てきた軽口が、カーラにとってはつぼに入ったらしい。
「そういう悪い子にはお仕置きだ!!」
ならば手加減は無用とばかりにぴょん、と机を飛び越えると、そのまま信乃の膝の上に飛び乗ったカーラがその頬に手をあてる。
「ひゃあっ!!冷たっ!?」
「私の固有魔法は冷却なんだ。ほれほれー」
「あははっ、冷たっ!!冷たいです、カーラさん!!」
「お痛をする口はこの口かー?」
じたばた暴れる信乃を冷却で冷やした手でまさぐる。
「こ、こら、萩谷さん!!カーラ!!コーヒーがこぼれます!!」
慌てて机の上からカップを避難させるジェニファー。
「ははは……ん?」
カーラが笑みを引っ込め、ジェニファー達に向き直る。
「なージェニファー、とれなくなったんだけど、これ、どうなってるの?」
「ふぇ!?」
笑っていた信乃の目が丸くなる。
ぐにぐに、と引っ張ったりこねたりして見るが、ぴったりと張り付いた手は信乃の頬から離れない。
「……何してるんだ、全く」
「魔法を止めて、しばらくそのままにしておけばじきに取れますよ」
科学の基礎の基礎。皮膚に氷がくっついた時と同じ原理だ。
小学生のような質問にジェニファーがため息交じりに答える。
「あー……何かごめんな、萩谷」
「ひへ、ほひはほほ……(いえ、こちらこそ……)」
冷静になると何か色々と際どい体勢だ。頬を赤らめカーラと信乃が互いに目を逸らす。
顔を赤らめながら信乃に跨り頬に手を添え、顔を近づけているその様子はまるで……。
「……なんか、こっちまで恥ずかしくなってきますね、マリアン」
「言うな」
皆がそれぞれ視線を合わせないようにそっぽを向きながら、生暖かい沈黙が流れる。
「あ、なんかあったかくなってきた」
「ほほへふへ、ほほほほほへはふは?(そうですね、そろそろ取れますか?)」
「うーん……もう少しだなぁ……」
ぐにぐにと信乃の頬を揉みながらカーラが呟いたその時。
「済まない。話が長引いてしま……って……」
談話室の扉が開き、部屋に入ってきたジーナが珍しく言いよどむ。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
沈黙が流れる。ジーナの後ろから部屋に入ってきたハンナとクハネック軍曹はその光景に興味をひかれたように目を輝かせる。
「……いや、いいんだ。ルクシック中尉。萩谷准尉も。その……趣味嗜好は人それぞれだ。部隊の運営に支障をきたさなければ、隊長である私からは何も言う事は……」
「ち、違うんですって、これは!!」
「ハギさん……若本中尉の目の届かないところでアバンチュールなんて……いえ、いいんです。私は口が堅いですから、ええ。どうぞ安心してください」
「~!?」
「痛い痛い!!引っ張るな信乃っ!!」
必死に手を振りほどこうと暴れる信乃と振り回されて目を白黒させるカーラ。
その騒ぎはカーラの手が信乃の頬から離れるまで続いていた。
「それでは、良い旅を、フィリーネ大尉」
「お心遣いありがとうございます、プレディ中佐」
互いに握手を交わしながら笑みを浮かべるハンナとジーナ。その背後には最新式の発進補助装置に固定されたハンナと信乃のユニットが出番を待つように待機している。
「良い話を聞かせてもらった。
「こちらこそ。
「……
ぽつり、とマリアンが呟く。こら。とジェニファーが肘でマリアンの腕をつつく。
「あー、信乃。さっきはごめんな……」
「い、いえ……あたしも言い過ぎました」
一方、妙に気まずい空気を醸しだす二人。
「そ、そうだ、コーラやるから、これで手打ちにしよう!!」
「そんな、気にしてないですから!!」
「私が気にするんだよ!!ほら、持ってけ!!」
強引にコーラが何本も入ったケースをぐいぐいと押し付けるカーラと押し返す信乃。
結局コーラ1ダースを渡され、信乃とハンナはハンガーを後にした。
「今度は模擬戦だぞ!!シノ!!」
エンジンの音に負けないマリアンの声に信乃が答え、ディジョン基地の面々に手を振る。
名残惜しそうにマリアンが手を振り、カーラは両手をぶんぶんと、ジェニファーはちょこんと手を出して、三者三様の反応を見せるBチームの隊員たちの見送りを受け、信乃たちは滑走路を離陸した。
「良い人達でしたね」
「そうね。でも、戦場では個人の性格だけではどうしようもならないこともあります」
「それは理解してます」
どんなに助けたくとも、親友だろうとも、命令であれば見殺しにするのが軍隊だという事を信乃も理解していなくはない。だが……。
「ふふ、随分と親しくなったみたいですね。特にルクシック中尉とは……」
「ハンナ、一本のみますか?」
しんみりした雰囲気をぶち壊され、信乃がケースに入ったコーラを差し出す。
「今ここで開けると思い切り噴き出す奴ですよね、それ」
ジト目の信乃にさらりと笑顔で返しながらハンナが辞退する。高高度での炭酸はダメ、絶対。
「そういえば、ユニット、治ったんですね」
「流石リベリオンの物量ですね。カールスラントのユニットの予備資材まで持っているなんて思いませんでした」
「もしなかったらどうするつもりだったんですか?」
「ハギさんに抱えてもらいます」
さらり、というハンナ。
「これからどうするんですか?ロンドンに向かうと夜間飛行になりますけど」
「帰りましょう。ロンドン観光が出来ないのは残念ですが」
「そうですか」
何となくそういうのかなと思った信乃は素直に頷く。まあ、コーラのケースをぶら下げてロンドンまでいくのも嫌だったので、信乃としても有り難い判断だった。
「……あれ?ハンナ、スーツケースは?」
「重たいので置いて……忘れてきました」
「いいんですか?」
「大丈夫ですよ。基地には予備もありますし、彼女が持っていた方が何かと役に立つでしょうから」
そうですか、と生返事をしながら信乃は手にしたコーラのケースを持ち直す。
必要以上の事は尋ねない。
首をつっこんで厄介な事に巻き込まれる事から自分を守る術は徹子から教わった様々な事の中でも、数少ない素直に感謝出来る教訓だった。
「さて、そろそろリヨンの防空圏内ですね。夕食までには間に合いそうです」
「その後は夜間哨戒……誰か代わってくれないですかね」
信乃の疲れたような呟きにハンナが笑みを浮かべる。
「うまく行けば、これからしばらくはゆっくりと眠れる夜が来るかもしれませんよ」
「……それはありがたいです」
何か含みがあるだろうが、表面上の意味だけを受け止めて素直な返事を反す。その辺りの小難しい事は、素直に士官殿達に任せてしまおう。
だが、信乃は知らなかった。
その士官殿……カールスラント空軍で二番目に200機のネウロイを撃墜したグレートエースを評してこんな一文があることを。
『時折抜けているところがある』
と。