「それで、何か言う事は?」
アンジェラの言葉にしゅん、と肩を落としたハンナが口を開く。
「何もありません……」
「上官にこういう事を言うのは何だが、疲れているのは重々理解しているつもりだ。搭乗シフトの手違いもまあ、よくはないが無理をさせたこっちにも非が無くはない。突然出て行ったのもまあ、事情は分かった。だがな……」
アンジェラが抑えた声で呟く。その声色は、怒りではなく呆れ。
「無線連絡を怠って部下に襲われる司令がいるか!!JG54の……いや、カールスラント空軍の恥だぞ!!恥!!どう報告すればいいんだ!!」
「返す言葉もありません……」
502JFW発祥の懲罰手段『正座』をさせられた司令代理が答える。簡単に出来てなおかつ効果的、その後の任務にも差しさわりの無いという、手ごろかつ人道的な懲罰手段は今急速に欧州の部隊に広がっている。広めた本人がその事を知ったら卒倒しそうだが。
「で。他に何か言う事は?」
「ベレーナ達の動きは実に見事でした。まさか私があの子達に後れを取る日が来るなんて。若本中尉の指揮能力には感服するしかないですね」
「そうか‥‥…正座、後10分追加だな」
きりっとした顔で言い放つハンナを呆れた様に見下ろしながらアンジェラが呟いた。
「うぅ。だから司令代理なんて嫌なのよ、どうせ私なんて人の上に立つ器じゃないの。フーベルタがノヴィを引き抜かなければこんな事にはならなかったのよ。私ひとりじゃ無理なの……帰ってきてノヴィ……ついでにキッテルも……」
正座の痛みにハンナが体を震わせながら情けない泣き言を口にする。
「そのフーベルタからだ。そちらで扶桑の腕利きを世話しているようだが、503への口利きを頼めないかとのことだ」
「ああもう……くたばれ痴れ者って返してください」
「他にも502、スオムスのカウハバからも問い合わせが来ていたが」
「うちは斡旋所じゃないの。無視してください。後フーベルタにはノヴィとキッテルを返せって付け加えておいてください」
一体どこからそういう情報を聞きつけてくるのか。今現在こちらの部隊の生命線に堂々と手を付けようとする姿勢は呆れを通り越して畏敬の念すら覚える。
こちらから言わせればエースをかき集めるのは結構だがそれに見合った活躍がもっと出来ないのかと問いただしたくなる。
「それと、つい今501から問い合わせあったのだが……」
「……ミーナ中佐なら特に問題は無いでしょう。グンデュラとか、フーベルタと違って」
保留にしていた電話をアンジェラが持ってくる。どさくさに紛れて立ちあがろうとするも、床に直接それを置かれては立ちあがれない。
憎々し気にアンジェラを見上げるが意に介した様子もない。
仕方ないので正座を続行したまま受話器に耳を当てる。
「お待たせしました。フィリーネです。お久しぶりです、ミーナ」
『ええ、久しぶりね、フィリーネ』
聞くものを落ち着かせるような優しい声が耳をくすぐる。
『色々と大変な事になっているようだけど、大丈夫?落ち着いたらまた一緒に買い物に行きたいわね。貴女が教えてくれたお店はどこも素敵だったから』
とんとんと受話器を指先で叩きながら、思わずハンナはほっとしたような顔を浮かべる。
「是非。私もミーナ中佐と出かけているときが唯一心が休まる時間ですから。それより、ミーナ……」
『そっちも大変みたいね』
とんとん。とん。
声と共に受話器を叩く音。
「……ええ『ブティック』に『買い物』に行く暇もありません。『ルイ・ヴィトン』の新作の『カタログ』を毎日見てます。どれも『素敵』ですけど、少し値段が『高』くて『手が届かない』物ばかりですね」
『そうね。少し値段が『高い』わね』
とん、とん。とハンナが受話器を叩きながら返事をかえす。アンジェラが差し出したペンと紙を受け取りながら、楽しそうに笑い声をあげて見せる。
『『ブティック』はどこの『町』だったかしら』
「『パリ』です。『ロンドン』ほどじゃないですけど、少し『遠い』です。休暇を取って尋ねてみたいですが、忙しくてとても行く暇がありません」
『そうね、流石に『ロンドン』は『遠い』わね。どこの通りだったかしら。確か、シャンゼリゼ通りの『右』の方だった気が……』
「そうそう、たしか『右』の方ですね。一緒に立ち寄った『カフェ』の『近く』で……」
「『そんなに近』かったかしら。結構『離れ』ていたような気もするけど」
「少し歩きましたね。でもそんなに」
とんとん、とんとハンナが受話器を叩く。
「離れて無かったはずですよ」
ふぅ、と息を吐き、書きなぐったメモをすぐ脇に控えていた通信兵にそれを渡す。
それを受け取った通信兵が音を立てずに部屋を立ち去る。
「そういえば、あの時買ったスーツケース、ついさっき忘れてきてしまったんですよ」
『どこに?』
「ディジョン基地……506です」
『え?何してるの貴女?』
「うちの部隊の増援がロンドンで足止めを受けていまして。打ち合わせにロンドンに向かったのですが、偶然エンジントラブルが起こってしまって、たまたま最寄りのディジョン基地に立ち寄ったんです」
『相変わらず少し抜けているところがあるわね。それさえなければトゥルーデやフラウを超えるようなエースになれるのに』
「面目ないです。ああ、それで、折角なので向うの隊長さんと少し話をしてきました。流石に少し危機感を抱いたみたいですね」
『……ふふ、心配しなくても上手くやってるみたいね。それじゃあ、少し事態は好転するかしら』
とんとんとんと受話器を叩きながらのミーナの言葉にハンナが頷く。
「それを願ってます」
頼りになる先輩の心遣いに胸を打たれながら電話を切ろうとしたその時。
『……そうそう、それともう一つ。美緒……うちの坂本少佐から聞いたのだけど、今あなたの部隊に若本徹……』
「失礼します」
がちゃん、とハンナは電話を切った。
「あ、あら?」
突然切られた電話に目を丸くするミーナ。
「……美緒の親友だって聞いたから、少し様子を尋ねたかったのに」
裏で暗躍しているかつての同僚のせいで後輩が疑心暗鬼に陥っているとなど露知らず、ミーナが首を傾げた。
「……もういいかしら、アンジェラ」
一方ハンナは、しびれる足を摩りながらアンジェラを見上げる。
「10分は経過したな。よし、崩していいぞ、ハンナ」
「はぁ……」
ほっとした顔で足を伸ばすハンナ。
「きな臭い話だ。私ではとてもじゃないが対応できない」
騎士の末裔の家系である事を自称しそれを何よりもの誇りだと思っており、本人も騎士道精神の塊のような少女の言葉にハンナが口を開く。
「私だってこういうのは好きじゃないです。今の話を聞く限り、ガリアもブリタニアも一枚岩じゃないって事ですね……困りました」
痺れた足を揉みながら、ハンナが形の良い眉を顰める。
「で、どうする?」
「今現在、私達はガリア南部の守りの要といっても過言ではないですから、ミーナの言っていた『パリの右』もすぐに行動を移すことは難しいでしょう……アンジェラ、ネウロイの出現位置の特定は出来そうですか?」
「大体の位置は把握している」
アンジェラの答えにハンナが頷く。
「敵はネウロイ、お偉方、それに時間ですか……後は、そうですね……」
目の前にある電話を見つめ、ハンナがため息をつく。
「やっぱり正座は止めませんか?終わってもしばらく立てそうにありません」
同時刻。
「……ラヴァル、一体これはどういうことだ?」
パリ郊外の屋敷を尋ねるなり、男は開口一番そう尋ねた。
「随分不躾ですな。ビゼー少将。パリジャンは常に優雅でなくては。それとも、先の解放戦でカールスラントの悪い影響でも受けましたかな?」
応接間に通されたビゼーと呼ばれた壮年の男は、ラヴァルが勧めたソファに座らず、代わりに机の上に書類の束を投げつけた。ウィッチへの理解を示す制服組のトップの手に、とあるルートから届いたものだ。
「JG54の救援および一部補給物資の要請、補充人員の受け入れ、近隣部隊への応援要請。全て1週間以上前から申請が続いているものだ。何故、私の前で握りつぶした?」
「何故私がそのような事を出来ると?私は一介の政治家ですぞ」
「書類を操作していた者が全て自白した。他の息のかかった者たちも、あぶりだされるのは時間の問題だ」
ほぅ、とラヴァルが首を傾げる。しらを切るような態度に、ビゼーが口を開きかけた瞬間。
「そうですな。私は関わってはいないですが、敢えて言うなら、必要ないからでは?」
平然とそう答えると、ソファの上のシガーケースから葉巻を一本取り出した。
「何?」
「JG54……でしたかな?彼のリヨンを占領したままのカールスラントのウィッチ部隊は。かの部隊ではまだ殉職者はおろか、重傷者すら出ていないそうではないですか。今の戦力で十分であれば、それ以上の増援など不要では?」
高級そうな葉巻を切り、マッチで火をつける。
「占領ではない、駐屯だ。戦場も知らぬ貴様には解らんかもしれんが、殉職者が出ていないとはいえ、補給が無ければやがて兵もウィッチも摩耗する。祖国を守るために戦っているものを貴様は見殺しにするつもりか?」
「祖国を?」
その言葉にくっくっ、とラヴァルが笑みを浮かべる。
「何が可笑しい!?」
「いえ、それならば猶更ガリア軍が守るべきものでしょう。他国の、それもカールスラントのウィッチ達に任せ、後方で震えているとはガリア軍の名折れではないですか」
「黙れ!!」
ビゼーが怒鳴る。
「わが軍にどれだけの力があるのか知っているのか?そうしたいのは山々だ。だが、現状でそれが適わぬからこそ、我が国を守る少女達に協力をせねばならんのだ!!何故それが解らん!?」
「506で十分でしょう。その為に創設するのですから」
「出来てもいない部隊より、今戦っているものが重要だ!!現にネウロイは我が国に侵攻してきているのだぞ!?」
それでもラヴァルは笑みを崩さない。ぎり、と拳を震わせるが、暖簾を押すだけのような問答をこれ以上長引かせるつもりはなかった。
「……ド・ゴールにこの事は伝えさせてもらう。それまで貴様にはしばらく大人しくしていてもらおうか」
その言葉と共に、数名の少女が部屋に入ってくる。ガリア空軍の制服を着た少女達に取り囲まれても、ラヴァルは驚いた風もなくビゼーを見返した。
「素晴らしい。ガリアにもこれだけのウィッチがいれば、猶更カールスラントの部隊など必用なく感じますな」
「その口、二度と叩けんようにしてやる……連れていけ」
ビゼーが言い放つ。
だが、次の瞬間。
少女達が抜いた銃口は、ラヴァルではなく。一斉にビゼーに向けられた。
「な……?」
「どうやら君は勘違いをしているようだね、ビゼー少将」
葉巻を口につけ、ラヴァルが笑みを浮かべる。
「先ず第一に、この子たちはウィッチではない。今頃彼女たちはブリタニアで久々の休暇を満喫しているだろうね。そして第二に、君の行おうとしている調査はいつまでたっても行われない。君が動くことは、とうの前から私も知っている事だからね。そして、第三に……」
ラヴァルが三本目の指を立てるのと同時に、少女達が一斉に弾き金を引いた。
「……二度と口を聞けなくなるのは、君の方だよ」
血塗れになり、その場にどさりと倒れたビゼーを見下ろし、ラヴァルは口から紫煙を吐き出した。
「……早く『これ』を片付けてくれないか。サボネリーの絨毯が汚れてしまう。後、『教授』には礼を言っておいてくれ」
そして、最後に一言。
「……ガリア、我が喜び……」
「ガリア、我が喜び」
少女達も一言呟いて動き出した。