チリチリするの   作:鳩屋

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13.ナイトレイド

「しっかし、レーダーも夜間視も無しによく飛べるよね。怖くないの?」

 

 夜間哨戒に備え、明かりが落とされた薄暗い搭乗員室中で、アルマの問いに信乃が肩をすくめる。

「怖いに決まってます」

 ありゃ、とアルマが首を傾げる。思っていた答えと違うからだ。

「でも、怖いからって戦えない訳じゃないですから」

 そう言って信乃がカードを一気に4枚捨て、新しくカードを取る。ほぅ、と笑みを浮かべる。

「どうする?上がる?降りる?」

「こっちも、戦えない訳じゃありません。上がります」

「そっか。じゃあ私も」

 そういって互いにカードを見せ合う。

「スリーカード」

「残念、ツーペアだ」

 先程奪い取ったコーラを返しながら、アルマがカードをまとめて再度シャッフルする。ここ数日、夜の間はずっと薄暗い搭乗員室でアルマと当直任務にあたっている。カードゲームをしながら、ぽつりぽつりと話をするうちに、信乃もこの見た目は金髪碧眼のお嬢様、中身はやんちゃな問題児であるアルマの人となりが何となくわかってきた。

 ナイトウィッチとしては新人だが、元々JG54に長年在籍し、ハンナ・フィリーネ大尉の下、それなりの戦果を挙げてきた事。色々と問題を起こしてはハンナに迷惑をかけてきた事。それでも彼女を尊敬し、再度同じ基地に配属された事を少なからず誇りにおもっている事、ハンネ・A・ハーンとは同期で、昔の彼女はもっと粗暴な性格だった事。ナイトウィッチの訓練を受けるにあたり、部隊から離れる事に少なからず葛藤があった事、そして、今自分が部隊により貢献できるようになったことを誇らしく思う事など。

 そして彼女もまた、信乃の事をよく知るようになってきていた。

「シノの固有魔法だっけ?その、皮膚を通して伝わる独特な感覚によって感知される痛覚に限定された未来予知……とかいう」

「チリチリです……よくそこまで覚えましたね」

「だってチリチリって……本当にそんな名前なの?」

「残念ながら、本当です。最新版の世界魔女固有魔法辞典にも記載されました。多分世界一間抜けな名前の固有魔法ですよ」

 配られたカードを見て信乃が笑みを飲み込む。スペードとダイヤのクイーン、ジョーカーが一枚。残りの二つは数字は10と8で両方スペード。フルハウスか、ストレートか。フラッシュか、或いはフォーカード、より取り見取りだ。

「最初はいい名前を考えようとしたんですけど、前例のない固有魔法だって事と、説明が難しい能力だったので、結局あたしが『撃たれそうな場所がチリチリするんです』っていったからチリチリになりました」

「……凄いけど、可哀想……」

 阿保みたいな名前もそうだが、戦場で常にそんな感覚に晒されるというのはたまったものではないだろう。そんな能力、自分だったら気持ち悪さと恐怖でパニックに陥る自信がある。

 アルマがカードを捨てる。一気に3枚。勝ちはほぼ確定だが、それを知ったアルマに抜けられては意味が無い。一枚だけ切ったら間違いなく向うは降りる。

「便利ですよ?夜で相手が見えなくても、相手がどこを狙っているのかだけはしっかり解りますから」

 それがあるからこそ、速成であるが夜間哨戒の訓練も受けたのだ。出来る事は多いに越したことは無い。

 10と8を切り、カードをめくり落胆する。8と3。なまじフルハウスの可能性があっただけ後悔が大きい。

「それって、こういう場面でもいかせるの?」

「それが出来たら、今頃アルマの懐の物を全部巻き上げてますよ」

 違いない、とアルマが笑う。流石の固有魔法でも懐の痛みまでは予知できない。

「さて、今度はどうする?」

「……降ります」

 信乃が肩をすくめてカードを見せる。

「残念だったね」

 そういってアルマがカードを放り出す。ブタだった。

「連勝にはならなかったね」

「負けなければいいんですよ」

 そう言って今度は信乃がカードを切る。アルマに鍛えられたお蔭で、大分いい勝負が出来るようになってきた。最も、アルマ曰く、弱い奴から巻き上げるのは好みじゃないという事で、多少は手加減をしてもらってはいるが。

「……信乃は強いね」

 一瞬だけ、思わぬ言葉にカードを切る手が止まる。カードの事かと思ったが、声色からそれは違うと察した。

「弱いですよ。空に上がるときはいつでも怖いですから」

 忌々しい固有魔法のせいでいつでも恐怖に晒され続ける空は嫌いだ。そして、そんな臆病な自分はもっと嫌いだ。

「でも、上がるんでしょ?」

 信乃が配ったカードを受け取り、アルマが答える。

 夜間搭乗員、ナイトウィッチの間には奇妙な連帯感やコミュニティが生まれるというのは何となくわかる気がする。暗闇の中の心細さの中では、人は自然と他人の温もりを求めるものだ。

 アルマともそうだ。たった一週間で、ここまで赤裸々に自分の気持ちを曝け出すことになるとは思ってもみなかった。

 アルマがカードを切る。一枚。

 信乃もカードを切る。二枚。

「……どうする?」

「……それはもちろん……」

 信乃が口を開きかけた瞬間、薄暗い搭乗員室にサイレンが響き渡った。

「上がりますよ」

 カードを放り投げ、立ちあがる信乃。

「うん、じゃあ私も上がろうかな」

 アルマもカードを投げ捨て、信乃の後を追った。

 

 灯火管制でぎりぎりまで灯りの落とされた深夜のハンガーは、それでもスクランブルにそなえて騒がしい声に包まれていた。

「お疲れ様です、萩谷准尉」

 当直に当たっていた若い整備兵が信乃の姿を認めねぎらいの言葉をかける。

「そっちも、ご苦労様です」

 言いながらユニットに飛び乗る。

「あの……言われた通りに用意したんですけど、大丈夫ですか?」

「夜間なら旋回性よりも火力ですから」

 そう言い放ち、アルマの予備のフリーガーハマーを担ぐ。ナイトウィッチの真似事は出来ないが、アルマの火力の足しにはこっちの方がいい。

 取まわしに難はあると言えど、重量自体は大したことが無いうえ、夜の空で機動性は求められない。最悪捨ててしまえばアルマをかかえて離脱する事くらい容易いことだ。それに、フリーガーハマーの予備はアルマ一人では持て余すぐらいには残っている。20mmを強奪された以上、こっちの方が夜の空には最適解だ。

「マジで持ってくんだ。使った事あるの?」

「無いです」

 信乃はきっぱりと言い切った。

「誘導、索敵、照準、全部アルマに任せます。あたしはアルマに合わせてこいつを撃ったら離脱しますから、後はアルマがどうにかしてください」

カールスラントの夜戦主力ユニット、Ju88Gに足を通したアルマにそういうと信乃は誘導に従い滑走路へと向かう。

 逆に言うとそれしか自分が夜間で役に立つ手段は存在しないのだ。最初に出会った時、アルマは夜間戦闘は初めてだと言ったが、その緒戦で敵を見つけ、攻撃し、撃破した。自分がついて行っても手伝えるのはせいぜい火力の後押しで、後は正直足手まとい以外の何物でもない。

 フリーガーハマーを放ったら固有魔法を生かして逃げ回り、上手くいけばアルマの楯くらいにはなれるかもしれない。それ以上の事が出来ると思えるほど自惚れてはいない。

「格好いいね、信乃」

「茶化さないでください」

「本気だよ」

 アルマがそう言ってウインクする。

 夜間灯火の発煙筒が並ぶ滑走路に並び立ち、信乃が尋ねる。

「そういえば、さっきのカード、アルマは?」

「スペードのフラッシュ。帰ったらコーラ貰うからね」

「それは残念ですね」

 先に離陸体勢に入ったアルマを追いながら信乃が勝ち誇ったように笑みを浮かべる。

「あたしはファイブカードです」

 最後の最後でまさかのジョーカー二枚。唖然とするアルマが空へと消えていき、その後を信乃が追う。

 暗闇の中、ユニットが発する小さな光はあっという間に夜の闇に飲まれていった。

 アルマが先行し、信乃がその後を続いて行く。

 幸いにして雲が少ないが、三日月の照らす空は満月の時に比べてやや薄暗い。この前は曇り空で、空と地上の区別がつかない程だったので、まだマシな方ではあるが。

「信乃、ついてきてる?」

「何とか」

 Ju88Gに比べ、高高度性能、上昇性能共に非力な零式でアルマの後を追う信乃。

「見失ったらすぐ引き返してね。探してる余裕なんてないよ」

 その間にもアルマは同時に魔導針を展開。アルマの探索魔法の範囲や精度は、レーダーを介しても熟達したナイトウィッチに比べてはるかに精度も低く、探索距離も短い。これは元々の探索魔法が弱かったり、或いは魔導針の扱いになれていなかったりと要因は一つではない。

 だが、それでも夜間飛行に熟達した普通のウィッチに比べたとしても、ずっと早く正確に周囲の状況を把握できる。

 何しろナイトウィッチでなければ、自分の正確な位置を把握するために星の位置や飛行時間など様々な要素を計算して割り出さなくてはいけない。戦闘行動中でもそれを怠れば、例え相手を撃墜してもその後基地にたどり着く事が困難になるからだ。それだけを考えても、速成であれナイトウィッチがいるのといないのでは、2,3人のエースウィッチがいるかいないかくらいの違いがある。

 アルマは頭の中に叩き込んだリヨン基地周辺地図と魔導針を介した魔法探査で検知できる周囲の地形を照らし合わせる事で瞬時に把握できる。

 索敵班から受けたネウロイの予想針路から最適な位置を割り出しながら移動。敵ネウロイが予想針路から外れていない事を魔導針で確認し、狙撃位置で停止する。

「フリーガーハマーだけじゃなく、メルスも借りてくればよかったですね」

「次からそうしなよ。私の予備があるはずだから」

 空中に静止したアルマの隣につけた信乃の言葉にアルマが苦笑して答える。

「さて、信乃、準備はいい?」

 そう言いながらアルマがフリーガーハマーを構える。

「私が先に撃つから、信乃は一発目が着弾したらその少し手前へ向けて。この暗さで狙える?」

「無理ですね」

「素直で結構。じゃあ、そのまま構えてて。もし私が外したら、敵が見えるまで引きつけてから撃って」

「努力します」

「解った。私が撃ち終わったらそっちのハマーと交換。それでいこう」

「そうしてください」

 凄い。あたし、何の役ににも立ってない。

「予備のフリーガーハマーを運んでくれただけでも感謝してるよ」

「……気を使われると余計に辛いです」

「格好いいよ、信乃」

「あ、からかわれてたんですね、あたし」

 慣れない夜間飛行にもマイペースな信乃の言葉に肩の力が抜けたのか、アルマが笑みを浮かべる。

「それじゃあ、いくよ……」

 言いかけて、ふとアルマが眉を顰める。

 魔導針から探査魔法を再度放ち、首を傾げる。

「どうしたんですか、アルマ」

 信乃の問いには答えず、アルマは耳元の魔導無線に手を当てる。

「コントロール、ネウロイの反応が消えた、そっちで確認できる?」

『いえ……反応消失。中尉が落としたのではないのですか?』

「違う。よく探して」

 アルマと信乃の顔に緊張が走る。レーダーからも探査魔法からも姿を隠すことが出来るネウロイなど聞いたことが無い。もしいるとすれば、夜間戦闘の根底を覆す最悪の新種が現れた事を意味する。

『こちら管制。矢張りネウロイの反応確認できません。これは……気を付けてください、中尉』

 緊張した声が帰ってくる。ナイトウィッチの探索魔法を逃れる術を持ったネウロイ。そんなものがいれば人類の夜戦の根底が覆る。

「……信乃、ハマーを私に。そして今すぐこの場から離れて基地に戻って。コントロール、もし私の通信が途絶えたら、基地に緊急事態警報を出して」

 今までとは打って変わった緊張した声色だ。それだけで事態の重さは押して計れる。

「アルマ、あたしの固有魔法なら視界に関係なく攻撃を察知できます。あたしの後ろに下がって、ネウロイを探すことに集中してください」

 フリーガーハマーを渡しながら、信乃がアルマの前に出る。この位置なら固有魔法で敵の攻撃をシールドで防げるはずだ。

「仲間を楯になんかできないよ」

「アルマ一人で残るよりは生存率が上がります、早く!!」

 信乃の言葉にぐっ、と言葉を飲み込み、再度探査魔法を放つ。一刻も早く、ネウロイを見つけなければ。

「……反応、見つけた。だけど、遠い」

 そういうと、アルマがフリーガーハマーを構えなおす。先程よりも小さく、より離れたところだが、確かに飛行する物体の反応があった。

「いきましょう、アルマ」

「遅れても探さないよ、信乃」

 信乃とアルマが手を伸ばせば体が触れ合うほどの至近距離を保ちながら反応のある方角へと向かう。出来る限り近づかなければ、信乃の固有魔法の有効範囲でアルマを守る事は出来ない。緊張感の漂う中、互いの吐息すら感じられる距離を保ち夜の空を駆ける。

「信乃、相手はこちらに向かって飛んできてる。あと5……いや、3キロでフリーガーハマーの射程範囲に入るから。防御、お願い」

 アルマがそう言いながら二丁のフリーガーハマーを構える。

 信乃は固有魔法で少しでも攻撃の予兆を察知したら、安全範囲までアルマを移動させなくてはいけない。信乃が気にするのは攻撃する対象ではなく、どうやって逃げるか。シールドを張るか、アルマを引っ張って急降下するか、或いは突き飛ばすか。相手の攻撃によって瞬時に自分とアルマの退避先を決めなくてはいけない。役目は重大だ。

射程範囲まであと1キロ。二人の緊張感が最高潮に達しようとした次の瞬間。

『……て……だ……い……って、うた……で……』

 魔導通信のオープンチャンネルにノイズと、その合間を縫うように聞こえる女性のような声。

 聞き違いかと思ったが、射程範囲に近づくにつれ、その声は鮮明さを増していく。

『……ちら……06所ぞ……ファー……ブランク……味方・・撃たないでくだ……い』

「アルマ!!射撃中止です!!」

 徐々に鮮明になっていく『聞き覚えのある声』に、信乃が両腕を広げて背後のアルマに叫ぶ。

「っ!?」

 弾き金を引く手を止め、アルマも顔を上げる。

 遥か遠くで一定の感覚で点滅する白い光がアルマの目にも見えた。ストライカーユニットのストロボライトだ。

 夜戦時には消灯しているはずのそれが点滅しているという事は、すなわちこの空域で戦闘は行われていないという事だ。そして、探査魔法の反応も、その光を放つ先にある。

「……こちらカールスラント空軍JG54『グリュンヘルツ』第一航空隊所属、アルマ・ブレヴィス中尉。そちらの所属を問う」

 アルマの魔導無線に、聞き覚えのある声が信乃の耳に飛び込んでくる。

『ああ、よかった。通じたんですね。こちらは第506統合戦闘航空隊『ノーブルウィッチーズ』B部隊、ジェニファー・J・デ・ブランク大尉です。当空域においてネウロイの撃墜を完了しました。戦闘行動を中止して合流してください』

 その言葉に思わず信乃が目を丸くして叫ぶ。

「ジェニファー!?どうしてここに!?」

『え、その声……もしかして萩谷さんですか?』

 向うもからも驚いたような声が帰ってくる。

「え?知り合い?」

 アルマの問いに信乃が答える。

「はい……今日知り合ったばかりですが」

 

 

 自機の位置を知らせるナビゲーションライトとストロボライトを付けたアルマと信乃の元に、リベリオンのF6Fを履いたジェニファーが近づいてくる。

「ジェニファー、ナイトウィッチだったんですか?」

「いえ、速成訓練は受けましたけど。幸い、うちの基地には夜間哨戒用のレーダーがあるから、何とか真似事が出来ているだけです」

そういって謙遜するジェニファー。

 だが、この戦闘をきっかけに彼女は夜間飛行の適性を認められ、後に正式に夜間戦闘脚F7F-3Nを受領して506のBチームの夜の要を担う事になる事になるのだが、その事は今の彼女が知る由もない。

「それでも凄いですよ。あたしも速成訓練を受けたけど、夜に一人で飛ぶ自信はないですよ」

 信乃が感心したように呟く。

「だ、だからそれはレーダーのお蔭です……」

 褒められることになれていないのか、顔を赤くして照れたようにジェニファーが呟く。

「積もる話があるみたいだけど、それより……ええと、ブランク大尉?」

 アルマが口を開く。

「あ、はい」

「ここからだとディジョン基地まで結構距離があるけど、どうする?一旦うちの基地で補給してく?」

 その言葉にジェニファーが首を振る。

「有り難い申し出ですが、まだ燃料は持ちそうです」

 リベリオン海兵隊の最新機材、F6Fは元々広い太平洋の上を長時間飛行することに耐えられるだけの航続性能を課せられた機体だ。零式までとはいかないまでも、カールスラントのユニットと比べれば段違いの距離を飛ぶことが出来る。

「そっか、残念。これで一勝負でもしたかったんだけど」

 そういうとアルマがカードを切る仕草をして見せる。

「機会があれば是非お願いします。ブレヴィス中尉」

 差し出された右手を握り返してジェニファーがほほ笑む。

「あと、それともう一つ聞きたいんだけど、いいかな?」

「何ですか?」

「どうして今回、ネウロイを捕捉できたのかな?」

「ああ、それは、今日から夜間哨戒のルートが変更になったんです。東方向の探索範囲を国境付近までひろげて重点的に哨戒するようにと……まさかいきなりネウロイを見つけることになるとは思いませんでしたが……」

「ふぅん……」

 アルマが含みのある表情を浮かべる。

「……じゃあ、このあたりにネウロイが頻出しているって報告は?」

「え……?」

 その言葉にジェニファーの瞳が驚いたように見開かれる。

「聞いてないんだね、やっぱり」

「どういう事ですか?そんな報告、こちらには一切……」

「言葉通りの意味だよ。最近ずっとリヨン方面へのネウロイの侵攻が続いている。届いていないという事は、こっちの基地からの報告がどこかで途切れているという事。おかしいと思わない?こんな近くなのに」

 アルマの言葉に少なからずショックを受けた様子のジェニファー。

 ガリアの防衛にあたるはずの自分たちのすぐ脇をネウロイが悠々とすりぬけていたなどと、想像だにしていなかったに違いない。それは、ショックを通り越して、ウィッチにとって屈辱に近い。

「アルマ、余計な事は言わなくても……」

 信乃が横から口を開く。

「余計な事じゃないよ。ずっとこっちはそのせいで貧乏くじを引いてたんだから。信乃は悔しくないの?」

「それを今ジェニファーに言う必要は……」

 そう言いながら信乃はふと、徹子の言葉を思い出していた。

 

 余計な推察は戦いの目を曇らせる。オレ達は目の前の敵に専念すればいい。

 

 その通りだ。徹子のいう事は正しいと思う。

 

 だけど。

 

「……確かに、悔しくない訳じゃないです。でも、506に報告が届く前に、誰かが握りつぶしていたとしても、今こうやってジェニファーが動いたって事は、きっとハンナ……フィリーネ司令や506の隊長さんのお蔭だと思うんです。だから……」

 だが、今まさに、信乃はその余計な推察をしている。

 だけど。ああ、ダメだ。上手く説明できない。

 自分が見てきたことから想像した事の域での話で、ひょっとしたらとんでもない間違いを犯しているのかもしれない。

 だけど。

「でも、アルマや、リヨン基地の皆と同じように、ジェニファーも、マリアンも、カーラも、皆、いい人たちだと思いますから。そんな人たちが、何か知ってたら、きっとすぐに動いてくれるはずですから……今はあたしたちが何か言うべきじゃないと思うんです」

「新兵みたいなもの言いだね」

 アルマが肩をすくめる。

「でも・・・」

 アルマの言う通りだ。何を言っているのだろう、自分は。

 そんな事が言いたいわけじゃない。だけど、言いたいことが言葉に出来ない。

「……萩谷さん。ブレヴィス中尉」

 そんな二人の会話に割って入るように、ジェニファーが口を開いた。

「私、戻ったらこの件を隊長に聞いてみます」

 それまで黙っていたジェニファーが呟く。

「もし本当なら、放ってはおけません。お二人に……いいえ、リヨン基地の人たちに対して、これで罪滅ぼしになるとは思いませんが、それでも……」

「……自分で焚きつけておいてなんだけど、やめといたほうが良いよ。感情で動いたところでブランク大尉の立場が危うくなるだけだし」

「あたしもそう思う。無茶はしないでください、ジェニファー」

 信乃がアルマの言葉に頷く。

「でも……」

 ジェニファーなりに責任を感じているのだろう。

 優しい人だという事は、アルマにもわかる。嫌というくらいに。

「はあ、信乃といいあんたといい、うちの奴らといい……」

 頭を掻いてアルマが肩をすくめる。

「相談するなら信乃の言う『いい人たち』としたほうがいいよ。今日みたいに『たまたま』索敵範囲を広げてくれれば解る事だしね」

「それでも……それだけじゃ、何も変わらないじゃないですか。ネウロイを目の前にして上がこんな状況では……」

 どうやら優しいだけじゃなくて潔癖な所もあるようだ。

「私が言いたいのは、国やお偉いさんの考えを変える事なんて私達に出来る事じゃないけど、命令を逸脱しない範囲で最善を尽くす事くらいは出来る……って事だよ」

「そう、それです、それ!!」

 腑に落ちたような顔で信乃が口を開いた。突然の大声に、ジェニファーがびくりと顔を上げ、アルマもぎょっとしたように信乃を見た。

「そういう事ですよジェニファー!!あたしが言いたかったのは!!」

「調子いいな!?」

 思わずアルマが突っ込むが、信乃は気にした様子もない。

 徹子に言われた事、自分なりに解ってても言葉に出来なかった事が今ようやく解ったような気がした。

 余計な推察も下衆な勘繰りも必要ない。あたしに出来る事は、つまりそういう事なのだ。

「ねえ、アルマ。今の言葉、今度あたしも使っていいですか?」

「止めてよ恥ずかしい!!」

 ぽかん、としていたジェニファーがやがてくすくすと笑いだす。

「……やっぱり変わった人ですね、萩谷さんって」

「あたし的は変な人たちに囲まれた常識人的な立場だと思っているんですけど」

「えぇ?マジ?そんな風に思ってたの?」

 毒気を根こそぎひっこ抜かれ、最早呆れしか残っていない口調でアルマが呟く。

「‥‥…ありがとうございます、萩谷さん」

「気にしないでください、ジェニファー。あたしは何もしてないですから」

「うん。今回ばかりは本当に何もしてなかったね」

「……少しは褒めてください、アルマ。あたし、褒められて伸びるタイプなんです」

「ブレヴィス中尉」

 ジェニファーが口を開く。

「506は……いいえ、私達リベリオン海兵隊は、欧州を守るためにここまで来たんです。私もマリアンも……それに、カーラや隊長も、皆、欧州の為にそれぞれ戦ってきました。そして、これからもこの506でそうするつもりです。いえ、そうさせてください」

 ジェニファーの真っ直ぐな瞳と、アルマの視線が交錯する。

 先に折れたのはアルマだった。

「……さっき言った事は取り消すよ」

 ふぅ、とため息をつくアルマ。

「どうやら、貧乏くじを引かされていたのは私達だけじゃなかったみたいだね。今までの分、一緒に戦おう。ブランク大尉」

「ジェニファーでいいです……ありがとう、ブレヴィス中尉」

「アルマで。シノですら私を呼び捨てにしてるんだから、上官の貴女に堅苦しく呼ばれる必要はないよ、ジェニファー」

「……ありがとう、アルマ」

 そういって、二人は再度握手を交わした。

 

 その時、二人は気が付かなかった。

 

 読闇に紛れ、地上からその様子を望遠レンズで眺めているものがいたことに。

「成程。普段とは違う哨戒ルートを取っていたのはこういう訳だったか」

 ぽつり、と呟いた声は女性の物だった。

「『教授』、『お嬢様』が奴らと接触した。地点は……」

 無線に向かい、手早く現在位置を伝える。しばらくした後、無線から男の声が響いた。

『……ほう。早速手を打ったか。思いの他動きが早い』

 まるで相手がチェスの妙手を打ったかのような、驚きの中にも何処か愉快さすら含んだような声だ。

『あのカールスラントの小娘、ただのお飾りだと思っていたが、中々どうして、食わせ物じゃないか』

 ふふ、と無線の向う向うで男が笑みを漏らす。

「手を打ちますか?」

『まだ泳がせておけ。利用できるうちは利用しない手はない』

「了か……っ!?」

 通信を取りながら再度望遠レンズを覗き込んだ女が思わず息を飲む。

 二人から少し離れたところにたたずんでいた扶桑の少女と目が合う。

 否。目が合うように感じただけだ。数百メートルも離れている上、夜闇の森の中。夜間視の魔眼を持っていたとしても、気配を殺す訓練を積んだ『彼女』が見つかるはずはない。

 だが、扶桑の少女は尚も真っ直ぐにこちらを見ている。偶然とは思えない。

『どうした?』

「あの扶桑の‥‥…すみません、見つかったかもしれません」

 音をたてぬようにしてゆっくりとその場から後ずさる。

 数十メートル程移動し、再び望遠レンズへ目を通す。どうやら少女は尚も先程『彼女』がいた辺りに目を向けているようだ。移動した事は気づかれていない。

小さく息を吐く。

「いえ……気のせいだったようです」

『お前をこんなところで失う訳にはいかん。これ以上の偵察は切り上げ、早急に帰投しろ』

「了解しました……ガリア、我が喜び」

『ガリア、我が喜び』

 無線が切れる。なおも少女はこちらの付近を見つめていたが、仲間であろうナイトウィッチの少女に促され、その空域を離れていった。

 

 

「どうしたのさ、信乃」

 帰りの道すがら、アルマが尋ねる。何か腑に落ちないという顔で後ろを何度も振り返る信乃が、首を傾げる。

「いえ、ちょっと気になって」

「何が?」

「さっきジェニファーと話していた時、一瞬体がチリっとしたような……」

「何だって?」

 思わずアルマが背後を振りかえる。もしネウロイが潜んでいたとしたら、夜闇に紛れて背後をつかれる可能性もあり得る。

「や、多分違いますよ。ネウロイのチリチリは、もっとこう、何ていうか、一点に集中しているっていうか、ちくっとするような、それでいてずっと続くような感じなんですけど、今のはこう、ふわっとしているというか、鈍い感じなんです。チリって感じというより、ビリっとした感じというか、ジリっとした感じというか……野生の動物とか……」

「違いが全然わからない」

「説明し辛いんです。まあ、多分、寝ぼけたフクロウが一瞬あたしたちを餌の鳥か何かと勘違いしたんじゃないですかね。そんな感じでした」

「そんなもんか?」

「そんなもんです」

 呑気な感じの信乃の言葉に、アルマが肩をすくめる。

 ある意味信乃の固有魔法は確かだった。相手がネウロイか否かは何度も戦ってきた経験からすぐに察知できるが、それ以外の殺気については余り区別がつかない。

 

 例え、それが命を取すような訓練と引き換えに得た、野生動物さながらの人間の放つ殺気だとしても。

 

 数刻の後、ウィッチ達が去った暗闇に、一機のストライカーユニットが姿を現す。

 

 国籍の無い漆黒のスピットファイアは夜闇に紛れ、リヨンでもディジョンでもない彼方へと消えていった。

 

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