チリチリするの   作:鳩屋

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16.嵐の前の

「若本だ。入るぞ」

 

 アンジェラからもらったワッフルの包みを手に司令室の扉を叩き、徹子が中へと入る。

「お疲れ様です。急にお呼びしてすみませんでした。若本中尉」

 そういってハンナが立ちあがる。立場上座ったままふんぞり返っていてもいいのだが、ハンナは部屋に誰かが来ると大抵こうやって自ら動いて出迎える事が多い。

 徹子にソファをすすめ、自ら炒れてあったコーヒーを二つカップに注ぎ、片方を徹子に差し出す。

「まずは扶桑からの補給、本当にありがとうございました。特に弾薬が不足しそうだったので、7.92mmを優先的に補給していただけたことにはなんとお礼を言っていいか分かりません」

「……喜んでもらえて幸いだぜ」

 新藤の嫌がらせも、この部隊にとっては降って沸いた恵みなのだ。

 ソファに腰掛け、苦いだけの代用コーヒーに口を付けながら徹子が答える。

「……不味いな」

 コーヒーは好きか嫌いかと言われればそう好きではない。まだ子供の頃に美緒達と一緒に陸さんから掠めてきたコーヒーメーカーで作ったコーヒーの苦かったこと。だが、年を経るにつれてそれなりにコーヒーの味も解ってきたつもりだ。

 それを踏まえてこれの味を敢えて言わせてもらう。

 普通に不味い。

「ええ。もう残っているのがこれしかないので」

 向かい合わせにソファに座り、カップに口を付けたハンナも同様に眉を顰める。

「……苦い。暖かいだけの泥水ですね。控えめに言って」

「……カールスラントからの補給が滞っているみたいだな」

「……申請は出してます。恐らく、今頃ガリア国境の基地にはリヨン基地あての補給品や人員があふれている事でしょう」

 そう言ってハンナが肩をすくめる。

「おかしな話だ。扶桑の補給部隊に対してもガリア政府は難色を示したと聞いたが……」

 こっそりと伊予が耳打ちしてくれた話を思い出しながら徹子が口を開く。

「それだけ、私達が邪魔なのでしょうね」

 ふざけた話です。ハンナはそういうと代用コーヒーを一口舐める。

「……やっぱり美味しくないですね、これ」

 肩をすくめてカップをテーブルに戻し、口直しとばかりに徹子がテーブルに置いた差し入れのワッフルに手を伸ばしながら口を開いた。

「……若本中尉は、今の現状をどう見ます?」

 ハンナの問いに、徹子が肩をすくめる。

「推察は好きじゃないが、今までの経験上からすれば、余り好ましいとは言えないな」

「……と、言うと?」

「戦闘面だけならば506と共闘をすることが出来て楽になっている。だが、それだけだ。奴らが動いたのは自発的なモノであって、上からの突き上げがあればいつ中止されるかもわからん。加えてこの部隊は相変わらず補給も増援もまともに受けられない。扶桑の補給にしても、オレとハギに対してという名目だしな。量はたかが知れている」

 このままではカールスラント側の物資が緩やかに尽きていく。幸いにして基地内には予備のユニットや弾薬類はそれなりに豊富だが、戦いが続く以上それらは無限ではない。

「……何より問題なのは、今の事態に、この基地の連中が『適応』してきている事だ」

「ええ。私もそう思います」

 ぱくり、とワッフルを一口食べてハンナが大きく頷く。

 目下のところ大きな危機を乗り越えた、という空気が基地内に蔓延している。何度か戦闘を重ねた自信も悪い意味でそれを助長している。

 現状は谷底に向かって一直線に伸びている線路を走る汽車の速度がややゆっくりになった程度なのだが、人は無意識のうちに自分は安全なのだと信じたがる。

 それはウィッチも政治家も同じ事だ。崖から落ちた経験が無ければ、それはわからない。

「ネウロイの侵攻があるという事は、その元があるという事です。それを断たない限り、いつ致命的な事態が起こるか分かりません」

「カールスラント人は勤勉だな。新人教育も出来たし、後は政治家が望むとおりにとっととここを引き払えばいいものを」

「ここがリヨンでなければそうしますよ」

 この基地が抜かれればリヨン市街、そして南部の港の要衝であるマルセイユは目と鼻の先だ。ガリア有数のこれらの都市には多くの人が暮らし、戦禍の復興の為日夜努力を続けている。

「私達が守っているのは人の命です。政治家や国の面子ではありません」

「最高のウィッチだな、ハンナは」

 皮肉でもなんでもなく、素直にそう思う。

「ありがとう。『扶桑最強のウィッチ』さん」

 ハンナの言葉に謙遜も否定もせず徹子が肩をすくめる。そう呼ばれたくて努力して、結果を出しただけの話だ。

「おだてても出るのは戦果ぐらいだ」

「じゃあ、もう少し出してもらってもいいですか」

 軽口を叩き合いながらハンナが手元に地図を差し出す。リヨン周辺には赤いペンでいくつもの線が引かれている。

「これは?」

「今までの空戦資料からのネウロイの飛行経路です」

そう言ってハンナが地図を指でなぞる。

「これらの線を辿っていくと、ほぼ全ての線が交わるであろう箇所が、このあたりです」

 その個所に、徹子が眉を顰める。

「……これが本当なら、早めに動く必要があるな」

「ええ。だから若本中尉に直接、尋ねたかったんです」

「何がだ。オレはまだ上がりを迎えるには早いぜ?」

「その事に関しては理解しています。むしろ……」

 そういうとハンナは徹子を見据えた。

「ハギさんは、『あの作戦』の後、偵察任務を行う事に支障が出ていますか?」

 その言葉に徹子がぴくり、と眉を動かす。

「……知ってたのか」

 苦いだけの代用コーヒーを啜り、徹子が呟く。

「ええ。私も『あの作戦』に参加していましたから。ただ、雰囲気は大分変っていたので、気が付いたのは、あの模擬戦の途中からですが」

 信乃の飛び方というのは独特だ。所謂飛行技術的で言えば特段優れているとは言えない。直感的だが天才的ではない。

 では、何が優れているかといえば、不器用ではあるが、生き残る為に何をすべきかという事が全てにおいて優先されている事だ。独特なシールドの活用法も、固有魔法を生かした回避方法も、本来であれば不利な下方からの打ち上げ攻撃も、誰かが教えたわけではない。生き残るために誰かがそうしているのを見て学び、そして独自に磨いて行ったものだ。

 信乃の飛び方は見るものが見ればすぐにわかる。歪だが洗練された、防御的なインファイター。矛盾を内包しながらそのまま個性として昇華された唯一無二の戦闘スタイルだ。

 カップを置いた徹子に対して、ハンナが口を開く。

「……あの子は今も、東部戦線の強襲偵察部隊……第3統合航空飛行隊の萩谷信乃准尉ですか?」

 タイフーン作戦、そして、バルバロッサ作戦。

 過酷な強行偵察に従事し、その適応能力で他のウィッチとは違う戦い方を確立した扶桑の少女の事を覚えているウィッチは決して少なくはない。ハンナもその一人だ。

 ハンナの言葉に徹子が息を吐く。

「……アイツ次第だ。アイツが無理だと言えば、オレはそうさせる。お前達が何と言おうと、あの時の二の舞だけは御免だからな」

「嫌と言わなければ?」

 ハンナの言葉に徹子が肩をすくめた。

「素直に成長を喜んでやるさ」

「もし私があなたの立場なら、そんな風に思えないと思います」

「いや、きっとそういうさ」

 ハンナの言葉に徹子が苦笑を浮かべる。

「あいつはああ見えて頑固だからな。誰かのいう事を素直に聞くような奴なら、とっくに飛ぶことを諦めているさ」

 

「それじゃあ、ハギちゃん。頑張ってくださいね」

「藤田中尉も。皆によろしく伝えてください」

 零式輸送機の脇で紫電改に足を通した伊予に信乃が答える。

「雷電と17式試は置いて行きますから、使えるようなら使ってください」

「そうですね……言われる程酷い機体じゃないですし、居場所がないのも可哀想ですし。まあ……仲間のよしみです。彼女はあたしが預かりますよ」

 伊予の言葉に信乃が肩をすくめる。

「あはっ、ハギちゃんらしいですね」

 ストライカーユニットを仲間と呼ぶ信乃の言葉に伊予が笑みを浮かべる。

「……あの、ハギちゃん、もし……」

 伊予が何かを言いかけて口を閉じる。

「藤田中尉」

 代わりに口を開いたのは信乃だった。

「ジェノヴァに戻ったら、皆で町に出て美味しいロマーニャの料理を食べましょう。もう芋とかソーセージとか、キャベツの酢漬けとかは食べ飽きました」

「……そうですね、そうしましょう」

 くすり、と優しそうな。そして、どこか寂しそうな笑みを浮かべ、伊予が答える。

「もし、可能なら……出来るなら私も一緒に残って……」

「輸送機の護衛がいなくなるじゃないですか。あたし達は大丈夫ですから、安心してください」

「……そうですね」

「あ。次の補給で20mmは忘れないでくださいよ。若にとられる前にあたしに回してくださいね」

「あはっ。了解」

 伊予が零式輸送艇に続いて滑走路を飛び立つ。

 

「……無事に帰ってきてね、ハギちゃん」

 そう言い残し、伊予が空へと消えていく。

 

「はあ……まったく、皆、心配性ですね」

 

 手を振りながら信乃が呟いた。

 そう、自分は大丈夫。

 皆のように強くなれなくても、自分の弱さを誰よりも知っているのだから。

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