ブリーフィングルームに集められたウィッチ達は皆一様に不思議そうな顔をしていた。
何しろ基本的にこのリヨン基地ではこういった改まった形での作戦の伝達はあまり行われない。
せいぜい朝の全体確認くらいで、その場その場の作戦伝達は直接ハンナが搭乗員室や談話室に出向いて行う事が多いくらいだ。
他人に対して上から出ようとしないハンナの人柄もあるし、そもそも基地自体が農家を改造した臨時施設であり、部隊全体が家族的な雰囲気だというのも影響しているのかもしれない。
「ねぇ、何だと思う?ベレーナ」
「何でしょうか、若本さん」
「何でもオレに聞くな」
ちゃっかりと徹子の隣の席を確保しているベレーナの問いに徹子が肩をすくめる。最近ベレーナは事あるごとに徹子と行動を共にしようとしている。食事中然り、談話室然り。娯楽室に誘いに来たことも一度や二度ではない。
「……随分若に懐きましたね、ベレーナ」
「嫉妬ですか?」
「は?あたしが?は?そんなわけないですし?若が誰と仲よくしようが知った事じゃないですし?」
ハンネの問いに信乃が答える。
「それを言うならハンネだってベレーナを取られて気にならないんですか?」
「あの子は元々惚れっぽい子ですよ。私の前はアンジェラ、その前にはノヴォトニー大尉の大ファンでしたから」
「……そうですか」
はぁー、と疲れた様にため息を吐き出す信乃。
「眠い」
「アンネもいるんだ、珍しいね」
ユーリの問いに隣に座ったアンネが肩をすくめる。
「全員呼集だからってたたき起こされた。まあ、ジェニファーがいるから寝不足でもどうにかなるだろうけどね……」
「総員、傾注」
ブリーフィングルームの扉が開き、アンジェラとハンナが部屋に入ってくる。アンジェラの慇懃な声に皆が一斉に立ち上がり敬礼を行う。
「着席」
席に座った皆を確認し、アンジェラがブリーフィングルームの壁に大きなリヨン周辺の地図を広げる。
「何?なんか重々しい雰囲気じゃない……?」
ぽつり、と小さな声が起こる。
「静かに」
言葉を遮ったのはハンナだった。思わず皆が背筋を伸ばす。その声は普段の優し気な物とは違う、真っ直ぐで強い声だった。
しん、と静まり返るブリーフィングルームに緊張感が漂う。いつもとは違う雰囲気の中、正面の机に立ったハンナが口を開いた。
「先ずはここ数日の作戦行動について皆に感謝を。皆の尽力のお蔭でネウロイに対する防衛網は盤石と言っていいでしょう」
普段よりも背筋を伸ばし、堂々とした態度で口を開くハンナには普段の気弱さや内気さは見られない。穏やかながら力強い声色に、皆が自然とハンナの言葉に耳を傾ける。
「……なので、次は今度はこちらから打って出る番です」
ざわ。とブリーフィングルームの緊張感が温度を増す。
「今までのネウロイの出現パターンを解析すると、ネウロイの出現予想位置はディジョン北東部でセダン基地の哨戒範囲が及ばない地域。それはこのガリアに置いてただ一つ」
地図の脇に控えるアンジェラの手で今まで侵攻してきたネウロイの針路が次々に書き込まれていく。そして、その進路から更に北へ、どのようなルートを辿りネウロイが防空圏内に来たのか。その予測ルートのほぼ全ての線が交わる『点』。
ハンナは手にした指揮棒で地図を叩いた。
「カールスラント国境の最東端、ジークフリートラインの内側です」
ジークフリートライン。カールスラントでかつてそう呼ばれ、ガリアではマジノ線とよばれている天然の要害を生かした長大な要塞群による防衛戦だ。
ハンナの言葉に皆が息を飲む。
かつてガリアがネウロイに蹂躙される直前、ネウロイの侵攻を食い止めるべくして作られた長大な要塞の列。しかし、ネウロイはベルギカを落としたままの勢いで北部から一気にガリアになだれ込んできた。人類史上類を見ない屈強な要塞群は、その実力を発揮することなく、その存在意義を失った。
だが、再びガリアを人類が奪還した現在、マジノ線は再び意味を持とうとしていた。
現在、セダン基地の506のA部隊がベルギカ方面への防衛ににらみを利かせており、その先ではカールスラントの侵攻部隊がカールスラント国境付近まで到達している。
一方東のカールスラント国境沿いは、未だにマジノ線が手つかずのままで残っている。ガリア東部の高山地域に残るネウロイの遺物……わずかに残ったブラウシュテルマーを完全に駆除した暁には、ガリアはそこに兵士を駐屯させ、カールスラント国境沿いの防衛に再活用するつもりらしい。
だが。もしその内側。ネウロイの物でも、人類の物でもない空白地帯に既にネウロイの拠点が出来上がっていたとするなら。
それは、まさにガリア政府の描いていた防衛線はあっという間に薄氷の上に立たされることを意味している。
「確かな情報ですか?」
声を上げたのは眠気が吹っ飛んだ様子のアルマ。
「ネウロイも一直線にこちらに向かうものばかりではないでしょう。ですが、多くのネウロイがこのように防空圏内を一直線に飛んでいるのは確かです。迂回するような動きを見せるものも、そのまま弧を伸ばせば一点に集中します」
更にハンナは徹子を見やって口を開く。
「ここまではあくまで我々の推察です。その推察が正しいかどうかは動いてみなければわかりません。ただ、いつまでも我々が受け身では、折角解放したガリアが再度危機に晒されかねないのも、また事実です」
そう。現に、ネウロイは既に、このガリアの土地に定期的に現れるくらいには侵攻してきているのだ。
「……あくまで推察ですが、現状を分析すれば、限りなく真実に近い推察だと私は思っています。なので、次はこの推察をアルマの言う通りの『たしかな情報』にすることが肝要です」
どうやって……?思わず漏れた問いに、ハンナが答える。
「偵察を出します。敵の懐に飛び込む事になりますので、偵察班には交戦を前提としたうえで挑んでもらいます」
決然とした表情でハンナが告げる。
強行偵察。
敵の反撃が予想される空域に武装して飛び込み、敵と接触、交戦しながら情報を収集する。当然ながら危険度は高いが、大規模な戦闘、特にこちらから相手の拠点に殴り込みに行くような作戦の前には不可欠な任務でもある。
だが、それだけの作戦を、何故今行うのか。
「……我々がこれだけの作戦を実施する為には大量の物資が必用となります。今までのペースで弾薬や燃料、予備部品を消費してしまえば、作戦を実行する事が困難になります。なるべく早期に、物資の不足に悩む事のない今のうちにこの作戦を実行しなくてはいけません」
ごくり、とユーリが唾を飲み込む。ベレーナも不安そうに隣に座る徹子にちらちらと目を向けている。
徹子は腕を組んだまま黙したままだったが、ぽつり、と口を開いた。
「……オレ達は軍人である以前にウィッチだ。助けを求められれば手を差し伸べるのは当然なのはわかっている。だが、補給も寄越さない奴らの為に何故、戦う必要がある?」
新兵たちの気持ちを代弁するように徹子が口を開いた。
徹子とて、この作戦が必要なものだという認識はある。だが、部隊の中で疑問を解消しなくては、作戦遂行に支障が生じる。逆に言えば、この質問に満足な答えが出せないようなら、作戦を認めるわけにはいかない。
「ウィッチだからです」
ハンナが答える。簡潔な答え。だが、それがすべてだ。
「人々を守るのがウィッチの役目である以上、自分達がどう思われようが、手を差し伸べなくてはいけません。それが出来ないのであるのなら、ウィッチを名乗る資格はありません」
ハンナの知っているウィッチ達は、地図を見てるだけの政治家が見捨てようとしている人たちを銃を握って守ってきた。ダイナモ作戦、タイフーン作戦、リバウの撤退戦。その戦いの陰で、何とか逃げようとする人たちを守ってきたのは、多くの名もないウィッチ達だ。
膨大な数の中で切り捨てられた端数を一つでも多く積み上げようと、目の前で助けを求める人たちに手を差し伸べてきた。その事は今も揺るがないし、これからもそうだ。
ネウロイの熱線が自らの『
「全く、若はいつも余計な事を言いますね」
信乃が口を開く。
「あたしは賛成です。とっとと倒しちゃいましょう」
信乃の言葉に、ハンナの脇に控えていたアンジェラ同じく頷く。
「同感だ。蠅叩きにはもううんざりしていた頃だしな」
「まあ、ジェニファーを焚きつけたのは私だからね。こっちから抜けましたなんて言えないか」
「ボクも!!ボクもウイッチだもん!!やりますっ!!」
「わ、若本さん、ユーリは止めておいたほうが良いと思うんですが……」
「だからオレに振るな」
ベレーナの言葉に肩をすくめる徹子。他にもJG54の面子が、一人一人と肯定の声を上げる。
皆が頷いたのを見て、ハンナが徹子を見る。
「解ってる。もうこれ以上オレが言うことは無い」
その言葉にハンナが大きく頷いた。
「皆さん。本作戦の開始時刻は明朝0600。翌日の1200には作戦を完了させる予定です。これより、以降の作戦を『オペレーション・ブリッツ』と呼称します」
「……隊長が自分から雷って言った」
ぽつり、と誰かが呟き思わず数名が噴き出す。こほん、とハンナが咳払いをする。雷恐怖症で有名なハンナの頬はわずかに羞恥で赤らんでいるように見えた。
「『オペレーション・ブリッツ』の前段はネウロイの拠点の特定です。少数のウィッチによる偵察班を編成。敵の拠点と勢力を割り出します。その後、現時点でのリヨン基地の全戦力、これを持ってそれを速やかに叩きます」
そういってハンナが視線をまっすぐに向ける。
敵の拠点に突っ込むのだ。偵察とは言え、多少の戦闘は覚悟しなくてはいけない。
「無理は禁物です。生存を再優先に。もし偵察が無理だと思ったら即刻中断して戻ってきてください……アルマ」
「はい」
「貴女の探索魔法は夜でなくても威力を発揮します。偵察班に加わってください」
「了解です」
僅かに緊張した面持ちでアルマが答える。無理もない。敵の勢力の規模が解らないところに突っ込むのだ。だが、緊張した表情を浮かべていても、尻ごみした様子はアルマには見られない。
「ハンネ。貴女は護衛です。偵察班が生還するためには貴女の力が必要です。出来ますね?」
「了解しました」
物言いは静かだが、力強くハンネが答える。この部隊の中で、純粋な実力で言えばアンジェラと互角に戦えるのは彼女だけだ。少数の部隊なら、自分の力が必要になる事は当然の事だ。
「そして、萩谷准尉。偵察班の班長は、貴女にお願いします」
「……へ?あ、はい!!」
一瞬きょとんとした後、信乃が慌てて返事をする。
皆の視線が驚いたように信乃とハンナ、交互に注がれる。
「って。あたし、ですか?」
「はい。萩谷准尉……ハギさんにお願いします」
ハンナが再度頷く。すると、皆の瞳が驚きから疑問へと代わる。
階級が上であればそれに従う。同階級であるならば先任が上に立つ。
カールスラント軍人なら。否、およそ軍隊という組織に属するなら、当然ともいえるその原則を覆すようなハンナの言葉に皆が戸惑うのも無理はない。
だが。
「確かに、階級的には異例の編制です。ですが、空では実力が全てです」
ハンナが言い放つ。
「私達が、シノに実力で劣っているとでも……?」
「少なくとも、偵察任務においては、です。経験、実績。それらを考慮した結果です」
その言葉にちらり、とハンネが信乃を見る。
「ハギさん。もし、少しでも自信が無いようでしたら、無理は言いません。ですが……」
「……いえ、行けます」
その言葉に信乃が頷く。
一瞬浮かんだ戸惑いは既に消え、その目には静かに燃える攻撃的な灯が宿っていた。
「……ならば、お願いします。ハギさん。無理をしないでというのは難しいかもしれません。ですが、皆で、必ず戻ってきてください」
「はい!!」
その言葉に信乃が今度ははっきりと、力強く答える。
「……ハギ」
「何ですか、若」
「……本当に、大丈夫なんだな」
徹子が問う。だが、その目は飛べるのか、と問う目ではない。
無理をするな。という目だ。
彼女は、ハンナとは違い、『あの部隊』の事を断片的ながら直接聞いて知っている。
そして、信乃が遣欧艦隊に復帰した時の事も。
あれほど自らの判断を悔いたのは、後にも先にもあの時だけだ。
もし、ハンナがその場に居るような事があれば、或いは初めから信乃を指名したりはしなかったかもしれない。
だが。
だからこそ。
「はぁ、若といい藤田中尉といい……」
徹子の問いに信乃が呟く。一拍の後、今度は、真っ直ぐに徹子を見つめ返した。
「任せておいてください。今度は、皆まとめて連れて帰ってきます」
「……そう、か」
「ええ。あたしはあの時とは違います。生きて、皆で帰る事が目的だって、ハンナが言いましたから」
そう。信乃は変わった、否、成長した。出会ったばかりの人見知りで怖がりな子供でも、遣欧艦隊に復帰したばかりの心に傷を抱えて抜け殻のようになっていた少女でもない。
今の信乃は、徹子の隣に並び飛ぶ、頼りになる二番機なのだ。
「現時刻を持って『オペレーション・ブリッツ』を発動します。各自、任務に備えて行動を開始してください」
ハンナの言葉と共に皆が立ちあがり敬礼する。
皆と同じように立ちあがり、敬礼を返す信乃の胸元。
そこには気を配らないと気が付かない程にひっそりと、小さな偵察徽章が縫い付けられていた。
アルマ・ブレヴィス
所属 カールスラントJG54第一飛行隊第三中隊
身長 173cm
年齢 17歳(1944年時点)
使い魔 黒色の狐
ナイトウィッチ。元々JG54に配属されていた普通の航空ウィッチだったが、ナイトウィッチとしての訓練を受けて部隊に復帰する。見た目だけは金髪碧眼のお嬢様といった雰囲気。
性格は明るいが少し捻くれており、皮肉や他人をからかったりと、言動だけで本心が掴みづらい一面がある一方、言いにくい事をずばりと口にしたりもする。
やや癖がある性格だが仲間想いな一面もあり、ナイトウィッチの訓練後原隊への復帰を希望したのも、かつての仲間や上官の助けになりたいと思ったからである。