チリチリするの   作:鳩屋

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1. 1944 ガリア共和国東部 リヨン上空

「ガリアが奪還されてからブリタニアへの移動も楽になりましたね」

 

 扶桑皇国海軍の飛行服に身を包み、ストライカーユニット『零式52型』を駆る萩谷信乃が、隣を飛ぶ若本徹子に話しかける。

 小柄な少女だ。瞳が隠れそうなほどの長めのボブヘアーを髪留めで留め、起伏の少ない華奢な体格に童顔も相まって、十代前半のようにも見えるが、気楽に飛んでいるように見えて、時折周囲に警戒の目を鋭く走らせているあたりは空での経験が長い事をうかがわせる。

「それにしても、一人で大丈夫なんでしょうか?あの人」

 リバプールの軍港で出会ったブリタニアのウィッチを思い出し、信乃が呟く。

「渤海経由の北の海域は今のところ安全だ」

 黙って話を聞いていた徹子がぽつり、と返事を反す。

「本当にそれだけでなんでしょうか?あたし達が行かなかった理由って……」

「ハギ。余計な詮索は必要ない。戦場では」

「余計な思考が命を奪う、ですよね。解ってますよ、若」

 耳にタコができるほどに聞いた言葉に、うんざりしたように言葉を返す。

「そういえば、さっきの輸送船に乗ってたユニットって最新型ですよね。誰が使うんです?」

 解ってるといいながらこれだ。

 まあ、話に夢中になって索敵を怠るような失態を今更犯すようなことは無い事は長い付き合いで理解している。

 思わず苦笑を浮かべ、徹子が肩をすくめる。

「ブリタニアに駐屯してる奴じゃないだろうな。って事は、リバプールからそのまま船に乗る。海路って事はオラーシャか、スオムスか」

 徹子が呟く。

 年恰好は信乃と比べ年上、身長も頭一つくらい大きい。すらりとした体格に白の扶桑海軍の士官服を纏い、鋭い視線に落ち着いた声色は、思わず話しかけるのを躊躇いそうになる雰囲気を醸し出しているが、信乃は気にした様子もなく話かけている。

「じゃあ、502か507……って事は菅野中尉かモハですね。迫水さんじゃないでしょうし、雁渕妹ちゃんの方は新型の試作機に乗ってるみたいだから。ああ、いいなぁ。新しいユニット。あたしも欲しいです」

「菅野に新型だとしたら、来週には壊れた新型のスクラップを回収しにまた来るかもな」

「あはは、まさかそんな……」

「無いと言えるか?」

「……無いと信じたいです」

 壊すくらいなら自分にくれと言いたいところだが、残念ながら52型ですらようやく配備が済んだばかりなのに、名前も聞いたことのない最新型に更新される等まだ当分後の話だろう。

「まだどんな機体だか分からない。雷電みたいな奴だったらオレは御免だ」

「えー。あのぽっちゃりした感じ、あたしは好きだったんですけど。どうして返しちゃったんですか?」

 リベリオンのF4Fあたりを思わせるずんぐりとした局地戦闘脚はおおむね扶桑のウィッチ達には不評を買っている。欧州基準では加速、上昇性能に優れた優秀な機材という評価になるだろうが、何しろ零式の旋回性能の良さを知ってしまった扶桑海軍のウィッチ達にとっては、大味で扱いにくいユニットという評価が大半だった。

「必要ないからだ」

「いいじゃないですか。ハンガーに置いて眺めているだけでも。癒されますよ」

「倒錯しすぎだ、ハギ」

 呆れように徹子が呟く。おおよそストライカーユニットを観賞用に欲しいと言い出した奴は歴戦を潜り抜けてきた中でもこの奇妙な趣味を持つ僚機くらいだ。

「ブリタニアもリベリオンも、新型ユニットがどんどん届いてるのに。そういえば、カールスラントにはジェットエンジンを使ったストライカーもあるって。いいなぁ、見たいなぁ、触ってみたいなぁ、乗ってみたいなぁ」

「無い物ねだりをしてもしょうがないだろ」

「むー。若は悔しくないんですか?どんどん零式が旧型になるのに、今だにまともな後継機が届かないなんて」

「そもそも零式が他のユニットとは違うんだ。零式では劣るところは多いが、未だ零式にしか出来ないこともある。それとも、零式じゃハギは他の国のウィッチに勝てないか?」

「そんな事無いですよ!!あたしは……」

 その時、魔導無線のオープンチャンネルにノイズが走る。

徹子がいい返してきた信乃の言葉を、手を伸ばして遮る。

「機械の不調ですか?」

「いや、それにしては不自然だ」

 耳にあてられた魔導無線を手で押さえ、僅かなノイズも聞き逃すまいと神経をとがらせる。

「……ら……ルス……ヨン基……3中……答……」

「……妨害電波……」

 信乃の言葉に徹子が頷く。それが意図することは何か。

「途中で奴らの襲撃が無かったのは幸いだったな。ちょっと寄り道するぞ、ハギ」

「了解です、若」

 徹子の言葉に二人が針路を変える。

 最早日常と言っても過言ではない、欧州の空での出来事。

 これから始まるのは、決して非日常的な出来事ではない。

 この欧州の空では、ごくありふれた日常(戦闘)だ。

 

 




・本作品に登場するウィッチ解説 その1

 萩谷 信乃

 所属 扶桑皇国海軍遣欧艦隊機動部隊
 階級 准尉(飛曹長)
 身長 153cm
 誕生日 1928年2月13日
 年齢 16歳(1944年末)
 使い魔 鹿
 固有魔法『チリチリ』
 別命『皮膚を通して伝わる独特な感覚によって感知される痛覚に限定された未来予知』。
 その独特な感覚を信乃が『チリチリする』と形容した為、そのまま正式名称として採用された。
 使用機材 宮菱重工業 零式艦上戦闘脚五二型
 使用武器 99式2号2型20mm機関銃
 イメージモデル 荻谷信男
 扶桑皇国茨城県鹿島出身。
 地元の神社の宮守の娘として、鹿に餌を与えたり境内の掃除をしたり巫女舞の練習をしたりして幼年期を過ごした。
 11歳でウィッチとしての能力が発現して、その後ウィッチとしての速成訓練を受けた後に遣欧艦隊に抜擢される。
 固有魔法により模擬戦では優秀な成績を残したものの、魔法力そのものや飛行技術に関して言えば並か、それより少し上程度で、射撃に関しては平均をかなり下回る。
 一撃離脱戦術を得意とする長機とは異なり、固有魔法を生かした巴戦を好む。また、味方の為に敵を攪乱したり引き付ける囮を引き受けることも多い。
 小柄で細身、出ても引っ込んでもいないため、年齢よりも年下にみられることが多い。
 髪形は長めのボブヘアー。黙っていれば儚げにも見えるが、黙っている事の方が少ない。
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