明日、0600、ガリア共和国、リヨン基地。
「ハギ、虎は千里を駆け、千里を戻るという」
「何ですか、いきなり改まって」
徹子の言葉に信乃が眉を顰める。
「これは、オレが扶桑改事変の後に北郷先生からもらった『虎徹』だ。これをお前にくれてやる」
「いりません」
徹子が差し出した一振りの扶桑刀を胡散臭げに見つめ、にべもなく信乃が答える。
「遠慮するな」
「遠慮じゃなくて、純粋に邪魔なんです」
ただでさえ撮影用のカメラを持たされているのに、何故余計な荷物を増やそうとするのか、我が親愛なる長機殿は。
そんなものを持っていくなら、一つでも多くの予備のマガジンを持って行った方がいい。
「オレはこれで沢山のネウロイを屠ってきたのに……」
「若がおかしいんです、それは」
今時刀でネウロイを倒して来いとかどんな嫌がらせだ。
いや、確かに古参のウィッチにはいまだに銃より刀を好む
「そんなものよりもっと必要なものがあります」
そういうと信乃は零式52型に足を通す。火星エンジンの力強い始動音も魅力的だが、慣れ親しんだ栄エンジンの感覚は自分の手足そのもののようにしっくりと体に馴染む。
それに。
「嬢ちゃん、持ってきてやったぜ」
「ふふん、これがあれば百人力です」
整備兵が持ってきた99型2式2号20mm機関銃を手に取ると、信乃はしてやったりといった笑みを浮かべる。
「あ、おい、それ……オレの20mm……」
「だから、元々あたしのですって」
流石に徹子も驚いたようだ。それを見て信乃は満面の、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「『オペレーション、ミリオネアオブストロー』、
「嬢ちゃん、酒ありがとな」
「ハンナ大尉のとっておきの一本ですよ。大事に飲んでくださいね」
「ハギ、まさか今までこそこそしてたのは……」
「ふふん、そのまさかですよ」
信乃の渾身のドヤ顔に、徹子は呆れを通り越して感心したような顔すら浮かべる。
「馬鹿だろ?お前」
「馬鹿じゃありません!!」
20mmを担ぎ、信乃が他の仲間たちへと目を向ける。
「アルマ。ハンネ。頼むぞ」
アンジェラの言葉に二人が頷く。
「バックアップは任せて!!」
ユーリが胸を張る。徹子とアンジェラ、ユーリはバックアップとして帰還してくる3人のフォローに当たる事になっている。
「ただのお出迎えでしょ」
「むーっ!!アルマの意地悪っ!!」
「ふふ、ユーリ。任せました。ですが、無理はしないでね」
「はいっ!!ほら、アルマ」
「何がほらだ」
重要な作戦に抜擢された事にユーリが高揚した面持ちを見せる。こういった場面で委縮しないのはユーリの大きな武器でもあるが、きちんと手綱を握ってやることも大切だ。
「さて、そろそろ行きましょうか。アルマ、ハンネ」
信乃が声を掛けると二人が顔を引き締めて頷く。
「……じゃあ、行ってきますね。若」
「ちゃんと20mmを持って帰って来いよ」
「あたしのですから。当然です」
チョークが外され、三機のストライカーが滑走路に向かう。
ケッテ編成ではなく、一機と二機。単独で強行偵察をおこなう信乃をアルマとハンネのロッテがカバーする形である。
「シノ。頼むよ」
「了解です……萩谷一番、出ます!!」
信乃の掛け声と共に三人が飛び立つ。前方にアルマとハンネ、少し後ろを信乃が飛ぶ形だ。
久々の昼の空にアルマが思わず声を上げる。
「んー、いい天気。これなら遠くまでよく見えるね。これなら近づかなくても遠くから見て帰れ……」
「近づかないと偵察になりません。敵の数や位置だけではなく、攻撃方法、伏兵のいそうな地形、出来る限りの情報を収集するのが偵察任務です」
「へいへい、冗談だって。最近は真面目だね、ハンネ」
「私はいつも真面目です」
マイペースなアルマにやや棘のある言葉をぶつけるハンネ。
「アルマ。真面目にやれとは言わないけど、久々の昼なんだから、少しは緊張してください」
「おっと、班長殿に怒られた」
「シノの言う通りですよ、もう……」
苦笑を浮かべるアルマと、肩をすくめるハンネ。
別にアルマは普段通りでも構わないが、アルマの肩を持つとただでさえピリピリしているハンネの頭に更に血が上がるかもしれない。
幸いにしてアルマは自分に注意されて腹を立てるような性格ではないし、ハンネも信乃と意見が一致した事で少し苛立ちが収まったようだ。
一応部隊長らしく、徹子の真似事をしてみたが上手くいっただろうか。
「そろそろジークフリートラインが見えます」
「了解。アルマ、敵の反応は?」
「いや、感じないよ」
魔導針を展開したアルマが首を振る。
「会敵する予測ポイントは?」
「この先5000メートル。丁度あそこの高台から、あの要塞の壁の辺りまでですね」
そういってハンネが目の前に広がる風景に向かって指をさす。
低い背の木が立ち並ぶ高原の森林地帯の向うにコンクリートの要塞の壁が所々顔を覗かせている。そして、その合間にそびえたつ大きな壁。ネウロイの侵攻に備え、かつてカールスラントに対しての備えだった要塞群はさらに増強され、まさに鉄壁ともいえる人類の防衛線だった。
そう。
すなわち、数メートルから、高い所では十メートル近い壁が数キロにわたって連なっているところもあり、その様子は扶桑の石垣か、或いは人工の山脈か。
「相変わらずレーダーに反応なし」
「了解。二人はここで待機。アルマはあたしが飛ぶ辺りに探索魔法をかけながら、何かあったらカメラで撮影。もしレーダーに反応があったらあたしに教えて。ハンネは周囲を警戒。アルマを護衛してください」
「解ったよ」
「気を付けてくださいね、信乃」
二人の言葉にこくり、と頷き、信乃が口を開く。
「萩谷一番、これより偵察を開始します」
そういうと信乃が零式52型に魔力を込め、二人から先行する。ユニットが速度を上げ、目の前にマジノ線の壁が近づいてくる。下に広がる森を見下ろしながら、異常があれば直ぐに撮影に移れるようにカメラを構える。
壁の前までたどり着くと機体を旋回。壁と平行に飛びながらしばらく飛んで、再びハンナ達の方向へと飛ぶ。
「少し高度を下げます」
特に異常は見られないので、今度はより森に近づいてもう一旋回。それでも異常が無ければ次は森にもぐって偵察を続行する。
「これだけ見てると平和に見えるね」
ぽつり、とアルマが呟く。遠目に見ていると信乃がまるでトンビのように悠々と上空を旋回しているようにしか見えない。
「貴女、しっかりしなさいな。もし信乃に何かあったら……」
「解ってるって」
眼前では信乃が再び壁の方に向かって行くところだった。
「!?」
瞬間、魔導針に強い反応が届く。否、まるで頭を殴られたような衝撃に近い。こんな反応は始めてだ。
「シノ!!ネウロイ発……え?」
愕然とした表情を浮かべるアルマ。
ハンネもまた、目の前の光景に信じられないといった顔を浮かべている。
「!!」
アルマの声が響いた瞬間、信乃もまた固有魔法でそれを感じ取っていた。
ぞわり、と全身が粟立つ。チリっとしたいつもの感覚を何倍、何十倍にも増幅させたような感覚。信乃はこの感覚を知っている。
そう、かつて強行偵察部隊に居た時。
あの時、敵の巣に飛び込んだ感覚に、限りなく近い。
「アルマっ!!敵はどっち!!」
咄嗟にカメラのシャッターに手を駆けながら、信乃が叫ぶ。
「壁だよ!!」
アルマが叫ぶ。
「壁方向ですね!!了解……」
「違う、シノ!!」
だが、アルマの声が信乃の言葉を遮る。
「
信乃が思わず目を見開く。目の前のジークフリートラインを黒と赤が侵食し、その姿を変えていく。
「……なんですか、これ」
初めて見る異様な光景に、思わず信乃がぽつり、と呟いた。