同日 1430 ガリア共和国 リヨン臨時基地
「嬢ちゃん。あの扶桑の娘さんの言う通り、30mmの固定ポイントを増設してみたぞ、どうだ?」
「いいですね。これだけしっかりしていれば、反動にも耐えられそうです」
増設ポイントに17式試製30mm機関砲を取り付け、信乃は満足そうに笑みを浮かべた。
急ごしらえとは思えない。ただ出っ張りを作ったのではなく、ストライカーユニットの機体そのものの外壁を引っぺがし、骨組みから作り直し、短期間で全く新しい増設ポイントを作ったのだ。
最もそのせいで、ただでさえずんぐりむっくりな雷電のシルエットが更に新しいこぶを持けてまるで奇形のようにしまったわけだが、飛ぶことに支障が無ければ特に問題が無いうえ、こういういかにも無理のある歪な形状は信乃の大好物だった。
取り付ける側の17式試の方も、銃口から下の全体のレイアウト……信乃の体格に合わせ、照準の位置や弾き金を一から作り直し、ほぼ別物のように造り替えたカールスラントの整備兵の腕にはただただ感服するばかりだ。
機材に足を通してポイントを繋ぎ合わせてみると、丁度良い位置に照準とトリガーが備え付けられている。
輻射でもホバリングの状態でもこれなら射形に戸惑うことは無いだろう。まるで初めからこういう設計だったかのような絶妙な配置だ。
「流石おっちゃんですね。扶桑の技術局が知ったら今の倍の給金で引き抜きに来ますよ」
「ははは、有り難い話だけどよ。娘と孫に解放されたニュルンベルグを見せるまでは他所に行くわけにはいかねえんだよなぁ」
「おお、流石おっちゃん。凄い、格好いい!!」
「がはは。もっと褒めろ」
信乃の頭をがしがしと撫でながら、しゃがれ声で笑う整備兵長。気が付けば信乃の専属兵みたいに意気投合している。まるで孫を溺愛する好好爺だ。普段雷を落とされている整備兵たちが有り得ない顔をしてその光景を見つめている。
「皆さんもありがとうございました!!『壁』はあたしが絶対に落とすから、安心してくださいね!!」
ぶんぶん、と、信乃が整備兵たちに手を振る。
その先では娘を見る父のような、或いは、憧れの同級生を見るギムナジウムの生徒のような視線でだらしなく鼻の下を緩めた整備兵たちが信乃に向かって手を振り返している。
信乃の人徳だろうか、あるいは、単に甘え上手なだけなのか。
「おめぇら!!何にやにやしてやがる!!時間がねぇんだ!!とっとと整備に戻りやがれ!!」
自分の事を棚に上げて怒鳴る整備兵長に、整備兵たちが慌てて作業に戻る。
この任務が終わったら、この基地にいるウィッチも含めた兵士達はカールスラントの部隊と合流し、最後はオラーシャのJG54の本隊に編入される算段になっている。
独断専行でガリア全土のウイッチたちに現状を伝えたリヨン基地にはガリア政府から何らかの処罰が下る可能性が高い。故に作戦終了後はこの基地に戻らず、ガリア政府が動く前に全員で逃げてしまおうという魂胆だ。
「不要な書類はなるべく焼け!!必要な書類は残らず焼け!!」
基地に残った整備兵以外の兵士たちがハンガーの隅のドラム缶に火をつけてその中に書類をくべている。
飛ぶ鳥後を濁さず。或いは証拠隠滅ともいう。
「変な奴らがリヨン基地を嗅ぎまわっているのはカールスラントの情報局も察知していますからね」
そう言いながら解析班の若い士官が信乃に近づいてくる。
「どうしました?」
「隊長から、作戦の開始時間を早めるとのことです。リヨン市街で怪しげな動きがあったようなので」
「……そうですか。少し慌ただしいですが、この基地ともお別れですね。皆さんとも」
そういって見慣れてきた納屋を改造したハンガーを見渡す。
「扶桑の基地に戻っても、達者でな、嬢ちゃん」
「おっちゃんも。オラーシャはここ以上の激戦区ですよ。ちゃんと生きて帰ってくださいね」
整備の終わった雷電から飛び降り、整備班長と軽くハグを交わす信乃。こちら流の親愛の挨拶もだいぶ板についてきた。
「おうよ、生きて帰って、今度は娘と孫にもにハグしてやらんとな」
「その前に、ちゃんと体は洗ったほうが良いです。汗臭いと若い子には嫌われますよ」
残念ながら補給品の一部は破棄することになるが、必要なモノは輸送艇に積み込んである。来た時と同じように、靴の入った鞄を一つ持っていけばいいだけだ。
兵士たちの邪魔にならぬよう、ハンガーの隅に移動して座り込むと、懐中時計を取り出して時間を確認し、ポケットから丸いカールスラント製のチョコの入った缶を取り出して蓋を開ける。
「ふふん。取っておいてよかったですね」
この基地を後にすれば、しばらく食べることが出来ないモノだ。一つはあちこち交換していくうちに渡してしまったが、一つは残っている。時間まで味わって食べることにしよう。
ピザのようにカットされた丸いチョコをちまちま食べていると、整備兵の動きが慌ただしくなっていく。
「『扶桑1番』、『音楽隊の3』、戻ってきます!!」
「『音楽隊の2』、『音楽隊の4』、着地体勢に入りました!!」
「滑走路をチェックしろ!!ハンス!!チョーク持ってこい!!」
バタバタと走りまわる様子を見ながら初めて信乃はアンジェラ達のコールサインが『音楽隊』である事を知った。
「あら、私達の前に戻った人はいないんですね」
「ただいまー。皆ー」
いつも出撃している方からの目線なので、こうやって出迎えるのは中々に新鮮だ。
「お帰りなさい、二人共」
「あー!!シノ!!」
「こら!!ユーリ!!」
ハンネの制止も聞かず、ユニットを脱いだユーリがぱたぱたと信乃の居る方へとかけてくる。
「ボクにもチョコ分けてー!!」
その言葉に信乃はチョコを口に加えたままユーリに缶を差し出す。中から一つ抜き取ると、ユーリは嬉しそうにチョコを口に運んだ。
「んー。おいしー」
笑顔を浮かべるユーリを見て信乃は内心少し安心した。先日の事は特に尾を引いていないようだ。まあ、特に自分に怪我が無かったからかもしれないが、それでも10代前半の少女であるウィッチは些細な出来事でコンディションを崩したり、最悪飛べなくなったりもする。
「もう一個いい?シノ」
「あと一個だけですよ」
次いで徹子とベレーナもハンガーに入ってくる。目ざとく信乃を見つけた徹子が、その手にしたものを見て大声で叫ぶ。
「おいハギ、オレにも一つとっとけよ!!」
「は?何でですか?」
「何でだよ!?」
さっとチョコを後ろに隠す信乃に徹子が怒鳴る。なんという上官差別だ。
「ブロッケ軍曹」
先程の若い士官がユーリのもとへと近づいてくる。伝達を聞きながらチョコをほおばるユーリの姿は、最早一端の若手ウィッチのそれだ。
「……ったく、何だよハギ。ちゃっかり残してたのか」
信乃の手にしたチョコの缶を見て、徹子が呆れた様に呟く。
「どこかの誰かみたいにばかすか食べたりしませんから、あたしは」
「残しておいて、死ぬ時後悔したくないからな」
こちらに向かって歩いてくる徹子の言葉に信乃が肩をすくめる。
「あれ、使うんだな」
徹子の視線の先にあるのは整備の済んだ雷電。
信乃が頷く。
「使いようによっては良い機体です。それに、『壁』をぶち抜くなら30mmの火力は必要不可欠ですから」
「重い機材だぞ」
「知ってます」
チョコに手を伸ばそうとする手を払いのけながら徹子の言葉に信乃が答える。
「でも、メルスも十分重いですし、急いで直しても零式では30mmが扱えないんですから、どっちにせよあの子に頼るしかありません」
「そうか……まあ、ハギなら大丈夫か。オレと違って、器用だしな」
そう言って徹子が信乃の頭をぽん、と叩く。
「若本中尉!!装備の件で相談があるんですがー!!」
ベレーナが整備兵の横でこちらに向かって叫ぶ。
「おう、今行く!!」
「……若」
「どうした?」
その場を後にしようとした徹子に信乃がチョコを一つ差し出す。
「……特別ですよ」
一瞬目を丸くした徹子だったが、直ぐに口元に小さな笑みを浮かべ、信乃に背を向ける。
「よーし、ベレーナ!!兎に角特爆だ!!お前も三号を詰めるだけ詰め!!」
チョコを手に叫びながらベレーナ達の方へと向かって行く徹子を見送り、信乃が肩をすくめる。
「ばかすか落とすの、止めないの?」
「この作戦が終われば落とす相手もしばらくいなくなるからいいんですよ」
「そだね」
苦笑を浮かべるユーリ。きっと信乃は自分より大人だ。
何故なら、大概大人っていうのは素直じゃないからだ。
「ふふ、可愛いね、シノ」
「アルマの真似ですか?悪い先輩の影響は受けちゃ駄目ですよ」
ユーリの言葉に、信乃が苦虫をかみつぶしたような顔を浮かべた。
「ユーリ!!貴女もちゃんと整備するところを見ていなさい!!」
ハンネの声がハンガーに響く。はーいと答え、信乃に向けて手を振ると自分のストライカーの方へとユーリが駆けて行った。
同日 1515 ガリア共和国 リヨン臨時基地
「お別れか。この基地とも、ガリアとも」
「一ヶ月もいませんでしたけど、今となっては感慨深いですね」
アンジェラの言葉にハンネが頷く。
最初はガリア解放後のごたごたに巻き込まれ、部隊再編の為に他のカールスラントの部隊から切り離されてディジョンに置いていかれ、さらに厄介払いのように民家を改造したこの基地に放り込まれたのだ。リヨンの都市部からは遠い、やる事と言えばノイエカールスラントから送り込まれた若手の指導、或いは娯楽室でのダーツかビリヤードくらいだった。
だが、戦闘に巻き込まれ、若本達が加入し、506のリベリオン部隊と共闘し、気が付けばガリア防衛の最前線に立っている。
「……ハンネ、撃墜数はいくつだ」
「91です」
「ついに80越えか。本隊と合流したら叙勲の手続きだな」
「ええ。合流出来たら」
アンジェラの言葉にハンネが呟く。
「ついでに100機を越しておけ。オラーシャに行く前にグレートエースの仲間入りだ」
「出来るでしょうか」
「出来るさ。あの戦闘でも生き残ったんだ。あれに比べれば、今の私達にはこれだけの仲間がいる。不可能なことなど、あるはずがない」
「そうですね……いえ、そうしましょう」
アンジェラの言葉にハンネが頷いた。
気持ちが昂る。色々と考えていたが、やはり自分にはこれがあっている。敵を撃って撃って撃ちまくり、そして一機でも多くの撃墜数を稼ぐ。
度の入っていない伊達眼鏡を投げ捨てたハンネの口元に獰猛な笑みが浮かぶ。
そう、私はハンネ・A・ハーン。JG54の狂犬と揶揄され、それを何よりも誇りとする、カールスラントきってのインファイターだ。
「いい顔になったな、それでこそハンネだ」
「ええ、これでこそ私です」
アンジェラの言葉にハンネが頷く。
「いくぞ!!『音楽隊の1』、出撃する!!」
「『音楽隊の2』、発進します!!」
「ユーリ、何で『音楽隊』なんですか?」
信乃が先程抱いた疑問を隣に立つユーリに投げかける。
「整備兵の皆が付けてくれたんだ。ボク達にはこれがぴったりだって」
「どうしてですか?」
「アンジェラ副隊長の使い魔がロバ、ハンネ少尉が狼、ベレーナが猫、ボクがオナガドリなんだ」
「ああ。『ブレーメンの音楽隊』!!」
合点がいったという表情で信乃が手を叩いた。そういえば、ユーリは使い魔を出すと耳が出ない代わりに後ろで結んだ二つの髪が足元の辺りまで長く伸びて、その先が銀色になっている。
そうか、オナガドリだったのか。
扶桑で品種改良され、中世の頃には西洋にも愛玩用として輸出されていた鶏の一種だ。
「ボクのパパが貿易の仕事をしてるから、うちに扶桑のオナガドリが沢山いたんだ。小さい頃からボクが世話をしてたんだよ」
「へぇ」
金髪に青い目のいかにもカールスラント人といった風貌のユーリが扶桑原産の使い魔と契約している事に信乃が驚く。ここにきてまさかの発見だった。
というか飛べない鳥と契約した癖に何故この子は飛ぶ才能に溢れているのだろうか。或いは
「今度、アンジェラ副隊長が部隊章を作ろうって。ブレーメンの音楽隊の動物が四匹乗っかってる奴で、4人でお揃いにするんだ」
信乃も子供の頃絵本で見たことがある。ロバ、犬、猫、鶏が4重の塔みたいになっている奴だ。
「可愛くて素敵ですね」
「うん……だけど、オラーシャに行ったら、皆と一緒の部隊になれないかも……シノとも……」
そう言ってユーリの表情が僅かに曇る。『音楽隊』として活動できるのはこれが最後かもしれない。
軍隊にいる以上、配属先は自分の希望通りとは限らない。初めて配属されたのが『音楽隊』だったのは彼女にとって幸か不幸か。優しさと厳しさを併せ持つ先輩達に囲まれ、十分に訓練と実践を詰める。これだけ新兵にとって恵まれた環境はネウロイに囲まれた欧州ではそう多くないはずだ。
「……ユーリ。例え違う部隊になっても、生きてさえいればきっとまた会えます。もう一度会いたい人たちがいるっていう事は、生きるための糧になります。幸せですね、ユーリは」
「……シノ……」
優しい嘘に、無垢な瞳が答える。
嘘だ。厳しい最前線では、そんな甘い言葉が霞むような現実が待っている。そして、同じように再会を望みながら、果たせずに散っていった仲間たちも沢山目の当たりにしてきた。
だけど。
「ボク、頑張るよ。強くなって、ネウロイを倒して、いつか今度はボクが信乃を守ってあげるから」
あの時、シノが庇ってくれたみたいに。
ユーリの言葉に信乃が一瞬虚を突かれたような顔をするが、直ぐに笑みを浮かべ直す。
きっと大丈夫。この子は強い。そして、もっと強くなる。どんな辛い事があっても、生きてさえいればきっと乗り越えられるはずだ。
「……楽しみにしてますよ」
「あとね、あのビームをしゅばってやる奴、また会った時に絶対に教えてよ!!」
「そうでしたね」
きっとこの子はあたしに教わるより先に身につけるに違いない。才能は努力に勝らないがモットーの信乃だが、ユーリの才能は認めざるを得ない。
「……今度会った時は、きっと素敵な『ユーリエ・ブロッケ』になってるんでしょうね」
ユーリ……まるで男の子のような言動をからかって先輩達につけられたあだ名だが、今のユーリには確かにぴったりだ。だが、そのうちきっと素敵な女性になって、信乃を驚かせるに違いない。
だから、あのカールスラントのグレートエースの若かりし頃のように、将来に期待して、あたしもこう呼ぼう。
「時間ですよ。行きましょう、
「はいっ!!『音楽隊の4』、出ます!!」
「『扶桑二番』、行きます!!」
Bf109の後ろに続いて、雷電の火星エンジンがうなりを上げる。
たった一ヶ月。だが、始めて出会った時とは別人のように頼もしくなったユーリの背中を、信乃は追いかけた。
「あの……若本中尉」
「何だ?」
「私。上手くやれるでしょうか?」
ベレーナがためらいがちに呟く。ユニットに搭載された、4基の3号特爆。これが『壁』に対する自分たちの切り札であることは理解している。一つでも多く当てれば、その分勝利に近づくことも、一つでも外せば、それが部隊の皆を危機に近づけることも。
「何、動かない的に当てるなんて簡単だ。今のベレーナなら、それが出来る」
徹子がこともなげに答える。徹子も同じように特爆を4基積み、予備の特爆を肩から下げ、背中には日本刀……『虎徹』を携行している。銃は持たない。今回の任務での徹子の役割に、それは必要ないからだ。ベレーナもまた、特爆とは別にアルマの予備のフリーガーハマーを手にしている。慣れない武器だが、壁に攻撃を加えてネウロイのコアを露出させるためには重武装が必用だ。
「でも……」
「不安なら、オレの背中を見ていろ」
力強い言葉だ。この基地に徹子が来てから、その言葉に従い、そして生き残った。そして、そうしているうちに自分でもわかるくらい、空戦技術が上手くなったと思う。
だが、まだまだだ。隣にいたはずのユーリは気が付けば一歩自分の先を行っている。その先のハンネやアンジェラは、まだその背すら見えない状況だ。
だからこそ、辛い。自分が、徹子の後ろしか飛べない事が。
「……シノさんは、そうしてずっと戦っていたんですか?」
口をついて出たのは徹子の二番機。彼女もまた、ベレーナの遥か前を行くウィッチの一人だ。
「ああ。オレの後ろにいた時はそうだった。だが、今は違う」
そう、今の彼女は、徹子の後ろを飛ぶ存在ではない。本来であれば、自分ではなくて彼女が徹子と共に飛ぶべきなのだ。若本徹子というウィッチを理解し、そして信頼し、更には信頼されているからこそ、萩谷信乃は若本徹子の後ろではなく、二番機として隣を飛ぶのだ。
悔しいけど、そうなのだ。
「ベレーナ。今は生き残る事を再優先にしろ。死んだら終わりだ。ハギは生き残れたから、自分の戦う場所を見つけられた。お前もそうだ。オレの後ろが今はお前の戦う場所でも、いつか違う場所を見つける。それを見つけるまでは、生き残れ。いつか、オレの隣で飛びたければな」
私は、彼女にはまだ勝てない。
だけど、いつか勝つためにも、今は生き残らなくてはいけないのだ。
すっと肩から力が抜ける。自分に出来る事は多くない。
だからこそ、今は私に出来る事をするだけだ。
戦場では望む、望まないではないのだ。出来るか、出来ないかだ。
そして。今私に出来る事は。
「はい……若本中尉、私、ついて行きます」
「ああ。ついて来い、ベレーナ」
にやり、と笑い、徹子が叫ぶ。
「若本一番、発進する!!」
「『音楽隊の3』、行きますっ!!」
「フィリーネ司令代理、ウイッチ中隊の離陸、完了しました」
「そう、じゃあ、後は私達だけね」
ハンナ達のストライカーを担当する数名の整備兵以外は皆輸送艇に乗り込んでいる。
「……基地に向かってきている車が2……いや、3台。5分くらいでつきそうだね。後は、飛行してくる物体が1……飛行機にしては小さい。ウィッチかもしれないよ」
魔導針を展開させたアルマが口を開く。
「……貴女がナイトウィッチになってくれて本当に助かりました」
ハンナの言葉にアルマが笑みを浮かべる。
「その言葉が聞きたくて、私はナイトウィッチになったんだよ」
「……ありがとう、アルマ」
一見軽そうにも見えるが、アルマの仲間たちへの思いは本物だ。ハンネと共に部隊に配属され、ハンナやアンジェラの指導を受けながら、一歩一歩ウィッチとして経験を積んできた。
彼女たちの力になれるなら。JG54のウイッチとして何が出来るのか。
アルマなりのその答えに対して、ハンナがそれを認めてくれている。
その事がアルマにとっては何よりもの幸せだった。
「班長、私達のエンジンを始動させたら直ぐに輸送機に乗ってください」
「わかりやした」
その言葉に班長が頷く。その背にはウィッチ達の使用するMG42の予備が背負われている。
今この場において、敵はネウロイだけではない。ウィッチ隊が基地を空けると同時に、ガリアの諜報部及びそれに先導された兵士たちがリヨン基地を制圧すべく行動を開始するだろうというのがカールスラント情報局の下した結論だった。
そして、其れを裏付けるよう、陸からは軍用トラック、空からは飛行物体の接近をアルマが探査魔法で察知していた。ハンナと共に最後にアルマが残ったのは、探査魔法によって相手の動きの把握するためだ。
さあ、ここから先は時間との勝負だ。
目的地はカールスラントにある前線、マーストリヒト・アーヘン空港。ミーナたちの駐屯する、人類が取り返した数少ないカールスラント本土の地。
南のロマーニャ方面に進路を取れば、最短距離でガリアの国境を抜けられるが、相手もそれを理解しているだろう。
北への針路の先にはディジョン、セダン、サン・トロン。ウィッチ達の基地のある空域を通れば、追っ手もおいそれとは手が出せない。
「アルマ、輸送機の先導と護衛は貴女に任せます」
「了解」
本当であれば、自分も仲間たちと共に戦いたい。自分の探査魔法は、きっと仲間たちの助けになる。
だが。
同時に、輸送艇に乗る兵士たちもまた、仲間なのだ。寝る間も惜しんでユニットを整備していた整備兵、レーダーに張り付き、時には偵察機に乗ってウィッチ達の目となっていた観測兵や通信兵、そして、不穏なガリアの動きを的確に察知してくれた情報局の解析班。衛生兵の中には自分達と同じ年位の少女もいる。ウィッチにはなれなくとも、志を同じくした多くの仲間たち。
滑走路に並ぶ輸送艇は4機。それに搭乗する仲間たちの命が、アルマの両肩にかかっているのだ。
「中尉、緊張されてますね」
そうアルマに話しかけたのは若い女性の整備兵だった。
女性の整備兵というのは珍しいが、人類の危機である今、使えるのであれば男も女も関係が無い。両親とウィッチの妹をダイナモ作戦で失い、その弔いの為に軍に入った彼女は整備兵の中でも腕利きの一人であり、ナイトウィッチ用のユニットにも精通した数少ない整備兵の一人だ。
「はは……解ります?」
「いざとなれば、不時着して皆で歩いて国境線に向かってもいいんですから。私達の為に、必要以上に気を張らないで。
そして彼女もまるで妹に話しかける様にアルマにほほ笑む。実際、彼女にとってウィッチ達は亡くなった妹と重なる存在だ。
それに、
「そんな事はさせないよ。絶対に皆をアーヘンまで送り届けるから」
だからこそ、彼女を、否、彼女たちを危険に晒すわけにはいかない。アルマにとっても皆は姉であり、妹でもあり、兄であり、父でもあるのだから。
全ての機体がエンジンを吹かし、今まさに飛び立とうといている。
「……司令代理」
整備班長が口を開く。
「何ですか?」
「……あんたがこの基地の司令代理で本当に良かったですぜ」
それは整備兵長だけではない。他の兵士たち、そして、ウィッチ全員の総意だ。
ウィッチだけではなく、基地の皆が一つの仲間であり家族。そんな部隊を、ハンナは作り上げたのだ。
「……ありがとうございます」
ハンナが薄い笑みを浮かべ、感謝の言葉を口にするが、直ぐにその表情が引き締まる。
「行きます!!エンジン始動!!」
ハンナが叫ぶ。
同時に、ゆっくりと滑走路から1機目の輸送艇が滑走路を走り出す。
発進補助装置があればまだ良かったのだが、臨時基地に過ぎないリヨンではそれは望めない。整備兵がハンナとアルマのストライカーユニットに差し込んでいたエナーシャを回すと、ゆっくりとエンジンが始動準備を始める。
「司令!!いいですぜ!!」
「中尉、エンジン始動準備完了しました」
「了解!!コンタクト!!」
整備兵たちの言葉にハンナ達が魔導力をユニットに送る。エナーシャにより回り始めた魔導エンジンが送り込まれたウィッチの魔力の奔流により始動する。
「魔導エンジン始動確認!!チョーク外せ!!」
アルマが叫ぶ。
2機目の輸送艇が滑走路を走り出し、整備兵がハンナとアルマのユニットに噛ませていたチョークを抜き放つ。
「班長!!輸送機に!!」
「了解!!」
ハンナの指示に整備兵たちが最後尾に着けた輸送機に向けて駆け出すと同時に、3機目の輸送機が滑走路を飛び立った。
「……ハンナ……いえ、司令代理」
「何ですか?」
「私の、ううん、私達の分まで、あいつの事、ぶん殴ってきてください」
『壁』はきっとハンナ達が破壊してくれる。
帰った彼女たちを出迎える事が、自分達の誇りある最後の任務なのだ。
「アルマ・ブレヴィス、出る!!」
最後の輸送機が離陸すると同時にアルマが滑走路を駆け、空へと飛び立った。
そして。
「……解ってます。アルマ」
ハンナがぽつり、と呟く。
自分が最後だ。恐らくこの先、二度とこの基地を訪れることは無いだろう。
短い間だが、JG54、そして、扶桑からやってきた仲間たちと共に苦楽を共にした場所。
ほんの小さな感傷がハンナの胸をよぎるが、直ぐに顔を上げる。
「こちらハンナ・フィリーネ。リヨン臨時基地へ。JG54『グリュンヘルツ』、第1航空隊第3中隊。全機、出撃します!!」
誰もいない基地に向かいそう叫ぶと、ハンナもまた空へと飛び立っていった。