何故、あたしは空を飛ぶのか。
最初は人を助けたいからだと思った。
だけどいざその場になると後悔した。人を助けたいのではなく、ただ、自分の前で人が傷ついたり、死んだりするのが嫌なだけだった。
だから敵を倒そうと思った。そうすれば、傷つく人は減るはずだから。
でも、過酷な戦場に置いて、あたしは自分を犠牲にしてまで仲間を助ける勇気すら無かった。
そして解った。あたしはただ怖かったから、自分を守るために戦っているに過ぎなかった事が。
でも、何故か戦いから、空から逃げていない。それどころか、臆病な自分でも出来る事を探して空を飛ぼうとしている。
何故、そこまでしてあたしは飛ぶのか。
何故。
……ああ。大人のブドウジュースなんて大嫌いだ。飲むと余計な事を考えてしまうから。
マーストリヒト・アーヘン空港に着いたあたし達は、多くのウィッチ達の出迎えと、リヨンで別れた整備兵たちとの再会を果たした。
おっちゃんもアルマも、あたしの顔を見るなり自分の服があたしの血で汚れることなど厭わずに抱きしめてくれた。アルマなどは傷口が痛いといってもしばらく力任せの抱擁は解いてもらえず、ようやくその手を離すと、目に涙を貯めながらもいつもの意地悪っぽい笑みを浮かべてこういったのだ。
「格好良く決めてきた?」
って。
当たり前ですよと返してやった。あたしが最後にとどめを刺したのだから、そのくらい言っても罰はあたらないだろう。
その後は医務室に送られ、傷の手当てを受ける事になった。何しろ飛び散った17式試の破片が体のあちこちに突き刺さっている状態だ。
大きなものは手で抜いたが、服を脱ぐと細かい破片があちこちに刺さっていたらしい。そのままで回復魔法は使えないと、医者がピンセットで一つ一つ丹念にかつ入念に、あたしの体から破片を取り除いていくのだ。
一つ一つ傷口の奥にピンセットを突っ込まれるのを想像してほしい。
む?とか、おや?とか言いながらぐりぐりと傷口を掘り出して、数ミリから数センチの破片を取り出すのだ。痛くない訳が無い。
お蔭であたしはしばらくの間、小骨を取られる焼き魚の気分を味わう事になった。
破片を取り除き、治癒魔法をかけられ、夜中まで続いた治療が終わり一晩寝かせられ、翌朝になると、朝っぱらからユーリの大声で目をさます羽目になった。
どうやら面会謝絶が解かれたらしく、真っ先にユーリとベレーナが部屋に飛び込んできた。
助けてくれたユーリに感謝し、健闘したベレーナを褒め、他愛の無い話も多くした。
特爆の爆撃要員だったベレーナはエースになりそこね、ユーリはちゃっかり撃墜数を二桁に伸ばしたらしい。
二人に貰ったチョコレートを食べていると、アルマが尋ねてきた。
何か照れたような顔をしていたが、すぐにいきなり抱き着いてごめんと謝られた。
人をからかうのには慣れていてもからかわれる事には慣れていないだろう。いろいろと言ってやろうと思ったけど怒らせるのも何なので、お詫びも兼ねて暇つぶしに皆の話を聞かせて欲しいと言ったら予想外に長い話になった。
ハンナ・フィリーネ大尉は今回の功績が認められ、少佐に昇進した後、アドルフィーネ・ガランド少将の率いるJG1へと移籍になるらしい。まさに栄転だ。移籍の話を聞いて最初すわ左遷かと思った時のハンナの顔は実に楽しかったと愉快に語った。
あと、矢張りというか、『音楽隊』のウィッチ達も皆違う部隊への配属が決まったらしい。
アンジェラは年齢も考えて前線から身を引き、新カールスラントのウィッチ養成学校で後進のウィッチの育成にあたるという。彼女なら適任だと思う。
ハンネは中尉に昇進してJG54にとどまり、アンジェラから引き継いで第三中隊の隊長を拝命するらしい。真面目ではあるがそれ以上に敢闘精神が上回る彼女が率いる部隊だ。さぞ勇猛な部隊になるのだろう。
ベレーナはハンナと共にJG1へ。ユーリは曹長になりJG54に残るという。先程二人でいたのは別れを惜しむ意味もあったのだろうか。
アンネとグレーテル……手に『Menschen』の文字を書いていた子とその相方だ。は共に他部隊に転属され、東部のオラーシャではなく西部、つまりこちらの方へ残るらしい。あたしと組むことは少なかったけど、二人共今回の戦いで5機以上のネウロイを撃墜し、エースとなったという。今度会った時は、きっともっといろんな話をして仲良くなれるに違いない。
他の部隊の話も知る限り話してくれた。506のBチームはディジョン上空でネウロイの侵攻を防ぎきったらしい。ジェニファーが頑張った、と少し嬉しそうに話していた。
Aチームの皆は降格と営倉入りは免れたが、隊長さんにこっぴどく叱られたらしい。あたしは会ったことがないけれど、ガリアの貴族様らしいし、さぞかし厳格で厳しい人に違いない。
HMWの話だが、案の状というかなんというか。あの銀髪リボン、『壁』を倒し終えたらふらふらと落ちて行ったから皆胆を冷やしたらしい、と。
彼女の固有魔法は強力だが至って燃費が悪い。そのくせそれを使いたがるのだから質が悪い。そのせいであたしも何度か魔力不足で意識を失った彼女を背負って基地に戻った事があった。
恐らくあの苦労を重ねてそうな雰囲気の副官が担いでいったのだろう。可哀想に。
あと、元501のウィッチ達もこの基地にいるという。伝説のウィッチ隊、先程の戦いでもあの人たちがいなければあたしたちの勝利は無かった。一度会ってお話をしてみたい。後サインと、出来れば一緒に写真を撮ってもらえないだろうか。故郷の家族や友人たちに良い土産になる。
あたしがそういうと、アルマは『どうせシノの事だから、何か交換の材料にでもするつもりでしょ?』とからかってきた。失礼な。その手があったか。
アルマは?と尋ねると、私はJG56に残る、と言った。貴重なナイトウィッチを欲しがる部隊は数知れないだろうけど、彼女は、私はこの部隊が好きだから、と、はっきり言っていた。きっとどこの部隊も、彼女を引き抜くには苦労するだろう。
シノはどうするの?という問いに、あたしはうぅん、と首を捻る。どうと言われても、原隊に戻るだけだ。
まあ、とりあえずは瑞鶴に戻って休暇を申請してみる。その後はどうなるか分からない。直ぐに飛ばなきゃいけないかもしれないし、二三日は待機命令が出るかもしれない。どっちにしても、欧州にいる限りはあちこちの戦場に駆り出されるのだ。
だから、意外とすぐに再会できるかもしれないし、欧州が解放されるまで会う事が出来ないかもしれませんね。
そういうと、アルマはそっか、と言って微笑んだ。それ以上は聞いてこない。
そして、彼女は少しだけ口をつぐむ。
……身体、大丈夫?と尋ねられたので頷く。傷口は回復魔法のお蔭で大方塞がっている。残るのは深夜まで続いた治療による寝不足と体力の消耗による少しの体の気怠さだけだ。
じゃあ、少し休みなよ。夕方から祝勝会だよ。私達の部隊に配給されるはずだった物資が大量にここにあるから、皆で勝利を祝して食べちゃおうって、隊長が言ってたから。
その言葉にあたしも笑みを浮かべる。それは楽しみですね、と。
うん、主賓がいないと話にならないから。ほら、休んだ休んだ。
とん、とアルマがあたしの額を小突く。それだけであたしの体がぽふっ、と、医療室の固いベッドに倒れこむ。
おやすみ、シノ。
アルマの言葉に、あたしも急激に襲ってくる眠気に逆らいながら口を開く。
うん、おやすみなさい、アルマ。
目を閉じると、あたしの意識は急速に闇に沈んでいった。
よく覚えていないが、夢を見た。若が新藤さんに何故か土下座をしている夢だ。
いつまでも見舞いに来ないからだ。ざまあみろ。