チリチリするの   作:鳩屋

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2.遣欧艦隊の魔女達(二名のみ)

扶桑海軍遣欧艦隊航空魔女部隊報告書、甲1023

 

作成者、若本徹子 中尉。

 

 

1944年9月13日1400ガリア共和国リヨン基地近郊、カールスラント国境付近ニテ我ガ小隊ハ交戦状態ニ突入セリ。

 

 

「こちらカールスラント空軍所属JG54第1飛行隊、第3中隊アンジェラ・ヴォルフ、リヨン基地へ、連絡求む、我が中隊ネウロイと交戦中、連絡求む」

 

 銀髪を背中まで伸ばした少女が無線機に呼びかける。

「まだですか!?隊長、もう持ちませんよ!!」

「わわ、狙われてるーっ!?」

 不味いな。

「リヨン基地、応答求む、応答を……」

 呼びかけもむなしく、激しいノイズの向うからは声の気配すら感じ取れない。ネウロイが妨害しているのか。

 先程まで良好だった魔導無線は完全に封鎖されている。

 基地とのコンタクトを試みつつ、隊長と呼ばれた少女……アンジェラが手にしたMG42を味方の背後についているネウロイに掃射。

 ぱん、と光の粒子となってはじけ飛んだ。

「ベレーナ!!機首を上げなさい!!また食いつかれますよ!!」

 部隊の副官を務める少尉のハンネが叫ぶ。経験の浅い新人曹長は、その言葉に半泣きになりながらも上昇を試みた。

「隊長!!増援は!?このままじゃ弾が足りませんよぉ!!」

 悲鳴のような声を上げるのは同じく若手のユーリ。先程まで引きつった笑みを浮かべ、これじゃあ一日でエースの仲間入りですねなどと軽口を叩いていたが、いよいよ余裕がなくなってきたようだ。

 ユーリもベレーナも若手の中では筋の良い方だが、これだけの相手を前には分が悪すぎる。

 加えてこちらは二人の練習飛行の帰り。実弾は最低限、燃料も半分以上使い果たしている。

 相手からすれば理想的な、こちらからすれば最悪のタイミングでの奇襲だった。

「残弾確認、ハンネ」

「予備弾倉一つ……いえ、今なくなりました。これが最後です」

「こちらユーリっ!!予備弾倉無し、弾、もうなくなっちゃいますよぉ!!」

「ベレーナ、残弾ありませんっ!!」

 矢張りというか、若手の方がむやみにばらまいたため消費が激しい。

 残った弾倉はアンジェラも1つ。節約しながら最小限でやってきたが、残るネウロイは中型、小型合わせて少なくとも10以上はいる。

 このままここに居ては全滅も時間の問題だ。

 だが、突破するにしても基地方面は我々の進路をふさぐようにネウロイが多数展開している。自分一人ならまだしも、心もとない残弾で、しかも若手を二人抱えて突破するのは困難だ。

 かといって層の薄い基地との反対側に舵を取り、万が一ネウロイを振り切ったとしても、そこから基地へ戻るだけの燃料の残量は残らないだろう。

「隊長、どうします?」

 進むも退くも地獄。

 だが、決断しなくてはいけない。自分が100機以上のネウロイを落とした歴戦のエースであり、この部隊を率いるアンジェラ・ヴォルフ中尉である以上は。

「ハンネ!!包囲される前に3時方向への道をこじ開けろ!!ユーリ!!ベレーナを護衛しつつ後に続け、私が殿を務める!!」

「隊長!?基地とは逆方向です!!燃料が!!」

「構わん!!こいつらを振り切ったら不時着して助けを待つ!!」

 仮に成功しても、生存確率は決して高くはない賭けだ。だが。玉切れのひよっこを抱えて敵の中を突っ切るよりはまだ『全員で』生き残れる可能性は高い。

「隊長!!基地に向かいましょう!!私が敵を引き付けます!!」

「駄目だ」

 ハンネの具申をアンジェラは即座に否定する。要は、アンジェラを、中隊一のエースウィッチを守るため、自分を含めた三人を捨て駒にするつもりだ。

「もし基地方向へ向かえば、私『達』は貴様を置いて行く」

「っ、解りました!!ユーリ!!ベレーナ!!行きますよ!!」

 ハンネが3時方向へ舵を切る。目の前をふさぐ数匹のネウロイを手にしたMG42で蹴散らし、退路をこじ開ける。

「よし、行くぞ!!」

 ハンネの後ろに続いたユーリとベレーナを確認し、アンジェラはメッサーシャルフBf109の魔導エンジンに魔力を込め、一気に急上昇する。

 数筋の熱線がネウロイから放たれるが、ちらり、と背後を見ただけでアンジェラはそれらが当たらない事を確信していた。

 ただ落とすだけなら高度をもっと上げるのだが、今の役割は三人の若いウィッチを安全圏まで離脱させることだ。すぐさま反転し、シールドを張りながら四番機の位置につけていたユーリに標準を定めるネウロイを二機、急降下して蹴散らす。

 倒したことを確認せず、すぐさま反転、急上昇。だが、次に襲ってきた熱線は直撃コースだ。上昇をやめ、体を捻りながらシールドを展開。すぐさま機関銃の引き金を引くが、狙いが甘くネウロイは仕留められなかった。

「流石に多いな……だが……」

 戦闘空域外への進路は確保されている、そう呟こうとした刹那。

「隊長っ!!」

 悲痛なハンネの叫び声。

「どうした!!」

「前からネウロイ!!機影多数!!」

 その言葉にぞくり、と背筋が粟立つ。

「落ち着け、何機だ」

「た、沢山、ですっ……!!」

 ユーリの震える声が届く。

「沢山じゃない!!数を教えろ!!」

「中型5機!!小型5機です!!」

 ベレーナの泣き出しそうな叫び声。

 

 くそっ。

 

 奴らの狙いはこれか。

 ぎり、とアンジェラが歯を食いしばるが、後の祭りだ。

 敢えて包囲の隙を作り、『別動隊』の待ち構えるキルゾーンに追い込み、包囲殲滅する。

「攻撃、来ますっ!!」

「回避しろっ!!間に合わなければ防御!!急げ!!」

 アンジェラはすぐさま攻撃を中止し、仲間たちの方へとユニットを疾駆させる。

 限界までユニットを回した先、仲間たちが必死にシールドを張り、或いはせめてもの反撃を試みてみる。

 まだだ。まだあきらめるには早い。私が退路を切り開き、三人を逃がす。

 上がりの近い自分とは違い、皆若い。最年少のユーリに至ってはまだ11歳なのだ。

 たとえ刺し違えてでも、三人を守ってみせる。否、守らなくてはいけない。

 そう自分に言い聞かせ、銃を構えた次の瞬間。

「きゃああっ!!!」

 絶望的な光景が照準越しに飛び込んでくる。

 3番機のベレーナのユニットが被弾、急速に高度を落としていく。

「ベレーナっ!!」

 一瞬の事に思考が真っ白になる。だが、頭で考えるよりも先に、アンジェラは動いていた。

 手にした機関銃を捨て、地面に向かって錐揉み落下していくベレーナを負い、その手を掴む。

「うぐっ!?」

 思い切り引っ張られ、ベレーナの肩からごきり、と嫌な音がするが、墜落だけは免れた。

「隊ちょ、っ!?」

 痛みに顔をゆがめながらもこちらを見返してくるベレーナを抱きかかえ、顔を上げる。

「……畜生(シャイセ)

 完全にネウロイに取り囲まれた空域の中心で、ぽつり、と呟く。

「隊長!!!ベレーナ!!」

 ハンネとユーリが二人を守るように前後につく。

「畜生!!畜生っ!!」

 ぼろぼろと涙を流しながらシールドを張り、必死に弾き金を引くユーリ。

 だが、既に弾をうち尽くしたMG42は、かちんかちんと無情な音を立てるだけで、一匹のネウロイをも倒す事は出来ない。

「隊長!!隊長だけでも退避を!!私の銃はまだ使えます!!」

 シールドを張りながら手にした最後のMG42を差し出し、ハンネが叫ぶ。

「お前らを置いていけるか」

「隊長、逃げて、私はいいですから!!」

 ベレーナがアンジェラの手から逃れようと暴れるが、アンジェラの手はベレーナをしっかりと抱きしめ離さない。

「隊長、逃げてよぉ!!」

 嗚咽交じりにユーリが叫ぶ。だが、それが逆にアンジェラの心を決めさせた。

「ありがとう、皆」

 次の瞬間、4人の姿を影が覆った。

「お前たちは最高のウイングガールだ」

 太陽を覆い隠すように、中型ネウロイがゆっくりと高度を下げて近づいてくる。あと 数分か、数秒か。ネウロイの熱線の一斉掃射で、JG54第1航空隊第3中隊はこの世界から姿を消すことになる。

 ユーリがひっと悲鳴を上げ、ベレーナがアンジェラの胸にしがみつく。最後の抵抗を試みるつもりか、ハンネが三人を庇うように前に出て、震える手でMG42を構える。

「各員、方円を組んでシールドを展開。簡単には落ちるな。一秒でも長く生き延びろ。カールスラントウィッチ(ルフトヴァッフェ)の意地を見せてやれ」

 凛とした声で最後の命令を放つが、奇跡などそう簡単に起こりえない。

 ……ここまでか。

 震えるベレーナを抱きしめる力に手を込めた瞬間。

 

「こちら扶桑遣欧艦隊所属、若本一番。聞こえるか?」

 

 突如、オープンチャンネルの魔導無線に張りのある声が、アンジェラの、否、部隊全員の耳に飛び込んでくる。

 

 最初は何かの間違いかと思った。

 几帳面なアンジェラは飛行前には必ず自分の基地の、否、周辺の基地全てのウィッチの航空ルートを把握するようにしている。この空域にウィッチが通りかかるなどアンジェラは聞いていなかった。

 では、この声の主は誰なのか。

 

「こちら扶桑皇国若本一番。聞こえているなら返事をしろ、カールスラントのウィッチ共」

 

 やや癖のあるカールスラント語での再度の呼びかけ。聞き間違いでも、空耳でもない。

 その証左に、言葉の意味を理解したハンネの、ユーリの、ベレーナの瞳にわずかな希望の光が灯った。

「隊長っ!!」

 ハンネの震える声に頷き、アンジェラが口を開く。

「こちらカールスラント空軍JG54第1飛行隊第3中隊。扶桑皇国のウィッチへ。我々は断頭台の上にいる。今からでも助けは間に合うのか?」

 アンジェラの問いかけに、無線の向うのウィッチがふ、と小さく息を吐く。

「流石はカールスラント軍人、その堂々とした立ち振る舞い、まさに騎士の末裔だな」

 姿は見えないが、不敵そうな扶桑のウィッチが笑う様子が目に見えるような気がした。

「……だそうだ。間に合わせろよ、ハギ」

「はい!!萩谷二番、先行します!!」

 その言葉に間髪入れず返事をしたのは、先程とは違う、幼さの残った、だが、凛とした響きの声だった。

 その声が響くや否や、上空からメッサーシャルフとは違う魔導エンジンの回る音が響く。

 

 そして、次の瞬間。

 

「取ったぁっ!」

 矢のように降ってくる少女の叫び声と、乾いた機関銃の音が空に響いた。

 自分たちに狙いを定めていた中型が機関銃の音に合わせてガンガンガンと振動し、次の瞬間光の粒となって爆散した。

「まず一機!!」

 その間をすり抜け、ウィッチ……扶桑海軍の飛行服姿の一人の少女が叫び、顔を上げる。

 小柄な体を野生動物のようにようにしならせると、急降下の勢いのまま旋回し、そのまま勢いを殺すことなく上昇を始め、他のネウロイの方へ、真っ直ぐ『正面』から突っ込んだ。

「何!?」

 思わずアンジェラが目を見開く。

 カールスラントのウィッチの基本は一撃離脱。奇襲に成功したなら再び敵に捕捉される前に其の場から離脱するのが鉄則だ。

 深追いは禁物。ましてや正面から突っ込むなど、正気の沙汰ではない。

 当然ネウロイの熱線は突如現れた少女に集中する。

 だが。

「うぅ、チリチリが多いなぁ……」

 少女は訳の分からない事を呟くと、その熱線のほとんどをすれすれで避けて見せた。

 唯一直撃コースの一撃も、そこに来ることが分かっていたかのようにシールドを一瞬だけ、熱線に対して鋭角に展開して逸らして見せる。

 受け止めるのではなく、受け流す。

 さほど違いが無いようで、それを行えるようになるまでの練度には圧倒的な差のある技を事も無く披露した扶桑のウィッチは、そのまま手にした機関銃を構える。

 上昇しながらネウロイに対して20mm機関銃を打ち上げ、その直撃を受けたネウロイが次々に爆発していく。

「あっ!?」

 ネウロイもただやられているわけではない。少女の射線から外れた一匹が素早く回り込み、少女の背後から熱線を放つ。

 落とされる。そう思った瞬間。

 少女の『足』からシールドが展開される。

 シールドに熱線が当たった勢いを利用してくるり、とその場で半回転すると、さかさまになったまま熱線を放った背後のネウロイに、お返しとばかりに20mmを叩き込む。

「ハギ、オレの分もとっとけよ」

「じゃあ早く来てくださいよ若。一人で突っ込ませるなんて部下使いが荒い一番機ですね」

 さかさまの状態からくるりと反転して飛行姿勢に戻った少女が声の主に言い返す。

「面倒だからな」

 次の瞬間、少女に向かって殺到していたネウロイが数機、突如爆発を起こして四散する。

「どうした?言われた通りに来てやったぞ」

 その声は、『下』から響いた。

「離脱する。援護しろ。ハギ」

 既に機首を起こして上昇に移っている『ワカ』と呼ばれた少女が口を開く。

「えぇ!?あたしも離脱したいんですけどぉ!?」

 そう言いながらも『ハギ』と呼ばれた少女は律儀にくるりと反転し、再び集結しつつあるネウロイに向かう。

 相手の死角の優位高度からのズームアンドダイブ、そして機首を翻し鋭く上昇。

 カールラントの教本に乗せたいくらいに、無駄のない動きだ。

 だが、ネウロイたちもそれをむざむざ見送る訳もなく、数機がその砲門を『ワカ』に向ける。

 だが、そんなネウロイを再び反転した『ハギ』の20mmが打ち抜いていく。

「うわぁ、チリチリするぅ」

 先程と同じような事を呟きながら。

 今度は『ハギ』の来襲を見越していたのだろう数機のネウロイが、『ワカ』ではなく『ハギ』に熱線を集中させる。

 だが、先程と同様、『ハギ』はその熱線を寸でで交わし、自身の進路を確保するように20mmの引き金を引いた。

 ネウロイにも学習能力はある。恐らく、目の前の『ハギ』を相当な『脅威』だと認識したのだろう。

 離脱した『ワカ』と攻撃手段を失ったアンジェラ達などすでにネウロイの眼中にない。

「いいぞ、ハギ。次は『三号』を落とすからもっと密集させろ」

「はぁ!?そんなの持ってたなら、なんでさっき使わないんですか!!」

「アレだと落とせて半分だ。それじゃあ面白くないだろ」

「はぁぁ!?どっちにしてもあたしは面白くないです!!」

 悲鳴を上げながら、それでも『ハギ』は律儀に、ネウロイをおびき寄せる様に、時折威嚇射撃を織り交ぜつつ急旋回を繰り返しながらその場にとどまり続ける。

 それを逃げ場を失ったと判断したのか、アンジェラたちを包囲していたネウロイが、獲物に群がるサメの群れのように『ハギ』に殺到する。

「若ぁ、チリチリがもう限界っ!!頭が沸騰しそうですよぉ!!」

「準備完了だ。そのまま上昇して、10秒で離脱しろ」

「鬼ぃ!!」

 悲鳴を上げながら『ハギ』が太陽に向かってストライカーを急上昇させる。

 背後からの熱線を足で張ったシールドで弾きながら離脱を試みるも、扶桑の零式艦上戦闘脚の貧弱な上昇性能はネウロイに劣る。徐々に『ハギ』のユニットとネウロイとの差が縮まっていく。

 

 6、5、4……

 

 徐々にネウロイのビームで『ハギ』の体が揺さぶられるようになる。攻撃を受け流す余裕がなく、シールドがまともにネウロイの攻撃を受け始めたからだ。

 

 3、2……

 

 ネウロイうちの一匹が『ハギ』の脇につく。

 シールドを足に集中させている今、それ以外の部分は完全に無防備だ。ネウロイの体の一部が赤く光り、今まさに熱線が放たれようとした時。

 

 

 突如『ハギ』の体が其の場から消える。

 

 否。

 機首を無理矢理さらに上へ上げた事で、限界を超えたユニットは失速を起こし、急劇に速度を落として落下する。

 その刹那『ハギ』よりも遥か頭上で、ネウロイの熱線が何もない空間を焼いている。

 

「零」

 

 『ハギ』がその場から離脱する。上ではなく下。

 失速を確認した瞬間、魔導エンジンに送っていた魔力を一旦絞り、自由落下の勢いを生かして体を180度反転させる。

 目の前に迫る地面に向けて再度魔導エンジンに魔力を込める。一瞬でもタイミングを間違えれば錐揉みを起こし、そのまま機体の制御が出来ずに地面に激突する紙一重の挙動。

 それを制御した時点で、一か八かの賭けは成功したも同然だ。

 

 急上昇するネウロイと、急降下する『ハギ』。そして、ネウロイの目の前には。

 

「時間だ。あばよ」

 

 『ワカ』の投下した、3号特爆が迫っていた。

 どん、という腹に響く音と共に、空で破裂した3号特爆が熱く焼けた焼夷弾子をまき散らす。それに触れたネウロイが次々に炎を上げ、そして四散していく。

「死ぬ!!死ぬかと思った!!」

 地面にキスする寸前で機体を起こし、ぎりぎり特爆の有効範囲を離れた『ハギ』が息を吐く。

 その高度僅か数メートル。一歩間違えば全速力での墜落。手を伸ばせば地面に届きそうだ。

「こちら若本一番、ネウロイの全機撃墜を確認」

「こちら萩谷二番。そうじゃないと怒りますよ!!」

 

 

「凄い……二機だけで全部倒しちゃった……」

 ぽつり、とユーリが呟く。

 アンジェラもただ茫然と空を見上げていた。

 生き残った。誰一人欠けることなく、生き残る事が出来た。

 その思いだけで、体から力が抜けていきそうだ。

 

「カールスラント空軍機へ、こちら若本一番。戦闘終了」

『ああ……救援感謝する、扶桑のウィッチ』

「気にするな。こっちが好きでやったことだからな……ええと……」

 いつまでも『扶桑の』『カールスラントの』と呼ぶわけにも行かないが、生憎先程の長ったらしい部隊名のせいで名前を覚えきれなかった。

『こちらはカールスラント空軍所属、アンジェラ・ヴォルフ中尉だ。そちらは』

 気を利かせたのか、無線の向うのウィッチが簡潔に名前を名乗る。

「扶桑海軍、若本徹子中尉。アンジェラ、そっちも中尉か、なら敬語は抜きでいいな」

 元々敬語など使っていなかったが、相手の階級が上なら口調を切り替えるくらいの機転は持ち合わせている。

 向うも合いも変わらない慇懃な口調で返事をかえしてきた。

『こちらこそ。若本中尉、お前らの残弾と燃料はどうなっている?』

 ちらり、と『ハギ』を見やると、眉をひそめて首を振る。

「どっちも少ないな。これからジェノヴァまで飛ぶってのに」

 ジェノヴァには扶桑皇国遣欧艦隊の旗艦、空母『瑞鶴』が停泊しており、欧州に展開する扶桑海軍の司令部もそこにある。欧州の戦況に応じて拠点を変える、まさに動く航空基地だ。

『ロマーニャまでか?いくら扶桑のユニットでも無理があるな』

「何事もなければギリギリ行けたんだがなぁ……」

 ぽりぽりと頭を掻く。生憎増槽も戦闘行動に移る際に切り離してしまった。

 有事の際の中継地としてガリアの基地にも連絡を入れていたのだが、ここから引き返していても届かない。

「あー、アンジェラ、助けた恩をねだるようで悪いが」

『解っている。基地には連絡を入れる。燃料補給と機体の整備、それに、大したものは出せないが空腹を満たすくらいの食事は用意させよう』

「マジか?話が分かるな!!」

 『ワカ』の言葉に無線の向うから苦笑じみた笑い声が帰ってくる。

『命の恩人への礼にしては足りないくらいだ。遠慮はいらん。ハンネ、二人を誘導してやってくれ』

『了解』

 

 ……こうして、あたしと若本徹子中尉はカールスラント空軍JG54の基地へと向かう事になりました。補給と食事。一晩だけの世話になるはずが、まさか、あんな大事件に巻き込まれるなんて、その時は誰一人として想像はしていませんでした。

 

「おいハギ、余計な文章を付け加えるな」

「何ですか?人に報告書を任せきりにしておいて、文句があるんですか?」

「オレが上から文句を言われる」

「は?だったら自分で書けばいいじゃないですか」

 

 基地の一室でせっせと報告書を書いている信乃の頭を徹子が叩く。眠そうな目に抗議の色をにじませながら、信乃が言い返した。

 

 

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