チリチリするの   作:鳩屋

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おまけ ―違う、そうじゃない―

「ん、んぅ~」

 

 船室の窓から覗く眩しい朝の光、そして外から響く起床ラッパ。

「ん!?」

 がばり、と萩谷信乃が飛び起きる。ぱっと立ちあがり布団を畳み、地面に脱ぎ捨てられていた飛行服に袖を通し、手櫛で髪を整えヘアピンで前髪を止めようと髪をまとめかけて。

 口に加えていたヘアピンを手に取る。適当にそのまま髪に挿すと、ぽりぽり、と頭を掻いた。

「……いいんですよね、今日は」

 特例で朝の整列への不参加を許されていたが、10を少し超えた年齢の頃には既に軍で生活をしていた身、部屋を出ないにしろここまでの動きは脊髄反射的に行ってしまうのだ。

 脱力してベッドに座り込み、はあ、とため息をつく。

「それにしても……」

 二段ベッドの上に本来寝ているはずの上官……一番機の若本徹子が部屋の床で一升瓶を抱えて爆睡している姿を見下ろして信乃は大きくため息をついた。

 頭が痛い。気持ち悪い。

 そう言えば昨日はどうしたんだっけ。確か、瑞鶴に戻ってから報告書の存在を思い出し、ここ数週間の記憶を頼りに机に向かい、日が暮れてからようやく報告書を提出し(その後滅茶苦茶査問された)、遅い夜食をとっていたら日付が変わったのでさてようやく寝ようとした矢先、『明日は休みだ!!吐くまで飲むぞ』とかほざきながら一升瓶を両手に抱えた徹子が部屋に戻ってきて、無理やりにつき合わされて。ああ、そうだ。

 信乃ははぁ、とため息をつく。何が悲しくてプライベートでもこのすちゃらかな上官と一緒にいなきゃいけないのか。

 勿論、嫌いではない。

 死ねという命令以外なら何でもするくらいには信頼もしているし、自分では到底及ばないほどの空戦技術や指揮能力は尊敬すらしている。

 しかし。

 四六時中空で一緒に居るのにプライベートでも一緒では、流石にうんざりする。どんなに仲がいい恋人同士でもそこまで一緒に居たりはしないはずだ。

 仕事は仕事、非番は非番。徹子は尊敬する上官で、空戦の師匠で、面倒な姉であっても、友人では決してない。

 というわけで、久方ぶりのまともな睡眠時間を泥酔という名の沼に叩き落としてくれたこの上官とは今日一日関わり合わない。ただでさえここ一ヶ月近く、朝から寝るまで顔を突き合わせてきたのだ。気分転換しなければ。まず、この汗臭い飛行服から私服に着替え、若に見つかる前に半舷上陸し、年相応のウインドウショップとしゃれこむのだ。

 そう、年相応の少女ならウインドウショッピングなのだ。好きな店をはしごして回り、お昼を食べて帰る。洋服やアクセサリー。おしゃれなカフェなんかに行けばそれっぽいのだ。

 ……そう、決して窓を買いに行くわけではないのだ。よくもまあ真顔でとんでもない事を吹き込んでくれましたね若。あの屈辱は決して忘れませんよ。他の小隊のウィッチのいたたまれないような視線。死にたいくらい恥ずかしい目にあったんですからね。

 そうと決まれば早速若をしばく……ではなく、出かけなければ。

 ベッドから立ち上がり、年齢通りのスレンダーさと、体を鍛えた者が持ちうるしなやかさでうーん、と大きく背伸びをする。

 そしてそっと部屋を出ようと足を踏み出した。

 だが、何かに足を取られてその場に転んだ。

「ぐえっ」

 潰れた蛙のような声を上げる信乃。ころころころ、と、足元を信乃の踏んだそれが転がっていく。

 昨日の夜、徹子に渡されて自分が空にした一升瓶だった。

 もうやだ。トシゴロの女の子が一升瓶?このまま洒落なカフェに入ったらどんな顔をされるか。

 ああ。もうやだ。外に出たくない。気持ち悪い。汗臭い。お風呂入りたい。頭痛い、寝たい。

 床にうつぶせになったまま、信乃の心は既に折れていた。

 それもこれも、全部この一番機のせいだ。

 ちらり、と腹ばいになったまま首だけを巡らせて横を見る。憎たらしい程幸せそうに寝息を立てている徹子。このまま熟睡させてなるものか。同じ苦しみを味あわせてやる。

「若、朝ですよ」

 信乃が徹子の肩をゆする。

「んぁ……ぐぅ」

 幸せそうな顔で夢から覚めない徹子を見て信乃がむか、とした表情を浮かべる。

 人を散々付き合わせておいて、そのせいでこっちは朝から最悪の気分だというのに、この一番機ときたら……。

 体を起こし、徹子の上に馬乗りになり、先程とは打って変わった激しい勢いで肩をゆする。

「若!!朝ですよ!!起きてください!!若っ!!」

「ん……るさい……なぁ……」

 がっくんがっくんと頭を振りながらも、次の瞬間、ごろりと寝返りをうった徹子の踵が信乃のみぞおちに叩き込まれる。

「~っ!?」

 其の場に蹲り、悶絶する信乃。ヤバい、出そう。今ので昨日飲んだのが一気に戻ってきそう。

 よろよろと立ちあがり、トイレに向かって駆け出す信乃。

「ん……ハギぃ……ふへへ、なんだぁ、今日は甘えん坊だなぁ……」

 一方、徹子は一升瓶を抱きかかえながら幸せそうな笑みを浮かべていた。

 

 しばらくして、口を抑えながら涙目の信乃が戻ってくる。据わった目で徹子を見下ろし、足元に転がる一升瓶を拾い上げた。

「よくもやってくれましたね、この馬鹿一番……」

 

 

「なあハギ、何か凄ぇ頭が痛いんだけど」

「二日酔いでしょう、あれだけ飲んだんですから」

「そうかぁ?何かそれとは違う感じの、思いっきりぶん殴られたような……」

「二日酔いですよ」

「うーん……ま、それもそうだな。ハギが言うなら間違いないか」

 頭をさすりながら徹子が呻く。

「なあハギ」

「今日は非番です。お互い自分の時間を過ごしましょう」

 とは言え、胃の中身を吐き出して、ついでにストレスも吐き出せたので信乃の気分はだいぶ持ち直していた。そう、余り時間はないが、少しくらいジェノヴァの町をぶらぶらしてもいいか、と思えるくらいには。

 私服の上からコートを羽織る。私服はこちらで知り合ったウィッチが送ってくれたものだ。服の事は良く解らないと手紙に書いたら、頭からつま先までコーディネートした私服一式を誕生日に送ってくれたのだ。

「久々に着ましたね、これも」

 時折手紙のやり取りがある背の高いオラーシャウィッチに思いをはせながら、コートのボタンを留め終える。

「ふむ」

 姿見で自分の姿を確認する。まあまあだろうか。白いコートは汚れが目立ちそうだなぁ、という感想はお洒落に興味が無い証拠のようだが、何となく普段とは違う格好をするというのはわくわくする。まるで普通のトシゴロの少女の様だ。これで町を歩けば軍人だと、ウィッチだと気が付くものは少ないだろう。

「顔がニヤけてんぞ、ハギ」

「いいじゃないですか。非番の時くらいニヤけようが浮かれようが、あたしの勝手です」

 振りかえらず信乃が答える。

「ボタン、掛け違えてるぞ」

「嘘!?」

 慌てて姿見でボタンを確認する。だが、コートもブラウスも、ボタンはきちんと止まっている。

「……だましましたね」

 くっくっく、と笑う徹子に信乃は肩を怒らせる。

「兎に角、あたしは町に行くんです。ウインドウショッピングをしてカフェでコーヒーを飲んで、お洒落で平凡な一日を過ごすんです」

「へいへい」

「ついてこないでくださいよ」

「へいへい」

「本当にですよ」

「へいへい」

「解ってます?本当にですからね?」

「へいへい」

 何度も念を押して信乃は部屋を出て行った。徹子は扉が閉まると、見るともなく見ていた航空教本を放り投げ、ごろりと二段ベッドの上から上半身を起こし、さも当然のように呟く。

「……じゃあ、行くか」

 扶桑の格言にもある。

 

『押すなよ!!絶対に押すなよ!?』

 

 その意味は、押せ、の合図だ。

 

 そして。

 結論から言えば、信乃の願いはかなえられなかった。

 

 部屋から出るなり伊予と出くわし、出会い頭に先制パンチのような一声を食らう事になる。

「ハギちゃん、少しいいですか?ハンガーに来て欲しいんですが」

 にっこり、とほほ笑む伊予。休日終了のお知らせ。ああ、と信乃の顔に絶望がよぎる。同い年だが、れっきとした上官の命令だ。

「嫌だっていったらどうします?」

「折角届いたシノちゃんの新型ユニット、若本中尉に」

「行きます」

 零式も雷電も壊してしまった。今の信乃には自分のユニットが無い。これでは菅野の事をデストロイヤーなどとからかえない。からかうと殴られるのが目に見えているので、そもそもそんな事間違っても言わないが。

「そんな急がなくても、着替えてきたらどうですか?」

「そんなことしたら若に感づかれます」

「誰に感づかれるって?」

「そりゃあ、若……って、若!?」

 何故か外出用の士官用コートを羽織った徹子の問いに、信乃が目を丸くする。

 ていうか、この人、やっぱりついてくる気だったんですね。

「ついてくるなって言ったのに」

「オレもたまたま一人で散歩がしたくなっただけだ」

 しれっと言い放つ徹子。

「じゃあ、ご自由に。あたしはこれから『新型』ユニットの受領に行くので」

「何?」

 新型、を強調して言い放つ信乃に徹子の顔が驚きに見開かれる。

「……伊予」

「し、仕方ないじゃないですか!!若本中尉のユニットはまだ大丈夫ですし!!」

「オレの予備と交換だ、シノ」

「嫌ですよ、あの21型。まるで若の頭の中みたいな色じゃないですか」

「撃墜マークだ!!」

 撃墜マークを張り付けた徹子の予備の零戦21型は、『ロサ・パイン』と外国のウイッチから呼ばれている。桜を模した撃墜マークが多すぎて、遠目からでは機体をピンクに塗ったように見えるからだ。

「ハギちゃんにぜひ使って欲しいそうです。というか、試作機で……」

「嫌です」

 また試製。ついこの前それで痛い目を見たばかりだというのに。何であたしなの?

「最後まで言わせてください!!確かに試作機です。試作機ですが、テストは十分にして間もなく量産されるユニットです。量産型と殆ど変わりないですから、安心してください」

「むぅ……そうですか」

「評判は良いですよ。きっと気に入ると思います。ハギちゃんの為に試製機の一番いい奴をわざわざ新藤少佐が本国に掛け合って引っ張ってきてくれたんですから」

 そう言われると少し安心する。というか、格好いいかも。最新機材を誰よりも早く使えるという事だ。そう思うと少し気分が上向いてくる。

「じゃあ、見にいきましょうか、あたしの可愛い新型機を」

 ふふん、と徹子に勝ち誇った笑みを浮かべ、スキップするようにハンガーへ向かって歩く信乃。

「……お前のいったこと、本当か?」

 少し後ろを歩きながら、徹子が伊予に尋ねる。

「ええ、概ね、本当です」

 

 そして。

 

「……くそう、くそう……」

 コートが汚れるのも構わず、信乃はハンガーでがっくりと膝をついていた。その後ろでは、徹子が必死に笑いをこらえている。

「これが扶桑の新型、『零式54型』です!!金星魔導エンジンを換装して出力を強化し、運動性を保ったまま限界性能を引き上げた零式の完成形!!量産機は64型になるので、54型を使うウィッチは扶桑皇国の中でもハギちゃんだけです。まさに専用機ですね!!」

「違う、違うんですよ!!」

 信乃が怒鳴る。

「そうじゃなくてもっとこう根本的なところが!!どうして零式にこだわるんですか!!紫電改とか雷電とか、名前が違うだけでもかなりニューフェイス感があるのに、零式!!いつまでたっても零式!!54とか64型とかどこまで引っ張れば気が済むんですか!!」

 

 信乃の大声に伊予や徹子だけではなく、ハンガーに居た整備兵やウィッチ達も思わずくすくすと笑いだす。

 

「ああもう!!何笑ってるんですか!!」

 

 




一升瓶に入っていたのはお米ジュースです。

すみません、あと少しだけ書かせていただきました。
また、書きたいことがまとまったら、更新するかもしれません。

お眼汚し、失礼しました。
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