チリチリするの   作:鳩屋

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番外編 こんな事もあったかもしれない、そんな話
番外編 2.シュニック・シュナック・シュヌック


○月×日

 

〇ガリア共和国、リヨン臨時基地の●●●●●●●の●●●●となって大分日が経った。

・基地の司令代理である●●●●●大尉や戦闘隊長の●●●●中尉とのやり取りも大分慣れ、互いに胸襟を割って話すようになれたと思う。

・一方であるが、部隊の隊員達……空で自分の僚機になるウィッチ達との交流は、話す機会も少ないせいもあるが、自分としては物足りない。上の方での作戦行動のすり合わせに時間を取られていたのもあるが、●●飛曹長がそういった事には積極的なので任せきりになっていた節がある。いざという時に大切なのは信頼関係だ。時間を見つけて彼女達とも交流が出来るよう時間を取ろうと思う。

 

~遣欧艦隊リヨン支援日誌より抜粋~

 

「準備は良いですか、ユーリ」

「うん、いつでもいいよ」

 互いに向き合い、口を開く信乃とユーリ。その口調はのんびりとしているように感じるが、二人の目は真剣だ。まるでさながら早撃ちを競う西部劇の主人公たちのように、チリチリとした緊張感を漂わせている。

 ごくり、とそれを見ているベレーナが唾を飲む。

「じゃあ、言った通りに」

「うん」

 そして、次の瞬間、互いに右腕を後ろに引く。ブーツが地面を踏みしめ、同時に二人が口を開いた。

「シュニック、シュナック、シュヌック!!」

 

 徹子が談話室の部屋の扉を開けると、そこには見慣れたウィッチ達と見慣れぬ状況。

 今にも拳を突き出しそうな勢いで互いに向き合う信乃とユーリ、少し離れて腰掛けているベレーナ。

「……何してるんだ、ハギ」

「若。気が散ります。どっか行ってください」

「うぅー!!また上手くいかなかった!!」

 じろり、と談話室に入ってきた徹子を睨む信乃と、悔しそうにおでこを摩るユーリ。

「談話室に入っただけでそんな顔される意味が解らん。ベレーナ」

「は、はい」

「コーヒーと説明」

「はいっ!!」

 その言葉に慌ててベレーナがソファから立ちあがる。

「若、あまり他の部隊のウィッチを脅かさないでください。扶桑のウィッチが若みたいなのばかりだって思われます」

「脅してなんかしてねぇよ」

 ぎろり、と信乃を睨む徹子。いや、実際は睨んでいるわけではないが、鋭い目つきのせいで知らない者が見れば睨んでいるようにしか見えない。

「はぁ……若はもっと自分の立ち振る舞いを客観的に見るべきです」

「どういう意味だ。オレ程紳士的に振舞っている奴はそういないぞ」

「そのせいで逆に怖いんです」

 昔はやんちゃな近所の不良といった感じだったのが、今や任侠の若頭だ。落ち着きを身に着けた分、威圧感を増している。

「じゃあどうすればいいんだ?諄子みたいにいつもニコニコしてればいいのか?」

「……それはそれで不気味ですね」

 信乃の言葉に肩をすくめながら、徹子が改めて目の前の光景に目を向ける。

 談話室の机を挟んで、信乃とユーリが向き合っている。机の上には調理場からくすねてきたのか、大きな鍋の蓋と、怪我をしないように布でぐるぐる巻きにしてある棒が置いてある。

「……いや本当に、何してるんだ、ハギ」

「見てわかりませんか?」

「わからないから聞いているんだ」

 アホな事をしているのは気配で解るが、どれだけアホなことをしているかまでは良く解らない。ただ、アホな事なのは良く解る。

「あのね、しゅばってやる奴の特訓なんだ」

 その言葉に改めて机の上のモノと、信乃とユーリを見比べる。

「……いや、やっぱり解らん」

「はぁ。若は察しが悪いですね」

 呆れたような声で信乃が肩をすくめる。

「ちょっと待て。何でそんな残念そうな目でオレを見る。どう考えてもその目はオレがお前達に向けるものだろ?」

 理不尽にもほどがある言葉に徹子が口を開いた。

「はあ……じゃあ、少し見ててください。ユーリ、もう一回行きますよ」

「うん!!」

 頷くユーリと再び向き直り、手を後ろに引く信乃。

「「シュニック!シュナック!シュヌック!」」

 同時に叫び、腕を前に出す。信乃はグー(Stein)、ユーリはパー(Papier)だ。

「えいっ!!」

「甘いです!!」

 ユーリが素早く棒を手に取って信乃に振り降ろすが、それよりも先に信乃が手にした鍋の蓋でそれを横へと受け流す。

 さらに掛け声をかけて再度手を出す。

 信乃がチョキ(Schere)、ユーリがパー(Papier)。

 慌ててユーリが蓋を手に取るが、それより先に信乃がユーリの頭にぽこん、と棒を振り降ろす。

「あうっ!!」

「まだまだですね、ユーリ」

 ふふん、と笑みを浮かべる信乃。

 これでわかりましたよね、と言わんばかりの顔をしている二人を前に、徹子はため息をつく。

「……楽しそうだな、お前ら」

「遊んでなんかいません。特訓です。馬鹿なんですか?」

「馬鹿はお前だ」

 何処をどう見ても叩いて守ってジャンケンポンだ。扶桑皇国に伝統的に伝わる遊びだ。

「さっきからずっとやってるんです。ユーリが勝つまで終わらないみたいです」

「やっぱりがっつり遊んでるじゃねぇか」

「ふふん。甘いですね、若」

 ソファに並んで座る徹子とベレーナに信乃がちっちっ、と指を振る。ドヤ顔も相まって正直ちょっとウザい。

「いいですか、これは只の叩いて守ってジャンケンポンじゃありません。受ける方は蓋を斜めにして、相手の攻撃を受け流すんです。反射神経と咄嗟にシールドを張る角度。両方が鍛えられる、あたしの考えた極めて合理的な練習方法。です」

「……」

「ふふん。驚いて声も出ませんか、若」

「……すまん。馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ここまでだったとは……」

 可哀想な者を見る目で頭を抱える徹子を見て信乃が『な!?』と声を上げる。

「え?これ特訓じゃないの?」

「特訓ですよ、ユーリ。あたしの知る限り、これが最も戦闘中のシールドの受け流しに近い感覚です」

「叩いて守ってジャンケンポン的な感覚でシールドを張ってたのか、お前」

 それはそれで逆に凄い。天才と馬鹿は紙一重というが、もし後者なら今後僚機を組むにあたって非常に不安になってくる衝撃の事実だ。

「でも、シノさんは凄いですよ。さっきから2時間くらいやってますけど、一回もユーリに負けてませんから」

「……凄ぇな」

 こんなアホな事を2時間もやってたのか。というか、途中でユーリかベレーナも疑問に思わなかったのだろうか。

「でも、何となくしゅばってやる感覚がつかめてきた気がするし、間違いじゃないような気も……」

「間違いだと思うぞ」

 えー?と抗議の声を上げるユーリと信乃を無視して徹子がコーヒーに口を付ける。徹子の好みに合わせて砂糖とミルクを程よく混ぜた味。コーヒーが飲みたいと言うと黙ってカップと代用コーヒーの入った瓶を渡してくる信乃とは雲泥の差ともいえる心遣い。

 もう信乃を置いてベレーナを連れて帰った方が良いような気がしてきた。

「はあ、これだから若は」

 だが、信乃は徹子の言葉に肩をすくめて見せる。

「いいですか?シールドでの受け流しに大事なのは『攻撃を防ぐ』という咄嗟の動きを、『攻撃を受け流す』動きに変える事です。シールドを張る動きというのは頭じゃなくて体で覚えるものですから、どういう角度なら敵の攻撃を受け流せるかというのを咄嗟に判断するには理屈じゃなくてうんざりする位の反復で、体に叩き込まなくては意味がありません」

 それっぽい事を言いだした信乃の言葉に、む?と徹子が思わず耳を傾ける。

「理屈っぽい若には解らないかもしれませんけど、体の動きというのはそういう事です。骨の髄までしみこんだ体の癖というのは容易に変える事は出来ないからこそ、最初に最適な動きを覚える必要があります。あとはそれを何度も繰り返すことで、自然とそれが身についてくるんです」

 おぉー。とユーリが目を輝かせる。

「……良く解らん」

「若ほど才能のあるウィッチには必要のない芸当ですから、当然です」

 シールドの角度を調整してネウロイの攻撃を受け流すという芸当が出来るウィッチは意外と少ない。欧州の激戦区を生き残れるような歴戦のウィッチはそんなことしなくてもネウロイのレーザーを防げるような魔法力の高いウィッチが殆どで、それ以外のウィッチは受け流すような技を身に着ける前にネウロイに落とされる。

 当然徹子も前者であり、シールドを張るような状況になる前に奇襲をかけて敵を殲滅する戦闘スタイルを取る徹子がシールドを張ることなど滅多に無い。そうなる前に戦況を終わらせるのが徹子の戦い方だ。

 それに比べると、信乃は高くない魔力を固有魔法でカバーしつつ、同時にシールドや回避技術を磨き上げて生き残ってきたウイッチだ。

「だけど、あたしみたいな平凡なウィッチにとっては、これは何よりも必要な能力なんです」

 信乃だけに限らず、身体能力や魔法力が劣るウィッチが生き残るためには、そういった努力が必要不可欠だ。

 一撃離脱戦術を生み出し、多くのウィッチ達にそれを指導し、『先生』と慕われるカールスラントのエディータ・ロスマン軍曹も体力的には他のウィッチ達に劣っていたという。だが、どこかが劣っているのであれば、その分努力や研究を重ねて補う『何か』を身に着ければいい。

 ロスマン軍曹が編み出した一撃離脱戦法も、ジェーン・S・サッチ少佐の生み出したサッチ・ウィーブも、そうしたウィッチ達がどうやって戦い、生き残るか、試行錯誤した結果生まれてきたものである。

 そして、そういった一つの国のウィッチの戦術すら変えてしまうような発想や発案ではないにしろ、シールドに関しての経験値なら、信乃も一家言持っているといえる。

 多重シールドを展開できるパトリシア・シェイド中尉やフランチェスカ・ルッキーニ少尉、強力なシールドで敵の攻撃を完全に相殺できる宮藤芳佳軍曹のような一握りのウィッチとは異なり、一枚の脆弱なシールドをいかに鉄壁の守りにするか。そのための技術や情報を柔軟に吸収、発展させ、状況に応じて使い分ける。

 その事に関して、信乃ほど熟達したウィッチはそう多くはない。

 だから、徹子は一瞬、勘違いをした。

「……本当にこれでシールド技術が上達するのか?」

「間違いないです。何なら若もやりますか?」

 自信たっぷりに言い切る信乃。

 むむ、と徹子が腕を組み、手を口に当て思案する様な表情になる。

 そして、一言。

「……よし、解った、やろう」

「流石は若です。もう準備は整ってるはずですから、場所を変えましょう」

「ん?」

 徹子が眉を顰める。何の準備だ?

「より実践的な方法があるんです。今からあたしがそれを教えてあげますよ」

 自信たっぷりな信乃の顔に不安がよぎる。

 信乃がこういう顔をするのは、大抵ろくでもない事を思いついた時だ。

 

 そして。

 

「どうしてこうなった」

 ハンガーに移動した徹子が呻く。目の前には、マンホールくらいの大きさだが、それよりも薄くて丸い鉄板に取っ手を取り付けた謎の代物と、刀くらいの長さの木の棒。そして、興味深げに見つめるハンナ達カールスラントウィッチ。

「成程。これが扶桑の秘密特訓なのか」

「興味深いですね。一見遊びのようですが、若本中尉ほどのウィッチがたかが遊びでそんな事をするとは思えませんし」

 ルールを聞いたアンジェラとハンナが呟く。

 他にもハンナ達も含め、この基地にいるウィッチ達や手隙の整備兵も集まっている。たまたま談話室に入ってきたアンジェラが話を聞き、そして、それなら搭乗員室で待機中の皆も集めてハンガーでやろうという事になったのだ。それなら出撃指示が出てもも其の場で準備が行えるし、何よりも広いので大人数で集まれるからだとはアンジェラの弁。

 思わず頭を抱えそうになる。何だこの公開処刑。

 勢いでやるなんて言わなければよかった。真面目でちょっと融通が利かないルフトヴァッフェ達が完全にこれは特訓だと思い込んでいる。

 更に。

 ちらり、と徹子が後ろへと目を向ける。

「やっぱりおっちゃんは凄いですね。こんなものまで用意出来るなんて」

 鉄板で作られた簡易シールドもどきを手に信乃が呟く。

「余った板に取っ手を付けるだけだ。孫の玩具を作ってやるより簡単だぜ」

「おっちゃん、これは玩具じゃなくて遊びでもありません」

「おぉ、そうだったか、すまんすまん」

 何か本格的なブツを用意している。

 信乃の頭を撫でる整備兵長。信乃に甘い整備兵長が手を休めて立派な特訓用具まで作ってしまった。その姿はまさに孫に手作り玩具を手渡す休日のジジイだ。

 何で基地総出でこのふざけた遊びに真剣になっているのか。

 ともあれ、ここまで来て後には引けない。いや、引いてもいいが、そんな事をすればしばらく信乃が徹子に対してこのチキンウィッチといった顔をしてくるのは目に見えている。

「それじゃあ。始めましょうか」

 そういうと信乃が徹子を見る。

「……おう」

 湧き上がってくるため息を押し殺し、徹子が立ちあがる。

「じゃあ、ルールはさっきと同じ、殴って防いでジャンケンポンです」

「何か少し物騒になってないか?」

 オレの知っている遊びとは違う。

「がんばれー、シノー」

「わ、若本中尉、頑張ってください!!」

 何か声援まで受けている。目の前でユーリに向かってドヤ顔をしている僚機を見やり、『じゃあ、やるか』と呟く。

 そして。

「あ、掛け声はどうします?カールスラント風にシュニック、シュナック、シュヌックか、扶桑風にじゃんけんぽんで?」

「重要か?」

「とても」

 そうか、と徹子は呟く。もうこうなった信乃は止められない。扶桑式を選び、足元に鉄板と棒を置き、互いに向き直る。

「それじゃあ、いきますよ」

 ふふん、と笑みを浮かべて徹子を見る信乃。

 楽しそうだな。おい。

「「殴って防いでジャンケン、ポン!!」」

 徹子がパー。信乃がチョキ。

「ふっ!!」

 吐息と共に信乃の体が沈みこむ。先程までとは打って変わった鋭い身のこなしに徹子の本能が、まずい、と警鐘を鳴らす。こいつは本気だ。

 半呼吸程の差だが、互いの身体能力を考えるとこの差は不味い。

 意外と、というよりも、信乃の身体能力は遣欧艦隊のウィッチ達の中でも高い方だ。そうでなければ攻撃箇所が解っていたところで交わしたり防いだりすることは出来ない。

 剣士だったという母方の血のなせる業だろうか、それとも本人の努力の賜物か。

 信乃に続いて体をかがませれば半呼吸の差は即座に打撃として徹子に突き刺さるだろう。

 ならば、どうするか。

 咄嗟に足が出る。鉄板の取っ手に足を滑り込ませるとそのまま持ち上げ、棒を持った信乃に向け真っ直ぐ鉄板ごと足を上げる。同時に信乃の手にした棒が真っ直ぐに徹子に向かって突き付けられる。

 ……って、おい!

 脚に衝撃が走る。一瞬の事にカールスラントのウィッチ達が息を飲んだ。

 だが。

 信乃が徹子の体に突き立てようとした木の棒は、徹子が足で持ち上げた鉄板で防がれている。

 アンジェラが扶桑の訓練とはかくも危険なものなのか、と呟き唾を飲みこむ。

 基本的に危険なのはこの二人だけなのだが。

「……おいハギ、突きってありだったか?このゲーム」

「若、足を使うのは反則じゃないですか?」

 互いに悪態をつきながら、道具を地面に置く。

「後、これは受け流す練習だから、真っ直ぐ防いだらダメなんです。今回はあたしの勝ちですね」

「解った。お前の言いたいことは良く解った。今回はオレの一敗だが、突きがありなら足もありだ」

「ふふん。いいでしょう」

 にやり、と不敵な笑みを浮かべる信乃。

 同じくそんな無茶な攻撃を受けても、徹子は何故か顔に獰猛な笑みを浮かべている。

「これでオレに勝ったら20mmを返してやってもいいぜ」

「そうですか、なら、あたしに勝ったら取っておいたビスケットを一袋若にあげます」

「お前の持ってるビスケット全部だ」

「な……!?」

「怖気づいたか?それとも、怖いのか?」

 徹子の挑発に信乃の瞳が鋭く吊り上がる。怒りを笑みで押し隠し、ゆっくりと口を開く。

「……ふふん、いいですよ。若こそ、ウィッチに二言は無いですからね」

「当然だ、いくぞ」

 再び腕を引く徹子と信乃。

「最初はグー!!ジャンケンポン!!」

 徹子がチョキ、信乃がパー。

 互いの手を見た瞬間、徹子と信乃が同時に体を動かす。

「行くぞ!!」

 徹子が棒を手にすると同時に素早く後ろへ飛びのく。一度距離を取り、鉄板を手にした信乃に向け鋭く跳躍。そして、手にした棒を鉄板ごと打ち抜くように鋭く振り降ろすが、信乃もそう簡単に攻撃を受けたりはしない。

「勢いをつけて受け流させないつもりですね、甘いです!!」

 鉄板を構えながら叫ぶ信乃。

 だが。

 ふ、と徹子が口元に笑みを浮かべる。跳躍しながら棒を引き、鉄板を構えた信乃の脇に降りたつと同時に信乃の死角に飛び込む。

「フェイント!?」

 ちりっ、という感覚が信乃のわき腹に突き刺さる。いくら攻撃位置が予測できても、防御が間に合わなければ意味が無い。鉄板で防ぐには遅い、と判断した信乃は鉄板を投げ捨てて地面に倒れこむようにして徹子の横薙ぎの一撃を躱す。

「……やりますね、若」

「お前もな」

 すれすれで攻撃を躱した信乃と、躱された徹子。

 互いに笑みを浮かべるが、目は笑っていない。

「今のは引き分けですね」

「ああ、次、いくぞ」

 え?あの鉄板使って無くない?今の。どういうルールなの?

 誰かが呟くが、二人の耳には入らない。既にルールは二人の中にのみ存在するのだ。

 静かに手にした道具を置き、再びジャンケンの体勢に入る。

 ジャンケン、ポン。

 徹子がチョキ、信乃がグー。

 再び静から動へ、素早く棒を手にすると同時に、信乃は徹子の手にした鉄板を、今度は足で蹴り飛ばそうと試みる。

 しかし、その行動を見越したように徹子が素早く後ろへ下がり一気に距離をあける。

「これならどうだ!!」

 ぴょこん、と、フソウオオカミの耳が徹子の頭から生えるのと同時に、手にした鉄板を円盤投げの要領で信乃へと投擲する。

「な!?」

 ウィッチの魔力により強化された腕力から放たれた、薄さ十数ミリの鉄板が鋭い刃のように信乃へと襲い掛かる。

 咄嗟に信乃の頭からぴょこん、と鹿の耳が飛び出す。同時に上体を大きく体を後ろに反らし(マトリックスのアレ)て鉄板を躱す。

「え!?」

「嘘ぉ!?」

 当然躱された鉄板はそのまま空を飛ぶ。流れ弾ならぬ流れ鉄板。

 巨大なチャクラムのような鋭い円盤状の鉄板が自分達に向かってくるのを見て、信乃の背後にいたユーリとベレーナが慌ててシールドを張り、辛うじてそれを防ぐ。

「もはや特訓ってレベルじゃないですよ!!」

「ふ、二人共!!落ち着いて!!」

 ベレーナ達が抗議の声を上げるが、二人の扶桑のウィッチの耳には届かない。

「防御側が攻撃するのってありですか?」

 信乃が眉を顰めるが、徹子は意に介した様子もなく、不敵な笑みを浮かべて信乃に向かい口を開く。

「それよりハギ、オレは今防御手段を失っているぞ」

 そういうと徹子は空手になった両腕を広げて見せる。無防備な自分を曝け出すような、挑発する様な姿勢。

 信乃の瞳に鋭さが灯る。

「どうした?チャンスだぞ。来ないのか?」

「……言いましたね、若」

 そういうと信乃が手にした棒を構える。

「これで勝負を決めます。若に一撃を加えたら、特別ルールであたしの勝ちです」

 え?そんなルール作って良いの?

「いいだろう。来い、ハギ」

 いいのかよ!?

 カールスラント勢の驚愕の顔に目もくれず、信乃が徹子に向き直る。

 最早何のやり取りか分からない扶桑のウィッチの戦いに完全に置いていかれているカールスラントのウィッチ達。

「はっ!!」

 信乃が地面を蹴り、徹子に向けて手にした棒を上段から振り降ろす。

 次の瞬間。

「甘いっ!!」

 徹子が開いた両手を信乃に向けて突き出す。信乃の目が見開かれ、徹子の口に笑みが浮かぶ。

「これこそ、扶桑海軍秘奥義、真剣白刃取り」

 振り降ろされた棒を両手で挟むように受け止めた徹子が呟く。

 次の瞬間、徹子が体を捻りながら腕を引くと、手にした棒ごと信乃の体がくるん、と宙を舞う。

 信乃の体が地面に叩き付けられ、その勢いで思わず信乃が棒を手放す。

「オレの、勝ちだ」

 そういうと同時に、徹子は奪いとった棒を信乃の首元にあてる。

 徹子の言葉に信乃が一瞬悔しげに顔を歪ませるが、ぽつり、と絞り出すように呟く。

「……完敗です、若」

 

「……ええと、私達は一体何を見せられたのですか?」

 何とも言えない表情を浮かべ、ハンナがぽつり、と呟いた。

 

〇月×日

 

〇シールドの扱い方の指導法について。

・●●飛曹長は指導には向いていない。

 

~リヨン基地支援日報より抜粋~

 

 




 番外編2、信乃と徹子の話。
 20mmを取り上げられた(11話)少し後くらいの話です。

 若本さんのイメージモデルの人と信乃のイメージモデルにさせてもらった人は割と親しかったのか、一緒にいる間一緒に川から鮭を取りに行ったり、信乃のイメージモデルの人の戦いの記憶を手記に残していたりします。戦後忘れられていた信乃のイメージモデルの人が知られるようになったのは、その手記で名前が出てきたからだという経緯があるようです。

 他にも
 ・13日間で18機の撃墜記録(日本で一位)
 ・敵下面からの打ち上げ攻撃が得意
 ・将来の夢は剣士になる事

 と、いろいろと逸話がある方で、是非ウィッチとして若と一緒に空を飛んで欲しいという私自身の身勝手な想いから萩谷信乃というキャラが生まれました。

 本編の続きの前にしばらくは今まで登場したオリジナルキャラのエピソードを番外編として書いていきたいと思っています。もしよろしければ今後とも目を通して頂けると嬉しいです。

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