2-0.burst up!!
狙撃の上手いウイッチは胸が大きい。
これは覆しようもない事実である。
実際、各国の有名な狙撃が得意なウィッチをざっと見ただけでも、ブリタニアのリネット・ビショップ、リベリオンのジーナ・プレディ、ロマーニャのルチアナ・マッツェイ。そして我が扶桑皇国の誇るエース、雁淵孝美。狙撃とは少し異なるが、見越し射撃の達人であるカールスラントのハンナ・U・マルセイユ。弾道に関わる固有魔法を持つダキアのコンスタンティア・カンタクジノも胸が大きいし、同じくヒスパニアのアンジェラ・ララサーバルもあたしより大きい。
むしろ大きければ大きい程射撃の腕が高いともいえる。
そう。
最早これは偶然では済まされない。
伏射の邪魔になるとか苦しい言い訳をしていた子もいるが、そんなことは有り得ない。空を飛んでいる以上伏射の邪魔にはならないし、むしろクッションになって便利なはずだ。
胸。バスト。おっぱい。
射撃の腕が他の者より劣るあたしに足りない要素。
射撃が上手くなればおっぱいが大きくなるわけがない以上、やはりおっぱいが大きければ射撃が上手いのだ。
「というわけで伊予。どうすればおっぱいが大きくなりますか」
「うん。ごめんね。ちょっと話についていけない」
萩谷信乃飛曹長の言葉に藤田伊予中尉がこいつ何いってんだ、という顔を向ける。ツッコミどころが多いどころかツッコミどころしかない。
確かに伊予の胸は大きい。
何というかこう、出っ張るような形で自己主張も激しい。それに体の線も細いので凹凸の凸が余計に目立つ。言うなればボン、キュッ、キュッである。何でここだけ出てくるのかなんて、私の方が知りたいくらいだ。
しかもからかわれることも多いので、どちらかというとコンプレックスなのだが、それすら贅沢だと言われる。おっぱい税があるなら今頃伊予は借金生活ですね、とか言われても、むしろ心無い仲間の言葉に慰謝料を請求したいくらいだ。なんですかおっぱい税って。
ついでに射撃も上手い。
戦闘の際は狙撃を担当することも多い。だが胸は関係ない。
固有魔法の『自動演算』による着弾位置の割り出しが迅速かつ正確なので、後は相手の動きを見ながら打てば結構当たるというだけの話だ。
ちなみに固有魔法が発現したきっかけは、ウィッチになってからゴミ箱にゴミを投げても外すことが無くなった事に気が付いたからだ。
『そう言えばここ一年くらい一回も外したことないな』とウィッチになって2年目くらいで気が付き、調べて貰ったら固有魔法だった。
本来ならば精密な計算により導き出されるはずの『目標物へ射出した物体を正確に到達させるための演算処理』を直感で理解できるため、『自動演算』なる名前が付けられたが、そのきっかけがゴミ箱である。
何ていうか、仲間の危機で覚醒するとか、もっとこう劇的に発現してくれたらよかったのに。
むしろハギちゃんが致命傷を負ってからの覚醒なんて最高に盛り上がるのでは。
『よくも、よくもハギちゃんを!!』
血まみれになったハギちゃんを抱きかかえ、99式2型2号を構える私。目が紅く光ったりしたらそれっぽいのに、固有魔法が発動しても私の目は光らない。
むしろ日常生活からひっきりなしに発動しているため、ウィッチ同士の球技大会なんかは出入り禁止にされてしまった。野球でピッチャーでもやらせようものなら、プロ顏負けのコントロールで勝負にならないからだ。
そう。改めて言うが射撃の腕におっぱいは関係ない。
「ハギちゃん。こういうのは地道な練習しかないと思いますよ」
射撃にしても何にしても、出来なければ繰りかえすのが一番だ。
自分にだって苦手な事はあるし、それを努力で克服してきただけの自負もある。信乃もそうだろう。
だが。
「してますよ。でも隣で撃ってた新入りの方が上手かったですし、胸も大きかったです」
ああ、そういう。
多分後輩に色々抜かれて焦っているのだろう。そういえば最近来た新人は背も高かった。
「でも、胸が小さくても射撃が上手い人達もいますよ。胸を大きくするよりも……」
「そんな人達なんてどうでもいいんです、とにかく胸を大きくしたいんです!!」
「うん。本音が漏れ始めてきたよ、ハギちゃん」
とにかくそういう事なのだ。射撃が上手くなるだけでは意味がない。おっぱいが大きくなるだけでも意味が無い。両方とも大事なのだ。
「いいから普段どんなものを食べてるか教えてください。ヒントがあるはずです」
「皆と同じように出された料理を食べてるだけだよ」
「ええ。あたしだって食べてますね」
伊予も信乃もきちんと三食瑞鶴で出されるご飯を食べている。瑞鶴の主計課が乗組員の栄養バランスもきちんと踏まえたうえで献立を考えてくれている。量も味も文句の付け所は無い。勿論金曜日はライスカレーだ。
「じゃああたしの胸は何で小さいんですか!?」
「知りませんよ!?」
え?何で今怒られたの、私?
「じゃあ士官にだけ特別に胸が大きくなるようなものが支給されてたりしませんか?」
「それなら若本さんもきっと大きくなってますね」
「成程。食事は関係なさそうですね」
失礼にも程がある。少なくとも徹子は信乃より大きい。
ちなみに上官への暴言を問うならば伊予も同罪だ。ナチュラルに上官を煽っていくスタイル。二人の数少ない共通点だ。
「伊予は何か自分の胸が大きくなったことに関して心辺りがありませんか?」
「ないですね」
「ないって事はないでしょう。日常的に胸を揉む癖があるとか、見られると興奮するとか」
「それただの痴女じゃないですか。本当にないですよ」
「へえ、そうやって秘密にするんですか?そんなに胸の大きさを誇示して優越感に浸りたいんですか?胸は大きいのに心は小さいんですね」
「ええと、そろそろ私も一回くらい怒ってもいいよね?」
信乃の言葉に伊予が拳を握りしめた。
「うぐぐ……取りあえず、伊予に心当たりはない事は解りました」
鉄拳制裁で思い知らされ、頭をさすりながら信乃が呟く。
「あと、脳天にグーパンは止めてください。これ以上縮んだらどうするんですか?」
「大丈夫。縮む程ないから」
萩谷信乃。153サンチ。最近1サンチ身長のサバを読んでいたことが判明。
本人曰く『みんなが頭を叩くから縮んだんです』。
尚、一部からはまだサバを読んでいる可能性を指摘されている。
少なくとも150サンチは死守せねば。
「そうですか。とにかく、伊予が駄目なら他に聞いてみた方が良さそうですね」
「正気?ついにおかしくなったと思われるよ?」
こんな恥ずかしい事、気心が知れた自分だから言ってきたのだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。恥を自ら拡散していくこの姿勢よ。
「あたしはマトモです。伊予だって、胸の大きさと射撃の上手さの因果関係を否定出来てないじゃないですか」
「出来てるよ。ハギちゃんが聞く耳を持ってくれないだけだよ」
というか、そのガバガバのハギ理論をいい加減おかしいと思わないのだろうか。
「一度大きくしてみて、それでも駄目なら諦めて練習します。でも、小さいままで諦められるわけないじゃないですか」
「屏風から虎を出したら捕まえてやるみたいなとんち理論は止めて欲しいかなって」
前提条件の前提が既に破綻している。そんな風船感覚で大きくなるモノじゃない。
「ん?何してんだ、お前達」
「ほらあ。またややこしい人が来ちゃいました」
通路の向うから歩いてくるのは扶桑皇国海軍の士官服を纏った若本徹子中尉。
信乃の長機で、信乃の育成を失敗させた全ての元凶だ。
「何だややこしいって。またハギと一緒にアホな事をしてんのか?」
「あたしはアホじゃありません。後、胸の小さい人に用は無いので部屋にお帰り下さい」
「は?お前にだけは言われたくねえよ」
年の割には背が低く、体もスレンダーな徹子がむっとした表情を浮かべる。
気が付いたら自分よりもちんちくりんだった幼馴染の竹井醇子大尉にいつの間にか逆転されているのも含め、身長や体形に関する話題は徹子にとっても看過できるものではない。
お願いだから看過して。
「ハギちゃんが射撃が下手なのは胸のせいだって言い張って聞かないんです。何とかしてください」
「全く、何をしてるかと思えば……」
伊予の言葉にはあ、と徹子がため息を吐き出す。言うまでもなく徹子の射撃の腕前は扶桑皇国海軍でもトップレベルだ。というか、四六時中この人の後ろに居て信乃は一体何を見てきたのか。
「一理ある」
「ほら、ハギちゃ……んん?」
何かまたおかしな単語が出てきた。
「もしオレに後12サンチ胸があれば、ウィッチの歴史は塗り替えられていた」
どこから出てきたその具体的な数値。
「何言ってるんですか若本中尉」
「運命の神様ってのは気まぐれだな。どうして諄子じゃなくてオレにあの胸を授けなかったのか……」
そう言って士官服の上から自分の胸を触る徹子。そうか、諄子由来の数値か。
というか、この師妹コンビはどうしてこう揃いも揃ってこうなのか。
「後、そもそもハギに胸があったら、偵察や囮に不利だろうが」
「はい?」
唐突に新しい理論が出てきた。
何を言い出してるんだこの扶桑皇国最強ウィッチ。
「いいか。そもそも前衛で囮を務めたり偵察任務に必要なのは鋭い身のこなしと少ない被弾面積だ、無駄にでかいものを二つもぶら下げてたら邪魔になるだろ」
前衛を務めるウィッチはスレンダーで小柄で貧乳なウィッチが多い。
最早これは疑うべきもない事実である。
実際、統合航空戦闘団のウィッチ達をざっと見ただけでも、501のエーリカ・ハルトマンやフランシスカ・ルッキーニ。502の管野直枝。504のマルチナ・クレスピなど、前衛のウィッチは総じて小柄でおっぱいは小さい。他にも506のカーラ・ルクシックや、巴戦を得意とする507の迫水ハルカ等、小柄な体と小さなおっぱいを生かして前衛で活躍するウィッチは数知れない。
むしろ小さければ小さい程活躍しているともいえる。
そう。最早これは偶然などで済まされるものではない。
全人類一位の撃墜数を誇るハルトマンなどは最早永遠の天使体型だ。
「何よりもオレが見本だ。無駄にでかくなった美緒や諄子とは違う」
「あがりが近い年にもなってハギちゃん以上のガバ理論をドヤ顔で語らないでください」
むしろ前衛で活躍しているおっぱいもいっぱいだ。501だけでもゲルトルート・バルクホルンにシャーロット・E・イエーガー。502でも前衛のブレイクウィッチーズの4分の3はおっぱいが大きい。504のドミニカ・ジェンタイルに至っては最前線であのおっぱいである。
「つまり、おっぱいが加わったあたしはJFWレベルもあり得る……!?」
「待って、そういう意味じゃないんです」
うっかり間違った方向に援護射撃をしてしまった。
「ハギは小さいからな。胸に余分な重りを積むとバランスが崩れる。そのままでいい」
「それ、暗に私のバランスが悪いって言ってます?」
「トップヘビーでも射撃に役立っているなら問題ないだろ。縮め」
「捥げろ」
「待ってハギちゃん。今のはただの悪口ですよね?」
純然たる僻みから飛び出した看過できない言葉に伊予が口を開く。
「ええ僻みですよ。それが何か?どうせあたしは機動力全振りのデコイウィッチです。伊予みたいに射撃が上手ければもっと皆の支えになれるのに。だから、少しくらいおっぱいが育ってほしいって思ってもいいいじゃないですか」
「……はい?」
信乃の言葉に伊予が眉を吊り上げる。
確かに信乃は射撃が苦手だ。だが、それを克服しようと射撃訓練を欠かすことは無いし、何よりもそれをカバーするために常日頃から工夫や努力を重ねている。
短所を克服するのも大切だが、それと同じくらいに長所を生かして部隊や仲間たちに貢献しようとする姿勢を伊予は純粋に尊敬していたのに。
それが何だ。どうせだとかデコイだとか。信乃がそういった役割に徹することで皆が助けられているというのに。そんな卑屈な気持ちで信乃は自分の身を犠牲にしていたのか。
ハギちゃんは自分の事を何もわかってない。すらっとした体も彼女の可愛い所だという事も含めて。
「そんなに射撃にこだわる必要なんて無いって言ってるんです。ハギちゃんが頑張ってる事くらい皆解ってるのに、そんなひねくれた事ばかり言って。おっぱいだけじゃなくて心も小さいんですね」
吐き捨てる様に言い放つ伊予。
「あ?何ですか伊予。やりますか?模擬戦ですか?」
「は?いいですね。やりましょうか?決着付けてやりましょうか?」
売り言葉に買い言葉。肩をぶつけ合いながら瑞鶴の通路をハンガーへと向かっていく馬鹿二人。
は、と苦笑を浮かべて徹子が肩をすくめる。
「何かあったのか?」
「あ?」
背後からの声に徹子が顔だけを向ける。いけ好かない奴が来た、という顔にも涼しい表情を浮かべ、遣欧艦隊のウィッチの司令官……新藤美枝が苦笑交じりに近づいてくる。
「いつから見てたんだ」
「つい今だよ。若がとち狂った理論を展開し始めた辺りかな」
「オレは割と真面目に言ったんだがな」
「それはそれで困るな。若にはもう少し私がいなくなるという自覚をもって貰いたい」
508JFW『マイティウイッチーズ』が創設されれば、美枝はそこの戦闘隊長を務めることになる。そうなれば、必然的に徹子もこの部隊の中核を担う事になる。否、担わざるを得ない。今までのように前線を飛び回る機会は必然的に減ってくるのだ。
「あの子達ももう少しベテランに近づいているという自覚をもって貰いたいものだ。いつまでも私や若の後ろを見ていては……」
ただでさえ遣欧艦隊には癖の多いウィッチが多い。口の悪い連中は『JFWに選ばれなかったあぶれ者』とか『他国のウィッチにお見せ出来ない変人揃い』などという者があるが少し違う。
『癖が強すぎて多国籍部隊では扱いきれない猛者の集まり』が遣欧艦隊のウィッチ達だ。
そして、それを何よりもの誇りとする、扶桑皇国の最精鋭だと自負するウィッチ達である。
そんなウィッチ達を長年仕切って来たのが新藤美枝だ。
「まあ、あれでも空の上なら頼りになる。あの二人なら、良いコンビが組めるだろ」
前衛の信乃と後衛の伊予。互いを補い合うにはこれ以上ない組み合わせだ。
「……そうか。若がそう言うのなら、大丈夫だな」
ぽつり、と新藤が呟く。ちらり、と胡散臭げにその横顔へと目を向けるが、肩をすくめてそれ以上は追及しない。
「予定通り、午後からはヴェネツィアに向かう」
「ああ、頼む」
目的地は504JFW『アルダーウィッチーズ』基地。
補給物資を輸送する輸送機の護衛の名目だが、物資の流れや隊員の動きが最近妙に活発だ。それに、近々何か動きそうな気配があるという諜報部の報告もある。
戦闘隊長の竹井醇子とのつてもあるので、遣欧艦隊として探りを入れにいくのが目的だ。
「……いいのか?待たなくて」
ちらり、と、伊予達が向かった方へと目を向けて美枝が尋ねる。
「どうせ文句を言われるのがオチだ」
今回の任務は単独行動だと言ってからというもの、顔を合わせるたびに嫌味っぽいことを言ってくる僚機の顔を思い出して苦笑を浮かべる。
「それに、オレ以外の奴と組めば、少しはあいつもオレの有難さを理解するだろうしな」
「きっと彼女も同じことを言うだろうね」
「言うだろう、じゃない。もう言われた」
その言葉に思わず美枝がくすり、と笑いをこぼす。
「成程ね。それでもし、若よりも良いなんて言い出したら、どうするつもりだい」
その言葉に徹子がぽつり、と呟く。
「その時は、素直に成長を喜んでやるさ」