チリチリするの   作:鳩屋

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2-2.Let's go to Kauhava

「ハギちゃん、きちんと頭も洗ったほうが良いですよ」

 先に湯船につかった伊予が信乃の体を洗う様子を見ながら口を開く。

「ペイントを落とすのが先です。それに、あたしは一日くらい平気ですから」

 伊予の言葉に肩をすくめる信乃。

 空母において真水は貴重だ。使える水は毎朝支給されるウィッチ用のオスタップ一杯のみ。

 ウィッチ用のオスタップは男性兵士の使う物に比べて大きい上、現在は洋上ではなく港に停泊しているため、支給される水の量は洋上航行中や戦闘行動中に比べて多いが、それでもトシゴロの少女からすれば些か物足りない量なので、上手く節約する必要がある。

 身体を洗うにしても上手く水を節約するためのコツがあり、普段ならそうやって頭を流す分の真水を確保するが、ペイントの汚れを落とすためにはそうもいっていられない。

 特に被弾箇所が多い場合は後から入るものの迷惑にならない程度に湯船の海水を失敬したり、余りに被弾が過ぎた場合等、場合によっては航空甲板から『誤って』落ちる事で強引にペイントを洗い流す方法もある。

 だが後者の場合、その後の叱責はまず免れないので、どうしようも無い時の最終手段である。

 否、それ以前にこれは上官が無知な後輩を揶揄う為の冗談話の類なのだが、その冗談話を間に受けて実践してしまう素直な若手も一定数いたりするのだ。

 ……そう。あくまで冗談なのだ。よくもまあ真顔でとんでもない事吹き込んでくれましたね若。飛行甲板ではせいぜい背後に気を付ける事ですね。

「伊予って結構変なところに気を使いますよね。若や西沢さんは気にしないですよ?」

「あの二人が気にしないから大丈夫って思わない方がいいと思うよ?」

 見習ってはいけない先輩ツートップの名前をそこで出されても。

「前線じゃあ川が見つからなければ一週間くらい体を洗う余裕がないなんてざらにありますよ」

 それでも行水が出来ればまだマシなほうで、北の方にいけば川があっても凍り付いてたり、下手に飛び込むと命にかかわるような気温だったりもする。最も、汗も凍るような極寒の中、体の汚れを気にする余裕があるかどうかはまた別の話だが。

「うん。それは解るけど、まだここは前線じゃないよね」

 ペイント弾を使用した模擬戦の後、のんびりと湯船につかる余裕がある部隊などは欧州ではかなり贅沢か、相当に後方か、或いはその両方か。

 それでも、そういった部隊、或いは状況に置かれている事の有難みをかみしめるのは決して悪い事ではない。どのみち欧州の情勢は、昨日まで安全だったはずの場所が一夜にして最前線に変わったりするなど酷く不安定だ。あの時ああすれば良かった、こうすれば良かったという後悔はなるべく残さない方がいい。

 模擬弾のペイントをあらかた落とし終えた信乃が立ちあがる。瑞鶴内のウィッチ専用の浴場は基本的に一か所、下士官から佐官まで、大まかに時間は指定されているものの、全ウィッチが共同で使用する。少ないようにも思えるが、1500人近くの人員を収容する正規空母内で、足を伸ばしても10人近くが同時に入れる大浴場を備えた浴室を20人前後のウィッチだけで独占するのは、他の男性乗組員からすれば非常に羨ましい話だろう。

 ふと、浴場の湯船に足を付けた信乃が眉を顰める。

「随分油が浮いてますね。あたし達の前に誰か模擬戦しましたっけ?」

「今日はしてない筈だけど、この時間だし、昨日の湯船に浸かった子達の残りじゃないですか?」

 ガリア解放後、遣欧艦隊の機動部隊も大規模な再編制が行われ、扶桑からまとまった数の新人のウィッチが各地に配属された。連日続く訓練の中、空母での体洗いに慣れないウィッチも少なくない。当然、そう言った子が湯船に使えば油や垢といった汚れが湯船に残る。

 年功序列の意味以外にも、新人たちの入浴が一番最後に回されるのは艦隊生活に慣れていないが故にお湯を汚しやすいというのも理由の一つだ。

「まあ、それなら良いんですけど……」

 そう言いながら信乃が湯船に体を沈める。やや熱めのお湯が一瞬体を刺すように感じるが、次の瞬間押し寄せるのは圧倒的な心地よさだ。

 信乃が気にしていたのは油で汚れるというよりも、油を浮かせた犯人という濡れ衣を着せられるかもしれないという事だ。

 特に、一番風呂を頂かる下級士官の後は上級士官や佐官がゆっくりと風呂に浸かるので、真っ先にお湯を汚そうものなら、部隊や上官次第では大目玉である。

 お湯に肩まで浸かり、はぁ、と緩んだ顔でため息を吐く信乃。

 空母や戦艦といった自国の戦艦はもとより、JFWに所属する扶桑のウィッチの中にはわざわざ他国の基地に扶桑式の風呂を作らせる者もいるくらいだ。扶桑人以外のウィッチ達からすれば何故そこまでお湯につかる事に執着するのか理解できないものも多いと聞く。

 だが、こうして暖かいお湯に肩まで浸かると、やはり、サウナやシャワーではなく、扶桑人の生活に風呂は欠かせないものだと改めて思う。

「余りのんびりは浸かってられないのが残念ですね」

 ふにゃりと緩んだ顔で呟く信乃。そもそもの美枝からの命令が『体を洗え』である以上、風呂に浸かるのは余計な行為だ。

 だが、体を洗う隣で浴槽から暖かそうな湯気が上がっていれば、それは最早入れと言っているも当然だ。そもそも急がなくていい、という美枝の言葉も裏を返せば風呂に入っても良いという意味だ。きっとそうだ、そうに違いない。

「そうですねぇ。ああ、このまま寝ちゃいたいなぁ……」

 信乃の言葉に答える伊予も、その表情はだらしなく緩んでいる。

 二人して都合の良い解釈を決め込むと、ぼんやりと伊予が目の前の壁を見つめる。

 軍艦にオーシャンビューなど望めるわけもないが、窓の一つもない殺風景な壁を見ていても面白みは無い。扶桑の銭湯などは暇つぶしにか富士山などの絵が描いてあったりもするが、今度新藤の許可でも貰ってこの殺風景な壁に何か絵でも描いてやろうか。

 そんな他愛もない事を思いながらちらり、と横を見る。

「……何でいきなり人を残念そうな目で見るんですか?胸ですか?」

「そんな目してないです!」

 ジト目でこちらを見ていた信乃と思い切り目が合った。

 いや、最終的な信乃に関する結論が『色々ともったいないな』なので無意識のうちにそう言った顔をしていたかもしれないが、どちらかというと褒めていたのだ、内心で。

「後、相変わらず伊予の胸は生存確率高めな感じですね」

「どういう評価ですか!?」

 伊予の大きなバルジがぷかぷかと湯船に浮いている様を見て信乃が呟く。まるで広大な海原に浮かぶ空母ならぬ乳母。脂肪の塊の癖に。きっと海に落ちた時は良い具合に救命胴衣のかわりを果たすに違いない。

「そういえば伊予、一度被弾して海に着水した時、半日くらい救助を待って浮かんでたって言ってましたね。やっぱりそこが浮くから……」

「いいからそんなにじっと見ないでください!!」

「伊予だってあたしを見てます。だから見ても問題ないはずです」

「そういう問題じゃありません!!」

 慌てて胸を隠すように湯船に沈めようとする伊予。くっ。抵抗するな。沈め、沈めよ。

「……まあ、そういう仕草とか、見る人が見たら興奮するんでしょうね」

 その言葉に胸を湯船に押し付ける行為をぴたり、と諦め、代わりに頬を赤らめながらブクブクと口元を湯船に沈める伊予。

 頬が赤らんでいるのは湯船に浸かったせいだけではなさそうだ。

「……変な事言わないでください」

 咎めるように横眼で視線を送って来る伊予。

「変ですか?そういう伊予も魅力的だという意味だったんですが」

「変な事ですよ」

 はあ、とため息をつく。恥じらう姿が可愛いなんて台詞、同い年の友人に言われても嬉しくもなんともない。

「……そろそろ上がりましょうか。余り新藤少佐を待たせるわけにはいかないですから」

 気が付けば随分と長風呂をしてしまった。否、時間としては短かったが、随分と温まった気がする。

 ざばり、と湯船から上がり、体についた塩を拭う。

 海水を用いた風呂は保温性が高く、湯冷めしにくいという利点もある。ただ、傷口等がある場合は滲みる事と、そのまま上がると体に塩がこびりつくという欠点もある。その為、上がる前にきちんと落としておかなくてはいけない。

 そう、色々と面倒だが、それを踏まえても風呂に入れるというのは素直にありがたい事なのだ。

 

「失礼します。藤田、萩谷両名参りました」

 扉をノックし返事を待って室内に入る。変えたばかりの新しい士官服を身を纏い、海軍式の敬礼を行う伊予と信乃。

「お疲れ様……ん?萩谷がその恰好なのは珍しいね」

 士官服姿の信乃を見て、美枝が意外そうな顔を浮かべる。

「飛行服は代えも含めて洗濯中なので……」

 一着は昨日洗濯に出して今は干している途中。おろしたてのもう一着はつい先ほど洗濯に出さざるを得ない状況になってしまったので普段はあまりしない格好をせざるを得ない。

「いや、良く似合ってる。普段からそうしていれば少しは先輩らしく見えるのにね」

 ウィッチとしての年数ならば瑞鶴でも上から五本の指に入るくらいのベテランなのだが、年齢や外見なども相まって良くも悪くもそうは見えないのが信乃というウィッチだ。

「また汚してしまいそうで落ち着かないです」

 それに、洗濯をした後に限って服を汚してしまうというのは、古今東西よくある話だ。

 一応特務士官なので制服は下士官のセーラー服ではなく士官服なのだが、信乃の士官服は徹子のお古を仕立て直したものなので少し丈が長い。その為、何となく着させられている感じがして落ち着かない。

「まあ、丁度良かった。客人の前ならその恰好の方が示しがつく」

 その言葉に伊予と信乃が互いに顔を見合わせる。

「どなたかいらっしゃっているのですか?」

「ああ。そろそろ来ると思うのだが、君達が先に来てしまったみたいだね……もう少し長風呂をしていても良かったんだよ」

「あ、あはー。バレてましたか」

 どうやら風呂に入っていたことは美枝にはお見通しだったようだ。

 思わず苦笑を浮かべる伊予。

「おっと、噂をすれば……」

 廊下の向うから近寄る小走りな足音。そして、次の瞬間。

「髪を乾かしていたら遅れたねー!!ミーはオヘアゥチッ!?」

 ばん、と勢いよく扉が開くが、その勢いで扉が壁に激突。その衝撃で跳ね返った扉が一瞬顔をのぞかせた金髪の女性らしき人影の顔面に叩きつけられ、その勢いのまま、ばん、と締まる。

 え?何、今の?

 唖然としている信乃と伊予……ついでに美枝も余りの事に微動だにせず扉の方を見つめていたが。

『オゥシット!!ヤンチャなドアーね!!ドアーならドアーらしく素直にオープンするねー!!』

 扉の向うから何やら叫ぶ声が聞こえたと思ったら、少しの間を置き再度扉が思い切り開かれる。先程とは比べ物にならない勢いで、壁にぶつかった扉が蝶番ごと壁から根こそぎこじ開けられ、扉だった鉄の板はそのまま床へごとり、と転がる。

「ハーイ、ミーはオヘア、キャサリン・オヘアねー。元合衆国海軍の22歳、今はテキサスの気ままなカウガールねー」

 そういって再度飛び込んでくる背の高い女性。

 金髪碧眼、長く伸びた跳ね気味のブロンドを頭の後ろで一つにまとめ、底抜けに明るいリベリオンの太陽の様な明るい笑顔を浮かべながら頼んでもいない自己紹介を始める。

「……あ、はい。ようこそミス・オヘア」

 珍しく間の抜けた声で答える美枝。流石にいきなり扉を吹っ飛ばされるとは思ってもみなかったようだ。

「ンー、元気がありませんねー!!挨拶は大事だとトモコも言ってましたよー!!コンニチハ、扶桑の皆さん!!」

 扉を破壊する行為は元気とは言わない。少なくとも、扶桑の常識の範疇ならそれはテロリストだ。

「アーハー?コンニチハは扶桑の挨拶では?コニチハ?コンニチハ?」

「アイムソーリー、ミスオヘア。アイムフソニーズ、アイドントアンダスタンドブリタニッシュ」

「ノー!!ユーは理解してるね!!ブリタニア語喋れない人なんて見た事無いね!!」

 片言のブリタニア語でごまかそうとする伊予に斜め上の反応を見せるオヘア。

「ブリタニア語さえ話せれば世界全土で言葉が通じるなんてリベリアンの傲慢です!!」

 言葉はブリタニッシュ(リベリオン訛り)、地図はリベリオン合衆国、主食はハンバーガー。それが世界の全てみたいな顔しやがって。

「藤田中尉。一応その方は客人だ。もっと丁重に接してくれないかい?」

気持ちは痛い程解るが。

「ノープロブレムね、キャプテンシンドー。堅苦しいのはこう見えて苦手ねー」

 こう見えてって、一体本人の中では自分がどう見えているつもりなのか。

「私はキャプテンではないのだが……あー。まあいい。二人共、改めて紹介する」

 こほん、と小さく咳払いをして美枝が改めて口を開く。

「こちらはキャサリン・オヘア女史。元リベリオン合衆国海軍大尉。スオムスの義勇独立飛行中隊に所属していた元ウィッチだ」

「キャサリンでいいねー、二人共」

 そう言って笑顔を浮かべるオヘア。だが、美枝の口から出てきた単語に伊予と信乃は揃って目を丸くした。

「義勇独立飛行中隊って、聞いた事あります。たしか……」

 そこまで言いかけた伊予があ、と口を閉じる。その様子を見たオヘアが意図を悟ったようにくすり、とその口元に先程とは違った温和な笑みを浮かべる。

「気遣いは不要でーす。ミーは『いらん子中隊』、気に入ってるねー」

 スオムス義勇独立中隊。

 設立当初は各国から不要とされたか、或いは厄介払いの為に集められた多国籍のウィッチ部隊で、設立当初は『いらん子中隊』という蔑称を付けられる程、部隊としての機能すらしていない状態が続いていた。

 しかし、部隊内の結束が高まるにつれ、スオムス本国の部隊と比べても遜色がないどころか、時に上回る戦果を積み重ねたエース部隊として、そして、現在の統合航空戦闘団につながる初の多国籍ウィッチ部隊の成功例として知られるようになった部隊だ。

 そして、現在は507統合航空戦闘団として、先日も扶桑海軍からウィッチが一人新たに派遣されたばかりだ。

「失礼しました。知らずとは言え、とんだ失礼を……」

 申し訳なさそうに伊予が頭を下げる。

 元統合航空戦闘団という事は、すなわち送り出した国を代表するウィッチという事だ。当然、ウィッチとして上がりを迎えても、軍の内外から引く手数多だろう。

「気にしてないねー。それに、頑張ったのはトモコや他の皆ね。ミーは『クラッシャー』なんて言われて皆について行くので精一杯だったねー」

「でも、クラッシャーなんて格好いいです」

「ミーがクラッシュしたのは主に味方のストライカーね」

「あー……そういう……」

 オヘアの言葉に助け舟を出したつもりだった信乃が口を閉じる。そういえば扶桑にも一人いる。

 デストロイヤーの系譜がここにもまた一人。むしろ時期的に元祖といっていいのかもしれない。

「ところでユー達の名前をまだ聞いてないねー?」

「あ、私は……」

「こっちは藤田伊予と萩谷信乃。伊予が中尉で信乃が准尉。胸がでかいのが伊予で小さいのが信乃だ」

 何というか、雑な紹介だ。一瞬伊予と信乃が抗議の目を向けるが、その言葉にオヘアがぱっと笑顔を浮かべる。

「解り易くていいねー。誰が何の勲章をもらったとか、何の成果を上げたとか言われてもピンとこないね」

 つくづく元軍人らしからぬ女性だ。

「じゃあ、ユーがフジタね?」

「ええと、初めましてミス・オヘあぁぁっ!?」

「ミーはキャサリンでいいねー。その代り私もイヨって呼びまーす」

 そう言いながらがばっと伊予にハグをするオヘア。欧州流の挨拶に慣れていない伊予が思わず悲鳴を上げる。

「そ、それは階級的にちょっと……」

「ミーは退役してるからノープロブレムでーす!!」

「わ、解りましたキャサリンさん、解りましたから離してくださいぃ!!」

 じたばたと暴れながら腕を振りほどこうとする伊予。名前を呼ばれた事にオヘアが満足したらしく、ようやく解放された伊予がはぁ、とため息をつく。

「胸がつぶされるかと思いました」

「そのままつぶれれば良かったのに」

 ぽつり、と信乃が呟く。

 何だ今の。大きいのともっと大きいのが圧迫され合ってつぶれかけていた。

 隕石の衝突か何かですか?

「そっちがシノ?小さくて可愛いねー」

 くるり、と信乃に向き直り、次の標的に向けてがばっ、とハグをするオヘア。

「……はい、宜しくです。キャサリン」

 胸の隙間から返事を返す信乃。抱きかかえられて足をぶらん、とさせながらもぴくりとも動かない。

「……ハギちゃん、大丈夫?」

「あたし知ってます。こういうのは心を無にして抵抗しないのが一番なんです」

 かつて同じような経験をした事があるから解る。下手に暴れると逃すまいとして力を込めてくるので呼吸が困難になる。こういう時は黙って相手の心臓の音を数えながら飽きられるまでじっとしているのが一番。嵐はいつか去るものだ。

「んー。反応が可愛くないね。ウルスラを思いだすねー」

 返事以外の反応が無い信乃を離して不服そうにオヘアが呟く。そのウルスラという人はきっと聡明なのだろう。尊敬する。

「……あの、そのオヘアさんはどうして瑞鶴に?それと私達が呼ばれたのに何か関係があるのでしょうか?」

 信乃が解放されたのを見て伊予が尋ねる。キャサリンねー、と横で口を挟むオヘアを無視して美枝が口を開いた。

「ああ……ようやく説明が出来る。藤田、明日からの任務は輸送機の護衛だったね」

「はい」

 明日0900からブリタニアに向かい、明後日1000よりオラーシャのペテルブルグへ向かう輸送機を護衛。その後バルトランド上空で502の部隊と合流し、そこで護衛を502に引き継げば任務完了である。

 よくあるルートで、今さら復唱するほどの任務でもない。

 地味に見える任務だが、航空機による物資輸送は、海路でのそれに比べると物資の量は少ないものの、必要になったものを素早く現地へと届ける事が出来る。

 更に、輸送船に比べると艦隊のような大規模な護衛は必要なく、護衛のウィッチが一人か二人いればすぐに輸送機が出せる為、火急の事態が発生した場合等でも直ぐに対応することが出来る。

 特に遣欧艦隊のウィッチ達は激戦地への輸送に駆り出されることが多く、今回もネウロイの出撃報告が多いとされるオラーシャへの最短距離を、バルトランド経由で突っ切るルートが取られている。

「それにもう一機追加だ。急で悪いが萩谷も藤田と一緒に護衛任務についてくれないか?」

「「え?」」

 伊予と信乃が目を丸くする。

「ミーの輸送機も一緒に護衛してもらうねー。ブリタニアで足止めされていたけど、ようやくこれでスオムスに向かえるねー」

 そう言って笑顔を浮かべるオヘア。

「慰問活動だ。よくある話さ」

 伊予と信乃に美枝がかいつまんで事情を説明する。

 オヘアは軍を退役した現在、リベリオンの故郷で農場を経営している。

 だが、かつての仲間達の為にと、私財を投げ打ちスオムスの507の為の義援物資を送り届ける為に欧州に渡ってきた。当然、リベリオンのウィッチも護衛につく手筈になっているが、我々も丁度同じ時期にペテルブルグに向かうので、合流すれば護衛も増えてお互いより安全に任務が遂行できるだろうという申し出があり、それを扶桑海軍の上層部が承諾した。

「かつての英雄が今も戦う仲間たちの為に激戦地に戻るなんて、いかにも新聞記者や銃後の臣民が好きそうな話じゃないか。リベリオンから打診を受けて、上層部も良い宣伝になると思ったらしい」

 美枝が苦笑を浮かべる。まあ、上層部が持ち込んだ面倒を押し付けられるのは何時もの事だが、輸送機の護衛程度なら他の任務に比べて格段にリスクが小さいのも確かだ。

それに、肩書だけは立派なお偉方の『視察』とは違い、物資なら間違いなく前線の足しになる。喜んで引き受けるわけではないが、507にも扶桑海軍からウィッチを出している以上、無碍に断る必要もない。

「それにしても、私財を投げ打ってなんて、キャサリンってそんなにお金持ちなんですか?」

 一方別の事に驚いた顔をする信乃。個人で軍の輸送機をチャーターして物資を送る等、ちょっとやそっとの金を積んでも不可能だし、仮に金があっても軍とのコネクションが無ければ不可能だ。

「ミーは沢山畑を持ってるね。そのうちの三分の二くらいを売れば物資やストライカーが何機か買えるねー」

 アバウトにもほどがある。広大なアメリカの土地で三分の二とか言われてもいまいちピンとこない。

「最近は畑が広くなりすぎて、馬に乗ってもミーの畑を回るのに2、3日はかかるようになったね。だから余計な分は仲間の為に使おうと思ったねー」

「ストライカーを何機もって……そんなに土地を持っていたんですか?」

 伊予が尋ねる。飛行機、それも軍用機となれば相当な値段となる。相当な土地を売らないと購入など出来るわけがない。

「詳しくは覚えてないねー。カウハバから戻って軍の退職金で買った土地と元々あったママの土地でトウモロコシを作って売って、余ったお金で畑を買って綿花を作ってまた売って、余ったお金で土地と馬を買ってジャガイモを育てていたらアステカの国境の辺りまでずっとミーの土地になったねー」

 スケールが大きすぎて矢張りピンとこない。ただ扶桑とは比べ物にならない程スケールが大きな話だという事は何となくわかった。

「成程、これがリベリアンドリームですか……」

 ぽつり、と信乃が呟く。

「ミーが故郷に帰れたのも仲間たちのおかげねー。だから、上手くいった分は仲間達に返すのが当然の事ねー」

 そう言って嬉しそうに笑顔を浮かべるオヘア。余程仲間が好きらしい。

「今はカウハバにはいないけど、ユー達にもいつか紹介したいね。トモコにウルスラ、エルマにビューリングにジュゼ……」

 そこまで言いかけて、ふと口を閉じる。

「……あー、『あの子』はちょっとやめた方がいいかもしれないね」

「?」

 首を傾げる伊予と信乃。

「ちなみにイヨ、シノ、ユー達は同性愛者じゃないね?」

「「はぁ!?」」

 突然の質問に思わず変な声が出た。

「ち、違います!!ていうか何を唐突に!?」

「そうです!!抗議します!!あたしはそんなんじゃないです!!」

 二人の言葉にオヘアが肩をすくめる。

「やっぱりハルカには紹介しないほうが良いね。普通の子にはちょっと刺激が強すぎて危険がアブナイね……」

 ぽつり、と聞こえないくらいに小さな声で呟くオヘア。

 だが、オヘアはまだ知らない。

 あれから数年が過ぎ、一度士官教育で扶桑に戻った『あの仲間』の『今』を。

 そう。

 彼女はまだ、カウハバに居るという事を。

 

 

 


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