チリチリするの   作:鳩屋

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3.JG54 リヨン臨時基地

「そろそろ到着します」

 

「ありがとうございます、その……」

 

「ハンネ・A・ハーン少尉です。ハンネで結構ですよ、准尉」

「はい、ええと、ハ……ハーン少尉、お世話になります」

 一度名前で呼びかけ、改めて言い直す。というか、名前が紛らわしい。

 

 ハンネがその様子にわずかに苦笑じみた笑みを浮かべた。きっとしっかりとした教育を受けているのだろう。

「准尉。余りかしこまらないでください。先程の戦いも見事でした。空の上で謙遜なんていりませんよ」

「ええと……善処します」

 小さなウィッチは先程の戦闘とは打って変わって控えめな口調でハンネの言葉に頷く。

 その言葉にすらりとした長身に眼鏡をかけ、いかにも理知的な雰囲気とは裏腹に、見るものを和ませるような柔和な笑みを浮かべてハンネは頷いた。

「ねぇねぇ、あれどうやったんですか?あれ」

 そういいながら近づいてくるのは信乃と同じくらいの身長の小柄な少女だった。

 ブロンドの髪を後ろで二つにまとめ、好奇心旺盛そうな大きな青い目に笑顔を浮かべて信乃の横にストライカーを並べる。

「あれ?」

「ほら、ばーっとネウロイに撃たれた時に、さっとかわしてぴっと弾いた奴。何かビームが曲がったみたいに見えたんだけど、固有魔法か何かですか?」

「ユーリ、せめて名前と階級を名乗りなさい。他国とは言え、上官ですよ」

ハンネがたしなめる。

「ご、ごめ……じゃなくて、すみません。ボク……じゃなくて自分はユーリエ・ブロッケ軍曹です、11歳です」

「ユーリ……ブロッケ軍曹はまだ配属されて1ヶ月くらいなんです。まだ軍になれてないところもあるんですが……」

「あたしは気にしませんよ、ハーン少尉。ブロッケ軍曹、あたしは萩谷信乃准尉です。年は16歳。――よろしくね、ユーリ」

 ユーリというのは綽名だろう。カールスラントでは男の名前だ。

 最も、ユーリエちゃんというよりもユーリ君といった方がしっくりくる快活な雰囲気の少女である。皆もその辺りを踏まえ、敢えて『ユーリ』と呼んでいるのだろう。

「やった、よろしくお願いします、シノさん!!」

「駄目です。萩谷准尉も甘やかさないでください」

 ぴしゃり、と言い放つハンネと、しゅんとなるユーリ。

「でも、ハーン少尉もあたしに名前で呼べっていいましたよね。敬語はお任せしますけど、せめて名前くらいは普通によんでもらいたいです。ハンネ」

 その言葉にハンネが目を丸くし、やがて苦笑を浮かべる。

「そう言われては立つ瀬がないですね。ユーリ、『シノ』もそう言ってますし、特別に許可します」

「やったぁ。少尉大好き!!」

 名前を呼ぶくらいでそのまま遥か上空まで飛んでいきそうな勢いで喜ぶユーリ。

「それでシノ、何でレーザーが曲がったんですか?」

「曲がったんじゃないよ。シールドを使って逸らしたの」

 年も階級も下のユーリに、若干砕けた口調で信乃が答える。

「シールド?でも、シールドだと当たったらぱーって広がっちゃいますよ?」

「それはビームに対して真っ直ぐシールドをあてるから。そうじゃなくて、シールドをビームに対して斜めに張ると、ビームが拡散しないで後ろに逸れていくでしょ?そうすると衝撃が少なくなるから、それを利用して…」

 そこまで説明しかけて信乃が言葉をとめる。

「ん…んー?んんー?ええと…つまり……」

「ふふ。まずはシールドでしっかり攻撃を防ぐようにした方がいいよ」

 どうやら11歳の軍曹殿にはまだ難しいようだった。

 首を捻っているユーリに、信乃が苦笑を浮かべる。

「そのうち解りやすいように教えてあげるから」

「本当!?約束だよ!!シノ!!」

 ぱっと花が咲いたように無邪気にほほ笑むユーリに、信乃も思わずつられてほほ笑む。

「ハンネ。そろそろ着陸の用意だ」

 無線越しのその言葉に、口に浮かべていた笑みを引き締め、ハンネが口を開く。

「ユーリ、シノ。お話は後にしましょう。着陸しますよ」

 その言葉に信乃が下を見ると、田園地帯の中に滑走路が見えてきた。

 その周辺には基地……というには少し質素なレンガ造りの建物が立ち並んでいる。滑走路が無ければ、ちょっと大きな農家の屋敷といった雰囲気だ。

『ハギ、先にオレ達が降りるぞ』

「了解です」

 魔導無線の向うの徹子の声に信乃が答えて機首を下に向けた。少し前を飛んでいた徹子もほぼ同じタイミングで機首を降ろす。

 地面が近づいてくる。ギアを落としてフラップを使い、減速しながら滑走路に近づく。

 鳥観図のようだった景色がどんどん広がり、茶色一色だった地面に色が増えていく。

 普通航空機なら一機づつ着陸するのだが、それよりずっと小さなウィッチの場合、2、3人が同時に着陸するのはよくある事だ。

 徹子との距離に気を使いながら、地面を整地しただけの滑走路に触れる直前、軽く身を起こす。やや前傾姿勢を保ったまま、下半身がユニットで固定されているので、上半身全体で上手く風に煽られないようテレマーク姿勢でバランスを取り、ユニットを制御しながら速度を弱める。

 

 着地成功。

 

 脚からのシールドはユニットに少なからず負担をかける。着地の衝撃でギアやユニットが壊れなかったことにひとまず信乃が安堵の息を吐く。

 

 ユニットが完全に制止すると、待機していた整備兵が駆け寄ってきて、ウィッチを安全な場所まで誘導していく。

 

「うちの娘(ウィッチ)達が世話になったみたいだな、ありがとよ、扶桑の」

 背の高い壮年の整備兵が信乃を誘導しながらいかつい笑みを浮かべる。

「その分今晩はうちの子がお世話になりますから。こちらこそよろしくお願いします」

 そういって信乃が自分の履いているストライカーをこつんと叩く。

「うちの子か。任せとけ。お前さんの大事な『お嬢さん』はネジの一本までばっちりと整備してやるぜ」

 がはは、と笑いながら工業国のカールスラントの整備兵が胸を張る。これならジェノヴァまで安心できそうだ。

 ハンガーに誘導され、ユニットを完全に停止させると、さらに二人の整備兵が駆け寄ってきて手早くユニットにチョーカーをかませてくれる。

 ストライカーユニットを格納する補助装置も主要な基地には配備されていることが多いが、内陸の規模の小さい基地等ではまだ配備が進んでいないことが多い。というよりも、それが普通である。

 ユニットを整備兵が支えている間に信乃はユニットに手をかけ、するり、と足を抜く。

 裸足で地面に降りたつと、手早く荷物を入れていた鞄から靴を取り出す。

 任務中は余り大きな荷物は持てないが、その中で一番大きく、重要な荷物がこの靴だ。

 頑丈な軍靴を忘れたりすると、裸足でうろつくわけにもいかず、整備兵に靴の調達を頼む羽目になる。当然基本男所帯の軍の基地で女性の靴を見繕うのもそう簡単ではない。又聞きした話だと、靴を忘れたウィッチが散々待たされた挙句ピンヒールを履かされたという冗談のような話があるくらいだ。

 

 たかが靴、されど靴。

 

 ストライカーユニットという高価な靴を履いて戦うウィッチにとって、靴というのは案外重要な物なのだ。

 

 整備兵たちがユニットを運んでいくのを見送っていると、徹子がこちらに近づいてきた。

 

「ご苦労だったな。ハギ」

「お疲れ様です、若」

 そういって互いに敬礼を交わす。形式上の物なので、徹子は歩きながら、信乃は靴を履きながらであったが。

 その後、徹子が今後の予定をざっと説明する。

 取りあえず、この基地の司令官に挨拶をしてからは自由行動。談話室や娯楽室は自由に使っていいそうだ。

 食事は1900から。一応客人でもあるので、徹子は士官たちと共に行われる夕食に招待されるらしいが、信乃の夕食は下士官や一般兵士が食事を取る食堂になるらしい。

 

「士官ともなると大変ですね、やっぱり」

 靴を履き終え立ちあがった信乃が肩をすくめる。

「代わってやってもいいぜ。美味いものを喰えるかもしれないぞ」

「嫌ですよ。偉い人と顔突き合わせて食事なんて」

「オレだって嫌だ」

「若はもう立派な偉い人じゃないですか」

「なら偉い人のいう事は聞くべきだろ、萩谷飛曹長」

「尉官をいびり倒すのが特務士官の役割です。若本中尉」

 飛曹長時代に教えた事がブーメランになって帰ってきた。

「全く……。後は、飯食ったら好きにしていいらしいぜ。シャワーも娯楽室も自由に使えるぞ。酒も飲める。寝る時は士官室を借りることになってるからな」

「同じ部屋ですか?」

「喜べ、同じ部屋だ」

「若はお酒、飲みますよね」

「お前の分も取ってきてやる」

「あたし、廊下で寝てもいいですか?」

「オレがそうさせたみたいになるからやめろ」

 軽口を叩き合っているうちにカールスラントのウィッチ達も次々にハンガーに戻ってくる。

 アンジェラに運んできてもらったベレーナ用に担架が運ばれてくるが、ベレーナはそれを断り自分の足でハンガーに降り立つと、少しふらつきながらもそのまま衛生兵に付き添われ、救護室へ向かって行った。

 途中、ちらりとこちらを見ると、背筋を整えしっかりと敬礼をしてきたので、二人とも答礼を返す。

「……大丈夫でしょうか?」

「見たところ軽傷みたいだ。お前が気にする事じゃない」

 心配そうな顔を浮かべる信乃の頭をぽん、と徹子が叩く。

「待たせたな、若本」

「おまたせー、シノ!!」

 背後から声が響く。二人そろって振りかえって敬礼をすると、アンジェラ・ヴォルフ中尉とハンネ・A・ハーン少尉、そして、ユーリエ・ブロッケ軍曹が同じく敬礼を返した。

「後一人、負傷してここにはいないが、ベレーナ・レシュケ曹長の分も合わせて感謝の意を述べさせてもらいたい、若本中尉、萩谷准尉」

 信乃がハンネたちと好を交わしたように、帰還の道すがらアンジェラと意気投合でもしたのか。

 好意的な笑顔を浮かべるアンジェラに、若本も口に笑みを浮かべた。

「若本は今から司令官室に。その間は、そうだな……」

 そういってアンジェラがちらり、と後ろを見る。

「はいはーい。ボクが案内しますよ、隊長」

「私とユーリでシノ――萩谷准尉の案内をします。隊長もどうぞ、ごゆっくり」

 その言葉にアンジェラが小さく笑みを浮かべる。

「任せた」

「よろしく、ハンネ。それにユーリ」

「こちらこそ。狭い基地ですが、くつろいでください」

「うん、ゆっくり休んでね」

 信乃の言葉にハンネとユーリが答える。

「ハギ、迷惑かけるなよ」

「若も先方に失礼の無いようにしてくださいね」

「……おう」

 どちらが年上か分からないような、たしなめるような口調に、憮然とした表情で頷く徹子。

 その様子にアンジェラだけでなく、その場にいたウィッチ達が一斉にがふふ、と笑みを浮かべる。

「それじゃあ、19時から夕食だ。それまでは一時解散。……ご苦労だったな、皆」

 

 アンジェラの言葉に皆が敬礼を返し、一旦その場はお開きとなった。

 

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