チリチリするの   作:鳩屋

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2-6.1945 Westhampnett

 1945年 1930 ブリタニア ウェストハムネット基地

 

「何ででしょう、ハギちゃん。他所の国の料理の筈なのに、凄く食べなれた味がします」

「というか、具体的に言えば週に一回は必ず食べる味ですね」

 

 ウェストハムネット基地の士官用の食堂で振舞われたブリタニア料理は、豆スープではなく、豆の代わりに野菜と肉が入った香辛料入りのとろみのついたスープに、扶桑でもお馴染みの炊いたご飯をよそい盛りつけたブリタニア料理。

 そう。カレーライスである。

「そういえば、扶桑のカレーってブリタニアから来たモノでしたね」

伊予がそう言って残りのライスをカレールーに絡める。

 扶桑海軍にカレーが定着したのはブリタニアの影響だ。

 ブリタニアはかつての植民地の宗主国としての名残から、インドから引き揚げてきた商人やインド系の移民の影響もあり、文化の一環としてインド料理が広まっている。

 カレーもまた、フィッシュアンドチップスなどと並び、パブ等でも定番の品となっている。

 特に、本場であるインドのカレーのように家庭ごとに手作りでハーブやスパイスを調合するのではなく、予めそれらの香辛料を調合し、『カレー粉』として売り出したのはブリタニアが世界で初だ。

 そしてそれがインドを通り越して扶桑に渡り、海軍では金曜日の定番料理として定着したのである。

 そういった意味でおなじみの食事の本場なのだから、そこまで味が変わるものでもない。

「ブリタニアの料理を見直してくれたようで何よりだ」

 そう言ってコーヒーの入ったカップを手に肩を竦めるのはオヘアと共に合流したビューリング。

「何というか、外国で地元の幼馴染と再会した気分です」

 信乃が呟く。

「んー。味付けがブリタニア料理らしくないねー」

「元植民地から味付けまで搾取したモノだからな。それを自国の料理と言い張るのは流石は我らが宗主国様といったところだ」

「聞こえているぞ、植民地人共」

 オヘアとゼムケの呟きにビューリングが口を開く。

「そんな事より、折角のブリタニア料理なのに食後が『これ』なのが納得いかないわ」

 食後のコーヒーを飲みながらジェシカが一人苦い顔をする。

 味を誤魔化すためにミルクと砂糖を大量に投入しているので、苦い顔をしているのは味というよりもむしろコーヒーそのものに対してのブリタニア人としてのプライドというか、複雑な思いのせいだろう。

「ジェシー、折角のインスタントや代用じゃないコーヒーだ。余計な物を投入するな」

「お言葉ですが、最高級の茶葉で入れた紅茶でもミルクを入れた方が美味しいんです」

 ビューリングの言葉にジェシカが反論する。

 机の上の調味料は飾りではなく必需品というのがブリタニアの常識だ。ろくに味付けをせず調理するのも、各々が好きな味付けに出来るようにとの配慮である。

 それを味が薄いだの大雑把だのと文句をいわれるのはブリタニア人としては甚だ遺憾であり、むしろその為に敢えて紅茶の味は薄いのだというのがジェシカの持論だ。

 それに比べ、いくら砂糖とミルクを入れてもしつこく自己主張をしてくるコーヒーの厚かましい事。まさに目の前の先輩そのものである。

「そういえば、フランチースカ中尉も護衛に加わるんですか」

 苦そうな顔をしながらコーヒーを舐めていたフランが伊予の言葉に頷く。

「P-47は護衛任務向きではないが、迎撃は得意だ。微力ながら手伝わせてもらう」

「確かに、足回りは悪いですよね、あの『安全靴(ワークブーツ)』」

 信乃が口を挟むとフランがじろり、と信乃をにらむ。

 リベリオンのP-47は、その頑丈さと大火力から、リベリオンのウィッチ達の間では『ジャガーノート』という東洋の雷神の名で親しまれているが、その旋回性能の悪さから、他国のウィッチからは丈夫なだけの『安全靴(ワークブーツ)』と揶揄されるユニットだ。

「この部隊ではドッグファイトなんて前時代的な戦い方をする必要は無いからな。『零式(ジーク)』のような旧型とは違う」

「その分小回りが利くから護衛は得意ですよ。適材適所、お互い頑張りましょう」

 信乃の言葉にふん、と鼻を鳴らすフラン。どうやら中々心を許してくれないらしい。

「……さて、丁度いい頃合いだ。明日以降の予定についても話をしておこう」

 コーヒーのカップをソーサーに戻し、ゼムケが口を開く。

 その言葉に、傾注の合図をせずとも、その場に居た皆が口を閉じてゼムケへと目を向ける。

「皆も知っているだろうが、北海はネウロイと遭遇する可能性が今までと比べても遥かに高い。つい一週間前にも我がリベリオンの輸送機と護衛……第56戦闘航空群に所属するウィッチが二人、行方不明となったばかりだ」

 その言葉にフランが表情を硬くする。無理はない。第56戦闘航空群のウィッチという事は、その『つい先日』まで共に戦ってきた、良く見知った仲間という事だ。

「この一ヶ月でこのウェストハムネット基地からバルトランド方面へ向けて行った輸送は12回。先週も含め、その間で輸送の失敗は3度」

「少なくはないですが、多くも無いですね」

 信乃の言葉に、伊予とジェシカ、それにゼムケも同様に頷く。

 ネウロイと遭遇する可能性のある空域では常にそう言った事態は想定されるし、何度もそういった事態を経験していれば、ゼムケの言う数値が決して異常な数字ではない事は感じ取れる。

 それに、最前線での大規模作戦の前等は、護衛のウィッチや輸送機の喪失を前提とした大規模なコンボイ輸送が行われることもあり、それに比べても、通常の損失割合としては決して高くはない。

「問題はここからだ。三度の内、一度は輸送機の残骸が見つかったが、残りの二度は通信が途絶した海域を調べても、撃墜の痕跡が一切見つからなかった」

「二度とも、ですか?敵ネウロイは?」

「それも見つかっていない。念のため、ブリタニアやガリア、バルトランドやベルギカの各基地にも連絡を取ったが、当該機体及びウィッチの目撃情報は入っていないとのことだ」

 ゼムケの言葉に、流石に伊予も首を傾げる。

 護衛のウィッチも含めて行方不明という事は、十中八九ネウロイに撃墜されていると考えられる。

 だが、その場合、後程の捜索で輸送機やストライカーユニットの残骸といった痕跡や、或いは輸送機を撃墜したネウロイとの遭遇等、撃墜理由を特定できるような、何かしらの情報を得る事が出来るはずだ。

 余程大きく針路を外れていない限りは、そのいずれも見つからないという事態はそうそう起こりえない。

 だが、それが短期間に続けて二度。異常事態と言って差し支えが無い事態だ。

「問題はまだある。その後、行方不明になった輸送機を探すために北海空域を調査していたウィッチが同様に消息を絶った」

「行方不明?ウイッチ『だけ』がか?」

 ぴくり、と、その言葉にビューリングが目を細める。

「ああ。僚機の証言によると、調査をしていたほんの短い間に姿が見えなくなったらしい。当然捜索はしたが、輸送機同様、墜落や撃墜の痕跡は矢張り発見されていない」

 ちらりと隣に座るオヘアを見ると、矢張り同じように表情をこわばらせてビューリングを見返していた。

「……質問しても良いね?」

「構わない。ミス・オヘア」

「本当に、その空域でネウロイは発見されてないね?例えば、所属不明のウィッチが目撃されたりとか、或いは……」

 言葉を濁しながら、他のウィッチの目を気にするように、オヘアがちらり、と周囲を見る。

 だが、それよりも先に、ゼムケが口を開く。

「『或いは、人型のネウロイを見なかったか』?」

「イエス」

 ゼムケの問いに、オヘアがややあって頷く。

「そして、私が『何故そのような事を聞く?』と尋ねても、貴女はそれには答えられない」

「……イエス」

 再度肯定するオヘアを見て、ゼムケが肩を竦める。

「502や507に連絡をしたときにも同じことを聞かれた。詳細は『最高機密』らしい」

 非常事態において、その解決の糸口となりうる情報を口にしない、或いは出来ないという事は、余程重大な機密か、或いは相手が開示すべき情報か否かを判断できない無能であるかのどちらかだ。

 そして、ゼムケが知っている以上、統合戦闘航空団を任せられるウィッチの中で、そんな無能な人物はいない。

「似たような状況、ミーは……ノー、『ミー達』は知ってるね」

 ぽつり、とオヘアが呟く。

 だが、軍事機密、それも最高機密に属する類の事は、いくら軍を離れても守秘義務は残る。

 いうべきか、言わざるべきか。

 だが、それを制するように、ゼムケが口を開く。

「生憎、人の姿をしたネウロイを見たという情報はわが部隊からも、近隣の部隊からも入っていない。北海でネウロイに遭遇した他の輸送部隊からも、ネウロイに変わった様子は見られないという報告が入っている」

 ゼムケは言葉を続ける。

「しかし、状況によっては507及び502を含めた周囲の部隊とも連携し、速やかに脅威を排除することも視野に入れる必要がある。だが、先ずは輸送機を送り届けるのが先決だ」

 後方の都合に合わせてネウロイは待ってくれない。

 輸送機が落とされたという事は、それだけ前線での物資が減少するという事だ。

 補給が何よりもの生命線である最前線への輸送任務は、危険な状態であるからこそ、他のどんな任務よりも優先される。

「輸送機の進路に合わせ、こちらでも出来る限りの哨戒は行わせてもらうが、作戦の遅延はあっても、変更は認められない」

 そう言い、ゼムケがその場に居る皆へと目を向ける。

「承知してます」

 伊予が頷く。

「危険ではない任務なんてこの欧州では有り得無い事くらいは、私達遣欧艦隊も理解しているつもりです。積極的な協力に感謝することはあっても、謝罪される理由なんてありません」

「変な奴を見つけたら、私達がぶっ飛ばしてやるから安心していいわ」

 伊予とジェシカが口を開く。

「頼もしいな。だが、異常を感じたらすぐさま撤退するように。物資さえ無事なら再度輸送を行えば良いが、失えばそこで終わりだ」

「承知しています」

 伊予が頷く。

「ミス・オヘア。それにビューリング中尉。それで良いだろうか?」

 ゼムケの問いに、ビューリングが口を開く。

「構わない。ただ、我々が『戻る』という判断をしたときは必ず従って欲しい。例え危険だと思わなくてもだ」

「それは、先程の人型に関わる話か?」

 ゼムケの問いにオヘアが頷く。

「イエス。本当なら、事態がクリアになるまでは皆の安全のためにも出て欲しくないね。でも、物資は前線には必要なものなのはミー達も理解してるね。だからこそ、物資とユー達を失わないためにも、ミー達のリクエストには従って欲しいね」

 ビューリングもオヘアも、先程までとは打って変わった真剣な表情を浮かべている。

 その様子を見て、伊予が口を開いた。

「こちらはそれで構いません」

 伊予の言葉にゼムケも頷く。

「その判断は藤田中尉に一任する……ギャビー」

「はい」

「『あのユニット』にはもう慣れたか?」

「問題ありません」

 フランの言葉にゼムケが頷く。

「……あのユニット?」

 首を傾げる伊予。横で聞いていた信乃とジェシカも興味をそそられたのか、ゼムケとフランの方へと目を向ける。

「我々の戦い方は数を持っての一撃離脱だ、だが、今回ばかりは数が足りない。それを補うためのユニットだ」

 フランが頷くと同時にゼムケが立ちあがる。

「皆。今日はゆっくり休め。明日は予定通り0900に搭乗員室に集合するように」

 

 その言葉に皆が立ちあがり、それぞれの部隊の流儀に則った敬礼を返した。

 

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