チリチリするの   作:鳩屋

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2-7.STELLA Ⅱ

 ―1―

 

 明朝 0830 ウェストハムネット基地

 

「飛び立てるんですかね?こんなに人がいて」

「流石に離陸前には離れると思うけど……」

 呆れたように呟く信乃の言葉に、伊予が苦笑を浮かべる。

 早朝のウエストハムネット空港の滑走路は人と機材でごった返していた。

 そこにいる人の多くは新聞記者やカメラマン。人が多すぎて整備兵を捕まえるのも一苦労だ。

「いい写真を撮ろうとしてカメラマンが飛び出してくるかもしれないわね」

「その時は頭を蹴っ飛ばせばいい」

「意外と武闘派ですね、フラン」

 既に整備を終え、駐機するストライカーユニットの脇に待機する伊予、信乃、ジェシカ、そしてフラン。

 全員が全員バラバラの機体で、ペイントもそれぞれ異なる。そんなちょっとした統合航空飛行隊の様な姿を時折カメラマンが写真に収めていくが、話しかけようと近づいてくる記者は整備兵たちがそれとなく止めていた。

 伊予の脇に駐機する、モスグリーンと白に塗装された紫電改。

 白にブルーのラインの塗装が施された信乃の零式54型。

 『JE-J』の文字が入っているスピットファイアMk.Ⅴがジェシカ。そして。

「それが昨日言っていた機体ですか?」

 鮮やかなマリンブルーに塗装された大型ユニットを見ながら信乃が首を傾げる。

「P-47M。P-47DにP&Wの2800-57エンジンとCH-5過給機を積んだユニットだ。つい最近まで手直しが続いていたが、ようやく安定して実戦に持ち込めるようになった」

「成程。うちの子と同じですね」

 エンジンを換装した新型なら零式54型と同じだ。何となく似た者同士、親しみも沸く。

「ちなみに最高速度は756キロ。並みのネウロイ相手ならば、水平飛行でも十分ヒットアンドランが可能だ」

「は?全然違うじゃないですか」

 何ですか750キロって。零式の限界降下速度より速いじゃないですか。

「そんな速度で旋回出来るの?ただでさえ取り回しが悪いのに」

「曲がる必要は無い。回避しなくてもP-47Mなら逃げられる」

「私達の任務は護衛よ。逃げてどうすんのよ」

 はぁ、とジェシカが肩を竦める。これでは細かい空戦挙動には期待出来そうにない。

「で、イヨ。どうすんの?」

「え?そうですね……」

 先日のゼムケ達の言葉はさて置き、指揮官として現状の戦力をどう割り振るか。

「……取りあえず、直掩は私とハギちゃんで。ジェシカさんは少し先行して、フランチースカ中尉は高高度を保ってそれぞれ周辺の警戒をしてください。もしネウロイと会敵したら、フランチースカ中尉とジェシカさんが攻撃、私は輸送機を守りつつ二人の援護、ハギちゃんは輸送機に張り付いて、いざという時のシールドを担当……で、どうでしょう?」

「ま、そんなところね」

「悪くない」

 ジェシカとフランが頷く。

 しかし。

「シールド、あたし一人ですか?」

 伊予の言葉に信乃が眉を顰める。

「自信無さげだな、シノ」

 何となく発したフランの言葉に、信乃が当然とばかりに頷く。

「当たり前です。あたしが抜かれたら輸送機に乗ってる人たちが『死ぬ』んですよ」

「……っ」

 何気なく出てきた信乃の言葉に、一瞬フランが言葉を失う。

 そう。いくらネウロイを落としても、輸送機は一撃でも熱線が直撃すれば撃墜される。

 当たり前の事だが、当たり前すぎて麻痺していた感覚。

 だが。

「何、臆病風?心配しなくても、近づいてくる前に私達が全部落とすわよ。フラン」

 ジェシカが呆れたように言い放つ。

 そう。ジェシカはそういうウィッチだ。自分の実力に疑問を持たず、そして、その実力通りの戦果を挙げて見せる。

「……ああ、そうだな……」

 内心の動揺を悟られぬよう、冷静を保ってフランが頷く。

「状況次第では私もシールドに回ります。一人で一機なら、多少不利でも守り切れますよ。ハギちゃん」

 護衛任務には性格が出る。積極的に敵を落として脅威を排除するタイプと、守りを固めて迎撃に専念するタイプ。信乃は完全に後者で、伊予は戦闘スタイルに似合わず前者寄り。ジェシカは状況に応じて柔軟に動けるタイプだが、フランは完全に前者だ。

「確かに、輸送機の直掩はシールド操作に長けたジェシカさんが向いているかもしれません。でも、ジェシカさんとハギちゃんでは前衛での戦闘能力に大きな差があります」

「護衛任務じゃなければ、私じゃなくてシノを前衛に回すところね」

 ジェシカが肩を竦める。護衛任務である以上、囮にネウロイが食いつく可能性は低い。

 なにしろ、もっと落としやすい『標的(輸送機)』がすぐ先に居るのだ。

「……フラン、あたし、自分を守るのは得意ですが、他人を守るのはそうでもないんです。適材適所、前衛は任せました。その代り、輸送機はあたしが守り切って見せます」

 先日と似たような台詞だが、意味合いは大分異なる。

 真っ直ぐ見つめてくる信乃の目を見返すフラン。

 信乃の目は真剣だった。

「……ああ」

 フランは信乃がこんな目をするウィッチだと思っていなかった。

 ……そう。自分達の背に掛かっているのは、人の命だ。

 もし父の今際の時、今の自分がいたのなら。

 なすすべもなくネウロイに蹂躙された父の母国に私が居たのなら。

「……解っている、『シノ』」

 だからこそ、フランは頷く。

「片っ端から私が敵を落としてやる。だから、お前は片っ端から敵の攻撃から輸送艇を守れ。もしネウロイのレーザーが輸送機にかすりでもしたら、その身長を更に縮めてやる」

「ちょっと待ってください。落とされなければノーカンですよ?」

 眉を顰める信乃に、僅かに、ほんの僅かだけ頬を吊り上げ、フランが小さな笑みを浮かべた。

 

―2―

 

「ヒーハー!!見ろよジョーイ、かわいい子が一杯だぜ!!お前、どの子が好みだ?」

「ウィッチが4人、しかも皆エースでかわい子ちゃん!!迷いますが、オレはやっぱりあの扶桑の隊長さんがいいっすね!!」

「あの中じゃそうだが、やっぱりオヘア中尉が一番だな。中尉を乗せる事が出来るなんて、サウスダコタの仲間たちに自慢できるってもんだ」

 背後から響く声に思わず振り返るウィッチ達。

 見ると、ストライカーと一緒に滑走路に並んでいる輸送機に、リベリオンの輸送機乗りらしき男達が大声で話しながら向かって行くところだった。

 本人たちからすれば聞こえてないと思っているのか、それともわざと聞かせているのか解らないが、多国籍部隊ながらスレンダーが4分の3の多数派を占めているウィッチ達の間に一瞬剣呑な雰囲気が流れる。

「他所の国の兵士じゃなかったら海軍精神注入棒ですね」

「ハギちゃん、物騒だよ。解るけど」

 護衛する輸送機に乗る相手に向ける目とは思えない剣呑な視線を送る信乃に伊予が呟く。

 男達が向かう先。

 スオムスへの義援物資を積んだダグラスC-47は迷彩など知ったものかとばかりに大きく描かれたリベリオン国旗と『Crusher Ohea』の文字。

 輸送機にクラッシュとは、戦意高揚の宣伝も兼ねているのかもしれないが縁起でもない。

 そして、極めつけは機首部分には布面積が少ない水練着を纏ったオヘアがその豊満なボディを強調するようなポーズを取ったノーズアートだ。

 誰だ描いた奴。

「どうせだからあそこのカワイ子ちゃんたちも書いてやれよ、ボブ」

「いいねえ。どんな『せくしーな恰好(ノーズアート)』にしてやろうか、グフフ」

 ……そうか、ボブの仕業か。

 ……いかにもボブって感じのリベリアン体型ね、ボブ。

 ……万が一それを実行したら北海に沈めますよ、ボブ。

 ……覚悟しててくださいね、ボブ。

 ジトっとしたウィッチ達の視線を知ってか知らずか、意気揚々と輸送機に乗り込んでいくリベリオン兵達。

 一方。

「やれやれ、これだからリベリアン共は解ってない。やれ胸だ、やれ尻だと。女のケツについていくことしか出来んのか」

「いい事を言うな、志村。見て見ろ、萩谷飛曹長のあの守ってやりたくなるような儚い体つき。あれこそ至高」

「他の2人も中々にスレンダーで可愛らしいじゃないか。ああ、守護りたい。扶桑男たるもの、『可憐な少女(ウィッチ)』の楯になる事こそ本懐だ。なあ、中本」

「ふっ。良く解ってるじゃないか、加藤」

 C-47の後ろに並ぶ、武骨なモスグリーンに塗装された扶桑海軍の零式輸送機へと向かう飛行服姿の乗組員たち。

 元々伊予達が護衛する予定のペテルブルグに向かう扶桑海軍の零式輸送機だ。

「……勝手にネウロイに突っ込んでいったりしないでしょうね、あの扶桑の輸送機」

 ジェシカが呆れたように呟く。

 もとはC-47と同じく旅客機として設計されたDC-3を基にした機体であるため、並んでみるとその形状自体は似通っているのかもしれないが、塗装のせいでぱっと見は全く別の機体のように見える。

 乗組員の気質もリベリアンとは異なる、いかにも扶桑軍人といった雰囲気だが、話している内容からして案外似たもの同士なのかもしれない。

「皆、待たせたねー」

 そんな4人の元へ、呑気そうな口調でオヘアとビューリングが近づいてくる。

「取材が長引いたねー。特にカメラマンがここばかり取るから中々話が進まなかったねー」

 そういって胸元を隠す仕草を見せるオヘア。

「失礼なカメラマンだ。オヘア元中尉をそんな安っぽい目で見るなんて」

「そうですね。そのカメラマン共、あたしが片っ端からドーバー海峡に沈めましょうか?」

 珍しく意見が一致するフランと信乃。

「そこまでしなくていいね。フランもシノも優しいねー」

「……多分ハギちゃんのは優しさからの発言じゃないです」

 持たざる者の僻みを散々聞かされてきた伊予がぽつり、と呟く。

「……なあ、どっちかに乗らないと駄目なのか?」

 一方、先日までの態度とは打って変わり、うんざりとしたような顔で輸送機を見ながら、ぽつり、とビューリングが呟く。

「好きな方を選ぶといいですよ。最も、私ならどっちも御免ですが」

 にやにやと笑うジェシカをビューリングが睨み付ける。きっと散々振り回してきた罰が当たったに違いない。

「私のハリケーンはどこだ?」

「ミーの輸送船に乗せたねー」

「今すぐ出せ」

「シールドを張れない人を守る余裕はないです。素直にあの『クラッシャーオヘア号』に乗ってください」

 シールドが張れないウィッチなど、平たく言えばただの的だ。ただでさえ鈍重な輸送機を護衛しなくてはいけないのに、小型ネウロイの熱線がかすっただけで致命傷を負うようなウィッチを守るような余裕などない。

 ちっ、と舌打ちをすると、忌々し気な目でオヘアの義援物資の積まれたC-47を睨み付ける。

「あんな輸送機に乗って落とされたら地獄で待ってる旧友がどんな顔をするか……」

「きっと大爆笑ねー」

 何故か嬉しそうな顔をするオヘア。

「一体何を考えてあんな塗装にしたんだ、オヘア」

「ミーじゃないねー。パイロットが勝手にやったねー」

「……正確には、寄付をした国民の希望に沿ってパイロットが描いた、といった所かな」

 その声はここにいるウィッチのものではない。

 首から下げたカメラに手をやりながら、人懐っこい笑みを浮かべて近づいてくる女性に、皆が反射的に目を向ける。

「どうも。もしよければ輸送機をバックに一枚いいかな?」

 ブルネットの緩くウェーブした長髪に、セーターとスラックス。

 見た目からして軍人らしからぬ女性だが、一般人ならこの場所に立ち入る事は出来ない。となると、記者か、カメラマンか。

「決められた場所での取材は禁止されている。基地から追い出されたくなければカメラを下ろして回れ右だ」

 一歩前に進み出たフランの言葉に女性が肩を竦める。

「許可は取っているよ。ここでの取材も、何なら、あの派手な輸送機に乗り込む許可もね」

 訝し気な顔を浮かべるフランの肩をオヘアがぽん、と叩く。

「心配ないね、フラン。彼女はミーと同行するリベリオンのカメラマンねー」

 オヘアよりやや背は低いが、一般的な扶桑人からすれば高いくらい。茶目っ気のありそうな細い瞳をさらに細めて笑顔を浮かべてウィッチ達に向かって口を開く。

「あたしはデビー・シーモア。リベリオンのグラフ社と契約している。グラフ誌は今回のオヘア女史の義援活動にも資金を提供しているからね。お蔭で私はフロリダでのバカンス中に呼び出されて冬のスオムスに送り込まれることになった訳だけど」

 そういって愉快そうな笑みを浮かべるデビー。

 言葉とは裏腹に嫌がっているそぶりは無く、むしろどこか楽しそうだ。

「スポンサーは大切ねー。お金を出してくれた分、写真移りが良くなるように目立つ塗装をすることになったねー」

 国民個人や団体がスポンサーとなって、軍に戦闘機やストライカーユニットを寄付し、その代わりに機体に名前を入れてもらうといった事は扶桑でもよく行われている。

 リベリオンでも同様で、寄付という名の賄賂をする事で便宜を図ってもらうという事は決して珍しい事ではない。

「他の記者が臆病で良かった。お蔭でここから先は私の独占取材だよ」

「スオムスまで行きたがる物好きなリベリアンがいる事がむしろ驚きね」

 戦地から遠く、かつ未だネウロイの被害にさらされた事が無いリベリオンの人々にとっては欧州の激戦地は遠い『他人事』だ。興味はあっても巻き込まれるのは御免だというのが普通の感覚だろう。

 だが。

「1年前まであたしは502で取材してたから慣れっこだよ。向うにつけば知り合いも多いし、その間は腕利きのウィッチ(きみたち)が守ってくれるんでしょう?」

 そう言ってぱちり、とジェシカにウインクしてみせるデビー。

 前線で取材していたなら、その危険性は身をもって理解している筈だ。何度も行きたがる等正気の沙汰とは思えない。

 だからきっとこの女もまともではない。まともではないという事は、いくら正論を言ったところで通用しないという事だ。

「……何を取材してきたのか知らないけど、余程運が良かったのね」

 呆れたようにジェシカが肩を竦める。

「ああ。運が良い。だからその幸運に感謝しつつ一枚撮らせて貰えないかな」

「『偶然』カメラを叩き壊されたくなければ、ご自由に」

 カメラを構えるデビーに挑発的な笑みを浮かべるジェシカ。どうせ壊されてもまだ予備は十分に持ち合わせているのだろう。

 こういう図太さも前線に向かうカメラマンには必要なのだ。

「そろそろ出発ね、皆、デビー」

 オヘアの呼びかけに、ウィッチ達はそれぞれのユニットへ、デビーとビューリングはオヘアに続いて輸送機へと向かう。

「……何だか大変そうですね」

 オヘアの後をぞろぞろと続いていくカメラマンや記者達を見送り、ぽつり、と、紫電改に足を通そうとする伊予。

「大変なのはこれからだ。藤田中尉」

 そんな伊予の元へ一人の女性が歩み寄る。

「ゼムケ大佐。どうかしましたか?」

 取材から抜け出してきたのか、昨日とは異なるリベリオン陸軍の礼装に身を包んだゼムケが伊予の元へと近づいてくる。

 ちらり、と周囲へと目を向けるゼムケ。記者たちはオヘアの方へ向かい、二人の様子を見ているのは既にストライカーに足を通した他のウィッチ達だけだ。

「……昨日の話の件ですか?」

「ああ」

 僅かに緊張した面持ちになる伊予にゼムケがそっと近づき、その耳元に顔を近づける。

 ゼムケの声はストライカーと輸送機のエンジン音にかき消されて伊予以外には届かない。

 ただ、二人の表情から重要な話である事だけは伺える。

「……一体何を話しているのだろうか、あの二人は」

「さあ。大人の事情って奴かしらね」

 フランの問いにぽつり、と呟くジェシカ。どうやら質問に答える気はなさそうだ。

 やや不服そうな顔をしたフランが隣の信乃を見るが、こちらも素知らぬ様子で手にした扶桑の99式2型2号改機関銃の点検をしている。

「……一応、あたしの方が先輩みたいですから一言だけ。フランはゼムケ大佐を信頼してますか?」

「勿論だ」

 フランの言葉に信乃も頷く。

「なら、この話はここまでです。あたしも伊予を信頼してますから」

 セーフティの確認を済ませ、99式を背に背負いながら呟く信乃に、フランが尋ねる。

「……シノはそれでいいのか?」

「ええ。『余計な詮索は必要ない。戦場では余計な思考が命を奪う』ですよ」

 

 自らの長機の口癖を真似しながら、信乃が肩を竦めた。

 

―2―

 

『こちら『扶桑一番』、周囲の状況はどうですか?』

 

『『ブリタニア一番』異常なし』

『『リベリオン一番』、敵機見えず』

『『扶桑二番』、異常ありません』

 

 魔導無線から響く声に輸送機の搭乗員たちは緊張した面持ちで耳を傾ける。

 ウェストハムネット空港を離陸してブリタニアを離れれば、いつネウロイと遭遇してもおかしくない空域に入る。

 冬の北海は温度も低く、ネウロイに落とされて仮に不時着に成功したとしても、その後の生存の可能性は限りなく低い。

 だが。

「懐かしいねー、このコールサイン。ミー達と同じねー」

「そりゃそうだ。私達の後に広まったんだからな」

 コーヒーのカップを手に呑気な口調で目を細めるオヘアと、肩を竦めるビューリング。

 国名の後に階級順の番号を振るコールサインの原点は、世界初の多国籍ウィッチ部隊となったいらん子中隊が発祥である事を知る者は少ない。

 コールサインが必要だという穴吹智子少尉の発案に、エルマ・レイヴォネン中尉が当時思いつきで提案したものだったのだが、その後多国間で部隊を組む際に『シンプルかつ識別が楽で、どんな馬鹿でも間違えない』という合理的な理由で、今では方々の部隊で使用されるコールサインである。

「成程、意外な事実ですね。あ、これは記事にしても大丈夫な情報?」

「問題ないね。でも、こんな情報、面白いね?」

「こういった裏話をコラムとして乗せると、意外と反響が良かったりするんですよ」

 嬉しそうにメモにペンを走らせるデビー。

 ま、判断するのは上の人間ですがね、と笑みを浮かべるデビーを尻目に、ビューリングが機長に向かって口を開く。

「おい、煙草吸ってもいいか?」

「こんな狭い所で止めるね、少しは我慢するねー」

 操縦席のすぐ後ろ、搭乗員用の休憩用に用意された長椅子に体をくっつけるように座っていたオヘアがその言葉に露骨に嫌な顔をする。

「後で一本貰えるなら」

「そのくらいなら構わん」

「いえ、その綺麗な口で吸った方をですね」

 にやり、と笑う年配の機長。いい年をして何をほざいているのか。

「火が付いたまま押し付けられたいのか?そういう被虐的な趣味の相手は専門外だ」

 肩を竦めながら新しい煙草の封を切るビューリング。先日信乃からもらった『ほまれ』である。

「……皆さん、随分余裕がありますね」

 そう呟いたのは副操縦士のジョーイ。先程4人のウィッチの中から伊予を選んだ巨乳好きの若者だ。折角すぐ脇の直掩に伊予が付いているのに、鼻の下を伸ばす余裕も無いようだ。

 不安げに時折空をきょろきょろと見まわすジョーイに、ビューリングが口を開く。

「お前さん、欧州に来てどのくらいだ?」

「一年になります」

「ネウロイに会った事は?」

 その言葉に黙って首を振るジョーイ。

「姉さん、こいつは『ラッキー・ジョー』って言うんだぜ」

 横から口を開いたのは航空機関士のボブ。飛行機乗りにしては珍しく小太りな体型をしており、オヘアのノーズアートを書いた張本人だ。

「こいつが来て一年、ほぼ毎日空を飛んでる癖に、こいつが乗った輸送機は未だ一度もネウロイと遭遇していないんだ。だから機長が縁起がいいってこの機体に乗せたのさ」

「ほう?」

 得意げにボブがそう言った次の瞬間、魔導無線から緊張したような声が響く。

『こちらリベリオン一番、5時方向にネウロイらしき機影を確認』

『ブリタニア一番、こっちも確認したわ!!機影は一機、偵察型ね!!』

 凍り付くボブと、静まり返る機内。

 無言のままビューリングが煙草を口につけ、火を灯す。

 ふぅ、と煙を吐くと、ややあって一言。

「……初遭遇おめでとう。『ラッキー・ジョー』」

「……どうも……」

 

 その言葉に、ジョーイが乾いた笑顔で応えた。

 

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