チリチリするの   作:鳩屋

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2-9.RTB

「フラン、フラン」

 

 聞こえるはずの無い声。もう二度と聞く事の出来ない、だが、忘れる事の出来ない懐かしい声。

 

「フラン、どうしたんだい?」

「……パパ?」

「怖い夢でもみていたのかい?ずっとうなされていたよ?」

 ああ、そうだ。

 夢を見ていたのだ。

 憧れていた航空ウィッチになり、仲間達と戦う夢。

「……ううん。怖くない。とても素敵な夢」

 ベッドの脇でほほ笑む父に、フランも笑みを向けた。

「貴方、フランは起きた?」

「ああ。今起きたよ、さ、フラン」

 その言葉にフランはベッドから体を起こす。何となく体が小さいと思うが、それも当然だ。

 夢の中のフランはティーンエイジャーで、今のフランはまだ9つ。ようやく大人用のベッドから足がつくようになったばかりだ。

 ベッドから降り、父の頬におはようのキスをして、食卓へと向かう。

「もう、お寝坊さんね、フラン。あまりパパに迷惑をかけちゃ駄目よ」

 母の言葉にフランが『ごめんなさい、ママ』と呟く。食事を机の上に運んでいた母のもとに駆け寄り、父と同じように身をかがめた母に抱き着き、おはようのキスをする。

 暖かいスープとスクランブルエッグ、そして焼き立てのトーストの匂いが鼻をくすぐる。

 ぐう、となるお腹を押さえながら、父の隣の席にちょこんと座るフラン。

「貴方、今日は遅くなるの?」

 夫と娘のトーストにバターを塗りながら、母が口を開く。

「戦争が終わったからね。今日も残業はなさそうだ。親父の奴が嘆いていたよ。『あと1年ネウロイが頑張ってくれてたら、新しい工場に建て替えられたのに』って」

「まあ。父さんったら」

 くすくす、とほほ笑む父と母。

「そう言えば、フランはどんな夢をみていたんだい?」

 父の言葉に、トーストに手を伸ばしていたフランが答える。

「ウィッチになる夢。ウィッチになってお友達と一緒に空を飛ぶの。お空が凄く綺麗で、友達も凄く優しいの」

「フランはウィッチになりたいのかい?」

 父の言葉にフランが頷く。

「もう、フランったら。ウィッチなんて危ないわ」

 母が眉を顰める。

「空から落ちればとても痛いし、死んでしまうかもしれない。パパやママとも会えなくなるのよ」

 噛んで含めるように言って聞かせる母親に父親も笑みを浮かべる。

「そうだね。空を飛びたいのなら、飛行機に乗ってもいいし、わざわざウィッチにならなくても良いんだよ?」

「でも……」

「そうだ、今度一緒に飛行機に乗って欧州に行こうか。おじいちゃんもおばあちゃんもフランに会いたがっていたし、僕も久々に里帰りがしたいな」

「あら、2人だけで行くつもり?」

「まさか、3人で一緒にさ。どうだい、フラン?」

 それは凄く素敵な事だ。仕事が忙しい両親と旅行なんて今まで経験した事がなかったし、物心ついてからフランは父の両親には会った事が無かった。だが、父や母の口から語られる、まだ見ぬ父の故郷の祖父と祖母に、いつか会ってお話をしてみたいと思っていた。

「うん、行く!!」

 フランの言葉に両親がほほ笑む。

 だが。次の瞬間。

『いいからとっとと起きてください!!この馬鹿!!アホ!!フラン!!』

 さわやかな朝の音楽を流してたラジオから突然罵声が響いた。驚いたように顔を上げるフランと父と母。

『どうしたんだ?故障かな?』

『もう、後で父さんに見てもらわないと』

 母が呟き、ラジオを消す。けたたましい声は鳴りを潜め、食卓に静寂が戻る。

『びっくりしたね、フラン。さ、ご飯の続きにしよう』

 そう言って微笑む父の笑顔。ありきたりな日常に再び穏やかな空気が流れる。

 

 しかし。

 

「……違う」

 ぽつり、と呟いたフランを見て父と母が首を傾げる。

『フラン?』

『どうしたの?フラン』

 ざっ、ざっ。と、フランの頭にノイズが響く。ラジオを消しても消えないノイズだ。

 父と母の声だったはずのその声に、今は強烈な違和感を感じる。

「違う。ここは違う」

『何を言ってるの?』

『そうだよ、ここは君の家だよ、フラン』

「違う!!」

 フランが叫び、椅子を蹴飛ばして立ち上がる。手に『M2重機関銃』を握り、『13歳』のフランが目の前にいる『何か』を睨み付ける。

「貴方達は誰だ。何故私をここに連れてきた」

『どうしたの、フラン。何を言っているの?』

『そうだよ、フラン。さあ、食事を続けよう』

「……違う。貴女達は私のパパとママじゃない。私のパパとママは、私を『フラン』なんて呼ばない!!」

 そう。これは違う。

 限りなく記憶の中の故郷に、そして、戻れない日々に近いが、そうではない。

 ようやく思い出した。

 私の『本当の』父と母は、私を『フラン』とは呼ばない。

 

 『ステラ』と呼ぶはずだ。

 

 じゃあ、こいつらは誰だ。

 気が付けば、周囲の空間も、目の前にいる両親『だった』モノも、黒いハニカム模様が蠢く異形へと姿を変えていた。穏やかだった食卓もここにはない。

 黒い空間に、黒い異形。

 あのラジオから響いた声には聞き覚えがある。

 どこか子供っぽくて能天気な、少しいらっとする扶桑のウィッチ。

 癪に障るが、感謝する。

 あの耳障りな罵声が無ければ、私はずっとまやかしの幸せに騙されて続けていたのだから。

『オチツイテ。ステラ』

『アブナイカラ、ソレヲオロシテ』

 黒い異形がなおも語り掛けてくる。

「……黙れ、ネウロイ」

 ぎり、とフランが奥歯を噛む。怒りで頭が沸騰しそうになるが、何とかこらえて目の前の『ネウロイ』にM2の銃口を向ける。

 そう。

 私はフランチースカ・エストレッラ・ガブレシェフスキー中尉。

 リベリオン陸軍第八航空群、第56戦闘飛行群『ウルフパック』第二中隊飛行隊長。

 父の無念を晴らすため、父の故郷を解放する為に銃を取ったリベリオンのウィッチだ。

「よくも、私を騙したな」

 

 父と、母の姿を偽って。

 

 許せない。否、絶対に許さない。

 

『ヒンニュウ』

「誰が貧乳だ!!」

 

 混濁した意識の中、『ステラ』が叫ぶと同時に、周囲の闇が青に変わった。

 

 ―1―

 

 1330 ウェストハムネット基地 滑走路

 

「どけどけ記者共!!邪魔だ!!」

「『LQ-S』、第6小隊降下中!!滑走路を開けろ!!おいそこの馬鹿!!とっとと下がれ!!」

 午前中とはうって変わった緊迫した雰囲気にウェストハムネット基地は包まれていた。

 冬であるにも関わらず、大粒の汗を垂らしながら整備兵たちがハンガーと滑走路の間を駆けまわる。

 特ダネを待ち受ける記者を今にも殴りかかりそうな剣幕で追い散らしながら、次々と帰投するウィッチ達を迎え入れる為の準備を整える。

『こちら『扶桑一番』及び輸送機二機、着陸許可を求む』

『こちらコントロール、了解。各小隊へ、『LQ-S』着陸後は上空で待機、滑走路への侵入ポイントを空けてください』

 管制官からの指示に、上空のウィッチ達が滑走路への侵入経路を開くために旋回を開始する。その中心に割って入るように、C-47輸送機と零式輸送機、そして、その周辺を護衛するように飛んでいたウィッチが滑走路へと高度を下げる。

「扶桑二番とリベリオン一番が先行してください。輸送機が降りるまで、私とブリタニア一番は上空で待機」

 

「こちら扶桑二番、了解です」

 

「リベリオン一番、了解した……」

 

 フラップを展開しながらランディングギアを落とし、信乃に支えられえるようにフランが着陸体制に入る。

「……もういい、大丈夫だ。一人で降りられる」

「解りました。すぐ脇にあたしもいますから、落ちついて」

 フランを支える手を放すと、ふらり、と一瞬その体がぐらつく。

 咄嗟に信乃が手を伸ばすが、その前にフランがそれを制する。

 多くのウィッチ達や基地勤務者が心配そうにその様子を見上げているが、直ぐにフランはその態勢を立て直し、信乃にエスコートされるように高度を下げていく。

 土煙を上げながらのランディング。すぐ脇でフランの体が軽く地面を跳ねたのを見てどきりとしたが、直ぐに体勢を立て直してフランは信乃の目の前で無事着陸を終えた。

「萩谷飛曹長!!大丈夫ですか!?」

 すぐさま走り寄って来るのは、先日もエスコートしてくれた扶桑の整備兵。ブリタニア語ではなく扶桑語で話しかけてきてくれる事に内心で感謝すると共に、改めてかなりの大事に巻き込まれたのだと実感する。

「あたしは大丈夫です。99式を落としてしまいましたが、それよりフランが……」

「敵のネウロイに連れ去らわれかけたと聞きました。銃の一つや二つ、大したことじゃないですよ」

 窘められるように言われてしまった。連れ去らわれかけたのはフランの方なのだが、大分情報が錯綜しているようだ。

「ガブレスキー中尉!!お話を!!」

「ネウロイに連れ去らわれたと聞きましたが!!」

「お前ら退け!!滑走路に入るな!!」

 殺到する記者達を整備兵や衛生兵が払いのける。その場でユニットを脱ぎ捨ててぐったりとへたり込んだフランが衛生兵の用意した担架に乗せられて、信乃も整備兵のエスコートでハンガーに向かう。

「ハギノ准尉!!輸送護衛の失敗について一言!!」

「新型ネウロイと遭遇したと聞きましたが!?」

「黙れお前ら!!あとハギノじゃなくて萩谷だ!!きちんと名前を憶えて出直せ!!リベリアン共!!」

 ハンガーへと向かう信乃の元にも記者達がわらわらと押し寄せる。陸上ネウロイの方がまだ性質が良いのでは、と思えるくらいにしつこく寄ってくる記者を整備兵が怒鳴りつけながらようやくハンガーへと戻って来る。

 ユニットから降り立ち、整備兵から渡された靴に足を通していると、近づいてくるウィッチから声を掛けられる。

「無事で何よりだ、萩谷准尉」

「今日は運がいい方です。全員揃って帰ってこれました」

 ゼムケ大佐の言葉に敬礼を返しつつ、信乃が口を開く。

 強がりではなく、本心だ。

 零式54型の金星エンジンは魔力の消耗が栄エンジンと比べ物にならない程激しい。

 加えて戦闘中の全力飛行にシールドの連続使用、フランを背負いながらの離脱と帰投。フラン程ではないにしろ、ここまで魔力を消費したのは久々だ。

「ああ。良く帰ってきてくれた……いや、良く連れて帰ってきてくれた」

 そう言ったゼムケの顔に一瞬重苦しい雰囲気が漂う。

「随分とハンガーが騒がしいですが、あたし達以外にもトラブルが?」

「その事は追って話す。起きた事は想定外だが、結果は想定内といった所だ」

 ゼムケの言葉に信乃が眉を顰めたその時。

「兵長!!扶桑一番、ブリタニア一番が帰投!!」

「ゲージを開けろ!!早く迎え!!」

 整備兵長の合図と共にどたばたと数名の整備兵が滑走路とストライカー用のゲージに向かう。

「……すまんな、萩谷准尉。少し藤田中尉と話がしたい。准尉は先に休んでいてくれ」

 ゼムケの言葉に信乃が頷く。わざわざそう言うということは、その場に信乃が居ない方が良いという事だ。

「了解です、大佐」

 互いに敬礼をしてハンガーを出る信乃。

 リベリオンの制服を着たウィッチや統合軍のジャケットを羽織った兵士たちが行き来する基地の通路は、昨日の夜の静寂とは打って変わって騒がしい。

 搭乗員室に向かおうかとも思ったが、その足を止めると、直ぐに元来た通路を引き返す。

 その際背後を小走りに駆けていた白衣を着た小柄な少女とぶつかりかけるが、急いでいるのか、その少女は『失礼』と一言残して去っていく。

「……面倒臭くなりそうですね」

 白衣の少女の背を見送りながら、ぽつり、と信乃が呟く。

 若の真似をして『余計な詮索をするな』などと言ってみたものの、今後の事を考えると多少気が滅入る。

 だが、あれこれ考えすぎても仕方がない。

 そういうのは上官や、頭の良い者が考えるべき事なのだ。一介の特務士官である自分に求められているのはそう言う事ではない。

 ポケットの中を漁りながら、信乃は目的の部屋の前で立ち止まる。

『医療室』と書かれた扉の前で、ふと若の言葉を思い出す。

 部下を鍛え、上官をいびるのが特務士官だ。

「……そういうの、あたし向いてないと思うんですけどね」

 ぽつり、と呟きながら、信乃はそっと扉に手をかけた。

 

―2―

 

「成程、な」

 

 伊予からの報告を受け、ゼムケが大きく息を吐き出す。

「部隊は生還、だが、ギャビー……ガブレスキー中尉が敵のネウロイと接触後に自由を奪われ、萩谷准尉により奪還された。間違いないな」

「はい」

 ゼムケの言葉に伊予が頷く。

 司令室に集まったのは、部屋の主であるゼムケとエイカー准将。それに伊予とオヘア、そしてビューリング。そして。

「……507からの情報が間に合って良かった。悪い報告だが、最悪ではなかった」

「……いえ」

 白衣を纏った小柄な少女が首を振る。

「後一日でも早く、私が到着していればこちらが後手に回る事は無かったかと。最悪ではないにしろ、もう少し打つ手があったかもしれません」

「それを言うのなら私もです」

 伊予が口を開く。

「撤退の判断が遅すぎました。偵察と気が付いた時点で直ぐに引き返せば、フランチースカ中尉を危険に晒す事は無かったはずです」

 出撃前にゼムケから……否、507JFWからもたらされた情報を伝えられていたにも関わらず、自分の行った判断の過ちを伊予は自ら口にした。

 

『想定外のネウロイと交戦する可能性があるため、危険を察知したらすぐに撤退し引き返すように』

 

 離陸直前にわざわざゼムケから伝えられえたにも関わらず、伊予は敵の第一波に対して戦闘による突破を試みた。

 その結果、フランは危うくネウロイに連れ去らわれかけたのだ。

 護衛任務を任されたものとしては決して褒められた結果ではない。

 だが。

「ここが欧州で、私達がウィッチである以上、いつ危険に晒されるか分からないのは当然だ。むしろ、貴重な情報をもたらしてくれた事を、そして、持ち帰ってきてくれたことに感謝する」

 そう言ってゼムケが手にした書類を机の上に投げ出す。

「これは、56FG……否、ブリタニアやリベリオンの問題ではない。放っておけば、北欧への補給路が失われかねない、由々しき問題だ」

 北海はブリタニアを始めとする西欧と、北欧諸国やオラーシャを物資で繋ぐ人類の生命線だ。

 もし北海経由の補給路がネウロイによって絶たれたとすれば、それはすなわち北欧やオラーシャ、東欧に展開するJFWを始めとする人類の防衛線が風前の灯となる事を意味する。

「例えどんな相手であろうとも、犠牲を払おうとも、北海を守り抜くことが我々の……否、人類の責務だ。例え君が多くの仲間を失ったとしても、誰も君を責める事は出来ない」

 ごくり、と唾を飲み込み、伊予が机の上に投げ出された書類を見つめる。

 それは、現時点で伊予に、否、信乃やジェシカ、そして、この場にいるウィッチ達に課せられた任務が酷く重いものに変わってしまったことを意味する。

 最早一機二機の輸送機の護衛どころではない。

 

 そう。

 

「我々が守るのは、北海、そして、人類の生命線だ」

 

 

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