チリチリするの   作:鳩屋

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2-10.その前の彼女達 -502 and 507-

 ペテルブルグの空は昼間だというのにどんよりと曇り、薄暗い空からは白い雪が風に舞い、無人の町を白の世界へと変えていく。

 郊外にある第502統合戦闘航空団『ブレイブウィッチーズ』の基地も同様。

 いくら勇猛さを身上とする部隊であっても、寒いものは寒い。極寒の冬をしのごうと、そこに駐屯するウィッチも兵士も皆、非番ともなれば暖かい宿舎に閉じこもったきり出てこようとはしない。

 そんな中、こんな景色見慣れたものだとばかりに雪かきのシフトについて相談しているのは、ここオラーシャ出身のウィッチ、アレクサンドラ・イワーノヴナ・ポクルイーシキン大尉とスオムス出身の整備兵長。

 二人共、寒さにも慣れっこと言った様子で、湯気の立つコーヒーが数分もすれば凍り付くような環境でも平然とした顔でやり取りをしている。

 「第一滑走路は常に空けておくとして、予備の第二滑走路までやるとなると時間も手間もかかります。吹雪の日はむしろ第二滑走路は閉鎖したほうが」

 「そうですね。これから先、降雪量はもっと増えますし、いざという時両方使えないなんて事になったら困りますからね」

 ただでさえここ502の整備兵は激務で知られている。

 勿論戦闘が多い事もそうだが、ウィッチ達が前線に出る時は整備兵たちも野宿同様の生活を強いられるし、おまけに此処はかの整備兵泣かせとして知られる『ブレイクウィッチーズ』の本拠地でもある。

 戦闘の時はもとより、下手をすると戦闘が無いのにユニットが全損で戻って来ることもある。そうなれば修理は夜通し行われることも珍しい事ではない。

 更には長い冬の間振り続ける雪。氷点下二桁を日常的に記録するような極寒の世界では、雪が降っても春まで溶けることは無い。滑走路に積もったまま放置しておけば当然出撃は出来ないし、下手をすると建物から出る事すらままならないので、一日数度、それも何時間もかけて雪を除ける必要がある。

 そう。雪の降る地域において雪かきというのは仕事ではない。食事や睡眠と同じくらい重要な生活の一部なのだ。そして、その苦労を含めて尚日常には不便が付きまとう。

 冬将軍は人にもネウロイにも等しく牙をむく。オラーシャでの戦いは、ネウロイだけではなく、自然との闘いでもあるのだ。

「それでも、今年は楽になりました」

 そういって整備兵がハンガーの隅に鎮座する『それ』を目を細めて見つめる。

「ええ。隊長が無理を言って持ってこさせたのは正解でしたね」

 そこに鎮座するのは一台の大型のブルドーザー。

 リベリオンの部隊が基地の整備用に本国から持ってきたものが一台、不思議な流通経路を辿りペテルブルグにもたらされたのだ。

 人の手では数十人がかりで1時間以上かかる雪かきを、このリベリオンの力持ちは僅か一台で、それも半分くらいの時間で済ませてしまう。整備兵たちの疲労の緩和と睡眠時間の増加をもたらした、まさに武骨な天使様だ。

「ええ。ただ、リベリオン製なので寒さにどれだけ耐えられるか……」

「あいつに何かあれば意地でも直しますよ、サーシャ大尉」

「お願いします」

 整備兵の言葉にサーシャが苦笑を浮かべて頷く。

「後、他にも、整備兵のシフトについて……」

 サーシャが口を開きかけた時だった。

「駄目だってカンノ、ブルドーザーは玩具じゃないよ」

「大丈夫だって。車と大して変わんねえよ。な、ひかり」

「私、車なんて運転できませんよ」

「オレが動かすから心配すんな。丁度いい具合に雪も積もってきた事だし、整備兵の手伝いをしてやらねえとな」

「とか言って、本当は乗ってみたいだけなんでしょ?」

 サーシャと整備兵の体が硬直し、ゆっくりと振り返る。

 その視線の先、ハンガーに入ってきた三人のウィッチが真っ直ぐブルドーザーの方へと歩いて行く。

 2人の顔が青ざめる。

 どうやら話している内容からするに、ブルドーザーを動かすつもりらしい。

 そういえば、先日ブルドーザーが除雪している様子をウィッチ達が興味深そうに見つめていた。下手に弄られる前にそれとなく釘を刺そうと思っていたところだが、昨日の今日で早速動かそうとするのは流石に予想外だ。

「ま、待って、待ちなさい、ニパさん、菅野さん、ひかりさんっ!!」

 硬直が解けたサーシャが慌てて3人の方へと走り出す。一人はデストロイヤーで、もう一人はついてない事には定評があり、もう一人は(ブレイク的な意味での)大型新人。それこそ昨年の冬、ただのソリ遊びを強制寒中水泳に変更させた実績のある三人組だ。本人たちにその気はなくとも、貴重なブルドーザーを壊しかねない、否、壊すに違いない。

「あれ?サーシャさん」

 ブルドーザーの上に乗ったニパが振り返り首を傾げる。

「降りて!!今すぐそこから降りてください!!」

 ばたばたと手を振りながら叫ぶサーシャ。

 だが、その声は菅野が始動させたブルドーザーのエンジンにかき消される。ニパはというと、ひかりと一緒に呑気にサーシャに向かって手を振り返している。

「違うんです!!見送りとかじゃなくて!!それが壊れると基地が、雪が……」

「あ」

 一番聞きたくない一言が、エンジンの音の向うから聞こえた気がした。

 

 

「バルトランド?」

 いつもよりだいぶ長い正座とサーニャの説教が終わり、壊れたブルドーザーの代わりに雪かきを済ませ、くたくたになったところでの隊長室への呼び出し、そしてこの一言。

「……ついに左遷だ」

 ぽつり、と呟いたのはニッカ・エドワーティン・カタヤイネン曹長。愛称はニパ。

 スオムスカラーのセーターに身を包み、金髪をショートカットにした少女が暗い表情で呟く。

「ニ、ニパさん、縁起でもない事を」

「でもヒカリ、いつもユニットを壊してて、その上ブルドーザーまで壊して。整備の人たちの顔見たでしょ?ワタシ達がウィッチじゃなかったら今ごろラドガ湖の氷の下に沈んでたかも」

 ぶるり、と身を竦ませてニパが呟く。

「そ、それはそうですけど……」

 そういって暗い顔をするのはネイビーブルーの扶桑皇国のセーラー服を着たウィッチ、雁渕ひかり軍曹。

 普段は快活そうな雰囲気を湛える大きな瞳に不安気な表情を浮かべ、目の前の指令用の机に座った女性と、隣に立つ女性を交互に見つめる。

「ニパ、早とちりをするな。行くのは菅野と雁渕だ」

 そう口を開いたのは机に座っていた長身の女性、502JFWの司令官を務める、グンデュラ・ラル少佐である。

 鋭い目を向けられ、えっ、と言葉を飲み込む直枝とひかり。

「えっ?そうなんですか?だったらいいや」

「おいニパ!?」

「ひどいですよニパさん!?」

 一瞬で悲壮感を失うニパに向かって抗議の声を上げる二人のウィッチ。

「ニパは残って雪かきの手伝いだ。ブルドーザーが直るまで、整備兵の倍は働け」

「うぇぇ!?そんなぁ!!」

 ラルの言葉にニパの表情が再び泣きそうになる。

「……あの、ニパさん……」

「ヒカリぃ……」

 声をかけられ、ニパがひかりへ潤んだ目を向ける。

「……私たちの分まで、頑張ってくださいね」

「ヒカリ!?」

「いい性格になって来たなお前……」

 にっこりとほほ笑むひかりを見て、隣に立っていた小柄でボーイッシュな雰囲気の少女……菅野直枝中尉が呆れたように呟く。

「で、わざわざバルトランドに何しに行くんだ?ザリガニでも釣りにいくのか?」

「まだ季節には早いだろう。取ってきても構わんが」

「わぁっ!!いいんですかっ!?意外とおいしいですよね、ザリガニ」

「冗談に決まってんだろバカ」

 ザリガニはバルトランドを始めとする北欧では貴重かつ人気のある食料品だ。

 どのくらい貴重かというと、乱獲が過ぎてザリガニが減少し、政府が直々に狩猟期間を設けるくらいだ。更に、短い狩猟期間が始まると同時に北欧全土でありったけのザリガニが捕獲され、それを皆で食べるザリガニパーティなる風習まで生まれた程だ。

 502基地にも一度バルトランド政府からの義援物資として大量に持ち込まれ、初めてザリガニを料理する羽目になった定子がおっかなびっくり調理したが、その味は以外な事にエビとカニの合いの子のようで、最初は警戒していたニパとサーシャ以外のウィッチ達も気が付けば夢中になって食べていた。

「扶桑からの補給を乗せた輸送機の護衛です」

 話が進まないと見たのか、ラルの隣に立っていた小柄な銀髪の女性……エディータ・ロスマン曹長が口を開く。

「護衛……ですか?」

「今回はリベリオンからの義援物資を積んだ民間輸送機も同行している」

「隊長、それは507へ向かう予定の輸送機では……」

「菅野、『おそらく』その日は天候が不順になる『予定』だ。扶桑の輸送機共々、一度『ここ』に立ち寄ったほうがいいだろう」

 エディータの言葉を遮り、ラルが口を開く。

「天気予報では……」

「猛吹雪だ。『そういうこと』にしておけ」

「あー……そういう事か……」

 ラルの言葉の意図を察した菅野が苦い顔を浮かべる。見るとラル隊長が珍しくせっせと手を動かしている。

 はぁ、とエディータがため息をつく。

「……仕方ねえな。おい隊長、菓子くれ菓子。扶桑で手に入りにくいような奴なら尚いい」

「あ、ずるい。私も欲しいです!!」

「ちげぇよ、オレが食うんじゃねぇ」

 隣で声を上げるひかりに呆れたように突っ込む直枝。

 食べたいのは山々だが、ウィッチにとって嗜好品は金と同様の価値がある。ちょっとしたことに目をつぶってもらうなら、それなりの対価は必要だ。

 後は需要と供給。自分たちのような前線のウィッチなら懐かしい扶桑の菓子、比較的余裕のある輸送部隊のウィッチなら、欧州の珍しい菓子などが喜ばれる。

「サルミアッキ、持ってく?」

「馬鹿、そんなの渡したらこっちの物資まで507に流されるぞ」

 ニパの善意からの提案を全力で拒否する直枝。

 物資の裁量の決定権は当然それぞれの国や統合軍にあるのだが、現場に至るとそうとも限らない。護衛のウィッチや輸送機の搭乗員の気を損ねると、突然物資が書類にない動きを見せる事もある。

すげなく断られたニパは『おいしいのに……』とむくれている。

「台所に何かあるだろう。この時間なら下原がいるはずだ。聞けばいい」

「わかった。ついでにつれていって構わねえか?」

 この部隊にいるもう一人の扶桑ウィッチ……下原定子少尉の方が一匹狼だった自分よりも遣欧艦隊のウィッチには顔が利く。直枝とは異なり、温和で優しい彼女の事を若手の中には慕っているものも多い。

 こういう任務なら、むしろひかりよりも相方としては都合がいいくらいだ。

 だが。

「駄目です」

 ラルが口を開く前にエディータがやや強めに否定する。

「……メシならジョゼでもいいじゃねぇか」

「ち、ちがいます!!その心配じゃありません!!」

 直枝の言葉に僅かに頬を赤らめさせながら否定するエディータ。

 部隊内でも娯楽や食に拘る傾向が強いため誤解されがちだが、流石に任務と食事なら任務を優先するくらいには真面目な性格なのだ。単に食い意地が張っているとみなされるのはエディータとしても本位ではない。

 なお、真面目であるが場合によっては任務より食事を優先しがちなイメージのあるウィッチがこの部隊にはもう一人いるが、そんな彼女も当然仕事はきちんとしていることは名誉のために付け加えておく。

「夜間哨戒がある。誰か連れて行っても構わないが、下原以外にしろ」

 そういうラルの言葉には流石に直枝も黙らざるを得ない。

 攻撃部隊である502において、定子は貴重な『なんでもできる』ウィッチとして、ジョゼと並び目立ちはしないが部隊の要として重宝されている。

 特に夜間哨戒に関しては現時点では定子が一手に担っており、隊長であるラルや戦闘隊長のサーシャは別格として、現在部隊で最も仕事をこなしているウィッチといっても過言ではない。

 ラルが501のリトヴャク中尉を始めとするナイトウィッチを欲しがるのも、ミーナや他の部隊への嫌がらせや自己満足ではなく、純粋にその部分が今現在502にとっての一番の泣き所だからに他ならない。

「ねぇカンノー、ワタシも連れてってよー」

「そんなことしたらオレがサーシャに怒られる。オレ達の分まで黙って雪かきしてろ」

「そんなぁ、あの距離をワタシ一人で?ねぇひかりー」

「あはは……」

「あははじゃないよ!!ねぇヒカリぃ」

 部屋から出ていく菅野を追いかけるひかりとニパを見送りながら、ふぅ、とため息をつくエディータ。

 

「……ひかりさんのためですか?」

 ぽつり、と尋ねるエディータに、ラルが肩をすくめる。

 確かに。部隊の中でも欧州での経験が少ないひかりにとって、他の扶桑のウィッチとの触れ合いは些かの心の慰めになる。

 それに、長距離の護衛任務は訓練としても打ってつけでもある。

 だが。

「愛弟子に今更そういった配慮など必要が無い事は一番わかっているだろう?『先生』」

 薄い笑みを浮かべて答えるラルに、一瞬エディータがきょとんとした顔になるが、すぐに口元に笑みを浮かべる。

 確かに、ひかりの実力はこの502部隊の中で一番下かもしれない。

 だが、あくまでそれは『502JFW』というエース部隊を基準にした話である。欧州の平均的な部隊の基準に照らし合わせれば現時点での実力は決して低くは無い。

 エディータの訓練は続いているが、それはひかりがより高い技術の取得を希望しているからであり、かつてのように最低限戦場に立たせることが出来るために行っているものではない。

 そう。ひいき目や同情を抜きにしても、今のひかりは502の貴重な『戦力』だ。

「『今の』ひかりさんなら、扶桑の方から欲しがるかもしれませんね」

「ああ。他にも501……ミーナは怪しいな。ああいうタイプは奴の好みだろう」

 限定的だが魔眼持ちで、性格は癖がなく素直。任務に対しても忠実で誠実。加えて明るいムードメーカーでもあるひかりのようなウィッチは、最近になり囁かれている501の再結成にあたり、引退が近づいていると噂される坂本美緒少佐の後任としても魅力的に映るに違いない。

「そうですね。では、本当にそうなった時ははどうします?」

 エディータの悪戯っぽい言葉にラルが口元に薄い笑みを浮かべたまま、一言。

 

「くたばれ、と言ってやるさ」

 

 

 

「へ?バルトランド?」

 一方、カウハバでは、一人の少女が思わぬ言葉に目を丸くしていた。

「うん。オヘアさん、ハルカさんの友人でしょ?会いたくない?」

「それはまあ。ええ、会いたいかと言われればもちろん……あ、でも、智子お姉さまじゃなくてオヘアさんですか……うぅん……」

 隊長室の机に座るハッセ……ハンナ・ヘルッタ・ウインド少佐の言葉に、扶桑の士官服を纏った童顔な少女……迫水ハルカ中尉が首をかしげる。

「というか、こっちに来るんですよね、私がわざわざ迎えに行く必要は……」

「502が護衛を出すんだって」

「あぁ……迎えが必要かもですね」

 ハッセの言葉にハルカが頷く。

 502の手癖の悪さは他の統合戦闘航空団の間でも有名だ。ついでに、507に悪知恵をもたらしたのも502である。

 かつてのいらん子中隊も中々に悪名高くはあったが、悪い事といってもせいぜい飲酒やちょっとした賭け事、ハンガーの爆破程度である。最後のは程度で済ませて良いのかわからないが、余りに頻発していたので途中から感覚が麻痺しているところがあった。

 それに比べ、502に至っては組織ぐるみで堂々と他部隊の物資や、場合によっては所属するウィッチに手をつけたりもする。

 部隊によっては502のウィッチが近づいてきた場合は無警告で発砲して良いというとんでもない命令が出ているところもあると噂されており、いらん子が田舎の不良ならば502は政府とつるんだマフィアである。

「流石に義援物資までは手を付けたりしないと思うけど、警戒するに越したことはないからね」

 机の上の書類を片付ける手を休めずにそう呟くハッセ。勿論、ペテルブルグで今まさにその相談がなされていたとは知る由もないが。

「ふふ。随分と司令が板についてきましたね、ハッセさん」

「自分でもびっくりだよ」

 ハルカの言葉にハッセも苦笑を浮かべる。

 最初はこの大きく立派な机も自分には不釣り合いだと思っていたが、使っていくうちにそれなりになじんできた。

 隊長としてはじめてこの部屋の扉をくぐった時は、机の上に山盛りになった書類を見て気が遠くなったが、書類整理に長けたウィッチ……同じスオムスの先輩であるエルマやハッキネン、それに、他のウィッチ達の協力も得てどうにか要領が掴めてきた。

 忙しい時に声をかければ隊員であるリーやヴェスナ、プロイ。そして最近加わった三隅美也軍曹も率先して書類整理に協力してくれる。

 他の統合航空戦闘団に比べると人員は少ないが、カウハバのそういったアットホームな雰囲気はハッセのひそかな自慢でもあった。

「……あの、何かしれっとひどい事をされている気がするのですが……」

 何故かそういった書類整理には呼ばれたことが無いハルカが首をかしげる。

「そうかな?私はいつも仲間を第一に考えているけど」

「その仲間に私も入ってますよね」

「……勿論」

「何ですか今の間。いえ、今回もそうですけど、最近事あるごとに私を遠くに飛ばそうとしてません?」

「頼りにしているからだよ」

「それならいいですけど。ほら、私ももうすぐ上がりを迎えるわけですし、もっと部隊の皆といちゃいちゃ……じゃなくて、いろいろ教えてあげたいとおもっているのですが。そう。ほかの隊員たちともっと一緒に、朝から夜まで、手取り足取り……」

「うん。そうだね。そういうところだよ。あと少しの辛抱……じゃなくて、あと少しの間、みんなの戦闘技術の向上に努めてもらいたいな」

「それ以外にも!!プライベートでも!!こう!!なんかないんですかね!!」

「無いと思うな」

 にべもなくハッセが言い放つ。最初の頃こそまともにハルカと話そうと試みていたが、どうやら無駄だと悟ったらしい。

「うぅ……それにしても、随分と忙しそうですね」

 ハルカと話しながらも書類にサインする手を止めないハッセを見てハルカが尋ねる。

「午後からプロイと模擬戦の約束をしてるんだ。それまでに終わらせないと」

 部隊の司令ともなると書類仕事に追われることが多い。そのため、戦闘以外では中々空を飛ぶ暇もない。

 特に、ハッセのように脂の乗り切ったウィッチにとって、空を飛べないのは中々苦痛なのだ。久々の模擬戦が楽しみで仕方がないのだろう。

「話はそれだけですか?」

「ああ、もう一つ……」

 ハッセが口を開く前に扉を叩く音が聞こえた。扉の向こうから透き通るような声が響く。

「隊長、ヴェスナです」

「早かったね。うん、入って」

 扉が開き、背の高い金髪の女性が一歩部屋に入る。ハルカの姿を確認して足を止め、一歩後ろに下がる。

「あれ?ヴェスナさん、どうしたんですか?」

「美也、部屋に入っちゃ駄目」

「いや、入って。大丈夫だから」

 背後からの声にこたえるヴェスナに、ハッセが溜息混じりに口を開く。

「わかりました。ですが隊長。美也に見せてはいけないものがあります。それを窓から放り投げてから美也を入室させます。いかがでしょう」

「投げちゃ駄目。気持ちはわかるけど」

 ヴェスナの妥協案を即座に却下するハッセ。どうもヴェスナは転属してきて以来面倒を見ている扶桑の後輩を甘やかしすぎるきらいがある。

「あの、そこまで言われるとさすがに傷つくのですが……」

「いくら傷ついても三歩あるけば傷がふさがるじゃないですか。むしろ少しは傷ついて下さい」

「あの、ヴェスナさん……」

 背後から促され、はぁ、とため息をつきヴェスナが部屋に入る。その後ろから、やや切れ長の大きな瞳をした三つ編みの小柄な扶桑の少女がおずおずと入室する。

「ヴェスナ・ミコヴィッチ曹長、三隅美也軍曹、参りました」

 ヴェスナが敬礼するのに少し遅れ、美也もやや肩に力の入った扶桑海軍式の敬礼を行う。

「楽にしていいよ」

「そうですよ、リラックスしましょう。特に美也ちゃん。大丈夫怖くないから」

「は、はぁ……」

「駄目です美也。このカウハバで最も警戒すべきは当然ネウロイですが、その次がこの女です。いいですか、会うときは最低二人一組で。夜中に遭遇したら大声を上げて即座に離れるように」

「ひどいっ!!野生動物か何かですか私は!?私はただ同じ扶桑生まれの美也ちゃんと仲良くしたいだけなのにっ!!」

「それは言葉通りの意味ですか?」

「言葉通りってどういう意味です?そりゃあ仲良くって言えば二人っきりでご飯を食べたりお茶したり、お風呂に入ったりその後ベッドで……」

「成程。二度と美也に近づかないでください」

「うん、そろそろ話をしてもいいかな?」

 ハッセがとんとん、と書類の束を机でまとめながら声を出す。その言葉にヴェスナとハルカも開きかけていた口を閉じた。

「ミコヴィッチ曹長。それに三隅軍曹。二人にはハルカさん……迫水中尉と一緒にリュッゲ基地へ向かってもらいたいんだ」

「リュッゲ基地……バルトランドですか?」

 形の良い眉を顰め、ヴェスナが尋ねる。

 美也はというと、まだ欧州の地理が完全に頭に入っていないので、空港の名前だけでは位置もいまいちぴんと来ていない様子だ。首をかしげてハッセとヴェスナを交互に見つめている。

「前も話したけど、オヘアさんが義援物資を持ってくる。その輸送機の護衛と、美也ちゃんの飛行訓練も兼ねて、3人で迎えに行って欲しいんだ」

「成程、私と美也だけで十分ですね」

「まあ、そうなんだけど。守ってほしいのは、ネウロイ相手だけじゃなくて……」

「中尉ですね。わかります」

「違います!!502も護衛を出すそうです!!」

 ハルカが慌てて口を挟む。

「502?ひかりさんの!?」

 ハルカの言葉に美也が思わず口を開いた。

 スオムスの西に位置するカウハバと、オラーシャとスオムスの国境近くに位置する502が駐屯するペテルブルグは行こうと思えばすぐ行ける距離の所にある。

 しかし、そこにいる旧友のひかりとはこちらに来てから互いに忙しくて殆ど会っていない。

 休日が重なったらヘルシンキに一緒に行こうという約束はしているが、肝心の休日が無い状態だ。非番の日はあるにはあるが、大抵その時は先輩であるヴェスナやプロイ、リーに頼んで訓練をつけてもらっている。

 ひかりの活躍の噂は聞いているので、呑気に遊んでいる暇などない。約束を守れないのは心苦しいが、今の自分にのんびりしている時間が無いこともよく理解している。

 一応手紙のやりとりは続いているが、約束とは裏腹にしばらくは会えないと思っていた矢先である。

 ひょっとしたら任務の合間に、久々に雁渕さんに会えるかも。

 そんな期待を持ちながら、ヴェスナの方をちらりと見る。が。

「……そうですか、502がわざわざ出るという事は、目的は……」

「うん。十中八九、『アレ』だね」

 何故か神妙そうな顔を浮かべているヴェスナとハッセ。

 507に物資をうまく動かす術をもたらしたのは確かに502だが、隙を見せればその502が自分たちの物資に手を付けてくることも少なくはない。

 むしろハンナからすれば、原隊にいたころから時折スオムス宛の物資が不思議な経路をたどることもあった意味をようやく理解し、それ以来502の動向には常に気を配っている。

「生憎、私もヴェスナも扶桑の人たちの好みはよくわからないしね。その辺、うまくハルカさんと美也ちゃんにやってもらうしか……」

一体どういう意味?美也が首をかしげていると。

「はい!!私はきれいで格好いいお姉さんが好きだと思います」

「それはハルカさんだけ。美也ちゃん、こっちに来て何か恋しいものとかある?」

「ええと……和食とか?」

 意味は解らないがとりあえず答える。502とは違い、507では和食を作れるものはいない。

 美也が和食を食べたのは、カウハバに向かう直前、遣欧艦隊の母艦である『瑞鶴』での歓迎会の時が最後である。

 実家にいる間、ウィッチの訓練だけではなくきちんと料理も学んでいればよかった。

 美也がこっちに来て最も後悔したことの一つである。

 一応、材料さえあれば好きに料理を作っても良いとは言われているが、肝心の腕が美也にはない。

 歓迎会の時、空母勤務のウィッチ達が『今のうちにたくさん食べた方がいいよ』と言っていた意味が今となっては理解できる。

 一杯の味噌汁、暖かな白いご飯。今となっては全てが恋しい。

「それはさすがに用意できないなぁ……じゃあ、こっちにきておいしかったものとか、もらってうれしかったものとかは?」

「うれしかったもの……」

 その言葉に色々思い出す。嬉しかったもの。

 ひかりさんから届いた手紙とか、電話で声を聴いた時とか、502の活躍を伝える記事にひかりさんが載っていた時の新聞とか……。

「やっぱりここは無難にお菓子ですよ。お菓子。ほら、サルミアッキとか」

「そうですね。あれは良いものです。きっと甘味に飢えている扶桑のウィッチも喜ぶでしょう」

「もったいないけど仕方ないか。一箱くらい用意すればいいかな?」

 美也が友人に思いをはせている間にどんどん話は進んでおり、気が付いた時にはサルミアッキを一箱渡せば扶桑のウィッチは物資の移動の阻止にきっと協力してくれるだろう、という事に話が落ち着きかけていた。

 何故か507ではサルミアッキが人気である。ハッセはもとよりヴェスナやハルカ、そして、その味に馴染みが無いはずのリーやプロイまで美味しそうに休憩中サルミアッキを頬張っている姿が良く見られる。それは、サルミアッキが一口大にカットされた車のタイヤにしか見えない美也にとっては衝撃的な光景だった。

 我に返った美也が必死に止め、結局サルミアッキは中止となり、対案としてかつてこの基地に在籍していた『いらん子中隊』の私的な写真はどうだろうという話になった。

「成程。護衛のウィッチのみならず、輸送機のパイロットも取り込むのですね」

 ヴェスナが感心したように頷く。リベリオンではオヘアのプロマイドは印刷すればしただけ売れると言われているし、扶桑のウィッチの中でも一際人気の高い『扶桑海の巴御前』の穴吹智子の秘蔵写真ともなれば男所帯の輸送機のパイロットのみならず、護衛のウィッチ達も食いつくに違いない。

「中々良いアイディアだと思うよ。美也ちゃん。良く思いついたね」

「え、ええ……はい……」

 まさか自分がこの基地に残されていた穴吹智子中尉の生写真を大喜びで集めていたとも言えず、曖昧に頷く美也。そのせいでハルカに密かに同好の士扱いされているのにも納得がいかない。

 そう、美也とてついこの間まではウィッチに憧れる女学生だったのだ。

 ひかりは姉一筋で他のウィッチにはさほど興味が無かったのとは違い、美也はそれなりに年頃の少女。同級生の『秋山さん』や『渡辺さん』と一緒にウィッチを題材にした映画を見に行ったり、秘蔵のプロマイドを見せあったりと、年相応に憧れのウィッチの話題について盛り上がったりしていたものだ。

 ……秋山さん、元気にしてるかな。

 何か高高度での迎撃を主とした局地戦闘脚を扱う部隊に抜擢されたと聞いてはいるが、控えめな性格なので上手くやっているか、些か心配ではある。

「他にもお菓子とか……サルミアッキ以外で、だよね」

「そうですね。リーの補給物資からキャラメルでも持っていきましょう」

 ハッセの言葉にヴェスナも頷く。

「美也ちゃん。比較的安全な任務だけど油断はしちゃ駄目だよ」

「はい」

 この部隊に来て数か月。美也はまだ飛べるようになったばかりの若鳥だ。それでも、来たばかりの雛鳥の頃に比べれば格段に進歩している。

それでも、まだまだだ。そのことは美也も痛いほど理解している。

 前線で戦うひかりとは違い、後方の美也に不足しているのは実戦経験。ひかりの努力を知った上で、負けないくらいの訓練を積んでいたという自負はある。

 しかし、慢心してはいけない。

 ひかりは美也にとって、友人で、恩人で、そして目標だ。

 佐世保の予備学校時代、ひかりになくて、自分にあったものは才能でも、魔法力の強さでもない。

『慢心』という心の隙だ。

 佐世保の予備学校時代、成績で劣っていたひかりと欧州派遣の座をかけた争った際に彼女に負けた理由。それに気付かせてくれたのが、あの事故であり、助けてくれたひかりだった。

 

 そう。私は二度と慢心しない。

 ひかりに追いつき、そして隣に並ぶために。

 

 その様子を見てハッセとヴェスナが互いに顔を見合わせる。

 まだ未熟な部分は多いが、扶桑皇国海軍がその威信を持って送り出したウィッチだけの事はある。

 来たばかりの頃からその才能には目を見張る物があり、そして、誰よりも努力を惜しまない姿勢から、最近はめきめきと実力をつけている。

 美也だけではない。部隊の中で美也に年の近いプロイも触発され、最近は美也と一緒に積極的に訓練に参加するようになった。

 ヴェスナも、そしてリーも美也を指導することで年長者としての自覚が出てきた。

 所謂ムードメーカー的な性格ではないが、美也が部隊に加わった事で確実に507の空気が変わってきている。

 502の支援部隊から、共に戦う部隊として、そして、スオムスの精鋭部隊として恥じない姿を見せるべく変わり始めている。

 ひかりが502に必要なピースだったのと同様に、美也もまた、507にとって必要なウィッチなのだ。

「……美也ちゃんを頼むよ、ヴェスナ」

「はい。任せてください」

 

 あれ?また私だけ置いてかれてません?と呟くハルカを尻目に、ハッセとヴェスナが自然と笑みを浮かべ合った。

 

 

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