1944年10月28日。
リベリオン合衆国バージニア州、ノーフォーク海軍基地を出港した護衛駆逐艦『エルドリッジ』は大西洋を航海し、ブリタニアのポーツマス軍港を目指していた。
しかし、同日早朝、ブリタニア領海からドーバー海峡にまもなく入るという通信を最後に、『エルドリッジ』の行方は途絶えてしまう。
この事件は火薬庫の爆発説、ネウロイの襲撃による轟沈説など様々な噂が飛び交ったが、1945年、リベリオン海軍は『原因不明』として、200名近くの乗組員と共に行方不明となったこの事件の捜査を異例の速さで打ち切った。
だが、当編集局は当時のリベリオン海軍関係者とみられる男性とコンタクトを取り、その驚くべき実態を明らかにした。なんと、その積み荷はブリタニア上層部から極秘に依頼された凍結したネウロイのコアであり、先月号で伝えたブリタニアの軍部が極秘に推し進めていた『レインボープロジェクト』が密接にかかわっており……
『1998年 扶桑皇国 雑誌『モー』 6月号より抜粋』
-1-
1430 ウェストハムネット基地 医療室
「……なんだ、シノか」
近づいてくる足音にベッドから体を起こしたフランが、その姿を認めてため息をつく。
広い空間に幾つものベッドとカーテンの仕切りだけがある部屋の奥。
外傷は無いが、大事を取ってしばらく休むよう言われたものの、天井の染みを数えるのにも飽きてきたところだった。
「なんだとは失礼ですね」
フランの言葉に信乃が眉を顰める。
はぁ、とフランがため息をつき、そして、こちらをじっと見ている信乃に口を開く。
「……私の顔に何かついているか?」
「いえ。思いの他元気そうですね」
信乃がそういうと、フランは肩をすくめて口を開く。
「……誰かさんのおかげで怪我無く無事に助け出されたからな。隊長には次あった時に礼を言っておけと言われた」
その言葉にふふん。と信乃が笑い、ベッドの端に腰掛ける。
「何でそこに座る?」
ベッドサイドには面会者用の椅子もあるというのに、何なんだこいつは。
扶桑のウィッチは奥ゆかしいと聞いたことがあるが、そんな事全然ない。初対面の頃から馴れ馴れしいというか、むしろぐいぐい来るくらいだ。
「フランの言葉を聞き逃さないためです。どうぞ、好きなだけ感謝してください」
そういってずい、と顔を寄せてくる信乃。
誰かさんが自分だと確信し、感謝の言葉をかけられることを疑わない様子だ。まあ、その通りなのだが。
フランはむっとした顔を一瞬浮かべるが、すぐにため息交じりに首を振る。
「……変な奴だ」
「失礼な子ですね」
「お前、私に最初何て言ったか覚えてるか?」
「変な子って言いましたね」
「どの口が言ったんだ」
「フランを助けたこの口ですかね?」
しれっと言い放つ信乃。
失礼なのはどっちもどっちだ。むしろ最初に言った分、信乃の方が悪い。
「……本当に、変な奴だな」
ぽつり、とフランが呟く。
自分に愛想がない事くらい解っている。直す気もないし直せない。私なんかに愛想よくしていて楽しいのだろうか、こいつは。
だが、信乃は首を小さくかしげると、ポケットに手を突っ込んで一言。
「よくわかりませんが、そうですね。フラン。手を出してください」
意味の解らないその言葉に、フランが片手を毛布の外に出す。
「ああ、甲の方じゃなくて掌の方を……そうそう」
そういうと信乃はポケットから取り出した箱から一つ二つ、と、オブラートに包まれたオレンジ色の四角いキャラメルのようなものを渡す。
「……扶桑の薬か?」
「そうですね、似たようなものです」
そういうと信乃はフランに渡したものとおなじものを口に放り込む。
視線に促されるように、フランも一つそれを口にする。
オブラートが解け、甘さと酸っぱさ、そして柑橘系の香料の香りが鼻から抜ける。
不思議な味だ。触感は柔らかいキャラメルのようだが、少し違う。
「これは……菓子か?」
「ふふん。魔女にとっては最高の『薬』でしょう?」
そういうと信乃が笑みを浮かべる。扶桑の菓子、ボンタンアメ。ウィッチとはいえトシゴロの少女。甘い菓子は何よりの薬だ。
だが、そんな信乃の言葉にも、フランは僅かに視線を落として口を閉じる。
まただ。
どうして彼女は『笑う』のか。
出会う前に彼女の情報は断片的ながらゼムケから聞いていた。
自分が欧州に渡った年と同じくらいの年で欧州に渡って来たというが、フランには信乃がそれだけの経験を重ねているようには到底見えなかった。
先程の戦闘までは。
だから。
「……何故、笑える」
ぽつり、とフランが呟く。
散々失礼な態度をとった挙句、自分のせいで信乃にも、周囲にも迷惑をかけた。本来なら文句や叱責が飛んできても仕方がないはずなのだ。
なのに。
「フラン、今何歳でしたっけ?」
「13だが……」
信乃の唐突な問いかけに、僅かに戸惑ったようにフランが答える。
「あたしがそのくらいの時はもっと駄目駄目でした。任務は辛いし仲間は助けられないし、困ったときには助けに来るって約束した上官はいつまでも来ないし。シャワー室やベッドの中で泣いてばかりでした」
そういって信乃が笑う。
「……先程のフランに落ち度はありませんでした。もちろんあたしにも。ジェシカも伊予も、輸送機も最善の選択をした結果、失敗しました。そういう時は面倒な事はとりあえず置いておいて、まずは生きていて良かったと思うくらいでいいんです」
そう言うと信乃はボンタンアメをもう一つ口に運ぶ。
作戦の失敗はネウロイの物量と、フランが意識を失うという不確定要素によるものだ。前者はある程度想定の範囲内だが、後者は完全に予測不可能な出来事だった。むしろ、そんな事態に出くわして尚、皆で戻ってこれたのだ。
その身を案じることはあれど、フランが責められる要素などありはしない。
「とにかく、元気そうで良かったです。これでも心配してたんですよ。あたし」
「……へ?」
不意打ち気味の言葉に思わずフランが目を丸くする。
「……まあ、そういうハトが豆鉄砲食らったような顔を見るのも好きですが」
フランの顔を見ながら、ふふん、と笑う信乃。
「そうか、からかわれていたんだな、この……」
じとり、と信乃をにらみながら、だが、いつものように『チビ』と呼ぶのが躊躇われた。
代わりに、ふと胸によぎった言葉を口にしてみる。
「……ありがとう」
「は?」
唐突なフランの言葉に今度は信乃が豆鉄砲を食らったような顔になる。手にした菓子を落としかけて、慌ててそれを両手で拾い上げる。
「なるほど。いいことを教わった」
「ずるくないですか?どうしてそのタイミングで言うんです」
「お前が感謝しろと言ったからだ。シノ」
うっすらと口元に笑みを浮かべるフランに、むぅ、と僅かに頬を赤らめながら口を尖らせる信乃。
……まぁ、少しは気がまぎれたのならいいですけど。
慣れない事をしたせいであたしは少し気恥ずかしいですが。
そんな事を考えながら、フランの差し出す手にボンタンアメを乗せてやっていると。
「こんなところで油を売ってたのね、シノ」
入り口の扉が開けられ、見慣れた銀髪の少女……ジェシカが二人に声をかける。
「ジェシカ、何の用です?」
「油を売りに来たのよ」
そういって何の躊躇いも無く信乃の座っている反対側のベッドの脇に腰を下ろすジェシカ。
「狭い」
フランの呟きを意にも介さず、ん、と掌を信乃に向けるジェシカ。眉をひそめながらも仕方なく一つ、半分ほどに減ったボンタンアメを渡す信乃。
「一つだけ?何よ、けち臭いわね」
「あたしからもらえるだけありがたく思ってください。基本ケチですからね、あたし」
「フランにはほいほいあげてたじゃない」
「後輩と年下には優しいんです。あたしは」
「狭い!!」
一方、ベッドの両脇から圧迫されたフランがたまらず抗議の声を上げるが、信乃はどこ吹く風といった調子でジェシカを見る。
「ジェシカのお尻が大きいんです。ブリタニア人は毎日お茶の時間と称してお菓子をむさぼり食べますから」
「失礼ね!!あとティータイム馬鹿にしないでよ野蛮人」
そういいながらボンタンアメを口に運ぶジェシカ。はあ、とため息をついて一言。
「……お茶の話をしたら飲みたくなったじゃない。なによこの基地、コーヒーしか無いって」
口直しとばかりにゆっくりとボンタンアメを咀嚼しながら文句を言うジェシカ。
コーヒーも前線に出ればのどから手が出るほど欲しい嗜好品なのだが、戦車の中でお茶を淹れられる装置を作ってしまうブリタニア人は一味違う。
「そういえば、紅茶を作れるストライカーユニットがブリタニアにはあるんでしたっけ?」
「違うわ信乃。魔導エンジンの熱と凍った川の水を利用してお湯を沸かすだけよ。そうすれば冬場のオラーシャでも紅茶が飲めるわ」
旧式のストライカーユニットを利用して暖房を起こす機材があるように、ウィッチの魔力を動力に変える事が出来るストライカーユニットには様々な用途がある。ちょっと工夫すればお湯を沸かす事も可能だが、何故わざわざストライカーユニットでお湯を沸かす必要があるのか。
「お前……いや、それも十分どうかと思うが……」
どうやら二人ともベッドから降りる気はないようだ。あきらめたようにフランが会話に混じる。
「扶桑のウィッチだって、いついかなるところでも扶桑食を食べようとするじゃない。発酵させた大豆の調味料……なんだっけ」
「味噌と醤油。扶桑の代表的な保存食ですよ」
ジェシカの問いに信乃が答える。何に混ぜてもおいしくなる万能調味料だ。
「……それで、本当は何の用なんですか?」
信乃が尋ねる。
「指令室に呼び出しを食らったの。ついでに信乃とフランも連れてこれるようなら連れて来いって」
「何!?」
がばり、とフランが布団を剥ごうとする。が、信乃とジェシカが両脇に座っているので、仕方なしにもぞもぞとベッドから這い出す。
「普通それを最初に言うでしょう?」
「言ったらフランがすぐにでも着替えようとするでしょ」
呆れたような信乃の言葉にジェシカが肩をすくめる。
「当たり前だ!!何故それを先に言わない!?」
目の前ではベットから飛び起きたフランが病室衣を脱ぎ捨て、ベッドサイドに畳んであった制服を身に着けようとしている。
「あぁ、フラン。そんなに急いで着替えなくてもいいわ。私が言われた通りに様子を見て、少し休憩の必要を感じたので様子を見てた、っていえば少しくらい遅れても文句は言われないわ」
「そんなわけには……というか軍人としてどうなんだ?それは……」
呆れた様に呟くフラン。ジェシカだけではなく、よく見ると信乃もため息をついてはいるが、別段急ごうとしているようには見えない。
「軍人だからよ。どうせ馬鹿正直に行ったところでまた新しい厄介事が待ってるんだから、うまく一息つかないと」
そういうとジェシカは手を差し出し、さらなるボンタンアメの催促を行う。
「ああ。あとは紅茶の一杯でも飲めればいいのに」
-2-
1500 ウェストハムネット基地 司令室
「ジェシカ・E・J・ジョンソン大尉、フランチースカ・S・ガブリシェフスキー中尉、萩谷信乃准尉、入ります」
相変わらず扉をすぐ開けようとするフランを信乃が押しとどめ、ジェシカがノックしてから声をかける。
入れ、の言葉を待ち扉を開ける。
司令室で3人を待っていたのはエイカー准将にゼムケ、そして伊予。そしてもう一人、白衣を着た少女。
報告を終えたオヘアとビューリングが退席してからそれなりの時間が経過している。
そんな中で伊予は居心地が悪そうな顔を浮かべながら、ゼムケが淹れてくれたコーヒーの入ったカップにちびちびと口をつけていた。
「遅かったな。ジョンソン大尉」
「すみません。フランチースカ中尉の容態を確認していました」
しれっと言い放つジェシカの言葉に、ゼムケがフランへと目を向ける。
「ギャビー。体調はどうだ」
「は、はい。問題ありません」
ゼムケの言葉にフランが答える。
「……3人で時間を潰していた訳じゃないですよね?」
ぽつり、と呟いた伊予の言葉に思わずフランが助けを求める様にジェシカと信乃を見る。
「体調の管理も仕事のうちよ」
しれっと言い放つジェシカ。はぁ、と伊予がため息をつく。
「諸君」
コーヒーの入ったカップを机に置き、ゼムケが口を開くと同時に皆が一斉に背筋を整える。
「先刻の任務では苦労を掛けた。輸送機も皆も、無事に戻ってこれた事が何よりの成果だ」
そういうとゼムケが口元に笑みを浮かべる。
「よく戻って来てくれた。ギャビー」
視線の先のフランが一瞬きょとんとした顔を浮かべるが、ちらり、と隣に立つ信乃を見、そして『はい』と頷く。
「早速任務の話といきたいところだが、疲労は良い判断の妨げとなる。時間も時間だ。ギャビー」
「はい!!」
「皆の分のコーヒーを」
「了解しました」
その言葉にフランがすぐさま部屋に備え付けられているコーヒーメーカーへと向かう。
「……ゼムケ大佐。一つお伺いします」
「何かな、ジョンソン大尉」
「紅茶はありませんか?」
「無いな」
「……」
その言葉に、捨てられた仔猫のような顔になるジェシカ。
程なくして、砂糖とミルクのたっぷり入ったコーヒーが皆に配られる。
「……好みとか聞いてくれないんですか?」
「嫌なら飲むな。私は甘いのが好きだ」
「いえ、あたしも好きですが……」
ちらり、とゼムケを見ると、特段文句を言う素振りも無くカップの中身を口に運んでいる。
扶桑ではコーヒーは基本ブラックだが、リベリオンでは砂糖とミルクを入れるのが主流だ。最初から入っていても、文句があるなら最初に何も入れるなとオーダーすればいいのだ。
ちなみにフランにそういうと、へそを曲げて本当に何も入っていないカップを渡してくる。
全員にいきわたると、甘ったるいコーヒーを啜っていたゼムケが口を開く。
「……そういえば、紹介がまだだったな。中尉」
「はい」
視線を送られた白衣の少女が口を開き、同時に、皆の視線が白衣を羽織った小柄な金髪の少女へと送られる。
おとなしそうな顔立ちに眼鏡をかけ、白衣の下から覗くのはカールスラントの軍服。
その顔に信乃は見覚えがあった。
眼鏡で気が付かなかったが、ショートボブに切りそろえられた金髪、そして、小柄な体、そして、美人だがそれ以上に可愛らしさが先に立つ童顔。
半月前程にあった戦い……ガリアのマジノ線での戦いでJG54らと共に共闘し、そして、その後マーストリヒト・アーヘン空港でちらり、と顔を見かけた程度だが、その屈託のない笑顔は記憶に残っていた。
「紹介する、彼女は……」
「……ハルトマン中尉?」
思わず口を開いた信乃のその言葉にフランとジェシカが同時に、え、と首を傾げる。
「シノ、何を言ってる?こんなところにあのハルトマン中尉が……」
「はい、ハルトマンです」
白衣の少女が頷くと同時に、フランとジェシカが、えぇ!?と声を上げる。
エーリカ・ハルトマン中尉といえば、ウィッチの間では、否、欧州では知らない者を探す方が難しいくらいの有名人だ。
カールスラントのグレートエースで人類4強の一人。前人未到の撃墜数300機越えの記録を持つウィッチ。
ブロマイドや雑誌の切り抜きを集めるような熱心なウィッチのファンでなくても、その名前は新聞やラジオでよく喧伝されている。例え他国の部隊に疎くても、その名前くらいは聞いたことがあって当然である。
「ハルトマン中尉って、あの、カールスラントの?」
「はい、カールスラントのハルトマン中尉です」
ジェシカの問いかけに頷くハルトマン中尉(仮)。
「本当にハルトマン中尉か?」
「ええ、本当にハルトマン中尉です」
だが、よく見るとその脇では伊予は苦笑を浮かべ、ゼムケは肩を竦めてため息をついている。
「……言っておくが、お前らの思っているハルトマンではない。中尉も、あまりうちの部下をからかわないでもらいたい」
え?と三人が同時に首を傾げ、あるいは眉を顰める。くすり、と笑みを浮かべ、ハルトマン中尉(仮)が口を開く。
「失礼しました。皆さんの反応が面白くて。私はカールスラント空軍技術局所属のウルスラ・ハルトマン中尉です。おそらく皆さんが言っているのは姉様……エーリカ・ハルトマンの事でしょうが、残念ながら私はその妹です」
そういって改めて自己紹介を行うウルスラ。動揺したのはジェシカとフランだ。
「い、いえ、残念では……ちょっとシノ、あんたのせいで恥ずかしい思いしたじゃないの」
「シノのせいでとんだ恥さらしだ」
「ちょっと待ってください。あたし間違ったことは言っていない筈なんですけど。後ジェシカ。あの時会ってたでしょう?」
「あの時?」
「ほら……ええと、『壁』の」
ガリア国境での超大型ネウロイ『壁』との戦いは軍事機密だ。
ひそひそと耳元で囁く信乃にジェシカが眉を顰める。
「ああ。あの時。大変だったわ。あれだけ活躍したのに基地に戻ったらなんか皆白い目で見てくるし、一面どころか情報規制で新聞には一切記事は載っていないし。ラーナは2、3日肩が痛いだのなんだの文句をいうし、エッタはしばらく口をきいてくれなかったし……」
「あの時いたじゃないですか?」
「嘘!?そういうことはその時言いなさいよ!!」
「いつ言うタイミングがあったんです?あの時に」
連携も何もあったものじゃない乱戦の中、悠長にそんな話をしている余裕などあったものではない。かく言う信乃もあのハルトマン中尉とバルクホルン大尉が共に戦ってくれていた事を知ったのは、マーストリヒト・アーヘン空港についてからだ。
大人のぶどうジュースを飲まされたせいで、折角話が出来たのに何を話したのかいまいち覚えていない。朝起きたら飛行服の胸ポケットにあの場所にいた501のウィッチ達のサイン入りのブロマイドが入っていたのには心臓が止まるくらい驚いたが。
「……すみません。失礼な事を言ってしまって」
そういいながらハルトマン(仮)改め、ウルスラへと目を向ける信乃。
悪戯が成功した子供のようにうっすらと笑みを浮かべている姿は、確かに、あの時アーヘンの基地で見たハルトマン中尉とうり二つのようで、よく見ると太陽と月のように纏っている雰囲気が異なっている。
「いえ、気にしなくていいですよ。萩谷准尉」
「え、あたしの事を知ってるんです?」
ごく自然に名前を呼ばれ、信乃が驚いたような顔を浮かべる。
「はい。先程藤田中尉から。それに、貴女のお話はフィリーネさんから伺っています」
「え?ハンナ大……じゃなくて、少佐から?」
元JG54、現JG1に所属するハンナ・フィリーネ少佐とは、昨年のリヨン基地での戦い以降も時折手紙のやり取りが続いている。
今はアドルフィーネ・ガランド少将に付き合わされて各地を転々としていると、先日届いたサトゥルヌスカードに書かれていた。
あれだけ優秀なウィッチが自分の話なんてしてくれていたのか、と少しだけ嬉しくなる。
「はい。なんでも優秀なテストウィッチだと……」
「普通のウィッチです!!」
目をきらきらと輝かせているウルスラに信乃が慌てて首を振る。いったい何を吹き込んでやがるんですか、あの時折抜けてる雷嫌いな少佐殿は。
「そうですか?試験中の30mm機関砲で大型ネウロイを軽々倒したと伺いましたが」
「違……わないですけど、違うんです!!」
あれはたまたま、偶然だ。軽々でもないし、機関砲としてではなく鈍器として扱ったまでで……。
それを聞いて益々面白そうな顔をするウルスラ。
「30mmはうちでも開発中です。どうですか、今度そっちのテストも」
「お断りです」
「そうです。ハギちゃんは零式54型のテスト中なんですから、それが終わってからにしてください」
「テスト!?やっぱりテストって言いましたね!?」
「……実践運用試験の最終段階で限りなくテストではないテストです」
しれっと言い直す伊予。
まずい、このままじゃあなし崩し的に本格的なテストパイロットにされかねない。
「あたしは十分な実践と実績を積んだ機材が好きなんです。技術屋のおもちゃは傍から見ているのが面白いのであって、自分で使うのとは話が別です」
「わかる」
ジェシカが何故か頷く。
「うちの国の技術屋も時々わざとやってるんじゃないかってくらい変なの作るんだから。地上ネウロイ撃退用の大きな車輪とか」
「パンジャンドラムですね。あれはいいものです」
「あー……そっち方面の人なのね……」
ウルスラの答えにジェシカがため息をつく。
「どっち方面かはわかりませんが、私はまともな方だと思いますよ」
どうやら『英国面』に理解のある人らしい。
技術者は大まかに分けて二つに分けられるといわれる。
変なことを考えるか考えないかではない。
思いついた変な事を実行することに対して自制がきくか、きかないか。
つまり、技術者とは基本的に変なことしか考えない。
かつてのウルスラは、思い付いた事を実行する事に躊躇いが無かった。カウハバで倉庫爆破の代名詞だった頃に比べれば、今のウルスラは、少なくとも周囲に巻き込む人がいない事を確認してから爆破を行うようになっている。
そういった意味で、それなりに自制が効くようになった今のウルスラは至極まっとうな技術者の筈なのだ。多分。
「……すまないが諸君。積もる話は後にしてくれないだろうか。君たちを呼んだのは別の訳がある……あるんだろうな?ハルトマン中尉」
それまで指令室の椅子に座り様子を見ていたエイカー准将がようやく口を開く。まるでなかなか騒ぎが収まらない女学校の教員のような口ぶりだ。
「はい」
エイカーの問いにウルスラが頷く。
残ったコーヒーを飲み干すと、改めてその場にいるウィッチたちに向き直る。
先程までの技術者としての顔とは異なる、一人の先任ウィッチとしての表情に、皆も一様に真剣な表情を浮かべる。
「皆さんが、先程輸送機の護衛任務にあたったウィッチで間違いないですね」
「はい」
他にもオヘアとビューリングがいるが、彼女たちはストライカーを履いて空を飛んでいたわけではないし、輸送任務が行えない以上はしばらく空を飛ぶことは出来ない。
「先日の戦闘の概要は既に藤田中尉から聞いています。フランチースカ中尉が意識を失ったというのは本当ですか?」
「……ああ」
フランが頷く。
「意識を失ったはずなのに、飛行を続けていた、というのも」
「本当です」
それに答えたのは信乃。目の前で連れ戻したのだから間違いない。
皆が頷くのを見て、ウルスラはその表情を引き締め、ゆっくりと口を開いた。
「……率直に聞きます。この中で、『人型』のネウロイを目撃した方はいませんか?」
思わぬ言葉に、思わず皆が顔を見合わせた。