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1939年。スオムス。
スオムス空軍義勇独立飛行中隊……通称『いらん子中隊』の隊員だった迫水ハルカ一飛曹とジュゼッピーナ・チュインニ准尉が人の姿をしたネウロイ、通称『もどき』によって操られ、連れ去られた事件。
ネウロイの欧州侵攻以来、『人型』の存在が初めて公式に確認された事例である。
その数か月後には同じく『いらん子中隊』及び、スオムスの『第24戦隊』に所属するウィッチが連れ去られ、そのうちの穴吹智子中尉並びにエリザベス・F・ビューイング少尉が負傷する事件が起きた。この事件にも矢張り『もどき』が関わっていたとされる。
正確な目的は不明だが、結果として当該ウィッチ二名は血を抜き取られ、危うく出血死しかけた。
ネウロイがウィッチに対して何らかのアプローチを試みているのでは、という説は当時より囁かれていたが、それが友好的なものではないというのもまた、その当時において、そして今現在に至るまでの主流な考えでもある。
そして、その4年後の1943年。同じくスオムス。
502JFWとスオムス空軍義勇独立飛行中隊……現507JFWの共同作戦『ミエリッキ』で、再度『人型』のネウロイが目撃される事となる。
『人型』との戦闘において、502JFWの隊員の数名が意識を奪われ、そのうちの一人、ジョーゼット・ルマール少尉はほんの短い時間ではあるが、『操られた』とみられる動きを見せた。
『シリンダー』と呼ばれるネウロイを相手に戦ったその後の戦闘は、その名前だけは公式に残されているが、詳報に関しては軍事機密として秘匿されている。『シリンダー』は大型のネウロイであると同時に、人型ネウロイの『基地』のような役割を果たしていたと考えられるからであり、作戦の詳報そのものが、『人型』に密接に関わるからである。
これらの事件が起こった1943年時点では、『人型』の出没地域はスオムスに限られるとされ、『人型』に関する全ての情報は厳重に秘匿されてきていた。
しかし、その矢先の1944年。
今度はスオムスから遠く離れたブリタニアを拠点とする501JFWに所属する宮藤芳佳軍曹が人型ネウロイと接触、一時行方不明となる事件が起きた。
宮藤軍曹への聞き取りによるとその行動は『自発的』なものだったというが、何らかの精神に対する干渉があったとする考えも根強く、後日原隊である扶桑皇国において、当該ウィッチに対する精密検査が行われたというが、身体には異常は見られなかったという。
一説によると、その際の人型ネウロイは『非攻撃的』で、あくまでウィッチとの『接触』を望んでいたとも言われるが、真偽は未だ不明である。
どちらにせよ、度重なる『人型』との接触が続く事態を重く見た統合軍は、情報の機密レベルを一段階下げ、各国の上層部及び各方面の統合軍に情報を提供し、さらなる情報の収集へと乗り出し始めた。
そして、その矢先。
今回の事件が起こった。
ウルスラの話が終わると同時に、誰ともなくため息を吐き出す。ゼムケとエイカーはその話を聞いていたようだが、この場にいるウィッチ達はそうではない。互いに顔を見合わせ、難しそうな表情を浮かべている。
「……小説みたいな話ね」
ぽつり、とジェシカが呟く。
「そう思うか?私もそう思った」
ジェシカの言葉にゼムケが肩をすくめる。
『人型』に関する情報は現在でも高レベルの機密事項である。ジェシカ達も、この話を聞くに至るまで、いくつかの書類へのサインと宣誓を行わされ、更には一度それぞれの原隊から西部方面統合軍への臨時移籍の形を取る必要があった。
万が一機密漏洩があった場合、それに関わったウィッチを統合軍管轄での国際軍事裁判に遡及的に出頭させるための措置である。
「……無理はないと思います。私も、自分の目で見るまではオヘア少尉がまたいつものように適当な嘘を言っていると思っていました」
ウルスラも二人の言葉に同意する。
ネウロイが人の……ウィッチの姿を模倣し、そのまま連れ去るなど、俄かに信じられる話ではない。
そう。自分の目で見るまでは。
ウルスラも、あの出来事が起こるまでは、ネウロイというのは本能に任せて自らの縄張りを広げるだけの、いわば野生動物と同等程度の存在だと思っていた。
だが、そうではない。そうではなかった。
ネウロイという存在は明確な知性を持ち合わせ、自らの意思で人類を蹂躙する『侵略者』なのだ。
「オヘアさんとビューリング少尉も知っていたんですね」
「ええ。当事者ですから」
伊予の問いかけにウルスラが答える。
先日の夕食の際、空では自分たちに従って欲しいと珍しく強く言ってきたことが引っ掛かっていた理由がようやく解った。
フランがおかしくなった時、真っ先にフランを逃がさないよう行動を促したのもあの二人だ。
「……私からすれば、『あの』二人がきちんと守秘義務を守っていた事が信じられないのですが」
ぼそり、とウルスラが呟く。どうも話を聞いていると、無意識なのかわざとなのか、ウルスラはオヘアとビューリングに対して妙に辛辣である。
「今まで行方不明になった連中は、ネウロイに連れ去られたという事か」
「恐らくは」
「連れ去られたらどうなる?」
「それは……」
ゼムケの問いかけに、無言で視線を落とすウルスラ。
最初の時はハルカもチュインニも帰って来れたが、二度目の時は危うく智子とビューリングが命を落としかけた。
今回の『人型』の目的は解らないが、解らない以上、希望を持たせるような事は口にできない。
「……いいわ。大体解った。フラン、やっぱりシノによく感謝しとくのね」
ウルスラの沈黙から察したジェシカが肩をすくめる。
「ゼムケ大佐。私たちを『編入』したってことは、今後も私達が飛ぶって事でいいのよね?」
「臨時編入に承諾した以上、諸君らにはその覚悟が出来ていると判断している」
ジェシカ達を統合軍に臨時編入させたのは、勿論機密保持の意味もある。しかし、事情を聴取するだけならそもそも極秘情報を教える必要は無い。
「うちの部隊は現状、数が多いが若手ばかりだ。育てば引き抜かれ前線へと送られる。まるでウィッチの農場だ」
特にここ最近は目の前のガリアの危機が去り、主戦場がカールスラントやオラーシャといった東部方面に移行している。
ブリタニアに駐留していた56FGも、経験を積んだウィッチの多くはそちらの方面の部隊へと移籍となり、代わって本国から新たに若手のウィッチが送られてきて、専ら今はその錬成に力を入れている。
更に間の悪いことに、今まで消息を絶ったのは部隊の中でも比較的場数を踏んだ、少数で哨戒任務や護衛任務を行えるくらいには成長したものばかりだ。
ジェシカや伊予、信乃といった中堅以上のウィッチが足りていない状態では、ゼムケも増援に頼らざるを得ない。だが。
「悠長に構えてはいられない。北海を絶たれては、オラーシャやスオムスの前線への補給が滞る。そうなれば、人類の反抗作戦の大半が水泡に帰することとなる」
北海を経由し北欧のバルトランドやスオムスへ向かう補給路は、陸路を寸断された北欧方面や、502を始めとする前線部隊の生命線である。
ガリアが解放された現在、北海のシーレーンの確保は、ブリタニアに駐屯している西部方面統合軍の至上命題ともいえる。そのためなら、他国のエースでも何でも、使えるものは使う必要がある。
「どうやって『人型』を?」
「拠点を叩く」
ゼムケが言い放つ。
「ハルトマン中尉の情報が確かならば、『人型』には必ず拠点となる場所が存在する。諸君らの手で血路を開き、我々56FGの持てる武器、持てるウィッチの大火力を持ってそれを殲滅する」
「リベリオンらしい発想ね」
ジェシカが肩をすくめる。物量に物を言わせるのはリベリオンとオラーシャの特権だが、その片割れである北の大国であるオラーシャ帝国はネウロイの侵攻によりこの世界から姿を消した。
現在、全世界で唯一ネウロイの侵攻を受けたことのないリベリオン大陸の豊富な物量こそが、この欧州を開放するための鍵を握っているといっても過言ではない。そして、その恩恵を最も受けた部隊だからこそ、他の国の部隊では不可能な発想が可能となるのだ。
「戦術としては間違っていないと思います」
ウルスラが口を開く。
今まで人型と戦った部隊は少数のウィッチによる精鋭部隊だったため、一人の欠員は戦力の大幅な低下につながるケースが多かった。
加えて、接触したウィッチの空戦技術を『コピー』することも出来るため、『人型』は飛躍的に脅威を増し、対して味方はどんどん苦境に立たされるという悪循環が成立していた。
だが、『56FG』が得意とする多数のウィッチによる飽和攻撃。こればかりはさすがの人型でもコピーのしようがないだろう。
「……問題は、どうやって拠点の位置を割り出すか、ですね……」
伊予の言葉にウルスラも頷く。
「人型のネウロイの多くは、戦闘の時以外は自らの拠点を偽装していることが多いので、正直発見は困難です」
「それも人数でどうにかするつもりなのかしら?」
「……無理だと思います」
ジェシカの言葉に信乃が呟く。その言葉に、その場にいた皆が信乃へと一斉に目を向ける。
「ほう、萩谷准尉はそう思うか?」
ゼムケの言葉に信乃が地図からはっと顔を上げる。
「……すみません。出過ぎた発言でした」
思わず出てしまった言葉に信乃が視線を逸らす。
普段の会話ならいざ知らず、このような状況での上官への具申なら、もっときちんと言葉を考えるべきだった。
だが、ゼムケは叱責するどころか、むしろ鷹揚な笑みを浮かべている。
「何故無理だと思う?」
「……それは……」
「准尉。その偵察徽章が飾りでなければ、忌憚のない意見を述べるべきだ」
その言葉に信乃が一瞬逡巡したような表情を浮かべ、だが、観念したように口を開く。
敵の拠点として候補が上がるのは、北海に面した沿岸全域。
最初に会敵した場所と方角を考えれば、カールスラント北部周辺が拠点の場所としては最も可能性が高い。しかし、『人型』にある程度の知性があると考えれば欺瞞航路を取っていた可能性も否定できず、ブリタニア、ガリア、バルトランドも候補から除外できない。
そうなると、その範囲は広大になりすぎるし、それらの範囲をやみくもに飛んでも、偵察経験のないウィッチでは肝心の目標を見落とす可能性もある。偶然見つける可能性を考慮しても、同じ場所への偵察は一度や二度ではすまないだろう。擬態している相手なら猶更であり、相手がネウロイである以上、強襲の危険も考慮する必要がある。
偵察経験があり、ネウロイの奇襲に対応できるだけの練度のウィッチとなると、欧州全土を見ても数が限られる。たとえかき集めることが出来たとしても、一日二日でどうにかなる話ではない。
だが。
ゼムケが求めているのは不可能な理由を述べる事ではない。そんなのは誰でも考えればわかる事だ。
むしろ、必要なのはその打開策。それを求めているのだという事も、信乃は理解している。
「……最も発見の可能性が高いのは、多少の犠牲を覚悟したうえで、再度ネウロイと交戦した後、撤退する相手を少数……出来るなら二人一組で追跡することです」
思案する表情を浮かべながら、ゆっくりと信乃が口を開く。
「可能であるなら北海沿岸にある各国の航空基地や偵察部隊とも連携し、各方面から電子機器や偵察機なども用いる事が出来れば……」
オラーシャで強硬偵察部隊を投入する前段階で行われていた隠密偵察のやり方だ。
相手の位置を特定して引き返す為、強硬偵察に比べ危険度は低い。
しかし、それを行っていたのは主に偵察機だったので、発見された後撃墜されることも多かった。
今回はウィッチが行う事となるが、操られる危険性を考慮すると、最低でも二人。相手に悟られないように、なるべく少ない人員で行う事が隠密偵察では肝要となる。
危険はあるが、今行える偵察としては一番確実な方法である。他に手があるのなら取りたくないが、時間も人員も足りないのなら、この方法しか思いつかない。
「連れ去られるリスクは?」
「あります」
「ネウロイに通信を妨害されることは」
「考えられます」
連れ去られるリスクは確かにある。電子機器も妨害される可能性が高い。偵察機に至っては万が一発見されれば逆に撃墜される恐れもある。それに、一度大規模な追跡を受ければ、ネウロイも次は更なる警戒をしてくるはずだ。
だが、リスクと利益。両方を天秤にかければ、最小の被害で最大の情報を手に入れられる手段はこの方法くらいしか思いつかない。
「……あたしは特務士官ですから、作戦の立案に関しては門外漢です。ですが、この作戦なら、実行する立場としては納得ができます」
「……ふむ」
信乃が口を閉じると、ゼムケが大きく頷く。
正直、信乃の意見は意表をつくようなものではない。ゼムケもまた、バルバロッサ作戦では一人の前線に立つウィッチとして銃を取っていたのだ。机上の理想が現実の戦場で通用しないという事も、身に染みて理解しているつもりだ。
それを踏まえた上での信乃の意見は、現場からの意見としては些か挑戦的な内容にも思えるが、理には適っているように思えた。
「どう思う、准将」
黙って話を聞いていたエイカーがその言葉にふむ、と大きく頷く。
「准尉の意見に概ね同意だ。だが、危険も大きい。もし実行するのならば、まずは周辺国からの協力を得るのが前提だ」
「それは准将の仕事だ。その強面は一体何のためについていると思っている?」
「少なくとも、恐喝のためではないな」
憮然とした表情を浮かべるエイカー。いかつい顔に渋面を浮かべる姿は、成程。人となりが判らなければ相応に威圧感を感じるだろう。本人は至って温厚な苦労人なのだが。
「問題は囮となるウィッチだが……」
「ま、順当に行けば私とシノで……」
「あの……」
それまで話を聞いていたウルスラが口を開く。
「一つ、私からも提案があります」
「何か、作戦に不備があるのか?」
ゼムケの言葉にウルスラが首を横に振る。
「そうではありません。リスクを減らすための提案です。そのための『機材』もベルギカから取り寄せました。まもなく到着します」
「機材?」
「はい」
ウルスラが頷く。
「敵のネウロイが『人型』であるのなら、おそらく有効なはずです。うまくいけば、『人型』との接触を行うまでもなく相手の拠点を割り出せるかと」
「ふむ……」
ゼムケが口元に手を当て、思案するような顔になる。
「どう思う?萩谷准尉」
「偵察をする側からすればリスクが少ないに越したことはないです。有効な手なら、採用すべきかと思います」
もともとリスクの高い作戦だ。出来ればもっと良い案が欲しいくらいだったので、少しでもリスクを減らす方法があるのなら、断る必要などない。
「時間はどれだけ必要だ?」
「3日……いえ、2日で」
その言葉にゼムケが頷く。
「……結構。一体どんな『からくり』を用意したのか、聞かせてもらおうか?」
ゼムケの言葉にウルスラがはい、と答える。
そして、机の上に置いていたファイルを取り出す。
「……かつて、ネウロイに操られた私たちの仲間は、定期的にどこか遠くに向かって話しかけるような仕草を見せることがありました。最初はちょっと頭がおかしくなったのかな、と思う程度でしたが……」
元々からして少しおかしいですし、という言葉は省略し、ウルスラは続ける。
「あの時、『人型』は、一度操ったウィッチをそのまま自らの支配下に置き続け、そして、定期的にこちらの情報を操ったウィッチを通じて入手していた、と考えられます」
「……ん?」
その言葉にフランがウルスラを見る。
「それならば、私がここにいてもいいのか?」
「はい。意識を奪われた程度が短いウィッチはそこまで深い支配を受けない事も、今までの事例で確認されています。それに、操られているウィッチは明確に違和感のある行動をとるので、今のフランチースカ中尉なら問題ないでしょう」
そう言いながらウルスラがファイルの中から数枚の書類を取り出す。
「ですが、『人型』は常に一度接触したウィッチへのアプローチを続けていると考えられます」
「アプローチ?」
「いわばマーカーでしょうか。それまで正常だったウィッチが、『人型』の接近と共に正気を失う。フランチースカ中尉も、その恐れが完全に払拭されたわけではありませんから」
そういってウルスラが手にしたファイルの中から、机の上に書類を数枚並べて見せる。
「……何だね、これは?」
覗き込んだエイカーが眉を顰める。
一見してみるとただの波形を描いたグラフが並んだ表だ。
「502、および501の中で、『人型』と接触をしたウィッチに後日行われた精密検査の結果のうち、脳波と魔法力の測定結果です」
そして、そのうちの一つの波形を指さして、ウルスラが一言。
「ここの痕跡。これが、今回の『人型』捜索の鍵となるのです」
自信ありげにウルスラが言い放った一言に、思わず皆が顔を見合わせる。
そして。
「……すまんが、もう少しわかりやすく頼む」
「あ。はい……」
医者でも技術者でもないウィッチや軍人にそこまでの専門的な知識は無い。
ゼムケの至極真っ当な言葉にウルスラが肩を落とした。
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翌日 0800 ウェストハムネット基地 医務室
医務室のベッドの上に横たわるフランに向かって、白衣を纏ったウルスラが尋ねる。
「気分はどうですか?フランチースカ中尉」
「実験動物にでもなった気分だ」
薄い検査服に着替えさせられ、体中によくわからない装置を取り付けられたフランが呻くように呟く。そして、そんなフランを取り囲む、ウルスラ以外の軍医や看護師たち。
この場にいる者もまた、全員機密保持文書へのサインと誓約を行っている。この場で見たもの、聞いたことは外部に流出することはないし、万が一それがあれば、関係者皆が決して軽くはない責任を負わされる。
「随分と仰々しいな」
ゼムケの言葉にウルスラが頷く。
フランの横になるベッドの周囲にはウルスラが持ち込んだ様々な機械が並び、そのうち、フランに繋がれたケーブルの先にある二つの機械の前にウルスラは立っていた。
「こちらが脳波計で、こちらが魔導計です」
機械がはじき出すグラフの数値を目で追いながら、ゼムケに対し、ウルスラが口を開く。
「こちらの脳波ですが、見て分かる通り、ごく僅かですが、一定の周期で波形に異常な反応が見られます」
「見てもさっぱり解らんが、それが先日言っていたネウロイの影響か?」
「……ええ」
ふむ、とゼムケが眉をしかめつつ口を開く。
「……フラン、何かに呼ばれている感じはするか?」
「食堂の朝食が私を呼んでいます」
朝早くの検査なのでまだ朝食は取っていない。自分の分がちゃんと残っているか、正直気が気ではない。その言葉に思わずゼムケもウルスラも、そして、その場にいた女医や看護師たちも思わず苦笑を浮かべる。最も、普段から冗談を言う性格ではないフランなので、あながち本気でそう思っている可能性も否定できないが。
「この程度の反応なら違和感を感じる事は無いと思います。それよりも……」
そう言うとウルスラはもう一つの波形へと目を移す。
「こちらの方が明瞭ですね」
そう言って指示したのは魔法力を測定する計器。脳波計と同じように、機械からは波形を示すグラフを刻んだ紙が一定のスピードで流れている。
「……私は医者でも技術者でもないので意味が解らん。説明を頼む」
ゼムケの言葉に頷くウルスラ。
ウィッチが正常な状態であれば、機械で測定される魔法力の波形は心臓の脈動のように一定の間隔で反応を示す。
微弱な魔力が常に体内をめぐっているからこそ、シールドや未来予知、信乃のチリチリといった魔法が、外部的な要因をきっかけとして、自らの意思とは無関係に発動するのだ。
逆に、魔法圧に異常があったり、魔法を使用している最中にはこの波形が不規則な反応を示したりもする。
また、外部から魔力が作用している時……治癒魔法を使用されている時なども、治療者の魔力が波形に現れるケースが見られる。
「フランチースカ中尉の魔法力がこの大きな波形なのですが、その合間に小さな波形があるのが判りますか?」
ウルスラが指し示した波形に、ゼムケが頷く。
「この波形の周期は脳波に見られる異常な波形の周期と一致しています」
「……どういう事だ?」
首をかしげるゼムケとフラン。話を聞いていた軍医や看護師も、その言葉に耳を傾けている。
「フランチースカ中尉の体が、外部からの魔力に反応しているという事です」
その言葉に真っ先に反応したのは軍医の女性だった。
「外部からの……まさか……」
「はい」
ウルスラが頷く。
「『人型』がウィッチを操る原理については今まで謎とされてきました。しかし、一部の研究者の仮説として、『人型』が『魔力』を用いているのでは、という説があります」
その言葉にその場にいた皆が思わず目を見開く。
「ネウロイが、魔法だと……?」
「ネウロイの構成物は主に金属です。そして、金属や鉱物が魔法を帯びるという現象は決して珍しくはありません」
魔導エンジンなどに用いられる魔導鉱石のように自然界で魔力を帯びた希少な鉱物、或いは刀や銃弾といった武器に魔力を付与させる技術や魔法は、古来より『この世界』に存在している。
そして、『怪異』と呼ばれていたネウロイも、それに対峙する『魔女』も、古くから人類史に記録が残っている。その中には、魔力としか思えないような現象を司るネウロイの記録も、決して少なくはない。
「人類の科学の発展に合わせ、ネウロイが科学技術を模倣して進化したと考えれば、その後のウィッチの『進化』に、ネウロイもまた適応しようとしても不思議ではない筈です」
人類にとって今現在のネウロイが脅威であるのと同様、ネウロイにとっても現在の『ウィッチ』は脅威なのだ。だとすれば、ウィッチの使用する魔法という『能力』にネウロイが目をつけても不思議な事ではない。
「……成程。最高機密になる訳だ」
ぽつり、とゼムケが呟く。
「つまり、これからのネウロイは魔法を使ってくるという事か?」
フランの問いに、ウルスラは首を振る。
「その可能性は否定できませんが、決して多くはない筈です」
魔力を帯びたネウロイの個体が滅多に見られないのも、自然界で魔法を帯びた鉱物がそもそも希少である事。産出される場所もオラーシャや南リベリオン大陸の一部、そしてアフリカ、太平洋の南洋島等、ごく限られた地域に限られる。特に強い魔力を帯びたアフリカ原産の鉱石は宝石並みの価格で取引される事も珍しくはない。
それを踏まえた上で、『人型』が初めて目撃されたのは1939年。もし簡単に量産できるようならば、5年もの間発見が数件に留まっているのは不自然だ。
『人型』がオラーシャ近辺……スオムスでのみ目撃されていたことも、希少な鉱物を取り込んで魔力を帯びたという説を補強している。
「その辺りは科学者の領分だ。相手の手口が解ったとして、どう対処するか。今はその方が先決だ」
ゼムケの言葉にウルスラも頷く。各国の上層部が『人型』の研究を急ぐ理由もそこにあるが、実際にそれと相対するウィッチにとってはその対処方法こそが喫緊の問題なのである。
「それについては、こちらの方を見てください」
そういうとウルスラがもう一つ、数字の並ぶ計器を指さす。
「これはフランチースカ中尉の魔力の波長の周波数を示すものです。魔力そのものは強力ですが、波長が普通のウィッチと比べ長い為、ストライカーユニットの調整に特別な共鳴子が必要となります」
それがフランの飛行適正が低いと判断された理由の一つでもある。三次元を把握する能力とストライカーユニットの調整の難しい周波数の魔法波。
だが、今はそのことを問題にしているわけではない。
「問題はここです。フランチースカ中尉の本来の魔力とは別に、とても短い周波数の魔力が紛れ込んでいます」
そういって指さした先には、確かに、魔力の周波数を示す数値の一番下に、僅かな数値の『ぶれ』が見られる。
「恐らくこの周波数が『人型』の放つ魔力の波長です。隣にある機械が自然界の魔力を探知するレーダーですが、こちらでも同じ周波数の魔力を探知しています」
自然に流れる魔力ではこの周波数は決して珍しくはない。だが、通常自然界で検出される値に比べ、その値は不自然なまでに大きい。
「……あくまで私の仮説ですが、『人型』は狙った相手に何かしらの手段で、我々ウィッチが言うところの『術式』……『マーカー』を植え付け、そこに特定の周波で魔力を送る事により『マーカー』を起動させて人の精神に干渉する。『マーカー』の汚染が強ければ強いほど、微弱な魔力にも反応して精神を操られるのではないかと思われます」
術式とはいわば魔法のプログラムであり、魔法陣がそのわかりやすい代表例だ。
普通の魔法はウィッチが自らの中で組み立てて発動するが、術式は既にその組み立てが終了しているので、魔力を注ぐだけで自動的に発動する。実際に物質に書き込むことも出来るし、頭の中で『知識』として得る事で脳内に直接術式を刻むことも出来る。
『知識』を用いた術式でわかりやすいのはナイトウィッチの魔導針『八木・宇田式呪術陣』で、術式を覚える事で魔法探査を行う際に呪術陣を形成させて探査方向に指向性を持たせることが可能となる。
逆に他人を操る洗脳魔法などはその仕組みを利用して何らかの手段で相手の精神を操る術式を覚えこませることで発動する。現在では禁忌とされ、多くの国で使用を禁止されている魔法の一つだが、中世の頃までは尋問や諜報活動などで良く用いられていた魔術でもある。
そして、ネウロイの精神操作はその原理に極めて近いと考えられる。
人類とウィッチがその非人道性から捨て去った古代の魔術でも、古来から人類と接触していたネウロイからすれば、それは便利な『技術』に他ならない。
「ギャビーが『人型』に近づくのは危険という事か」
「この程度の反応であれば影響は少ないと思われますが、それでも、万が一という可能性もあります。今回の任務にはフランチースカ中尉は……」
「……」
その言葉にフランが無言で横になっているベッドのシーツを握りしめる。
「ですが、フランチースカ中尉に干渉しようとしている魔力の周波数をたどる事さえできれば、我々は必ず『人型』にたどり着くという事です。そういった意味でも、フランチースカ中尉が戻って来てくれた事には大きな意味がありました」
気休めにはならないだろうが、紛れもない事実だ。
「準備は出来るのか?」
「今回の検査の結果は私の仮定に沿ったものでした。予定通り、明日の午後までには準備を整わせることが可能です」
ウルスラの言葉にゼムケが頷く。ならば、予定通り作戦の決行は明後日の早朝からとなる。
「結構。後は准将の政治力次第だな」
ぽつり、とゼムケが呟く。かつては優秀なパイロットだったエイカーだが、政治家としては些か一本気すぎるきらいがある。同じ軍人としては好ましいが、一軍を指揮する責任者としてはもう少し強かなところがあっても良いと思う。
そう。かつて同じ『バルバロッサ作戦』で共に戦ったJG52のグンデュラ・ラル等はその点で言えば素晴らしい司令官である。他の部隊にいたのならばこれほど厄介な者もいないが、もし上官であるのなら、これほど頼りになる者はそうはいまい。
そんなことを考えながらゼムケが医務室を後にする。後はこの基地にいる56FGのウィッチ達への作戦実行までの飛行中止の伝達と、周辺各国への航空機並びに船舶の航行の中止の勧告。
作戦まであと2日。だが、その間にやるべきことは山ほどある。
だが、今最もなすべき事は。
「……ギャビーの分も残してやらんとな」
ぐう、と小さく抗議の声を上げる腹を抑え、ゼムケが呟く。
育ち盛りの新人共がカフェテリアの朝食を食べつくしていない事を祈りつつ、ゼムケは食堂へ向かって行った。