チリチリするの   作:鳩屋

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4.歪な防衛線

 アンジェラに案内されながら、基地……というよりも、やはり民家といった雰囲気の基地の内部を歩いて行く。

 

 時折兵士とすれ違うが、殆どが整備兵や衛生兵といった雰囲気で、女性やウィッチの姿はいなかった。ハンガーの設備といい、急ごしらえな雰囲気といい、正規の基地ではなく、臨時基地の類なのだろうか。それならば人員の少なさも納得がいく。

 そんな事を考えていると、唐突にアンジェラが口を開いた。

「……頼りになる部下だな」

「皮肉か?」

 アンジェラの言葉に徹子が肩をすくめる。

「違うさ。忌憚なく会話が出来ているのは、互いに信頼している証左だろう?」

「まあ、長い付き合いだからな。お蔭で最近反抗期だ」

 娘の愚痴を漏らす母親のような徹子の言葉にアンジェラが苦笑を浮かべる。

 規律の面で言えば、信乃の態度は好ましいとは言えないが、それを徹子が受け入れており、さらには先程の戦闘中も信乃は全面的に徹子の指示通りに動いていた。

 信乃が必要以上に徹子に反抗しているわけではないのはわかるし、それが『長い付き合い』で培ってきた互いのスタンスなのだとすれば、むしろそれが二人にとって理想の距離感なのだろう。

「そんなに長いのか?」

「あいつが欧州に派遣されてきて最初に組んだのがオレだ。それ以来の付き合いだからな。3、いや、4年くらいか。そのうちの半分以上は、オレと組んでいる」

 あのころのあいつは確か12歳くらいだったか。うん、あの頃はまだ可愛げがあったのになぁ。と、ぼやく徹子にアンジェラが苦笑を浮かべる。

「……私の部下も長く付き合えば、いずれはそうなる可能性もあるのか」

「あの3番機。アイツは怪しい。少し昔のハギに似てる」

「ベレーナか?そうは思えないが。まあ、若本がそういうのなら、今のうちから釘をさしておくか」

 冗談交じりに呟くアンジェラ。

 どちらかというと四番機のユーリがそうだと思ったが。

「ハギはまだ大人しいぞ」

「・・・扶桑の『大人しい』の定義は我がカールスラントとは異なるようだな」

 文化の相違だ。と徹子が肩をすくめる。

「……それにしても、随分と人員が少ないみたいだな。若手ばかりなのもそうだが、この基地自体も随分と質素だ」

「質素、か。謙虚な言い回しをするのだな」

 くすり、とアンジェラが苦笑を浮かべる。

 JG54はガリア解放後の部隊の再編制中だ。

 隊員の入れ替えが連鎖的に発生したせいで、アンジェラの中隊も気が付けばハンネ以外皆持っていかれてしまった。この基地も空き家だった農家の家を臨時にガリア政府から借り入れたものだ。

「基地っていうより、家だな」

「ああ。家だ」

 徹子の言葉にアンジェラも頷く。

 幸いにしてネウロイのいる前線からは離れていたので、部隊編成の合間に若手の訓練でもしてやろうと思っていた。その矢先にこれである。

「……ついたぞ、若本」

 そういって扉の前でアンジェラがたちどまる。

「隊長、アンジェラ・ヴォルフ中尉、入室する」

 そう言い、アンジェラが扉を開く。

 質素な部屋だった。

 民家の書斎を改装したような手狭な空間に、執務用だろう、オフィスに置いてあるような年季の入った木の机が一つ置いてある。

 アルミ製の安っぽい本棚に沢山のファイルが乱雑に押し込められ、壁には欧州とガリアの地図が下がっている。

 それ以外には埃以外何もないような部屋の主であろう少女は、アンジェラの姿を確認すると、ぱっと顔を明るくして立ちあがった。

「ああ、お帰りなさいアンジェラ。無事で本当によかったわ」

 そういって少女は手にしたペンを放り出す。アンジェラの元に小走りで駆け寄り、その手を握りしめた。

「連絡が取れなくてとても心配していたんですよ。ありがとう、戻ってきてくれて」

「礼ならこちらの若本中尉に行ってくれ。私は……ベレーナを負傷させてしまった。私が至らぬばかりに」

「いいえ。今は生きて帰ってきてくれただけで十分です」

 少女がアンジェラの言葉に首を振る。

「それよりも、隊長……」

「あ……そうでした」

 アンジェラの言葉に握った手を離すと、こほん、と一つ咳払いをし、少女が体を徹子の方へと向ける。

「私はこのカールスラント空軍JG54、リヨン基地司令代理を務めています、ハンナ・フィリーネ大尉です。この度の我が部隊のウィッチ達の救援に、部隊を代表して心より感謝いたします」

 背筋を正し、流れるような仕草でカールスラント式の敬礼を行う。

 その真面目そうな性格が言葉の端からも伝わってくる。

 背中くらいまでの茶色い髪を三つ編みにし、華美な所はないが整った身だしなみは、アンジェラとは気質が違うが、いかにもカールスラントの軍人といった雰囲気の少女である。

「扶桑皇国海軍遣欧艦隊機動部隊所属の若本徹子中尉だ。オレ達は偶然近くを通りかかっただけで大したことはしていない。感謝するなら、アンジェラ達の幸運にしてくれ」

 扶桑海軍式の敬礼を返しながらもぶっきらぼうに口を開く徹子に、ハンナが一瞬目を丸くするが、直ぐにくすり、と口元に笑みを浮かべる。

「随分と謙虚ですね。ジェノヴァに寄港している扶桑の遣欧艦隊司令部に連絡をした時の対応から、もっと問題のある方かと思っていましたが」

「……原隊に連絡したのか?」

「ええ。こちらで少しお世話をしたいと申し出ましたら『有り難い。是非ともそうしてもらいたい。こちらは全く持って急ぐ必要はないので』と」

「ほう。連絡に出たのは誰だ?」

「そこまでは把握してませんが」

「新藤か?新藤のヤツだな?くそっ。あいつめ、今頃瑞鶴の指令室で鼻歌でも歌っているに違いない」

 常日頃から水と油のように反りの合わない遣欧艦隊司令の笑顔を思い浮かべ、徹子が吐き捨てるように呟く。

 あいつめ、新部隊の編制とかで任務を丸投げして本土に戻ったかと思ったらすぐさまとんぼ返りしてきやがった。呆れるくらいの勤勉さだ。とっとと太平洋に行けばいいのに、そんなにオレの好きにはさせたくないのか。

「萩谷准尉といい、人気者だな」

 こんどははっきりと皮肉を口にしたアンジェラにジト目を送りながら、徹子が尋ねる。

「つまり、もう少しオレ達にここに残れ、って事か?」

「ええ。扶桑海軍に要請した通りです。今回のネウロイとの会敵ですが、どうやら偶然、というわけではなさそうなので」

 そういうとハンナは壁にかかっているガリアの地図の前に立つ。

「現在、ガリアのカールスラント及びベルギカ方面の守備は新設された506JFW『ノーブルウィッチーズ』が担当しています」

 ノーブルウィッチーズ?徹子が問い返す。

「・・・正確には、まだ正式に発足していない部隊ですので、余り知られてはいませんが。でも、ガリアに駐屯する他国の部隊を牽制するガリア政府の意向もあり、既に活動を始めています」

 ハンナがそう言いながらとん、と地図を叩く。

「我々カールスラントのガリア方面部隊も、拠点としていたディジョンをノーブルウィッチーズに譲って前線から離れたここ、リヨン臨時基地に移り、新人の育成や部隊の編制をはじめとするオラーシャへの移動に向けた準備に専念する筈でした。ですが……」

 そういってディジョンから南へ、指を現在自分達が駐屯しているリヨン臨時基地へと移す。

「問題はここからです」

 言いながらつま先立ちになり、リヨンから遥か北部、ベルギカ国境付近に位置するセダンの位置を示すハンナ。

「ガリアの意向では、このセダンの基地に貴族出身のメンバーだけで部隊を作りたかったようなのですが、リベリオン合衆国の意向によって、リベリアンで構成されるメンバーが加わりました。その結果、ノーブルウィッチーズはA,Bの部隊に分かれ、それぞれがセダンとディジョンに展開しており、さらにその両方のチームが互いの立場から連携がうまく取れず、ほぼ断絶状態にあるそうです」

 そう言いながら、セダンの南方に位地するディジョン基地を指で指し示す。

「ディジョンには正規のナイトウィッチがいないそうですし、元々セダンの部隊と合わせて一つの部隊になる予定だったので、人員も不足がちだとか。ネウロイがディジョンの防空網を避けてディジョンを突破すれば、次に会敵するのは、リヨン。私達JG54です」

 最初に指差していたリヨン臨時基地の位置へ指を戻す。

 ガリア有数の都市でもあるリヨンの北部、丁度ディジョン基地から真南に位地する。

 ネウロイが侵攻してくるルートはそれよりもはるか北。ベルキカ方面からだ。

 つまり、地理的に言えば、ここリヨンはネウロイの襲来など想像できない場所と言っても過言ではない。

 だが、現実問題ネウロイはここまで侵攻してきた。憶測を並べるよりも一つの事実の説得力は大きい。

「・・・成程な。だけど、そこまでよく短期間で調べたな」

 徹子の言葉に、ハンナが肩をすくめる。

「今の506は張り子の虎。薄々噂にはなっていましたから」

 つい今話した506の実情も、予めカールスラントの情報局によりハンナの耳にも届いていたものだ。

「じゃあ、対策を取るべきだ。ガリアの方へ連絡は?」

「とっくに。当の軍司令部は、『506はブリタニアの影響が強いので自分たちの一存では動かせない』とか言ってましたけど」

「やる気があるのか、ゴロワーズめ。ブリタニアへ連絡は?」

「勿論。『ガリア国内で、かつ事実の確認の取れない情報であるため、ブリタニア軍司令部としても独自に情報を収集して慎重に検討し対応を決定する。貴重な情報の提供に感謝する』とのことです」

「ジョンブルらしい言い回しだ」

 アンジェラが肩をすくめる。

「知ってるぜ、これ。たらいまわしってやつだ」

 徹子が肩をすくめて呟く。

「多国籍部隊の弱点ですね」

 ハンナも肩をすくめた。正式な発足後はJFWは統合軍司令部の直轄組織になるので、そこに連絡を取ればいい。

 だが、そうなっていない今、506JFW(仮)は、各国が主導権の取り合いで足を引っ張り合っている状況だ。

 更に間の悪い事に、カールスラントは506に一人しかウィッチを送っていない。

 敢えてガリアではなくベルギカに拠点を置いたのは間違った判断ではない。

 だが、そのせいで506の政治的な主導権争いに関しては一歩遅れを取っている状況で、現状を動かせるだけの介入は行えないだろう。

「他に出来る事はないのか?」

「サン・トロンのカールスラント空軍基地に連絡を取りました。JG54のオラーシャ本隊に何人かウィッチを補充人員として回してもらうように伝えてくれと連絡はしましたが、連絡の伝達も、補充人員の到着もまだ当面時間はかかるので、その間リヨン近辺の守備は私達だけで行う事になりますね」

 こんなことになるならJG54の戦力をもっと残すべきだったのかもしれない。

 だが、ガリア解放という一つの節目を超え、ガリア国内での戦争ムードが急速にしぼんでいるのも、また事実だ。そんな中、過剰な人員を他国に置いているとなれば、カールスラント本国への疑惑の目すら生じかねない。

 勝利の美酒に酔ったが故の僅かな綻び。それが今まさに()()()()()、リヨンのウィッチ達の肩に覆い被さっているのだ。

「つまり、その補充人員とやらが来るまで、オレとハギはここに残ってればいいんだな?」

「ええ、そうしてもらえると助かります」

 申し訳なさそうに頭を下げるハンナの言葉に徹子がうなずく。

「構わない。しばらく新藤の顔も見なくて済むしな。それに、楽観的に見れば、さっきの侵攻が偶然という事もありえるはずだ」

 そうなればちょっとした休暇である。カールスラントの料理は地味だが、先程食べたブリタニアのフィッシュアンドチップスよりはいいものが食えるだろう。

「そうですね。それならそれに越したことはありませんが、楽観的に戦況を判断してネウロイに潰された欧州の大国が『ここ』にありますから」

 とんとん、とつま先で床を叩きながらハンナが呟く。此処の土地を支配していたゴロワーズ達は、まさにそれが故に一時国を追われたのだ。

「そうだな。話は変わるが、この部隊でまともな戦力は、アンタとオレ、後はアンジェラとハギ、それに、さっき一緒にいた副隊長くらいか?」

「全員です。ベテランも新人も関係ありません。皆、可能な限り飛んでもらいます」

「実地訓練って訳か。厳しい上司だな」

「私達が緒戦を迎えた頃よりは遥かに易しい状況ですし、リバウの空に比べればずっと安全だと思いますよ」

「……違いない。ま、宜しく頼むぜ、ハンナ」

 

 徹子がそういうと、ハンナは今度ははっきりとした笑みを浮かべた。

 

「はい。JG54にようこそ。若本中尉」

 

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