0815 ブリタニア ウエストハムネット基地
「……モスキートだ」
「モスキートですね」
「モスキートですねぇ」
『そのストライカーユニット』を取り囲んだウィッチ達が声を上げる。
「ちょっと!!これうちのモスキートじゃない!!何でこんなところにあるの!?」
「事情を話して一機譲ってもらいました。相当難しい顔をされましたが」
「ジェシーは二つ返事で了承されたんですよね?」
「ぶつわよ、シノ」
にまにまと笑みを浮かべる信乃を横目にジェシカがため息を吐き出す。
デ・ビバランダー・モスキート。
ブリタニアの主力爆撃ユニットで、最高速度はブリタニアの最新ユニットであるスピットファイアを上回るという傑作ユニットだ。さらに拡張性も高く、戦闘用や偵察用等、様々な用途に換装されたユニットが存在する。これはそのうちの偵察型だ。
「装置を取り付けるのに金属では時間がかかります。これなら私でも短時間で改造できます」
その足元には様々な工具のほかに、削られたような木屑が散乱している。
そう。モスキートにはもう一つ、最大の特徴がある。
「……本当に木なんですね、モスキートって」
そう。デ・ビバランダー・モスキート。またの名を『木製の奇跡』。
兵器用の素材としては時代遅れとされていた木をエンジン以外の大部分に使用する事により、機体の軽量化と魔力伝導率を高め、驚異的な速度を叩き出しただけではなく、軍需品である金属の節約や、仕事を失っていた家具職人などの手を借りることでの短時間での量産を可能にするなど、様々なメリットを持つ機材。
まさに『奇跡のストライカーユニット』である。
加えてこのように加工もしやすい。試作ユニットのモックアップ等も自作しているウルスラにとって、このくらいの改造は朝飯前……作業は夜中だったので夕食前といったところだ。
「これがその『秘密兵器』ですか」
ストライカーユニットの尾翼部分の手前から大きく伸びる金属製のアンテナ。そして、横から延びる配線の先には片手で持てるサイズの器機とヘッドセットが伸びている。
「はい。これを使えば『人型』の位置を特定できます」
「仕組みを聞いても?私の体をいじくった事と何か関係が」
フランの問いにこくり、と頷くウルスラ。
「ネウロイが放つ周波数の魔法力を感知しているんです」
それは、先日フランの魔力に交じっていたネウロイの放つ魔力と同じものだ。
「この機械は空気中に漂う魔力の強さと方向を探るものです。研究所用に作られているものを私が小型化し、感度を強化しました」
実はその過程でウルスラは特許を幾つか取得していたのだが、目的はそれではない。すべては自分の仮定に基づいた『人型』の対策の為だ。
「このユニットに取り付けたものと同じものがベルギカにもあるので、向こうでも連絡を取って確認したところ、向こうでも同様の周波数の魔力が感知されました」
その調査は昨日の午後に行われた。
夕方前にはベルギカのカールスラント基地から送られてきた情報で、自らの仮説の穴を完全に埋めたウルスラは、それから夜通しモスキートの改造を行った。
「魔力は一定方向ではなく、『人型』か、その『拠点』を中心に全方向に放たれているので、その発信源をたどれば『人型』か『拠点』にたどり着くはずです」
そう言い切るウルスラ。つまり、こちらは『人型』を完全に補足出来るだけではなく、その『人型』が『拠点』にいれば、『拠点』そのものを補足できるという事だ。
「私も行きたかった……」
「『人型』を倒したらまたすぐにでも飛べますよ」
「解ってる。私がその『人型』を倒したかったんだ」
その気持ちはわからないでもない。ウィッチたるもの、自らの雪辱は自らの手で果たす。
せめても見送りに来てくれた事はありがたいが、内心悔しくて仕方がないのだろう。
「シノ、しくじるなよ」
「解ってますよ。フランもおとなしく待っていて下さいね」
「じっとしてられる気がしない」
その言葉にジェシカや伊予も思わず苦笑を浮かべる。
「いいか。まずいと思ったらすぐに引き返せ。こちらはいつでも援護できるようにしておく」
そう言ったのはフライトジャケット姿のゼムケだ。背後にはおそらく自分用なのだろう。白と灰色の航空迷彩に塗られたP-47Dがケージに格納されている。
「いざとなったら私自ら救援に向かう。大船に乗ったつもりでいろ」
「……じっとしてられないのは同じなんですね」
ぽつり、と伊予が呟く。
この場にいるウィッチは知らないかもしれないが、もともとゼムケも司令官ではなく一人のエースウィッチである。バルバロッサ作戦に参加した際は、JG52とも共闘し、現502JFWの司令であるグンデュラ・ラル少佐とも親交を持っている。
最も、その縁のせいで、不思議な動きをしている書類の後始末やら、おかしな方向へ向かう輸送機を黙認させられているのだが、最前線の機密情報という名のリターンも少なくない。今回の『人型』の件に関しても、少なくない情報の提供と、いざというときに援軍を送るという『密約』を取り付けることが出来たのも、ひとえに二人の『友情』があってこそだ。
「あのP-47D。今朝からうきうきで整備してました。私の横で」
そう呟くのはウルスラ。
「成程……気になったでしょうね、ハルトマン中尉」
「ウルスラで」
その言葉に皆がウルスラへと目を向ける。
「私も、階級で呼ばれるのは余り慣れていませんので。空の上ではウルスラと呼んでください」
「……はい、わかりました。宜しくお願いしますね、ウルスラさん」
にこり、とほほ笑む伊予。それにつられるように、ウルスラも口元に薄い笑みを浮かべた。
「こちらこそ。私は皆さんの誘導に徹しますので、そのほかの事はお任せしてしまうと思いますが……」
「オーケー、解ってるわよ」
ジェシカがにっ、と笑みを浮かべる。
「そのために私達がいるのよ」
今回の任務で最も核となるのは、武器を持たないウルスラである。装置を両手で操作する必要がある以上、必然的に残りの三人はウルスラを守ることになる。
いざという時は、ウルスラを真っ先に離脱させる必要があり、そのために残りの3人が盾になるという状況も想定しなくてはいけない。
「それと、私の事もジェシカでいいわ。階級付けなんて堅苦しいの、私のチームには不要よ」
「しれっと自分のチームにしちゃいましたよこの人……」
苦笑を浮かべて信乃が肩を竦める。まあ、今回の任務では一番階級の高いジェシカがウイングリーダーとなるので間違いではないが、それを即席の小隊で堂々と言い切るのは中々凄い。
「まあ、そういう事です。改めて、宜しくお願いします、ウルスラ」
「はい、よろしくお願いします。ジェシカさん、シノさん、イヨさん」
そう言って僅かな微笑を浮かべるウルスラに皆が頷く。
そうこうしているうちに三人のユニットも運ばれてきた。
離脱を目的とした高速型であるウルスラのモスキートとは異なり、3人の機材は空中戦も見越しているため普段通りの機材だ。
JE-Jの識別コードの入ったジェシカのスピットファイアMk-Ⅴに、モスグリーンに塗装された伊予の紫電改。白を基調とした信乃の零式54型、それに、チューンが終わったばかりのウルスラのモスキート。
整備兵達の手によって次々と滑走路に運び込まれていくユニットには増槽が取り付けられ、長距離の偵察にも対応できるように整備が施されている。
先日とは異なり、滑走路に報道陣の姿はない。極秘任務という事もあり報道管制がしかれているのだ。
「それでは、ジョンソン大尉。頼むぞ」
ゼムケの言葉にジェシカが頷く。
「時刻を合わせるわ。現時刻は0832、出発は0845よ」
その言葉に皆がそれぞれの懐中時計を取り出す。
海の上の任務では、飛行した時間が自分の位置を割り出す貴重な情報となる。一秒の狂いが自分の位置を失わせる。
海の上には慣れている伊予や信乃以上に、ジェシカとウルスラが真剣な顔で時報の音に時計を合わせた。
「……行くわよ。搭乗開始!!」
「「「了解!!」」」
時計の長針が9時方向を指した瞬間、ジェシカの合図と共に4人が自分のストライカーへと向かう。
「機体チェック」
手慣れた動作でユニットに足を通した信乃が整備兵に伝える。てきぱきとした動作で魔導エンジンや機体の動きをチェックしていく。
「ん、いいですね。異常なし。いつでも行けます」
「……萩谷飛曹長」
その声に顔を向けると、初めてこの基地に降り立った時に世話をしてくれた整備兵が笑っている。手にしていたものを信乃に向けて放り投げるので、慌てて信乃がそれをキャッチし、そして、思わず破顔する。
「キャラメルじゃないですか。いいんですか?」
「食べきる前に落ちないでくださいよ」
封の空いていないキャラメルをポケットに忍ばせ、信乃が親指を立てる。恐らく、整備兵なりの願掛けなのだろう。任務の間に時折つまんでも、箱一つ分のキャラメルを作戦行動中に食べきるのは難しい。
残りは戻ってから食べろ。そういう意味だ。
「了解です。戻ったらハグしてあげましょうか?」
「501なら懲罰房行きですね」
冗談めかして言う信乃と、苦笑を浮かべる整備兵。
『さあ、行くわよ皆。ブリタニア一番、JE-J、出るわ!!』
『扶桑一番、藤田伊代中尉、行きます!!』
『カールスラント1番、ウルスラ・ハルトマン、発進します!!』
魔導無線に次々と飛び込んでくる仲間の声。
「こちら扶桑二番、萩谷信乃、出ます!!」
遅れじとばかりに魔導エンジンに魔力を込め、零式54型の金星エンジンが回転数を上げていく。
ストッパーが外されるのと同時にユニットが滑走路を飛び出し、軽量化された零式と信乃の体がするり、と宙を舞う。
滑走路が面から線へ、高度を上げるにつれどんどんと小さくなり、やがて目の前には厚い雲が広がった。
「雲の上まで出ますか?」
「そうね、一旦抜けるわ」
伊予の言葉にジェシカが答える。雨雲を抜けるとそこには青い空が広がっており、久方ぶりの太陽がきらきらと、雨に濡れたストライカーユニットを照らす。
「ウルスラ、機械の調子は?」
「良好です」
「ウルスラが一番、二番は私、シノは3、イヨは4」
その言葉に4人がすぐさま編隊を組みなおす。ジェシカが下がり、後方にいたウルスラが一番機の位置へ、信乃と伊予がそれぞれ二人の左後ろに並ぶようにつける。
『こちらウェストハムネット基地管制』
『こちらカールスラント1番。これより作戦行動に移ります。どうぞ』
『了解……お気をつけて、カールスラント1番』
管制の最後の交信が途切れ、皆がヘッドセットを首から頭にかけなおしたウルスラへと目を向ける。
「……このまま12時方向を保ちます」
「この先って、バルトランド?隠れるところなんてあるのかしらね?」
ジェシカが眉を顰める。
このままの進路を保つと、北海を突っ切ってバルトランドについてしまう。ネウロイが確認されていない地域だが、やはりウルスラの言う通り、擬態しているのだろうか。
「私の知っている『人型』の『拠点』は主に地中に隠れていました」
「成る程。敵は隠れ放題、目視では見つけ辛い。その機械が無いとそう簡単に見つけられませんね」
関心したように呟きながら、信乃がぱくり、とキャラメルを一つ口に放り込む。
「あれ?そのキャラメル、ハギちゃんも貰ったんですか?」
その様子を見ていた伊予が尋ねる。
伊予もですか?と問い返す信乃にジェシカが口を開く。
「この基地の風習らしいわよ。なんでも、もらい損ねたウィッチが一度未帰還になったって。それから必ず渡すらしいわ」
「それ、聞いたんですか?」
「私にプレゼントを送ってもデートなんかしないわよ、っていったら懇切丁寧に教えてくれたわ」
そういって肩を竦めるジェシカ。流石ブリタニアの有名人。最も、性格を知っていてなお彼女にデートを申し込むのは中々の度胸の持ち主か変わり者か。
「何か失礼な事考えてない?」
「いえ、別に」
信乃が肩を竦めながら太陽を中心に空を見上げる。
軽口を叩きながらも周囲の警戒は怠らない。話に夢中になって警戒を怠る程度のウィッチであれば、少なくともこんな作戦に参加させることは出来ないからだ。
ジェシカは口を動かしながらも視線を一点に絞らず周囲を見渡しているし、伊予も雲の隙間から下の海の様子を探ろうとしている。ウルスラもヘッドセットに耳を当て、もう片方の手で握った機械の計器の動きに神経を尖らせている。
そして。
「……妙です」
ぽつり、と呟いたのはウルスラ。その言葉に皆の緊張感が一気に高まる。
「近い……まだバルトランドまで距離はあるのに……」
「海の上って事?」
ジェシカの言葉にウルスラがはい、と呟く。
「敵の『人型』じゃない?」
「その可能性もありますが、『人型』ならもっと動きが速いはず……」
その言葉に皆が言葉を噤む。ここからの判断は長機の仕事だ。
「……後どのくらい?」
「11時方向、距離は約50000」
「近いわね……」
ジェシカが呻く。この速度なら10分程で到達してしまう。
「どうします?」
「……シノ、引き続き上を警戒。伊予は下を。600秒後、周囲に敵影がなければ雲を降りるわ。『人型』と交戦になったら無理せず一旦離脱。いいわね?」
「「「了解」」」
ジェシカの矢継ぎ早な指示に皆が頷く。懐中時計を取り出し、手にした機関銃のセーフティが解除されているか確認する。
「……なんか、嫌な感じがします」
ぽつり、と伊予が呟く。
「こういうの、鬼が出るか、蛇がでるか。っていうんですかね」
「扶桑のことわざですか?あまり良い意味じゃなさそうですが」
「まあ、概ねそうです」
ウルスラの言葉に信乃が答える。鬼も蛇も、出来ることなら出てほしくはない。
「後100」
ジェシカの言葉に皆がさらに警戒に意識を集中する。
「上は?」
「いません。太陽の中にも隠れてはいません」
「下」
「駄目です、雲が厚くなってて……」
「もう下はいいわ。伊予、周りを見て」
「了解です」
ジェシカの言葉に伊予が頷く。
「目標、およそ30キロで我々と同方向に前進中」
「……」
ウルスラの言葉にジェシカが一瞬思案気な表情を浮かべる。
もしネウロイが目の前にいるなら、視認出来ていても良い距離だ。たとえ小型でも、ジェシカの視力なら太陽に反射する僅かな光も見逃すはずはない。
「……時間がない。あと10秒で降りるわ」
その言葉に皆の表情が強張る。懐中時計をしまい、いつでも発砲できるようそれぞれが武器を構える。雲を抜けたら目の前にネウロイという事態も想定できる。否、可能性は極めて高い。
「あと5秒!!いくわよ、3、2、降下!!」
ジェシカのスピットファイアが一気に高度を下げる。それに続くように、残りの3機も雲の海に向かって飛び込んでいった。
「っ!!」
一瞬の白い光が灰に染まり、そして、視界が開ける。
冷たい雨を降らせる雨雲に覆われた冬の北海は、青というより紺、黒に近いような深くて暗い色をたたえ、白い波が細く長く、幾重にも重なり流れていく。
半分雲に身を隠すように編隊を組みなおし、周囲に目を送る。しかし、空には人型はおろか、ネウロイの姿すら見えない。
ウルスラの言葉が正しいのであれば、『人型』は目の前をのろのろと飛んでいるはずなのだが。
「……え……っ」
ぽつり、と呟いた声が皆の魔導無線に届く。
「イヨ?どうしたの?」
「……」
「伊予?」
「下に……でも……あれって……」
「下ですって!?」
その言葉にジェシカと信乃が機銃を構える。しかし。
「……何よ……あれ?」
その光景に、思わず息を飲むジェシカ。
皆も声には出さないが、同じ気持ちだ。
「船……?」
下、遥か下方、北海の海上。
一筋の航跡を残し、一隻の船が目の前を進んでいる。
「リベリオンの駆逐艦……いえ、あれは……」
ぽつり、と信乃が呟く。
影のように見えるシルエットは扶桑の特型駆逐艦より一回り小さい。リベリオンの護衛駆逐艦のようなシルエットだが、艦橋のあたりが何か巨大なものに押しつぶされたようになっている。
「あれって、まさか……」
ぽつり、と呟く信乃。
近づくにつれ、その正体が明らかになる。
「……っ……」
ウルスラが息を飲む。ウルスラだけはない。その場にいる皆が、信じられない、といった表情を浮かべる。
まるで船に産み付けられた寄生虫の卵のように乗っている、巨大な卵のような造形をした球状の『ネウロイ』。
艦橋を押しつぶして駆逐艦の上甲板の中央に居座り、下部からは幾筋もの触手のようなものが真下の駆逐艦に突き刺さっている。
後数十年技術が発達すれば、ウルスラであればその形が細菌に感染するファージウイルスの一種に酷似している事に気が付いただろうが、現状ではそれは生物と機械が合わさったような『異形』の姿であるとしか思えない。
駆逐艦の上甲板から上はネウロイと同様、黒と赤のハニカム模様に染まっているが、そこから下は駆逐艦のまま利用し、水に漬かるのを防いでいるようだった。
向こうもこちらを察知したのか、ネウロイ特有の金属がすり合わさるような高い音を立て、ゆっくりと海の上を回頭していく。
「来るわ!!」
ジェシカの言葉に皆が銃を構える。だが、その動きは皆が予想していなかったものだ。
回頭しながら、ゆっくりと卵型の部分が開いていく。
その下から、赤く発色する巨大な宝石のような『それ』が姿を現してく。
「……自分から、コアを露出して……?」
ウルスラがぽつり、と呟く。
そこに現れたのは巨大なコアだった。
「……?」
そして、そのコアの中には、ぽつぽつと、黒い点のようなものがいくつも見える。
それが何なのか、目を凝らした皆が、同時に呻くような声を上げる。
「……っ……!?」
「……そんな……これって……」
信乃と伊予が同時に口を開く。
「何よ……嘘でしょ……こんなの……」
ジェシカの声が震える。声だけではない。体もだ。
震えで思わず手にした銃を取り落としそうになる感覚は、どんな強大なネウロイと相対した時でも感じたことがない。だが、その感覚は恐怖ではない。
ネウロイのコアの中に見えた、小さな点のようなもの。
それは。
「人が……ウィッチが……取り込まれて……」
余りに
「ウルスラさん!?」
「大丈夫……大丈夫です……」
絞り出すような声でウルスラが呟く。技術者であり一介のエースウィッチでもあるウルスラですら、その光景は直視し難い物だった。
それは、人、人、人。
まるで琥珀の中に取り込まれてしまった虫の死骸のように、リベリオンの制服を着た何人もの少女たちの姿がコアの中から透けて見える。
ウィッチだけではない。輸送機のパイロットなのか、飛行服を着た男の姿も何人か。
10人以上の人間を取りこんだ『それ』は、まるで自慢のコレクションを見せつけるかのようにゆっくりとこちらに向かってくる。
これが、人型の新たな『拠点』。破壊すべき大型ネウロイ。
「……撤退するわ」
ぎり、と歯を食いしばっていたジェシカがぽつり、が呟く。震えの正体は怯えではない。怒りだ。
目の前の光景は、ウィッチへの、否、人類に対しての冒涜であり、そして、明確な悪意を持った挑発だ。
今すぐにでも降下して手にした機銃の引き金を引き、目の前のネウロイをバラバラにしてやりたい。無残な姿を晒されている仲間たちを開放してやりたい。
だが、僅かに理性がその衝動を上回る。自分たちがこいつに取り込まれるわけにはいかない。報告しなければならない。そして、確実に倒さなくてはいけない。
「りょうかっ……しまった!?上……っ!?」
「伊予っ!?」
背後から響いた伊予と信乃の叫び声に、はっとジェシカが我に返る。
目の前の光景に気を取られすぎたせいだ。周囲の警戒が一瞬緩んだ隙をつき、雲の中から飛び出してきた『それ』が、伊予の体にしがみつく。
「『人型』!?」
ジェシカがとっさにエンジンに魔力を送り、回避行動をとりながら叫ぶ。だが。
「……違う」
ぽつりとつぶやいたのはウルスラ。
「これは、この『人型』は、私の知っているのとは違う……」
「考えるのは後よウルスラ!!今は伊予を助けて離脱っ!!」
「っ!!」
ジェシカの叱責のような叫びにウルスラがきっ、と眉を吊り上げる。
そうだ。惚けている暇はない。ここは研究室じゃない。空の上なのだ。
「この!!伊予を放せっ!!」
一方信乃は、伊予を捕まえたまま降下していく『それ』を追っていた。
一見すると『それ』は、人の形をしているように見えた。
だが、その形状は、それまで欧州に現れていたものとは異なる。
頭部に当たる形状はのっぺりと丸く、胸部や腕は平面パネルのみで構成されており、足に当たる部分は無い。代わりに、背骨の脊髄のような、凧の足のような部分が存在するだけだ。
それは精巧にウィッチを模した『
まるで不出来な、『
「イヨ!!」
ジェシカとウルスラも信乃に続き『人形』ネウロイを追う。
そのまま銃口を構えるが、伊予に覆いかぶさるように抱き着き、こちらに背を向けているため、銃で撃つとそのまま貫通してしまう。
「伊予!!聞こえますか!?そのネウロイを振りほどいて下さい!!このままじゃ当たります!!」
銃を構えたまま信乃が魔導無線に向けて怒鳴る。
「任せて!!」
ジェシカが信乃の脇をすり抜け、降下したまま銃を構える。
ジェシカの見越し射撃の腕は、ブリタニアでも、否、ウィッチ全体を見ても頭一つ抜けている。
伊予に射線が被らないよう、斜めに滑るように体をしならせ、そして、引き金を引く。
次の瞬間、人型の頭部分が吹き飛び、金属じみた堅い悲鳴と共にネウロイが伊予から離れる。
「シノ!!」
「任せてください!!」
零式54型の金星エンジンに魔力を込め、伊予と『人形』に近づいた信乃が、伊予から離れた『人形』に向け銃を構える。
射撃が苦手な信乃でも、距離としては十分だ。
引き金に手をかけた、その時。
「え……っ?」
信乃が目を見開く。
顔を上げ、『人形』と信乃の間に割り込むように前に出た伊予が、『信乃に向けて』、手にしたS-18ライフルを構える。
「っ!?」
額にチリっとした痛みが走る。咄嗟にシールドを張るのと、引き金が弾かれるのはほぼ同時。
「シノさんっ!?」
「……っ~」
信乃が頭を押さえながらも伊予と『人形』の脇をすり抜けて旋回し、そのまま回避行動に移る。
「……迷わず頭を狙って来ましたか、伊予」
飛行服の手袋がぬめる感覚と感じる痛み、そして滲む視界。あと少しシールドを張るタイミングが遅ければ、完全に撃ち抜かれていた。
ぐい、と血を縫うと、少しだけ視界と思考が鮮明になる。
意識を奪われ、操られる。
成程。こういう事ですか。
血に濡れた髪の隙間から覗く信乃の表情が変わる。
この『人型』、否『人形』は、伊予を使ってあたしを殺させようとしたのだ。
あたしの仲間で、あたしの親友でもある少女の手を使って。
ぎり、と歯を食いしばる。
現状を認識した信乃の目が冷たい色を帯びる。感情が抜け落ちた様な視線が片目を覆った前髪の隙間から覗く。
その表情は、ネウロイの巣に飛び込んだ時よりも更に冷たく、そして、鋭利な色を帯びている。
許さない。
こいつだけは許さない。
こいつは、あたしと伊予を殺し合わせるつもりだ。
そんなことは、絶対に許さない。
こいつだけは、絶対に。
「イヨさん!!……ジェシカさん、シノさん、イヨさんが!!」
「解ってる!!シノ!!いったん離れて!!」
ジェシカの言葉を待たず、信乃のストライカーユニットの金星魔導エンジンが回転数を一気に上げる。
増槽を落とし、身軽になった体で一旦、伊予と『人形』から距離を開ける。
信乃は旋回を繰り返しつつ伊予と人形から離れようとするが、背後を取った伊予は、信乃に目掛けて淡々と引き金を弾き続ける。
同時に、体にまとわりつくチリチリとした感覚も鋭利なものとなり、本能が自らの危機を意識に伝える。
旋回しつつ伊予の攻撃を回避。伊予の狙いは『自動演算』の能力で極めて正確だが、信乃も、『チリチリ』による痛覚に限定した未来予知でそれを寸手で躱し切る。
「っ!!」
何度も視界をふさぐ血を拭い、顔を上げる。治療している余裕はない。
「シノ、迎撃用意!!」
顔を上げると、『人形』と伊予はこちらに攻撃を加えながらも後退していく。そして、その先にはあの『コア』がある。
「させません!!」
「イヨを返しなさいっ!!」
叫び声と同時にジェシカが再度上方から人形に襲い掛かる。
『人形』もそれに対して急降下。ジェシカを振り切るように速度を上げる。
「っ!!」
それを援護するかのように、伊予も『人形』に続く。
一番機を援護する二番機のように、ぴたり、とロッテを組み、ジェシカを振り切ろうと旋回を始める。
「ジェシー!!」
「解ってる!!ウルスラはこの場から退避!!基地に戻って。私とシノは、イヨを救助する!!」
「でも!!」
「ウルスラがいても意味はないの!!それよりも早く!!救援を!!」
「っ!!」
その言葉にウルスラが頷く。モスキートの両足の双発エンジン、計4発のマーリン魔導エンジンが回転数を上げ、その場からウルスラが撤退していく。
援護の無い状況で『人形』に捕まったら終わりだ。周囲に対して注意を向けつつ、全力で基地の方面へと飛び去るウルスラを見送る余裕もなく、ジェシカと信乃は『人形』と伊予を相手にし続ける。
「援護します、ジェシー!!」
ジェシカを追う『人形』と伊予の背後につき、引き金を弾く信乃。『人形』を狙ったのだが、伊予がその射線軸上に飛び込むように割り込んでくる。
「っ!?」
思わず引き金から指を放す。
至近弾がすぐ近くをかすめても、伊予はシールドを張ることもせず、信乃の射線を妨害し続ける。
「こいつ……っ!!」
「人質ってことですか……」
ジェシカと信乃が呻く。シールドを張らない状態の伊予を信乃への盾にしつつ、『人形』がジェシカを追いつめる。
何とか振り切ろうとするジェシカだが、スピットファイアでは紫電改に旋回力で劣る。
このままドッグファイトの様相を呈したら、ジェシカが圧倒的に不利だ。
「ジェシー!!上昇してください!!」
「無理よ!!無茶言わないで!!」
高度を取れば仕切りなおせる。だが、この状況で上昇しようとすると、敵のいい的になってしまう。
「いいから!!あたしが援護します!!早く!!」
普段とは違い、有無を言わさない信乃の言葉、否、命令にジェシカがぎゅ、と拳を握る。
「……信じてるわよ!!」
次の瞬間、ジェシカが魔法力をマーリンエンジンに叩き込む。回転数を上げ、そのまま体を起こして一気に上昇。
「このぉっ!!」
ストライカーを旋回方向の外へ蹴りだし、一気に魔法力を叩き込む。『人形』と伊予の旋回している内側へと飛び込み、『人形』に一瞬だけ肉薄する。
ジェシカに照準を向けるように手を上げていた『人形』が、その動きに一瞬動作が遅れる。
伊予との模擬戦で一度試した、旋回からの急旋回。そのまま一気に『人形』に接近、その隣に並ぶようにすぐさま挙動を立て直し、ぎろり、と、そのマネキンのような頭部を睨みつける。
「近くで見ると、不細工な顔ですね」
そう呟き、手にした99式の引き金を弾く。『人形』が避けようと高度を落とすと同時に、背後からちりっとした感覚が背を襲う。
「っ!!」
足元からシールドを張ると同時に、伊予が引き金を弾く。はじかれた勢いで体をひねると、そのまま信乃は逆に伊予の背後にぴたり、とつける。
「アンタの相手はこっちよ!!」
割って入るようにジェシカが『人形』に向けてダイブ。
背後から手にしたM1919の引き金を弾くが、『人形』はそれをするり、とかわす。
「っ!!何よ、イヨの真似でもしてるつもり?」
憎々し気に呟くが、それでも冷静に、ジェシカが再度引き金に手をかける。
旋回方向へ向けての見越し射撃。旋回する人形が銃弾の方向へ飛び込むように見えたが、寸手の所で体を捩って回避する。
「シノ、こいつは任せて!!」
「了解です!!」
信乃がそう答え、『人形』に合流しようと信乃に背を向けた伊予を追う。
相変わらず、シールドを張る素振りは見せない。
信乃が伊予を傷つけることが出来ないのを見越したように、こちらを狙う事もせず、旋回しながらジェシカの背後へつけようとしている。
「だったら!!」
伊予を追い越すようにエンジンをふかした直後、零式のフラップを落とし、その先に回り込むように急旋回。
そのまま伊予の脇腹に突っ込むように速度を上げ、その腕を掴む。
「取っ組み合いならあたしの方が上ですよ!!」
そう言い、腕を掴んだまま背後に回り込もうとする信乃。
伊予も感情の無い瞳を大きく見開き、抵抗するように体を捩る。
空中でもみ合いバランスを崩した二人の体が、ぐらり、と海に向かって降下する。伊予はまるで狂ったように反対側の手にしたS-18ライフルの引き金を弾きながら、ライフルを振り回す。
「っ!!」
シールドを張りながら伊予を拘束しようとしていた手を放し、距離を開ける信乃。
「このっ!!」
99式を肩から外し、シールドを張りながら伊予へ再び接近する。
銃剣の応用とばかりにその砲身でS-18の銃身を思い切り殴りつけると、伊予の体がぐらり、と傾く。
しかし、そのまま体を起こすと、再度信乃に向けて発砲した。その攻撃をシールドで弾く信乃。ほぼゼロ距離での殴り合い。文字通りの肉弾戦である。
それでも、時間を稼げばいい。ジェシカならきっとあの『人形』を……。
そう思っていた矢先、伊予が思わぬ行動に出た。
信乃に背を向けた伊予の紫電改が突然加速したのだ。
突然戦闘を放棄したような挙動に信乃が戸惑うが、すぐにその意図は理解できた。
伊予の向かう先は、あの駆逐艦の上の『コア』だ。
どくん、と信乃の心臓が跳ねる。
まずい。
恐らく、あの『人形』と『コア』の目的は、操ったウィッチをコアの中に取り込むことだ。
信乃とジェシカとの戦闘が不利になると悟ったネウロイは、信乃を振り切り強引に伊予をそのコアの中に取り込もうとしている。
「伊予!!」
手にした機銃を放り投げ、ありったけの魔力を金星エンジンに注ぎ込んでその背を追う信乃。
過負荷をかけられた魔導エンジンが悲鳴を上げ、限界速度を超えた機体が悲鳴を上げる。
「伊予っ!!」
それでも信乃は速度を上げる。近づいてくる伊予が視線をこちらに向け、腕だけで信乃へ向けて発砲する。
先日の模擬戦と同じ状況だ。だが。
「伊予の……真似をするなぁっ!!」
信乃が叫び、シールドを張る。
伊予の中の経験を真似したところで所詮ネウロイはネウロイ。本来の伊予なら相打ちになった戦法に固執したりはしない。
むしろ、あの戦いの後更に研究を重ね、信乃を出し抜くもっと良い一手を思いつくはずだ。
許さない。
信乃が呟く。
伊予に、伊予の真似事をさせようとするネウロイを。
伊予の体が近づいてくる。ストライカーも限界に近い。だが、ひっきりなしに打ち込まれる銃弾を前に、シールドを張ったままでは伊予を捕まえることは出来ない。
「それならっ!!」
ギリギリまで近づき、あと少しで伊予の体に手が届く。
そして。
信乃がシールドを解除する。
チリっという感覚が身体に走る。今すぐ防ぐか回避しなければ、伊予の放つ弾がそこを貫く。
だが、『そこ』なら大丈夫。
そこなら致命傷にはならない。一発や二発なら大丈夫なはずだ。多分。
だから。
「届けぇぇぇっ!!」
腕を伸ばして叫びながら、そのまま突っ込む。
次の瞬間、どん、と、わき腹から全身を貫くような衝撃が全身を走り、思わず悲鳴を上げそうになるが、すぐ目の前、驚愕したような顔を浮かべる伊予の顔を前に、その口を食いしばる。
ぐい、と、引き金を握る腕を掴み上げ、反対側の手で伊予の体を抱きしめるように引き寄せ、ありったけの大声で怒鳴った。
「その程度か!?あんたの覚悟は!!そうじゃないだろ!!目を覚ませ!!『藤田伊予』っ!!」
その言葉と同時に、びくん、と跳ねると同時に伊予の体から力が抜けていく。
「シノ!!こっちは撃破したわ!!」
一瞬、奇跡でも起きたかと思ったがそうではないらしい。
魔導無線からジェシカの声が届いてくる。
「え……ハギ……ちゃん……?」
伊予の瞳に感情の色が徐々に戻る。
生温かな感触が腹部のあたりに広がっていくのを感じ、そして、胸元に抱き着くようにしてこちらを見上げている信乃の顔……その半分ほどが額から流れる血で染まっている信乃の顔を見て、伊予が息を飲む。
「……ですね、伊予は……」
安堵したような笑みを浮かべ、伊予の頬を撫でる信乃の震える指先。
指先のぬるり、とした感覚に思わず伊予が目を見開く。
「ハギちゃんっ!!」
安堵した表情を浮かべると同時に、力尽きたように体から力が抜けていく信乃。
伊予を掴む手から力が抜け、そのまま落下しそうになる小さな体を慌てて伊予が抱きとめる。
「シノ!?どうしたの!?シノっ!!」
「ジェシカさん!?一体どうなってるんですか!?」
「伊予!?ようやく起きたの!?遅い!!いいからアンタはとっとと逃げる!!シノは!?」
「ハギちゃんは……」
その言葉に伊予が目の前の信乃を見る。
浅い呼吸を繰り返し、飛行服を汚す鮮血が、ぞっとするような勢いで広がっているのを見て、伊予が叫ぶ。
「負傷……重症です!!ジェシカさん!!ハギちゃんが!!」
「っ!!イヨ、シノはどこ!?」
「私が支えてます!!」
「そのままつれて逃げる!!後ろは敵よ!!急いで!!」
その言葉に弾かれるように、振り返る事もせずに震える手で信乃の体を抱きしめると紫電改のエンジンに魔力を込める。
体の魔力が半分以上奪われたように重いが、それでも信乃を放さぬよう、必死に加速していく。
程なくして、ジェシカが伊予の脇に着ける。信乃の姿をみて一瞬絶句するが、きっ、と伊予を睨みつけ。
そして。
「……よく帰って来たわね。イヨ」
食いしばっていた口元を僅かに緩め、そして、絞り出すように伊予に言い放つ。
「どうなったんですか、あの後、私は、ハギちゃんは……ウルスラさん!?」
周囲にウルスラがいない事に気が付き、慌てる伊予に、肩を竦めてジェシカが口を開く。
「とっくに逃がしたわ。アンタはネウロイに操られるし、シノは負傷するし、最悪よ」
「……っ……!!すみません……でした……」
「アンタは悪くない」
ぴしゃり、と言い放つジェシカに、でも、と伊予が口を開く。
「でも、私がハギちゃんを撃ったなら、私……私は……」
「そんなの知らないわ。私はそれどころじゃなかったし、アンタは操られてたんだもの」
「っ、『人型』!!あの『コア』は……」
「『人形』は私が倒した。あのデカいの、一発かまさないと気が済まないけど、今はそれどころじゃないわ」
感情を押し殺すように淡々と呟くジェシカ。だが、M1919のグリップを握る指は白くなるほどに力が籠められ、その銃口はわずかに震えている。
「全員離脱成功。シノなら大戦果ですっていうんでしょうね、こういうの」
「……そう……です……大戦果、です……」
伊予の胸元で信乃が呟く。はっとして顔を上げるジェシカと伊予。
「ハギちゃん!?」
「シノ!!大丈夫!?」
「……もちろん……と言いたい、ですけど……やっぱり……痛い……です……」
そういうと信乃がわずかに腕に力を籠める。
止まりかけていた金星エンジンが再始動し、伊予の体をすり抜けるように自力で飛行を再開する。
「ちょっと!?シノ!!」
「伊予も、ジェシーも……増槽、が……スピットだと……あたしも、まだ……基地に戻るくらいまでは、まだ……」
ぽつりぽつりとつぶやきながら、飛行服のポケットに手を入れようとして、『その場所』がなくなっていることに気が付いた信乃が、ああ。と悔しそうに呟く。
「……キャラメル、落としてしまいました……」
ぼんやりと呟くその言葉にジェシカは叫びだしそうになる声を飲み込み、すぐさま魔導無線の全周波数を開く。
「メーデー!!こちら西部方面統合軍ジェシカ・E・J・ジョンソン大尉、当部隊ににおいて重傷者一名!!救援要請求む、繰り返す、こちら西部方面統合軍ジェシカ・E・J・ジョンソン大尉!!救援要請求む!!」
悲鳴のような、今にも泣きだしそうな声が魔導無線を通じ、北海沿岸の全域に響き渡った。