ー1ー
1000 ウェストハムネット基地 医務室
こち、こち、と、時計の音が部屋に響く。
処置室の窓からは雲の間から時折覗く太陽の白い明かりが差し込み、ベッドの上を明るく照らし出す。
その明かりに照らされている少女……信乃の体からは既に輸血用の点滴や検査器具の類は取り外され、毛布の上から薄い胸元が規則的に上下している。
「全く、人騒がせな奴だ」
その様子を見ながら呆れたように呟くフラン。
ベッドで寝息を立てる信乃の脇では、椅子に座った伊予がその手を黙って握っている。
「大丈夫か、イヨ?」
「……はい。ご心配をおかけしました」
そういって笑みを浮かべる伊予。
僅かに疲れたような表情を浮かべているが、それでも信乃が意識を取り戻した事で、先程までの今にも自決しそうな状態からは大分持ち直したようだ。
「……あまり気に病むな……と言いたいが……」
「ハギちゃんが元気なのに、私だけ落ち込むわけにはいかないです」
「あれは元気というか、なんというか……」
一応部下に当たる回復魔法の使い手に回復してもらったが、抑え込む過程で頭にたんこぶまで作らされた。アレでは、心配していた方が馬鹿馬鹿しくなる。
「……馬鹿だから、仕方がないんです」
ぽつり、と伊予が呟く。
先程の事か、と思ったが、伊予の口から出てきたのは意外な言葉だった。
「医者や皆から止められても、軍学校の士官過程への推薦を貰っても、それでも無理して飛び続けて……」
ぽつり、ぽつりと呟く伊予。
信乃の魔法力は遣欧艦隊の中ではせいぜい中の中から中の下。決して高くはない。
だが、最初からそうだった訳ではない。
異常が見られたのは東部戦線の最前線から遣欧艦隊に復帰した直後。
戦えないわけではない。しかし、今までと同じような戦い方は出来ないだろう、というのが軍医の診断だった。
周囲も一度扶桑に戻るよう説得し、信乃が望むなら士官学校への再編入の手続きを行う準備もしていた。
だが、信乃は首を縦には振らなかった。
例え魔力が落ちても、固有魔法を持つ信乃は戦力として貴重な存在だ。
周囲を納得させるため、それまでの徹子に倣った戦闘スタイルを捨て、減少した魔法力で固有魔法を生かすための戦い方へと切り替える事で、辛うじて遣欧艦隊に残ることを認められた。
だが、いつ未帰還となるかわからない欧州と、ネウロイのいない内地。
どちらが信乃にとって望ましいかは明らかだ。
「そうか……」
部屋に残ったのは軍医と、出撃停止を告げられた信乃とフラン、そして伊予のみ。
その軍医も、今は席を外している。
時計の針は10時を指している。もう丸一日眠っていない。
伊予も、そしてフランも疲れている。
だからだろうか。
誰にも話していないような話が、思わず口から洩れるのは。
「……私も、何度も国に帰れと言われた。お前には無理だ。お前には荷が重い、と」
窓の外へ遠い目を向けながら、ぽつり、とフランが呟く。
そもそも、一度は本国の入隊試験に落ちたのだ。魔法力は高いが、飛行適正無し。陸上ウィッチという手もあったが、フランは敢えて国を渡った。ブリタニアで亡命者を中心にした義勇軍を募っていたからだ。
父がオストマルク人だったため、フランは審査をパスして航空ウィッチの速成訓練を受けた。死に物狂いで努力をし、結果を残し、そして今ここにいる。
もし、あの日。意地を張らずに旅立つ父の顔を見ていたら。
あの時、一言父の前に顔を出し、『行かないで』と言えていたら。
そこまで考え、フランは首を振る。終わった事だ。そんなことをしても、結果は変わらない。
信乃が何故飛びたいのかはわからない。だが、フランには、それを否定することは出来ない。
自分も同じように、他人の言葉を無視して飛び続けたのだから。
「……イヨは優しい。だが、そんな同情、シノは望んでないはずだ」
その言葉にぴくり、と伊予が顔を上げる。
本来であれば伊予に賛同すべきだろうが、そんな資格はフランにはない。
今となってはわかる。
父を失った、そんな自分の事情を知って尚、フランの入隊を認めなかった大人たち。
自分に対して国に戻るよう説得したHMWの連中も、幼い少女をむざむざ死地に向かわせたくなかったからこそ、心を鬼にしていた。
そして、その想いを無下にして自分は飛び続けてきた。
唯一自分を受け入れてくれた亡命部隊のウィッチ達も、優しさからフランを受け入れたわけではない。
自分達と同じ怒りを胸に宿しているから。仲間の屍を乗り越えてでも先に進む覚悟が出来ていたから。
例え空に散ったとしても、それをせずにはいられないという想いを持っていたから。
バルバロッサ作戦で、或いは、タイフーン作戦、ガリアの解放戦で空に散ったものは少なくない。いつかは自分に順番が回ってくる。
この欧州の空で、私を守れるのは、私しかいない。
蜘蛛の糸は、もう降りてこない。
差し出された優しい手を振りほどいて、自ら地獄へ落ちる覚悟を決めたのなら、後は血の池の中で沈むまで足掻くだけだ。
だが、伊予は黙って首を振る。
フランに背を向けたまま、その瞳に自嘲気味な色を浮かべ、ぽつり、と、一言。
「……私は、優しくなんてない」
そう。止めるべきなのだ。信乃の事を。
もうこれ以上飛ばなくてもいい、と。
これだけ戦ったのだ。きっと許してくれる。
かつて救えなかった人たちも、仲間だったウィッチ達も。
だから、後は私達に任せればいい。と。
本国に帰れば兵学校で士官教育を受けられる。尉官になっていい給金を貰って、父や母、兄妹や本土の友人達といつでも会える場所で暮らすことが出来る。
信乃の腕なら、教官でもテストパイロットでも、内地での任務に困らないだろう。
もし、真の友人であるのなら、止める事が真の優しさであり、友情だ。
しかし。
兵学校卒のエリートと、予備学校の速成を受けただけのたたき上げ。
正反対の経歴だが、同い年で、ライバルであり、そして親友でもある少女。
現金なものだ。
先刻まで散々嫌悪してきた自己保身に、今もまた流されようとしている。
私は優しくなんてないし、自己中心的で利己的なウィッチだ。
模擬戦のスコアは上回ったし、撃墜数も追い抜いた。
しかし、まだ、『借り』を返していない。
そして、また一つ、『借り』を増やした。
助けたこともあるが、助けられたことの方が圧倒的に多い。
それを返すまでは……否。
そこまで考え、伊予が黙って首を振る。そんなのは後付けだ。
理由はもっと単純で、直情的なただ一つの感情。
そう。医務室の椅子の上で、ずっと否定しようとしていた感情。
そこに理屈なんて無い。
……私は『また』ハギちゃんと一緒に飛びたい。
ぽつり、と伊予が呟く。
もし信乃が馬鹿なら、私は同じくらい馬鹿なウィッチだ。
他に理由なんて無い。
理由なんて、ただ、それだけなのだから。
ー2ー
1030 ウェストハムネット基地 司令室
「……成程、驚いたね直ちゃん。こんなところにも『人型』が出るなんて」
ゼムケの呼集によりウェストハムネット基地の司令室に集められたのは、502と507のウィッチ達、そして、HMWから臨時配属されているジェシカの7名。
そこでゼムケが語ったのは、先程直枝達が行った救助活動の直前に行われた任務……北海に現れたネウロイの捜索と、その結果についてだ。
『人型』と思われるネウロイを捜索した結果、海上で大型ネウロイと遭遇。
同時に現れた『人型』と交戦している間、操られたウィッチを救助中にもう一人のウィッチが負傷した。
幸いにして『人型』はジェシカが撃墜し、行方不明者も出さずに撤退に成功したが、重傷者一名。
具体的な内容については触れず、ただ、大まかな概要だけだ。
だが、それでもその場にいた直枝達を凍り付かせるには十分すぎる内容だった。
特に、『人型』の脅威を身に染みて感じた経験のある直枝やヴァルトルート、ハルカは神妙な顔をしている。
「……俄かには信じられねぇ」
ぽつり、と直枝が呟く。
『人型』が出たという事ではない。問題はネウロイの出現位置だ。
ネウロイは水を嫌う。海を渡るのは大型か、大型に近い中型。稀に海で小型と会敵したとしても、それは空母のような大型から生み出された随伴型であることが大半だ。海はあくまで通過するだけ。ネウロイにとっての海は、陸地から陸地への中継地点に過ぎない。
だからこそ、海の上を拠点とするネウロイが出るなど、想像も出来ない……いや、想像したくない事態だ。
「出てしまったものは仕方がない。我々の役目は怪奇映画で怪物相手に驚く役ではない。倒す役だ」
そう言い放つと、ゼムケは直枝達に目を向ける。
「詳しくは、ハルトマン中尉と解析班の結果待ちだ。後のブリーフィングで詳細は伝えるが、参加は任意だ。強制ではない」
ここまでの情報は、あくまで『ゲスト』に対するものだ。これ以上の情報は部外者には与えられない。
つまり、これ以上の情報を聞くという事……ブリーフィングに参加するという事は、それはこれ以降の作戦にも参加するという意思表示に他ならない。
「だってさ。どうする直ちゃん?」
「決めるのはオレじゃねぇ。ここでの先任はそっちだ」
肩を竦めるヴァルトルートに直枝が答える。
だが、その表情から答えはわかりきっている。
「……ネウロイを倒さなければ、北海は閉ざされたまま。補給はないまま、春を待たずに凍り付くのみですから」
ぽつり、とヴェスナが呟く。
彼女もまた、スオムスやオラーシャで戦い続けてきたウィッチだ。補給の大切さは、身に染みて感じている。
急な戦いには慣れっこだ。人型が相手というのは少し厄介だが、冬のオラーシャの最前線に比べれば大分マシな戦場だ。
「ジョンソン大尉にも参加してもらうが、問題ないな」
「勿論、そのつもりよ」
頷くジェシカ。臨時ではあるが、ジェシカはウェストハムネット基地に所属しているし、所属しているという事はゼムケの指揮下だ。
むしろ、参加するななどと言われれば、ゼムケの手前のブリタニア製の高級そうな机を叩いて問い詰めるまでだ。
その言葉にうむ、と頷くゼムケ。
ここに皆を集めたのは、それぞれの原隊から56FGとの共同作戦の許可が下りているという事の伝達と、機密事項の漏洩に関する宣誓、そして、参加作戦への意思の確認。
その全てが終わった今、後はブリーフィングを待つのみだ。
「ひとまず、この話はここまでだ。ブリーフィングは1800からだが……ジョンソン大尉」
「何かしら?」
「君に客人だ」
「……客人?誰か来るのかしら?」
思わぬ言葉に思わずジェシカが首を傾げる。
「正確にはずっと来ていた。萩谷准尉のごたごたで待たせていたのだが、ようやく呼ぶことが出来るが……」
「ひょっとして、ボク達はお邪魔かな?」
ヴァルトルートが気を利かせる様に口を開くが、ゼムケは肩を竦める。
「好きにして構わない。『今はまだ』、直接的な関係はないだろうが……」
だが、言い終わる前にドアの向こうから声がかかる。
「お連れしました。大佐」
「……解った。入ってくれ」
ゼムケがドアの向こうへ声をかける。
『はいっす』と、ドアの外から快活な声が響き、ブリタニアの制服を着た一人のウィッチが部屋へと入ってくる。
「へ?あんた……」
その顔を見たジェシカが目を丸くして硬直する。
「諸君。こちらはブリタニア王室空軍ウィッチ隊『HMW』第一航空部隊所属、ヘンリエッタ・マクラウド中尉だ」
「どうもっす!!初めまして、統合戦闘航空団の皆さん。お会いできて光栄っす!!」
ゼムケの言葉に茶目っ気たっぷりといった童顔に笑顔を浮かべ、ぴしっ、と敬礼をして見せる少女に、
「HMW……って?」
ぽつり、とひかりが口を開く。
「HMW、通称『グローリアス・ウィッチーズ』。ブリタニアを守る防衛部隊よ、雁渕さん」
キョトンとした顔を浮かべているひかりの耳元で美也が囁く。
「あ、あー、聞いたことあるかも。学校の授業で習った気が」
「そこまでは習ってないわよ」
「……あれ?じゃあ何で三隅さんは知ってるの?」
「……馬鹿ひかり……」
皆が苦笑を浮かべる中、直枝だけが頭を抱えて呻くように呟く。
欧州情勢を本格的に学ぶ前に最前線に送られたひかりは、ペテルブルグ周辺については大分詳しくなったが、全体的な知識が不足している。
一応欧州の地図自体は頭に入っているが、それぞれの国の部隊についてまで習熟しているわけではない。特にHMWは他国との共闘よりも自国の防衛という任務に特化した部隊だ。逆に言えば、ブリタニア国内とそれ以外の地域で知名度に此処まで差のある部隊も珍しいのだが。
それに比べると、勉強熱心な美也は、欧州に渡る前に独学で欧州情勢を学んでいた。
無論、自分がいずれそこで戦うであろうことも踏まえてだが、半分は欧州のウィッチ達に興味があるからでもある。
その他にもこっそりプロマイドを集めたり、ウィッチの記事をスクラップしたり。著名なウィッチにサインをもらおうとノートとファイルを一冊ずつ荷物に忍ばせてきたものの、任務に追われてそれどころではなかった。
だが、その時の知識はこうして時折役に立ったりもする。
「いえいえ、扶桑にも私達の事を知っている方がいるだけで光栄っす!!」
だが、エッタは美也が自分の部隊を知っている事を素直に喜んでいるようだ。
「まさかこんなところで統合戦闘航空団の皆さんにお会いできるとは思ってもみなかったっす。もしよければ後でサインとかもらっていいっすか?部隊の皆に自慢……」
「ちょっとエッタ、何でここにいるのよ!!」
一方、ようやく硬直から立ち直ったジェシカがエッタに怒鳴る。
無理もない。ジェシカが一時期、ブリタニアの亡命義勇ウィッチ隊に出向させられていた頃からの知り合いで、ずっと僚機を務めていた少女だ。その後、パリへ移籍になるときにも無理やり引き抜いた。
同じく引き抜いた副官のアラーナと共に、最も親しかったウィッチの一人でもある。
「あ、久しぶりっす、隊長。いえ元隊長っすかね」
「アンタの基地は隣でしょ?」
ファラウェイランド訛りの強い小柄なウィッチのからかうような言葉に、ジェシカが不機嫌そうな表情を浮かべる。
エッタ……ヘンリエッタを亡命義勇ウィッチ隊からHMWの本隊に引き上げたのは、ジェシカの口利きだ。それなのにこの言い草。
この恩知らず、とでも言いたげな顔を浮かべるジェシカの顔を見、苦笑を浮かべるエッタ。
「まぁまぁ。うちのお優しいドロレス隊長が、『元』隊長の様子を見てきてほしいって私にお願いしてきたっすから、仕方なく来てやったっす」
エッタは先日のガリアでの『壁』との戦闘後、パリの第二航空団からタングミーアの第一航空団への移籍が決まった。部隊が違うので、今は隊長ではなく『元』隊長だ。
ついでに階級も一つ上げ、今や中尉である。
『壁』の撃破に貢献したジェシカは部隊も階級も据え置きなのに対して、この処遇はどういう事か。
「ふぅん。私が弱ってるのを見るのがそんなに楽しい?」
「弱ってるかと思って期待してたらピンピンしてるじゃないっすか。もっとこう俯いて涙を流してるかと思ってたのに、拍子抜けっす」
「そんなのイヨだけよ。貴女、そんな悪趣味だったかしら?」
どうやらかつての僚機も第一航空部隊のブリテン気質に毒されてきているようだ。
「どこかの誰かさんのお蔭っす」
「ドロレス隊長ね。あの人、ああ見えて執念深いのよ」
「そう言うところっすよ、元隊長」
ジェシカの言葉にエッタが苦笑を浮かべる。一応心配はしていたのだが、いつも通り過ぎるほどいつも通りな様子に、ほっとすると同時にこの人はぶれないなぁ、と妙な関心をしてしまう。
勿論感謝はしているのだ。だが、それ以上にジェシカの無茶に振り回されてきた。
むしろ、変に気を使うとすぐ調子に乗るので、ちょっと悩んでいてくれるくらいで丁度いいのだが、鋼のようなメンタルで、ちょっとやそっとで凹んだりはしない。
「昔隊長の秘蔵のスコッチを皆でこっそり飲んだのを根に持ってるに違いないわ」
「そんな事までしてたんっすか。混ぜて欲しかったっす」
「エッタがいない頃の話よ」
「だからこそっすよ」
ふぅん?と首を傾げるジェシカを見て、相変わらず馬鹿な人だなぁ、と苦笑を浮かべるジェシカ。
だが、馬鹿だからこそ裏表がない。そして、どんな苦境も笑って跳ねのける事が出来る。
そんな彼女の僚機だったからこそ、無鉄砲だった自分も少しだけ、落着く事が出来た。
どんなに無鉄砲でも、ここまで馬鹿にはなれないと悟ったから。
「募る話はあるだろうが、用事を済ませてもらえないか?」
ゼムケの言葉にエッタはこほん、と一つ咳ばらいをし、改めて向き直る。
「失礼したっす。そのドロレス隊長から伝言を届けに来たっす。ええと……」
そういってごそごそ、とポケットの中からしわだらけになった便箋を取りだす。
「すぐそこにいるのにわざわざ手紙?」
「今まで何でこの基地とタングミーアが距離を置いていたかわからないっすかね」
はぁ、とため息をついてエッタが手紙を読み上げる。
「『久しぶりです、ジェシー。古い貴女の友人たちの具合はいかがですか?すぐ近くに居ながら、困っている貴女を助けに行けない代わりに、せめて手紙を送ります』」
「手紙じゃなくてもっと別のモノが欲しいわね。具体的には紅茶とか、最高級の紅茶とか」
「黙って聞くっす。ええと、『勿論、貴女は手紙だけじゃ満足しないでしょう。このタイミングになって申し訳ないのですが、ようやく貴女の分が届きました。今頃そちらのハンガーには貴女のスピットファイアMk-22が』……え?」
その言葉にジェシカも、そしてゼムケやその場にいたウィッチ達も、ついでにエッタも驚きの声を上げる。
「Mk-22!?最新鋭じゃない!!」
スピットファイアMk-22。
既存のスピットファイアに2000馬力級の最新鋭魔導エンジンのグリフォンを積み、速度と航続距離を飛躍的に上昇させたブリタニアの最新鋭機材だ。
「ええと、それってどのくらいの凄いんですか?」
「そうだね。カールスラントの今一番新しいユニットがFw-190のD-9型で、Mk-22はそれと同じくらい新しいかな」
ひかりの言葉にヴァルトルートが答える。カールスラントのウィッチの中にはFw-190よりBf-109を好むものもいるが、格闘性能以外の基本的な性能や扱いやすさで言えばFw-190の方が上だ。
「扶桑で言えば紫電改ってところだ」
直枝が呟く。
実際には零式の54型の方が近いのかもしれないが、実用性や性能で言えば、スピットファイアそのものの限界性能も踏まえ、格闘性能と航続距離を除けばMk-22の方が性能そのものは遥かに上だ。
「どうして大尉が受領するんっすか!?第一部隊でもまだ配属が済んでないのに!!私ですらつい数日前に受領したばかりっすよ!!」
「何でエッタまで驚いてんのよ?」
「ドロレス隊長にジェシカの前で読むまで手紙は開けないようにって言われてたっす」
むす、と口を尖らせるエッタ。
「ていうか、アンタ、私より先にMk-22を受領って……」
「あーっ、聞こえないっす!!続きっす続き!!『Mk-22を届けます。Mk-Ⅸとは違い癖があるユニットですが、性能は折り紙付きですよ。後、そこにいるエッタを任務が終わるまで置いておきます。手続きは済んでいるので、存分にこき使ってください』……えっ?」
そこまで読んで思わず首を傾げるエッタ。
「……何を言ってるんっすかね?ドロレス隊長。ブリタニッシュジョークはファラウェイランド出身の私には難しすぎるみたいっすね……」
「何かもう一枚あるわよ?」
その言葉にエッタが手紙をめくる。
そこには、エッタの転属書がドロレスの綺麗な文字で書かれていた。
「……えぇと」
二度三度と読み返しても、文面に変化はない。ゆっくりと顔を上げると、そこには満面の笑みを浮かべたかつての……否、たった今再度長機となったジェシカの顔があった。
「……久々にロッテが組めるわね。ウイングガール」
「……うっす」
「統合戦闘航空団とも一緒よ。良かったわね」
「……うっす」
「それじゃあこの転属書は預かるわ。ゼムケ大佐、どうぞ」
「……うっす」
硬直したエッタの手から転属書を抜き取ると、苦笑を浮かべているゼムケにそれを渡す。
まるで新しいおもちゃを見つけたような目でエッタを見つめるジェシカ。
「新しい機体とかつてのウイングガール。ドロレス隊長も粋な計らいをしてくれるわね」
先程とは一転、ジェシカは機嫌がよさそうだ。
「おい、そのうっすうっす言ってる奴、腕は確かなんだろうな?」
直枝がジェシカに尋ねる。ジェシカの腕に関しては、先刻『人型』を一人で撃墜したらしいので問題はないだろうが、『人型』相手に中途半端な援軍では逆にお荷物だ。
「エッタはブリタニアの亡命義勇ウィッチ隊出身よ。その中じゃまぁ、5本の指に入るくらいかしら」
そういってぽんぽん、とエッタの頭を叩くジェシカ。
ブリタニアの亡命義勇ウィッチ部隊は、ファラウェイランドやアウストリウス等、ブリタニア連邦傘下の諸国からの義勇部隊と、オストマルクやベルギカ、ダギアなどのネウロイに侵攻された欧州からの亡命部隊の混成部隊だ。
義憤に駆られて海を渡り、或いは祖国を取り戻すために立ち上がったウィッチ達の士気は高く、また、陥落した各国のエースも集まっているため、HMW本隊と比べても遜色のない実績を誇る部隊だ。その中でもエッタは一貫してジェシカの僚機についていた。
気心の知れたウィッチは、ジェシカにとってはこの上ない援軍である。
「何でっすか……ドロレス隊長……ひょっとして、お茶の時間にファラウェイランドの父から送られたコーヒーを出してみたのが悪かったんっすか……?」
一方、お茶目なサプライズに付き合わされたエッタがこの世の終わりの様な目をして呟く。
「ま、そういう事ならよろしく頼むよ。エッタちゃん」
「うっす……エッタちゃん……!?隊長!!元隊長!!今あのクルピンスキー中尉が私の事エッタちゃんって!!」
ヴァルトルートの言葉にはっと顔を上げ、ジェシカへと感動の視線を送るエッタ。
かつてヴァルトルートと直枝、そしてひかりに助けられた船団護衛HMW所属のウィッチの喧伝により、タングミーアのHMWのウィッチ達の中ではヴァルトルートはまるで憧れの王子様……伯爵様的な扱いを受けている。
何しろ、見てくれだけは完璧なのだ。背の高い男装の麗人といった面持ちのヴァルトルートのブロマイドはいきなり口説いてきたり、ユニットを壊したりはしない。
HMWのトシゴロの乙女の勝手な空想が独り歩きし、完璧な伯爵像が出来上がりつつあるとは、まさかこの場にいる誰もが想像の出来ない事だろう。
きょとんとしているヴァルトルートがそのことを知れば、大喜びで『隣の基地』に飛んでいこうとするだろう。
最も、そんなことがエディータの耳に入った時、どうなるかは火を見るより明らかだろうが。
「はいはい。ま、ロッテを組むのは中尉じゃなくて私だけど」
「うっす、いいところ見せるっす。元隊長、サポート頼むっす」
「サポートするのはあんた。それに、今は『隊長』よ」
「どっちでもいいっす!!」
ぐっと拳を握りしめるエッタ。
「ブリーフィングまでは時間がある。それまでは自由にしていて構わない」
「じゃあ、お言葉に甘えて。談話室って空いてます?」
「好きに使えばいい」
クルピンスキーの言葉にゼムケが頷く。
「私も色々話が聞きたいっす」
「アンタはハンガーよ。付き合いなさい」
「嫌っす!!あっ嫌襟引っ張らないでほしいっす!!力、力強……っ!?」
ジェシカに無理やり襟をつかまれ、ずるずると引きずられていくエッタ。
「……大丈夫かあいつ等……」
そんな様子を見ながら、ぽつり、と直枝が呟いた。
ー3ー
1130 ウェストハムネット基地 第二格納庫
「夜逃げの準備ですか?二人とも」
背後からかけられた言葉にオヘアとビューリングが振り返る。
ストライカーユニット用の隣に設けられた航空機用のハンガーの一角で、オヘアとビューリング、それに『クラッシャー・オヘア号』の搭乗員たちが積み荷を外に運びだしている。
「それも良いな。軽くなれば速度も上がる。『人型』なんぞに構ってられるか。私は逃げる」
「違うねウルスラ、これはただのガレッジセールの準備ねー」
てんでばらばらな返事にウルスラが肩を竦める。
この二人にコンビネーションなど期待できない。下手をすると義勇独立飛行中隊の中で最も相性が悪い二人だ。
オヘアの言葉通り、『クラッシャー・オヘア号』の脇には積んでいたと思われる荷物が山積みにされ、搭乗員たちが更に中身をそこに積み上げている。流石に過積載なのでは。
「まあ、どちらでもいいです。オヘア」
「ホワット?」
じとり、とした目を眼鏡越しに向けられ、オヘアが首をかしげる。
「変な事考えないでくださいって言いましたよね?」
「言ってたねー」
「……では、何故?」
「ミーは考えないとは言ってないねー。それに変な事じゃないねー。これは……」
「あー!!やっぱり集まってたじゃないですかー!!」
弾むような声にオヘアが言葉を止め、代わりに小さなため息をつく。
「……やっぱり来たね」
どういうわけか縁は重なる。ビューリングと会い、ウルスラとも会ったとなれば、同じ基地にいるはずのハルカとも会わない筈がない。
「もう、水臭いじゃないですかオヘアさん、ウルスラさん。ビューリングさんも。折角同じ基地にいるのに、どうして会いに来てくれないんですか?」
「さっき会いましたから。もう会う必要はないと思って」
「私も見かけたぞ。息を止めて気配を殺していたが」
「そういうところですよ、二人とも!!」
そっけないウルスラとビューリングの態度にハルカが頬を膨らませる。
「それで、何の用ね?」
「4人ですよ、4人。4人も集まったんです」
相変わらずハルカの話は唐突というか、脈絡がない。まあ、そうでなければハルカではないのだが。
「何だ?再開を祝してのパーティでも開くのか?私はごめんだ」
「ミーもね」
「私も。明日の準備もありますので」
「違いますよ。この面子でそんな事してもお通夜みたいになるだけじゃないですか」
流石にハルカも首を振る。この面子の事をよく理解しているのだ。
「では、何故?」
「今から祈りましょう」
ハルカが唐突に意味不明なことを言い出した。
「……何か悪い宗教にでも嵌ったね?」
気味が悪そうな顔をする3人を見て、ちがいますよ、とハルカが首を振る。
「智子大尉を呼ぶんです。私はいつも夜空を見上げて智子大尉が現れることを祈っていますが、一向に現れる気配がありません。でも、奇跡的に昔の仲間が4人。4人分の祈りなら、きっと智子大尉にも伝わるはずです」
「想像以上に訳の分からない用だったね」
「ああっ!!智子大尉、智子大尉!!聞こえますか!?ハルカはここです!!ここで貴女を待っています!!届け!!扶桑の智子お姉さまに届け!!この思い!!」
「今頃くしゃみしてるねー」
ハルカを無視し、オヘアが呟く。
「それならまだいいです。突然倒れたりしてないでしょうか?」
「あり得るな。私もとっととくたばるように念の一つも送ってみるか」
「ちょっと、真面目にやってください!!」
ここまでふざけたことをしておきながら真面目とは。
呆れたように煙草に火をつけるビューリング。それを見咎め、ハルカが口を開く。
「相変わらず煙草は止めないんですね」
「何故止める必要がある。健康の為だというのなら聞かないぞ」
「キスした時煙草臭くなるじゃないですか」
「それが良いという奴もいる」
「少数派です」
「もしトモコがその少数派なら?」
「吸います」
即答するハルカ。
「……少数派なんですか?智子大尉」
「知るか」
本当ですか?本当ですよね、と呟きながらも、ハルカが積まれた荷物へ目を向ける。
「……これ、うちの部隊で頂けるんですよね?」
「イエス。そのために持って来たね」
「何で運び出してるんです?」
「色々事情があるね」
「502の人達に何か言われました?」
「ノー。まだ会ってもいないねー」
本当ですかぁ?と疑わしそうな眼を向けるハルカ。
例えそうでなくても、彼女達の手が届くところにこれを置いておくのは不味い気がする。
「積み荷が不思議な動きをしてペテルブルグに行くことがあったら困るんですけど」
「心配ないね。『この荷物』は、きちんとカウハバに送るねー」
そう言って積み荷の木箱の山をぽんぽん、と叩くオヘア。
「……さっきの話の続きですが、オヘア」
ウルスラが口を開く。一体何故、オヘア達はわざわざ積み荷を運び出しているのか。
「……ウルスラ、今回の作戦、成功すると思うね?」
「作戦内容は機密事項です。お二人は知らないはずでは?」
「そうだ。オヘアは知らん。だが、私は一応関係者だ」
一応まだ軍属であり、ジェシカと同行しているという建前になっている。加えて、人型ネウロイとのかつての戦闘の関係者である。機密保持の対象どころか、本人そのものが機密事項なのだ。
「ミーは心配ね。ミーを護衛してくれた子も怪我したって聞いたね。きっと痛かったねー」
「それは……」
その言葉にウルスラが僅かに目を伏せる。
信乃の負傷に責任を感じないわけではない。
むしろ、自分の見通しが外れたからこそ、ジェシカ達に無理をさせてしまった。
信乃の負傷に関しても、ウルスラには責任があるかと言えば、そうではないだろう。想定外の事態ながら情報を収集し、当初の作戦通り全員戻ってこれた。ウルスラが一番に離脱したのも、目的が調査であったため、当然の判断だ。
他に手段はなかったし、他の手段ではもっと被害が大きくなっていたはずだ。
作戦と、それに伴う各自の行動は間違ったものではない。
だが、正しい事をしたからと言って何も思わないところが無いわけではない。
「……次の作戦は、必ず成功させます。オヘアが心配する必要はありません」
「心配なのはそこじゃないねー」
苦笑を浮かべるオヘアがぽん、と、ウルスラの頭を叩く。
あの時から背は伸びたが、さらさらとした金髪の感触は変わらない。
そして、何故撫でられたか解らず、きょとん、と見上げる表情も。
「お願いがあるね、ウルスラ」
真っ直ぐ見つめてくるオヘアに対し、ウルスラが口を開く。
「嫌です」
「せめて話をきくねー」
「嫌な予感しかしません」
そう言い放ち、その目にジトっとした目を向けるウルスラ。
そう。どういうわけか、ここにいるのは皆『いらん子中隊』なのだ。
嫌な予感がする。否、嫌な予感がしない訳がない。