チリチリするの   作:鳩屋

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2-18.Sworn to avenge

「凄い人数ですね……」

 感心したような、驚いたような声でぽつり、とひかりが呟く。

「流石リベリオン。物資だけじゃなくて、ウィッチの数も圧倒的だね」

 ヴァルトルートがそう言って周囲を見渡す。大学の講堂のような雰囲気のブリーフィングルームには、502や507も含めて数十人のウィッチが集まっている。

 殆どがリベリオンの56FGのウィッチ。だが、数人別の制服のウィッチが混じっている。

 その一人はこの場で堂々とど真ん中に居座り、周囲のウィッチ達の視線も気にならないとばかりにその場にふんぞり返っている。

 ジェシカである。

 その隣には、消え入りそうに身を竦ませながらちょこんと座っているエッタ。どうやら上官に無理やり同行させられたらしい。

「……すげぇなアイツ」

「直ちゃん、エッタちゃんと変わってあげたら?」

「お前が行け。女共の注目浴び放題だぞ」

「見られるだけなんて嫌だよ。ボクはお話がしたいんだ」

 502と507のウィッチ達は一番後ろの席の一角に、並ぶように座っている。というよりも、そこしか空いていなかった。席は殆ど固定されているのだろう。後から来たリベリオンのウィッチ達は、ジェシカとエッタに席を取られた二人のウィッチ以外は、皆迷うことなく席についた。

 途方に暮れていたウィッチ達は仕方なく直枝のすぐ隣に座っている。前に座っているエッタ同様、ものすごく居心地が悪そうだ。

「何となく第22飛隊を思い出しますねぇ……」

 ぽつり、と呟いたのはハルカ。スオムスのアホネン大尉が率いていた部隊である。

 同じ国のウィッチだけで構成された部隊というのは義勇独立飛行中隊一筋だったハルカにとって殆ど馴染みがない。何しろその部隊から追い出されてきたのだ。

 そういった正規の部隊でも、スオムスの第24戦隊ではなく第22戦隊を思い出したのは、第24戦隊が所謂エースの集まりだったのに対し、第22戦隊は優れた隊長に従う事で結果を出す統率のとれたウィッチ達の集まりで、この部隊の空気はエース部隊というよりそちらに近いからだ。

 規律を重視し、大人数を生かした一撃離脱を徹底させることで部隊全体で成果を上げる姿勢はリベリオンの部隊とは思えないが、一定の成果を出しつつ、なるべく若手を失わないようにするには良い方法だ。

「美也、きょろきょろしない」

「は、はいっ」

 ヴェスナの言葉に頷きながら、美也は何となく佐世保の予備学校を思い出していた。

 教室を思わせるブリーフィングルームも相まって、筆箱とノートを持っていれば今から授業が始まるといわれても納得してしまいそうな雰囲気だ。

 いうなれば自分たちは急にやってきた転校生。そんな雰囲気の中でも自分以外は皆落ち着いている。

 自分と同期だったあのひかりですら、興味深そうにしてはいるものの気圧された様子はない。欧州での経験故か、それとも単に図太いだけか。

 学校の記憶を遡ると、何となく後者な気もする。

「傾注」

 その言葉に部屋の空気が凛、と静まる。音もなく立ち上がるリベリオンのウィッチ達に合わせて、客人であるところのJFW所属のウィッチ達も立ち上がる。

 静まった部屋の中、こつこつ、と3組の音が響く。一人はこの基地の責任者であるエイカー准将、もう一人はゼムケ大佐。

 そして、最後の一人はウルスラ・ハルトマン中尉。ヴァルトルートの友人でもあり元同僚のエーリカの妹だ。

 ゼムケが中央に立ち皆に向き直ると同時に一糸の乱れもなく一斉にリベリオンウィッチ達が敬礼を行う。リベリオンの部隊とは思えないほどの規律の高さだ。慌てて直枝達も敬礼を行った。

「座れ」

 ゼムケの言葉に席に着くウィッチ達。

「突然の飛行中止に驚いた事だろう。腕は鈍っていないか、ベッカ」

 その言葉に前列の方に座っていたウィッチがイエス、マム、と一言答える。

 この部隊では作戦会議中、許可を得ない発言は一切禁止されている。唯一、肯定を除き。

 よろしい。とゼムケが一つ頷く。ホームワークの確認のようなやり取りの後、ゼムケが口を開く。

「これから話すことは機密事項が含まれる。先刻配られた書類にサインをしていない者は退室するように」

 無論、部屋を出るものはいない。直枝達も指令室で一筆書かされた。

 緊張の度合いが高まったブリーフィングルームの中、ゼムケが口を開く。

「ここ最近、6人の仲間たちが相次いで行方不明になった事は知っているだろう。オヘア女史の輸送任務の失敗も」

 あちこちでウィッチが頷く。

「ここ数日の調査と検証により事態の把握が進んだ。諸君らも勘付いているだろうが、原因はネウロイ……『人形』のネウロイだ」

 その言葉にブリーフィングルームのウィッチ達が困惑した表情を浮かべる。

「詳細は秘匿さていたらしいが、6年前……1939年の時点で、既にスオムスで確認されていた。詳細は私ではなく、当事者からだ」

 そこで言葉を切り、ゼムケが後ろに下がる。部屋の明かりが落とされ、代わりにウルスラが前に立った。

「ここからは、私が説明します」

 そういうとウルスラは皆に向かって口を開いた。

「初めまして。私はカールスラント技術省所属のウルスラ・ハルトマン中尉です。今は技術者ですが、6年前、私はスオムスの、義勇独立飛行中隊に所属するウィッチでした」

 ハルトマンという名も、義勇独立飛行中隊という部隊名も、少し勉強をしているウィッチならよく知っている。前者はグレートエース、後者は統合戦闘航空団の先駆けとなったウィッチ隊だ。この場にいたウィッチ達も、多くがその名前を知っている。

「『人型』と接触したのは、スオムスのヴァルチラ基地においての任務中の事です」

 そして、ウルスラはかつてあった人型との戦闘について語りだす。

 その内容はかつてジェシカ達を前に指令室で話した内容とほぼ同じだ。501の遭遇した人型、そして、『シリンダー』。今まで秘匿されてきた人型ネウロイの情報に、その場にいたFG56のウィッチ達の表情に驚きの色が広がっている。

 私語は禁止されているが、口を押えたり目を見開いたりと、リベリオンのウィッチ達が驚愕する様子は、無言の中でも伝わってくる。

「……この度、北海に現れたネウロイも、この人型に連なるタイプだと考えられますが、一部、あるいは決定的に異なる点もいくつかあります」

 そういうと、あからじめ用意されていたスライドの光がウルスラの背後の壁面を照らす。

 手にしたフィルムを一枚、一枚とセットし、口を開く。

「便宜上、このネウロイを『セイレーン』と呼称します」

 セイレーン。

 欧州の古い神話に登場する、美しい歌声で船乗りを惑わし、岩礁に誘導して船を座礁させる魔物の名称だ。

 ウルスラがかろうじて撮影していた数枚の写真は、美しい人魚の姿と伝えられるセイレーンとは似ても似つかない。

 下部をハニカム模様のパネルに覆われた巨大なコア。

 駆逐艦の艦橋を半ば押しつぶすような形で、いくつもの触手のようなネウロイの一部が甲板や砲塔、駆逐艦の様々な部分に突き刺さっている。

 船を侵食した寄生虫のようなその異形の姿は、かなり離れた撮影地点からの写真でもそのグロテスクさが伝わってくる。

「このネウロイが操る人型は、今まで確認されているものと形状が異なります」

 そういうと、ウルスラが自ら見たものを描き起こした概要図をスライドに映し出す。

「……『人型』ってより『人形』だ」

 ぽつり、と直枝が呟く。

 扶桑に伝わる、人の形を模して厄を祓う、紙で人を模した『人形』。偶然かどうか、その形状はそれに酷似していた。

「このネウロイは、半人型の子機……『人形』を使用し、ウィッチを操って自らの元に呼び寄せます。そして……」

 そういうと、ウルスラは手にした棒でコアを指して一言。

「自らのコアに、取り込みます」

 よく見ると、コアの中に点々と黒い影が見える。遠目ではよくわからないが、よく見ると人の形に見えるものもある。

「……」

 痛いような沈黙がブリーフィングルームを包む。

「嘘よ……」

 その静寂を破ったのは震えるような、まだ幼い小さな声。

 ウィッチ達が声のした方へと目を向ける。

「嘘よ……それじゃあキャロルは……もう……」

 直枝の斜め前に座ったウィッチが呟く。見たところ、12、13くらいだろうか。

「落ち着きたまえ。マクレガー軍曹」

 窘める様に、だが、その気持ちを憂慮するようにエイカーが口を開く。

「……イエス……イエス、サー……」

 部隊に配属されて間も無いのか、傷一つない階級章をつけた少女が、その言葉に肩を震わせながら口を閉じ、横にいた先輩らしき少女が、無言のまま慰めるように肩を抱きしめる。

 そんな中である。

「……おい。いいか?」

 重い空気を破ったのは、ぶっきらぼうな少女の声。

 502統合戦闘航空団。ブレイブウィッチーズに所属する菅野直枝少尉が手を上げながら口を開く。

 ちらり、とウルスラがゼムケを見る。ゼムケに咎める気配はない。

「どうぞ、菅野中尉」

「『人形』の数は?」

 直枝の質問にウルスラが口を開く。

「ジェシカ……ジョンソン大尉達が交戦した際は一体のみと聞いています。ですが」

「オレ達の時は二体いた」

 直枝の言葉にウルスラも頷く。

「……はい。『人型』が複数目撃されたケースは何度か確認されています。今回もそれに準じた警戒が必要です」

 その言葉に直枝が口笛を吹く。重苦しい空気を吹き飛ばすような、軽やかな音だ。

「そりゃいい。おい伯爵、一体はくれてやるぜ」

 その場にいたウィッチ達が驚いたように顔を上げる。まるで空気の違うその言葉に、先程まで涙をこらえていたウィッチも目を丸くして振り返っている。

 その言葉にヴァルトルートが思わず口元に苦笑を浮かべ、許可を待たずに口を開く。

「一体だけ?少なくない?」

「獲物は仲良く分け合うのがオレ達ブレイブウィッチーズのやり方だろ?」

「えぇ……どの口が……」

「聞こえてんぞひかり」

「聞かせているんです、菅野さん」

「……取り込む以外に何か攻撃は?」

 502流のジョークの応酬を無視してヴェスナが尋ねる。

「私たちが接触した際は特に動きはありませんでした。しかし、可能性はあります。例えば、ネウロイを生み出す能力。『人形』以外の攻撃型ネウロイを生み出せる可能性は高いと思われます。当然、それ以外の攻撃もです」

 輸送機の護衛の失敗の際には通常型のネウロイも同時に現れた。

 フランを操り連れ去ろうとする動きに連動していた以上、このコアが生み出した可能性は高い。

 それに、1943年にスオムスに現れた人型及び『シリンダー』は、人型を出している時は攻撃を停止し、人型を回収した時に攻撃を行っている。ネウロイを生み出す他に、直接的な攻撃手段を持っている可能性は高い。

「『人形』が出ている間は攻撃が止むという事かもしれませんね。これは猶更、ヴァルトルートさんたちには頑張ってもらわないといけません」

 そう言うヴェスナの表情にはうっすらと笑みが浮かんでいる。502の毒気に当てられたのか、揶揄うような切れ長の視線に、直枝が肩を竦める。

「……おい伯爵。お前の後輩だろ。何とか言えよ」

「私からも」

 ハルカが手を上げる。

「何で『セイレーン』は海の上でも平気なんですか?」

「この写真と、私とジョンソン大尉の目視から推察すると、船体部分まではネウロイ化していないと考えられます。艦橋と甲板、内部の機関部分だけを取り込み、そのほかの部分をそのままにしておけば、ネウロイでも理論上は海上の移動は可能です」

 そう言って再度ネウロイの写真をスライドで映し出す。

「写真と照合したところ、船体部分はリベリオン海軍所属のキャノン級護衛駆逐艦『エルドリッジ』。半年前のガリア解放の直前、ドーバー海峡で消息を絶った同艦と船体部分が一致しました」

「駆逐艦ごと乗っ取られたという事ですか」

「そうです」

 意外とまともな質問に美也が意外そうな顔をしている。

「ですが、浮力や動力を船に頼っている以上、その速度は速くとも30ノット程度。いざとなれば船の部分を狙えば、『セイレーン』は海上から離れざるを得ません」

「あのっ!!」

「お前は黙ってろ」

 ついでとばかりにひかりが手を上げるのを見、直枝が眉を顰める。

「何ですか?雁渕軍曹」

 ウルスラの言葉にほっとしたようにひかりが口を開く。

「あの、『セイレーン』は、何で人を取り込むんですか?」

「現時点では不明です」

 直枝が無言でひかりの足を蹴飛ばす。それほど力を込めていないが、ひかりはむっとした表情を浮かべて直枝を睨みつけようとする。

 だが。

「ですが、いい質問です。仮定や推測は可能ですが、確信には至っていません。むしろ、それは私も知りたいところです」

「どうせろくでもない事に決まってる」

「私もそう思います」

 直枝の言葉に頷き、ウルスラが皆を見渡す。

「今までネウロイからの人類に対しての接触は、一方的かつ悪意のあるものでした。今回もそうです。ウィッチを取り込むことの目的は不明ですが、目的を理解するよりも先に、一刻も早くこの海域から消し去ることの方が重要です。雁渕軍曹」

 最後の言葉はひかりに向けてのものだ。その意図を理解したのか、はい!!とひかりが力強く頷く。

「現時点で把握できている情報は以上となります。他にも何か、我々の想像もしていない事態があるかもしれませんが……」

「それでも、敵はネウロイで、コアはコア。破壊すれば死ぬ。むしろ、的が大きいのは好都合だ」

 ウルスラの言葉を待たず、強く、張りのある声がブリーフィングルームに響く。

 立ち上がったゼムケがゆっくりと前に進み出る。

「コアの位置がわかっているのなら、そこに向けて銃弾と爆弾を叩き込め。粉々に砕け散るまで何度も繰り返せ。連れ去られそうになった仲間は羽交い絞めにしてでも助け出せ。邪魔をする『人形』は……」

 そう言ってゼムケが直枝達の方を見る。一人一人を見つめ、一言、口を開く。

「頼めるな?統合戦闘航空団の諸君」

「勿論ですよ。マム」

 ゼムケの言葉に皆を代表し、ヴァルトルートが答える。

「もたもたしてると、ボク達がコアまで潰してしまいますよ?」

 口元に浮かべた笑みは、いつものそれとは違う、カールスラントのグレートエースの見せる、美しくも獰猛な笑みだ。

 部屋に明かりがともり、皆の顔が照らされる。

 そこに見えるのは、怯えではなく、僅かな闘志。

 確かに彼女たちはまだ経験は浅い。だが、味方を信じ、隊長を信じたからこそ困難な任務を成し遂げてこれた。

「諸君、確かにこれは困難な任務だ。だが、決して不可能な任務ではない。我々は今までも不可能と思われる任務にあたり、そして、それを遂行してきた。バトルオブブリタニア、大ビフレスト作戦、ダイナモ作戦。そして、先日のガリア解放戦。その全てにおいて、我々もまた、困難な作戦を乗り越えてきた」

 主力となったHMW、JG52、そして501JFW。その裏では彼女たちのような多くの名もなきウィッチ達がその脇を、後ろを支えてきた。

「それに、この戦いは連れ去られた6名。キャロル。ジャニス。ベス。アマンダ。ニーナ、リズ。そして、駆逐艦に、輸送機に乗り組んでいた勇敢な同胞たち。この戦いは、彼女ら彼らの魂に、そして、祖国に捧げる復讐の戦いだ」

 ゼムケの言葉の一つ一つ、そして、仲間たちの名前が一人一人の呼びあげられる度、部屋の熱気が、ウィッチ達の瞳の力が徐々に高ぶっていく。

「無念を晴らせ。そして思い知らせろ。『群狼』は仲間を奪った者を決して許さないという事を」

 その言葉に56FGのウィッチ達が、『ウルフパック』が一斉に立ち上がる。

 ブリーフィング中の私語は禁止されているので皆無言だったが、もし許されるのであれば今にも拳を突き上げ叫びだしそうな雰囲気だ。

「作戦開始は明朝0700。ユニットの点検を済ませろ。よく食べよく休め。明日は総力戦だ。『群狼』の銃声と爆撃で北海に響く『サイレン』をかき消せ。蹂躙された魂と誇り、そして北海を我らの手に取り戻せ」

 さながら野生の狼の群れの咆哮のような『了解(イエス・マム)』の声がブリーフィングルームに響き渡る。ウィッチ達は部屋を飛び出し、ハンガーへと向かっていく。

 叫び声を上げるもの、思い切り拳を突き上げるもの、仲間の背を力いっぱい叩くもの。皆思い思いの方法で自らを鼓舞して部屋を飛び出していく。

「……あの!!」

 直枝達に声をかけてきたのは、先程思わず声を上げてしまった新人ウィッチ。マクレガーと呼ばれていた少女だ。

 その瞳はわずかに潤んでいるが、迷いのない強い視線で直枝達を見つめる。

「明日は、よろしくお願いします!!」

 その言葉に皆が笑みを浮かべる。

 お前もな、と突き出す直枝の拳に、力強い笑みと共に小さな手に握った拳を力いっぱい叩きつけ、先輩のウィッチ達に交じって部屋を飛び出していった。

 

ー2ー

 

 ウルスラとエイカーもその場を去ると、後に残ったのは壇上の3人とジェシカ、そして直枝達統合戦闘航空団の面々だ。

「まるで大統領の演説ね」

 ぱちぱち、と手を叩くのはジェシカ。

 まだ経験の浅い新兵をまんまと担ぎ上げ、恐怖と悲しみを怒りと勇気に変えた。これがゼムケという隊長の資質だろうか。

「……茶化すな、大尉」

 肩を竦めるゼムケ。先程までとは違い、やや肩から力が抜けた雰囲気だ。

「奴等はまだ若い。心の持ちようで出来ること、出来ない事が大きく変わる。おびえて萎縮していては普段の訓練の成果の半分も発揮できん」

 小隊規模と中隊規模、中隊規模と大隊規模では上に立つものに求められる資質は異なる。

 これだけの人数の、それも若手のウィッチばかりの大所帯をまとめるためにも、新兵からは恐れられるくらいで丁度良い。

「君達にも感謝する」

 そう言い、直枝達へと向き直るゼムケ。

 若手達の動揺を察し、敢えて大したことのない敵のように振舞う事で萎縮していた空気を変えた。

 空気が読めなかったのではなく、敢えて空気を読まずに違う方向へと持って行った。

 その点では、流石はベテランである。

「先行しての小型及び『人形』の露払い。期待しているぞ」

 既に統合戦闘航空団側との打ち合わせは済んでいる。『セイレーン』のコアを破壊するための装備に換装したP-47は格闘戦には向いていない。

『コア』に近づくための血路を切り開くのが直枝達の仕事だ。加えて相手には『人型』に似た『人形』も混じっている。その厄介さは一度戦闘を経験した直枝達には痛いほどわかっている。

 口で言う程簡単な任務ではない。だが、ヴァルトルートの顔にはうっすら笑みが浮かんでいる。

「輸送機が北海を渡れなければボク等も帰れないからね。それに……」

「それに?」

「あんな沢山の可愛い子ちゃん達の前で活躍すればきっと皆ボクに夢中だよ」

 いいよね、リベリアンガール。欧州の子達ともまた違って開放的な感じでさ。

 またかよ、という表情を浮かべ頭を押さえる直枝。

 その脇ではヴェスナが物理的に刺さりそうな程冷たい視線を送り、わかります、とハルカが鼻息を荒くしている。

「言っておくがうちの部隊は恋愛は禁止だ」

「えぇ!?もったいない!!」

「そうですよ!!私ならそんなルール絶対に認めません」

「……貴女達のために必要になりそうですが」

 ぽつり、とヴェスナが呟き美也もこくこくと頷く。

「……うちの部隊にいる間だけだ。一人前になれば好きなだけすればいい。ルーキー共が技術を身に着ける前に訓練をおろそかにされては困る」

「まぁ、そうだけどねぇ……」

 ゼムケの言葉は最もだ。それに。

「……それに、そんな理由で落とされては、残された恋人が可哀相だろう」

 その言葉には流石のヴァルトルートも苦笑を浮かべて頭を掻く。そういわれてはぐうの音も出ない。

「その通りです。ええ、全くその通り」

「まいったなぁ……」

 そして、先程からヴェスナの視線がチクチク刺さっていたが、今の言葉で更に鋭さを増した気がする。怖い。

「大佐様……素敵、抱いて……」

 一方、頬を赤らめうっとりとした表情でぽつり、とハルカが呟く。

「恋愛禁止って言ってるでしょう。馬鹿なんですか?」

 上官に対しても遠慮のないヴェスナの言葉にひかりがあはは、と苦笑を浮かべる。

「ルールは破る方が燃えると思いません?ひかりちゃん?」

「思いません……」

 いらん子の面々ならまだしも、予備学校で素直な教育を受け素直に育ち、同じ部隊に何人も反面教師がいるひかりにその言葉は刺さらない。

「それに、一夜の関係なら恋愛ではなく快ら……」

「頼むからそれ以上はやめろ。扶桑全体が誤解される」

 流石に耐え切れなくなり直枝が後ろから口を塞ぐ。

「……まあ、扶桑のウィッチが変なのしかいないのはよく知ってるけど」

 ぽつり、と呟くジェシカ。

「きっとアンタが会った奴がおかしかっただけだ、ジョンソン大尉」

「ジェシカで良いわ。菅野中尉」

 直枝の抗議に肩を竦めるジェシカ。

 そういう直枝も普通のウィッチの基準からすると相当ぶっ飛んでいる。オレがコアをぶん殴ればいいとか言い出すウィッチがおかしくないわけがない。

 コアをぶった切ればいいと内心思ってたジェシカが言えた口ではないが。

「それに、そっちにも新人がいるみたいだけど、大丈夫?」

「美也」

「大丈夫です。無理は絶対にしません」

 ヴェスナの言葉にそう言って拳を握りしめる美也。

「だとよ。お前も見習え、ひかり」

 横目で無茶ばかりする相棒へ目を向ける直枝。

「三隅さんは優秀だから言われた通りに出来るんですよ。私はもっと頑張らないと……」

 こっちに来てすぐに共同とは言え撃墜を記録した美也と、実力不足であわや扶桑に送り返されかけたひかり。

 その実力は予備学校時代から知っているつもりだが、その後も、欧州に来てからもきっと自分に負けないくらいの訓練を積んできたのだろう。

「そんなことない。雁渕さんは今までもっと大変な状況を乗り越えてきたんだから、もっと自分に自信を持っても良いと思う」

「三隅さん……ありがとう」

 美也の言葉にひかりが照れたように頷く。

「二人とも。『人形』を相手に一人で行動をしちゃ駄目だよ。ひかりちゃんは直ちゃんに、美也ちゃんはヴェスナに必ず従う。これだけは必ず守る事」

 ヴァルトルートが再度念を押す。ブリーフィングの前から何度も念押ししてきたことだ。

 直枝とひかり、ヴェスナと美也は小型に集中し、一撃離脱に徹して決して深追いはしない。

 ヴァルトルートとハルカ、それと今回加わるジェシカは周囲を警戒し、もし『人形』が現れたらそれぞれ遊撃を行う。

「連絡は密に。少しでも異常を感じたら必ず無線を使う。ジェシカちゃん、エッタちゃん」

「私達は後ろから、ゼムケ大佐は上から全体を見る。絶対に背後は取らせないわ」

 本当は前に出たいが、連携を考えると自分たちがディフェンダーに回ったほうがチームとしては上手く連携できる。

「助かるよ」

 ヴァルトルートの言葉にも当たり前とばかりに肩を竦め、ぽつり、と呟くジェシカ。

「『あいつ』を倒すためなら、いくらでも手を貸すわ」

 信乃と伊予、フランの為にもだ。ジェシカが背負っているのは、HMWの看板だけではない。

 ここに至るまでに身を削った仲間たちの、親友達の誇りも共に背負っている。

 それだけは絶対に汚すわけにはいかない。タイムズ紙の独占インタビューには絶対に三人の名前を出してやらなくてはいけない。

 それだけはやめろ、と言われそうな決意のこもったその言葉に、ヴァルトルートも、そして、他のウィッチ達も静かに頷く。

「さて。食堂は士官用でも下士官用でもどちらを使っても構わない。談話室も解放してある。作戦開始までの間に十分英気を養ってくれ」

 ゼムケの言葉に皆が敬礼を返す。

 リベリオンの食事は味はさておき量だけは豊富だ。虫抑え程度の昼食しかとっていない皆にとって、味はともかく腹を大いに満たすことが出来るのは僥倖だ。

 特に、オラーシャ方面での前線では、ろくに食事がとれずなけなしの固いパンで数日の上を凌ぐこともざらにある。

 大規模な作戦前にきっちり腹を満たせる。それだけでも彼女たちにしてみれば有難い事だ。

「……サインをもらえる雰囲気じゃないっすね」

 ぽつり、とエッタが呟く。

「『セイレーン』を倒せばそういう雰囲気になるわ」

 ジェシカの言葉にエッタが『そっすね』と答える。

 いきなりブリーフィングに参加させられたエッタだったが、正直、話を聞くまではそこまで深刻な事態だと思っていなかった。

「……やっぱり『隊長』といるとろくなことないっす」

「そうね。でも、アンタがいてくれて助かるわ。エッタ」

 その言葉にエッタがぽかん、とした表情を浮かべ、そして、ぷい、と目を逸らす。

「……そういうの、ずるいっす」

 

ー3ー

 

「……ん……」

 

 むくり、と信乃がベッドから起き上がる。

膝のあたりに重さを感じて視線を落とすと、椅子に座ってベッドに伏せた伊予がすぅ、すぅと寝息を立てていた。

 窓の外に目を向けると、既に日は落ち、薄暗い医務室の灯りに照らされた自分の顔が鏡のように窓ガラスに映っている。

 検査服を着て、ぼんやりとした表情を浮かべている自分の間抜けな顔と目が合う。先程打たれた鎮静剤のせいか。ぐっすり眠っていたので、眠ってから起きるまでの時間の流れがわからない。

「……今、何時ですかね?」

「1830。遅い目覚めだな、シノ」

 その言葉に顔を上げると、両手にプレートを持ったフランが医務室に入ってくるところだった。器用に足で扉を閉め、近づいてくると、一つを信乃の膝の上に乗せる。

「まだ何も食べていないだろう」

「持ってきてくれたんですか?」

 まあな、と頷くフラン。

「起きてから食事が届くまで時間がかかるだろう。空腹は待ってくれないからな」

 プレートの上にはパンにはさまれた肉と牛乳。後は皿に乗ったマッシュポテト。味気ないようだが、冷めても食べれるようにとフランなりに配慮してくれたのだろう。

「ん……んん?」

 フランと信乃の声に伊予がゆっくりと目を開ける。

「……一応イヨの分も用意しておいたのだが……」

「ハギちゃん!?」

 がばり、と飛び起きる伊予。その勢いで膝の上のプレートが落ちそうになり、慌てて信乃が両手でそれをかばう。

「待ってください伊予!!食事が零れちゃいますよ!!」

「あ……」

 その言葉に伊予が動きを止め、ちらり、とフランを振り返り、そしてもう一度信乃を見る。

「……その、怪我は……」

 少し頬を赤らめながら伊予が尋ねる。

「少し痛みますが、随分楽になったと思います」

「……魔法が効いたんですね」

 よかった。と伊予が呟く。

 信乃の傷はふさがったものの、まだ内側のダメージは消えていない。なので、昼から先程まで付きっ切りで回復魔法が使えるウィッチが魔法を使い続けていたのだ。

『ちょっと痛かったですけど、元気になった事の方が嬉かったですから』

 たんこぶを作らされた相手にも関わらず、そう言ってにっこりと笑みを浮かべた新人ウィッチ。控えめに言って天使だ。

「……一時はどうなるかと思いましたが、成程。運が良かったですね。あたし」

 脇腹をさすりながら呟く信乃。

「イヨも疲れているだろう」

 そういってフランが信乃と同じ食事の乗ったプレートを差し出す。

「私は別に……」

「出撃が無いとはいえ、体調を整えるのも我々の仕事だ。体の疲労は心にも作用する。無理をしてでも食え」

 その言葉にプレートを受け取り、肉の挟まれたパンを手に取る。

 ぱくり、と、伊予がパンを一口。

「……おいしい……」

 固めのパンにはさまれた、味気のない塩味の肉。お世辞にも贅沢な代物とは言えないが、それでも朝食から何も食べていない伊予の口には何よりもの御馳走に感じられた。

 無心でパンを頬張り、マッシュポテトを口に運び、パンに奪われた喉の水分を牛乳で潤す。

 信乃は物を飲み込むと腹に響くのか、しかめっ面をしながら腹を抑えているが、余程空腹なのか、それとも任務と割り切っているのか、苦い薬でも飲むかのようにトレーの上の食事を平らげていた。

「……軍医を呼んでくる。ゆっくり食べろ」

 二人の様子を見て安心したように、フランが部屋を出ていく。

 しばらくの間、二人は残った料理を黙々と口に運んでいたが、やがて、ぽつり、と伊予が口を開く。

「……ねえ、ハギちゃん」

「何ですか?」

「……ごめんね」

 ぽつり、と呟く。

 短い一言だが、その言葉に信乃はマッシュポテトを口に運ぶ手を休め、ふぅ、とため息を吐いた。

「……本当ですよ、と言いたいところですが、仕方ないです。狙われてたのがあたしだったら、同じ事に……」

 そこまで呟いて肩を竦める。

「いや、伊予ならあたしみたいに怪我してないですよね。上手くやるはずですし、ジェシカだったら助けるどころか逆に返り討ちです」

 そう言って信乃がぱくり、とパンに噛みつく。

「……大丈夫。伊予は強いです。それに、まだ強くなれますよ。()()()()()()()

 その言葉がかつての誰かに重なる。

 同じような言葉をかけてくれたウィッチ。

 同じように、伊予達を庇うために一人でネウロイに立ち向かい、そして、二度と戻らなかった、憧れだったあの人。

『あの時』から比べて私は強くなったのだろうか。

 魔力も技術も、そして戦闘の経験も積んだ。

 だが、あの時の私が今の私なら、『あの人』は命を落とす事は無かったのだろうか。

 ぽつりと考え、首を振る。

 そんな事を考えているうちはまだまだだ。

 伊予が目指すウィッチはこんなものではない。もっと、もっと。

「……強く、ならなきゃね……」

 ぽつり、と伊予が呟く。

 そのためにはうつむいてなどはいられない。自己嫌悪も後悔も、一人きりの所で嫌というほどすればいい。

「強くなる。だけど……」

 信乃の言った言葉は大方は正しい。しかし、一部決定的に間違っているところがある。

「ハギちゃんも、一緒だよ」

「……え?」

 思わぬ言葉に信乃が目を見開く。

 そう。信乃もまた、強くなっている。

 魔力が減少したというのに、あの時の信乃と比べても、今の信乃は確実に強くなっている。

 信乃自身の評価以上に信乃が成長していることは、日常的に模擬戦を行っている自分が一番良く分かっている。

 その証拠に、伊予はまだ、信乃と互角にしか戦えない。

「ハギちゃんが強くなるから、私も強くなれる。私に強くなってほしいなら、まだまだ隠居ぶった事言ってる場合じゃないよ。『萩谷飛曹長』」

「……藤田、中尉……」

 いつからだったか、今では思い返せない。

 エリートコースを歩む中尉殿を、名前で呼ぶようになったのは。

 生意気な新任少尉殿に、親しみを感じ始めたのは。

「ハギちゃんは強いよ。でも、私も負けない。助けられたからには、次は私がきっと助ける。でも、その次はまた助けてもらうから」

 その言葉に伊予をきょとん、と見つめていた信乃だったが、やがて、ため息をついて視線を落とす。

 同じ部隊で、同い年で、友人。そして、好敵手。

 たどってきた境遇も、置かれた立場も全く違う。

 だが。

 先程の言葉に真実はあったか。

 伊予だけが強くなって、本当にそれでいいのだろうか。

「……そう、ですね」

 答えは否だ。

 伊予にとって信乃は越えなくてはいけない存在であるのと同様、信乃にとっても伊予は、超えられたくない、超えられてはいけない存在だ。

 昔とは違う。今の伊予は経験の浅い新任少尉殿ではない。自分が教える立場だったのはもう過去の話だ。

「……それに、ハギちゃんももっと戦果を上げないと、本土に戻されちゃうでしょ?」

 茶化すように放たれた伊予の言葉に、信乃が、うぇ、と眉を顰める。

 いつまでたっても士官教育を受けない信乃に対して、本国からは頻繁に士官教育の誘いが来ている。遣欧艦隊にとって不要と見做されれば、すぐにでも内地へ送られかねない立場なのだ。

「いやいや。戻ったらまず二度とこっちに来れませんよあたし。せいぜい教官か……」

「技術部のテストウィッチですね」

「……嫌です。それだけは絶対に嫌です」

 そう。それが最大の理由だ。

 どういうわけか本土の海軍本部は信乃の事を『優秀なテストウィッチの資質あり』と見做しているらしい。

 魔法力の問題に直面した際、試製であろうが何であろうが、最新鋭の武器やユニットを貪欲に試した時期が致命的な誤解を招いている。

 違う。違うんですよ。

「テストウィッチなんて命がいくつあっても足りません。伊予がやればいいんです」

「嫌ですよ。これでも責任のある立場ですから。中尉ですよ?どこかの万年下士官とは違うんです」

 その言葉にぐぬぬ、と憎々し気に伊予を睨みつける信乃。

「あたしは特務士官です。それに、中尉だろうが大尉だろうが、あたしにも苦戦してる伊予なんて小隊長がせいぜいですよ。若二号ですよ」

「それじゃあハギちゃんはずっと小隊の二番機だね。若本中尉が上がりをむかえたら今度は私がこき使ってあげるよ」

「あたしは隊長もした事ありますよ。一時的ですけど」

「私だって戦闘隊長を経験してるよ。臨時だけど」

 笑顔で互いの痛いところをぐさぐさと刺し合う二人。もしここが『瑞鶴』なら、そのまま模擬戦に発展するところだ。

 しかし。そこで能天気な声が部屋に響く。

「二人とも、思っていたより元気ねー」

「……何をしてるんだ、お前ら」

 戻って来たのは軍医ではなく、フランと、見知った顔の女性。

 ほんの一日ぶりくらいだが、ひどく久々にその顔を見た気がした。

「……オヘアさん?」

「もしかしてあたしの治療をする気ですか?やめてください。クラッシュさせられます」

「お医者さんはしばらく来ないねー」

 にこにこ、と笑みを浮かべているオヘア。その横では苦々しい顔を浮かべたフランが頭を抱えている。

「……廊下で捕まった。駄目だって言ってるのに無理やり面会させろって……」

「ユーにも用があるね、フラン」

「私にはない。第一貴女は部外者だ。ミス・オヘア」

「部外者じゃないねー」

 だが、オヘアは、ちっちっち、と指を左右にふりながら舌を鳴らす。

「ユーたちはミーの護衛ね。忘れたんですかー?」

「忘れてた」

「忘れてました」

「忘れてましたね……」

 即答する三人。

「でもノープロブレム!!今思い出したねー!!」

 そういうとオヘアが隣のベッドの脇から椅子を引っ張り、そこに座る。

「シノ、ユーは飛びたい?」

「当たり前じゃないですか」

 ウィッチである以上、飛べるなら飛びたいに決まっている。腹の痛みもこの分なら耐えられる。元々痛みには強い方だ。

「ユー達は?」

その言葉に伊予とフランが顔を見合わせる。ウィッチというのは基本的に負けず嫌いが多い。一度やられた相手にそのままにするのは当然その矜持に反する。

「……ちょっと待ってください。一体何を企んでいるのですか?ミス・オヘア」

 伊予の言葉にオヘアはにっ、と歯を見せて笑みを浮かべる。

 それは、まるでスオムスにいた頃のような、ティーンエイジャーの頃のような、悪戯っぽい、だが、屈託のない笑顔だった。

 

 

 

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