0930 ウェストハムネット基地 司令室
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ノイズ交じりの魔導無線から断片的に伝わる、ウィッチ達の声に、司令室から窓の外を眺めながら、エイカー准将が拳を握りしめた。
作戦の終了予定時刻は既に過ぎている。
過ぎているが、ネウロイによる電波妨害は治まる気配はない。
先程までは辛うじて交信が可能だった無線も、今やノイズ交じりの断片的な音声を僅かに聞き取れるだけで、こちらからの通信に応答は無い。
それが意味する事は一つ。
コアの破壊の失敗。
そして、次に想定されるのは、敵ネウロイの反攻だ。
「……救護班を滑走路へ回せ。ネウロイの襲撃に備えて衛生兵と整備兵以外の手隙の兵士は対空砲火の用意」
「はっ!!」
傍らに控えていた兵士の一人がその言葉に短く敬礼をし、部屋を出ていく。
「ブリタニアに回線を繋げ。フランチースカ中尉他2名の出撃停止は現時刻を持って解除。スクランブル用意、第三、第四ハンガーの戦闘機部隊も用意させろ」
矢継ぎ早に指示を出すエイカー。それでもまだまだやるべきことは多い。
多数の負傷者を想定し、ウェストハムネットだけではなく近隣の空軍基地へのウィッチの受け入れの要請と、ブリタニア政府に、ネウロイの予測進路に該当する都市への緊急避難指示の警告。
そして、その合間合間に無線機から聞こえてくるノイズ交じりの魔導無線。
ぎり、と歯を食いしばる。
たった今戦場で戦っている、自分の年からすれば娘のような年齢のウィッチ達。
まだ若い、中には幼いと言ってもいい年齢の少女が、今まさにネウロイによって命の危機にさらされている。
声は届いているのに、助けることは出来ない。
そう。
かつてエイカーも、一人の戦闘機乗りとして国の平和と自らの誇り、そして愛するものを守るために空を駆けていた。
だが、今の自分は何だ。
安全な部屋の一室で、少女達の悲鳴を聞く事しか出来ない、窓に映る自分の姿を睨みつける。
頬に深い皺を刻み、きっちりと整えていたブラウンヘアは白髪交じりのそれに変わっている、年老いた自分自身の姿を。
「……無様だな、アーノルド……」
ぽつり、と呟いた、その瞬間。
「た、大変です准将!!」
慌てて飛び込んでくる兵士の言葉にエイカーが振り返る。
「どうした!?何があった!!」
「輸送機が一機、第二ハンガーから滑走路に向かっています!!」
「……なんだと!?」
その言葉にエイカーが視線を落とす。窓の外、滑走路へと向かう誘導路を進んでいく一機の輸送機。
その機首には大きなノーズアート。
穴吹智子、エリザベス・F・ビューリング、エルマ・レイヴォネン、キャサリン・オヘア、ジュゼッピーナ・チュインニ、ウルスラ・ハルトマン、そして、迫水ハルカ。
見間違える筈が、否、嫌でも見間違えようの無いその輸送機……『クラッシャー・オヘアといらん子中隊号』が、無人の二番滑走路へ向かい悠々と進んでいく様子を、エイカーは唖然として見つめていた。
-2-
「おい!!そこの輸送機!!止まれ!!止まれっ!!」
「危険です!!戻ってください!!ミス・オヘア!!」
叫びながら整備兵達が滑走路に向けて移動していく『クラッシャー・オヘア号』を追いかけながら無線に向かって呼びかける。
『こちらウェストハムネット管制、『クラッシャー・オヘア号』へ、離陸は許可できない、繰り返す……』
管制室からひっきりなしに届く離陸中止の無線に、だが、C-47の操縦桿を握ったオヘアは従うことなく逆に口を開く。
「何度繰り返されても答えは同じね!!危険は百も承知ねー!!」
『ミス・オヘア!!一体何をしている!?』
管制に割り込むように、無線の向こうから怒鳴る男の声が聞こえる。
「離陸の準備ねー!!」
『そういう意味ではない!!』
エイカー准将の怒鳴り声がコックピットに響き渡る。
『ミス・オヘア。民間人の輸送機の無断使用、本来なら軍議にかける必要があるが、今なら特別に不問にする。すぐに戻れ』
だが、その言葉にオヘアはオーウ、ととぼけた様な声を上げる。
「ミーのパパは弁護士ねー。裁判なんて怖くないね」
とんでもない答えが返ってきた。
「……何故だ?ミス・オヘア。何を考えている?」
「決まってるね、ジェネラル・エイカー」
エイカーの問いにオヘアが答える。
「皆を『助け』に行くね!!」
明快な答えだ。
あまりに明快すぎて、思わずそれが正しいと錯覚しそうなまでに。
だが、エイカーは首を横に振る。
長年の経験が、常識が、その言葉を肯定する事を拒む。
『君一人ではどうにもならん!!それに……』
「ミー一人じゃないね。頼もしい子達も一緒ねー」
『……何!?』
その言葉に視線を落とすと、整備兵達を振り払うように基地に待機していた……否、飛行禁止を解除し、スクランブルの準備を行っていた筈のウィッチ達が滑走路へと向かっていた。
『イヨ、フラン、シノ、首尾はどうね?』
無線周波数のスイッチをウィッチ専用の魔導無線に切り替え、オヘアが声を上げる。
「『目的地』まで送り届けるのが私たちの任務ですから」
紫電改42型で滑走路に進む伊予が肩を竦め。
「私達の任務は輸送機の護衛ですし」
零式54型に足を通し、99式2号20mm機関銃を肩にかける信乃。
「戦闘は禁止だが、護衛は禁止されていない……いや、無理がないか?いや、無理じゃない……いや……」
ぶつぶつと口に手を当てながら自分に言い聞かせるようにP-47Mを滑走路に向かわせるフラン。
『何をしている!!ガブレシェフスキー中尉!!今すぐ戻れ!!』
エイカーの怒鳴り声に思わずびくり、と身を竦めるフランだが、口を開く前にしれっと伊予が無線に向けて一言。
『すみません。無線が不調のようでよく聞こえません。出撃停止は解除された様ですし、以後は輸送機からの指示に従います』
あまりにも白々しい言葉にエイカーが絶句する。
「……いいですか、フランチースカ中尉。私たちはあくまで事情を知らずに輸送機を護衛しようとしていたら、たまたま空で事情を知った体を装うんです。上官の命令は聞こえなかった。いいですね」
無線を用いず、フランの耳元で囁く伊予。
「それと、全部終わったら魔導無線は海に捨てて……落としておいた方がいいですね。後から調べられると厄介ですから」
反対側からこそっと耳打ちをする信乃。
丁寧に軍紀違反のアドバイスをするウィッチ達。
それを横で聞いていたビューリングが肩を竦める。
「全く。そんなに命令違反が楽しいか」
3人の後に続き、『ハリケーン』に足を通したビューイングがポケットから取り出した『ほまれ』の最後の一本に火をつけながら滑走路に侵入する。
「命令違反?なんのことですか?」
「私たちは『任務』に忠実に従っているだけですよ?」
しれっと答える信乃と伊予。
「護衛……そう、これは護衛。間違ってない。間違ってない」
「結構だ。うちの後輩にも見習わせたい。お前らは最高だ」
心底愉快そうにビューリングが笑みを浮かべる。
そう。
これはあくまで『護衛』だ。
元々の伊予たちの任務は輸送機の護衛。機密任務から外された以上、空で何が起きているか等知る由もない。
目的地がカウハバだろうが戦場のど真ん中だろうが、輸送機がそこに向かうというのなら、輸送機とその『積み荷』を『護衛』するのが護衛部隊の任務である。
その護衛対象である『クラッシャー・オヘアといらん子中隊号』に積み込まれた『積み荷』。
ウルスラがこっそり持ってきた研究中の対ネウロイ用高性能爆薬に加え、密かにかき集められたありったけのネウロイ用爆薬。その総数約2トン。
ハルカやウルスラの密かな協力によりかき集められた爆薬により、『クラッシャー・オヘア号』は今や空飛ぶ爆弾そのものだ。
『こっそり詰め込むのが大変だったねー。502の子が来たときは正直肝が冷えたねー』
オヘアの言葉にしばらく沈黙が続いていたが、無線越しにエイカーがぽつり、と一言。
『それでどうにか出来ると思っているのか?』
『出来る、出来ないじゃないね。やるか、やらないかね』
『命の保証はない』
『そんなの、ネウロイ相手なら皆一緒ね』
一瞬の沈黙。そして、エイカーが再度口を開く。
『……何故、そこまで出来る。ウィッチではなくなった君が』
その問いは、オヘアに向けられたものか。
或いは、オヘアを通した『誰か』に向けられたものか。
『……ユーと同じね。エイカー准将』
『……何?』
オヘアの言葉にエイカーが呟く。
『ユーだって、戦えるのなら戦うつもりね。命をチップにして、あの子達を救える勝算が少しでもあるなら、きっと同じことをするね』
『それは……』
『するね。もしユーが、『あそこにいる』パイロットと同じ年なら、きっと飛んでるね』
その言葉に、エイカーが顔を上げる。
第一滑走路に向かうリベリオンの戦闘機。
ネウロイを相手にするには、余りに非力なウィッチ以外の戦闘手段。
だが、そこに乗り組んでいるパイロット達は、例え勝ち目の薄い戦いだろうが、『飛ぶ』という使命から逃げ出そうとはしない。
もし、彼等が今命をかけている可憐な少女達を、この国に住む人々と己の誇りと共に見捨てろという馬鹿げた命令を出されたなら、果たしてどうするか。
もし、自分が56FGの司令である『アーノルド・エイカー准将』ではなく、第一次ネウロイ大戦時のエース、『アーノルド・エイカー大尉』ならどうしていただろうか。
答えは明白だ。
可憐な少女達が助けを求めているのだ。
ならば、飛ぶに決まっている。
「さぁ、急ぐね!!ユーが悩んでいる間に若い子達が命を落とすね!!ジェネラルなら決断するね!!ミスター・エイカー!!」
普段の能天気な声とは違う、一喝する様な強い声。
そう。
『今の』彼女は、退役して悠々自適な生活を送るテキサスのカウガールではない。
例えストライカーユニットで飛ぶことが出来なくても、戦う手段を残している一人のエース。
ネウロイとの戦いの黎明期、後のJFWの基礎を築いた『いらん子中隊』のウィッチにして、リベリオンの英雄。
『クラッシャー・オヘア』ことキャサリン・オヘア元少尉だ。
「……解った」
オヘアの言葉に、エイカーが覚悟を決めた様に、ゆっくりと顔を上げた。
「……司令室より管制室へ。私が許可する。ミス・オヘアを滑走路に誘導したまえ」
-3-
「イエス!!」
管制室からの無線にオヘアがぱちん、と指を鳴らし、魔導無線へと呼びかける。
「賭けは成功ね!!ビューリング!!」
「成功してしまったか」
ふ、と煙草の煙を吐き出し、肩を竦めるビューリング。
滑走路に目を向けると、ボブやジョーイ、『クラッシャー・オヘア号』の搭乗員たち、それに、顔見知りとなった整備兵や衛生兵たちもこちらを見送っている。
「飛行機を操縦するのも久々ねー。テキサスの農場でセスナを飛ばして以来ね」
「……今何て?」
オヘアがさらり、と口にした言葉に信乃が呟く。
信乃だけではなく、伊予もフランも、同じような表情を浮かべているが、4人の目の前にいるビューリングは煙草をくわえたまま素知らぬ顔をしている。
「……大丈夫でしょうか……」
「イヨは楽観的だな。私は駄目な予感しかしていないが」
伊予の言葉にフランが呟く。
「そんな事より准尉、煙草無いか?」
「そんな事!?もうありませんよ!!」
ビューリングの言葉に信乃が怒鳴る。
「……しまったな。作戦終了後に吸う煙草がなくなってしまった。なあ。今から取りに戻っていいか?」
『いいわけ無いねー!!』
魔導無線の向こうからオヘアの怒鳴り声が響く。
『こちら司令室、ミス・オヘア、聞こえるか?』
「イエス、ばっちり聞こえてるねー」
良い無線使ってるねー、とオヘアが言うと、無線の向こうから非常にクリアなため息が聞こえてくる。
『敵は『人形』を含む小型ネウロイ多数と推定される。無線から推察するに、敵の『コア』はウィッチのシールドと同様の防御手段を持っている可能性が高い』
「それは怖いねー」
そう言いながらもオヘアの声に動じた様子はない。
『……犬死にはするなよ。死ぬならせめてそいつをぶち当ててからにしてくれ』
「勿論ね!!」
オヘアが叫び、操縦桿を強く握りしめ、管制に向かって力強く叫ぶ。
「元『スオムス義勇独立飛行中隊』少尉、今は気ままなカウガール、キャサリン・オヘア!!輸送任務に行ってくるねー!!」
-4-
「この野郎っ!!」
直枝が怒鳴り、手にした99式2型の引き金を弾く。眼下に見える『人形』のうちの一体が13.7mmの弾丸の掃射に貫かれ、光の粒に代わるが、もう一体はするり、と身をひるがえし、降下して離脱する。
「ケイト!!しっかりして!!」
「……っ?わ、私……」
P-47を履いたウィッチがもう一人のウィッチの呼びかけに顔を上げる。
「いいからとっとと逃げろ!!」
直枝の言葉にこくり、と頷きその場を離脱していくウィッチ達。
「ひかり!!」
「はい!!」
すぐさまひかりが直枝の二番機の位置につき、再度上昇。
「菅野さん!!上ですっ!!」
太陽の向こうを見ると同時に直枝が手にした99式の引き金を弾く。
二手に分かれた小型に応対するように、直枝とひかりもそれぞれ手にした機銃の引き金を弾く。
「追うなひかり!!このまま突っ切る!!」
「了解ですっ!!」
小型ネウロイの編隊に食いつかれないように攻撃を散らしながら、直枝とひかりが上空へと上がる。
「いるぞ!!ひかり!!」
「はいっ!!」
そう叫ぶと同時に直枝とひかりは手にした99式2号2型改の引き金を上空の太陽に向けて弾く。
狙いをつけるのではなく、あぶりだすように。
太陽の中から黒い影が脇に飛び出す。小型を囮に二人の背後に回り込むべく待機していた『人形』だ。
「貰いました!!」
その言葉と同時に二人の脇を零式21型……眼鏡をかけたハルカのユニットがすり抜けて上昇していく。二人の姿を死角に、『人形』に悟られぬように近づいてきていたハルカが、降下して逃げようとしていく『人形』の脇をすり抜けると、そのまま急旋回。『人形』の背に食らいつく。
『人形』も旋回して回避しようとするが、こと格闘戦闘のみに関して言えば、未だに零式21型は扶桑の、否、欧州のユニットと比べても旧型とは言え遜色がない実力を発揮する。
「菅野中尉!!ひかりちゃん!!援護を!!」
その言葉に、直枝とひかりも身を翻す。直枝は上に、ひかりは下に。
旋回して振り切ろうとする『人形』の背後を追うハルカ。
空中戦において一番無防備な状態は敵を攻撃する瞬間である。
その瞬間を狙い、ハルカの後ろに付け入ろうとする小型ネウロイに対して、優位高度から身を翻した直枝が上方から食らいつき、威嚇の掃射を行う。
そのまま回避するために降下していく小型の群れを追い、そのまま直枝が『人形』とハルカから小型ネウロイを引き離す。
そして。
「ひかり!!今だ!!」
「はいっ!!」
直枝より低い高度で待ち構えていたひかりが直枝の前に出る。ひかりと直枝の手にした99式2型2号が同時に鉛玉を弾き出し、次々に小型を光の粒へと変えていく。
「やりました!!」
『こっちもです!!』
ひかりの言葉にハルカが無線で答える。
これでもハルカは一対一の巴戦においては、直枝と互角かそれ以上の実力を誇るウィッチだ。お膳立てをしてやれば『人形』の撃破など容易いものだ。
「……ひかり、解るか?」
「……はい」
高度を上げ、再度一番機の位置に戻りながら呟いた直枝の言葉にひかりも頷く。
これで倒した『人形』は5機。
相手が直枝とハルカ、そしてひかりという、東部戦線のエースだという事を差し引いても、直枝の知る『人型』はもっと手ごわく、そして、巧妙にウィッチ達の隙をついてきた。
かつて、たった2機で当時の502のうちの半数近くが食らいつかれるという被害を被った事を考えても、この『人形』は明らかに『人型』と比べ劣化している。
「質より量って事でしょうか?」
ぽつり、と呟くひかり。
『人形』の動きは確かに不可解だ。
だが、今は考えている暇はない。
そう。
「考えるのはこいつら全部ぶちのめしてからだ」
そう言って直枝が眼下を睨みつける。
目の前にいる小型ネウロイの編隊。負傷者を抱えながら離脱しようとしているリベリオンの逃げ遅れた一小隊を追いかけている。
「もう一度いくぜ、ひかり!!」
引き金に手をかけた直枝が素早く周囲を警戒する。死角にネウロイの姿は無い。
「はいっ!!菅野さん!!」
ひかりも同様に背後を確認し、そして、一気に高度を落とす。
目の前のネウロイに照星を合わせる。
二人の銃口が同時に火を噴き、目の前の小型ネウロイは次々にはじけ飛んで行った。
-5-
『こち……3中隊……第4小……M-E』……離脱完……帰……しま……』
ノイズ交じりの魔導無線から56FGの最後の小隊の離脱が伝えられる。
ここに残るのは502と507、そしてHMWのウィッチ達、それと、殿を務めたゼムケら一小隊。
回復魔法が使えるディアナは仲間たちと合流し負傷者を治療しながらウェストハムネット基地へ引き返しているので、残っているのはウルスラとニナだけだ。
「……どう見る、中尉」
「状況は不利です。ですが……」
ゼムケの問いにウルスラがぽつり、と呟く。
「あの『人形』、数は多いですが、私達を襲った『人形』に比べ動きも能力も各段に劣ります」
「数ほどの危険性は無い、と」
こくり、とウルスラが頷く。
「それに、ネウロイの動きも、こちらを積極的に襲ってくるというよりも、防衛に徹しているかのようです。まるで、
先日の疑念への答えが、輪郭を持って浮かび上がってくる。
セイレーンは、生み出せない魔法力をどうやって
先日は直視することが躊躇われた『セイレーン』のコアを再度睨みつけ、ぽつり、とウルスラが呟く。
「……ようやく雁渕軍曹の疑問の答えが解りました」
戦闘機を一瞬で蒸発させ、駆逐艦を一撃で大破させるだけの威力を持つネウロイの熱線を、ウィッチであればシールドを用い、一人で防ぐ事が出来る。
それに必要な魔法力がどれだけのものか。
そして、取り込んだウィッチからそれだけの魔法力を奪っていたとすれば。
仮定に過ぎないが、ウルスラには確信があった。
もしそうであるのなら、『セイレーン』の一連の動きも、そして今現在の動きも、すべての辻褄が会う。
自ら生み出せないのなら、それを取り込む。何故あの『コア』にウィッチが取り込まれているのか。今となっては答えは一つだ、
ウィッチの持つ強大な魔法力と、輸送機や、『エルドリッジ』に乗り組んでいた兵士達の持つ微細な魔法力。
そう。
「魔法力を奪い取る為です」
周囲の『魔法力』を手当たり次第に取り込み、吸収することで、『セイレーン』は『人形』と『シールド』を生み出すだけの魔力を手に入れた。
だが、その魔力には限りがある。ウィッチは生きていてこそ魔法力を生み出せる。吸収し、命を奪ってしまえば、それ以上魔法力を生み出す事は出来ない。
だから、『セイレーン』は、あの時、強引な手段を使ってでもフランを、そして伊予を……ウィッチを取り込もうとしていたのだろう。
だが、ウィッチをコアに取り込めなかったせいで、『セイレーン』もまた、魔法力が枯渇してきている。
「……大手柄ですよ、シノさん」
思わずウルスラが呟く。
ゼムケ達が後一手を打てないのと同様、魔力が枯渇しつつある『セイレーン』も、決定的な一手を打つことが出来ない。
恐らく、この場にいる皆がそれを肌で感じているだろう。
鈍足な足で、この場を離脱しようとしている『セイレーン』。
だが、今いるウィッチの火力もまた尽きようとしている。
『人形』を生み出す力を失っても、相手は大型のネウロイであることには変わりない。
そして、魔法力が残っている限り、シールドでこちらの攻撃を防ぎ続ける。
通常の小型ネウロイを迎撃しつつ、あの巨大な『コア』を破壊するには、それ相応の『火力』が必要だ。
「……ひかり、援護は任せたぜ」
そういって直枝が自分の手にした99式をひかりに放り投げる。
「援護って、まさか……」
ぎゅ、と手袋を嵌め直し、直枝が拳を握る。
「オレにはまだ、『こいつ』がある」
「……全力で行くわ。エッタ、お願い」
ジェシカの言葉にエッタがため息をつき、そして、残弾の尽きたボーイズを放り捨てる。
「仕方ないっすね。海で遭難したくなければ帰りの分の魔力は残しとくっすよ?」
そう言ってエッタがジェシカの両肩に手を当てると同時に、エッタの掌が青白い光に包まれる。
「約束は出来ないわ」
回復魔法に近いが、少し違う。
エッタの固有魔法『魔力転移』。
自らの魔力を他のウィッチへ分け与える能力。
だが、一度使用するとエッタ自身の魔法力も大きく削がれるため、一度の戦闘で使用できるのはせいぜい一度きりだ。
後一手の一押し。
幸いにして、ここには『まだ』、その可能性が残っている。
その一手となる一撃を持つ二人のウィッチ。
直枝の『剣一閃』。
そして、ジェシカの『エクスカリバー』。
共に攻撃に特化した固有魔法だ。シールドを破るには、ここで最も適している。
だが、どちらかが必ずシールドを破壊し、そして、仮にシールドを破壊したとしても、もう一人の力が不足していれば、あれだけの巨大なコアは破壊出来ない。
二人の固有魔法のどちらかでシールドを破壊することが前提となる、分の悪い賭けだ。例え二人の固有魔法でシールドを破壊しても、残されたウィッチ達の火力ではコアを破壊しきれない。
『……直ちゃん、危険な賭けだよ』
「解ってる」
ヴァルトルートの無線に直枝が答える。
「……でも、やるなら今しかねえ」
直枝が呟く。
『セイレーン』のコアの中には、今すぐにでも飛び立ちそうな小型ネウロイが何機も透けて見える。さながら、卵から羽化する前の昆虫のようだ。
間もなく敵の新たな攻撃が始まる。
迷っている暇は無い。
覚悟を決め、皆が顔を上げた、その瞬間。
『イエス!!どうやら間に合ったみたいねー!!』
唐突に響いた魔導無線からの声に、その場にいた誰もが思わず耳を疑った。