チリチリするの   作:鳩屋

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2-20-Ⅲ.Epilogue ーLet's go to Kauhavaー

-1-

 

「……終わったな」

「はい、終わりました」

 

 北海の青い空に降り注ぐ、細雪のようなきらきらとしたネウロイの残滓を見上げながら、ぽつり、と呟いたビューリングとウルスラが顔を見合わせ、そして、どちらからともなく笑みを浮かべる。

 

「やったね!!ミー達の大勝利ねー!!」

「勝ったのはあいつらだ。私達ではない」

「あぁ……お姉さまが……」

 一方、一人ハルカだけが消え去ったネウロイの方角を見つめ、複雑そうな表情を浮かべていた。

「会心の出来だったんです。輸送任務が終わったらあの部分だけを切り取って、一生の宝物にするつもりだったんです」

 どうやら『セイレーン』を倒したことより、一晩中かけて完成させたノーズアートが爆発と共に四散したショックの方が上回っているようだ。実にハルカらしい。

「……今更だが、何故わざわざ私達の絵まで描き足した?」

「ミーだけが爆発するなんて嫌ね。死なばもろともねー」

 ビューリングの問いにオヘアが答える。その言葉にウルスラが、そしてビューリングも、苦笑じみた笑みを浮かべる。

「それはそうですね。特に、ここにいない誰かさんたちは」

 そう言って遠い目を見上げるウルスラ。しかし。

「見ろウルスラ。手が震えてきた。きっとオヘアが重いに違いない」

「ユーのは単にアルコールかタバコが切れただけねー!!基地に着く前にミーを落としたら承知しないねー!!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるビューリングとオヘアを見、ウルスラがため息を吐きだす。

 全く、いらん子はいつまでたっても『いらん子』だ。

 だが、それでもいいのかもしれない。

 そんなことをぽつりと考えつつ、ウルスラは口元に苦笑ともつかない笑みを浮かべ、そして再び空へと目を向けた。

 

 

「……っ!?」

 同時刻。ロマーニャ。

「どうしました、准尉?」

 突然、ぶるり、と身を震わせたジュゼッピーナ・チュインニ准尉の様子を見て、まだ幼さを残す少女が首をかしげる。

 手には爆撃用の模擬爆弾と、その投下装置。

「いや、なんか急に悪寒が……」

「大丈夫ですか?風邪……は無いでしょうけど」

 かつて聞いたことがある扶桑のことわざを思い出しながら呟く若手ウィッチに、チュインニがジトっとした目を向ける。

「……何が言いたいの?」

「いえ、今日はいい天気だなって」

 そう言ってごまかすように空を見上げるウィッチにつられ、チュインニも空を見上げる。

 視界の先に青く広がるロマーニャの冬の空に、チュインニが思わず目を細める。

 きっと、この空はどこまでも……そう。

 かつて愛した、そして今でも思い焦がれる『あの人』のいる扶桑の空までつながっているのだろう。

「……ほんとだ。いい天気……」

 そう呟き、空に向かってそっと手を伸ばすチュインニ。

「……きっとこの空は、トモコのいる国までつながっているのね」

 

 ……最も、その視線の先はアフリカで、そこにいるのは愛しの『トモコ』ではなく、その親友の一人の『ケイコ』なのだが、その事をチュインニが知る由はない。

 

 

「……へくしっ」

 同時刻。スオムス。

 執務室の机でくしゃみをするエルマ・レイヴォネン中尉。

「あっ……」

 その勢いで脇にあったコーヒーカップが倒れる。

「ああっ?」

 慌ててもとに戻そうとした勢いで肘に当たった机の上のインクが床に落ち、ついでに書類の束もどさどさと音を立てて机の上に散乱していく。

「あああああっ!!」

 その様子を絶望的な顔で見つめるエルマ。

「どうしました?」

「……ハッキネン中尉……」

 執務室に顔を出したハッキネンが、立ち上がろうとして中腰になったまま今にも泣きそうな顔をしているエルマを見、そして、たっぷりとコーヒーを吸った書類の散乱した机の上を見、板張りの床に広がるインクを見、最後にはぁ、とため息をつく。

「……最近そういう事は無いと安心してました」

「私もです……」

「一体どうしました?」

「わかりません。急に寒気がして、くしゃみをしたらこんなことに……」

 再度ため息をつくハッキネン。

「……バケツとタオルを持ってきます。エルマ中尉は机の上の整理をしていてください」

「面目ないです……」

 くるり、と身を翻して部屋を去っていくハッキネンの背中にぽつり、とエルマが呟いた。

 

 

「……あら?」

 そして、同時刻。扶桑。

 かつての上司だった江藤敏子の営む喫茶店で久々の休暇を満喫していた穴吹智子が、コーヒーの入ったカップを手に取ろうとして眉を顰める。

「……何で割れてるのかしら」

「おや?どうかしたのかい」

 訝し気にカップを見つめながら首をかしげる智子の脇から、エプロン姿の敏子がひょこっと顔を出す。

「え?あ、ち、違います、私が割ったんじゃなくて……」

 わたわたと首を振る智子の顔に苦笑を浮かべる敏子。

「気にしなくてもいいわ」

 そういうと敏子が机からカップをひょい、と持ち上げる。

「形あるものはいずれ壊れる。どんなものでも」

「……すみません」

「だから、気にしなくてもいいわよ。でもね、形ある限り壊れないものもあるわ」

「……はあ……」

 くすり、と笑う敏子の意図がつかめず、首をかしげる智子。

「それはね。『絆』よ」

 

 そういうと、敏子が智子の前の机の上、折りたたまれた紙と便箋を見つめる。

 その手紙の宛名には、ブリタニア語で書かれた『穴吹智子様』の文字。

 

 そして、その差出人の名前は。

 

 

 

 

『いらん子中隊、ブリタニアに再集結?』

 

 この写真は、1945年の2月にグラフ社の専属カメラマンであったデビー・シーモア女史がブリタニアのウェストハムネット基地で撮影した一枚だ。

『天候不順』により順延していたスオムスへの義援物資の補給の再開を前に、新たに描かれたノーズアートの前で取られた写真には、元独立義勇飛行中隊のキャサリン・オヘア女史を始め、ブリタニア空軍のエリザベス・F・ビューリング中尉、カールスラント技術省に所属するウルスラ・ハルトマン中尉、そして、第507統合戦闘航空団『サイレントウィッチーズ』に所属する迫水ハルカ中尉が同時に収まっている。

 彼女たちは皆第507統合航空戦闘団の前身である『スオムス独立義勇飛行中隊』に所属していたウィッチであり、彼女たちを同時に収めた写真は1939年以来見つかっていないので、貴重な一枚と言っていい。

 共に写っているのはリベリオン陸軍のエースであるフランシスカ・S・ガブレシェフスキー中尉と第502統合航空戦闘団の菅野直枝中尉であり、彼女たちがどういった経緯で写真に納まったのかは不明だが、当時のウィッチ達が積極的な交流を行っていた貴重な記録としても史料価値の高い一枚と言えよう。

 

 扶桑皇国『決定版 世界の魔女たち 1945年編』より

 

 

-2-

 

0800 ウェストハムネット基地 第一滑走路

 

 その日のウェストハムネット基地の空は曇天。

 既に日が上がり数時間を経過している筈だが、基地の周囲は明け方のように薄暗い。最も、これがブリタニアの冬の当たり前の風景であり、数日前までの晴れが続いた空の方が珍しいのだ。

 

 そして、空の色は、この場にいるウィッチ達の心の内を映し出したかのようでもある。

 

「……どうしてこうなったんでしょう」

 

 白い息を吐きながら、ぽつり、と零式54型に足を通した信乃が呟く。

「命令違反の懲罰にしてはおかしいです。おかしすぎます」

「……あきらめた方がいいよ、ハギちゃん」

 その脇で、はぁ、とため息をつく伊予。

 信乃の履いた零式同様、増槽が取り付けられた紫電改43型は、これからの任務が長距離に及ぶことを暗に示している。

「覚悟はできているとは言った。だが、何なんだ、これは。何故私が……」

 ネイビーブルーに塗装されたP-47Mに足を通しながらぶつぶつと呟いているのはフラン。

 当然ながら命令違反を犯した3人のウィッチには基地に戻ると同時に厳しい査問が待って……いなかった。

 代わりに待っていたのは、『瑞鶴』からの新たな任務の通達。

そしてフランにも、ゼムケから軽い注意と決して軽くはない任務がさらりと告げられた。

「アンタたちは自業自得よ。でも、なんで私まで」

「そうっす。こんなの絶対おかしいっす」

 そう言ってスピットファイアMk-22に足を通したジェシカとエッタが揃ってため息をつく。

「あれだけ活躍したのに作戦は極秘扱い。おまけに部隊に戻るどころか、『あの人』のお守りの続行なんて、絶対におかしいわ」

「栄転のはずだったっす。憧れの第一中隊に配属になって、ようやく面倒な先輩からおさらばできたと思ったのに、こんなの無いっす」

 恨みがましく呟くブリタニアのウィッチ達の背後から声がかかる。

「よう。準備できてるな」

「よろしくお願いします、皆さん!!」

 笑みを浮かべながら声をかけるのは菅野直枝と雁渕ひかり。それに502、507のウィッチ達も、ハンガーから運びだされて滑走路に並ぶ、それぞれの機材の発進装置に登っているところだ。

「……命令ですから」

 はぁ、とため息をつく一同。先日その『命令』を逆手にとって輸送機を飛ばしたとは思えないウィッチ達の言葉に、直枝が愉快そうに笑う。

「そう暗い顔すんな。今回の話を聞けば皆喜んで歓迎してくれる。なぁ、伯爵」

「そうそう。うちには偵察ウィッチはいないしね。夜間飛行の経験もあるみたいだし、ラル隊長が喜ぶよ」

「え?萩谷さん、『うち(502JFW)』に来るんですか!?」

「そういう意味じゃねえよ!!」

「行きませんよ!?」

 ほぼ同時にクルピンスキーとひかりの言葉を否定する直枝と信乃。

 

 ふと、互いに顔を見合わせ、肩を竦めて苦笑を浮かべ合う。

 

「……拾った命、簡単に落とすんじゃねえぞ。萩谷」

「そっちこそ。ユニット壊さないでくださいよ、菅野中尉」

 差し出された拳をこつん、と叩きながら信乃が答える。

 

『セイレーン』との戦いを終えてから数日。

 伊予やフランやジェシカ達、そして、新しく新調した信乃の飛行服のポケットには、502と507のウィッチ達に半ば押し付ける様に渡された菓子やウィッチのブロマイドの類がぎっしりと詰まっている。

 その対価の見返りに何を要求されるか。今から戦々恐々である。

「502には菅野さんと下原さんがいますから。これ以上扶桑のウィッチが加わると、外交問題になりかねないです」

「それは残念でしたね、伊予」

「いい加減忘れてください、ハギちゃん」

 にまにまと笑みを浮かべる信乃にぶす、とむくれた顔を見せる伊予。

 欧州に来たばかりの頃、堂々と遣欧艦隊のウィッチ達の前で『統合戦闘航空団に入隊するのが私の目標です』と言ってしまったせいで未だにこの件については信乃だけではなく、美枝や徹子からもかわれ続けている。とんだ黒歴史だ。

「うちなら問題無いですよ。扶桑でもブリタニアでも、勿論リベリオンでも、可愛い子ちゃんならいつでもウェルカムです」

「……何か言ってる」

 そう言いながら自分達を見つめているハルカのねっとりとした視線に、ぶるり、と身を竦ませるフラン。

「中尉の言葉は無視してください。戦力が足りないのは確かですが……」

「嫌です。今度こそただの輸送任務なんです。変な事に巻き込まれるのはもう懲り懲りです」

 そう言って肩を竦める信乃。

 その背後には、今回の件で失われたC-47に代わる新たな機体……リベリオンから提供された『クラッシャー・オヘア2世号』と、今まで足止めされて飛び立てなかった各国の輸送機。

 それに、度重なり報道されたオヘアの義援物資の寄付に感銘を受けた、リベリオンを始めとする各国の退職ウィッチや兵士達から提供された義援物資を運ぶ輸送機がずらりと並んでおり、その総計は30機を優に超える。

 これだけの大編隊を護衛するとなると相応の数のウィッチが必要となる。502や507のウィッチ達では到底護衛が足りない。

 

 そう、だからこそ必要となるのが『新たな任務』である。

 

『護衛はよろしく頼むねー、『新しいいらん子達』!!』

 魔導無線から能天気なオヘアの声が響く。

 きっと途中で基地に立ち寄るたびに注目の的になるだろう。

 新たに義援物資を積み込んだ『クラッシャー・オヘア二世号』には、『いらん子中隊』だけでなく、502や507、そして、この戦いに参加していたウィッチ達、果てはゼムケやエイカー、そして、あの回復魔法を使えるウィッチまで、ところ狭しとウィッチ達の姿が書き込まれている。最早ノーズアートというよりボブという画家によって描かれた一つの作品である。

 

「恥ずかしいです、菅野さん」

「……殴って壊してえ……」

 ぽつり、とひかりと直枝が呟き。

 

「雁淵さんやヴェスナさんはまだしも、私まであの絵の中に加わるのはおこがましい事では無いでしょうか?」

「そんな事言っても無駄です。一連托生ですよ、美也」

 何とか消してもらおうと遠回しに無駄な努力をする美也。

 

 そして。

 

「……スオムスってやっぱり寒いっすよね?」

「今年の冬はまだ暖かい方ですよ。マイナス20度を下回る日の方が少ないですから」

「……ユニット、凍らないのかしら」

「普通に凍るよ」

 エッタとジェシカの問いにヴェスナとヴァルトルートが答える。

「ハギちゃん、オラーシャにいた事あるよね?」

「シャワーには気をつけて下さい。下手すると死にます」

 

 そんな彼女達に命じられた新たな任務。

 

 それは。

 

 

 ストライクウィッチーズ 二次創作

 

 

 『輸送機を前線まで護衛せよ(Let's go to Kauhava)

 




 一年以上更新が滞り、大変申し訳ありませんでした。
 また、至らない点もあったと思いますが、ここまで読んで頂いた事に感謝します。暖かい感想等も話を書く上で励みになりました。
 書き足りない点もありますが、ひとまず第二部としてはここまでとなります。
 お付き合い頂き、大変ありがとうございました。
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