0730 リヨン臨時基地
早朝の搭乗員室に出撃の令が出たのは、ハンネが淹れたてのコーヒーを搭乗員に配り、朝食のブレートヒェンを皆が口にしかけた、まさにその時だった。
「運が無かったですね」
そう言いながら立ち上がった信乃が搭乗員室から飛び出していく。ちゃっかりブレートヒェンをほおばりながら軽やかに基地を駆けていく姿は、こんな事態は慣れっこだと言わんばかりだ。
「全く、食事くらいゆっくりとらせてもらいたいものだな」
「ユーリ、帰って来てからにしなさい」
慌ててブレートヒェンを口に押し込んでリスのようになっていたユーリにハンネが声を掛け、アンジェラの後に続いていく。
折角入れたコーヒーが台無しになる事よりも、今は緊急出撃の用意だ。
ハンガーに入ると、信乃は既に零式に足を突っ込み、整備兵がエナーシャを回しているところだった。
出撃用の自動施設を持たない臨時基地ではエンジンを始動させる前に整備兵が手動でエナーシャを回す必要があったり武器を運んでもらったりと、一人でユニットは飛ばせない。
その事を見越しての早目の搭乗なのだろう。ブレートヒェン……要はパンだ。その残りをほおばりながら手早く機体のチェックを行っている所作は、食事と同じくらい空に上がることが日常になっている事の表れのようだった。
「回せーっ!!」
続いてアンジェラ、ハンネ、ユーリもそれぞれ自分のユニットへと足を通す。整備兵がエナーシャを回し、タイミングを合わせて魔力を送り込む。メッサーシャルフの低い唸り音と共にプロペラが始動し、滑走路への道が開かれる。
「偵察班とレーダーの捕捉によると敵は小型四機。一人一機で片が付く。落ち着いて行けよ」
アンジェラの言葉に皆が頷く。ハンネや信乃は言わずもがな。ユーリですら新兵にあるまじき不遜さでその言葉に笑みを浮かべている。
「ええと、ハンネ。あたしが4番機でしたっけ?」
「シノは3番機です。搭乗員割を見なかったんですか?」
「えぇ。見たつもりだったんですけど……」
4番機に入るのは明日だったか。帰ったら確認しなくては。
信乃の言葉に皆が苦笑を浮かべる。ここ数日、ナイトシフトに信乃がずっと加わっていることは承知していた。夜中から昼間まで。昼食を食べてから日没までが睡眠時間という変則的な搭乗編成は信乃にとっては不幸だが、そのおかげで人員、特にナイトウィッチの深刻な不足に悩まされている部隊にとっては彼女の存在は素直にありがたいものだった。
とはいえ、信乃からすればあまり役に立っていないことも自覚している。アルマというナイトウィッチが思いのほか優秀だった事もあるが、そもそも夜間の戦闘は探索魔法やレーダーなどを用いてアウトレンジで敵を仕留めるのが基本だ。
自分の射程に敵が届く前にもう一人のナイトウィッチが敵を倒して帰還。未だ夜間で一発も銃を撃っていない。
もっぱら自分が出来る事と言えば、アルマの暇つぶしにつき合ってカードゲームでお菓子を取り上げられる事くらいだ。
それでも飛ぶのは、もし何かあった時、アルマを連れ帰る為だ。それはそれで重要な役目だが、もう少し何か出来る事があるような気もする。
少なくとも、こうして心配してくれる人たちの期待に応えるくらいには、何かしなくては、と思う。
「空の上で寝るなよ?萩谷准尉」
「あたし、そんな器用じゃないです」
アンジェラの茶化すような言葉に信乃が肩をすくめる。
滑走路から空へ飛び立ち、シュヴァルムを組む。
四機編隊、一番機と二番機、三番機と四番機、それぞれのペアが編隊を組むという空戦の基本的な編隊で、リベリオンではフォーフィンガーとも言われる組み方である。
一番機のアンジェラと二番機のユーリ、そして三番機の信乃と四番機のハンネがそれぞれ対になり、互いの死角を補いながら索敵を行いつつ、敵に攻撃を加える際には二機のロッテに分かれ、長機の一番機と三番機を、僚機の二番機と四番機が補助する編成である。
一番若年のユーリがアンジェラの僚機というのも、彼女の生還を再優先にしようとする配慮からなのだろう。逆を反せば、信乃とハンネには自力で生き残るという課題が課せられている訳だが。
「隊長、2時方向、敵機確認。小型が……あれ?」
「どうした、准尉」
真っ先に敵を見つけた信乃にアンジェラが問い返す。
「あー……何か変なのがいます。一機は中型ですね」
「索敵班め、日に日に哨戒が雑になる」
アンジェラが毒づくが、それも一瞬。
「相手はまだこっちに気づいてない。一気に決めるぞ」
その言葉に全員が銃を構え、ズームアンドダイブ。一気に敵に襲い掛かると、カールスラントのMG42が次々に小型ネウロイを粉砕していく。
「やった!!」
ユーリが歓声を上げる。だが、そんなユーリの首根っこを掴み、アンジェラがぐいと引き寄せる。次の瞬間、ユーリの眼前を一閃のレーザーがすり抜ける。
「ひゃあっ!?」
「油断するな、ユーリ」
「こちら萩谷、隊長、すみません。仕留め損ねました!!」
唯一中型を狙っていた信乃の無線が響く。MG42よりも大口径で殺傷力の高い20mmの一射でも、中型ネウロイは健在だった。
「もう一撃だ、上がれ!!」
アンジェラが叫ぶ。だが。
「隊長、もう一撃、いけます!!」
ハンネが叫ぶ。信乃の銃撃で露出したコアをハンネは見逃さなかった。
信乃の斉射から逃れる様に身をよじった中型ネウロイのコアが目前に迫る。ハンネは吸い込まれるように銃口を向け、そして、弾き金を引いた。
次の瞬間、コアを打ち抜かれて爆散するネウロイ。
光の雨の中、ふぅ、とハンネが息を吐いて銃を降ろす。
「……状況終了。よくやった、ハンネ」
全機撃墜を確認したアンジェラがねぎらいの言葉をかける。
「すみません、シノ。余計にいただきました」
余り悪びれた様子も無くハンネが笑みを浮かべる一方、あと一歩の獲物を横取りされた信乃は肩をすくめてため息をつく。
実際は信乃がハンネの援護をした形になったのだが、再度攻撃をする手間が省けたと考えれば、ハンネが信乃を援護したと言っても間違いではないだろう。
「別にいいですよ。ちなみに、ハンネのスコアって今何機なんです?」
同い年だが自分の方が場数を踏んでいるという自負もある。先輩としては後輩にスコアを譲る事くらい大目に見ることも、先輩としての器量の大きさを示す事になる。
「今のが認められれば、丁度80機ですね」
「前言撤回。今のはあたしがコアを特定したから共同撃墜ですよ」
「長機がそういうなら仕方ありませんね」
早速器量の狭さを見せつける信乃と、ふふ、と余裕の笑みを浮かべるハンネ。
カールスラントの公認撃墜の認定は厳しいので、長機や僚機の判断は元より、観測班の記録や状況の報告書等、多角的な面から調査され、少しでも矛盾があれば公認は認められない。長機が共同だと言えばその時点でハンネが単独撃墜したというスコアはまず認められなくなる。
「ちなみにシノのスコアは?」
ぐ、と信乃が一瞬言葉に詰まる。いつか聞かれると思ったが、出来れば聞かれたくない質問だ。
「……公式で26」
「あら。意外ですね」
ハンネが目を丸くする。確かに、今まで見てきた信乃の技量からすれば、カールスラントでは信じられないくらい少ない数だ。
「あたしは囮とか偵察とか、変な任務を任されることが多いんですよ。大体若のせいで。それに、扶桑では公式撃墜のカウントは行われてませんから、スコアはあってないようなものです。そう、だから気にしてないです。気にしないでください」
「じゃあさっきの中型も譲ってくれるんですね?」
「それは無理」
正確に言えば、撃墜のカウントはしているが、自己申告と僚機の証言のみで認められるので、簡単に水増しが出来るし、部隊によっては口裏を合わせて撃墜数をごまかしているところもあるらしい。
その為、公式認定の基準が厳しい欧州では扶桑の記録は公式カウントに含まれない事が多く、信乃もそれに照らし合わせれば欧州の部隊との共同作戦で公式に記録した26機以外は参考記録にしかならない。
知っているウィッチの中には約一名、酒の席で『あたいの撃墜数は350!!あのハルトマンよりも上だぜ!!』とかほざいてるのもいた。誰も信じてなかったが。
信乃も途中までは真面目に自分の撃墜カウントを数えていたが、その事を知ってから自分で数えるのをやめた。その為ユニットの撃墜マークも途中で途切れている。
「はぁ。折角だからここで少し上積みしようと思ってたんですけど……」
「それは猶更申し訳ありませんでした」
くすくすと笑うハンネ。多分全然悪びれていない。
まあ、実際撃墜記録というのはウィッチの実力を測る上で重要な要素だが、それが全てではない。超一流の爆撃隊のウィッチによる航空ネウロイの撃墜数がその実力の参考にはならないのと同様、どこで戦ったか、どのような戦闘スタイルなのか、どこの国に所属しているのかで撃墜数は簡単に変動する。東部戦線のハルトマンがアフリカのマルセイユに倍近いスコアの差をつけていても、実力的には同格だとみなされているのと同じ事だ。
「模擬戦なら負けない自信があるんですけどね」
「私たちの敵はネウロイですから。ウィッチ相手に勝った負けたは関係ありません」
口を尖らせる信乃にハンネがさらりと答える。大人な対応に少し頭に血が上りかけていた事に気が付き、信乃がため息をついた。
2、3日の駐屯のつもりがもう1週間近くになる。
カールスラント語の飛び交う基地にも慣れてきたし、期待していた程美味しくもないカールスラント料理の味にも慣れてきた。というか、お菓子以外美味しくない。何なの、夕食に山盛りに出されるあのキャベツの酢漬け。もう主食じゃないですか。
ああ、白米にそっと添えられた2,3切れのたくあんが恋しい。
閑話休題。
それでも、良い事があるとするならば、その間で段々部隊のメンバーの人となりもつかめてきた事だろうか。
ハンネは最初に抱いていた生真面目な印象とは異なり、割合砕けたところがあり、戦闘スタイルもどちらかというと好戦的だ。何となく近しいものを感じる。
ハンナやアンジェラも付き合ってみると割とフランクで、よくも悪くも自分が抱いていたカールスラントのウィッチのイメージがいかにステロタイプだったかが良く解った。
「まあ、公式記録が伸びてもドヤ顔出来る以外にメリットは無いですけど……」
「カールスラントは勲章がもらえますよ?あと給金の査定にも影響が出ます」
「マジですか?」
ご褒美まで出るとか何それずるい。扶桑でも景品と交換できるとかすればすればいいのに。
「実は、今回シノが譲ってくれれば勲章をもらえるんですが」
「絶対に譲らない」
「ハンネ、私達も見ているんだ。撃墜数のごまかしは感心しないな」
「ふふ。冗談ですよ、中尉」
ハンネがくすりと笑う。いや、割と本気でやるつもりでしたよね。
はぁ、と信乃はもう一度ため息をついた。