チリチリするの   作:鳩屋

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8.オマエのものはオレのもの

「ふざけないでください!!」

 

 隊長室に罵声が響く。もしその場にJG54の隊員がいたらその光景に目を疑うか、或いは恐怖におののくだろう。

「だから、それが出来ていないからこっちはこっちで手を打つことになったんです!!それを……ちょっと……あ……!?」

 温厚な性格で知られるハンナ・フィリーネ大尉が一方的に切られた電話を憎々し気に睨み付け、乱暴に受話器をテーブルに叩き付ける。

畜生(シャイセ)!!」

「荒れてるな、どうした?」

「どうしたもこうしたもありません!!」

 部屋に入ってきたアンジェラにハンナが八つ当たりのように怒鳴る。

「……私はいいが、外まで丸聞こえだ。部下が通りかかったら失神するぞ」

 そういいながらハンナが部屋の隅のコーヒーメーカーからカップにコーヒーを注ぐ。

「……ありがとう」

「私の分だ」

 がくっ。と机に突っ伏すハンナ。

「で、どうした?増員の到着が遅れるのか?」

「それならまだ良いです。いえ、良くはないけどマシです」

 空っぽになったコーヒーメーカーを見てアンジェラを恨めし気に見つめるが、素知らぬ顔でアンジェラはカップのコーヒーに口を付ける。

「ガリアの軍部からです。カールスラント軍のこれ以上のガリアへの増兵は認められない。ガリアの防衛はブリタニア、ガリア両空軍と506JFWが担うので手出しは無用、ですって」

 その言葉に、はっ、とアンジェラが鼻で笑う。

「それが出来ていたら増兵などしないというのに。余程私達が邪魔らしいな」

 元々ブリタニアとガリアにとって、カールスラントはネウロイが出現するまでは仮想敵として互いににらみ合う関係にあった。

 ガリアを全面的に支援しているブリタニア政府としては、カールスラントのウィッチ部隊がいつまでもガリアに居るのは好ましくないだろうし、その規模が大きくなるのは尚のほか面白くないのだろう。そして、支援を受けているガリア政府もJG54への対応に関しては、ブリタニアの意向とほぼ同調している。

「第二中隊はもうブリタニアに来てるのよ?このタイミングでなんて、絶対に嫌がらせだわ」

「ロンドン観光でもさせていればいい。いい休暇になる」

「羨ましいわね。私も行きたいわ」

 ハンナがため息をつきながら体を起こし、椅子の背もたれに体を預ける。

「それで。今日の報告ですね?」

「ああ。私とシノ、ハンネ、ユーリでネウロイ4機。中型が1に小型が3だ。撃墜数はシノとハンネが中型を共同1、小型は私とハンネ、ユーリがそれぞれ1だ」

「……このままじゃユーリが勲章を貰いますね。最年少エースとして」

 既に今日まで昼に3回、夜に2回、506の防空網を抜けてリヨン上空までネウロイが到達している。僅か1週間近くで二日に一回ペースの襲撃。これでは他の前線基地と変わらない。

「若本中尉が今朝来たわ。航空爆弾と20mmの弾丸が切れたって」

「20mmはうちの規格じゃ手に入らんな」

「しばらくは予備のMG42を回しましょう。あの爆弾はしばらく無理ね」

「アレがあると楽なのだが……扶桑の方の反応は?」

「遣欧艦隊の方から物資の補給があるそうだけど、後2、3日はかかるわね。増援に関しては『うちのエースをふたりも回しているんだ。これ以上の増援は無理』ですって」

「そっちにもジョンブル共の息がかかっているのかもな。問題は夜間哨戒だが……」

「そろそろアルマの負担が限界ね。速成訓練、ここで出来ないかしら」

「誰が教えるんだ」

「私も速成訓練は受けています」

「お前が倒れるぞ」

「そう思うなら私のコーヒーを飲まないで。昨日から寝てないのよ、私」

「……私が淹れなおそう。うんと濃い目にな」

 アンジェラが肩をすくめる。

「……何か手はないのか」

「正規のルートはもう無理ですね」

 はぁ、とハンナがため息をつく。

「……ねえ、アンジェラ。コーヒーを淹れたらハンガーに行って。整備兵に予備のメルスを準備するように伝えてもらえるかしら?」

「基地を空けるのか?誰が代わりを……」

「たまにはネウロイだけじゃなくて書類とも格闘しなさい、中尉」

「それが苦手だからお前が司令代理になったんだろう」

「帰ってきたらうんと濃いコーヒーを淹れてあげるわ」

「……それは、助かる」

 コーヒーを飲んだ時よりも苦々しい顔を浮かべ、アンジェラが肩をすくめた。

 

 

 田舎の大地主の農家の屋敷の納屋を改装したハンガーは昼前だというのに大忙しだった。

「共同撃墜が1、確かに確認は取れてますね」

「あたしの一撃でひびが入ってハンネの弾が当たる前に撃墜されてた可能性は……」

「ありません」

 偵察班の報告書に目を通していた整備兵の言葉にがっくりと信乃が肩を落とす。

「少尉!!これでボクの撃墜数3機目だよ!!」

「解ったからユーリは少し休みなさい」

 戦闘の余韻でハイになったユーリをたしなめながら、ハンネがため息をつく。自分達が乗っていたメッサーシャルフと零式が整備の為に奥に運ばれ、代わりに午後からの搭乗員たちのユニットが並べられていく。

「えー?明日は丸一日休みなのに……ですか?」

「疲れというのは気が付かないうちに溜まるものよ。ユーリ、貴女の動き、明らかに落ちてるわ」

「え、そうなんですか?」

「そうよ。まずはご飯を食べて、体を休める事。娯楽室に行ってはダメよ」

「えー……?」

「ユーリ。昨日も言いましたけど……」

「わ、わかりました……今日はいかないです……」

「明日も午前中までよ」

 何しろ遊びたい盛りだ。自己節制の出来る年ではないし、娯楽室は数少ないウィッチ達の楽しみの一つである。昨日も夜遅くまで非番のウィッチ達とダーツをしていたところを部屋まで連行したばかりだ。

「あの。少尉」

「ベレーナ……ああ、今日からでしたね。痛みはないですか?」

「はい。もう大丈夫です!!迷惑をかけた分、これから頑張ります!!」

 そういうと包帯の取れた手をぎゅっと握ってベレーナが決意を露わにする。

「ユーリにはもう負けませんから!!」

 おそらくこの数日、ベレーナも忸怩たる思いで過ごしていたのだろう。決してベレーナの実力はユーリに劣ってはいない。他の若手たちが成果を上げるのを黙って見ているのは決して面白くはなかったはずだ。

「今日の長機は若本中尉でしたね」

「あ、はい……本当は少尉が良かったのですが……」

「若本中尉は教え上手よ。周りへのフォローもしっかりしてるから、安心していってきなさい」

「は、はいっ!!」

「大丈夫、見た目より優しい人よ」

 そういって微笑み、ベレーナの頭をぽん、と叩く。

 搭乗員の控室に向かって行くベレーナの背を見送っていると、かん高いユーリの声が響いた。

「少尉ー、早くご飯食べようよ~」

「すぐ行きます。だからもう少し落ち着きなさい」

 やれやれ、これでは軍人というよりギムナジウムの先生のようだ。

 

 

「お疲れだったな。ハギ」

「疲れましたよ。本当に」

 近づいてくる徹子に信乃が肩をすくめて返す。

「で、何機落とした?」

「……共同で1機です」

 苦虫をかみつぶしたような顔を浮かべる信乃に徹子が意外そうな顔をする。

「それだけか?随分とのんびりしてるな」

「そんなつもりはないんですけどね」

 補給加食のミルクのパックに口を付けながら、午後からの編成に割り振られた徹子の問いに答える。中堅どころの安定した実力を持つウィッチが少ない現状、信乃のような経験値の高い中堅ウィッチにかかる負担は必然的に大きくなる。

 中型を相手にしたのも若手には荷が重くて任せられないという事の裏返しで、それだけ信乃の担っている役割が大きいともいえる。

 最も、そのせいで撃墜数は思ったほど伸びていないのだが。

「折角カールスラントの連中と一緒なんだ。撃墜数は増やさないとな」

「そのつもりなんですけどね」

「まあ、オレもそろそろ撃墜ペースが落ちる」

 肩をすくめて徹子が言う。

「三号が切れた」

「ばかすか落とすからです。一応他国の部隊ですし、補給が少なくなるのは当たり前です。いい加減自己節制する事を覚えてください」

「20mmも切れた」

「ばかすか撃つからです。カールスラントの予備のを借りればいいじゃないですか」

「オレは20mmが好きなんだ」

 食い下がる徹子を、じと、と見つめ、ぽつりとつぶやく。

「貸しませんよ?」

「貸せとは言わん。勝手に持ってく」

 信乃と徹子の使っている99式2型2号機関銃は扶桑では一般的な20mmに対応しているものだが、欧州に出回っているものはほとんどが欧州規格の13.7mmの改型となっており、純正な20mm規格のものは数が少ない。

だが、扶桑の20mmはかなり癖のある弾道のせいでどうしようもなく悪い命中率と、欧州では圧倒的に補給が少ないというリスクを除外すれば攻撃力そのものは非常に高く、一部の扶桑のウィッチ、特に敵に肉薄して戦闘を行うタイプの中には敢えて20mmを好んで使いたがるものもいた。

そして、信乃も徹子もその一部のウィッチの方に該当する。

「な、いいだろ、ちょっとだけ」

「やめてくださいよ。自分のじゃないからって乱暴に扱うくせに。この前もあたしの予備の20mm壊したばかりじゃないですか」

「MG42を借りればいいだろ?な?」

「嫌です」

 MG42に使用されるのは7.92mm。扶桑の99式2型2号20mmからすれば純粋に見て威力は半分以下だ。優秀な銃で欧州では好んで使うものも多いが、扶桑の流儀に従えばこんなちまちました豆鉄砲なんて使ってられるか、である。

「上官命令だ」

「うわぁ、そこまでするんですか?軽蔑します」

「少しいいですか、若本中尉、萩谷准尉」

 その言葉に信乃が振り返り、そして反射的に背筋を伸ばして敬礼をしようとするのを手で制しながら、二人の元へハンナ・フィリーネ大尉が歩み寄る。

 司令代理という肩書の割には内気で大人しく、時に周囲に振り回されることもある少女だ。しばしば若手ウイッチに娯楽室に連れていかれては、ダーツやビリヤードに興じて士官以上に支給される特別な嗜好品を巻きあげられている姿を目撃されている。

 プライベートでは些か頼りない所もあるが、慕われているという意味では間違いではない。

 背筋を伸ばしたままの二人に歩み寄ると、先に口を開いたのはハンナではなく徹子の方だった。

「大尉、こいつにMG42を貸してやってくれないか?」

「自分が借りてくださいよ、若……本中尉」

 他国の上官の前では一応上官扱いをするつもりではいるのだが、つい素で喋ってしまう事も多い。とって付けた階級も何を今更という感じだが、ハンナは徹子の問いにも信乃の言葉にも答えなかった。

「ハギさん、お昼は食べましたか?」

「いえ、まだですが……」

「丁度良かったわ。今から准尉のユニットを用意してもらう間に一緒に食事を取りましょう。説明したいこともあります」

「え?何て?」

 信乃が目を丸くする。

「私と一緒は嫌ですか?」

 眉をハの時に寄せるハンナ。捨てられた子犬のようなつぶらな瞳を向けられて信乃が言葉を詰まらせる。

「そんな事はありませんが……いえ、そっちではなくて」

 何でユニット用意するの?午後の搭乗員割にあたしの名前なかったよね。

「丁度午後から非番ですよね」

 嫌な予感がする。そういえば、どうしてハンナはそんな大きなスーツケースを引きずってきているのか。

「中尉、萩谷准尉をお借りしますが宜しいですか?」

「今はオレもハギもそっちの指揮下だ。あ、ハギ。20mmは置いてけよ」

「駄目です中尉。あの、大尉、どこかに出られるのですか?」

 信乃の問いににこり、とほほ笑んでハンナが答える。

 

「ええ、ちょっと『ロンドン』観光に」

 

 さらりととんでもない事を言いだすハンナ。

 え?何?どうしちゃったの?大尉?

 

 信乃は喉まで出かかった言葉を寸前で飲み込んだ。

 

 

 

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