私と先輩が結婚すべき理由   作:おかぴ1129

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3. かえるの親は、やはりかえる

 新幹線で東京まで出た後、そこから中央線で吉祥寺駅まで出て……そこからさらに歩くこと30分……

 

「着きました」

「……!?」

 

 都内というには自然がいっぱいで……というか、どこか片田舎の懐かしい雰囲気すら漂わせる一角に、設楽宅……いや、設楽宮殿はあった。

 

「……」

「……なにか?」

 

 何食わぬ仏頂面で設楽は俺の顔を睨みつけるが、俺は今、その巨大な設楽宮殿の佇まいに圧倒されている。

 

 設楽宮殿は和風モダンとでも形容すればいいだろうか? 竹の垣根で囲まれた敷地は玄関まで充分な広さがあり、その玄関までの道は浮石が置いてある。小粒の砂利の上に浮かぶそれらは、さながら侘び寂びの様相を呈している。

 

 邸宅そのものは2階建てで、遠目から見る限り、外壁は漆喰と木のようだ。瓦屋根で全体的には和の様相だが、どことなくおしゃれでモダンな感じが漂う。

 

「お前のお母さん……」

「はい?」

「相当な重役だろ……」

「さぁ?」

 

 設楽はいつもの仏頂面を左にかしげる。こいつは事の重大さに気づいてないのか……お母さんとお父さん、相当な人だぞきっと……

 

 と、俺がまだ見ぬ設楽のご両親に気圧され、萎縮して立ち尽くしていたら……である。

 

「ぴんぽーん」

「ばッ……!?」

 

 設楽のやつが、俺の覚悟を待たずしてインターホンを押しやがった!? まるで押されたのはインターホンではなく俺の緊張発動スイッチだったかのように、途端に俺の心臓がマックススピードでビートを刻みはじめる。この勢いなら波紋も練れそうな気がするが、やはりチベットでの修行をしてない身では、そんな奇跡が起こるはずもない。

 

「なにやってんだ設楽ッ!?」

「なにって、ここで立っていても仕方ないので」

「俺の覚悟が完了するまで待てよッ!」

「これでも猶予を与えたつもりですが。それとも直接玄関を開けて入ればよかったですか?」

 

 いや、確かにそれよりは猶予はあるけれど! 直接入られるよりは、まだ若干の猶予があるけれど!!

 

『……はい』

 

 緊張して前後不覚の俺が、隣の仏頂面の設楽に食って掛かっていたその時、インターホンから、落ち着いた妙齢の女性……恐らくは、設楽のお母さん……の声が聞こえた。俺の心臓のビートが、早く、激しくなった。

 

『どなたですか?』

「お母さん。薫です」

『あら薫。もう着いたのですか』

「はい」

『ということは……』

「はい。噂の渡部先輩をお連れしました」

 

 と、親子にしては妙に堅苦しく聞こえる会話を交わす設楽とお母さん。その横で、俺はもう心臓が口から飛び出そうになっていた。

 

「先輩、大丈夫ですか?」

 

 そのサマは、設楽が珍しく俺の顔色を心配し、様子を伺うほどだ。……だが、いつまでもうろたえてばかりではダメだ。

 

「だ、だだだだだ、大丈夫……だだだだだ」

 

 なんとか強がろうとしたのだが、その結果がこの情けないセリフ……自分が情けなくなる……これじゃ、設楽に俺の動揺がバレて……

 

「なら大丈夫ですね。安心しました。さすがは先輩です」

 

 なかった。俺の動揺は設楽にバレるどころか全く伝わっておらず、むしろ俺の動揺しまくりの言葉を聞いて、設楽は心から安心した仏頂面を見せていた。今のこの仏頂面は、一安心してリラックスしたときの仏頂面だ。俺には分かる。眉間にシワもないし、目の鋭さが、見つめる俺を刺し殺す勢いだから。

 

「……」

「……何か?」

「……いや」

「?」

 

 俺はこの時、人の心を読む大切さというものを、身をもって教わった気がした。

 

 ほどなくして、玄関の引き戸がガラッと開き……

 

「!?」

『……』

 

 非常に見覚えのある……というより、俺の隣で佇む設楽に瓜二つのポニーテールの仏頂面が、引き戸の向こうから姿を見せた。

 

「設楽!?」

「はい。設楽ですけど」

 

 その瓜二つっぷりは、俺が思わず、隣にいるはずの設楽の名を呼んでしまったほどだ。

 

「あなたが渡部さんですか?」

「!?」

 

 言われて気付く。俺の設楽は、俺の隣で仏頂面を浮かべている。

 

 ということは……この、設楽がそのままキレイに年齢を重ねたような、この女性が……。

 

「お母さん!?」

「はい。設楽薫の母でございます」

 

 そういい、目の前の設楽そっくりなお母さんは、俺に対して深々と頭を下げた。

 

 ……実は、俺が設楽とお母さんを見間違えてしまったのは、何も髪型や顔つきが……いや仏頂面がそっくりだから……だけではない。

 

「お母さん。お久しぶりです」

「久しぶりです薫。元気にしてましたか」

「……あの」

「はい? どうされましたか渡部さん?」

「……申し訳ありません、そのTシャツは……?」

「……ぁあ、これですか」

 

 俺の失礼な指摘を受けたお母さんは、自身の胸元に視線を落とした。

 

 お母さんは、ボトムスには落ち着いたベージュのチノパンを履いていたのだが……トップスには、墨汁が切れかけの殴り書きのような毛筆体で、縦に大きく『ファッショナブル』と書いてある、娘の設楽そっくりの白のクソTを着ていた。

 

「本日、渡部さんに来ていただけるということで、服を新調いたしまして」

「……」

「せっかくなので、ファッショナブルなこちらのTシャツにさせていただいた次第です」

「……なぜ、そのシャツがファッショナブルだと……?」

「なぜ……って、『ファッショナブル』と書いてあるので」

「……」

「お母さん、ファッショナブルです」

「やはりこちらのシャツで正解でしたね。ありがとう薫」

 

 この瞬間俺の心から、緊張の二文字がほんの少しだけ消えていったのだが……同時に、残念な気持ちが胸いっぱいに広がっていくことを感じた。

 

 ……なんだこの残念な気持ちは。この、初めて設楽のクソTを目の当たりにした時のような、この、如何ともしがたい残念な気持ち。

 

 俺は、設楽のクソT嗜好は、ある程度年齢を重ねて落ち着けば、自然と解消されるものだと思っていた。若い頃に誰もが陥りがちな、体制や社会への反発……『私は他の人とは違う』という自尊心の表れ……それが、設楽にクソTを好ませているのだと思っていた。

 

 ……だが、お母さんのこの『ファッショナブル』を見る限り、そうではないようだ。この親子は、生粋のクソT嗜好……この世に生まれ落ちたその日から、この世を去りゆくその瞬間まで、自ら好んでクソTを着用し続けることだろう。

 

「……渡部さん?」

「はい……」

「先輩? どうかされましたか?」

「いや……なんでもない……」

 

 お母さんから感じられるこの雰囲気は、まだ付き合ってない頃の、俺を振り回しまくっていた設楽に似ている……意味不明な言動で俺を振り回していた頃の、あの正体不明な不安にかられる、あの頃の設楽にそっくりだ。

 

 ……これは、思った以上に苦戦を強いられる挨拶になりそうだ……俺は、将来の相方である心強い(?)味方の設楽を引き連れ、戦慄と混沌の設楽宮殿へと、足を踏み入れた。

 

 


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