私と先輩が結婚すべき理由   作:おかぴ1129

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2. 仏頂面の新人

 俺……渡部正嗣(わたべまさつぐ)は、この会社でも指折りのダメ社員だ。

 

 この会社は中小企業の企画会社で、俺もここに入社してもう五年ほど経つ。にも関わらず、相変わらずミスは多いし仕事量も数をこなせない。おかげで上長からはダメ社員のレッテルを貼られ、最近ではロクに仕事も回してくれない。

 

「おい渡部。これ、パワポにまとめといてくれ」

「はい。了解です」

「いつ頃までに終わりそうだ?」

「明日までにはなんとか」

 

 かろうじて、他の社員から頼まれるパワポ作成が、俺の数少ない仕事だった。

 

 だからといって、別に実力不足を歯がゆく思うとか、もっと仕事が出来るようになりたいとかは思わなかった。要はあれだ。仕事に対する向上心ってやつがなかった。

 

 ……いや別の言い方をすれば、興味が仕事に向かなかった。俺の興味といえばもっぱら、今晩の晩飯は何を作ろうかとか、今度の休みの日は家の掃除をしようとか、明日は晴れだから、出社前に洗濯済ませたいなぁとか、そういうことの方に気が向いていた。

 

 仕事なんて適当にやっときゃいいんだよ。生活に困らないレベルで、程々にこなしときゃいいんだ。それよりも、明日うちに届く生ハム10キログラムの塊の方が俺には大切だ。明日からはしばらく生ハム三昧だ。考えただけでもよだれが垂れるぜこんちくしょう……

 

 そんなことを考えながら、今日も適当に一日を切り抜けることしか考えてなかった俺に、課長からある指令がくだされた。

 

「おい渡部。ちょっとこっちこい」

「はい」

 

 俺がパワポの作成に実力の半分ほどをやっとこ振り絞っていた時、課長に呼ばれ、俺は重い腰を持ち上げて課長の席へと移動した。課長の席には、見慣れない女が一人、こっちに背を向けて、姿勢良く立っている。背がスラーッと高くて黒のスーツ姿がよく似合う、パンツ姿がよく映える女だ。下ろせば肩の下ぐらいまでありそうな長い黒髪を、キレイにポニーテールにしてやがる。元剣道部かなにかか? 偏見だが。

 

「渡部。紹介する。今回中途でうちに入った設楽薫さんだ」

「設楽です。はじめまして」

「あ、はい。はじめまして。渡部です」

 

 その『設楽薫』と紹介された、猫顔の美人といっても差し支えない女は、やたらと無愛想な顔で、俺の顔をじーっと見てきやがった。

 

「……」

「……」

「……なんすか?」

「なんすか……とは?」

「いや、俺の顔をじーっと見てくるから」

「いえ。特には」

「はぁ……」

 

 確かに顔は美人なわけだが、こんな愛想もクソもない仏頂面で顔をじっと見られると気持ち悪い……この女が一体何を考えてるのかさっぱり分からん……たまにいるんだよなぁ……こういう、何考えるのかよくわかんないやつが……こいつの指導係になるやつが気の毒だ……

 

「自己紹介は済んだな」

 

 俺が極めて他人事のようにこの仏頂面女のことを眺めていたら……

 

「では渡部。お前が設楽の指導係だ」

 

 と、課長のやつが中々に物騒なことを言い出しやがった。

 

「はあ!? 俺が指導係ですか!?」

「そうだ」

「なんで俺なんすか!?」

「だってお前、どうせヒマだろ」

「う……」

 

 クソッ……確かに俺は今、確かに同僚のパワポ作成の手伝いという至極どうでも良さそうな仕事以外は特になく、今では社内ニートになりつつある……悔しいが、何も言い返せん……ッ。

 

「お前以外のやつは自分の仕事で忙しい。指導係になれそうなのはお前しかいない」

「……」

「頼んだぞ。この設楽の社員としての成功は、お前の双肩にかかっているからな」

 

 と御年五十過ぎの課長が、えらく熱のこもった声で俺に指導係の指令を下してきたのだが……

 

 しかし納得がいかん。本来、後輩の指導というのは、俺のようなダメ社員の仕事ではなく、もっと上の立場のヤツや将来有望なヤツがやる、責任重大な仕事のはずだ。

 

 教育ってのは、つまり先行投資だ。ここをおろそかにする会社に未来はない。俺のようなダメ社員にまかせていい仕事では、断じてないはずだ……。

 

「あの」

「お、おう」

 

 俺が心の中で毒づき、自分にはこの子の指導係という大役は荷が重すぎるということの理由を必死に探していたら……俺の隣の新入社員、仏頂面の設楽薫とかいうこの女が、また俺のことをジッと見ていた。

 

「というわけで渡部先輩」

「お、おう」

「ご指導ご鞭撻、どうかよろしくお願い致します」

「お、おう」

 

 丁寧な挨拶と共にこいつはぺこりと頭を下げるが……この女の仏頂面、有無を言わさない迫力があるな……ぶすっとした顔で見つめられると……いや、睨まれると、なんかこっちは何も言えなくなってくる……

 

 こうして、俺と仏頂面女の設楽は最初の挨拶を交わしたのだが……ぶっちゃけ、オレの心は複雑だ。『面倒な仕事が増えた』『俺の静かな社内生活が終わった……』そうとしか思えない。出来るだけ仕事に割く体力的リソースは少なく行きたい……成功なぞいらない。ただ静かに、生きていけるだけの収入さえ入れば、俺は何もいらない……そう思っていたのに。

 

「挨拶代わりに握手しましょうよ握手」

「お、おう」

 

 仏頂面から差し出された、白く細い手を握る。華奢な手だが、中々の握力で俺の手を握り返してきやがる……ああめんどくさい……早く家に帰りたいのに……そう思い顔を歪ませる俺。そんな俺の目を、俺より少し背が低いこの仏頂面女の設楽は、その印象的な真っ直ぐな眼差しで、じーっと見つめていた。

 

 ……あと余談だが、握手してる最中、こいつはまったく微笑まなかった。眉間に皺が寄っているようにすら見えた。

 

 


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