私と先輩が結婚すべき理由   作:おかぴ1129

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4. 運命の出会い

 『ファッショナブル』の毛筆体が輝くお母さんのクソTに案内され、俺と設楽は設楽宮殿のリビングへと、足を踏み入れた。

 

「お二人はそこで少しお話でもしていて下さい。今、お茶を準備いたします」

「了解です。ありがとうございます」

「ありがとうお母さん」

 

 お茶の準備に向かったのだろうか……お母さんが着るクソTは、そう言って俺たちに背を向けた後、ゆったりとリビングから姿を消した。

 

 俺と設楽が残されたリビングは広く、サイドボードの上に家族写真がたくさん並んでいる。自然とそれらに目が行き、俺はそのうちの一枚を手に取った。

 

「これは……」

「ああ、これは私が幼稚園児の頃の写真ですね。まだ兵庫にいた頃です」

「……」

「分かるとは思いますが、こちらが母で、こちらが父です」

 

 言われなくても分かる。今の設楽に瓜二つの仏頂面の女性と、顔の作り自体が笑顔のような優しそうな男性に挟まれた、幼児ながらすでに人を射殺す目線でカメラを睨みつける、仏頂面の幼女……これが在りし日の設楽一家か……。

 

 お母さんは本当に設楽そっくりだ。そしてこの幼い設楽も、今の設楽をそのまま小さくしたような、そんな感じだ。この頃の子供となるとけっこう自然な笑顔を浮かべるはずなのだが……こんなに小さい頃から、設楽は設楽だったらしい。その仏頂面は、幼女にしてすでに係長の威厳を漂わせている。

 

「お前は、この頃からすでにお前だったんだな……」

「はぁ……?」

 

 俺の意味不明な感想を聞いて、設楽は頭の上にはてなマークを浮かべていた。まぁいい。我ながら、変な感想を言ってしまったと思うし。

 

 手に取った設楽一家の写真をサイドボードの上に戻し、俺達はリビングの真ん中に置いてある二人がけのソファに腰掛けた。その前には木製の中々に重厚なテーブル。そして周囲を囲むように高価そうなソファが並べてある。

 

 そしてそのまま、待つこと数分。

 

「お待たせしてしまって申し訳ない」

 

 優しく、穏やかな男性の声が聞こえ、中々にナイスミドルな老紳士がリビングに入ってきた。背筋がしっかりと伸びた男性のその手には、急須と湯呑み、そしてお茶請けのきんつばが乗っかったお盆がある。

 

「お父さん。ご無沙汰してます」

「やぁ薫。元気そうで何よりだ」

「お父さんこそ、お変わりなく」

「ああ。母さんともども元気だよ」

 

 設楽が立ち上がり、その老紳士と言葉をかわす。ジーパンに黒の長袖シャツ、そして黒いエプロンをつけたその老紳士は、設楽を見て、とてもうれしそうな笑顔を見せていた。

 

 続いて……

 

「やぁ。きみが渡部くんだね?」

「は、はいッ! 渡部、正嗣ともうします!!」

「はっはっはっ……薫の父です。無理かもしれんが、まぁ緊張せず、くつろいでくれたまえ」

 

 老紳士は俺にも挨拶をしてくれ、優しい気遣いを見せてくれた。そうか。この人が、設楽のお父さんか……

 

「まぁ立ち話もなんだ。まずはソファに座ってくれ」

「はいッ! ありがとうごじゃいまふッ!」

「ぶふっ……噛み噛みじゃないか渡部くん」

「申し訳ございませんお父さん」

「別にきみが謝ることではないんだよ薫……」

「も、申し訳、ございませぬッ!」

「渡部くんも、一体いつの時代からタイムスリップしてきたんだ……まぁ座りなさい」

 

 とお父さんから優しいツッコミを受けつつ、俺と設楽は二人がけのソファに、隣同士に座る。タイミングよくお母さんのクソTもリビングに戻ってきて……

 

「では私はお誕生日席に座ろうか……きみはどうする?」

「私は渡部さんと薫の向かいに座って、無駄にプレッシャーをかけることにします」

 

 と夫婦2人で会話を交わし、お父さんは通称『お誕生日席』へ。お母さんは俺達の向かいのソファに座り……

 

「……っ」

「う……」

 

 その仏頂面を遺憾なく発揮して、俺と設楽に強大なプレッシャーをかけてきやがった。

 

 ……だが、実はプレッシャーなら、こちらも負けてはいない。

 

「……っ」

「……っ」

 

 こちらにも味方はいる。元祖仏頂面の設楽だ。設楽はお母さんに負けない険しさの仏頂面で、自身の母親をにらみ、強大なプレッシャーを……

 

「いえ、久々の実家なので、リビングが様変わりしてて新鮮だなーと感動してただけです」

「……」

 

 まじかー……そこはさー……『私の先輩に無礼を働いたら許さんっ』て感じで、自分の母親を威嚇するところだろー……守ってくれよ自分の婚約者をさー……。

 

 一方、お父さんの方はと言うと……

 

「……タッハッハッ」

 

 俺と目があった途端、こんな感じで苦笑いを浮かべていた。口元にしわがあるお父さんだが、そのしわは、若い頃からずっと笑顔を絶やさなかったからではなかろうか……そんな、自然な笑いだ。仏頂面が二人もいる空間で、笑顔のお父さんの存在が、なんと心に優しいことか。

 

 ……今わかった。この空間で俺の味方なのは、お母さんではなく、設楽でもなく……

 

「ん? どうかしたかい?」

「……いや、俺、お父さんと気が合いそうな気がします」

「それはうれしいね」

 

 お父さんだ。設楽にそっくりな女性と結婚し、妻を笑顔で支え続け、そして妻そっくりの娘を本当に妻そっくりに育て上げたお父さんが、俺の味方なんだ。

 

「それはそうと渡部くん、そのきんつばを早く食べてくれないか」

「あ、はい」

 

 互いに仏頂面で牽制し合う設楽母子はほっといて、俺とお父さんで話をすすめることにする。お父さんがお茶を湯呑みに注ぎながら、きんつばを俺にすすめてきた。人数分の小皿の上に2つずつ乗せられたそれは、いつもスーパーで買うものよりも、若干焦げ目が強く、そして大きい。

 

 まさか、このきんつば……

 

「ではお父さん、いただきます」

「ああ。食べてくれー」

 

 設楽母子はこの際放置だ。勝手にプレッシャーのかけあいをしていてくれ。それよりも俺はこのきんつばが気になる。俺はお父さんにすすめられたきんつばを一つ手に取り、そしてそれを一つまるごと、口の中に放り込んだ。

 

「ぅぉぁあああーん」

「……」

 

 その途端、口の中に広がったのは、こってりしたあんこの甘さと、香ばしい皮の香りと、パリパリとした心地いい感触だった。

 

「もぐもぐ……ぉおお」

 

 ……うまい。この味は市販のものではない。市販のあんこは、もっとこう、甘みがくどい。苦いお茶がすぐ欲しくなる甘みのきんつばがほとんどだ。だがこのきんつば……甘みは充分強いのに、それがまったくくどくない。喉を通してしまえば、あんこの甘みはスッとひく。

 

 それにだ。市販のきんつばはこんなに皮がパリパリとしていない。もっとぐにゃんぐにゃんしている。皮がこんなにパリッと仕上がったきんつばは、そうそうお目にかかれない。

 

 皮の焦げ目自体もいい塩梅だ。これ以上焦げていたら焼き過ぎで黒焦げになってしまうし、それ以下だと物足りない……ギリギリの焼き加減で止めている。

 

 そしてなにより、このきんつばは焼き立てで温かい。これはもしや……

 

「……お父さん」

「ん?」

 

 俺は、満面の笑顔だが、その奥底の目つきだけは妙に鋭いお父さんに、真相を問いただす。

 

「これはひょっとして……あなたが……」

 

 俺にお茶の湯呑みを差し出しながら、俺の言葉に若干かぶせ気味で、お父さんは口を開いた。

 

「お気に召したようで、なによりだよ。ニヤリ」

 

 やはり……このきんつば、お父さんの手作りか……

 

 しかしこれは……なんという腕前だ。ギリギリの焼き加減やあんこの甘み……これは極めたというレベルではない。これほどのきんつばであれば、これ一本でお店を出してもいいレベルの出来だ。

 

「……やりますね。お父さん」

 

 ポツリと口ずさみ、そしてお父さんを見つめる。俺の心臓は依然としてドキドキと高鳴ったままだが、これは、設楽の実家に挨拶に来たという緊張からではない。

 

「気に入ってくれて、私も嬉しいよ渡部くん。ニヤリ」

 

 お父さんから差し出された湯呑みを受け取る手が震える。だがこの震えは恐怖からではない。そのような感情は、この完璧なきんつばを食べたその瞬間、どこかへと消し飛んだ。

 

 代わりに俺の身体を支配したのは、闘志。

 

 今、目の前にいるお父さん……いや腕の立つ料理人と腕を比べ、そして勝ちたい……この人よりも美味しい物を作り、そしてみんなに食べて、喜んでもらいたいという、同じく料理をする男として当然の感情が、俺の心をいつの間にか支配していた。

 

 お父さんの、その鋭い目を見る。

 

――私はね きみの恋人と、その母親の面倒を見てきた男だよ?

  それぐらい、当然だろう? 舐めてもらっては困るね

 

 お父さんの、戦士のように鋭い眼差しが、俺にそう語りかけていた。

 

 ……俺は今、自分の人生に現れることなどないと思っていた人物……好敵手という存在に出会ってしまったことを、その肌で……いや、舌で実感した。

 

「……きんつば、おいし」

「ハッハッハッ」 

 

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