私と先輩が結婚すべき理由   作:おかぴ1129
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7. 親子って、似るんだなぁ

「ふぁへ……もぐもぐ……ぐぎょっ……そろそろお昼ですが……」

 

 俺とお父さんが互いに牽制していたら……絶品きんつばを堪能していた設楽が口を開いた。言われて壁にかけてある鳩時計を見ると……時刻はすでに午後1時前。確かに腹具合が心もとない。

 

「「先輩(主任)、そろそろお昼ご飯を」」

 

 と設楽と設楽母が同時に口を開き、俺達の方を向いた。その顔は、まごうことなき仏頂面。二人の仏頂面が、俺とお父さんに昼飯の催促をする。

 

 本来なら、俺は昼飯の準備はしなくていい立場のはずなのだが……

 

「「お、おう……」」

 

 二人の仏頂面にそう言い寄られると、迫力に押され『おう』としか言えない……。それはお父さんも同じようで、苦笑いを浮かべながら、俺と同じく、『おう』と答えていた。

 

「仕方ない……渡部くん、手伝ってくれるか?」

 

 お父さんが立ち上がり、しずしずとキッチンへと向かう。

 

「わかりました。お手伝いします」

 

 俺も立ち上がり、スーツを脱いで設楽に渡し、シャツの袖をまくって、お父さんに続く。

 

「先輩、一つおいしいお昼をよろしくお願いいたします」

 

 そんな、将来の奥様からの、神経を逆なでしてくるエールを受けながら……

 

「クソっ……」

 

 

 といっても、キッチンはリビングのすぐとなりで、対面キッチンからはリビングの設楽と設楽母の様子がよく見える。

 

「ご飯は朝のうちに仕掛けておいたから、私は卵焼きでも作ろうか。少しきみのお手並みを拝見したいな」

「了解です。冷蔵庫の中、失礼していいですか?」

「どうぞ。好きなのを使っていいよ。好きなものを作るといい」

 

 お父さんの許可を得たので、俺はためらいなく冷蔵庫を開けた。俺の背丈程度の大きさの冷蔵庫の中には、うちの冷蔵庫とは比較にならないほどの大量な食材が並んでいるが、それらはキチンと整頓されている。さすが設楽家……。

 

「では卵を失敬……」

 

 卵を6つほどゲットしていったお父さんを尻目に、俺は冷蔵庫内の物色を続ける。中に、下処理が終わったと思われる筍を見つけた。

 

「おっ。筍ですね」

「お目が高いね。それは昨日掘ったものだ。アク抜きももう済んでるよ」

「わかめはありますか?」

「冷凍庫を見るといい。たけのこと合わせようと思って、昨日生わかめを茹でて冷凍しておいた」

「さすがですね」

「きみこそ、よくわかってるじゃないか」

 

 互いに顔を見合って、男二人でニヤリと笑う。この季節、たけのこといえば、わかめとたけのこの若竹煮が一番うまい。

 

「では使わせてもらいます」

「ああ」

 

 俺は冷蔵庫から水煮のたけのこと、冷凍庫からわかめを取り出し、それを持ってお父さんの隣に立った。お父さんは大きなボウルに卵を割り入れ、顆粒のかつおだしとお醤油をほんの少し加えて、ちゃかちゃかと慣れた手付きでかき混ぜ始める。

 

 俺は俺でまな板を準備し、たけのこを切り分けていく。根本の部分は半月切りで、穂先の部分はくし切りだ。

 

「……」

「……」

 

 今、キッチンとリビングには、さっきまでの騒がしさはない。静かな部屋の中に響くのは、お父さんが卵をかき混ぜるチャカチャカという軽やかな音と、俺がたけのこを切る、トントンというまな板の音だけだ。

 

「ついでに味噌汁も作ろうか」

「はい。お願いします」

 

 卵はまだ焼かないらしい。お父さんは冷蔵庫から豆腐とネギと味噌を出した。鍋に水を張って火にかけ、顆粒のかつおだしを投入したのち、器用に手のひらの上で豆腐をさいの目切りにして鍋に入れる。

 

「わかめ使いますか?」

「ああ。ありがとー」

 

 俺もお父さんの隣のコンロに陣取り、鍋に水を張ってそれを火にかけた。

 

「……」

「……」

 

 男二人、静かに鍋の火加減を監視する。さっきはいがみあっていたが……今は、互いに自分の鍋を見るのに、真剣だ。

 

「……」

「……」

 

 だって、互いの最愛の人に食べてもらうためのものだから。決して、手を抜くことは出来ない。

 

 ……なんて思いながら、真剣に鍋の火加減を見ていたら、である。

 

「……ふふっ」

「? お父さん?」

 

 お父さんが、自分の鍋を見ながら、微笑んでいた。

 

「ああ、いや……楽しくてね」

「そうですか?」

「ああ。楽しいよ」

 

 つられて、俺も笑ってしまう。お父さんは不思議な人だ。さっきまでは、俺に対してあれだけ敵対心むき出しだったのに、今ではホントに楽しそうに、笑顔で味噌を溶いている。

 

「渡部くん。礼を言うよ」

 

 味噌をすべて溶かし終えたお父さんが、俺にそんなことを言ってきた。お父さんの鍋からは、ほんのり味噌の良い香りが漂い始めている。

 

「? 何がですか?」

「薫のことだ。……あの子、ちょっとめんどくさくて大変だろう?」

 

 んー……そうか? 実際、めんどくさいというよりは、付き合い甲斐があって楽しいし。

 

「大変というよりも、毎日楽しいですよ」

「そっか」

「会話をしてると、予想外の答えが返ってくる。それがとても楽しいんです」

「……そっか」

 

 味噌汁の様子を見るお父さんから離れ、俺はまな板の上でわかめの芯を取り除き、鍋に投入する準備をすすめた。

 

「キミもよくわかってると思うが、薫はあんなふうに愛想がない。四六時中ぶすーってして、仏頂面だ。本人にその気はないだろうが」

「ですね」

「それに母親に似て、家事が苦手だ。料理をさせれば、煮物を作ってる雪平鍋からなぜか火が出てくるし……」

「洗濯をさせれば洗剤と柔軟剤の区別もつかないですからね」

「ああ。……ホント、若い頃の妻そっくりだよ。仕事はあんなにデキるくせに……」

 

 お父さんと二人、顔を見合わせてクククと笑う。ひとしきり笑ったあと、お父さんは再び味噌汁の鍋の様子を注意深く見つめた。でもその表情は、やっぱりどこかうれしそうだ。

 

「……そんな薫だから、結婚したときのことが心配でならなかった。私のときよりはまだ敷居が低くなったが、それでもやっぱりこのご時世、『家事は妻の仕事』だという風潮が根強いだろう? そんな中で、薫が結婚したら……出来もしない家事に苦労する毎日を送ることになるかもしれない。そこを理解してくれる旦那ならまだいいが、もし、それを理解してくれない相手だったら……」

「……」

「……そう考えるとね。親として、不安で仕方なかったよ」

 

 味噌汁の鍋が煮え端になってきたところで、お父さんは鍋の火を止め、奥へと移動させた。俺も自分の鍋に準備していたわかめを投入し、若竹煮の仕上げに入る。

 

「……薫から『紹介したい人がいる』と聞いて、気が気じゃなかったが……」

 

 コンロに卵焼き器を乗せて火にかけたお父さんが最初に準備していた卵をチャカチャカとかき混ぜながら、充分熱した卵焼き器に流し込んでいた。じゅわっと心地いい音とともに、俺以上に見事な手際で、卵焼きをくるくると仕上げていく。お父さんは、柔らかい笑顔を浮かべて、卵焼きをすいすいと仕上げていった。

 

「薫は、自分に必要なパートナーが誰なのか、ちゃんと分かっていたんだなぁ」

「……」

「薫が連れてきたのがキミで、本当に安心したよ」

「そうですか?」

「料理の手際を見ればわかる。キミは、本当に毎日キチンと家事をやってる」

「……」

「キミになら、安心して薫を任せられるよ」

 

 お父さんの卵焼きが完成したようだ。それをお父さんはまな板の上にあけ、一口大にささっと切り分けていく。

 

 俺の若竹煮も完成したようだ。鍋の火を止め、大皿に若竹煮を移し替えた。

 

「木の芽もあるから、忘れずに使うんだよ」

 

 お父さんの助言に俺は返事をせず頷いて、冷蔵庫を開ける。木の芽は冷蔵庫の奥の方にあった。

 

「……渡部くん」

「はい?」

 

 お父さんが俺に、リビングを見るようにと、顔で促した。それに従い、俺は設楽と設楽母がいるリビングに、視線を移す。

 

「……」

「……」

 

 設楽母子が、互いに仏頂面で睨み合ってやがる……いや、本当はそうじゃないのかもしれんが、俺にはそうとしか見えん。

 

 だが、長年連れ添ったお父さんには、また別の光景のように見えるようで……。

 

「……うれしいんだろうなぁ」

「はい?」

「ぁあ、いやね? 妻がとてもうれしそうだからさ。薫にキミのようなパートナーが出来たことが、本当にうれしいんだろうなと」

「そうなんですか?」

「ああ」

 

 設楽母も、設楽のようにうれしいときのサインみたいなのがあるのだろうか? こうやって見る限り、鼻の穴がぷくっと広がるような、わかりやすいサインはないようにも見えるが……

 

「妻の耳を見てごらん」

「耳ですか?」

「うん」

 

 お父さんに促され、俺は設楽母の耳を見た。……遠目からなので分かりづらいが、少しピクピクと痙攣しているようにも見える。まるで設楽が、嬉しいときに鼻をぷくっとふくらませるように。

 

「仏頂面は変わらない。でも妻はね。嬉しい時、ああやって耳をぴくっと動かす癖があるんだよ」

「……親子ですね」

「ああ。まごうことなき、親子だ」

 

 そっか。そっくりな親子だなぁ……そう思い、同じく自分の妻を嬉しそうに眺める、お父さんの横顔を見た。

 

 その時。

 

「ぷくっ」

「……」

 

 お父さんの鼻が、ぷくっと膨らんだのがわかった。

 

「ぶふっ」

「?」

 

 ……お父さん。あなたは、設楽が自分の妻にそっくりだと再三言ってますが……どうやら、それはちょっと違うようです。

 

「どうかしたかい?」

「いえ。親子だなぁと思いまして」

「?」

 

 あなたの娘は、お母さんそっくりなだけではなく、あなたにも似ているようです。その、鼻をふくらませる癖が、その何よりの証拠です。あなたが気付いているかは、わからないですが。

 

「「!?」」

 

 リビングの設楽母子が、急にこっちをぐわっと振り返った。結構なスピードで振り返ったものだから、ポニーテールにしている二人の髪が、『ふぁさっ』と音を立てるぐらいに暴れているようにも見えた。

 

「先輩」「主任」

「ん? どうかしたのかな?」「どしたー設楽?」

「「なぜふたりしてこっちをジッと見てるのですか?」」

「いや別に。なぁ渡部くん?」

 

 設楽母子が声を揃えてこちらを訝しげに見つめ、お父さんはニヤニヤとほくそ笑む。そんな三人がおかしくて笑いそうになるのをこらえながら、俺は手にとった木の芽をパシンと叩いた。

 

「ぅおぅっ」

「んお? 設楽?」

「突然のクラップはびっくりするからやめていただきたいのですが」 

 

 






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