私と先輩が結婚すべき理由   作:おかぴ1129

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3. 理由を説明されたが……

「だいたいさ。なんで俺なんだよ……」

「私の夫になるのがそんなに嫌ですか」

「理由が分からん。大体お前……指導してた頃から、俺と話す時はずっと……」

「ずっと……なんでしょうか」

「……いや、何でもない」

 

 青天の霹靂ってのは、きっとこういう事を言うんだろうなぁ……快晴の日に雷なんて、そら鳴るはずないもんなぁ……そらびっくりするわ。一体誰だよこの言葉考えたの。うまいこと考えやがって。今の俺のシチュエーションにぴったりじゃねーか。

 

 まさかこの万年仏頂面女から、『結婚して下さい』と逆プロポーズされることになろうとは……夢にも思ってなかった。

 

 でも、ここで疑問が生まれる。この仏頂面女は、俺と話をする時は終始ぶすーっと愛想のない顔をしてた。恋愛感情のようなものを感じたことは一度もない。少なくとも、好意のようなものをこいつから感じたことは、どう思い出しても一度もなかった。

 

 だからというわけではないが、俺は設楽のことを格別丁重に扱った覚えはない。適当にあしらい、適当に指導し、適当に付き合ってきた。

 

 ……そんな俺と、なぜこいつは結婚しようとする? 何かきっかけでもあったのか?

 

「私と先輩は、ベストマッチだと思うんです」

 

 俺の疑問に答える気になったのか何なのか……相も変わらずの仏頂面で、設楽は俺の質問にそう答えていた。答えながら、自分の仕事用バッグをごそごそ弄りだしたのがとても気になる……なんだか片手間で俺の質問に答えているように見えて、不愉快な気持ちになる……

 

「ベストマッチって……俺とお前ってそんなに仕事でいいコンビだったっけ?」

「いえ、仕事のことではありません。言ってみれば、相性というやつでしょうか……」

「どこがだよ……お前の言ってることがさっぱり分からない……」

 

 しばらくごそごそと自分のバッグをまさぐっていた設楽が、俺の目の前に出したもの……それは、iPadだ。

 

「……それで何するつもりだよ」

「ええ。私と先輩がベストマッチだと思う理由を、これから説明しようかと……」

 

 そう言いながら、設楽がiPadをすいーっすいーっとキレイな右手で操作していく。そして俺に見せてくれたその画面には……

 

――私と先輩が結婚すべき理由

 

 そんなふざけたタイトルが表示されていた。

 

「では始めさせていただきます」

「お、おう……」

 

 仏頂面の設楽の雰囲気に飲まれ、俺はそのパワポのふざけきったタイトルに突っ込む気力を失ってしまった……

 

「そもそもなぜ私と先輩がベストマッチなのかというと……」

「……」

 

 そのパワポは非常に作り込まれていて、要点はわかりやすく、図表やグラフなどのビジュアルにも力が入れられている。さすが、師匠の俺を差し置いてパワポ職人としてキャリアをスタートさせた設楽だけのことはある。この完成度のパワポを使ったプレゼンを前にすれば、大抵のクライアントは設楽に口説き落とされるだろう。

 

 ……だが、今回だけは話が別だ。

 

「先輩は仕事においては優柔不断で、決断力がありません」

「おい」

「こちらの棒グラフをご覧ください。先輩は業務においてはお世辞にも効率がいいとはいえず、勤務成績も限りなくケツに近いブービーといえます」

「ふざけんな」

「私が係長に出世したことで再び課内のパワポ職人の地位に返り咲きましたが、もはや名声は過去のものとなり……」

「さてはお前、俺を口説き落とす気がないな?」

「バカな。私は先輩との結婚を、より確実なものにしようと……」

「どこにクライアントをけなすプレゼンをするアホがいるんだよ」

 

 こんなプレゼン、誰が聞いても気分が悪いだけだろう。パワポの出来が良すぎるだけに、聞いていて非常に腹立たしい。オレの心がささくれ立っていく。

 

 そしてプレゼン内容は、次第に俺の女の好みの話へとシフトしていき……

 

「正直、ここが一番の懸案事項なのですが……」

「なんだよ」

「調査した結果、先輩の女の子の趣味は、いわゆるたぬき系の顔だと思います」

「だなぁ。まぁ付き合いも長くなってきたしな。それぐらいは分かるだろ」

「対して私は猫顔だ」

「だなぁ」

「……我慢していただきたい」

「クライアントに我慢を強いるプレゼンは初めて聞いた」

「私との結婚生活のため、そこは妥協して猫顔で我慢していただく必要が……」

「妥協だの我慢だの……そこまでクライアントに不利益を平然と押し付けるか」

「次に、先輩の女性の胸の好みですが」

「いきなり話が飛ぶな」

「俗に “おっぱい”と呼ばれているものですが、分かりますか」

「いちいち言い直さなくても分かる」

「先輩は、言うほど女性のおっぱいにこだわりがないと見えます」

「おっぱいは好きだが、好きな子のおっぱいが好きなおっぱいだな。そういう意味では確かにこだわりはない」

 

 設楽の視線が、自分の胸元に落ちた。つられて俺も、不本意だが設楽の胸元に向いてしまう……。

 

「……察していただきたい」

「何をだよ」

「……」

「……」

「察していただきたいっ」

「だから何をだよ」

 

 ここで設楽が次のスライドに行こうとしたところで、さっきもドリンクを持ってきてくれた女性店員の手によって、注文していた厚焼き玉子とサラダと刺し身の盛り合わせが届いた。

 

「おまたせしましたー。こちらお刺身の盛り合わせでーす」

「……」

「……」

 

 さすがに恥ずかしいのだろう。『先輩と私の関係性からみる相性』というスライドを映したiPadはそのままながら、設楽は口をつぐんでじっとしていた。……と思いきや。

 

「こちらは厚焼き玉子でーす。あとこちらが……」

「私と先輩の年収予測推移グラフになりますが……」

「店員と会話をシンクロさせるな。度胸の無駄遣いはやめろ」

 

 そんなこんなで、意味不明かつ無駄に腹立たしいパワポによる、こちらの逆鱗を逆撫でしようという意図しか感じられないプレゼンを、俺は右手を上げて強制的にストップさせた。

 

「おい設楽」

「はい」

 

 なぜこいつは、プレゼンでプロポーズを行おうと思ったのか。それがいまいち見えてこない。

 

 そらぁたしかにこいつはパワポ作成が得意だし? 思いの丈を言葉にするのに、得意な何かに頼りたいと思う気持ちは分からんでもない。

 

 だけどさ。プロポーズって、もっとロマンチックなものなんじゃないの? こんなさ。ビジネスライクなものではなくて……

 

――せんぱい……好きです……

 

――設楽……い、いけない……ッ! 俺は……俺達は……ッ!!

 

 ……これだ。プロポーズって、本来こういう、ロマンチックなものなんじゃないの? もっとこう、愛に溢れた、感動の涙をさそう、一世一代の転機で、人生で一番ステキな時間になるはずのものじゃないの?

 

 それが何なの? 藪からスティックにいきなり仏頂面で『結婚して下さい』と言われ、『あなたは仕事が出来ませーん』と罵られ、しかもそれをご丁寧にパワポで視覚化までされて……こんな前代未聞でビジネスライクで不愉快なプロポーズ、ダメなんじゃないの? お前、これでいいの? むしろ俺を笑い者にしたかったの?

 

「お前さ」

「なんでしょうか」

「なんでわざわざパワポでプロポーズしようと思ったんだ?」

「……」

「……ふざけてるのか?」

「私はふざけてなどいません」

「なら何なんだ。俺にはお前が仏頂面でふざけてるようにしか見えないんだが」

 

 『流石にやりすぎたか……』と反省したのか、はたまたへそを曲げたのか……それは表情からは読み取れない。だけど少し真剣味がこもった俺の声を聞いた設楽は、ふざけきったパワポが映っているiPadの画面を切った。

 

「……お気に召しませんでしたか」

 

 設楽がiPadをしまいながら、ポソリとそうつぶやいた。その声に俺の良心が少々傷んだが、それでもついさっきまで、魅惑の意味不明パワポで俺を弄んだその罪は消えない。

 

「そら半分冗談とはいえ、自分のことをけなされまくったパワポを作られてへらへら笑ってられるヤツなんか、どえむ以外にはいないだろう」

「私は至極真剣なのですが」

「なおさらタチが悪いわ」

「せっかくここ数日、寝る間も惜しんで作ったのに……家でも会社でも作り込んだのに……」

「ここ数日難しそうな仏頂面で机にかじりついてたのはそれが理由だったのか……部下を預かる身でなに遊んでたんだよ」

「遊んでるつもりなどありません。私は真剣に作っていました」

「仕事中にやるなよ。仕事に集中しろ集中」

「仕事と人生の充実の二者択一なら、私はためらいなく人生の充実を取ります」

 

 あんなに真剣な眼差しで終始せわしなく仕事に励んでいるから、一体どんな難しい仕事を任されたのかと心配してたのに……俺の心配を返せよこんちくしょう。

 

 だが、そんな俺の心の中の抗議なんぞどこ吹く風で、ごそごそとiPadをしまう設楽の横顔は……

 

「……」

 

 なんというか……いつもの仏頂面だったのだが……なんだかとても、寂しそうに見えた。

 

 iPadをしまい終わり、設楽は黒霧島を一口飲むと、厚焼き玉子に箸をつけた。ふわふわの厚焼き玉子を注意深く箸で持ち上げ、一切れをまるまる口に運び……

 

「ふぇんはい、おいひいれふよこの卵焼き」

「いきなり機嫌直すなよ! しんみりした俺の気持ちを返せ!!」

 

 といつもの調子に戻りやがった。なんだよ……罪悪感に苛まれた俺の純心をどうしてくれ……

 

「……パワポは、先輩が教えてくれて、先輩が認めてくれた、私の強みです」

「?」

 

 唐突に、設楽が真面目に話し始めたのだが……

 

「だから先輩にプロポーズしようと決めた時、パワポを使おうと思いました」

「……」

「先輩が認めてくれた私のパワポで、先輩に思いの丈を打ち明ける……それはダメなことでしょうか」

 

 そんないじらしいことを俺に告白する設楽の顔は……真剣というよりも、やっぱりいつもの仏頂面だった。

 

 ……俺は後輩の設楽に、少し悪いことをしてしまったようだ。顔つきはいつもの仏頂面だが、それが勢いのないちょっと沈んだ仏頂面なのが、その証拠だ。そろそろ長い付き合いになる俺には分かる。声に勢いもないし。

 

「おい設楽」

「はい」

「前言撤回だ。さっきのパワポ、とりあえず最後まで見せろ」

 

 そこまで言われたのなら仕方がない。気に入らないのは変わらないが、義理で一応、すべて見てやる。

 

「おっ。私の気持ちを受け入れて、結婚するつもりになってくれましたか」

「ちゃうわ。とりあえず最後まで見てやるだけだ」

「ちくしょう」

 

 そう言いながら、再びiPadをバッグから取り出す設楽。

 

 その顔を観察していたら、設楽の鼻が、ぷくっと膨らんでいた。 

 

 


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