私と先輩が結婚すべき理由   作:おかぴ1129

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6. 好きなものを山ほど食えるぞ

 戦慄の佛跳牆(ファッテューチョン)プレゼンから半年ほど過ぎた、ある日のことである。この日も俺は午前中は資料作成で暇をつぶし、午後は午後で同じく資料作成でヒマを潰すつもりだった。

 

 一方で、この頃になると非凡な才能を見せつけていた設楽は、俺からパワポ職人の座を奪い去り、今では社内で必要な資料のほぼすべてを手がけるようになっていた。その結果、会社全体の成績が目に見えて向上しているという話だ。

 

 営業のやつらが持っていく会社概要の資料を、設楽が新たに作り直した結果、会社全体の売上が5割増でアップした。先日行われた大企業のコンペでは、設楽が作ったプレゼン資料で見事採用を勝ち取ったとも聞く。……とにかく最近、設楽の評価がうなぎのぼりだ。

 

 おかげで設楽は、暇で時間つぶしに勤しむ俺の隣の席で、とても充実した忙しい日々を送っているようだ。今日も今日とて、今から昼休みだと言うのに、まだ午前中の仕事が終わらないらしく、忙しそうにパソコンのキーボードを叩いている。

 

「おい設楽」

「はい」

「昼飯だぞ」

「分かっています。このテキスト打ち終わったら、お昼にします」

 

 俺は自分の弁当の包みを開きながら、隣でパチパチとせわしなくキーボードを叩く設楽にも声をかけてやった。最近のこいつ、ホント忙しそうだからなぁ。手伝おうかと思って声をかけても……

 

――大丈夫です 私におまかせ下さい

 

 と、手伝わせてくれないし……

 

 まぁあれか。こいつはすでにひよっこから若鳥へと成長したのだろう。親鳥である俺の胸元から大きな翼で飛び立った、将来を嘱望された若鳥……それが設楽だ。親としてはいささか残念ではあるが、これからぜひとも俺の代わりに頑張っていただきたい。

 

 ほどなくして、設楽は目標のテキストをすべて打ち終わったのか、パソコンのキーボードを自分の目の前からどかして、机の上にコロッケパンとカレーパンを一つずつ、自分のバッグの中から取り出した。この包みは……会社の前のコンビニで買ったやつか。

 

「また今日も惣菜パンか」

「はい」

「自分で作ったりはしないのか?」

「料理しませんので」

 

 恐ろしいほど無愛想な仏頂面でコロッケパンの包装を開き、それを咥えた設楽は、次にバッグの中から大きめの保温タイプのタンブラーを出していた。中には何か冷たい飲み物でも入っているのだろうか。設楽のことだから、ブラックコーヒーとか入ってそうだよな……実際こいつ、ブラックコーヒーがよく似合うし。

 

「なんですか先輩」

「いや、そのタンブラーの中身は何かなぁと思って」

「みかんジュースですが」

 

 意外だ……でもこいつのことだ。ジュースといってもただのジュースではなく、有機栽培された国産みかんだけで作った、100%の濃縮果汁還元とかではない、しぼりたてジュースみたいな……

 

「いえ、みかんジュースとは名ばかりの無果汁飲料『フレッシュみかん聖歌隊』ですが」

「俺が思った以上にお前はジャンクな人間なようだ。なんだその個性以外のすべてを切り捨てた名前のジュースは」

「初耳ですか?」

「初耳だ」

 

 意外だ……なんかこいつから常に意識高い系のオーラが発せられているように見えていたから、そんなジャンクな感じのものを好むとは……

 

「別に好きではありませんが」

「なぜ好きでもないものをわざわざタンブラーに移し替えて持ってくるのか……」

 

 なんだか頭が痛くなってきた……こいつと話をする時はいつもこんな感じだ。仏頂面で思考が読みづらいから、こいつが次に何を言ってくるのか、全く想像がつかん……おかげで普通の人との会話の何倍も疲れる……予想外の言葉が返ってくるから、楽しいといえば楽しいが。

 

 そんな風に設楽との会話に頭を抱えつつ弁当の蓋を開けたら……何か気になることがあるのか何なのか、設楽が俺の弁当を覗き込んできていることに気付いた。

 

「……先輩」

「……お、ああ、どうした?」

「先輩はいつもお弁当なんですね」

「ああ。そだな。外出することもあるが、基本的には弁当だ」

「作ってくれる方がいらっしゃるのですか。ご家族とか」

 

 まぁ、普通はそう思うよなぁ……俺の弁当を見たやつは、十人中十人がそう質問してくる。そして『自分で作ってる』と答えると、質問者はもれなく全員、『そうなんですか!?』とびっくりするんだ。

 

 こいつだって例外ではないはずだ。きっと俺の答えを聞いたら、『そうなんですか!?』と驚きの声をあげるだろう。

 

「いや、俺が作った」

「へー」

 

 ……ほう。やるなこいつ。自分から質問しといて、ここまで興味ゼロな返事を返してくるとは。

 

「いや私、料理に関してはホント何も知らないので」

「にしてももうちょっと言い方ってのがあるだろう」

「すみません」

「いや責めてるわけじゃないけどな」

「いお……もっきゅもっきゅ……気をふへ……もっきゅもっきゅ……ごぎゅっ……ます」

「ものを食いながら反省の弁を述べるな」

 

 口では謝罪をするが反省の雰囲気ゼロな設楽は、再び口いっぱいにコロッケパンを頬張りつつも、俺の弁当から視線を外さない。返事こそ興味ゼロだったが、本当は俺の弁当に興味津々なのか?

 

 もう少し弁当談義を続けてみるか。俺は弁当の中のぶりの照焼を頬張りつつ、設楽に問いかける。

 

「お前は、たまには弁当作ったりしないのか?」

「さっきも言いましたが、料理しませんので」

「そうか。……だけどな。自分で作る弁当はいいぞー。自分が好きなものを好きなだけ入れられるからな」

 

 これは本当。事実、おれが弁当を作る理由の半分はそれだ。

 

 たとえば『今日は唐揚げがいっぱい食べたいなぁ』と思った時は、近所のコンビニで唐揚げ弁当を買うよりも、自分で山のように大量に唐揚げを作ってそれを弁当にしたほうが、心の満足度が違う。市販のものよりも、唐揚げが大量に食べられるからだ。

 

 そんな話を若干熱がこもった声で俺が説明していたら。

 

「だとしたら……先輩は卵焼きが大好物なんですか?」

 

 と、突然変化球な質問をしてきやがった。確かに卵焼きは大好物だが、なぜそれがわかったというのか。

 

「なぜなら、先輩のお弁当には、毎日卵焼きが欠かさず入っているからです」

 

 そういって、今度はカレーパンの包装を開けながら、設楽がまっすぐ俺の方を見る。その猫目な設楽の瞳は、ブレることなく俺をジッと見つめていた。

 

 ……こいつ、意外なことに、俺の弁当の中身を毎日チェックしていたのか……? 確かに俺の弁当には、毎日欠かさず卵焼きを入れているし、俺は卵焼きが大好物だ。だし巻きや醤油……時には甘い卵焼きを入れることもあるが、基本はしょっぱい系を入れることが多い。

 

「そうだな。卵焼きは好きだな」

「ほー」

 

 ……またか。また興味ゼロな返事か。包装から出したカレーパンを無表情で頬張るこいつが、段々腹立たしく思えてきた。何か話題を振ってくるからこっちは誠実に答えているというのに……なんなんだこの興味ゼロさ加減は。

 

「もっきゅもっきゅ……先輩」

「なんだよ」

 

 と思いきや、こいつはいつもの仏頂面のその裏で、実は俺の卵焼きに対して、この上ない興味と情熱を抱いていたらしい。それは、こいつの次の一言で理解できた。

 

「その、先輩自慢の卵焼き」

「おう」

「一ついただいても、よろしいですか」

 

 設楽と隣り同士の席になり、こいつと昼飯を食べる機会も決して少なくないが、そんなことを言われたのは始めてだ。なんだか新鮮だ。こいつの口から『卵焼きが食べたい』の意思表示を受けるとは。

 

「いいぞ。ほれ食べろ」

 

 そんなに食べたいのなら、食べさせない理由はない。俺は弁当箱を設楽に差し出し、その中で黄色に輝く卵焼きを一つ取るよう、設楽に促した。

 

「あーんってやってくれないんですか」

「お前は俺にあーんってやってほしいのか」

「全力で拒否させていただきますが」

「だったら最初から言うな」

 

 そんなお決まりの軽口の叩き合いのあと、設楽は俺の弁当箱から自慢の卵焼きを一つつまみ、口の中のカレーパンを飲み込んだ後、

 

「では……いただきます」

「めしあがれ」

「あーん……」

 

 俺の卵焼きを口に放り込み、丁寧に味わっていた。

 

「んー……」

「どうだ」

「……」

 

 しばらくの間の後、設楽から聞かされた感想は。

 

「……」

「……」

「……めちゃくちゃ美味しいです」

 

 と、最上級の賛辞だった。

 

 ただ、その賛辞を俺に送っている設楽自身が、最高に無愛想な仏頂面のため、その賛辞のありがたみも嬉しさも、九割近く失われていた。

 

「……お前、本気でうまいと思ってる?」

「私は常に本気ですが」

 

 俺の疑念に対し弁明をする設楽の鼻が、ほんの少し、ピクッと動いた気がした。

 

 


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