もしも、燕結芽に兄がいたら   作:鹿頭

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胎動編
もしも、燕結芽に兄がいたら


燕結芽。

 

世間からは折神紫の親衛隊四番席だの、天才刀使や戦闘狂なんて風に言われているし、これらは全て事実でもある。

 

けど、そんな事は全然僕には関係のない話だった。

結芽は結芽。

 

僕のたったひとりの大切な妹。

それだけで十分だ。

沢山色眼鏡をかけるのはあまり好きじゃない。

 

昔、彼女が御刀に選ばれたのはとても誇らしいし、我が事の様に嬉しかった。

 

 

周りは、天才、神童と偶像の様に褒め称え、祭り上げていく。

 

とは言えやはり、彼女自身が一番嬉しかったのだろう。

誰よりも強ければ、己の強ささえ証明すれば、周りが勝手に褒めはやす。

 

小さい結芽に、周りの高評価と言うのは余りにも甘美な毒だったのだろう。

 

持ち前の天賦の才も手伝ってか、結果として結芽は天に昇る龍の如く実力を向上させていった。

 

更に、伍箇伝一の歴史を持つ、綾小路武芸学舎(あやのこうじぶげいがくしゃ)に入学する事も出来た。

 

一度は挫折を味わうか、と少し心配したが、そんな事は全然なかった。

事実として、誰も止めるものは居ないのではないか、と錯覚する位に強く、頂点を独走していたし、一切負けなかった。

 

右に出る者無し。

将来は約束されているに等しい──否。

約束されていた。

 

が、しかし。

その後、そんな物を嘲笑うかのような出来事によって挫折を味わう事になるとは、僕はその時全く考えてなかったし、想像する事もなかった。

 

ある日、結芽は突然倒れ、病院に搬送された。

どうやら肺が生まれつき悪かったのではないか──と医者は言っていた。

その上、俗に言う所の不治の病、と言うやつだった。

 

訳がわからない。

 

医者から詳しい話を聞いた上で思った事だ。

まるで、足元の地面は実は深淵覗く暗闇に、一枚の布切れを挟んだだけだ、と誰かに言われたような心持ちだった。

 

不治の病。

刀使としては最早絶望的。

それどころか、残りの余命は幾ばくも無い。

長い物に巻かれにきた様な有象無象が離れて行くのは当然だった。

 

それはまだマシな話だったし、そんなもんだろうと元々認識もしていたので、気に留める事も無い。

 

しかし、だ。両親が、見舞いに行くのを渋り始めたのは全くもって慮外。理解の外を行っていた。

 

自分の娘じゃないのか。どうして?

 

疑問を抱いた僕は、何故か、と真っ正直に問うた。

それが、この者らの本性を暴く事になるとも知らずに。

 

最早、あの子に構っている時間が無駄だと。

その様な事を言っていた様な気がする。

その時の事を鮮明には覚えていない。

覚える気にもなれないから、本当にそんな事を言ったのかどうかもわからない。

 

ただ現実として、彼らがそれから一切結芽の病室へ脚を運ぶ事が無くなったのは確かだ。

 

怒りを通り越して何も思わず、そう言うニンゲンだったのか、と素直に納得した自分が居るだけだ。

自分でも、随分と冷静に受け止めれたと不思議に思っている。

 

その後、両親が見舞いを取りやめる事を命じて来たり、今更何やら言ってきたが、そんな事はどうでも良い。

僕は大学を休学し、一人結芽の見舞いに足繁く通った。

 

彼女に残された時間が残り僅かな様に、僕が結芽と過ごせる時間も等しく僅か。

 

そんな、大切な時間を大学に注ぎ込む気にはなれなかった。

 

理由も理由だったので、親族は兎も角、大学側とは争う事も無く、すんなりと休学許可が出た。

 

その日から終日、面会時間ギリギリまで結芽の側に居ることが出来るようになった。

 

「お兄ちゃん、大学は?」と、数日くらい後に尋ねられた。

急に滞在時間が長くなったのだ。不審に思うのも無理はない。

僕は正直に「休んだ」と、それだけ伝えた。

「そうなんだ」と。結芽の返事も簡単なものだった。

 

それから、「ねぇ、パパとママは」と、結芽は尋ねてきた。

 

とうとうこの質問が来たか、と少し苦々しく思った。

 

はてさて一体どう答えれば良いのやら。

しばらく逡巡したが、嘘を言ってもバレるだろうし、やむなく正直に答える事にした。

 

「もう、来ないよ」

 

「………なんで」

 

僅かに絞り出す様な声だった。

そしてその言葉は俺にはとても辛いものだった。

両親が来ない、と言うのは寂しい。

その事を、僕はよく理解している。

 

「…ごめん。僕なんかより、やっぱりお父さんやお母さんの方が「違う」

 

「違う。なんで、お兄ちゃんは来てるの?」

 

ハッと結芽を見る。どうやら、僕の認識が甘かった様だ。

すっかり曇ってしまった淡い空色の瞳には、困惑や疑問ではなく、恐怖から来る不安の様なものが見て取れる。

 

「────ふぅ」

 

息を吸い込み、ゆっくり吐き出してから、柔らかく微笑んで見せる。

 

結芽ではなく、ただ自分を安心させる為に。

僕には、恐らく彼女が求める様な答えは持ち得ていない。

その事実から来る恐怖を押し殺す為に。

他ならぬ僕自分自身が、この瞬間を今一番恐れているのだ。

 

「──お兄ちゃんだから……ってのはダメか、そうだよな、納得いかないよな…」

 

結芽が訝しむ様な表情を浮かべていたので、話を振り出しに戻す。

煙りに巻ければ良かったのだが、病床に就いている今、総てが疑わしいのだろう。

事実、医療関係者を除けば俺しかこの病室に訪れる者はいない。

 

「自分の気持ちを、僕は口で上手く説明出来ないんだけど……」

 

だから、行動で示してきたつもりだったけど、心身共に傷ついた結芽では伝わらなかった。

 

そう考えると、納得いかないのも当然だったのに。自分で自分に呆れる。

 

「そうだね……うん。結芽はさ。頑張ってた。御刀に選ばれた時から、みんなに凄い所を見せたい!って言ってさ、頑張ってたよな」

 

「………うん」

 

「実際、結芽は強かった。誰にも負けなかった。そんな結芽を見て、僕も嬉しかった。けど、本当の所は、別に凄い所が見たかったわけじゃない」

 

「え」

 

「そりゃあ、凄いにこしたことはないさ。でも俺は、結芽が嬉しそうにしてたから嬉しかったんだ。ただ凄いから嬉しい、とかじゃなくてさ、結芽だから、なんだよ」

 

「………かんない」

 

「わけわかんない!」

 

「なんなの!?さっきから!ずっとずっと!」

 

「おい、あんまり叫ぶと……」

 

「他の奴はみんな居なくなった!パパやママまで見放した!なのに、なのに……っ!」

 

興奮して急に大きな声を出したので、案の定咳き込み始めてしまった。

 

落ち着かせる意味も込めて抱きしめる。

跳ね除けようとしたのか、身体が震える。

しかし、それは一瞬にしか過ぎなかったので、そのまま背中をさすり始める。

 

「それに……お兄ちゃんは…」

 

咳も止み、落ち着いて来た頃に、結芽は口を開いた。

 

「結芽。それは言わない約束だ」

 

天才と、替えの効く凡人。二人並べれば何が起きるのかは、火を見るよりも明らか。

 

だが、僕はそれで構わなかった。

僕にとっての幸福は、少し人とは違ったようだから。

 

「あれこれ言ったけど、僕はね」

 

「結芽が好きだから、側にいるんだ。それ以外に理由は……無いかな」

 

結芽を抱きしめながら言う。

少しでも、僕の気持ちが伝わるように。

誰かを、僕を。信じられるように。

そんな、思いを込めて。

 

「ぅ…っうう……ばか……ぁ…」

 

「うん、泣きたい時は、泣けば良い。今の今まで、結芽はちょっと……頑張り過ぎたんだから」

 

その言葉が最後の堰を切ったのか、結芽は泣くのを止めようともしなかった。

心配したのか、近くを通りかかった看護師が見に来ることも有ったが、大丈夫、と追い返した。

 

その日から、結芽はまた笑ってくれるようになった。

 

 

 

それは良かったんだ。

でも、でも。

 

前提として、結芽は助からない。

その事を忘れて───いや、忘れたかったんだ。

 

結芽は、日に日に目に見えて弱っていく。

 

その事実から目を背けたくなるし、弱っていく結芽を見たくないと脚を止めようとする。

だが、此処で止まるのは。

 

やめる事だけは絶対にしたくないし、してはならない。

何があっても最後まで居たい。

 

そう願っているし、誓ったからだ。

違えるなら、死んだ方がマシだ。

 

しかし、運命というのは無情なモノで、とうとう結芽はあまり口を開かなくなった。

肺が病巣になっているから、息をするだけでも辛いし、話も出来なくなる。

 

変わる事なら変わってやりたい。

───どうして、どうして。

何で、よりによって結芽なんだ。

 

「……ぃちゃん………」

 

微かに、僕を呼ぶ声が聞こえる。

それを僕は、聞き逃す訳がない。

 

「うん?……なんだい、結芽」

 

「こわいよ……」

 

「っ………」

 

思わず涙が潤む。

結芽の方がずっと辛いだろうに、こっちの方まで悲しくなる。

涙なんか出ても、なんの慰めにも、解決策にもならないだろうに。

 

「だから、手。握って……」

 

絞り出すように請うのは、無垢な願い。

少しでも、恐怖から逃れたいと、不安を和らげたいと願う根源的な祈りだ。

 

「──ああ、もちろん」

 

それに、答えない訳が無い。

ゆっくりと差し伸ばされる手を、両手で包み込む様に握る。

 

「あったかいね……」

 

「そっか」

 

辞めてくれよ、そんな事言うの。

まるで、まるで。

 

 

もしも、この世に神が座すのならば───

 

硬く目を閉じ、今もその身を襲う苦痛に耐えている結芽を目の前にして、そう願わずにはいられない。祈らずにはいられない。

 

だが、願いも祈りも天上の神には届かず──替わりに来たのは、人の皮を被った悪魔だった。

 

 

「失礼する」

 

黒く、鋭い刃を思わせるような長い髪。

白い軍服じみた服に身を包むのは、この国の国民なら大半が知っているで有ろう人物。

 

「折神……紫…」

 

その人が、そこには立っていた。

 

「何故……「燕結芽」

 

僕の問いには目もくれず……いや、実際この人は僕の事は一切見ていない。

眼中にない、と言うべきか。

 

「お前の命……後少しだけ猶予が得られるが、どうする」

 

「……は?」

 

何を言っているんだ?

どれだけ手を尽くしても、延命すら不可能だったのに。

折神紫は、何を知っている?

 

「それは──「私は今、燕結芽と話をしている。少し静かにして貰えるか」

 

まるで射殺すよう。

有無を言わせぬ、とはこの事か。

思わず息を呑む。

 

「私の手を取り()()を打てば、刹那に等しい時間だが……再びお前は輝ける」

 

そう言ってポケットから取り出したのは、紅く煮えたぎる様なナニカ。

まるで、まるで───

 

「……ノロ」

 

「そうだ。根本的な解決にはならんがな」

 

僕の代わりに、結芽の呟きが聞こえる。

折神家は、いや、この女は、一体何をしているんだ?

 

「──結芽」

 

「決めるのは本人だ。保護者とは言え、口を出されては迷惑だ。……外してくれるか」

 

正論だが、無茶苦茶な暴論でもある。

はっきり言って何言ってんだこの女、と叫びたかったが、それが通るのが折神家。

 

わかった、と場を外すしか無かった。

 

 

◆◆◆

 

 

「さて、どうする?再び輝くか、このまま弱い自分を最期に遺したまま消え去る、か。二つに一つだ」

 

折神紫は、威風堂々、と言う言葉が似合う、絶対者の視点から燕結芽を見据える。

事実、決定権は結芽の側に有るが、生殺与奪は折神紫が握っている。

 

 

「わたし…は……」

 

燕結芽は迷う。

ノロを入れてまで、誰かに己の凄さを見せたいのか、と。

もしも、最初から兄が居ないので有れば、自分を勝手に見放した者達への意趣返し。謂わば復讐としてこの手を取ったであろう。

 

しかし、兄は別だった。

凄くても、凄くなくても、兄は側に居たのである。

最後のその時まで、居てくれるのである。

 

だけど、少しだけ。

もう少しだけ、兄と居られるなら。

 

もう一度、頭を撫でてくれるなら。

もう一度、抱きしめてくれるなら。

 

逆に、抱きつくのもいいかもしれない。

 

(あ────)

 

強い敵を倒して、凄い所を見せて。

 

もう一度、褒めて欲しい。

 

……もう一度?

 

その時、ふとある事に気付いた結芽は、自らの記憶を辿る。

辿って、辿って。

さながら走馬灯を回すように。

 

でも、それでも。

 

今まで、一度も────

 

「ほめて……貰ってない…」

 

燕結芽は気づく。気付いてしまった。

 

周りの歓声と言う名の雑音に紛れていたので無く、そもそも。そもそも。

喜んでいた記憶はあれ、今の今まで一度も。

 

「お兄ちゃんに……まだ、褒めて貰ってない……!」

 

これがもしも、死の淵ならば悔やんでも悔やみきれない。

怨霊となって化けて出る勢いだった。

 

しかし、今は違う。

 

「決めた」

 

「そうか」

 

まだ、出来る。まだ、もう少しだけ、やり直せる。

 

私は、私は────

 

 

◆◆◆

 

 

 

ノロを体に取り込む事によって、結芽はまた──と言っても、ほんの少し、少しの猶予なのだが、刀使として動ける様になった。

 

嬉しいやら、悲しいやら。複雑な気分ではあったが。

 

その実力はやはり本物だったようで、今では折神紫の親衛隊第四席……に収まっている。

 

第四席とは言うが、実際は「私の方が全っっ然!他の子よりも強いもーん!」だそうだ。

しかし、席順は親衛隊加入順だったので、後に不満げにしていたのを思い出す。

 

 

結芽が早々に親衛隊に抜擢された時、すごいじゃないか、と頭を撫でつつ褒めた……思い返せば、その時初めて褒めた、と言う事になってしまったが。

 

兎に角、その時に褒めた時は、「でしょー?私は強くて凄いんだもん。だから…だか……ら……うっ…ぐすっ……ぅう……」

 

「結芽!?」

 

「ううう…っ……やっと…やっと……褒めてくれたね………私…私……」

 

「………あっ」

 

結芽がノロを打つ事を決めたのはもしや僕のせいなのでは?と悟り、今でも降ろせない罪悪感を胸に抱く事になった。

 

そんな僕は、「ノロを利用している事を知ったのだから、わかるな?」と言う事で、大学はそのまま辞め、折神家に飼い殺されている。

 

家への対処は折神家の方で全部やってくれたのは素直に有り難かったが。

 

僕は結芽の側に大抵は居る為、嫌でも折神家のブラックさを目の当たりにする事になっている。

 

とは言え僅かな猶予が出来たので、そこそこの立場を利用し四方八方手を尽くしてどうにかこうにか結芽の病気を治せないか調べまわっている。

 

………見つからない、けど。

 

 

「あー、もう暇ー、つまんなーい!」

 

そう言って部屋に入って来たのは、結芽。

ありがたい事に個室を与えられている。

結芽の分も別に有るには有るのだが、使われる事はまず無い。

必ず此処に結芽は来る。

 

 

「こんなんじゃお兄ちゃんに褒めてもらえなーいー!」

 

駄々をこねる結芽。

まるで子供の様……子供なのだが。

 

「本人目の前にして言わなくても……」

 

苦笑する。

初めて褒めた時から、事あるたびに褒めて欲しい、とねだる様になった……なってしまった、と言うべき、なのだろうか。

 

個人的には、危険で、命を削る刀使はもうして欲しくないのだが……

何分、ノロが無いと生きられない。

 

だからこそ、なんとか出来る方法を探しているのだが……

 

「おにーちゃーん!!」

 

結芽は飛び付く様な勢いで抱きついてくる。

当然、そのまま抱きしめ返す。それが恒例の行事になりつつ……いや、なっている。

 

それは別に構わないのだが、衆目を憚ること無く抱きつくから困る。

 

 

折神紫や、他の親衛隊の「仲が良いのだな」と微笑む獅童真希や、「ふふ」と愛想笑いで済ませる此花寿々花。そもそも何考えてんのか判らない皐月夜見は兎も角。

 

高津のおば……鎌府の学長が一瞬だけ此方に目線を向けただけで、何も言わないのが一番気味が悪かった。

一番なんか言って来そうなのに。

 

 

同じく鎌府の沙耶香ちゃんが何やら羨ましそうに見ている様な気がするのは多分気の所為だろう。

いやでも鎌府真っ黒だしな、うん。

試験管ベビーとかだったらどうすんだよ、とは思う。

 

 

「お兄ちゃんはなに考えてるのかなー?」

 

「こら、人が考え事しているのを読むんじゃありません」

 

「えー、だってさー」

 

「私が居るのにお兄ちゃんが別の事考えてるんだよ?嫌だよそんなの」

 

「あー……ごめん」

 

「もう!ちゃーんと、私の事、見ててよね?おにーちゃん」

 

結芽は上目遣いで、笑いながらそう言い、それから。

 

「私がいなくなっても、結芽の事、覚えててね」

 

壊れそうな雰囲気を醸し出しながら、今にも消えてしまいそうな声音で言う。

 

「……縁起でもない事を言わないでくれ」

 

「………それは、わかって…いるけどさ。やっぱり……」

 

「わかったから。わかったから、な。ちょっと休もう、な?」

 

今の結芽には、躁鬱傾向が見られる。

自分の余命は、ほんの少しだけ伸びただけ、と言う事を理解しているので、時々発作が出てしまう。

 

そんな時は、強く抱きしめて、寝かしつける。

それの繰り返しを過ごしている。

 

人はいつか必ず死ぬ。

だが、結芽は早すぎる。余りにも早すぎる。

 

こうして腕の中で小さな寝息を立てて寝ている彼女が、数年持つか持たないか、なんて思うと気が可笑しくなりそうになる。

 

僕も、病気なんだろう。

 

「済まない、結芽は……ああ」

 

ノックもそこそこに、鎌府付近にある自宅……その部屋に入って来たのは獅童真希。

結芽に用事がある時は大抵此処に来る。

 

最初こそはノックと言うか、呼び鈴を鳴らした後、こちらがドアを開けるのを待ってくれてたのだが、最近はどこで合鍵を手に入れたのか、自分でドアを開ける様になった。

 

………今は鍵の交換を検討している。

 

「また、か」

 

獅童は沈痛な面持ちで呟く。

 

「ああ」

 

「済まない、ボクも探しているのだが……」

 

「いいよ、気にしなくて。合衆国の方を当たっても無いんだ。今の医学じゃあ──」

「そんな事は!」

 

大きな声を出す獅童。

彼女もまた、どうにかして結芽の病気が治らないか、と真剣に考えている人の一人だ。

以前、どうしてなのか、と聞くと、「目標が勝手に消えられると困る」とは言っていたが、多分根はとっても優しい子なのだろう。

 

「しーっ、声が大きい」

 

「あ、す、済まない」

 

結芽が起きてしまいかねないので、注意する。

恐る恐る結芽を見ると、変わらずかわいい寝息を立てているので一息をつく。

 

「………後、どれぐらいだろうか」

 

「一年無い、だろうって」

 

「……どうして、そう平然を装えるんだ?」

 

此処で平気なのか、とは聞かないあたり、気配りが出来る子だと感心している。

 

「結芽の前だから、かな」

 

「そう、か」

 

「そういうものだ……所で、結芽に何の用が?」

 

「……いえ、すみません。忘れました」

 

「ありゃ」

 

嘘だな。

態々此方に配慮してくれたのだろう。

それ程重要な事と言うわけでもなさそうだが。

 

「……御伽噺に出て来る様な、薬でも有ればいいのだが」

 

「無いから御伽噺なんだ。無い物ねだりしても、な」

 

場の空気が重くなる。

「では、また来る」と気まずさに耐え兼ねて、真希の方が出て行った。

 

「ほんとな、そんな薬が有れば、な」

 

神話にはそれ程万病の薬、と言うものは出てこないが、龍の鱗を煎じて飲む、など民話等には数多く登場する。

 

そんな万能薬が有れば、有れば……と。

一度は失いかけている分、余計にそう思う。

 

「ノロの力も付け焼き刃に過ぎない。あの野郎ホント余計な事しやがって」

 

命の恩人であり、下手に希望を持たせた分余計にタチが悪い。

 

(全てが明るみになる事があったら、どうなるのか)

 

少なくとも、タダでは済まないだろう。

いくら日米両政府が噛んでるとはいえ、限界がある。

人類の敵……と思われている存在に転がされているなんて、国民感情が許す訳がない。

 

「どの道、詰んでるのかね。僕らは」

 

 

 

その後、起きた事件。

 

御前試合の決勝戦の事だった。

出場選手たる十条姫和が、折神紫を襲撃。

失敗に終わるも、衛藤可奈美と共に逃亡。

それに伴い、全国各地に潜伏する舞草の活動が活発化。

 

そして、結芽の命のカウントダウンが始まる。

 

全てが潮時、なのだ。

 

 

それに加え、糸見沙耶香及び柳瀬舞衣との交戦から帰って来て以来、結芽は時折肺の辺りが痛む様になった。

 

その頃から、僕は結芽の居ない時にストレス性の嘔吐を繰り返している。

 

結芽の前では絶対に悟られまいと気丈に振舞ってはいるが、最近は血も混ざってきている。

 

その事を知った獅童は定期的に胃薬を送ってくるし、此花は精神科への受診を勧めてくる。

精神科にかかってどうこうなる様なもんじゃない。

どうしようもない所まで来ているのだ、と一人自嘲する。

 

「ただいまー」

 

長船から結芽が帰ってきた。

不満気にしている様子を伺うに、結芽曰く一番強い千鳥のおねーさん───衛藤可奈美には、逃げられたのだろう。

 

「もー、つまんなーい!どいつもこいつも逃げてばっか!」

 

「そりゃあ逃げるでしょ、向こうの本命は折神紫(大荒魂)なんだし」

 

「それは、そうなんだけど……」

 

「千鳥のおねーさんは多分いちばん強い。だから、おねーさんを倒せば、私は……」

 

「結芽。頼むからさ、もう」

 

「……いくらお兄ちゃんの頼みでも、こればっかりは譲れない、かな」

 

なんだかんだで、結芽も刀使、なのだ。

実力を証明したい。

その気持ちは、理解は出来る。

 

「そう、か」

 

「うん」

 

「わがままな、私でごめんなさい」

 

理解は出来るが、感情が納得いかない。

泣いて懇願すれば、結芽は行くのを辞めてくれるのだろうか──なんても思う。

 

「わがままなのは、昔っから知ってたよ」

 

「ちょっ!なによそれー!」

 

けれど、それはしてはいけない。

遅かれ早かれ、結芽の命はもうじき燃え尽きる運命。

 

ならば、本人のやりたい様にやらせるのが、一番だと、思い……たい。

 

「来るとしたら、多分今日の夜中だと思う」

 

「思ったより早いんだな」

 

結芽の命も。

あの様子じゃ、多分。

 

「うん、向こうも焦ってるからねー」

 

焦っているのはどっちなんだ。

喉元まで出かけた言葉を必死で呑み込む。

 

「だからさ、戻って来たら、いーっぱい褒めてほしいな」

 

そんな事を言う結芽は、このまま、もう居なくなるのか、そんな風に、思うと。

胸が張り裂けそうになる。

 

「勝てばな」

 

「当たり前じゃん、私は強いんだよ?」

 

だから強がる。

自分で自分を押し殺し、仮面を被る。

そうでもしないと、先に僕の方が限界を迎えてしまいそうだから。

 

「……ごほうび、期待してるね、おにーちゃん」

 

「僕に出来る事なら、何でもするよ」

 

ああ、出来る事なら。

本当に、帰って来てくれるのなら。

僕は、何だってするさ。

地獄の底に堕ちたって、構わない。

 

「じゃあ、そろそろ。時間、だから……」

 

「うん、結芽。いってらっしゃい」

 

「………いってきます」

 

これが最後の会話になるのだろうか。

そう思うと、今すぐにでも泣きたくなるし、叫びたい。

 

「あ、そうそう」

 

結芽は、何かを思い出したのか、ドアの前で踵を返す。

 

「だいすきだよ、おにーちゃん」

 

花が、桃が咲いたような。

一瞬の春を思わせる、儚くも凛とした笑顔。

最後にそんな表情を見せて、今度こそ部屋から出ていった。

 

「……なんだよそれ」

 

最後の最後にそれはズルいだろう。

本当に、本当に。

 

「わがままな子だよ、お前は」

 

もう、限界だった。

そのまま膝から崩れ落ち、声を上げて泣き叫ぶ。

僕は、最後までダメな兄だった。

 

「……一人には、させないからな」

 

◆◆◆

 

 

 

時は少し進み。

 

(うう……)

 

結芽は、限界を迎えた身体を引きずるようにして歩いていた。

 

(こんな事、なら……いや。それはダメ)

 

こんな形で。

自ら弱いと断じた者達に邪魔されて、千鳥のおねーさん(衛藤佳奈美)との決着もつけられないと知っていたら───とふと思ったが。

 

それは、制止を振り切ってまで向かった自分に。

何より、兄に対しての裏切りになるから。

それは、自分の方が弱いと、暗に言ってるように思えるから。

 

「でも……」

 

視界も自然と霞み、石灯籠にもたれかかる。

もうすぐ、自分の命は尽きる。

そう自覚している。

ここで、終わりなのだと。

 

「最期は、側に……いて、欲しかった、なぁ……」

 

短くも、それなりに満ちた人生だったが……

後悔は、尽きなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




完全にお亡くなりになられたのが確定してしまいました。
ちょっともう悲しすぎる

こっからはとじみこ時空でも行くんじゃないんですかね

てか結芽ちゃんって循環器系の病気だったのね……

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