もしも、燕結芽に兄がいたら   作:鹿頭

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バッドエンドとお説教エンドを当初予定していたが、思ったより血生臭くなったし、結芽ちゃんがかわいそうなのでやめました


もうちょっとだけ、世界が優しかったら。その7

結芽の三段階に勝るとも劣らない迅移に、天然理心流の素早く、鋭い斬り込みに翻弄される三人。

 

飯綱の如く斬られ、じわりじわりと削られていく。

 

「これで───」

 

潮時と見た結芽は、一気に終わらせに掛かろうとする──!

 

「終わりっ!」

 

稲妻が走る様な線を描き、三人の間を斬り払い抜けて行く。

 

「っ……!」

 

「…………困りましたわね」

 

「…………」

 

結芽の振るうニッカリ青江の下に斬り伏せられ、何度目かの写シが剥がれる。

 

三人は最早、写シを貼り直す気力も、肉体も限界だ。

それを見た結芽は満足そうに、切っ先を向けつつ宣言する。

 

「……私の勝ちだね」

 

しかし、何時もの結芽とは裏腹、勝ちだというのにその表情は重かった。

 

「…………」

 

「……邪魔、もうしないよね?」

 

一歩、二歩と歩み寄りながら、ニッカリ青江を振り上げる。

 

「……結芽」

 

このままだと、本気で斬り殺しに来かねない。

例え写シが貼れなくても───

柄を握りしめる。

 

「もうい───!」

 

振り下ろそうとした刹那、結芽のポケットが震える。

 

「……お兄ちゃん」

 

先の振動は、携帯の着信を知らせる合図だった。

結芽は青江を下ろすと、すぐに通話に出る。

 

「もしもし? どーしたのー? ……え、本部長が探してる? 親衛隊全員? 連絡しても出ないって? ……近くには、居るけど……」

 

通話越しから聞こえる会話に、三人は空気が変わった事を把握した。

 

「……わかった、今すぐ行きまーす、はーい、お兄ちゃん大好きー!……ハァ」

 

溜息を吐き、携帯をポケットに仕舞い込む結芽。

 

「おねーさん達ー、真庭の……本部長がロビーまでよんでるってさー」

 

「本部長が、ですの?」

 

「なーんか知らないけどさー……おねーさん達、連絡あったなら言ってよねー、せっかく良いとこだったのにー!」

 

「……すまない、行こうか」

 

画面をタッチし、携帯に着信が来ていない事を確認する真希。

 

「ええ、そうですわね。正直助かりましたわ……

 

「……ハイ」

 

他の二人も同様に確認する。

 

「もー、ホラ行こーよー、怒られちゃっても知らないよー?」

 

そう言って、先に進んで行く結芽。

それを見た三人は、何故ここまで変わるのか、と頭を抱えた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「これで良いんですね、本部長」

 

携帯を置く。

至急出頭せよと連絡が入り。

行ってみれば、大変な事が起きていた。

なんでも、武道場でも無いのに、激しい剣戟音がすると通報が有ったそうだ。

 

「ああ、お前は一回死んだ方が良いな」

 

「…………」

 

「大体よぉ、お前何してんの?」

 

「ハイ」

 

正座の姿勢へと自然と移行する。

以前から、この人には頭が上がらない。

 

「このクッソ忙しい時によ、地雷起爆させないでくれるか?」

 

「……申し訳も有りません」

 

「ハァ……燕。お前の妹さ、ありゃカウンセリングかなんか受けた方が良いぞ……どーしてあそこまで放っておいたんだか……」

 

「……放っておいた訳無いだろうに」

 

ムッとしたので、思わず言い返す。

 

「そう言う事じゃねぇよ、アホ」

 

「……はい?」

 

しかし、意味が違うと否定され、アホと罵倒される。

前からって言うか、最近この人こんな感じ。

 

「お前さ、アイツの気持ちに応えてやろうって気、あんのかよ」

 

「…………結芽は、妹……ですよ」

 

「奴さんからしたら唯一残った肉親で、最も親しい男だ」

 

ずっと、側で結芽を見てきた。

アイツの事は誰よりも知っている自信だってある。

 

当然、前から結芽が向ける感情の意味も知っている。

 

だけど、応えるには余りにも結芽は幼すぎる。

未だ第二次反抗期にすら突入していないから、そこらへんで……と思ってはいたのだが。

 

「と言うよりは……タイミングが早過ぎたな、お前の場合。アレで落ちないヤツなんて早々いねぇよ」

 

「…………」

 

「お前より良く見える奴が現れるんだったら、それはどう言う状況なのかねぇ。……想像出来ねぇな、アタシには」

 

「ハハ……」

 

「何笑ってんだよ、アホ、お前の事だろ」

 

「イテッ」

 

確かな事実に乾いた笑いしか出なかった所を、真庭本部長に額を小突かれる。

 

「パワハ「……あぁ?」

 

「なんでも有りません」

 

「よろしい」

 

本部長は深く椅子に腰掛けて足を組み、溜息を吐く。

これこそパワハラの極み。

マスコミにリークすれば一発だと思った。

 

 

……絶対しないけど。

職的な問題で。

 

 

「親衛隊三人は、まぁ……一先ず置いとくとして、結芽は結月にでも話しさせるかねぇ……」

 

「と言うと……相楽学長、ですか?」

 

「ああ。お前の妹、割と懐いてただろ」

 

確かにそうだ。

ノロの是非は兎も角、あの時の折神紫と、相楽結月が、病床に根付いていた結芽へ救いの手を伸ばしたのは事実だ。

 

その後何かと結芽を気にかけていたし、剣術だとか色々教えていた。

 

しかし、あの人は───

 

「ああ、こっちに離叛したからそう言うのは心配しなくて良い」

 

「……そうなんですか?」

 

「フリードマン強請った方が早いとさ。それにしても色々面倒な性格になってたぜ……」

 

「……な、成る程」

 

「じゃ、アタシは行くかんな。事務処理頼んだぞ」

 

そう言うと、足速に去って行く真庭本部長。

後には、大量の物理書類にどれ位なのか診断したくもない電子データが残されている。

 

「……この量を?」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「久し振り。退院おめでとう、結芽」

 

「ありがとう、相楽学長」

 

真庭本部長に呼び出された後、結芽は綾小路武芸学舎の相楽学長が話があるとして、一人で呼び出されていた。

 

恩人の一人でもあるので、結芽は嫌がる事なく出頭していった。

 

「すまなかったな、色々」

 

「ううん、そんな事ないよ。あの時、学長達が来なかったら、こうして生きれる事も無かっただろうし」

 

「……そう、か」

 

結芽の話を聞いた相楽学長は、数秒、目を閉じた。

 

「今日私が来たのは……まあ仕事だがな、序でに話をしようと思って呼ばせてもらった」

 

「お話?なーに?」

 

「………兄の事は好きなのか、今でも」

 

「もっちろん! ……で、何が言いたいのさ」

 

先程までの笑顔とは打って変わり、口こそ笑っているが、目が笑う事をしていない。

 

「妹だと言う事は、理解しているんだろうな」

 

「………まあね」

 

「難儀なものだな」

 

相楽学長は溜息を吐く。

 

「だとしても結芽、甘え過ぎだろう」

 

「へ?」

 

想像していた事とは違う事を言われた結芽は、間の抜けた声を上げる。

 

「そんなんだったら、いつまで経っても手のかかる妹のままだぞ」

 

「え、えーと……」

 

「どうした?」

 

「叱ったり……しないの?」

 

「人の話は黙って聞け!」

 

一喝する相楽。

 

「……は、はい!」

 

結芽は自分の気が緩んでる所に一喝され、思わず姿勢を正す。

 

「第一、もたれ掛かるだけだと、向こうが潰れてしまう。そんな時に潰れないように支えようとする娘が出てきたらどうする気だ? あっという間に転がるぞ?」

 

「そ、相楽、学長……」

 

結芽は事の重大さに声音が震える。

助けを求めるように、相楽を呼ぶ。

 

「……何も難しい事は言っていない。少しは自立しろ、と言いたいんだ。私は」

 

「じ、自立………?」

 

「確かに、甘えると言うのは、お前の年齢的には許容されるのだろう。だが、疲れてる時に更に追い討ちをかけるように甘えに行く、と言うのは些か頂けないな」

 

「…………」

 

「お前の兄は、お前が一番辛い時に支えてくれたんだろう? なら少しくらいは、負担を軽くする様に努めても良いんじゃないか?」

 

「それ、どうやれば良いのかな……わからないよぉ……」

 

「……家事の手伝い「真希おねーさんが勝手にやってる」

 

暫し無言になる相楽学長。

 

「……よみおねーさんもお茶淹れたりしてるでしょ、それから最近は寿々花おねーさんが……なんだっけ、帳簿付けてるし……」

 

なんかレシートの写真とか送って貰ってんだよね、前は勝手に手に入れてたらしいけど。そんな事を呟く結芽。

それを聞いた相楽の表情は変わっていく。

 

「完全に周回遅れじゃないか……!」

 

「そーなんだよ!!! もうどうすれば良いの!?」

 

「此処までか……!」

 

相楽学長は頭を抱えてしまった。

 

「私、このままだと……」

 

「……荷物、だな」

 

「どどどどどうしよ!?」

 

椅子から崩れ落ちる様に学長目掛けて駆け出す結芽。

両肩をがっしりと掴み、前後に揺さぶっている。

 

「お、落ち着け結芽。取り敢えず───」

 

 

話は聞かせて貰った!

「ねー!」

 

威勢の良い大声と共に、乱暴にドアを開け放って来た、一人の少女と、一匹の荒魂。

 

「きゃ!? 何!?」

 

「紗南の所の……?」

 

突然の乱入者に、驚く結芽。

それに対し、学長ともあって比較的冷静な相楽。

 

「ちっちゃいおねーさん……」

 

「益子薫だ! ちっちゃい言うな!」

 

「おい、此処は一応立ち入り禁止のはずだが……」

 

「オレは悪くねぇ、コイツが勝手に此処までオレを案内して来ただけだ。そしたら、こんな面白い話してんだからな、驚いたぜ」

 

「ねねー!」

 

クックックと悪い笑みを浮かべる薫。

肩に乗っているねねも、同様の仕草を見せている。

 

「やっぱり退治するべきなのかなぁ……」

 

腰に手を伸ばすが、空を切る手。

ニッカリ青江を持って来ていない事を悔やむ。

 

「待て待て燕結芽。オレに良い考えがあるぞ? 聞きたいか? 聞きたいよなぁ!?」

 

「お前、何をやろうとしているのか……」

 

益子薫を立場上制止しようとする相楽学長。

しかし。

 

「嘘だったら、その荒魂斬っちゃうんだから」

 

言い終わる前に、結芽が話を聞く姿勢になっていた。

 

「へへ、そうこなくっちゃな。……良し、耳を貸せ耳を────」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「あーもー、何だよあの書類の量……」

 

時計の針も良い感じになって来た頃に、漸く書類の山が片付いた。

 

幾ら身分上は折神家本部預かりだからと言えども、かの労基法を無視する邪智暴虐の真庭本部長を何とかしなければならない。

 

……本当に何とかしようとすればやりようは幾らでも有るけれども。

 

真庭紗南への愚痴をブツブツと唱えながら帰路に着く。

 

「疲れ……結芽?」

 

玄関の扉を開けると、今日は鎌府の宿舎に泊まっている筈の結芽が立っていた。

 

「お、お帰りなさい……お兄…ちゃん。遅かった、ね」

 

しかも随分と大人しい。

まるで借りてきた猫のようだ。

 

「……どうした、結芽」

 

「な、なにが? 別に、いつもと変わらないよ?」

 

誰の入れ知恵だ、コレ。

裏で糸を引いている奴の事を考えると頭が痛くなった。

 

「そ、そっか……他は?」

 

「今は……私だけ、だよ」

 

「あっ、あ、ハイ」

 

いつもの天真爛漫、元気溌剌! と言った結芽ではなく、どこか淑やかさを感じさせる仕草に戸惑う。自分の妹なのに。

 

何がどうしてこうなったのか。

 

「服の着替え「自分でやるから」

 

「あ、そ、そう……?」

 

雰囲気に呑まれ、食い気味に返答する。

自室に戻り、荷物を放り投げると、着替え始める。

その間、ずっと一体誰が糸を引いているのか、と言う事を考えていた。

 

「お兄ちゃん、こっちだよ」

 

「…………」

 

結芽の所へと戻ると、布団の上で正座した結芽がぽんぽん、と自分の膝を叩いていた。

それが何を意味するのか。

 

「おねがい……」

 

結芽は頰が朱く染まり、恥ずかしがっている。

何故自分からやっといて恥ずかしいのか判らないが、コレで断ると流石にかわいそうだと思った。

 

「……今回限りだぞ」

 

結芽の膝へ恐る恐る頭を乗せる。

布越しに感じられる、幼いながらも、筋肉質な割としっかりとした感触。

 

どうしたものかと思っていると、視線が合った。

そこには、普段とは似ても似つかわない、柔らかい笑みを浮かべた結芽が居て。

 

「……どう?」

 

鈴が鳴るような、優しい声音。

いつもとは明らかに違う仕草に、何故だか恥ずかしくなる。

 

「え? あ、ああ」

 

「もー、そんなんじゃわからないよー」

 

「ご、ごめん」

 

「ごめんじゃなくてさー、……ねぇ、気持ちいい? ちゃんと落ち着ける?」

 

「…………まあ、はい」

 

こんな状況で落ち着けるか!

声を大にして上げたい言葉だった。

一体、今日の結芽はどうしたんだ。

いや、此間に比べると全然可愛い方なんだが。

 

「よかった」

 

そう言うと、頭を撫でてくる。

ゆっくりと、優しい手つきだ。

 

思えば、やった事はあっても、された事は無かった気がする。

 

それなのに、よくわからないが、何処か懐かしい気持ちがする。

 

そんな事を思っていると、眠気に襲われたのも相まって、欠伸が出そうになった。

 

「……お兄ちゃん」

 

「……ん?」

 

「いいよ」

 

「流石にそれは結芽が、疲れないか……?」

 

「いつもお兄ちゃんに迷惑かけてばっかだしさ、いいんだよ」

 

「…………」

 

少し気に食わないので、起き上がる。

えっ、と戸惑う結芽を抱き上げ、そのまま布団に横たわる。

 

「お、お兄ちゃん……?」

 

「………………」

 

答えるのも気怠い程眠い。

抱きしめる力を少しだけ強める。

 

「……そっか。おやすみ、お兄ちゃん。……想像してたのとちょっと違うけど

 

何か聞こえた気がしたのを最後に、そのまま意識は眠りへと沈んでいった。

 

 

 

 




「あ、おい、結芽。どうだった?」

「……良かったよ! まあでも、予定通りには行かなかったなぁ」

「うーむ、思ったよりも責任感強いな。……何とか切り崩したいな」

「薫おねーさん、どうすれば……」

「まあまあ、オレに任せろって。あの三人に吠え面かかせてやるよ。その方が面白そうだしな」
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