もしも、燕結芽に兄がいたら   作:鹿頭

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(今ならバレない)


Anotherな世界

 

 ───先の事件。

 

 『刀剣類管理局本部襲撃テロ事件』は、首領である折神朱音らの拘束。

 

 実行犯であった衛藤可奈美、十条姫和ら計六人に相手に、折神紫局長は療養する程の怪我を負われながらも、()退()と言う結果で一応の勝利を収めたが───燕結芽が殉職。

 

 とは言っても、実際はノロで騙し騙しやってきた身体の限界が、衛藤可奈美と文字通り死力を尽くした戦いをした為に来てしまったからだし、それにとうの本人は、おそらくこの結末は後悔していないと思う───けど。

 

 あの時、引き止めていれば。

 そう思った。

 

 本人の、結芽のやりたい様にやらせなければ。

 もう少し、もう少しだけ───と。

 

 酷く我欲に塗れた暗いモノが、胸中を駆け巡る。

 あの日の夜以来、この感情を何度も、何度も何度も何度も反駁している。

 

 現実から目を背けても。

 べったりと瞼から離れない、彼女の死に顔。

 

 ───安らかな表情だった。

 死力を出し切った、自分の全てをぶつけた果ての、境地だったのだろうけど。

 

 自分が独り、置いて行かれた様な気がして。

 

 彼女の後は、追っていない。

 

 いや、追えなかった。

 

 というのも───美濃関・長船の両校学長が舞草の一員であった為、その穴を埋める様に業務が折神家本部へと回ってくる。

 

 自分に関係ある書類かどうかを選別し、目を通したならサインする。

 違うなら別の人に回す。

 自分に関わりのあるモノなら、対応する。

 

 最近はこの事務処理ばかり。

 全く嫌になる。

 

 幼い結芽の代行として以前は事務処理を行なって居たが、その結芽が居ない。

 

 本来はお役御免となるのが組織として健全な在り方なのだろうが、何分人手が圧倒的に足りない。

 

 お陰で、僕自身舞草とは少々ほの暗い付き合いすら有るのだが、療養中の局長からも何も言われず、このまま有耶無耶になる形で事務をしていられるくらいで、普段、余り疲れが表情に出ない夜見が、真希にも分かるくらいの忙しさ。

 

 この状態で消えようものなら後を追うどころか、一人違う場所に堕ちかねないし、そんな彼女達を置いて行くのは、赦されない、けど。

 

「────1日中何もしない時間が欲しい」

 

 その前に過労死でポックリと逝ってしまうのではないか……?

 そう思うほど、刀剣類管理局は激務に追われていた。

  業務自体はなんて事ない、今までやってきた事ではあるが、その量が圧倒的な上、政治との調整も重なってくるからだった。

 

「全く、燕さんに同感ですわ……」

 

 呻く様に同意を返した寿々花。

 それはいつも纏う気品すら陰って見えるほど。

「………出来るなら。ボクもそうしたいね」

 

 賛同する真希も、覇気のない表情で頷いた。

 

「……ですが、現状では難しいと思います」

 

「せめて学長だけでも決めてから療養して欲しかったねぇ……」

 

 夜見の言葉に併せて愚痴をこぼす。

 

「燕さん。紫様に対して少々不敬ではなくて?」

 

「そうかもしれないけど……まさか、決める事も出来ないくらい悪いとか言わないよね」

 

 脳裏にノイズが走る。

 

 浮かぶのは、病床の結芽。

 

「い、いいえ。そう言う訳ではありませんわっ、ただ、日頃のお疲れに加え、叛逆者達との激闘が重なって、と言う感じでいらして……」

 

 何やら慌てた風に早口になる寿々花。

 次第に口籠っていく寿々花の隣に座る真希が、寿々花を咎める様に見ていて───。

 

「そっかぁ…もう暫くは忙しいな」

 

 自分の言葉を最後に、部屋には筆の走る音と、キーボードが叩かれる音で再び満ちる。

 

 

「……………」

 

 だけど、仕事から少しでも意識を割いたからか。

 ほんのちょっとだけでも結芽の事を思い出したからか。

 

 胸にぽっかりと穴が空いた様な喪失感が、じわじわと毒が回る様に胸の底から這い上がってくる。

 

「……実は。紫様は長期の療養に入られるかもしれません」

 

 寿々花がぽつりと呟いたのを、聞いた。

 

「そっか。それは……つらいね」

 

 とすると、代理が置かれるのは間違いないだろう。

 個人的には鎌府学長だけは嫌だ。

 仕事は出来るけど、人格的に僕はあの人が嫌い───と言った極めて個人的な理由によるものだが。

 

 そこまで思った所で、僕を見つめるみんなの顔が、驚いた顔をしているのに気付く。

 

 先程の自分の発言に、何か不味い所があったらしい。

 

 自分ではどこが不味かったのかはわからない。

 相当気が滅入っているらしい。

 

「……うん、ダメだね。少し休憩するよ。5…10分くらいいいかな」

 

 そう言って笑って、作業を進める手を置く。

 自分では笑ったつもりだが、上手く笑えているだろうか。

 

「……いや。全員で長めに休憩しよう」

 

 真希がそう言った。

 

「あら、真希さんが休憩を取ることに積極的だなんて、珍しい事もあるものですわね」

 

 真希のその言葉に、寿々花が揶揄うように応える。

 

「寿々花、キミね…ボクをなんだと思っているんだ。ボクだって人の子だよ」

 

「そういう所でしてよ、真希さん」

 

 寿々花は呆れて溜息を吐いた。

 

「……では、私は紅茶を淹れてきます」

 

 そんなやり取りを横目に、夜見は立ち上がる。

 

「そうそう、丁度老舗の和菓子屋で買った苺大福があってね。せっかくだし食べよっか」

 

 そう言って、鞄から取り出す。

 保冷剤もちゃんとあるので、傷んだりはしていないから安心だ。

 

「いやぁ、それにしてもダメだね。つい癖で一人分多く買っちゃった」

 

 ついつい、いつもの癖で五人分。

 結芽もこの店の苺大福を気に入っていたから、よく買っていた。

 

「………」

 

「………」

 

「………では。失礼します。お菓子を載せるお皿も持ってきます」

 

 そう言って、夜見は部屋を後にした。

 

「少し、机の上を整理しようか」

 

 扉が閉まるのを見届けてから、真希がそう言って、書類を纏めていく。

 

「書類が目については、折角の紅茶も楽しめないものね」

 

 寿々花もまた、手早く自分の前にあった書類を纏めていく。

 

 二人に倣う様に同じ事をしていく。

 

 纏め終えた資料を別の卓に移し終えて、暫くすると、扉が開いた。

 

 お盆に載ったティーセットを片手に、夜見が戻ってきたようだ。

 彼女は手近な卓上にそれを置くと、カップとソーサラーを並べ始めた。

 

「皿ちょうだい」

 

「ハイ」

 

 買ってきた苺大福を皿の上に移し替えて、三人の席へ並べていく。

 一つ、余った分はそのまま残して、保冷剤と共に閉まっておく。

 

 

「どうぞ。今回はダージリンにしてみました」

 

 そうしていってると、夜見が僕の前に紅茶の入ったカップを置いた。

 

「ありがとう、夜見」

 

 お礼を言ってから紅茶に口をつけつつ、さっき机から取っておいた書類に目を通す。

 

「いけません」

 

 上から声が降ってくる。

 恐る恐る顔を見てみれば、少し怒っている様だった。

 そのまま、書類は夜見に取り上げられてしまった。

 

「………おっと」

 

 苦笑いを浮かべていると、そんな呟きが聞こえた。

 

 真希の声だった。

 

 彼女もまた、片手に書類を持っていたらしく、ゆっくりと元あった場所に置いていた。

 

「真希さん、貴女ったら本当……」

 

 呆れる寿々花の声が、部屋にこだましたのだった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 木々が冷えた夜風にそよいでいる。

 

 本部から帰庁する時───泊まりでもない限りは、ここに寄るのが習慣になっている。

 結芽が最後に眠っていた場所だ。

 

 死者を悼むとは、名ばかりの自己満足であり、今もなお思い出に取り残されている事を確認するだけ。

 傷口を切開する行為にすぎないし、ここに、何がある訳でもない。

 

 終わった事に別れを告げ、前を向かねばならないのが人だと言う。

 

 けれど、自分の時は止まったまま。

 

 

「───来たよ、結芽」

 

 

 未だに、目を瞑れば思い出は鮮明に。胸に秘めて前になど進めるものか。

 別れなど、告げれるものか。

 

「いやぁ、今日も大変でね」

 

 そうして過去を抉り続けると、次に頭を巡る数多のたられば。

 

 あの時。

 

 この時。

 

 その時。

 

 いつだって頭をぐるぐると駆け巡るのはいつだって醜い後悔───下らない。

 

 そんな事は分かっている。

 そんなものに意味なんて一つもない。

 

 結芽は死んだのだ。

 もう、どこにも居ない。

 

「────そうそう、苺大福。つい、買っちゃってね」

 

 深く吸い込んだ息を吐き出してから、苺大福を取り出す。

 

「結芽も食べたいだろうからね、持ってきたよ」

 

「ホント!?」

 

 

 ───呼吸が止まった。

 

 

 その刹那、あり得ないと思った。

 

 そんな筈はない。

 

 聞こえるはずがない。

 

 なぜならば。

 

 何故、なら。

 

 だって、だって。

 

「────ゆ、め?」

 

 恐る恐る、ゆっくりと振り向くと、そこには。

 

「あっ、えーっと……」

 

 そこ、には。

 

 死んだ筈の。

 

 いなくなった、はずの。

 

「その……ホントはね、ちょっと驚かせようと思って──わっ」

 

「───!!!」

 

 強く、強く抱きしめる。

 

 間違いなく、それは結芽の鼓動。

 温もりを感じる。

 

 ああ、嗚呼。

 

 どうしてとか、なんでなんだとか、そんなのはどうだって良い。

 

「結芽…!ゆめっ、なんだなっ…」

 

「うん───ただいま、お兄ちゃん」

 

「─────」

 

 堰を切った様に、涙が溢れ出す。

 今まで塞ぎ込んでいたもの、抱え込んでいたものと一緒に。止めようもなかった。

 

「………で、でもっ…どう、やって?」

 

 どうやって、戻ってきたのだろうか。

 それは、至って当然の疑問だった。

 

 ひとしきり泣き終わって。

 本当に結芽がここに居るのだと、状況が飲み込めてから、尋ねた。

 

「え? あー、うんとね。結芽ね、気がついたら隠世にいたの」

 

「隠世に……?」

 

「うん。そしたらさ、タギツヒメが話しかけてきてさ」

 

「───タギツヒメが?」

 

「うん」

 

 

◆◆◆

 

 

『兄に会いたくはないか?』

 

『……誰?』

 

『我の事は…タギツヒメとでも呼ぶが良い』

 

『タギツヒメって…紫様に憑いていたって?』

 

 そんな事を一度だけ兄が言っていたのを、結芽は思い出した。

 

『我を受け入れよ、燕結芽。そうすればお前は再び兄とも過ごせる日々が得られるのだ』

 

『………お兄ちゃん、と?』

 

『ああ……しかし、人は死ぬ。

 脆弱が故に死ぬ。

 それ故に再び、お前とは死に別れる事になるだろう。

 だが…我の力を使い、荒魂とヒトを融合させ、未熟な種を上位の存在へと進化させる。

 そうすれば、人類は永遠に生き続ける』

 

『………そしたら、みんな、一緒に、楽しく暮らせる?』

 

『そうだ。悪い話ではあるまい? さて、どうする? 燕結芽───』

 

 

◆◆◆

 

「とゆーワケでー、結芽はお兄ちゃんのトコに戻ってきたのでしたー!」

 

 腕の中で快活に笑う結芽は、えっへんと聞こえてきそうな位満面の表情だった。

 

「……それは、結芽がやりたい事なのかい?」

 

「うん! だってそうすればさ、真希おねーさんや寿々花おねーさんに夜見おねーさんともね、ずっとずっと楽しく過ごせるんだよ?」

 

 似た様な事をぶつくさと以前高津学長が言ってた様な気がするから、デタラメと言う訳ではないのだろう。

 問題は、確かそのプランだとみんなみんな結芽の精神支配下に置かれる事になる。

 

 タギツヒメが結芽を利用する気であれ、結果的に命を救った、或いは蘇らせた事については感謝している、けど。

 

「そっか……そっか」

 

 細かい事はひとまず置いておこう。

 今はただ、この幸福を噛み締めていたい。

 そう思うから。

 

 微笑みながら、結芽の頭をゆっくりと撫でた。

 

「ん……えへへ、もっと撫でてよ、お兄ちゃん」

 

「わかってる。わかってるさ、結芽」




Another時空を知らないって?
ぼくらも全然わかんないから安心して欲しい
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