もしも、燕結芽に兄がいたら   作:鹿頭

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結芽ちゃん爆死です



幕間 その1

「あー!もー!どうして私ばっかお留守番なのー!」

 

上等な革で出来たことが一目でわかる、重厚な椅子。

それに堂々と座る少女──燕結芽は、今回の親衛隊派遣で、自分のみが留守番な事に不満を抱いている。

 

「こんな時に限ってお兄ちゃんはどっか行っちゃうし…………そう言えば、お兄ちゃんどこなんだろ」

 

珍しく、朝からふらふらと何処かへ行ってしまった兄。

荷物の量的には、鎌府からは出ていないと推測は出来たが。

 

「よっと」

 

結芽は、椅子から飛び出るようにして降りる。

名案が思い浮かんだのだ。

 

「探しに行こっと!」

 

丁度いい暇つぶしも兼ねれるし、純粋に興味がある。

結芽は部屋から出ると、やや浮かれながら兄を探しに行くのであった。

 

「ふんふふんふふん♪」

 

鼻唄混じりに鎌府の広い敷地を歩き回る結芽。

 

が、しかし。

 

「………………」

 

目ぼしい場所は粗方探し終えた。

それなのに、何処にも居ない。

それどころか、影もない。

そうなると、段々と機嫌も悪くなると言うものだ。

 

その時、ふと頭を過ぎるものがある。

 

「……まさか、外に出た?」

 

私に言わずに?何故?どうして?

突然、得も言われぬ様な不安が押し寄せる。

不安は次第に焦燥、恐怖、絶望などと言った、暗いモノを次々と呼びよせる呼び水となる。

 

「紫様からは外に出るなって言われてるけど……」

 

「ま、別に良いよね」

 

そうと決まれば話は早い。

一刻も早く、見つけ出さねば。

暗いモノを無理矢理押し付けて、単身外へと向かう。

 

「おにーちゃーん……居ないなぁ」

 

口ではさも何でもないように言っているが、その実不安で堪らない。

自分を見捨てた両親(パパとママ)の様に。

もう二度と、帰ってこないのではないか。

一抹の不安は、次第に根拠もないのに確信めいた不安へと肥大化して行く。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。どこなの?私、そろそろ寂しくなっちゃったなーって……」

 

足取りは重く、覚束ない。

周囲の風景が、急に色褪せて見え始めているのは、見間違いなのだろうか。

頭の中が掻き混ぜられたような気分。

実際、動悸も早くなっている。

 

「…………やだよ」

 

ポツッと口から漏れ出る弱音。

自分は強い。

弱い自分は何処にも居ない。

そう思って憚らないが、しかし、事実は違ったのだ。

 

「………やだよぉ…そんなの……」

 

しゃがみ込み、とうとう泣き出してしまう。

本来ならば、この時点で本部に戻るのが適切なのだろうが、そんな思考は全然浮かばないし、思いもしない。

 

只々、悲しくて、哀しい。

まるで、御刀で心臓のあたりを貫かれたよう。

実際には、そんな経験は一度も無いのだが。

胸が張り裂けそうで。

 

涙を必死に堪える。

それでも、全然止まってくれなくて。

両手で拭うのが関の山だった。

 

そんな時。

 

 

「…………結芽?」

 

「!!!」

 

とても良く聞き慣れた、聞き間違え様が無い声が背後からする。

 

「…あ…ぁ、っあ………」

 

お兄ちゃん。

振りむきざまに、声に出して叫びたいけど、泣き噦っているから、喉は上手く音を声に変換してくれない。

手を伸ばそうにも、震えが止まらない。

 

「一体どうし……ホントにどうした!?」

 

しゃがみ込んで、黙っている結芽を不審に思ったので、回り込んで良く見ると泣いている。

驚くのも無理はない。

 

「お、にっ……いっ」

 

目の前に移動したのに気づいたのか、顔を上げる結芽。

頬は赤く染まり、目からは溢れんばかりに涙が流れている。

そして、途切れ途切れになる、言葉にならない声。

 

「………ごめん、僕が悪かった」

 

それらの事実から何があったのかを大体把握すると、一言謝ってから、そのままに抱き締める。

 

「おにっ、い……ちゃ」

 

「うん、わかったから。とりあえず戻ろっか」

 

未だ泣き噦る結芽を撫でるなりしてあやしつつ、どうにかこうにか移動させようにも、腰が抜けてしまったのか歩けない。

仕方ないな、と苦笑しつつ抱き上げる。

 

(大きくなったな……抱っこし辛い…)

 

などと感慨深いものに浸りつつ、鎌府に併設されている本部へ戻るのであった。

周囲の目が、やけに暖かかったのは気のせいだろう。

 

 

◆◆◆

 

 

「えーと……」

 

本部に戻ってからも、暫く泣き続けていた結芽を何とか落ち着かせてから話を聞いた。

 

「結芽、突然待機になっちゃったのね……」

 

昨日、親衛隊が何処だったかは覚えてはいないが、派遣されるって話を結芽から聞いていた。

その事を踏まえ、昨日の時点で外へ出るような仕事を貰って来たのだが、まさか土壇場になって規模が思ったよりも小さいと言う理由で結芽が残留組になっていたとは思ってもいなかったのだった。

 

「うん……」

 

所在なさげに頷く結芽。

落ち着きを取り戻してはいるが、大分気が滅入っている。

 

「今回の件は全面的に僕が悪かった」

 

「………どこ」

 

「うん?」

 

「私置いて、どこに行ってたの」

 

一瞬、目が虚に見え───否、実際目が虚になっている。

もしも御刀がその手に握られていれば、刺し殺すのでは、と考えてしまう位には危ない目だった。

 

それに、やましい事は何も無い。

案じる事も、隠す事も無かった。

 

「買い物だよ。書類運搬ついでにな」

 

「買い物?」

 

書類運搬は良くある事だ。

データ化、更に高度なセキュリティ化が進んだ現代社会。

 

それに置いて、最も機密性の高い保存方法が未だに紙なのは、皮肉な事でもある。

どっかの省庁も未だに手書きで書類がやり取りされている……らしい。

 

 

能力は平凡だが、放っておくには知り過ぎていると言った立ち位置から、折神家に飼い殺しに近い状態にはなってはいる。

が、流石に何もしないと言うのは士気に関わったりと色々と面倒だ。

 

なので、そう言ったような最低限ではあるが、そこそこ重要、と言った微妙な仕事が回ってくる。

その事を知っているためか、特には触れてこない。

 

「うん、買い物」

 

「買い物って……その袋?」

 

机の上にある袋を指差す結芽。

虚だった目は、元の輝きを取り戻していた。

 

「そうだよ」

 

「ふーん……何買ってきたの?」

 

「いちご大福。本当は帰ってきた時に、って考えてたんだけど……

 

「ほんとう!?」

 

いちご大福は結芽の好物である。

その証拠に、目の輝きが増している……様な気がした。

 

「本当。ハイこれ」

 

「あ!これって中々手に入らないやつじゃん!」

 

「あ、やっぱり知ってた?」

 

「知ってるも何も、何度か行ったけど必ず売り切れてたんだもん」

 

「そんな人気なのか……」

 

思わず、そんな呟きを零してしまうのを、結芽は聞き逃さなかった。

 

「え?お兄ちゃん知らなかったの?」

 

「え!?あ、いや。知ってたよ?知ってたとも」

 

明らかに知らない、と言うか。

昔から、嘘が下手すぎる、とでも言うのだろうか。

 

「絶対知らなかったでしょ……お兄ちゃん」

 

「はい、知らずに買いました」

 

「……だよね…お兄ちゃんはそう言うの調べる暇とか無いもん、ね……?」

 

だいたい私が側に居るし。

兄の事は誰よりも知っているのです。

そんな優越感にも似た何かを持っている。

 

だが。

 

「……………」

 

どこか違和感を覚える。

なんだ、なんだこの感覚は。

具体的には、誰かの影を感じる。

 

「結芽、どうした?」

 

「ねぇ、お兄ちゃん。本当は誰から聞いたの?」

 

「うん?あー……夜見ちゃん、からかな」

 

「あー!やっぱり、そうだよね!そーゆーの知ってるのって、夜見おねーさんくらいだもん」

 

面白くない。なんだこの感じ。

私のお兄ちゃんが、私の知らないところで色んなことを覚えて。

 

それは別に良い、ハズ。でも、なんかムカツク。

胸にモヤモヤと縹渺としたモノがかかる感覚がする。

 

「真希は……あー…うん、アイツは兎も角。寿々花はこの手の知らないのか?」

 

「うーん、寿々花おねーさん、お嬢様過ぎてそーゆーのはちょっと疎いからねー」

 

真希おねーさんは杏仁豆腐間違えるし。

 

「あぁ……そういう」

 

私の知らない所でお兄ちゃんが何をしてようとそれは自由だけど。

そう、他の親衛隊の子と一人で話すのは、なんかヤダ。

 

嫉妬にも似た──事実嫉妬なのだが。

表情には出ないように、明るく振る舞う。

 

「ふふん。ありがと!嬉しいよ、お兄ちゃん」

 

嬉しい。嬉しいのは事実だ。

それは間違いない。

だが、皐月夜見(他の女)から聞いたもの、と考えると、途端に────

 

「ほら、いっしょに食べよ?」

 

「ああ、そうするよ」

 

私の命は長くない。

お兄ちゃんの事を考えると、私だけ……ってのは良くないのは頭ではわかっている。

でも、それでもやっぱり。

 

私の事だけを、見て欲しい。

 




書けば出る事を祈る

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