時に、僕はこの警視庁刀剣類管理局折神家本部、及び鎌府女学院内に於いての評価は割と宜しくない。
大半の職員に燕何某ってどんな人か、と聞いてみよう。
すると、大抵は
事実と言えば事実なので、特に否定もしないが。
まあでも、本部の職員は一応社会人ではあるので、自分の不利益になる様な事はしたくないからか、実害は無い、と言うかゼロである。
問題は鎌府の娘達である。
本部も鎌府の人達は僕が妹と居ることに関しては割とどうでも良いと言うか、特に何かある事はない。
時たまこっそりと写真を撮られるくらいだ。
だが、ここで結芽の立場を思い出してみよう。
折神紫親衛隊第四席───それが燕結芽の世間的評価である。
いくら、僕自身がそんな事を気にしなくても、世間はそう見る。
その兄、と言う事はだ。
つまりは必然的に僕は他の親衛隊と関わる事がそこら辺の学生より多い。
この事が親衛隊ファン過激派とでも言うべき刀使達の───妬み嫉み憎しみ羨望殺意と言ったような、あらゆる負の感情を向けられる理由になる。
お陰で、親衛隊四人が出撃してしまった時は、色々と苦労が絶えない。
◆◆◆
「……チッ」
舌打ち。
「あぁ、コネの…」
からのギリギリ聞こえる声で陰口。
めっちゃ怖い。
「獅童様に近づく不埒者」
「寿々花様に手を出そうとする下衆」
と言うのも、こんな風に刀使の子達からは認識されている。
自分から近づいた覚えも、手を出そうとした事も考えた事も全くない、と言うのに。
思わず溜息が出る。
良く、溜息をすると幸福が逃げるとは良く言ったものだ。しかしながら、今が不幸のどん底なので、それは無い───
「すみません、余所見をしていたものですから……」
「良いんです、こちらも悪いんですから」
突如、背後からの襲撃。
書類の束が宙を舞う。
前言撤回、どうやら幸福が逃げて行ったようだ。
「あー…ごめんなさい、この後任務があるので……」
「いえ、お構いなく。このまま行かれて下さい」
「……すみません」
と手口がアレ。
ぶっちゃけもう持たない。
獅童派と此花派が共闘を始めた際には、傍観中立を決め込んでいて、僕としては非常に有り難かったのだが。
最近になって合流を果たしてしまった。何故だ。
この両閥は二人の仲が良くなるにつれて結束も強くなっていく……とか言う噂もある。
お陰でこの鎌府学舎内の地理には、誰よりも詳しいと言う自負がある。
ひたすら人を避けるために……まあ、避けられない時もあるんだけれど、設計図に載って無い部屋に逃げ込んだり、道を通ったりするのもお手の物。
「と言うわけで、男性職員を増やして……」
「折神家の本部とは言え、鎌府は女子校だ。これ以上は無理がある」
「本庁は……」
「ここで何をしているか、知らぬ筈も有るまい?」
「そうですね」
強まる視線の圧。
「それに、今し方親衛隊の方も戻る」
「そうですか。……所で、ご存知なら止めるなりして頂けると非常に有り難く……」
「……一体どれだけの刀使を処分対象に上げれば良いのだろうな」
「ですよねー」
頭を掻く。
仕事辞めようかな、いろいろ無理だろうけど。と口の中で言葉を留める。
「諦めろ。死にはしないだろう」
「人間、特に男は脆いんですよ……特に僕」
「まあ良い。……所で、舞草の動きは?」
折神紫───否。
大荒魂タギツヒメの眼が緋く煌く。
その圧倒的な迄の圧によって必然、肌は粟立ち、背筋は凍りつく。
此れこそ正しく悪鬼羅刹の禍神である、と再認識させられる。
「さあ?僕は舞草の人間
内心、気圧されてはいるが、おくびには出さず、回りくどく話す。
それすらも予定調和、と言われればそれまでなのだが。
「一面的な情報は精度を欠く」
「………だから言え、と?」
「色々と便宜を図ってやるが?」
「便宜、ねぇ……それなら、結芽の病を治す方法の一つや二つ、見つけて頂きたいモノですな」
心の底から思う事だ。
もしも結芽の病気が治るのであれば、喜んで悪魔にすら魂を売るし、地獄の底で燃やされようとも構わない。
「舞草に近づいたのはそれが理由か?」
「ええ。でも、舞草でも無理でしたけどね」
真希や寿々花の会話の中にも度々出てくる舞草。
折神紫の正体がタギツヒメと知り、その上で叛旗を翻す為にアレコレやっている組織にして、S装備の開発者たるフリードマンが在籍する組織だ。
何か結芽を治す手掛かりがあるかも知れぬ、とスパイ容疑をガッチガチにかけられながらも接触した事が有る。
一応、フリードマンは合衆国に居る友人に問い合わせてはくれた。
しかし、無情にも治療は難しい。と言う結論だった。
「それに、どちらにも情報を流さないって約束しましたし?裏切れって言うんだったら……さっさと持ってこいよ、治療法」
しっかりと、目を見据える。
はっきり言って子犬が狼を睨むようなモノなのだろうが……それでも、譲れない意地がある。
「時間の無駄だな」
そう呟くや否や、空間を占有していた禍々しい空気が霧散する。
「好きにしろ。どうせ大勢は変わらん」
「そりゃどうも」
わざと悪態を吐く。
出来れば、二度とこんな場面には遭いたくないな、なんて祈りながら。
「たっだいまー!」
「あっ、おい結芽!」
部屋の扉が勢い良く開け放たれたかと思うと、結芽が入って来た。
それを咎める様に、同じく入って来た真希が制する。
「あれ?お兄ちゃん、なんでここに?」
僕を見つけた結芽が尋ねてくる。
「圧迫面接……かな」
「ふーん。なんか大変そうだね」
「……実際、大変だったよ」
「ちょっと二人共!?紫様に不敬では無くて!?」
驚いた寿々花が大きな声で咎める。
確かに不敬なのだろうが、中身を知ってる者としてはそれ位許して欲しいものだ。
「良い、寿々花。……私は屋敷へ戻る。皆も下がって良い」
折神紫は個々人のそれぞれの了承の返事を聞き終えると、執務室を後にした。
「今、紅茶を出しますね」
折神紫が執務室を後にしてから、始めて動き出したのは夜見だった。
「どうぞ、座っててください」と他の三人に促しつつ、手慣れた所作で紅茶を淹れる。
その様は、実に絵になると言うか、瀟洒と表そうか。
淹れ終わる頃には、部屋一帯に紅茶の香りが漂っていた。
「……セイロン…に何かブレンド…してる?」
「!わかりますか」
時々ドマイナーな茶葉を仕入れてくるけど、これはわかった。
少しは驚いてくれたのか、夜見の目が僅かに大きく開かれた。
「一応。何と、まではわからないけど」
「……でしたら、今度お教えしま「はいそこー、ストップ!」
すると、結芽が会話に割り込んで来た。
「もー、お兄ちゃん!よみおねーさんと二人で私のわからない話しないでよね!」
隣に座りつつ、如何にも私は不満です!と自己主張しているのか、唇を尖らせている。
「そんな事で怒るなんて、結芽はまだまだ子供だな」
真希が苦笑しつつ発言する。
隣の寿々花も微笑ましく見ているような視線だ。
「あー!またそうやって子供扱いして!」
結芽がむくれた顔をする。
思わず頭を撫でようと手が伸びる。
「お兄ちゃんまで子供扱いするの!?」
「あっ、ごめん。嫌だったか?」
「えっ。あっ、いや……別に、嫌…とは言っては、いないんだけど……ね?」
頬は朱が差し、手を後ろに回し体をよじらせている結芽。
「はいはい」と言いつつ期待に添うようにちゃんと頭を撫でる。
視界の隅では寿々花が顔を伏せ、肩を震わせている。
真希は相変わらず苦笑いしていた。
「どうぞ」
そんな時に夜見が紅茶を出してくれる。
結芽はまだ少し、紅茶が苦手そうだが。
しばらくすると、結芽がこんな事を聞いて来た。
「そういえばさー、お兄ちゃんは大人の条件って何だと思う?」
「突然だな」
「いやー、おねーさん達からは納税口調背の高さーって意見があったんだけど、お兄ちゃんはどう考えてんのかなって」
「大人、ねぇ……」
「そんなの、わからないなぁ」
「わかんないの?」
「大人の癖して子供みたいな人もいれば、子供の癖に大人びてる人もいるし……老人になっても子供の様な好奇心を持ち合わせている人だっているし……うーん、何なんだろうねぇ、大人って」
「お兄ちゃんは、自分の事大人だと思う?」
「いや、全く。出来ないことが多過ぎて、何が出来ないのかもわからないのに、大人って名乗るのはどうなんだって思うよ」
多過ぎる、と言うのは違う。
正確には大き過ぎる、のだが。
そこは言わない、言うわけ無いが。
「よくわかんないや」
「僕もわかんないな」
「……そういえばさ、前に親衛隊のみんなで温泉いった事があってさー」
話は変わり、ふと親衛隊結成初期の頃の話を持ち出す結芽。
「ああ、懐かしいな」
「ありましたわね」
「……はい」
三人共に懐かしいのか、感慨深げな表情を浮かべる。
しかし、その後結芽が爆弾を投げてくるとは、その時の僕では知る由もなかった。
「そしたらさー、おねーさん達、みんなおっぱい大きくてさ───」
「ん"ん"っ"」
飲み込んだ紅茶が気管支に入り込みむせる。
その上、鼻の方にも逆流し、陸なのに、溺れかけているという状態に刹那にして叩き込まれた。
「ちょっ、ゆ、結芽!?何を言いだすんですの!?」
「さ、流石にその話はどうかと思うぞ、結芽」
寿々花、真希共に驚いたのか紅茶を吹き出しかけるが、そこは流石かちゃんと飲み込んだ。
因みに夜見は「大丈夫ですか?」と背中をさすってくれた。
「ねぇ、燕さん。結芽の教育、どうなってらして?」
結芽では無く、此方をタギツヒメにも劣らぬ眼力で睨みつける寿々花。
「どうなんですの?」
「もー、寿々花おねーさん、どうしてそんな怒ってんのさ。何かおかしな事言った?」
一瞬の沈黙。
空気が凍るとはこの事を指すのか、と現実逃避したい僕の頭はそんな事をぼんやり考えている。
「……無自覚、なるほど。真希さん、結芽は任せましたわ」
「ああ、任された」
真希が立ち上がり、結芽の方へと向かう。
「場所、変えますわよ」
「……はい」
そして、寿々花はとても人の温かみを感じさせない、能面のような表情をしていた。
「あっ、ちょっ「はい、結芽はボクから話があるからね」真希おねーさん!?なんかいつもより力強い……」
両肩をがっちりと掴み、結芽を動かせまいとする真希。
「あの、少し待っては……」
その時、事態を傍観していたと思わしき夜見が、口を開いた。
「夜見?どうしたんですの?」
「まだ、結芽の話が終わってなかったものですから。早計に有罪と決めつけるのはどうか、と思いまして」
この弁護人無しの有罪確定裁判に弁護人として名乗り出たのは、意外な事にも夜見だった。
まさしく、救いの手。
今の僕には、夜見が輝いて見えた。
「なるほど。夜見の話も一理ありますわね。それで、その…話の続き、何と言おうとしたので?」
「え、揉めば大きくなるって聞いたから、今度揉ん「はい、結芽。ちょっとボクと話そうね」あー!ちょっ真希おねーさん!?」
────あ、終わった。
ここから先は絶望しかない地獄の底。
どうやら、先程のは救いの手では無く、蜘蛛の糸だった様だ。
「行きますわよ。二度と、陽の光を拝めるとは思わない事ね」
さながら処刑場に連れて行かれる様な心持ちで、僕は彼女に着いて行くのであった。
「……………」
夜見は、その光景をただ見つめていた。
「あーあ。真希おねーさんも寿々花おねーさんもダメだね。そーゆーのがどんな話か位、私が知らない訳ないのに、すっかり騙されちゃって」
「ま、これでおねーさん達のお兄ちゃんに対する意識は低くなったと思うから成功、かな?……ちょっと、よみおねーさんが気になるけど、ね」
「さーて、お兄ちゃんのとこ行こっと!」