もしも、燕結芽に兄がいたら   作:鹿頭

4 / 14
(リセマラを考える顔)


幕間その3

いつもは結芽と一緒に出るのだが、今日は非番。僕は休みである。

 

しかしながら、荒魂と戦う刀使は、休みが余り無い。特別職国家公務員とか言う国際法もびっくりな身分だ。

まあ、刀使になれるのが若い女の子だけ、って事を考えると、ね。

 

親衛隊は身辺警護もその職分に入っているが。

 

ある日の、そんな朝。

 

「ない!……ない!乾いてない!」

 

「朝からそんな格好でどうした、結芽」

 

結芽が下着姿で部屋中を走り回っている。

一体どうした事なのだろうか。

 

「ワイシャツ乾いてなかった……!」

 

「またか!昨日の内に確認しなかったのか?」

 

「全部乾いてると思って……」

 

調子が下がり気味で、そう言う結芽。

思い返せば、良くこんな事が起きる。

 

「仕方ないなぁ………僕の着るかい?」

 

「お兄ちゃん……の?」

 

「袖丈詰めて……いや、時間ないな。安全ピンかなんかで止めることになると思うけど…大丈夫?」

 

「うん、うん!私は全然大丈夫だよ!」

 

「よし、ちょっと待って」

 

本人の了承も得られたので、ワイシャツを取りに衣装棚へ向かう。

 

こんな事がしょっちゅうあるなら、袖丈詰めたの……するくらいなら、結芽のワイシャツ買い増しした方が良いな。

本格的に出費を検討しなければ。

 

てか、アレって確か………

ふと何かを思い出しかけるが、ぼんやりとしていて形にならない。

一先ずは棚にあげる事にした。

 

「ほら、これ着て」

 

棚から引っ張り出してきた、自分のワイシャツを結芽に渡す。

 

「えー、せっかくだからお兄ちゃん着せてよー」

 

結芽はそれにわがままを言う事で答えてきた。

自然な語調で頼んできた為、わがまま、と言うよりは少し違うような気もするが。

 

 

「あんまりわがまま言うんじゃないぞ?別に良いけどさ」

 

我ながら甘い、とは思う。

だが────いや、よそう。

思考を無理矢理打ち切る。

 

「わーい!お兄ちゃん大好き!」

 

「うん、僕も結芽が大好きだよ」

 

「……………………」

 

「良し、先ずは袖通すから腕上げて……結芽?」

 

反応が帰ってこない。

石像の様に固まってしまっている。

 

「おーい、結芽ー、どしたー? 」

 

「………!あっ、ご、ゴメン!ちょっと、考え事して…た」

 

声をかけ続けると、ようやく動いた。

話が聞こえなくなるまで真剣に考える事があるのか。

少し気になったが、流す事にした。

 

「そっか。はい!腕、水平まで上げてー」

 

「はーい」

 

袖を通しやすくする為に、腕を上げてもらうよう頼む。

結芽は大人しく言う事を聞いてくれた。

 

 

「……よし、後は袖上げて……留めると」

 

安全ピンで肩側に上げた袖を留める。

応急処置気味では居るが、結芽なら上手いことやってくれると勝手に思っている。

 

「ボタン留めるよ」

 

「うん」

 

(あー……不味い。手、当たりそう)

 

ボタンを下から留めていくわけだが、その。

必然的に手が胸を掠めるかもしれない訳で。

 

そうならないように、細心の注意を払おうとするが……しかし、余計な事を考えてしまったからか、予想は的中してしまう事となる。

 

 

「…ん…っ………」

 

「…………ごめん」

 

両端の見頃を中央に寄せる際、指が胸に触れてしまう。

結芽は艶めかしい声を微かに漏らす。

 

その時、僕はやってしまったと罪悪感を抱く。

意図せずとも謝罪の言葉も数秒遅れ、何とも簡潔なものとなってしまった。

 

 

「ううん、大丈夫。気…にしてないよ」

 

ポツリ、と漏らす様な言葉。

それが気まずい沈黙を更に引き立たせる。

 

 

「…後は、自分で出来るよね」

 

最初に気まずさに耐えかねたのは他ならぬ僕だった。

沈黙を破り、逃げる様にその場を離れる。

 

「……えっ…あー……じゃ、じゃあ、髪の毛、梳かして欲しい、かな」

 

事は出来なかった。

 

「え……あ、ああ。わかった」

 

了承し、櫛を取りに行く。

内心気まずさを引きずってはいるが、向こうは然程気にして無い、と言う事なのだろうか。

 

「引っかかったりとかしてないか?」

 

結芽の長い髪を左手で優しく持ち上げ、右手に持った櫛を使って、ゆっくりと梳かす。

 

傷んだり、枝毛一つない髪は抵抗無く梳かす事ができる。

とは言え、一応礼儀として聞く事にする。

 

「うん、いつも通りだよ」

 

「それは良かった。じゃ、纏めるよ」

 

「はーい」

 

結芽のお気に入りのシュシュを使って、いつもの様にサイドテールに纏め上げる。

最早手慣れたものである。

 

「良し、出来たっと」

 

「えへへー、ありがと」

 

見慣れてはいるが、笑顔はいつ見ても良いものだ。

少し温かい気持ちになるが、それと同時にそれを塗り潰して尚余りある様な、底知れぬ不安が僕の内から滲み出てくる。

 

 

「じゃあ行ってきます、お兄ちゃん」

 

「ああ、いってらっしゃい」

 

それを悟られぬように、気丈に振る舞う。

いや、結芽は賢い子だから、ひょっとしたら気づいているのかも知れないが。

 

 

「特別職国家公務員は大変だ……」

 

結芽を見送った後、自然とそんな言葉が口をついた。その時ふと、ある事に気づく。

 

「ん?そういえば、親衛隊のワイシャツってデザイン統一されてた様な……」

 

冷や汗が一筋、頰を伝うのを感じる。

 

「……ま、今日に限った事じゃないから大丈夫…だよね?」

 

そう自分に言い聞かせる。

 

 

◆◆◆

 

 

 

「御機嫌よう結芽。あら?そのワイシャツ……ああ。またですの?結芽」

 

朝、結芽が執務室に入ると、此花寿々花が最初に気づく。

当然、いつもとは違う服装にも。

しかし、いつもと()()()()()()のだ。

 

 

「なんの事か、わかんないよー。寿々花おねーさん」

 

言い訳する気も隠す気も無いのか、わざとらしい笑みを浮かべる結芽。

 

 

 

「おい、結芽。燕さんが非番の時はいつもそれだな」

 

獅童真希が咎める。

一度目ならば兎も角。何度も続くとこう目に余ると言うものだ。

 

 

「もー、真希おねーさんは疑り深いんだから。偶然だよ、偶然」

 

大袈裟に手を振る結芽。

その様子に真希の目が細められる。

 

「あのな、結芽。一応制定品だぞ、ボク達親衛隊の制服は。それだと服務規程に反してだな……」

 

「真希さん。こうなった時の結芽が聞いたこと、ありますか?」

 

事態を傍観していた夜見が口を挟む。

 

「む……夜見。それを言われると…いや、そう言う問題ではないと思うぞ?」

 

夜見の言にふと納得しかける真希。

しかし、何か違うと思い直す。

 

「そうでしょうか……?」

 

 

「それでしたら一層の事、私達の方で用意した方が早いのではなくって?」

 

「え、ちょっ」

 

話を聞いていた寿々花が、ふと思いついた事言う。

それを聞いた結芽はたじろぎ、動揺する。

 

 

「それは良い案だな、寿々花」

 

同意する真希。しかし───

 

「ヤダ!絶対ダメ!そんなことしたらお兄ちゃん非番の時は私もう来ないよ!?」

 

「やっぱり確信犯じゃないか!」

 

急転、真相を告げる結芽。

間違いではなかったかと真希は頭を痛める思いだった。

 

「はぁ……結芽、良いですこと?確かに、私達親衛隊は制服については一定の改造が認められています。ですが、中のワイシャツは最低限統一する、と言う───」

 

「何それ、私のお兄ちゃんのワイシャツ着たいってこと?」

 

説教をし始める寿々花に、結芽はジト目で言い返す。

揶揄しただけかも知れないが、語尾が上がり調子な辺り、少し怒っているかもしれない。

 

「そ、そんなこと言ってませんわ!」

 

結芽の返しに面食らった表情の寿々花は、思わず声を荒げる。

 

「こればっかりはいくら寿々花おねーさんの頼みでも絶対ダメ!」

 

「だから違います!」

 

「ハハハ、そろそろ時間だ。その話は後にしよう」

 

真希が笑いながら両者を諌める。

 

「後……?ひょっとして、真希おねーさん…?」

 

「……ボクは一言もワイシャツが着たいって言ってない」

 

「あ!今言った!言ったもん!」

 

しかし、結芽はからかうのが楽しいのか、話の矛先を真希にも向ける。

 

 

「結芽、もうふざけるのも大概によせ。紫様の出迎えに上がるぞ」

 

「無理矢理話を逸らした!へー、真希おねーさんそう言う事しちゃうんだー」

 

真希は話を流すが、結芽は尚燻らせようとする。

 

「結芽!!」

 

「はーい、そろそろやめまーす」

 

いい加減に頭に来た真希。

さしもの結芽も、これで引き下がる事にした。

 

 

「ハァ……少し、疲れましたわ」

 

寿々花が頭を抱える。

 

「…………………」

 

「……どうしたのかな?よみおねーさん」

 

沈黙を保っていた夜見に、結芽がニヤニヤしながら様子を尋ねる。

 

「別に、なんでもありません」

 

「ふーん……そうなら、別にいいけどさ」

 

本心であるかは、また別の問題だ。

 

 

◆◆◆

 

 

「今回は親衛隊四人の派遣を先方は要請している。しかし、確認されている彼我の差を考慮するに、四人は明らかに過剰だとボクは思うが……」

 

「でしたら、私が待機します」

 

真希の言に自分から買って出る夜見。

 

「良いのか?」

 

「はい。私では、余りお役に立てそうには」

 

「……すまない、夜見」

 

「真希さんが気にする必要はありません」

 

真希の謝罪を受け流す夜見。

謝罪を受ける権利はない、と考えているからだ。

 

「……わかった。では、任せた」

 

「お願いしますわ、夜見さん」

 

「ええ、寿々花さんこそ、お気をつけて」

 

「…………………」

 

二人が声をかけていく中、結芽は一人、夜見を値踏みする様に見つめている。

 

「……お気をつけて」

 

結芽の他の二人とは違う方向の視線に思う所はあるが、敢えて触れる事はしなかった。

 

 

「おねーさんに言われなくても平気に決まってるからだいじょーぶ」

 

「そう、ですか」

 

「じゃ、行ってきまーす」

 

三人を見送る。

待機中では主に書類仕事を片付けたりして、緊急時に備える。

と言っても、今回は結芽が同伴しているので、まずあり得ないが。

 

だからこそ、出来る事。

 

「……………すみません」

誰に向ける訳でもなく呟かれた言葉。

その言葉を皮切りにして夜見は、動き出すのであった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「いざ休みになると、やる事なくて逆に疲れる……」

 

「結芽ー…は……ああ、派遣任務か」

 

「寝るか……?」

 

「ん?誰だろ、こんな時間に」

 

と言うか来客自体が珍しい、と言うか。

人が来ないと言うべきか。

そんな悲しい事をふと思い出しながら、扉を開ける。

すると、そこには───。

「あれ、夜見ちゃん?どうしたの?」

 

皐月夜見。

親衛隊第三席にして、本日は派遣だか出張だか遠征だかで鎌府管区には居ないはずだが……

 

「その、待機になりまして…あの……」

 

待機になったと言う夜見。

なんか似たような事が以前にもあったような、と脳裏に浮かぶ。

 

「あの?」

 

「先日、紅茶の事をお教え出来れば、と提案しようとした事……覚えてますか?」

 

不安げに確認してくる夜見。

何の事かと不訝に一瞬思ったが。

 

「………ああ!思い出したよ。教えてくれるのかい?」

 

先日確かにあった、そんな事があったぞ。

途中で、結芽が話始めちゃったから、有耶無耶になってはいたが。

確かに、思い出した。

 

「は、はい。私で良ければ……ですけど」

 

「もちろん!是非是非!…あ、どこで……」

 

「一通り、お持ちしましたので……」

 

と言って大きめな箱型のケースを見せてくる夜見。中には茶器だの色々入っているのだろう。

用意が良いのは、夜見ちゃんの個性ではあるが。

もしも断られたら如何するつもりだったのか。

 

これがセールスの人だったら、何も思わないのだろう。

しかし、そのまま引き返していく夜見ちゃんを想像してしまい、急に変な罪悪感を覚える。

 

「ほら、上がってって」

 

「………失礼します」

 

罪悪感から逃げたいだけじゃないか、と一瞬嫌な思考が回る。

いけない、最近はどうも卑屈だ。

 

 

「………案外、片付いてますね」

 

「結芽も居るからねー。必然的に片付けるようにもなるよ」

 

「そう、ですよね」

 

表情に影が落ちる夜見。

声の調子も少し悪くなったように感じる。

 

 

「?まあ、台所は好きに使って良いから」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 

 

 

「まず、紅茶……例えば一口にダージリンと言っても、茶園が違えば味も微妙に変わっていき───」

 

「また、摘み方、時期、発酵でも───」

 

「ブレンドをする事によって、また一味変わった楽しみ方が───」

 

 

 

 

「………奥が深い、と言うか。沼ジャンル…と言うべきか……」

 

一連の流れを踏まえて、思った感想が、それだった。

 

「沼……?」

 

「ああ、イヤ。なんでもない。喩えが悪かったかな」

 

しかしながら、その意味は伝わる事はなかったので、謝罪すると同時に、伝わらなかった事に安堵する自分がいる。

 

 

「はあ……」

 

「それにしても、さ。夜見ちゃんは紅茶が本当に好きなんだね。話は面白いし、それに淹れてくれた紅茶、全部美味しいよ」

 

何気なく伝えた感想。

それに夜見は頰を赤らめた。

 

 

「……しょ、しょしい」

 

「しょしい?」

 

聞き慣れない言葉だ。

思わず鸚鵡返しする。

 

「あ、えと、それは違くて、そ、その……」

 

「ああ、方言……出身は東北辺りかい?」

 

先程の独特な()()()から、そう推測する。

 

「!は、はい。秋田です。その、申し訳ありません……やはり不快、ですよね」

 

「何謝る事あるのさ。良いじゃん、方言使っても。かわいいんだし」

 

卑屈に自己嫌悪している夜見へ、そうではないと肯定する。

しかし、その肯定の仕方が不味かった。

 

「か、かわ……」

 

「……?……あっ」

 

とんでもない風に切り取ってしまった事に気づく。

しかし、後悔は先に立たなかった。

 

「きょ、今日は帰らせていただきます!」

 

顔を真っ赤にした夜見が頭を下げる。

 

「あ……ああ。…またおいで」

 

「……………はい」

 

一応、社交辞令としての礼儀を交わしておく。

 

 

「あぁ……やっちまった…」

 

先程の発言に、僕は頭を抱える。

 

「セクハラとか……う、うーん…」

 

親衛隊の刀使に訴えられたら負けるだろうな、なんて考えたり。

しばらく自己嫌悪に浸っていた。

 

「あ、忘れてってる」

 

机の上には、茶器が置かれたままだった。

 

 

◆◆◆

 

 

 

「たっだいまー!」

 

「おい、結芽。余りはしゃぐな」

 

任務を終え、執務室へと戻ってきた親衛隊。と言っても、折神紫は居ないが。

 

「はーい!……あれ、夜見おねーさんさー、なんか、いつもとおかしくない?」

 

夜見を見つけた結芽は、疑問をぶつける。

 

「そ、う……でしょうか」

 

しどろもどろになりながらも、何とか返答をする夜見。

 

「うん!なんかおかしいんだよなー」

 

当然、その違和感を機敏に察知し、夜見の元へと近づく結芽。そして───

 

「ねぇ、よみおねーさん…楽しかった?

 

耳元で囁いた。

 

「!!!」

 

何の事か、夜見にはすぐにわかった。

()()()()()

心臓を掴まれたような気分だった。

 

「おい、二人ともどうした?」

 

「うーん、なんでもなーい」

 

そんなやりとりを訝しんだのか、真希が尋ねる。

しかし、詳しい事までは聞こえてはいない。

 

「夜見!ちょっと顔色、悪いのではなくって?」

 

寿々花が、顔色が悪くなった夜見を心配する。

 

「……本当だな、大丈夫か、夜見?」

 

「は、はい。私は平気です」

 

「……余り無理はするなよ。後はボク達でやるから今日は下がっていいぞ」

 

ノロの影響か何なのか、体調を崩した夜見に真希は帰るように促す。

 

「………すみません」

 

「本当に大丈夫ですの?送りましょうか?」

 

それに素直に甘んじる夜見。

その様子に、寿々花は益々心配する。

 

「いいえ、それには及びません。失礼しました」

 

覚束ない足取りで、部屋を後にする夜見。

 

「…………」「…………」

 

真希と寿々花の二人は顔を見合わせるのであった。

 

「ねぇねぇ!私も帰っていいー?」

 

夜見が帰ったのを見て、結芽もまた帰りたいと言う。

 

「………燕さんによろしく言っといてくれ」

 

書類仕事では、居ても居なくても変わらない結芽。むしろ邪魔になる事すらある。

故に、帰らせる事にした。

 

「はーい!じゃ、おねーさん達さよーなら!」

 

「ああ」「ええ、お疲れ様」

 

 

 

「にしても…酷いな、この量は」

 

書類の山を前に頭が痛くなる真希。

 

「ええ……本当」

 

それは寿々花も同じ事だった。

 

「………帰れるのか?」

 

「今日は無理でしょうね……」

 

二人は、溜息を吐いた。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「そう言えば……その紅茶、よみおねーさんの?」

 

家に帰ってから、しばらく経った結芽。

何時もとは見慣れぬ物、と言っても、執務室では見慣れているのだが。

 

「ああ、そうだよ」

 

結芽の問いに肯定する。

 

「ふーん……やっぱり来てたんだ」

 

「やっぱり?」

 

「あ、いや、今日おねーさん、待機で暇だったでしょ?」

 

「うん。そうだね」

 

「だからそうなんじゃないかなーって」

 

「なるほど…?」

 

結芽の推測に納得しかけるも、何かおかしい。

まるで、推測と言うよりは、確信していた様な。

 

「他には?」

 

「え?」

 

「他に、よみおねーさんとなんかした?」

 

結芽から有無を言わせない様な圧力を感じる。

まるで蛇に睨まれた蛙の様な気分。

悪い事をしていないのに、した様な気分に不思議となってしまう。

 

 

「いや……特には。紅茶の話教えて貰ったり、飲んだりしたくらいだよ」

 

「ふーん…ま、いっか。お兄ちゃん、それよりさ、聞いてよ!」

 

余りの話の唐突な変化に先程の圧力が霧散し、何時もの結芽に戻った、と思う程。

 

「うん?」

 

「私ね、今回も真希おねーさんや、寿々花おねーさんよりもずっとずーっと多く荒魂倒したんだよ!ね。ね、凄いでしょ、凄くない?」

 

興奮しているのか、前のめりになって話す結芽。

満面の笑みも浮かべている。

 

「そっか、今回もか。結芽は凄いな!……ああ、本当に」

 

口ではそう言うが、本心は違う。

個人的な願いは、もう刀使としての活動はやめて欲しいと思う。

危ない、のは勿論だ。でも、そこは結芽だ。負ける事はないだろうと信じている。

しかし、これ以上身体に負担をかけて欲しくない。

 

真実、偽りざる本音だったが、それすらもロクに言えないのが僕と言う、人間の底を感じさせてしまう。

それが、心底嫌で堪らない。

今にもこの首を掻き毟りたくなるほどに。

 

 

「でしょ、でしょ!もっと褒めても良いんだよ!」

 

「よーしよしよし、結芽はかわいいな」

 

気がつけば、顔がもう目と鼻の距離まで接近してる。

撫でるよりは、抱き締めた方が早かった。

 

「ゃ…も、もうお兄ちゃん!違うでしょ!……いや、違わないけど…」

 

「ああ、ごめんごめん。でも。結芽はな、本当に、大切な。妹だよ」

 

抱き締める力が強くなる。

緩めようとも考えたが、このまま消えてしまいそうな感覚に陥ってしまう。

 

「えへへー……お兄ちゃん、今日は一緒に寝よ?」

 

腕の中の結芽が身動ぎ、顔をこっちに向ける。

疑問形の上がり調子だが、有無を言わせないような圧力を感じる。

 

「今日はって……いっつも一緒に寝てるだろ?」

 

とは言え事実はそうなので、何故かと聞く。

 

「もー、そーゆーのは気分の問題なの!」

 

頬を膨らませる結芽。

思わず指でつつきたくなる。

 

「そうなのか、それは悪かったな」

 

「もー、デリカシーがないんだからー」

 

「…………ごめん、本当」

 

デリカシー、と言う言葉に、昼間にやってしまった事を思い出した。

何に謝っているのか、それとも自分に言い聞かせているのか。

 

「お兄ちゃん?」

 

何か不審に思ったのか、結芽が尋ねてくる。

 

「いや、なんでもないよ。……もう寝るぞ」

 

時間も時間だ、丁度いい。

 

 

「うーん…もうちょっと起きてたいけど……お兄ちゃんが一緒なら、どっちでも良い、かな」

 

「……そっか。じゃあ、一緒に寝よっか」

 

「うん」

 

一度離そうかと思ったが、個人的な理由からそのまま抱きかかえた。

結芽が嫌がらなかったので、そのままベッドへ移動し、床に就いた。

 

 

 

 

 




「お兄ちゃん………」

「ん?」

「ずっと…側に…いてよね……」

「ああ、もちろん」

「えへへー…だいすき」

「うん、僕も」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。