いつもは結芽と一緒に出るのだが、今日は非番。僕は休みである。
しかしながら、荒魂と戦う刀使は、休みが余り無い。特別職国家公務員とか言う国際法もびっくりな身分だ。
まあ、刀使になれるのが若い女の子だけ、って事を考えると、ね。
親衛隊は身辺警護もその職分に入っているが。
ある日の、そんな朝。
「ない!……ない!乾いてない!」
「朝からそんな格好でどうした、結芽」
結芽が下着姿で部屋中を走り回っている。
一体どうした事なのだろうか。
「ワイシャツ乾いてなかった……!」
「またか!昨日の内に確認しなかったのか?」
「全部乾いてると思って……」
調子が下がり気味で、そう言う結芽。
思い返せば、良くこんな事が起きる。
「仕方ないなぁ………僕の着るかい?」
「お兄ちゃん……の?」
「袖丈詰めて……いや、時間ないな。安全ピンかなんかで止めることになると思うけど…大丈夫?」
「うん、うん!私は全然大丈夫だよ!」
「よし、ちょっと待って」
本人の了承も得られたので、ワイシャツを取りに衣装棚へ向かう。
こんな事がしょっちゅうあるなら、袖丈詰めたの……するくらいなら、結芽のワイシャツ買い増しした方が良いな。
本格的に出費を検討しなければ。
てか、アレって確か………
ふと何かを思い出しかけるが、ぼんやりとしていて形にならない。
一先ずは棚にあげる事にした。
「ほら、これ着て」
棚から引っ張り出してきた、自分のワイシャツを結芽に渡す。
「えー、せっかくだからお兄ちゃん着せてよー」
結芽はそれにわがままを言う事で答えてきた。
自然な語調で頼んできた為、わがまま、と言うよりは少し違うような気もするが。
「あんまりわがまま言うんじゃないぞ?別に良いけどさ」
我ながら甘い、とは思う。
だが────いや、よそう。
思考を無理矢理打ち切る。
「わーい!お兄ちゃん大好き!」
「うん、僕も結芽が大好きだよ」
「……………………」
「良し、先ずは袖通すから腕上げて……結芽?」
反応が帰ってこない。
石像の様に固まってしまっている。
「おーい、結芽ー、どしたー? 」
「………!あっ、ご、ゴメン!ちょっと、考え事して…た」
声をかけ続けると、ようやく動いた。
話が聞こえなくなるまで真剣に考える事があるのか。
少し気になったが、流す事にした。
「そっか。はい!腕、水平まで上げてー」
「はーい」
袖を通しやすくする為に、腕を上げてもらうよう頼む。
結芽は大人しく言う事を聞いてくれた。
「……よし、後は袖上げて……留めると」
安全ピンで肩側に上げた袖を留める。
応急処置気味では居るが、結芽なら上手いことやってくれると勝手に思っている。
「ボタン留めるよ」
「うん」
(あー……不味い。手、当たりそう)
ボタンを下から留めていくわけだが、その。
必然的に手が胸を掠めるかもしれない訳で。
そうならないように、細心の注意を払おうとするが……しかし、余計な事を考えてしまったからか、予想は的中してしまう事となる。
「…ん…っ………」
「…………ごめん」
両端の見頃を中央に寄せる際、指が胸に触れてしまう。
結芽は艶めかしい声を微かに漏らす。
その時、僕はやってしまったと罪悪感を抱く。
意図せずとも謝罪の言葉も数秒遅れ、何とも簡潔なものとなってしまった。
「ううん、大丈夫。気…にしてないよ」
ポツリ、と漏らす様な言葉。
それが気まずい沈黙を更に引き立たせる。
「…後は、自分で出来るよね」
最初に気まずさに耐えかねたのは他ならぬ僕だった。
沈黙を破り、逃げる様にその場を離れる。
「……えっ…あー……じゃ、じゃあ、髪の毛、梳かして欲しい、かな」
事は出来なかった。
「え……あ、ああ。わかった」
了承し、櫛を取りに行く。
内心気まずさを引きずってはいるが、向こうは然程気にして無い、と言う事なのだろうか。
「引っかかったりとかしてないか?」
結芽の長い髪を左手で優しく持ち上げ、右手に持った櫛を使って、ゆっくりと梳かす。
傷んだり、枝毛一つない髪は抵抗無く梳かす事ができる。
とは言え、一応礼儀として聞く事にする。
「うん、いつも通りだよ」
「それは良かった。じゃ、纏めるよ」
「はーい」
結芽のお気に入りのシュシュを使って、いつもの様にサイドテールに纏め上げる。
最早手慣れたものである。
「良し、出来たっと」
「えへへー、ありがと」
見慣れてはいるが、笑顔はいつ見ても良いものだ。
少し温かい気持ちになるが、それと同時にそれを塗り潰して尚余りある様な、底知れぬ不安が僕の内から滲み出てくる。
「じゃあ行ってきます、お兄ちゃん」
「ああ、いってらっしゃい」
それを悟られぬように、気丈に振る舞う。
いや、結芽は賢い子だから、ひょっとしたら気づいているのかも知れないが。
「特別職国家公務員は大変だ……」
結芽を見送った後、自然とそんな言葉が口をついた。その時ふと、ある事に気づく。
「ん?そういえば、親衛隊のワイシャツってデザイン統一されてた様な……」
冷や汗が一筋、頰を伝うのを感じる。
「……ま、今日に限った事じゃないから大丈夫…だよね?」
そう自分に言い聞かせる。
◆◆◆
「御機嫌よう結芽。あら?そのワイシャツ……ああ。またですの?結芽」
朝、結芽が執務室に入ると、此花寿々花が最初に気づく。
当然、いつもとは違う服装にも。
しかし、いつもと
「なんの事か、わかんないよー。寿々花おねーさん」
言い訳する気も隠す気も無いのか、わざとらしい笑みを浮かべる結芽。
「おい、結芽。燕さんが非番の時はいつもそれだな」
獅童真希が咎める。
一度目ならば兎も角。何度も続くとこう目に余ると言うものだ。
「もー、真希おねーさんは疑り深いんだから。偶然だよ、偶然」
大袈裟に手を振る結芽。
その様子に真希の目が細められる。
「あのな、結芽。一応制定品だぞ、ボク達親衛隊の制服は。それだと服務規程に反してだな……」
「真希さん。こうなった時の結芽が聞いたこと、ありますか?」
事態を傍観していた夜見が口を挟む。
「む……夜見。それを言われると…いや、そう言う問題ではないと思うぞ?」
夜見の言にふと納得しかける真希。
しかし、何か違うと思い直す。
「そうでしょうか……?」
「それでしたら一層の事、私達の方で用意した方が早いのではなくって?」
「え、ちょっ」
話を聞いていた寿々花が、ふと思いついた事言う。
それを聞いた結芽はたじろぎ、動揺する。
「それは良い案だな、寿々花」
同意する真希。しかし───
「ヤダ!絶対ダメ!そんなことしたらお兄ちゃん非番の時は私もう来ないよ!?」
「やっぱり確信犯じゃないか!」
急転、真相を告げる結芽。
間違いではなかったかと真希は頭を痛める思いだった。
「はぁ……結芽、良いですこと?確かに、私達親衛隊は制服については一定の改造が認められています。ですが、中のワイシャツは最低限統一する、と言う───」
「何それ、私のお兄ちゃんのワイシャツ着たいってこと?」
説教をし始める寿々花に、結芽はジト目で言い返す。
揶揄しただけかも知れないが、語尾が上がり調子な辺り、少し怒っているかもしれない。
「そ、そんなこと言ってませんわ!」
結芽の返しに面食らった表情の寿々花は、思わず声を荒げる。
「こればっかりはいくら寿々花おねーさんの頼みでも絶対ダメ!」
「だから違います!」
「ハハハ、そろそろ時間だ。その話は後にしよう」
真希が笑いながら両者を諌める。
「後……?ひょっとして、真希おねーさん…?」
「……ボクは一言もワイシャツが着たいって言ってない」
「あ!今言った!言ったもん!」
しかし、結芽はからかうのが楽しいのか、話の矛先を真希にも向ける。
「結芽、もうふざけるのも大概によせ。紫様の出迎えに上がるぞ」
「無理矢理話を逸らした!へー、真希おねーさんそう言う事しちゃうんだー」
真希は話を流すが、結芽は尚燻らせようとする。
「結芽!!」
「はーい、そろそろやめまーす」
いい加減に頭に来た真希。
さしもの結芽も、これで引き下がる事にした。
「ハァ……少し、疲れましたわ」
寿々花が頭を抱える。
「…………………」
「……どうしたのかな?よみおねーさん」
沈黙を保っていた夜見に、結芽がニヤニヤしながら様子を尋ねる。
「別に、なんでもありません」
「ふーん……そうなら、別にいいけどさ」
本心であるかは、また別の問題だ。
◆◆◆
「今回は親衛隊四人の派遣を先方は要請している。しかし、確認されている彼我の差を考慮するに、四人は明らかに過剰だとボクは思うが……」
「でしたら、私が待機します」
真希の言に自分から買って出る夜見。
「良いのか?」
「はい。私では、余りお役に立てそうには」
「……すまない、夜見」
「真希さんが気にする必要はありません」
真希の謝罪を受け流す夜見。
謝罪を受ける権利はない、と考えているからだ。
「……わかった。では、任せた」
「お願いしますわ、夜見さん」
「ええ、寿々花さんこそ、お気をつけて」
「…………………」
二人が声をかけていく中、結芽は一人、夜見を値踏みする様に見つめている。
「……お気をつけて」
結芽の他の二人とは違う方向の視線に思う所はあるが、敢えて触れる事はしなかった。
「おねーさんに言われなくても平気に決まってるからだいじょーぶ」
「そう、ですか」
「じゃ、行ってきまーす」
三人を見送る。
待機中では主に書類仕事を片付けたりして、緊急時に備える。
と言っても、今回は結芽が同伴しているので、まずあり得ないが。
だからこそ、出来る事。
「……………すみません」
誰に向ける訳でもなく呟かれた言葉。
その言葉を皮切りにして夜見は、動き出すのであった。
◆◆◆
「いざ休みになると、やる事なくて逆に疲れる……」
「結芽ー…は……ああ、派遣任務か」
「寝るか……?」
「ん?誰だろ、こんな時間に」
と言うか来客自体が珍しい、と言うか。
人が来ないと言うべきか。
そんな悲しい事をふと思い出しながら、扉を開ける。
すると、そこには───。
「あれ、夜見ちゃん?どうしたの?」
皐月夜見。
親衛隊第三席にして、本日は派遣だか出張だか遠征だかで鎌府管区には居ないはずだが……
「その、待機になりまして…あの……」
待機になったと言う夜見。
なんか似たような事が以前にもあったような、と脳裏に浮かぶ。
「あの?」
「先日、紅茶の事をお教え出来れば、と提案しようとした事……覚えてますか?」
不安げに確認してくる夜見。
何の事かと不訝に一瞬思ったが。
「………ああ!思い出したよ。教えてくれるのかい?」
先日確かにあった、そんな事があったぞ。
途中で、結芽が話始めちゃったから、有耶無耶になってはいたが。
確かに、思い出した。
「は、はい。私で良ければ……ですけど」
「もちろん!是非是非!…あ、どこで……」
「一通り、お持ちしましたので……」
と言って大きめな箱型のケースを見せてくる夜見。中には茶器だの色々入っているのだろう。
用意が良いのは、夜見ちゃんの個性ではあるが。
もしも断られたら如何するつもりだったのか。
これがセールスの人だったら、何も思わないのだろう。
しかし、そのまま引き返していく夜見ちゃんを想像してしまい、急に変な罪悪感を覚える。
「ほら、上がってって」
「………失礼します」
罪悪感から逃げたいだけじゃないか、と一瞬嫌な思考が回る。
いけない、最近はどうも卑屈だ。
「………案外、片付いてますね」
「結芽も居るからねー。必然的に片付けるようにもなるよ」
「そう、ですよね」
表情に影が落ちる夜見。
声の調子も少し悪くなったように感じる。
「?まあ、台所は好きに使って良いから」
「はい、ありがとうございます」
「まず、紅茶……例えば一口にダージリンと言っても、茶園が違えば味も微妙に変わっていき───」
「また、摘み方、時期、発酵でも───」
「ブレンドをする事によって、また一味変わった楽しみ方が───」
「………奥が深い、と言うか。沼ジャンル…と言うべきか……」
一連の流れを踏まえて、思った感想が、それだった。
「沼……?」
「ああ、イヤ。なんでもない。喩えが悪かったかな」
しかしながら、その意味は伝わる事はなかったので、謝罪すると同時に、伝わらなかった事に安堵する自分がいる。
「はあ……」
「それにしても、さ。夜見ちゃんは紅茶が本当に好きなんだね。話は面白いし、それに淹れてくれた紅茶、全部美味しいよ」
何気なく伝えた感想。
それに夜見は頰を赤らめた。
「……しょ、しょしい」
「しょしい?」
聞き慣れない言葉だ。
思わず鸚鵡返しする。
「あ、えと、それは違くて、そ、その……」
「ああ、方言……出身は東北辺りかい?」
先程の独特な
「!は、はい。秋田です。その、申し訳ありません……やはり不快、ですよね」
「何謝る事あるのさ。良いじゃん、方言使っても。かわいいんだし」
卑屈に自己嫌悪している夜見へ、そうではないと肯定する。
しかし、その肯定の仕方が不味かった。
「か、かわ……」
「……?……あっ」
とんでもない風に切り取ってしまった事に気づく。
しかし、後悔は先に立たなかった。
「きょ、今日は帰らせていただきます!」
顔を真っ赤にした夜見が頭を下げる。
「あ……ああ。…またおいで」
「……………はい」
一応、社交辞令としての礼儀を交わしておく。
「あぁ……やっちまった…」
先程の発言に、僕は頭を抱える。
「セクハラとか……う、うーん…」
親衛隊の刀使に訴えられたら負けるだろうな、なんて考えたり。
しばらく自己嫌悪に浸っていた。
「あ、忘れてってる」
机の上には、茶器が置かれたままだった。
◆◆◆
「たっだいまー!」
「おい、結芽。余りはしゃぐな」
任務を終え、執務室へと戻ってきた親衛隊。と言っても、折神紫は居ないが。
「はーい!……あれ、夜見おねーさんさー、なんか、いつもとおかしくない?」
夜見を見つけた結芽は、疑問をぶつける。
「そ、う……でしょうか」
しどろもどろになりながらも、何とか返答をする夜見。
「うん!なんかおかしいんだよなー」
当然、その違和感を機敏に察知し、夜見の元へと近づく結芽。そして───
「ねぇ、よみおねーさん…楽しかった?」
耳元で囁いた。
「!!!」
何の事か、夜見にはすぐにわかった。
心臓を掴まれたような気分だった。
「おい、二人ともどうした?」
「うーん、なんでもなーい」
そんなやりとりを訝しんだのか、真希が尋ねる。
しかし、詳しい事までは聞こえてはいない。
「夜見!ちょっと顔色、悪いのではなくって?」
寿々花が、顔色が悪くなった夜見を心配する。
「……本当だな、大丈夫か、夜見?」
「は、はい。私は平気です」
「……余り無理はするなよ。後はボク達でやるから今日は下がっていいぞ」
ノロの影響か何なのか、体調を崩した夜見に真希は帰るように促す。
「………すみません」
「本当に大丈夫ですの?送りましょうか?」
それに素直に甘んじる夜見。
その様子に、寿々花は益々心配する。
「いいえ、それには及びません。失礼しました」
覚束ない足取りで、部屋を後にする夜見。
「…………」「…………」
真希と寿々花の二人は顔を見合わせるのであった。
「ねぇねぇ!私も帰っていいー?」
夜見が帰ったのを見て、結芽もまた帰りたいと言う。
「………燕さんによろしく言っといてくれ」
書類仕事では、居ても居なくても変わらない結芽。むしろ邪魔になる事すらある。
故に、帰らせる事にした。
「はーい!じゃ、おねーさん達さよーなら!」
「ああ」「ええ、お疲れ様」
「にしても…酷いな、この量は」
書類の山を前に頭が痛くなる真希。
「ええ……本当」
それは寿々花も同じ事だった。
「………帰れるのか?」
「今日は無理でしょうね……」
二人は、溜息を吐いた。
◆◆◆
「そう言えば……その紅茶、よみおねーさんの?」
家に帰ってから、しばらく経った結芽。
何時もとは見慣れぬ物、と言っても、執務室では見慣れているのだが。
「ああ、そうだよ」
結芽の問いに肯定する。
「ふーん……やっぱり来てたんだ」
「やっぱり?」
「あ、いや、今日おねーさん、待機で暇だったでしょ?」
「うん。そうだね」
「だからそうなんじゃないかなーって」
「なるほど…?」
結芽の推測に納得しかけるも、何かおかしい。
まるで、推測と言うよりは、確信していた様な。
「他には?」
「え?」
「他に、よみおねーさんとなんかした?」
結芽から有無を言わせない様な圧力を感じる。
まるで蛇に睨まれた蛙の様な気分。
悪い事をしていないのに、した様な気分に不思議となってしまう。
「いや……特には。紅茶の話教えて貰ったり、飲んだりしたくらいだよ」
「ふーん…ま、いっか。お兄ちゃん、それよりさ、聞いてよ!」
余りの話の唐突な変化に先程の圧力が霧散し、何時もの結芽に戻った、と思う程。
「うん?」
「私ね、今回も真希おねーさんや、寿々花おねーさんよりもずっとずーっと多く荒魂倒したんだよ!ね。ね、凄いでしょ、凄くない?」
興奮しているのか、前のめりになって話す結芽。
満面の笑みも浮かべている。
「そっか、今回もか。結芽は凄いな!……ああ、本当に」
口ではそう言うが、本心は違う。
個人的な願いは、もう刀使としての活動はやめて欲しいと思う。
危ない、のは勿論だ。でも、そこは結芽だ。負ける事はないだろうと信じている。
しかし、これ以上身体に負担をかけて欲しくない。
真実、偽りざる本音だったが、それすらもロクに言えないのが僕と言う、人間の底を感じさせてしまう。
それが、心底嫌で堪らない。
今にもこの首を掻き毟りたくなるほどに。
「でしょ、でしょ!もっと褒めても良いんだよ!」
「よーしよしよし、結芽はかわいいな」
気がつけば、顔がもう目と鼻の距離まで接近してる。
撫でるよりは、抱き締めた方が早かった。
「ゃ…も、もうお兄ちゃん!違うでしょ!……いや、違わないけど…」
「ああ、ごめんごめん。でも。結芽はな、本当に、大切な。妹だよ」
抱き締める力が強くなる。
緩めようとも考えたが、このまま消えてしまいそうな感覚に陥ってしまう。
「えへへー……お兄ちゃん、今日は一緒に寝よ?」
腕の中の結芽が身動ぎ、顔をこっちに向ける。
疑問形の上がり調子だが、有無を言わせないような圧力を感じる。
「今日はって……いっつも一緒に寝てるだろ?」
とは言え事実はそうなので、何故かと聞く。
「もー、そーゆーのは気分の問題なの!」
頬を膨らませる結芽。
思わず指でつつきたくなる。
「そうなのか、それは悪かったな」
「もー、デリカシーがないんだからー」
「…………ごめん、本当」
デリカシー、と言う言葉に、昼間にやってしまった事を思い出した。
何に謝っているのか、それとも自分に言い聞かせているのか。
「お兄ちゃん?」
何か不審に思ったのか、結芽が尋ねてくる。
「いや、なんでもないよ。……もう寝るぞ」
時間も時間だ、丁度いい。
「うーん…もうちょっと起きてたいけど……お兄ちゃんが一緒なら、どっちでも良い、かな」
「……そっか。じゃあ、一緒に寝よっか」
「うん」
一度離そうかと思ったが、個人的な理由からそのまま抱きかかえた。
結芽が嫌がらなかったので、そのままベッドへ移動し、床に就いた。
「お兄ちゃん………」
「ん?」
「ずっと…側に…いてよね……」
「ああ、もちろん」
「えへへー…だいすき」
「うん、僕も」