もしも、燕結芽に兄がいたら   作:鹿頭

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舞草も色々怪しくなったお陰で何とか、なんとか。


もうちょっとだけ、世界が優しかったら。その1

「舞草襲撃、ねぇ」

 

誰も居なくなって、伽藍堂になった執務室に呟きが木霊する。

僕は此処で書類仕事をしている。

 

先程、折神紫───もといタギツヒメが舞草の拠点は長船女学園だと特定した。

一週間以内に機動隊を動かして奇襲を仕掛ける……そうだ。

その主軸には、結芽が居る。

 

「結芽にはもう、危ない事はやめて欲しいんだけどなぁ……」

 

最近、結芽が胸の辺りを押さえる事を見るようになった。

と言うか、見てしまった、のだが。

 

症状的にも、もう長くはないだろう。

痛みを抑える様にノロを打つ事も見る様になった。

 

「ハァ……」

 

溜息を吐き、紅茶を口に含む。

ストレスで禿げそうな僕に、さっき夜見が「少しでも、落ち着いて頂けたら」と傷ついた自分の身を押して淹れてくれた。

 

個人的には、その痛々しい姿にますますストレスが溜まったが。

高津学長を刺すべきか迷ったくらいだ。

 

舞草が勝ってくれたりしないかねぇ、とか思ったりもしている。

 

 

「……誰だ」

 

書類の山に虚空を眺めていると、鳴る事が滅多にない僕の電話が着信を知らせる。

 

誰からか、と思い宛名を見ると、不明の文字。

 

「ハァ……はい」

 

「Hi.I'm Friedman」

 

「……フ……今更何の用ですか」

 

電話の主はリチャード=フリードマン博士。

以前に、結芽の件でツテを頼りに会いに行った事がある。

無駄足だったけど。

 

その博士が、一体僕に今更何の用なのだろうかと訝しむ。

 

「君のsisterの事なんだがね、治るかもしれないよ」

 

「………………は?」

 

電話が手の中から滑り落ちそうになる。

震える手で慌てて持ち直し、話を聞くため耳を澄ませる。

 

「君から、以前カルテのコピーだの治療データだとか色々貰っただろ?それをツテに回して見たら、まぁ……なんだ、自分なら確実に治せる、と言うのが居てね」

 

「…………ノロで延命しているが、もう限界が近いんだぞこっちは。間に合うのか」

 

「少々リスクは有るがNo problem、だそうだ。最も、安全性の為に最初はノロを利用する形にすると言ってたよ。個人的には複雑だけどね。ま、徐々にノロを除去していく、との約束は取り付けたがね」

 

「……ダブルスタンダードって言うんでしたっけ?そう言うの」

 

「個人的には複雑、と言っただろう。ま、だとしても折神紫のそれとは方向性が随分違うと思うがね」

 

「……合衆国の理論どうもありがとう。で、期間はどれくらいになる?」

如何にも、と言った様なご高説が伺えた。

毒づきながらも話を進めていく。

 

「病気の根治は兎も角、ノロの除去の関係上、少なくとも4ヶ月以上の長期間に渡って入院にはなるだろうが……まあ、詳しい事は後で本人に聞いてくれ」

 

「……条件は?」

 

「親衛隊が一人抜けるだけで我々にとっては充分だ。なんなら、無事に治療出来たら治療費はこちらで引き受けよう」

 

「随分と気前が良いんだな」

 

皮肉を吐く。

余りにもこちらに分がある様に見えるからだ。

それ程までに、向こう側は急いでいる証でもあるが。

 

「win-winだよ、win-win。君は妹が治り、我々は親衛隊の一人を戦わずして倒すんだ。これ程有益な事は無いだろう」

 

「………で、何処に連れて行けば」

 

「───と言う病院に連れて行けば良い。諸々の手配は済ませてある」

 

「もしも、断ったら?」

 

「君の妹の病気が治ると言うんだ。……ましてや君が断るものかね」

 

当然と言わんばかりの語り口だった。

実際、当たっていたので、見透かされた様で気分が悪くなった。

 

「礼は言わないぞ」

 

「無論だ。治ってから言ってくれ」

 

「治ったらな」

 

この言葉を最後に、通話を終了させる。

舞草も、折神──タギツヒメも、結局大して変わらない。

そんな感想を持った。

 

「…………クソっ!」

 

執務室に、机に拳を叩きつける音が響き渡る。

その弾みでカップは倒れ、紅茶が溢れる。

机は僅かに軋むも、物が良い為か、何事もなかったかの様に佇んでいる。

 

更にストレスが増し、とうとう山積みにされている書類を薙ぎ倒してしまう。

書類の山が崩れ落ち、辺りの床に散乱する。

 

「只今戻りました……!?」

 

親衛隊の三人が、部屋に入ってくる。

その内、夜見が部屋に入ってくるなり、僕の周りで起きている光景を目の当たりにする。

当然、心配して駆け寄ってくる。

 

このタイミングでか、と僕は奥歯を噛みしめた。

 

「どうされたんですか?」

 

「……………ちょっと、眩暈が……」

 

夜見の問いかけに、眩暈と嘘を吐く。

具合が悪いのは事実だが、正直言うのはマズイ。そう思ったからだ。

 

 

「確かに、具合が悪そうですわね……少し休まれたらどうですの?後始末は、私達がやっておきますので」

 

新たに部屋に入ってきた寿々花が言う。

 

「嘘です」

 

このまま貫けるか、と思ったのも束の間。

夜見に嘘を見抜かれてしまった。

 

 

「夜見?」

 

寿々花が疑問を呈する。

 

「目眩、してませんよね」

 

「夜見?何を……」

 

真希が口を開く。

説明しろ、と言う意味を込めて。

 

「書類の崩れ方が薙ぎ倒したのと一緒です。そうでもなければ、そこまで崩れません」

 

「そうなのか?」

 

「……………」

 

何故そんな事を知っているのか、と言いたくなるような見事な推論。──事実当たりなのだが。

三人の視線に、押し黙るしかなかった。

 

「何故、そんな事を?」

 

真希が咎めるように言う。

事実、目が鋭くなっている様にも思える。

 

「書類の多さに、つい…」

 

「そんな理由で蹴散らす様な人じゃないだろ……燕さん。今のは流石にボクでも分かるぞ?……何を隠しているんだ?」

 

真希は一枚上を行っていたのか、それとも僕が下手なのか。

隠し事の存在まで言い当てられてしまう。

 

 

「何も、隠してなんか……」

 

「私達では信頼に足らない、と?そう仰りたいんですか?」

 

それでも尚誤魔化そうとするも、寿々花が悲しげな表情を浮かべているのを見てしまい、急にバツが悪くなる。

 

「いや、だか…………」

 

夜見は無表情にこちらを見つめている。

真希は静かにこちらを見据えている。

寿々花は、悲しげな顔をして見ている。

 

三人とも、浮かべる色は違うが、僕の口を割らせるには十分過ぎていた。

 

「……………も」

 

「も?」

 

「舞草に、以前接触した事がある」

 

「!?」「!」「……!」

 

今回の件を説明するにあたって、過去の事から説明しなければならない。

 

 

「………裏切っていたのか?」

 

「裏切ってなんかないよ、今は、な」

 

「今はって………持ちかけられたのか?」

 

「まあ、ね」

 

「何故、接触を……?言い方は少々卑しく有りますが、貴方も少なからず紫様から恩を受けた筈……!」

 

寿々花の疑問。

親衛隊と言う立場上、最もな疑問だったが、少し、違った。

 

 

「舞草……イヤ、リチャード・フリードマンが在籍していたDARPAなら、何か手掛かりか何か握っているかも、と思ってな。ホラ、向こう医学も研究してるし」

 

「………まさか」

 

「そう。そのまさか、だ。治せる。そう言ってきた」

 

「本当ですの……!?」「………!」

 

寿々花と夜見の両名は、驚きを隠せない、と言った様子だった。

事実、僕も驚きを隠せなかったし、それ以上にどうするのか、と頭を悩ませ精神を更に擦り減らす事となったが。

 

 

「そう、なの……か。結芽は、彼女は、治せるの、か」

 

その中で、真希は少し違った雰囲気を醸し出していた。

 

 

「真希さん?」

 

「結芽は舞草襲撃及び長船摘発の為に後数時間で警視庁のヘリに乗る筈だ。急がないと、マズイぞ」

 

真希が急かしてくる。

と言うより、彼女がここまで賛同を示すとは思わなかった。

 

「罠かも知れな……」

 

「そんな事はわかっている!」

 

余りにも急な発言に、寿々花が苦言を呈するも、一蹴する真希。

 

「この行動が紫様への叛逆にも捉えられかねないのも、充分わかっている!そんな事、ボクだって理解しているさ」

 

「───だが、結芽はどうなる?」

 

「例え逆賊を誅伐したとて、結芽がこの先も生きれるかと言ったらそうじゃない!」

 

 

まくしたてる様に、思いの丈をぶちまける真希。

僕が思ってた以上に、結芽の身を案じていた。

そう言う事なのだろう。

僕と同じで、藁にもすがる思い、なのだろうか。

 

「それは……」

 

「フリードマンはこの手の類で冗談は言わないから、罠ではないとは思うけど……」

 

これ幸い、都合が良いと真希に乗っかる形で罠では無い、と言うふうに場を持っていく。

 

「だとしても、どうするんですの?紫様が結芽を行かせると決められた以上、覆す事は……」

 

しかし、ここで寿々花が根本的な問題点を提示する。

それには頭を悩ませる一同。

一体、どうするべきなのか。

親衛隊にとっては、折神紫の決めた事を覆す訳には───

 

 

「………作戦実施直前、燕結芽は昏睡に陥り病院に運ばれた、という事にすれば」

 

「……夜見?」

 

意外にも、解決策の一つを提示したのは、夜見だった。

 

「それくらいしか、紫様……と言うより、高津学長を……」

 

「……成る程、確かに筋は通っている…結芽の代わりには……まあボクが行くとして、だ。そういえば、結芽が拒否したらどうするんだ?」

 

「あ」

 

盲点も盲点。

想定外も良いところだった。

なんせ、真希に言われて漸く気づくくらいだからだ。

 

……そう言えば、結芽曰く千鳥のおねーさん……美濃関の衛藤可奈美ちゃんがとても強い、と言う事で何としてでも戦いたい、と意気込んでいた……!

 

「……考えてなかった、とでも言いたげな顔ですわね、貴方」

 

「……でしたら、これを」

 

そんな中、夜見がおもむろにポケットから一本のアンプルを取り出す。

 

「ナニコレ」

「麻酔薬、です」

 

「麻酔薬」

 

「軍用ですから、直ぐに効果が現れます」

 

無骨なデザインの、いかにも軍用ですと主張するその形に、思わずたじろぐ。

何処から一体手に入れてきたのか、全くもって不明だ。

 

「……何で、持っているんですの?」

 

「何かの役に立つかと思い……」

 

寿々花の問いかけに、さらりと答える夜見。

 

「……それが何かしらの役に立つ時って、いろいろかなりマズイ状況だと思うけど……まあ、兎に角貰っておくよ。ありがとう」

 

「礼には及びません」

 

とは言うけど、こんな物騒なものを結芽に使いたくねぇ!と心の中で叫んだ。

 

 

「そろそろ行かれた方がよろしくてよ?」

 

時計を見た寿々花が促してくる。

 

「…わかった。……みんなありがとう」

 

「一段落したら、みんなでお見舞いに行かせてもらいますわ」

 

「うん、お願いするよ」

 

握り締めたアンプルをポケットにしまい、部屋を後にした。

 

◆◆◆

 

 

 

 

「……結芽!」

 

「あ、お兄ちゃん!なーに?見送りに来てくれたの?」

 

「ちょっと、話がある。良いかな」

 

「いいけど……」

 

待機室に居た、結芽を連れ出す。

なるべく人目がない様な部屋を選んで、そこに入っていく。

 

「人の居ない所まで、なんて大切な話っぽい……と言うより、そうなの、かな」

 

空気を察した結芽は、いつもとは違って、真面目な顔つきになる。

 

「うん、そう。大切な、話だ」

 

「なに?」

 

「結芽。もしも、さ。結芽の病気が治るとしたら、どうする?」

 

「………え」

 

話を聞いた結芽は、大きく目を見開き、とても信じられない、と言った様子だった。

僕だってまだ信じられていないが。

 

「舞草にね、まあ……知り合いが居てね。その人が治せる人が居るって言うんだ」

 

「…………何、それ」

 

「結芽?」

 

「だから、千鳥のおねーさんの所に行くのやめて欲しいって?」

 

結芽は怒りを露わにする。

 

「これから病院に行く事になるから……うん、そうなるね」

 

「絶対ヤダ!…そうやって、治らなかったらどうするの……」

 

最初こそ怒鳴るような感じだったが、段々と消え入りそうな声になって言った。

不安な気持ちで一杯なのだろう。

 

「……うん。治せる、と向こうは言うけど、僕だって半信半疑だ。本当に治せるかは断言できない」

 

「なら……」

 

「でも、僕はこのまま何もしないよりは全然良いと思ってる」

 

僕も不安だ。

 

「前とは違って、可能性が無い訳じゃ無い。なら、賭けてみる価値は有ると思う……けど」

 

だけど、不安の中に光があると言うのなら、それに向かって漕ぎ出していきたい。

前に進まなきゃ、何も始まらないし、生まれないから。

僕はそう考えている。

 

 

「私……私、は…」

 

「私は、やっぱり……」

 

「ダメかい?」

 

言い淀む結芽。

最悪を覚悟して、ポケットの麻酔薬を握ろうとするが───

 

「………お兄ちゃん」

 

「……私のこと好き?」

 

「うん、勿論」

 

「もし、もしもだよ。もしも、その、ダメだった時───」

 

「一人には、絶対させない。言っただろう?ずっと側に居るって、さ」

「………ばか」

 

「ごめん。やっぱり結芽が居ないのは、僕には辛い」

 

暗に示した事を察してくれたのだろう。

安堵しつつも、怒られてしまった。

その仕草はかわいらしいものだったが。

 

「……抱っこして」

 

「いいよ」

結芽を抱き上げる。

抱き上げた結芽は、僕にいつもよりも強めの力で、しっかりと抱き着いてくる。

 

「…………お兄ちゃんに任せる。ちゃんとセキニン、取ってよね」

 

「何処で覚えたんだか……」

 

「………えへへ、ナイショだよ」

 

麻酔薬は、使わなかった。

と言うか、使わずに済んでよかった。

心底から安堵している。

あんなもん結芽に使うとか、なんかが一生ついて回るって。

 

 

この件、タギツヒメは知っているかもしれないが、極力人に会わないようなルートを通って本部を抜け出し、指定された病院へと向かった。

 

不安ではあるが、治る事を固く信じて。

 

「お兄ちゃん」

 

「なに、結芽?」

 

「大きくなったら、結婚、しよ?」

 

「ホントどこで覚えたの!?」


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